第2章 殺人鬼は驚愕に狂喜す
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
大蛇→食事中に死亡
少女→脱ぎ掛けで死亡
殺人鬼&囚われの少女→洞穴の底で溺れて死亡……?
寄生生物・スレイムは、主に水場を棲息地とする魔獣である。
見た目は液状の体内に、核と呼ばれる黄土色の球があり、粘性を持った不定形の身体をしている。強い酸性を持つが、普段はその本体を水で覆っており、自然そのものに影響を及ぼすことは少ない。
が、人間への害は凄まじい。なにせ、殺すだけでは終わらないからだ。
体内へ侵入すると、餌となる脳髄を食い荒らし、自身が脳の代わりを務める。
死体を、自分の意思で自由に動かす訳だ。
そうして周囲の人間を騙し、餌を増やしていく。
だが、無論どんな死体でも操れる訳ではない。損傷が激しかったり、腐敗していたり、或いは白骨化していたりする死体は、脳の代わりになったところで意味がない。故に、スレイムは操ることができないし、寄生もできない。
つまり、そんな死体を作るメリットが、スレイムにはない。
だから、そんな攻撃をしてくること自体が、ルキにとっては想定外だった。
「はぁ、はぁ、はぁ、はぁ……っ⁉」
瓦礫の上に膝をつきながら、ルキは荒い息を吐く。
しかし、そこは決して安息所ではない。一呼吸つく内にも、ついていた膝は深々と沈み、ぞくぞくと、身体が内側から冷え抜いていく。
水だ。
上から、ルキたちのいる穴の底めがけて、大量の水が滝のように降り注いでいるのだ。
「っの野郎共っ! 一体なんのつもり――――っはぁっ!」
水の勢いは、止まるところを知らない。
ほんの数秒で、ルキの腰まで水が溜まっていく。
このままでは、一分と持たずに穴は水で満たされ、溺死する。
「み、水……!? だ、ダメ、そんな――――た、助けてっ! お願い助けてっ!」
凍てつくように冷えていく身体が、死の絶望を思い出しかける。
かつて一度経験した、全てを失うような恐怖――――それが、痛々しい声によって掻き消される。
鎖に繋がれた少女が、嗄れた喉を振り絞って叫んだのだ。
錆びた色の浮かぶ銀髪を振り乱し、鎖をじゃらじゃらと鳴らしながら。
「このままじゃ、私は死んじゃう! ううん、すぐには死なないけど、でも、いつまで持つか分かんない! 死ねない! 私は死にたくない! 死ぬ訳にはいかないの!」
「っ、なにを、言って――」
「助けて! この鎖を外して! どんな方法でもいいっ! それができたら、ここから脱出することくらい――――がっ――」
そこまで言ったところで、少女の身体が、完全に水に沈む。
淡い気泡も、滝の勢いに消されてしまう。
ルキの身体も、もうほとんどが水の下にある。
服が水を吸い、いやに重い。水の浮力が、自分を掬ってくれないのは目に見えていた。
既に、ルキが想定していた脱出方法は、実現不可能となっている。
このままでは本当に、見知らぬ少女と穴蔵の底で心中だ。
――――ここから脱出することくらい。
少女の残した言葉が、耳の奥で何度も繰り返される。
「……チィッ。賭けてやるしか、ねぇか――」
言って、ルキは自ら水の中へと潜った。
水底で、ぐったりと項垂れる少女がいた。
辛うじて意識があるのか、ルキが近づくと、緩慢に首を動かしてきた。
ルキは、無造作に【邪血暴虐】と呼ぶナイフを振るう。
すると――――少女の手首と足首が、ずるり、とずれた。
「――――⁉」
一拍遅れて、露になった断面から血が噴き出す。
周囲の水が、瞬く間に赤く染まる。
ルキは、繋がれた少女の手足を切断することで、少女を鎖から解放したのだ。
【邪血暴虐】と銘打たれたナイフ。
その刀身を、少女に触れさせることもなく、一瞬で、四肢を同時に。
その事実に、少女は、一気に目を剥いて――――叫んだ。
「ぃ――――あぁあああああああああああああああああああああああああっ⁉」
ルキは、思わず目を瞑った。
叫び声が、響いたのだ。それは異常だった。
水の中で、息もできないのに、そもそも声なんか出せる筈がないのに――――
「っ、な、に……⁉」
気が付くと――――ルキは、瓦礫の上に倒れていた。
あれほど大量にあった水が、まるで夢でも見ていたかのように消えている。
ぐっしょりと濡れていた身体も、完全に乾いていた。
穴蔵の中に、水なんて一滴もない。それが、目視で分かった。
分かってしまうほどに、洞穴の中は、明るかったのだ。
「……確かに、確かに私は言ったよ。どんな方法でもいいから、私を助けてって、そりゃ言ったよ。言いましたともさ」
光源は、煌々と燃え盛り、離れていても肌が焦げるように熱かった。
鎖に繋がれていた少女が、そこには立っていた。
切断した筈の脚で血を踏み締め、切り落とした筈の手で髪をいじりながら。
両手の十指十爪も、ちょこんと小さな両足も健在の姿で。
背中から、橙に煌めく炎の翼を生やして。
「けど、まさか手足を切り落とすなんて、ふつう考えるかな? 私だったからまだ、まだね? まだよかったと言えなくもないけどさ、そうじゃなかったら死んじゃってたよ?」
口を尖らせながら少女は言う。
炎に照らされた銀髪は金色を放ちながら煌めいて、紅蓮の瞳は宝玉の如く輝いている。
ふっ、と手を伸ばすと、炎の翼は指先へと集まり、一振りの剣へと姿を変えた。
柄も刀身も余すところなく、高熱の炎で作られた剣。
ぶんっ、と振るうと、少女はルキに背を向け、つい最前まで自分を拘束していた鎖に手を伸ばす。
そこに巻きつけられた札を一枚、ぺりぺりと剥がしていく。
「水の呪符、かぁ。ふぅん、こんなのまで出してくるなんて、いよいよ穏やかじゃないなぁ。……私の方も、急がなくっちゃかな」
「っ、お、おいお前」
「お前、じゃないよ。初対面なのに失礼だなぁ」
炎の剣の切っ先が、鋭く地面を抉る。
その炎熱が、否応なしにルキへ理解を促す――――先ほどまで穴を埋め尽くすほどだった水を消し飛ばしたのは、この少女だと。
あれほどの膨大な水量を、一瞬にして、蒸発させたのだ。しかも、ルキを殺さないように熱の分布を調整して。
――――ぞくっ、と胸の奥で、なにかが打ち震えた。
「私はアルル。アルル=グル=ボザードっていうの。呼ぶんなら、アルルって呼んでほしいな。あなたは?」
「…………ルキ、だ。ルキ=リビングデイ」
「へぇ、ルキねぇ。ルキ、ルキ、ルキ、かぁ。うん、覚え――――たっ!!」
言うと、少女――――アルルは、持っていた炎の剣を思い切りぶん投げた。
前方めがけて、力いっぱい。
ルキのいる方角へと、投擲した。
「っ!」
ルキが驚愕に目を剥いたのと、後方で爆音が轟いたのとは、ほぼ同時だった。
焼け焦げた臭いと冷たい風で、ルキは察する。
アルルの投げた炎の剣は、ルキの後ろに聳える岩盤に当たったのだ。
そしてそのまま、地上まで一気に焼き貫き、隧道を開通させたのだ。
――――不意に、自分をここへおびき寄せた少女の言葉が、ルキの脳裏に蘇る。
「……お前が、スレイム共の言ってた魔獣、か……?」
「……? なんのことか知らないけど、それは違うって、断言だけしておくよ。そんなことより、急がなくっちゃ。まだ間に合うかも」
「間に合う? なにに」
「決まってるでしょ」
ルキの脇をすり抜け、真っ黒く周囲の焼け焦げたトンネルへ脚をかけるアルルは、振り返ることもなく言った。
質問者に視線を移す、その刹那さえ惜しむように。
「この村の、マリオット村の生き残りを探すの。まだ人間が生きてるかもしれない。スレイムに、気付かれていない生存者がいるかもしれない。だとしたら――――私が、助けなくっちゃ」
切迫した声で言いながら、アルルは煙の立ち込めるトンネル内を駆けていく。
地面の焦げる、無駄に香ばしい臭いに顔を顰めながらも、ルキは唇を歪めていた。
【邪血暴虐】を握る手が、微かに震える感触さえ心地いい。
「……ひははっ、はははははっ」
小さく、呟くように笑うと、ルキはアルルに続き、地上目指してトンネルへと駆けていった。
切られた手足が、瞬時に再生し。
血から炎を発し、水を滅して地を焦がす。
そんな化物じみた能力を持った少女を――――アルルを殺すことができれば、一体どれほど満ち足りるだろうか。
うずうずとざわめく胸を押さえ、ルキは、堪え切れぬ笑声を漏らして走っていく。
手足が錠で繋がれている→手足を切り落とせばいいじゃん!
※真似をしてはいけません死んでしまいます。
【次回予告】
厨二バトル再び