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第1章 殺人鬼は得てして邂逅す

【注意】

この小説には、

・グロテスクな表現

・身勝手な価値観

・異世界厨二バトル

が含まれています。苦手な方はご注意ください。


また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。

ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。


【前回のあらすじ】

精神科医「私の名前募集中」

殺人鬼T「戒名ならつけてもらえるかもな」

ちなみにルキの転生前の名前ですが、その内公開予定です。


「痛ぅ……、……?」


 低い唸り声を上げて、ルキ=リビングデイは目を開けた。


 ズキズキと後頭部が痛む。

 なにやら硬いところに横たわっているのか、背中にごつごつとした感触が刺さってくる。


 気分としては明確に最悪だ。


 夜にしたって、辺りが暗い。目を凝らしてみれば、月明かりがいつもよりやけに遠かった。


(ここ、地下か? ……なんで俺、こんなところで寝てんだ?)


 痛む頭に浮かぶ記憶は、酷く不安定で的を射ない。

 輪郭の崩れた記憶の断片を、ルキは脳内で寄せ集めていく。


 少なくとも、自分の意思でここにいる訳ではないことは明白だ。

 こんな寝辛い場所を寝床に選ぶほど、ルキは睡眠を軽視していない。


(えーっと……確か、今日の昼過ぎ、だったか?)


 記憶の欠片を摘み上げ、積み木のように組み立てていく。

 その手には、象牙色の刃を持つナイフが握られていた。







 昼過ぎの、高々と上った太陽を貫くように、それは、ピンと背を伸ばしている。


 頂点で細く顰められた目が、ぎょろり、と周囲を睥睨していた。


 水平線の彼方まで、穏やかな風景が広がっている。

 点在する小さな森。

 不自然な位置に穿たれた湖。

 時折見える煙は、森より更に疎らに散在する集落からのものだ。


『餌』の目印となるそれを見ながら、それ(、、)は、食事を愉しんでいた。


 遠目には、均整の取れた塔にも見えただろう。

 ゴツゴツとした鱗で覆われた表面を、雨でもないのに、とろとろと水が流れていく。


 毒々しい橙の身体を赤く染めるそれは――――血、だった。


 耳を澄ませば、くちゃ、くちゃと咀嚼音が聞こえる。

 遙か上空で、生贄と化した戦士たちが喰われていく音だ。


 骨を砕かれ、肉を貪られ、臓器を丸呑みにされて、男たちは声もなく果てていく。


 時折、べちゃっ、と水音を立てて、かつて人間だったモノの欠片が落ちてくる。

 既に周囲は、鎧や砕けた剣、それに肉片とで埋め尽くされている。



 それは――――巨大な、蛇だった。



「GUUUUUUUUUUUUUUUU…………!」


 地鳴りの如く低い声を上げて、大蛇は満足そうに目を細める。

 体内を、獲物たちの肉が通り過ぎていく感触を、大蛇は悦楽の表情で愉しんでいた。




「へぇ……これか。ここら辺で有名な『大地枯らし』とかいう大蛇(うわばみ)は」




 不意に地面から聞こえてきた声に、大蛇はぴくりと反応した。

 視線を落とすと、男が一人、立っている。


 奇妙な格好をした男だ。

 人食いの大蛇を間近にしながら、鎧も盾も持っていない。

 真っ黒い、漁に使う網を繕ったような外套を纏い、中には上下の繋がった、袋みたいな服を着ている。

 そこかしこに穴の穿たれた衣装は曲芸師のようで、大蛇の目にさえ奇異に映った。


 彼は、大蛇を見上げながら不敵に笑う。


「いいねぇ、いいサイズだ。久々の大物だ。ひははっ、やべぇなぁ。ちょっとわくわくしてきちまったよ」


「……GOOOO――」


 大蛇に、彼の言葉の意味は分からない。


 しかし、優に一キロは超える背丈を持つ大蛇はなんの躊躇もなく、その顎をみちみちと開き、上空から男めがけて突進してきた。


 空腹だったのではない。気分を害したのでもない。


 大蛇は、そういう生き物なのだ。


 人間を見れば、殺さずにはいられない――――そんな本能に基づき、大蛇は、男へと食らいついた。



「GAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!!」



「おっ、ととぉ」


 すんでのところで、男は後ろへ飛び退いた。


 コンマ数秒前まで、男が立っていた場所。

 そこへ大蛇の頭がめり込み、大地は無残に抉れている。

 その中心部から、じわじわと嫌な色が広がっていった。

 黒とも紫ともつかない、乾いた血のそれに似た色が、地面を浸食していく。

 大蛇の毒が、牙を伝って大地を侵しているのだ。


「GOOOOOOOOOOOOO――――!」


 ぎょろり、と巨大な眼球を動かし、男を視界に捉える大蛇。

 大蛇の小さな脳の中は、男を喰い殺すことでいっぱいだった。

 どこにも疑問はない。故に躊躇うことなどない。再び顎を開き、男へ向かって牙を突き出した。

 血肉に、脂に、身に纏っていた衣服まで。

 犠牲者の残滓を残したままの牙を、男へ――


「いいねぇ。毒の牙。人を生きたままに喰らう残忍さ。どれをとっても一級品だぜ、大蛇・ロウボース――」


 男は、象牙色の刃を持つ、豪奢なナイフを構えた。

 柄には赤い宝玉が埋め込まれ、柄尻からは赤い飾り紐が伸びている。そして刃は――――不自然に丸い。

 およそ戦闘用とは思えない得物が、真一文字に振るわれる。



 瞬間――――大蛇の巨大な口が、横一線に裂けていった。



「GYAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAAA!?」


「――お前を殺したら、俺はどのくらい満足できるだろうなぁ」


 言いながら、男――――ルキ=リビングデイはナイフを振るった。

 ざくぅっ、と肉に刃が食い込む音がして、次いで、大蛇の悲痛な断末魔が轟いた。







 魔獣、と呼ばれる存在がいる。


 のどかな田園風景や、或いはそれ以前の、あるがままの自然ばかりが鬱蒼と広がるこの世界において、魔獣は人間にとっての最大の脅威だ。


 大地を侵し、水を穢し、村々を蹂躙する魔獣たちの、しかし最も恐るべき点は――――彼らが人間を主食とすることである。


 巨大な大蛇の形をして、人をそのまま食う輩もいる。

 粘膜から体内に侵入し、脳や臓器を食らうモノもいる。

 狼のように徒党を組み、集団で人間を貪り食らうモノもいる。


 姿形から捕食方法まで、まさに千差万別。

 魔獣は人間から恐れられ、忌み嫌われ、しかしそんなことにはまるで関心なく、いつも腹を空かせて人間を狙っている。




「…………思ったよりも、骨がなかったな。この程度か」




 ぶんっ、とナイフを振るい、ルキは肩を鳴らす。

 目は既に明後日の方向を見ており、目の前を占領する巨大なそれには、見向きもしていなかった。

 手ずから切り刻んだ、大蛇の肉片には。


「こんなんだったら、【邪血暴虐(ブラムストーカー)】なんか使わなくてよかったかもな。ったく、あの村の奴ら、大袈裟に言いやがって。報酬貰うついでに、二、三人ほど殺っておくか。まだなんか、物足りないしな――」


 胸の奥から湧き出でる衝動を押し殺しつつ、ルキはぼそぼそと呟いた。

 ただでさえ目つきの鋭い悪人面が、一層凶悪に歪む。

 唇は鎌のようにひん曲がり、鋭い犬歯を覗かせて笑みを作っていた。

 ざりっ、と粗末な靴底を鳴らし、踵を返そうとした、その時。



「そ、そこの勇者様! お、お願いです! 何卒、何卒お力をお貸しください!」



「………………………………………………………………………………………………?」


 ルキは目を丸くして、氷漬けになったかのように固まった。


 次いで、周囲を見回してみるのだが、ここはほんの数分前まで、大蛇との死闘を演じていた場所だ。

 周りにはルキ以外、人っ子一人いやしない。声をかけられたのが自分であることは明白だった。

 しかし、とルキは思う。


(……? 勇、者? 勇者って、あの勇者? 俺が?)


 困惑しながらも、後ろを振り返ってみる。


 一人の少女が、綺麗な形で地面に土下座していた。


「……お前、今、俺に話しかけたのか?」


「は、はい!」


 少女は顔を上げ、ぱぁっ、と洋燈のように明るい笑顔を浮かべてきた。


 薄いベールを幾枚も重ねて着込み、所々に独特の装飾を施している少女の姿に、ルキは覚えがあった。

 常に魔獣による脅威に晒されている住民たちは、往々にして神に縋る。

 民間信仰の結果なのか、大抵の村には神の言葉の代弁者、預言者、或いは神と交信するなどの能力を謳った巫女や神官が置かれている。

 きっと少女も、そんな立場の人間なのだろう。

 ルキはじろじろと、少女の身体を眺めながらそんなことを考えた。


「そこに横たわるは、大蛇・ロウボースでしょう。『大地枯らし』として周囲を蹂躙していた魔獣の噂、我が村でもよく耳にしておりました。そのような大蛇を一刀のもとに斃してしまうとは、あなたはさぞ名のある勇者様なのでしょう!」


「斃したんじゃねぇよ。殺したんだ」


 背後で無残な骸を晒す大蛇に、ナイフの刃を突き立てながら、ルキは訂正する。


「それに、俺は勇者なんて上等なものじゃない。ルキ=リビングデイって下らない名前もある」


「は、はぁ……左様で?」


「で? お前の方はなんなんだよ」


 努めて冷静を装いながら、ルキは質問する。


 少女はそそくさと立ち上がると、愛想笑いなのか引き攣っているのか、よく分からない奇妙な表情を浮かべながら応えた。


「は、はい。実は、ルキ様を名のある魔獣退治の専門家と見込んで、お願いがあるのです。我が村――マリオット村と申すのですが――、最近、魔獣の群れが頻繁に襲ってくるのです。もう、今月に入って三回も……その度に、多くの者が犠牲に……うぅ……」


「悲劇自慢はいい。で、俺になにをしてほしいんだ? まさか、死んだ奴らの仇でも討ってくれと?」


「そ、そのような気持ちが、ないと言えば、嘘にはなりますが…………しかし、今生きている者共の安全こそが、最優先なのです。ルキ様、どうぞお願い致します。村を、村をお守りください。村を襲う魔獣たちを、駆逐して頂きたいのです!」


「…………魔獣の、駆逐ねぇ」


 ルキは思考する――――振りをする。


 ルキにしてみれば、その話、断る理由がないのだ。

 故に、わざわざ腕を組んで顎に指を当て、如何にも考えている風の格好をしたのは、見るため、だった。


 少女の、柔らかそうな矮躯をじっくりと、観察する。


 やがて、ルキはナイフを握ったままの腕を垂らして見せた。


「まぁ、条件次第じゃ受けてもいい。俺も、そんなに暇じゃないんでな。やるからには、仕事なんだからな。報酬はきっちり貰うぜ」


「! ひ、引き受けてくださるのですか⁉」


「報酬次第だ。何事も、ロハじゃ話が進まねぇだろ」


「む、村にあるものでしたらなんでも! なんでも差し上げます! 貧しい村ですが、しかしそれでも、魔獣たちの脅威から救われるのでしたら、なにも惜しいものなど――」



「なぁに。そんな大それた要求をするつもりはねぇよ。嬢ちゃん。俺は、お前が欲しい」



「え……?」


「お前が、今回の報酬さ。それも、前払いで貰いたいね。構わねぇか?」


「…………」


 少女は刹那、目をぎょろりと動かし、顔を背けた。

 しかし、すぐに小さな歩幅で、ルキの方へと歩き出す。

 幾重にも重ねられた薄い布を、はらはらと緩めていきながら。

 少女の白い肌が、薄い胸が、肋の浮き出た痩せ過ぎな肢体が、露になっていく。


「そ、それで」


 少女が無表情で、ルキに言う。


「それで、村を助けて、頂けるのなら……私のこの身など、いくらでも汚して――」


「あぁ、そりゃ助かるわ」


 にかっと笑いながら、ルキは言った。

 すぅ、とナイフを持ち上げたのを、少女の目は、ほんの一瞬さえ捉えられず。





 次の瞬間には、少女の額から右眼にかけて、深々と象牙色の刃が突き刺さっていた。





「――――え?」


「おぉ、まだ喋れるのか。すごいなぁ、化物は」


 だが、残念。勉強不足だったな。


 からかうように言うと、ルキは少女の顔面にねじ込んだナイフを振り上げた。


 パキンっ、と小気味よい音が響き、少女の頭蓋骨は薄氷のように割れる。

 ぐらり、と少女の身体は傾いて、そのまま血も流さずに地面に倒れた。

 傷口から、どろどろと濁った液体がこぼれ出てくる。明らかに、人間の体液ではなかった。


「寄生生物・スレイムか。確か、粘液から体内に侵入して脳を喰い、自分が脳の代わりになることで死体を動かす、だったか。まだ若かったのかねぇ、表情の動かし方がどうにもぎこちないんだよ。ったく、攻略法を知ってるゲームは、やっぱクリアしたところで白けるんだよなぁ」


 お前らは俺のことなんて知らないだろうけど。

 俺はお前らのことを、生まれる前から知っちまってる。


 ガリガリと、乱雑に頭を掻きながらルキは言った。


「……マリオット村、とか言ってたか。なんのつもりか知らねぇが、招かれちまったしなぁ。それに、前払いの報酬(、、)は、既に貰ってる。なにより、そこに本当に魔獣がいるなら、殺しちまって構わないんだろう?」


 ルキの表情が、凶悪に歪む。


 最早彼の目には、自分が殺した大蛇の死体も、顔面を割られた少女の死体も、映ってはいない。

 爛々と輝く、肉食獣の如きそれで見据えるのは、次の獲物のことだけだ。


 ルキ=リビングデイ。


 殺せるなら魔獣でも人間でも、なんでも構わない、生粋の殺したがり、殺人鬼。


 理由のない殺意に身を委ねる彼は、酷く楽しそうに笑いながら呟いた。




「折角拾った二度目の命だ。精々愉しませてもらうとするかね」





 ルキ=リビングデイという名の青年は、元々この世界の人間ではない。


 彼は以前、この世界とは全く違う世界で生きていた。

 コンクリートで街が覆われ、不可視のネットワークが世界中に張り巡らされた社会だった。


 彼はそこで、人殺しとして生きてきた。

 殺人鬼として、生を全うした。


 優に一〇〇〇を超える人間を殺害し、嫌な意味で歴史に名を刻んだ彼は、最期は法治国家の定めに従い、首を吊られて絶命した――――なのに。


 気がつけば彼は、ルキ=リビングデイなる名前でこの世界に生を受けていた。


 人の手が及ばない草原や森林が広がり、まともな統治などされていない村が点在するばかりの世界に。


 ――――そしてなにより、人喰いの魔獣が跋扈する、この世界に。


 彼はルキ=リビングデイとして生まれ変わってもなお、生来の癖を失わなかった。

 殺しが愉しいのではない。殺しに悦ぶのでもない。ただ、殺したいのだ。

 殺せないと気分がざわめく。殺すと、心のどこかが満ち足りる。


 人間に限った話ではない、犬でも猫でも虫でも獣でも、それこそ魔獣だって、彼にとっては獲物だった。

 理由も理屈も倫理もなく、殺せるものでしかなかった。


 己の欲望が赴くまま、殺しに殺して殺し殺した。

 一二歳の折に生まれた村を飛び出し、魔獣退治を表向きの生業として、早七年――




(あー…………そっか。俺は、嵌められたのか)




 頭を掻きながら、ルキは大きな溜息を吐く。


 ようやく、自分の身に起きたことを全て思い出したのだ。

 ――――少女が口にしていたマリオット村に着いたルキは、当初、村を救ってくれる人間だとして、過剰なまでの歓待を受けた。

 夕刻を過ぎていたこともあり、そのまま酒宴まで催されてしまったのだ。


 とはいえ、ルキの目的はあくまで村を襲う魔獣だった。


 ただでさえ、今日のルキは機嫌が悪かった。

 噂に聞いていた大蛇は思いの外簡単に殺せてしまい、次いで突き刺したのは少女の死体。

 ルキの殺したがりの癖は、その程度では収まらない。逆に燻り続け、埋め火のように身を焦がすだけだった。


 焦れたルキは酒宴を脱け出し、魔獣を探しに行って――――そして、この洞穴に突き落とされた。


 最前まで杯を共にしていた、村の男たちによって。


(見たところ、こっちの世界における防空壕……魔獣からの避難場所、って感じだな。そんなところに落とすってことは…………俺のところに来た嬢ちゃんは、それじゃ尖兵って訳か。餌を招き入れるための、囮役。つまり――)



 この村に、生き残りの人間はいない。



 村全体が完全に、寄生生物・スレイムの支配下にある。


 自分の状況から、ルキは冷静に村の現状を推理する。そしてまた、大きな溜息を吐き出した。

 ルキの推理が正しければ、村いるのは、スレイムが動かしている肢体だけ。


 死体なんて、殺してもつまらない。


 二重三重に、ルキは己の失敗を悔いて恥じた。

 そしてその苛立ちさえ、ナイフを握る力を強める原動力になっていく。


 象牙色の刃をしたナイフ【邪血暴虐(ブラムストーカー)】が微かに光る。


「……とにかく、ここから出るか。この村に、用事ももうねぇしな」


 敵がいて、村があって。

 そんなゲームのような世界で、ゲームのように生きてきたルキに、強奪や火事場泥棒に対する罪悪感はない。

 できれば村から食糧や路銀でも調達していきたいが、死屍累々の蠢く現状では、そんなものにさえ期待できない。

 諦めて村を出ようと決心し、身体を起こした、その時。





「……だ、れ……? 誰か……そこに、いる、の……?」





 声と共に、月明かりが洞穴に差し込む。

 ゴツゴツとした岩肌に、針山のように突起物だらけの地面。


 月光が明らかにした洞穴の奥底に、一人の少女が座っていた。


「女…………?」


 正確を期すならば、彼女は、繋がれていた。

 岩から伸びる鎖に縛られ、少女は、ぐったりと項垂れ、跪いていた。


「……君は……誰……? この村の、生き残り、かな……えへへ……そう、だったら…………嬉しい、かな……」


 そう言って、少女は無理矢理に笑顔を作る。


 女騎士を彷彿とさせる簡素な鎧。

 頭の左右で結ばれた銀髪は、月明かりを反射して煌めくが、精彩に欠け、くすんだ光しか発さない。

 紅蓮色の瞳に力はなく、前方に立つルキの姿さえ、朧気にしか見えていなかった。


「…………」


 無言でナイフを構え、ルキは少女に近付いていく。


 殺すつもりだった。それ以外、なにも考えてはいなかった。


 鎖で拘束された少女を殺すなど、造作もないことだ。

 造作がなさ過ぎて、つまらないくらいだ。

 到底、満足などできそうもない。

 空腹時に菓子をつまむようなもので、寧ろ一層殺したがりの欲求が強くなるかもしれなかった。


 それでも、目の前に如何にも殺せそうな獲物がいるのに、殺さないなんて選択肢は、ルキにはない。


(こいつを殺したら……まぁ、【邪血暴虐(ブラムストーカー)】を使えば登れるか。その後は、どこに行こうかねぇ。西か、東か――)


 頭の片隅で、夕食の献立でも考えるようにそんなことを思いながら。


「……?」


 微かに首を傾げる、衰弱した少女のたわわな胸に。

 象牙色の刃をねじ込み、心臓を破壊せんと。

 ルキは、手にしたナイフ【邪血暴虐(ブラムストーカー)】をギリリと引き。

 バネ仕掛けのように、腕を思い切り伸ば――




「――――っ、危ないっ! 逃げてっ!」




「っ!?」


 予想だにしなかった少女の言葉に、ルキの意識は一瞬途切れる。


 目の前の少女を殺す、そのことだけに向いていた意識が拡散し――――そして、異変に気づく。


 喉がひりつくように乾いた。肌がピリピリと、電流が走ったように痛んだ。

 咄嗟に、ルキは上へと目を向ける。

 黒々とした塊が、自分たちめがけて降り注いでくるのが見えた。

 明確で痛いくらいの、夥しい殺意を纏って。


「っ、く、そが――」


 戸惑う脚をよろめかせ、強引に地面を蹴る。

 その瞬間、激しい衝突音が洞穴内に轟き渡った。





村人「あの大蛇を斃してくれた若者、今頃どうしとるかのぉ……」

知らず知らずの内に助かってる人がちらほら。

助からなかった命の行く末は……。


【次回予告】

目の前には鎖に繋がれた少女。

さて、どう開放しますか?


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