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第19章 殺人鬼は神と別離す

【前回のあらすじ】

アルル「…………」

ルキ「アルル、前回までのあらすじは」

バジ「いや、流石に今回はふざけられない……」


 ――何故だ。

 ――何故、こんなことになった?


「――――――――――――――――――――――――――――――――っ⁉」


 悲鳴さえ掻き消してしまう、崩落の轟音。

 誰にも聞こえない悲痛の叫びを、しかし、ルバルドは上げていた。上げずには、いられなかった。


 既に、彼の身体は三分の二が焼失していた。


死飼文書(フリッグカムナント)】によって光をさらに凝縮し、しかも【信仰宗狂(ルーキフェル)】で光線の威力を増幅した、ルバルドの最強の一撃。


 その気になれば、村ごと全てを消失させられただろう、至高の一撃だった。

 それが、ルバルドの身体ごと、両断されたのだ。

 アルルの血を操った、ただの人間によって。


「――――――――――――――――――――――――――――――――っ‼」


 苦悶と嗚咽に、屈辱が混じる。

 怨嗟の声が、彼の頭蓋の中に鳴り響く。しかし、それは瞬く間に掻き消され、雑音の一部に紛れてしまう。


 残った右半身と、顔の一部さえ、未だ燃え続けている。


 苦痛が、いつまで経っても消えてくれない。焼き尽くされ、消滅した箇所は再生さえされない。神族としての生命力が、最早尽きかけていた。


「―――――――――――――――――――――――――が、ぁぁっ⁉」


 永遠に続くと思われた、崩落。

 しかし、実際にはほんの数秒、地面が音を立てて凹んだ程度だった。巨大な隕石でも落ちたかのような、クレーターができている。ルバルドは、その中でなおも身体を焼かれ続けていた。


「がぁっ! あぁぁ、ぁああぁぁぁっぁあああぁぁぁぁぁああああああああっ⁉」


 のた打ち回ることさえ、最早できない。

 右腕と、残る片方の眼球しか、動くものはない。

 苦しい。熱い。辛い。痛い―――――――怖い。


 怖い。怖い。怖い。怖い――


「ひ、ぃぃ、ぃっぁああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!?!?!?!?!??????!?!」


 ルバルドは叫んだ。

 叫んで、少しでも紛らわそうとしたのだ。


 取り返しのつかない恐怖を。引きずり込まれるような悪寒を。燃える身体よりなお冷たい、得体の知れない恐ろしさを。

 数億年を生きて、初めて知る感覚に、ルバルドは、素直に戦いた。


「ひっ、ひっ、ひぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいいっ! あぁ、ぁぁあああああ、あああぁぁあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ――――」




「――――バルドっ! ルバルドっ‼ 大丈夫っ⁉ まだ、まだ生きてるよねっ⁉」




 炎にまみれた、視界の片隅。

 己の肩を摑み、必死の形相で叫ぶアルルの姿が、虚ろに映った。


 十全とはとても言えない、酷い有様だ。顔の半分は未だに欠け、胴体も肩口までしか再生していない。自身に端を発する熱さえ防ぎ切れなかったのか、銀色の髪は先端が焦げていた。


 目が合うと、アルルは一瞬だけ安堵の表情を浮かべ――――そしてすぐに、息を呑んだ。

 ルバルドの身体を袈裟斬りにした、炎の血の刃。その残滓が色濃く残る傷口に、アルルは思い切り顔を突っ込んだのだ。


 轟々と燃え盛る炎に、唇を寄せる。

 ずるるぅっ、と、アルルは炎を吸い込もうとしたのだ。


「っ、がはっ⁉ ごっ、ごほごほっ……⁉」


 しかし、炎は勢いを殺されることなく、なおも燃え続ける。

 寧ろ、近づいたアルルの身体ごと、盛大に燃やしていった。口の端は焼け爛れ、頬の肉は幾分焼失している。口内も喉も、粘膜がべろべろと剥がれていく。胃に溜まっていく焦げた肉壁が、胸奥を締め付ける吐き気を発していた。


「っ……なに、を……アルル、姉さん……!」


「死なせない」


『火山神』であるアルルに、しかし、炎を食らうなんて能力はない。【火天炎上(レーヴァテイン)】にそんな付随効果もない。


 それでも、アルルは炎を払おうと必死だった。

 何度も何度も、ルバルドの身体を焼く炎に、歯を立て、舌を這わせ、喉を鳴らした。

 既にアルルの制御を離れた炎だ。アルルをも焼きかねない、凶器の炎。神殺しの炎。

 それを何度も、何度でも、諦めることなく食らっていく。


「……どうして、だよ……?」


 堪らずに、ルバルドは絶え絶えになる声を上げた。

 焼き焦がされていく胸が、ずきりと痛む。歯を砕けんばかりに噛み締めながら、ルバルドは問う。


「僕は……あなたを、殺そうと、したんだ……。僕たちより…………僕よりも、人間を選んだ、あなたが…………憎くて……羨ましくて」


「…………」


「力も、地位も、属する場所さえ…………やりたいこと一つ、で……簡単に、捨てちゃえる…………姉さんの、ことが……羨まし、かった……妬ましい、よ……」


「…………」


「なん、なのさ……その、強さは…………姉さんは……なんでそんなに……強いん、だよ…………僕、は――」


「……強くなんか、ないよ。私は、ただの我儘だ」


 ぶっ、と。

 己の口の、焼け爛れた肉を吐き捨てながら、アルルは言う。


「人間は、私に生きる希望をくれた。生きていていいんだって、心の底から、思わせてくれた。だから、守りたい――――それが、私の我儘だよ」


「…………」


「そんでもって――――ルバルド。君のことも、死なせたくない」


「…………」


「羨ましがらなくていいよ。妬む意味なんかない。こんな、子供みたいに我儘ばっかりやってる私のことなんか…………普通に、軽蔑すればいい」


「…………」


「それでも私は、君を助けたい。死なせたくない。それも、私の我儘だ」


「…………姉、さん……僕は」


「っ……もう、無理に喋んないでいいよ。待ってて。今すぐ助けるから」


「……僕、は……もう……」


「大丈夫、大丈夫だからっ! すぐに、すぐにこんな炎、どうにかして――」





「ひははっ。いいじゃねぇか、我儘勝手。大いに、結構だ」




 どずんっ、と。

 鈍く重い音が響き――――ルバルドの僅かな胴体に、深々と、煮え滾る血の刃が突き立てられる。


 全身を血と火傷で覆い、ボロボロになったルキが、そこに立っていた。


「っ、ルキっ⁉ なにを――」


「我儘だよ、俺もな」


 歯を剥いて笑いつつ、ルキは血まみれの凄惨な笑顔で言う。


「お前が我儘で、人間もこの死に損ないも助けたいって思うなら――――俺が我儘で、こいつを殺すってのも、ありだよなぁ」


「っ…………」


「……最、っ悪な最期、だね」


 ルバルドが、口から血を吐きながら呟いた。

 それを聴いて、片足で立つルキは小さく微笑む。


「……好きな女の血で逝けるんだ。幸せだと思うがねぇ、俺は」


「……――――よくも殺ってくれたな。脆弱な人間如きが」


 傷口から、炎が全身に回っていく。

 心臓も肺も、臓器全て、体内から焼き尽くされていきながら、ルバルドは眼光を緩めはしなかった。


 既に、身体から発する光はほとんどない。


 彼の身体を燃やす炎だけが、周囲をぼんやりと照らしていた。


「僕は、神だ。神族だ。神の言葉は――――そのまま、呪詛となる」


 喉元まで火が迫り、焼け焦げた身体がぼろぼろと崩れていく。

 炭化する己の身体には目もくれず、ルバルドは、ルキを睨み続けた。


「僕は、君を許さないよ。だから、死ね。苦しんで死ね。以前死んだ時より、億倍は苦しんでもがき死ね」


「…………」


「姉さんは――――アルル=グル=ボザードは、神族最大の裏切り者だ。僕以外にも、彼女を狙う神族は多くいる。僕より強い奴なんか、ごまんといるんだ。僕相手にその様じゃ、君は間もなく、神族によって為す術なく殺される。確実に、だ」


「…………」


「人が神に逆らえば、末路は決まっているんだよ。っはは、あははははははははっ! 僕なんかを殺せたところで、それは、君の新しい苦しみの始まりに過ぎな――」



「遺言は、それで終わりか?」




 だんっ、と力強く、ルキが血の刃を突き下ろす。




 瞬間――――ルバルドの身体は一気に塵となり――――僅かな灰さえ、焼けて消えた。





「……ル、バル、ド…………」


 呟いても、既にその姿はない。

 死体さえ残さずに、『光明神』ルバルド=サムリッグは死んだ。


 人間によって――――ルキ=リビングデイによって、殺された。


 焼け焦げた跡だけが残る割れた岩盤が、その事実をなにより如実に語っていた。


「……っ、ルキ…………君、は……君って、人間は――」


「困るんだよ。俺は」


 言った途端、【邪血暴虐(ブラムストーカー)】から伸びていた刃が、一気にただの血へと戻った。びちゃびちゃと、無造作に地面に垂れ、汚し――――煙一つ、立てはしなかった。


 一度出した血を操れるのは、最長で五分程度。

 時間切れ――――同時に、ルキの限界でもあった。


「お前がなにをどう思って、今死んだ奴にどんな感情を抱いてるのかは知らねぇし、知りたくもない。けどな」


「っ……なにを、なにを言って――」


「……お前に死なれたら、俺の殺したい奴がいなくなるし、来なくなる。…………そんなのは、死んでも御免だね」


 折角、生き返ったんだからな。

 こんな、でたらめな世界で、よ――


 そう言うと――――ルキは眠りに就くように、その場に倒れた。

 疲れ切ったように瞼を閉じて、受け身もなにも取らず。

 微かな土煙が立ち、ルキは、動かなくなった。


「え……ル、キ……?」


 不安げに、アルルはルキの身体を揺さぶる。

 熱が残り、まだ熱い。けど――――呼吸も、心臓の鼓動も、止まっていた。

 脈動さえ、なにも感じられない。


「っ……ルキ、ルキっ! 待って、待ってよっ! 死なないでよっ! もう、もうこれ以上、私の前で死ぬのはやめてよぉっ‼ ルキぃいいっ‼」


【次回予告】

次回、最終章です。

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