第8章 殺人鬼は光にて裁かれる
【注意】
この小説には、
・グロテスクな表現
・身勝手な価値観
・異世界厨二バトル
が含まれています。苦手な方はご注意ください。
また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。
ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。
【前回のあらすじ】
ルキ「下ネタで馬きゃ」
バジ「それ前々回! ってか姉様に謝れバカルキっ‼」
「…………は、ぁ」
濛々と立ち込める煙の中、一つの影が溜息を吐いた。
ちりちりと、草木の焦げる臭いが周囲を蹂躙する。
一瞬にして丘を荒野に変えた女性が、腰を直角近くにまで曲げ、悩ましげに地面を睨んだ。
その傍らには、異様な物体が鎮座している。
彼女が手を添え、身体を預けているそれは――――人一人分ほどの大きさはある、巨大な十字架だった。
「呆気ない、ですわ…………あぁ、あぁ嘆かわしい。高々この程度の苦難さえ乗り越えられないとは…………失望、致しましたわ。やはり、あぁ、この世界は汚らしい。汚らわしい。偽りと我欲しかないこんな世界は、早々に滅ぼし――」
「げほっ! げぇっほげほげほっ! な、なにっ⁉ 一体なにが起きたのっ⁉」
女が声のした方向へ、見開いた目を向ける。
そこに立っていたのは、少女二人を抱えて佇む、ルキ=リビングデイだった。
「け、煙……ごっほごほごほっ! あぁもう人間の身体って不便っ! っていうかなによこの煙は! 焚火のだってきつかったのに‼」
「うるせぇ。捨てるぞ」
「姉様になら全然いいけど、あんたなんかに抱えられたら気持ち悪いだけ――――うきゃぁっ⁉」
「なら、遠慮なく」
ぼさっ、とバジの身体が地面に落ちる。空いた左手で、ルキは口に咥えていた得物を握り締めた。
象牙色の刃を持ち、血を操る異能のナイフ【邪血暴虐】。
「…………うふ」
女は、にたぁ、と顔を上げて笑った。
視線に気づき、地面に座り込んでいたバジは怖気づいたように退いた。
未だアルルを抱えたままのルキは、真っ直ぐに女のことを見据えていた。
「……なにが可笑しい」
「うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ」
女は身体を伸ばしながら、なおも不気味に笑い続ける。
彼女の腰が伸びる度、ごきごきと、体内から嫌な音が響いた。
直立した身体を十字架に預け、女はれろぉ、と唇を舐めた。
「な、なに、あれ……!」
ルキに抱えられたまま、アルルは絶句する。
相対する女は、ルキに劣らず奇妙な格好をしていた。
痩せ過ぎた身体に、ぴっちり張り付くような藍色の服。その所々が裂けて破け、胸や臍といった部分はもはや隠されてさえいない。
頭を覆うように白と黒の布が巻かれ、そこから覗く金髪は枝毛だらけ、まるで茨の冠だ。
しかし、アルルは女の身体や服になど、ほとんど関心はなかった。
目を見開いたのは、その隣――――女がその身を凭れかける、巨大な十字架だった。
「っ、ルキ、あれは――」
「動くなよ、邪魔したら殺す」
ぱっ、とルキがアルルを抱える手を放した。
アルルの身体が、刹那、宙に浮く。
思わず瞬きをしたアルルが、次に目を開けた時に目撃したのは――――
女の眼前まで迫った、ルキの姿だった。
優に一〇メートルはあった距離を、一瞬にして。
「ふふふふふふ――――あら?」
「笑うな、気持ち悪ぃ」
歯軋りを鳴らし、ルキは【邪血暴虐】の刃を構える。
女の、骨張った胸に刃を突き立てようとすると――――突然、ルキの真横からなにかが飛んできた。
女が背凭れ代わりにしていた、巨大な十字架。
それに六対の、捻れた羽が生えて――――ルキの脇腹に、ねじ込まれた。
「ぐ、がぁっ……⁉」
「うふふふふ。ダメですわ、全然、まるでダメですわぁ」
吹き飛ばされたルキは、岩肌の露出した地面に叩きつけられる。
即座に立ち上がるが、ずきずきとその身体は痛む。
腹の底に響く鈍痛が、内臓の損傷を訴えていた。
「随分……面白い、武器じゃねぇか……。ひははっ、おい、お前もあれか? アルルと同じで神様とかいうクチか? まさか、ただの人間じゃああり得な――」
「黙りなさい、罪深き背信者よ」
突進してきた十字架が、ルキの腹を捉える。
メキメキと、骨の砕ける音がした。
ルキの口から、鼻から、濁った色の血が吐き出される。
「ぐ、ぁ……っ‼」
「ルキっ⁉ っ、ちょ、ちょっと君――」
「口を慎みなさい。邪な力で、私の苦難を回避しようとした愚か者よ。あなたには今一度、正しき訓戒が必要ですわ」
十字架が、女の元へと戻っていく。
翼をはためかせることもなく、ふよふよと浮かぶそれは、空中で角度を変え、先端をルキへと向けた。
女が十字架に触れると、中心部に夥しい光が集まっていき、一つの巨大な光球を作っていく。
「【信仰宗狂】第一章第二節――――『辺獄』」
女は歌うように、その名を唱える。
十字架が唸りを上げ、光球が弾ける。瞬間、細い光線がルキめがけて射出された。
「っ、【火天炎――」
「っ‼」
咄嗟に飛び出したアルルが、炎を纏わせた手の平を突き出す。
光線と接触した直後、雷鳴の如き爆発音が鳴り響いた。
爆煙が周囲を包み、夜の闇と相俟って視界が悪い中、女だけが、にたにたと笑みを崩さなかった。
「うふ、うふふ、うふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふふ――――あぁ、やはりダメですわ。偽物の似非者では、とてもとても」
十字架に凭れかかる女は、うっとりとそれを見つめている。
やがて晴れてきた、煙の向こう。
ルキの前に、遮るように立っていたアルルの右手は――――手首から先が完全に消失していた。
「な、ぁ……っ⁉」
「『神』の代行者、このビヴリ=メサイエリの与える真なる『神』の苦難は、乗り越えられませんわよ。裏切りの神族、『火山神』アルル=グル=ボザード様?」
†
「ぐ、ぅううううううう…………」
手首を強く握り締め、アルルは獣のように唸った。
脂汗の滲む瞼を、何度閉じても、次に開く時に見えるものは変わらない。
焼け焦げ、完全に焼失している右手。
断絶面から溢れてくる血は、いくら圧迫する力を強めようと止まることはない。壊れた蛇口のように、いつまでもぼたぼたと流れ続ける。
「っ、姉様っ⁉ 姉様、姉様ぁっ‼」
「大丈夫! 大、丈夫、だよ……!」
背後で聞こえたバジの声に、アルルは思わずそう返した。
「これくらい、平気、だよ……。だって、私は……これでも一応、神族、なんだしさ……!」
「聞き捨てなりませんわね、アルル=グル=ボザード様」
ざり、と脚を引きずる音がした。
空に浮かぶ十字架を携えた、ビヴリと名乗った女が、ずるずると、身を引きずって近づいてきたのだ。
「あなた方のような欲にまみれた存在が、易々と神を名乗るなど、烏滸がましいですわ。許しがたい、冒涜ですわ……! あぁ、苛立たしい腹立たしい。こんな穢れた箱庭の、あなた方の気紛れで在ってしまった世界の空気を吸うだけで、身が穢されていきますわ」
「……っ⁉ 君、まさか、君もルキと同じ――」
「挙句、手前勝手で否定するなど――――烏滸がましいのですわ。『神』でもないくせに」
ビヴリは、アルルの言葉に耳を貸そうとしない。
再び、十字架の中心部に光の球が出来上がっていく。
今度は先ほどのものより大きく。
輝きも強く、禍々しく。
「っ、退けアルルっ! そいつは俺が殺――」
「ダメっ! それだけは、やらせないっ!」
「ふざけ――」
「君には誰も殺させないし、君を誰にも殺させない! だから――」
「……茶番は、終わりましたの? 神様気取りの救済ごっこは、傍から見ていて滑稽ですわよ。正直、気持ちが悪いですわ」
ビヴリの冷たい言葉と共に、光球が熱を持って光った。
「さぁ、正しき『神』の苦難を。【信仰宗狂】第四章最終節『銀餐――」
ガンッ
ビヴリの首が、不自然な角度に傾いた。
直後、乾いた音を立てて小さな石が地面に落ち、粉々に砕けて砂と化した。
ビヴリはゆっくりと、石の飛んできた方向を見る。
薄布を幾重に重ねたような衣装に、数多の装飾品に身を包んだ少女――――の死体、バジが、鼻息荒く立っていた。
「っ、バジっ⁉ なにをして――」
「ね、姉様から離れろクソ女っ! バカルキはどうしたって構やしないけど、姉様を傷つけることはあたしが許さないよっ‼ このアホ! ボケ! ババアがっ!」
言いながら、バジは次々と石を投げる。
ビヴリは、それを避けるでもなく、ただゆらりと身体の向きを変えた。
幽鬼を思わせる、不気味な所作。
濁った瞳がバジを映す。バジは、その視線に思わず背を震わせた。
「な、なにさ! あたしと、やろうっていうの? 来るなら来なよ。あたしは寄生魔獣・スレイム。その武器がなんだろうと、近づいちゃえばあたしの――」
「……どこの世界でも、子供というのは実に愚かですわ。『神』を、まったくなんだと心得るのでしょう。無秩序で無根拠な傲慢、大罪への担い手は私の手で矯めなければ」
ビヴリが憂鬱そうに呟いた、その直後。
バジの右肩から先が、ぐちゃり、と削ぎ落とされた。
「っ⁉」
「あと、私はまだババアと呼ばれる齢ではありませんわ」
一瞬遅れて視線を移すと、バジのすぐ隣に、巨大な十字架が突き立っていた。
その底面で、かつてバジの腕だった肉が、血溜まりと化して潰されている。
ゆらぁ、と十字架が揺らぐより速く、バジは一直線にビヴリの元へと吶喊した。
【信仰宗狂】と呼ばれる十字架が、凄まじい速度で移動できるのは、もう分かった。
ならば、使用者を叩くしかない――――バジは咄嗟にそう考え、即座に行動へ移した。
食人衝動の欠落ゆえ、ほとんど戦いなどしてこなかったバジの、拙い本能の発露。
本当なら今すぐ逃げ出したいほどに怖かった。
走っている時だって、常に脚は震えていた。
ガチガチと、うるさいほどに歯は打ち鳴らされていた。
しかし。
「知る、かぁっ! アルル姉様に、酷いこと、しないでよぉっ‼」
目にいっぱいの涙を溜めて、バジは吼えた。
鋭く伸ばし、尖らせた爪を。
ビヴリの首めがけて、目いっぱい突き出して――
そんなバジの両足を、上空から降ってきた十字架が押し潰した。
「――――っ⁉」
地面へと垂直に叩きつけられたバジの、顔の傍まで。
一瞬にして潰され、挽肉と化した脚の残骸が、血に乗って流れてくる。
「っ、この――」
「私の名は、ビヴリ=メサイエリ」
ゆらり、と十字架が宙に浮いた。
ビヴリは、指を指揮棒のように振り下ろす。
「あなたの哀れな魂を、信仰と救済へ導く、『神』の代行者ですわ」
バジには理解できない、奇妙な自己紹介の直後。
【信仰宗狂】の巨体が、彼女の頭部へと墜落した。
ぐちゃぁ、という嫌な音と共に、バジの頭は潰れて無くなった。
歯の残骸が、髪のついたままの皮膚が、頭蓋骨の欠片が、血と混じって辺り一面に散らばった。
「……ただまぁ、残念、ですわね。あぁ、あなたの信仰は足りなかったのですわ。奇跡は、起きなかった。あなたは苦難に呑まれ、儚くその命を終えたのですわ。願うなら、次の生では正しき信仰を」
「う、うそ……嘘、だよね? ね、バジ…………バジ? バジ、バジ!」
アルルは狼狽えた声を上げる。なくなった右手を押さえるのも忘れ、がむしゃらに叫んだ。
スレイムは、死体の頭蓋に寄生し、脳の代わりを果たして死体を動かす。
畢竟、寄生した死体の頭蓋は、頭は、スレイムの弱点となる――
「汚い、ですわ」
右腕を削がれ、脚を潰され、頭蓋を砕かれた。
左腕のついた胴だけとなった身体を、ビヴリは気怠げに、アルルの方へと蹴って寄越した。
びくんっ、と痙攣の如く震えたのを最後に、その身体は、もう動かなくなる。
「はぁ、やはり幼子は救えませんわ。私が何度苦難を与えても、それに呑まれて死ぬばかり。幾度繰り返しても、彼らは決して『神』へは祈れないのですわ。『神』は、そのような者を決してお救いにはならない。あぁ、嘆かわしいですわ。苦難に際してこそ、人は『神』に縋り、『神』へ祈り、『神』を信じるべきですのに。……あぁ、本当に――」
「ごちゃごちゃうるせぇな」
――――反射的に、ビヴリは【信仰宗狂】を動かした。
正面へと移動させた【信仰宗狂】に、幾本もの刃が突き刺さる。
バキバキと、白く無垢だった十字架にひびが入り、ビヴリは焦るように目を見開いた。
彼女の頭上に、幾本もの血でできたナイフが浮かんでいた。
そのどれもが、ビヴリを守るように立ち塞がる十字架に、ビキビキと亀裂を入れていく。
「っ、いきなり、ですわね。あの子供が、そんなに大事でしたの?」
「大事? あぁ、確かにそうだな。ハイエナに獲物を横取りされて、喜ぶライオンがいるか? ビヴリ=メサイエリ――――いや、確かマリア=バレッタとかいったか?」
「っ……! あなた、どうして」
「お前は有名だったよ――――だからこそ、気に食わねぇ。ずるいんだよ。しこたま殺してきたくせに、今さら人の獲物まで盗んじゃねぇ!」
バキバキバキバキバキバキバキバキバキィッ!
十字架に入ったひびが、全体へ広がっていき。
ついに、白い欠片がぽろぽろと崩れ――
「【信仰宗狂】第二章第一節、『貪食獄《パペ=サタン=アレッペ》』」
ビヴリが静かに唱えた瞬間、血でできた紅いナイフは全て消え失せた。
砕け散り、パラパラと降り注ぐ紅い雨の中、ルキは動きを止めていた。
動くことが、できなかったのだ。
【邪血暴虐】を握ったまま、両の腕がだらん、と下げられる。
振り子の如く揺れる腕には、肩には、無数の穴が開いていた。
一瞬後、開いた穴から一斉に鮮血が噴き出し、顔を、腕を、身体を濡らした。
「――――っ⁉」
「【信仰宗狂】の能力は『破壊光線』、ですわ。光を凝縮し、凄まじい熱量を持たせて射出する。うふふふふ、威力は折り紙付きですわ。偽物とはいえ神さえ貫く…………いわんや人間をや、ですわ。あぁ、あなたもまた、信仰の足りない愚者ですのね」
言いながら、ビヴリは【信仰宗狂】を動かし、再度、ルキにその先端を向けた。
抱き締めるように十字架へ凭れかかり、陶酔した目でルキを見つめる。
ルキへと照準の向けられた【信仰宗狂】は、またもや光球を作り出し、その輝きをどんどん増していった。
込められた熱量に反比例する、冷たい光。
それは――――紛うことなき、死の光だった。
「…………っ!」
――死ぬ?
――俺が、死ぬ?
――殺される?
額を、脂汗が伝った。
背筋は氷を押し当てられたように寒く、気を抜くとガチガチと歯を鳴らしてしまいそうだった。
思わず、眼前に忌まわしい景色が逆光する。
首にかけられた縄。
落とし穴のように四角く刳り抜かれた床。
無機質な鉄の部屋。
――――かつて、以前の自分が首を吊られた処刑執行室の光景だ。
けたけたと、笑ってみせていた。
なにも殺せない――――そんな環境が、死ぬより辛いと本気で思っていたから。
解放されるなら、その手段が死であろうと構わなかった。
だが、今は違う。
以前にも増してずっとずっと、殺したい存在だってできたのに――
「…………あなた、なにを」
「……あ?」
「なにを――――なにを、笑っているんですの?」
ビヴリが、不機嫌に眉根を寄せて訊いてくる。
しかしルキは――――問われて、初めて気が付いた。
自分がどうしようもなく、笑みを浮かべてしまっていることに。
「死の恐怖で、気でも狂いましたの? なら、今からでも『神』に祈ることですわね。あなたの信心が真実なら、『神』は救ってくださるかも分かりませんわよ?」
「……はっ、神ぃ? お断りだ」
ルキは、動かない腕を身体ごと無理やり揺らし、その勢いで【邪血暴虐】を放った。
落ちてくるそれの柄を、口で咥える。
飾りの宝玉が欠けるほどに強く噛み、なおも眼光鋭くビヴリを睨む。
「俺は、その神様とやらを、殺したいんだよ。お前なんかに、殺されてる暇ぁねぇんだよ」
「……まだ、足掻くんですの? なんの信仰も持ち合わせない、あなたのような愚者が?」
「お前みたいな狂信者よりはマシだろ。なぁ、ご同郷?」
「……興味、ありませんわね」
言って、ビヴリは【信仰宗狂】の先から、光線を射出――
――できなかった。
「え――――あ、れ?」
突如、ビヴリの身体が地面へと倒れる。
がくんっ、と膝から崩れ落ちたビヴリは、思わず十字架から手を放す。
途端に、【信仰宗狂】の光球は姿を消し、一瞬、周囲が一層深い闇に包まれる。
『今の内っ! 速く行くよっ、バカルキっ!』
「っ⁉」
頓狂な声を上げたルキの脚が、ルキの意思とは関係なく、独りでに動き出した。
ビヴリを見据えたまま、背後へと跳ねる。
ごきっ、と腰が曲がると、今度は腕が勝手に動き、胴体だけになったバジの死体を摑んだ。
「っ、バジっ⁉ お前、なんで――」
『訊いてる場合っ⁉ とにかく、今はここから逃げるわよっ! あたしの身体、ちゃんと拾いなさいっ‼』
頭の中に、バジの声が響く。
自分の体内にバジが入り込み、操っている――――そのことを、ルキは直感した。
「逃げる……? ふっざけんなよ! 俺はまだ、あいつを殺していな――」
『変な笑顔で変なこと言うなっ! このままじゃ、あたしたちまで巻き添えで死ぬのよっ! 分かれバカルキっ‼』
「っ⁉」
怒鳴り声と同時に、ルキの身体は地面を削りながら止まった。
瞬間、すれ違った影がある。
アルルが、俯いて座っていたのだ。
右手首の断絶面を、地面に押し付けながら。
「くっ、逃がしま、せんわ……あなた方に、悔悟と改悛を――」
「……私はさ、人間のことが好きなんだ」
ゆっくりと、アルルが顔を上げる。
険しく憤った表情のアルルの身体が、一気に熱を帯びた。
「だから、君のことも、殺したくないんだよ。ビヴリ=メサイエリ」
「っ、なにを……似非者の、ペテン師の神気取りが。私に説教でも?」
「忠告、だよ。君はやり過ぎた。でも…………っ、上手く、避けてよっ!」
声を荒げた瞬間、ビヴリの周囲で地面がひび割れた。
細かな隆起が乱立し、その奥底が赤く蠢く。
目を白黒させるビヴリを見ていたルキは、彼女の失策に気が付いた。
アルルの能力は、体液から炎を発すること。
そんな彼女に無暗に血を流させることは――――闇雲に、武器を増やすだけ。
「【火天炎上】――――『千本炎鎗』っ‼」
叫んだ瞬間、地面が幾重にも裂ける。
隆起した穴の一つ一つから、巨大な火柱が立ち上ったのだ。
「な、あぁっ⁉」
ビヴリの絶叫も、炎の音に掻き消される。
地面から噴き出す炎は、噴火さながらの勢いで天へ突き上がった。
一つ一つが、人一人呑み込んで余りある大きさ。
それが一気に吹き上がる様は、天災以外の何物でもない。
地面さえ、炎の勢いに耐え切れず鳴動している。
そんな火柱が、数十、数百、数千、数万。
閑静だった丘は一瞬にして、火の山へと変貌した。
「こ、これは……!」
「っ、ぼさっとしないっ! 今の内に、速くっ!」
「え? な、おいっ!」
壮観な光景に目を奪われていたルキの手を、アルルが素早く握る。
そのまま彼の身体を引いて――――すぐ傍の崖から、身を投げ出した。
二人の身体が、繋がれたまま宙へと浮いて。
――――一瞬後に、重力が容赦なく二人を引き寄せる。
「ルキっ! 昨日の、洞穴に落とされた時にやった奴っ! でないと――」
「てっめぇ、後で覚えてろよっ! 啼けっ【邪血暴虐】っ‼」
遙か眼下の地面めがけて、二人の身体は落ちていく。
落下する行き先に、赤黒い板が出現した。
二人はそれに激突し、打ち破るもまた、その下には板がある。
砕ける度に、鉄のような臭いが鼻腔を突く。
ルキが【邪血暴虐】で作った血の板。
衝撃を和らげるそれが、幾枚か砕け散った、その時。
昼間の太陽と見紛うばかりの光が、禍々しく二人を照らした。
それが物凄い勢いで近づいていることは、肌を痺れさせる感覚で明瞭だった。
「っ、あの野郎っ!」
「も、燃やし尽くしてっ! 【火天炎上】っ‼」
咄嗟に、アルルは右手首から炎を放出する。
夥しい炎と、凄まじい熱の奔流。
その全てを食い尽くすように――――光の柱が、軌道上の全てを貫いた。
技名とか叫ぶ辺りが最高に厨二バトルでしたありがとうございます。
ちなみに元ネタはちゃんとあります。多分、技名をそのまま検索したら出てきちゃいます。
【次回予告】
謎めいた(訳分かんないに互換可)ことばかり言ってきたビヴリ=メサイエリ。
少しずつ、この異世界の秘密も明らかになってきます。
次回、新キャラ登場。