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幕間 『火山神』アルル=グル=ボザードの述懐

【注意】

この小説には、

・グロテスクな表現

・身勝手な価値観

・異世界厨二バトル

が含まれています。苦手な方はご注意ください。


また、今作には実在の神話に出てくる神々と、よく似た名前のキャラクターが登場します。

ただ、実際の神話を基にはしておらず、あくまで名前を借りているだけです。ご了承くださいませ。


【前回のあらすじ】

ルキ「下ネタで馬脚」

アルル「そのまとめ方やめて⁉」




 アルル=グル=ボザードは、人間のことが大好きだ。




 彼女が生まれたのは、とある火山の、その内部。煮え滾るマグマの中だった。

 産湯の代わりに溶岩を浴び、祝福の代わりに轟音を受けて、彼女は生を受けた。


 生まれたその瞬間から、彼女は聡明だった。


 火口から吐き出された彼女は、共に出てきたマグマたちが全てを焼き尽くすのを、見ていた。


 木々を、大地を、獣を、鳥を、虫を。呑み込み、喰らい、壊していく。


 自分の司るものが通った後には、なにも残りはしなかった。



 ただひたすらに、死が蔓延っていた。



 アルルは――――自身があらゆるものを死なせる神であると、そう認識した。




「…………死にたいなぁ」




 気づけば、アルルはそんなことばかり言うようになっていた。


 他の神々が、羨ましく思えた。

 森や海は生命に溢れ、次々と進化、発展を遂げていく。目覚ましい変化が、日常のように起こっていた。


 アルルのいる場所に、そんなことはなにもなかった。

 気紛れに噴火しては、全てを破壊するだけだった。


 生命を、進化を、発展を、変化を――――日常を、壊すだけ。


 誇らしさなんてなかった。あるのは、壊すことしかできない自分への嫌悪だけ。



 ――――人間が現れたのは、そんな日々を数億年も過ごした、ある日のこと。




「……どうせ、火山()が噴火したら、みんな死ぬじゃん」




 麓で集落を作り出した人間を見て、開口一番、アルルはそんなことを言った。


 一番と言っても、人間を初めて目にしてから、軽く一万年は経っていたが。


 厭世家ならぬ、厭生家。


 生き物なんて、すぐに死ぬ。命なんて、すぐに壊れる。


 その頃のアルルは、簡素に言うならば、やさぐれていた。

 死にたいというその欲求すら、自らの強さが、頑丈さが、存在性が大き過ぎて、叶いっこなかったのだ。


 同じ神族だって、この頃はまだ敵対なんて概念さえなかった。


 また気紛れに、壊してしまうのだろう――――涸れ果てた涙を思う度に、マグマは火山の奥底で騒めいた。




 そして、ある日唐突に、火山は噴火した。




 溶岩流が、人を焼き焦がしながら呑み込んでいく。

 噴石が人体を易々と潰していく。

 火山灰が人間から呼吸機能を奪っていく。

 土石流が人々を埋め尽くしていく。


 摩耗した感性が、それを呆と眺めていた。



「……ほら。やっぱり」



 人間が、生物の中で最も進化したものだと、そう聞いていた。


 だから、少しは期待したのだ。

 この生物たちならば、自分の噴火にも耐えてくれるのではないかと。


 原生生物も、軟体生物も、甲殻類も、恐竜も、鳥類も、哺乳類も耐えられなかった火山という脅威に、堪えてくれるのではないかと。


 そんな期待は淡く消えた――――が。



「…………?」



 噴火から数年後、再び人間がやってきた。


 以前と同じ場所で、以前と同じように集落を作り始めたのだ。



「……バ、カみたい。どうせ、噴火一つで、壊れちゃうのに。前と、一緒で」



 アルルの言葉は正しかった。

 実際、ほんの数年後に起きた噴火で、集落は再び全滅した。


 なのに、また数年後には、人間がやってくる。


 数年したら噴火して、全滅して、それでもまたやってきて、全滅して――――その繰り返し。



 ――――しかし、数万年が経つ頃には、全滅はしなくなってきた。



 教訓が、語り継がれるようになったのだ。

 言葉という文化が、記録と伝承という習慣が、人々を噴火の脅威から守るようになっていった。


 家々も、より強固なものになっていった。


 中には、地下水を汲み上げて温泉と名付け、商売の種にする者さえいた。



 数年後の噴火の折には――――誰一人、死ぬことはなかった。



「…………どう、して?」



 疑問符が、思わずこぼれ出た。


 全てを壊すということは――――全てから嫌われることと、道義だった。


 幾多の生物の絶滅を引き起こし、鳥類は火山を遊弋ルートから外し、植物さえ火山灰に侵された土地を厭うていた。


 にも拘らず、人間は何度も何度も、火山を取り囲んで生活した。


 忌み嫌われた火山の排出物を、技術によって利用した。

 火山そのものを、恵みだとして崇拝した。



 生まれて、初めてだった。



 他の神族が、慰めの言葉をかけることはあった。

 交流だって、それなりにしてきたつもりだった。

 しかし、あらゆるものから嫌われているという孤独感は、他者の想像を絶するものがあったのだ。



 人間だけが、唯一、それを癒してくれた。



 ――――やがて、人々は火山を制する術を学んできた。


 火口を遠ざけ、危険度を測定し、事前に噴火を察し、安全性を格段に向上させてきたのだ。



 アルルは、段々と笑うようになっていった。



 ささくれ立っていた心も、随分と落ち着いた。

 以前よりもずっと、他の神族とも友好的に接することができるようになった。


 ――――だからこそ、時折思い出す悲鳴が、痛々しい。


 火山(自分)がまだ、人間によって御される前。

 自然を、大地を、無策だった頃の人間を――――無慈悲に気紛れに、蹂躙していた頃の、断末魔が。

 頭の奥底にこびりついたそれが、胸を締め付ける。


 誰か一人に、感謝することに意味はなかった。


 人間の寿命は、神族の生きる時間に比べれば、瞬きのように短い。

 誰かが火山の環境に改革を起こしたとして、その個人に感謝のしようがないのだ。


 贖罪の気持ちも、同様で。


 誰を焼いたのか、誰を呑んだのか、アルルはもう、思い出せなくなっていた。


 だから――



「私は――――人間が、好きだよ。大好きだ」



 その感情に、大それた物語はない。

 大袈裟な契機も、大仰な出来事もない。


 不相応に優しくて、不格好に寂しがり屋だった少女が、一人。


 勝手に傷ついて、勝手に救われた――――それだけの、ちっぽけな、しかし。


 彼女にとってみれば、自分の全てを擲ってもいいほどに、大切な思い出――




「私は、もう人間を殺したくなんかないよ。一人だって、絶対に」




 ――――世界中の火山が、活動を止め始める。


 死火山の増加が世間を賑わせるのは、これより更に数百年後の話――――




久し振りの幕間。

今度はとある神さまの話。

きっと生まれ変わって一番つまらないのは神様だと思う。


【次回予告】

神様は人間を好きになったけど、

人間は神様を信じたけど、

両者が交わるかどうかは別問題。


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