第九話 異世界共通言語
「セルカさん!?なにやってるのっ!」
謎のメイドさん、もとい、厚手の生地のワンピース風の
ドレスの上にエプロンをつけたセルカさんが、スカートの
裾をもったままクルクルとターンをしていた。
「ふむ。悪くありませんね。
キョウタ様、いかがでしょうか?」
無表情ながらもなぜか期待の篭った目で見つめられる。
どう返すべきだろうか。
突然の事態に半ば混乱しながら、改めてセルカさんの姿を視界に納める。
確かに似合っては、いる。
似合ってはいるのだが、果たしてオレはなんと言えば
よいのだろうか?
たしか先日、セルカさんは、メイド喫茶の制服やコスプレ的な
意味で、メイド服を何度か着たことがあるといっていた。
そこから推測するに、これはきっと、「そういった意味」で
評価しろということなのだろう。
・・・割と自信があるようだったし。
つまり、セルカさんはオレに、いわゆる「カワイイネ」的な評価を
求めているのではないかと考えられる。
しかし。
極めて残念なことに、セルカさんの場合はあまりにも本物
すぎるのである。
セルカさんにこの服装は確かに大変似合っているのだけれども、
残念ながらそれが萌えといった要素に結びついていないのだ。
あざとさだとか、可愛げだとか、そういったものとは間逆の
仕事歴十数年といったベテランの風格をセルカさんは
醸し出してしまっているのである。
どうしよう? どうしたらいいんだ?
<ピコーン>
【選択肢】
1.似合ってるね。
2.24歳・・・ムリすんな。
3.結婚しよう。
「あ、うん。似合ってるね。」
瞬時にオレは無難な答えを口に出した。
一瞬、脳内選択肢に不穏なものが通り過ぎた気がしたが、
オレは勇者でも英雄でもないのでスルーである。
選択肢なんてなかったのだ。
「心が篭っていませんので、リテイクです。」
―理不尽である。
さておき、メイド服のようなものに着替えたセルカさんを
連れて再び地図のあった部屋に戻る。
おそらくそこには地名などが書かれているのだと思うのだが、
セルカさんは地図の前に立ったまま微動だにしない。
「セルカさん?」
声をかけると、セルカさんはとても険しい顔をして
一言、こう告げた。
「わかりません。」
えっ?
それだけ言うと、セルカさんは机の上に2階で発見した巻物のような
紙束を広げ、真剣な面持ちで読み始める。
事情がわからず、理由を聞いてみると返ってきた答えは
予想外の驚愕の事実であった。
オレ達は、セルカさんが取得した『異世界共通言語』という機能を、
自動翻訳機のように、この世界の言葉や文字を自動的に
元居た世界の言葉に変換して理解することができるようになる。
あるいは逆にこの世界の言葉へと自動的に変換して発信できる。
といったものだと考えていた。
ところが、この世界の文字を初めて見たセルカさんが抱いた感想は、
一つ一つの文字、それ自体のの読み方や意味は分かるそうだが、
その文字で作られた文章の意味は全くわからないということであった。
言うなれば、日本語を知らない外国人が、漢字辞典とひらがな・
カタカナの50音表だけを用意して、日本語で書かれた本を
読もうとしてる状態なのだそうだ。
この世界の文字は表意文字と表音文字が組み合わされているとのことで、
まず、表意文字の意味から単語や文節の意味を予想し、そこからさらに、
前後の文脈から表音文字の役割を推測して、文章の意味を探って
いく必要があるとのこと。
もはや翻訳というよりも、解読の領域である。
数日でどうにかなるようなものではないとのことで、ここで
手に入れたものを纏めて、別の建物に向かうことにする。
持ち出すべきものは非常に多く、一度で運ぶのは難しいかと思ったが、
1階でセルカさんが大きめの背負い袋を見つけてくれていたので、
今回はオレが荷物を持ち、セルカさんが槍代わりのフォーク状の
農具を持って先行するこことなった。
向かう先は、道を挟んで80mほど先にある大きな看板のかかった
木造の建造物である。
距離が近いこともあり、周囲を警戒しつつすばやく移動し、入り口の
扉に閂をかける。
今回入った建物であるが、先ほどの建物の2階からここの看板に書か
れた文字を読んだセルカさんによると「宿」そして「湯」に相当する
文字がその中に含まれていたそうで、宿屋、或いは、入浴設備のある
建物である可能性が高いということで急遽調べることが決まったものだ。
ここでも手分けをして建物の中を探索する。
1階の入り口にあったカウンターの横にあった階段から2階に上がると
造りが同じベッドルームが4つもあったので、どうやら宿屋で間違い
なさそうである。
1階を探索していたセルカさんに聞くと、広い炊事場と食堂、この宿の
主人の生活スペースの他に、なんと建物の内部に井戸があるという。
井戸は一段下がった半地下室のような場所にあり、そのそばに
一畳ほどのスペースで水浴場のような排水路があった。
どうやらここで水やお湯を被って身を清めることができるようだ。
セルカさんは早速汲み上げた水を炊事場に運び大きな鍋で沸かせて、
湯浴みの支度を始めている。
また、宿ということもあって、この町の入り口にあった最初に
お邪魔させてもらった家と比べて保存されている食料も充実しており、
町の中心部に近いということもあって、今日はここに泊まることにした。
食堂には酒のようなものも残されていたので、栓を抜いて中の
香りを嗅いでみたのだが、ヨーグルトのような香りがしたので
羊乳酒やマッコリのようなものなのだろうか?
次に捜索した宿の主人の部屋からは意外にも20本近い数の巻物が
みつかったので、主人はかなり学のある人物だったのではないだろうか。
その後も続けて2階の探索を行い、一番奥の部屋でこの世界の
硬貨と思われる緑色の輝きを持つコインを3枚見つけることができた。
めぼしい場所を探し終えて1階に下りると、湯浴みを終えた
セルカさんが機嫌よさ気に食堂の掃除をしていた。
「キョウタ様。お湯は用意してあるので、水浴場をお使い
ください。」
その声に頷きお湯の入った鍋と、先ほどの服屋で物色した服を着替え
として持って水浴場へと向かう。
丁寧に体を拭って、お湯を被ってさっぱりとしたところで
食堂に戻る。
日の入りが近いようなので燭台の様なものの上に緑色の硬質な
筒のようなものが乗っていたので、蝋燭のようなものだろうかと思い、
慎重に火をつけると、予想よりも大きな火がついた。
それでいて、蝋燭のように少しずつ減っているようにも見え
ない。実に不思議な照明である
日の入りの時間になったので、時計を確認すると、午後6時13分を
指していた。幸いなことに一日の長さは、元の世界のそれと
大きく違うわけではないようだ。
そうこうしている間に夕食の準備ができたようだ。
昨日と比べると状況は格段に良くなっているので
実に楽しみである。