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終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
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第八話 探索

鉄器のようにみえる四角いヤカンのような器で沸かせた湯に

香りが良く乾いた香草を入れ、じっくりと煮出したお茶のようなものを、

口が大きな湯飲み茶碗のような器に注ぎながら、セルカさんが

ふと、思いついたかのように言った。


「こちらにあった調理器具は、昨日使ったフライパンと比べても、

 むしろ重いものばかりでした。」


頷き、どうやら悪い方の予想が当たっていそうだなと顔を顰める。


「俺たちだけが特別ってわけではない、か。

 ここでそれを使っていたヒトは、当時、俺たちと同じかそれ以上の

 腕力や体力をもっていたってことかな。」


「彼」の回答によれば、人間と現地民の平均的な身体能力の比は

1.5 対 1 程度になるとのことだ。


この説明は一見すると、

『現地民は、人間のおよそ7割から6割程度の力しかもっていない。』

とミスリードを誘う表現である。


しかし、オレとセルカさんはこの世界に現地民となって転移してから、

『人間用』に作られているさまざまな荷物を持って、人間であったときと

同じようなペースでかなりの距離を踏破している。

昨日の夜にフライパンを使っていた際にもセルカさんは、人間であった

時と同じ感覚で調理することができたそうだ。

つまり、オレとセルカさんの身体能力には「人間」であった時と

比べて、目に見えるほどの変化はしていないと考えられる。

そして、そのセルカさんが重いと感じるような調理器具を使っていた

ここに住んでいた住人は、少なくとも俺たちと同程度の身体能力を

もっていたのではないかとも考えられる。


これらのことから、健常な状態での人間と現地民の成人の身体能力を

個人単体で比べた場合、実はそれは1 対 1に近いのではないだろうか?


「ふむ。毒や他の要因で、現在生き残っている者の多くが

衰弱しているのか、あるいは生き残っている者に占める子供や老人

の割合が大きいといった可能性が考えられますね。」


そう、現地民の『平均的な』身体能力が人間に比べて低いということは、

現地民が一律に人間よりも能力が低いということを示すとは限らず、

現地民としての平均を算出する集団の中に、その平均を押し下げる

要因となる者が高い割合で存在することを示している可能性が

あるのである。


「思っていたよりも時間がないってことか。」


ジャスミンティーにレモンを足したような香りがする

謎の香草で煮出したお茶を一口飲んで、長いため息を吐く。


「焦りは禁物ですよ。彼らに事前情報なしで遭遇して、瑣末な

 行き違いから殺し合いになる。なんてこともありうるのですから。」


確かに、例え同じ地球上であってもちょっとした文化や風習、習慣が

違った為に起こった事件というものは、枚挙にいとまがない。

そういえば、握手や、子供の頭を撫でるといったことがタブーと

なる国も存在していたな。と思い出す。


「それに、彼らを救うことができる可能性があるから救う。という事を

 間違ってはいるとは言いませんが、それは決してキョウタさんの

 義務ではないと言うことを忘れないでくださいね。

 例え彼らを救えなかったとしても、そのことにキョウタさんが

 責任を感じる必要はないのですよ。」


よほど深刻な顔をしていたのか、セルカさんはすこし心配そうな顔で

微笑んだ。


「まあ、その・・・。現地民の誰かを助けるってことが「彼」にとっての

 一定の成果ってことに繋がる可能性があるからで。だから、

 オレだってそこまで善人ってわけじゃないよ。」


オレも苦笑しつつ、頭に手を置いてそう返す。


しかし同時に、こうも思っている。

確かに、現地民を探すことはもちろん、彼らと接触することにすら

大きなリスクがある。場合によっては助けようとした相手に殺される

なんて喜劇じみたことさえ起こるかもしれない。

だがしかし、この世界のどこにいようとも、あるいは普通に生きて

いくだけでもリスクはきっとあるのだ。

つい先ほど、街中で猛獣に遭遇してしまったように。

それに極論、ひょっとしたら、この場所がこの世界で一番危険な場所で、

すぐに現地民の隠れている場所を探しに移動したほうが安全だった。

なんてことだってあり得るのだから。


「まあ、危険な事は極力避けた上で、出来ることだけするって感じかな。

 たとえ、それのせいで助けられない人がいたとしてもね。

 といっても、正直に言って何が危険かといった判断すらつかない。

 まったくといっていいほど材料がないからね。

 だから、また情報を集めるってことに帰結するんだけれどね。」


セルカさんの視線がこそばゆくて、ついっと目を逸らせる。


「ふふふ。そうですね。

 どこかに本でもあればそれも捗ると思うのですが、

 そういったものは貴重品なのかもしれませんね。」


オレの仕草がおかしかったからか、今度は本当に心からの笑みといった

感じで微笑みながら、セルカさんは視線を動かした。

たまたまこの家の主だったものが読書に興味がなかったのだということ

でもなければ、家財の殆どが残される中でどの部屋を探しても本の一冊

もでてこないということは、そういうことなのだろう。


町の中心部にはここより立派な建物がいくつか並んでいたので、

探してみるならばそこだろう。


ではいきましょうか。と席を立とうとした彼女を手を制して真剣な

表情を作って語る。



「実は、問題があるんだ。」



怪訝な顔をして座りなおしたセルカさんに、先ほど豹のような獣に

出会ったあらましを伝えた。

ここに着くまでの道中で、これといって危険な動物に遭遇すると

いったこともなかったため、セルカさんにとっても驚きが大きい

のだろうか。先ほどから険しい顔をしている。

異世界なのだから危険はあるのだろう。と頭ではわかったつもりに

なっていたのだが、実際にその脅威に遭遇してみると、

それがいかに単なる「つもり」でしかなかったか、ということに

気づかせられた。


「長柄の武器と投擲武器。それから松明を用意しましょう。」


金属製のゴブレット状の大きめの器を利用し、中に干草と

薪の皮を入れて松明代わりにする。

この世界の獣が火を恐れるかはわからないが、牽制ぐらいには

なってくれることを願っている。


武器そのものといったものはみつからなかったが、

150センチほどの先端の鋭いフォーク型の農具をオレが持ち、

セルカさんは、調理台の壁にかけられていた両刃の短いナイフのような

調理器具を4本ほど持っている。


残念ながらオレもセルカさんも武道の心得はない。

セルカさんがナイフ投げの練習といって壁に向かって、その

調理器具を投げつけていたが、柄のほうが当たっていた。


やっていることは完全に空き巣だな。と思わないでもなかったが、

滅亡寸前という緊急事態だからと言い訳をし、ひとまずは

頭の隅に追いやっておく。


まずオレが町の中心まで続く道まで出て、慎重に周囲を確認する。

100m以内には障害物もなく、おおよその安全が確認できた

ので、セルカさんに手招きするし、彼女が駆け寄ってきたことを

確認してから、そろり、そろりと、慎重に道を進んでいく。


オレが前方を、彼女が後方をそれぞれ確認しながら

ちょっとした変化も見逃さないように目を皿にして

ゆっくりゆっくり進んでいく。


20分ほどかけて町の中心の広場に辿り着くと、

他の家よりも2回りほど大きく、より頑丈そうに

作られた建物の中へと滑り込むように駆け込む。


「はぁ~っ。」


内側から閂をかけると緊張の糸が切れたのか、二人同時に

大きく息を吐き、一息おいて室内を見渡す。


内部は多少散らかっていたが、服屋、あるいは雑貨屋

なのだろう。


半分以上の商品は持ち出された後のようにみえるが、いまだに

30着ほどの服や布、他の様々な雑貨がズラリと並べられている。


セルカさんがここの探索を受け持ってくれるとのことで

オレはギシギシと軋む階段をゆっくりと上がっていく。


階段を上ると床の上を、耳の長いネズミのような生き物が

走って逃げていった。


ドアが二つあり、幸いどちらも鍵はかかっていないようだ。


手前のドアを明けると以前は生活スペースであったようで、

粗末なベットとタンスのような箱が2つ置かれているだけである。

タンスのような箱の引き出しを開けると、巻物のような

紙の束がいくつか見つかった。


奥のドアを開けると、大きな長方形のテーブルが一つ

おかれており、壁にはざらざらとした紙のようなものに描かれた

絵のようなものが飾られていた。

近づいて観察すると、ところどころ文字のようなものが書き込まれて

いるようにも見えるので、これはもしかすると地図なのでは

ないかと推測する。


思わぬ収穫があったので、セルカさんを呼ぶために

ギシギシと音をさせながら1階へと降りていった。



―そこにはなぜかメイドさんがいた。

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