表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
7/36

第七話 ゴーストタウン

何かが焼ける香ばしい香り。

ゆっくりと息を吸い込み目を覚ます。

朝日は既に昇り始めているようで、時計の針は午前7時を指している。


「おはようございます。」


丈夫な草の茎を箸代わりに器用に使って、フライパンで

フキもどきとセリもどきを炒めながら声をかけてくれた

セリカさんに、こちらも一礼して挨拶を返す。


元々食べられる品種であったのか、毒耐性が仕事をして

くれているのかはわからないが、俺たち2人にとって

これは食べられるもののカテゴリーに入れてよいだろう。


いただきますと手を合わせて、フライパンから直接

塩コショウで味付けされたフキもどきとセリもどきを

二人でつまむ。十分に食べられる味であった。

ごちそうさまでしたと手を合わせる。


水の無駄遣いができない以上、水で顔を洗うなんて贅沢は

できないので、せめて歯磨きくらいは、と

柔らかそうな繊維の若木の茎を噛んでハブラシ代わりに使ってみたが、

口の中に強烈な渋みがのこって散々な目にあった。

毒耐性は味覚に関しては効果を発揮してくれないらしい。


簡単に身支度を整える。


さあ、今度こそ本当の出発だ。




残念ながら先日の雨で馬車の痕跡はすっかり

消えてしまったようだった。

気落ちしないわけではなかったがこれも予想していた

ことだったので、一定のペースを守って街道を歩く。

セルカさんが履いているサンダルのような履物はとても

歩きやすいとはいえないものなので、30分ごとにこまめに

休憩しながら、ゆっくりとしたペースで歩を進めた。


3時間ほど歩いた先には拓けた草原が広がっていた。

5キロメートル程先であろうか。

木造の家がいくつも立ち並ぶ町のようなものが見えてきた。


「誰か一人でも残っておられればよいのですが。」


セルカさんが言うようにこの世界を覆う毒ガスの

ようなものから逃れる為に、この世界の元々の

住人達は洞窟の奥深に隠れ潜んでいるはずだ。

なので、これから向かう先はゴーストタウンに

なっている可能性が高く一人でも住人が残っていれば

御の字である。


「それが、穏便な出会いになるといいのだけれどね。」


あいまいに笑って、そう返す。

荒廃した町を我がもの顔で闊歩するギャングや山賊、

アウトローなんかに出会おうものなら、

チートもなければ武道のたしなみも無い俺たちでは、

デッドエンド一直線だろう。


とはいえ、立ち寄らないという選択肢もないので、

セルカさんには待ちの入り口から100mほど離れた

草むらに隠れてもらい、まずは、俺一人で中の様子を伺うことにした。



予想通り町の通りには人の気配はない。

ところどころ布切れや白い小石のようなものが散乱しているが、

生活の気配といったものはまったく無かった。


1000人規模の宿場町といったところか。

東西におよそ800mほど南北に500mほどの楕円形の柵で囲まれた

範囲に200棟ほどの木造の建物が立ち並んでいた。


5分ほどかけて慎重に町の中心に向かって進み、

住人の気配や痕跡が全く無さそうだということを確認してから

セルカさんを呼ぶために踵を返す。


そのとき、15メートルほど先に置かれた

荷馬車の物陰から一匹の赤黒い獣がのそりと姿を現した。


その獣は豹を一回り大きくしたような猫科の

猛獣を想起させる姿をしていた。

体高は1メートル20センチほど。

体長は2メートルを超えているのではないだろうか。


背中には鬣のように真っ赤な毛が生えており、

金色に輝く鋭い眼がギラギラと燃えているようにも見える。


鋭い牙が覗き見える口には何かの動物の骨のような

ものを咥えており、骨の先には布のようなものが

引っかかっていた。



戦うか?


猛獣相手にフライパン1本で?


不可能だ。

あれはこんなものでどうにかなるような生き物ではない。


あれは、訓練をつんだハンターが散弾銃を持って

ようやくどうにかなるような相手だ。



ならば逃げるか?


それも困難だろう。


遭遇した場所が悪すぎる。

町の中心は広場になっておりこの場から一番近い建物までの距離は、

およそ90メートル。


全力で逃げても途中で追いつかれるか、

扉を閉めようとしている間に捕まる可能性が高い。


そもそも、あれに背中を見せるだなんて

襲ってくれといっているようなものだろう。


1分か、2分か。


お互いに凍りついたかのように微動だにせず


時間だけが過ぎていく。


目だけは決して逸らさないように


柄を強く握り締め、フライパンを構える。


やがて耐え切れなくなったのか、

豹のような獣はその体を体を深く沈ませると

弓から放たれた矢のような速度で


一目散に逃げていった。



その姿が見えなくなった瞬間、全身の力が抜けて

がくりと地面に膝をついた。

背中や脇の下は汗でぐっしょりと濡れ、

今頃になって手はブルブルと震えだす。


怖ええええええええ。


ぜーはーっと、何度も息を吐いて

ようやく落ち着きを取り戻す。


異世界転移のテンプレートでは、主人公が勇者になったり

冒険者になったりして、大抵は猛獣や怪物相手に勇敢に戦う

といった流れになるのだが、断言しよう。


俺には絶っっっ対、無理!!


テレビのバラエティ番組で、お笑い芸人が猛獣の檻の中に入って

めちゃくちゃ怯えている映像がしばしばお茶の間に流れて

笑いを誘っていたが、芸人のみなさん、笑って本当にすみません。


半端じゃないほど怖いです。


ああ、銃も持たずにあれに立ち向かうアフリカの部族の

皆さんは本当に勇敢で偉大だったのだなぁ・・・。


来たときの10倍は慎重に慎重を重ねて、20分ほどかけて

建物から離れすぎないようにじりじりと進みながら今来た道を戻る。


そして、セルカさんが隠れていた草陰を覗き込むと

そこにあるはずのセルカさんの姿は消えていた。



現場に争った痕跡はない。

やんわりと倒れた草の様子から、セルカさんが慌ててその場を離れたよう

にも見えない。


一体、何があった?


先ほどのような猛獣が現れたのか?


それとも、盗賊やアウトロー、あるいは奴隷商人のような輩に

見つかったのか?


はたまた、彼女がここを離れなければならないような

なんらかの理由ができたのか?


「くっ。一体なにが起こったっていうんだっ!」


悔しさから、その場の草を思い切り踏みつける。





「おや。キョウタ様お帰りなさいませ。ずいぶんと遅かったですね。」


いきなり後ろから、声をかけられた。

振り返ると、なぜか彼女は町の入り口のほうに立っており、

こちらに手を振っていた。




「さて、セルカさん。何か弁明は?」


町の入り口から程近い、しっかりとした造りの家の中で

テーブルを挟んで、俺とセルカさんは向かい合って座っていた。

勝手に打ち合わせの場所を離れたことに対して反省を促す為に

このように言ったのだが、むしろセルカさんはニヤリと意地の悪い笑みを

浮かべると、余裕たっぷりといった風に切り返す。


「なるほど。つまり、キョウタ様は、私にあの場で漏らせ、と。

 そうおっしゃいたいのですね。そのようなご趣味をお持ちとは。

 くっ。このような辱めを受けた以上、責任は取っていただきますよ。」


悔しそうな口調を演じてはいるが、顔が完全にニヤけている。


「そ、そんなわけがないでしょうが。

 はぁっ~。敵わないな。」


こういう場面で、男が女に勝つなんてのは不可能である。

早々に白旗を揚げて、話をかえる。



「さて、予想通りここはゴーストタウンで間違いなさそうだ。」


セルカさんもこくりと頷く。


「そのようですね。しかも、元の住人はよほどあわてて逃げ出したのか、

 他にも家財などがそのままになっている家がありそうですね。」


家の中を見渡すと、とるものもとらずに、せいぜい貴重品だけを持って

飛び出したかのような有様で、調味料や服なども多くがそのまま

残されていた。


幸いなことに炊事場や井戸は生きており、拠点として使う分にも

不足は無い。


さておき、元々の住人たちはどうなったのかといえば、

道に転がる白骨はせいぜい十数体分なので、運悪く逃げ遅れた者のか、

逃げることができない体だった者だけが犠牲になったのだろう。


元の住民の大部分は少なくともこの町からは脱出していたようである。


セルカさんによると台所にはまだ食べることができそうな

固く干した肉や穀物の袋、干した果物などが残っているとのことで、

元の住民には悪いが、ここを当面の拠点として借りることにしようと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ