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終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
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第四話 終わりの世界へ

一瞬の意識の暗転の後、見知らぬ場所に立っていた。

体に不調は感じない。

どうやら生き延びることができたようだ。


「あぁぁああ・・ああ・・・」


声が聞こえた。


視線が向かう先には地獄が広がっていた。


―予測してはいた。


百を超える様々な種族の遺体が転がっていた。


誰かが苦痛にあえぎながら地面を這いずっている。


誰かが蹲りすぐにそのまま動かなくなった。


誰かが喉を掻き毟るようにもがいている。


誰かは口を押さえながら、救いを求めるように手を伸ばしていた。


予想はしていたはずなのに、金縛りにあったかのように体は動かない。

思わず目を逸らそうとしたはずなのに眼球すらも凍りついたかのようで、

ただ、ただ、心臓だけが激しく音を打ち鳴らす。


唇を噛み切り、それでも一歩踏み出す。

手も膝もブルブルと震えている。

今また、誰かが動かなくなった。

恐怖も感情も凍らせて、能面のような表情を貼り付け、

鼻水を垂れ流しながら走った。



俺は十数人の苦しむ人間が動かなくなるのをただ見届けた。


そして、俺はただ1人だけ、助けることができた。





背中合わせになるよう、互いに相手を見ないように気をつけながら

遺体から衣服や履物を漁って身に着ける。

さすがに肌着まで脱がすことには抵抗があったので、下着姿となった

遺体を仰向けに寝かせて手を組ませて祈りを捧げる。

ズボンのサイズは少し大きく体に合わなかったので、ベルトを強く締める

ことで間に合わせておく。幸い靴のサイズが近かったので、歩くことで

難儀することはないだろう。

ズボンのポケットをまさぐると財布とスマートフォンが入っていた。


百を超える遺体の中で、衣服を身に着けていたのは僅か4体。

男性が1体。女性が3体。

さすがに俺が女性の遺体を漁るわけにもいかず、

そちらは彼女に任せてしまっている。


トカゲの鱗のようなものに体の一部を覆われたものや

動物のような耳と尾が生えて全身を長い毛が覆っているもの。

大半の遺体は苦しんだ様子もなく、眠るように横たわっていた。


「こちらは終わりました。」


抑揚を抑えた女性にしては少し低めの声を受けて返事を返す。


「そうですか。では、そちらを向いてもいいですか?」


職場で使い慣れた他人行儀の敬語に彼女も応える。


「ええ。着替えましたので。」


周囲の遺体を視界に入れないようにゆっくりと振り返る。

改めて視界に納めた彼女は日本人的な顔立ちをした、

すこし冷たい印象を受ける女性であった。


「お疲れ様です。本来なら埋葬して差し上げたいところですが、

これだけの数となりますと難しいでしょうね。」


元の世界にも危険な生物は無数に存在していたが、

この世界に存在する生物がどのようなものか分からない以上、

ここで悠長に埋葬しているわけにもいかないだろう。

彼女もこちらの意を汲んでくれたようでこくりと頷く。


「そうですね。色々と確認したいこともありますが、

 まずは場所を移しましょうか。」


天を仰ぐと暗い雲が徐々に空を覆い始めていた。


一つ頷き、最後に掌を合わせて祈りを捧げる。

彼女が左手に持っていた買い物袋を預かり

先導するように、思いのほかすぐ近くにあった街道を歩く。


道にはまだ新しい車輪の跡と動物の足跡のようなものが

残っていたので、進行方向と思われる方角へと進んでいく。


「蹄。ということは馬車でしょうか。」


足早に歩きながら、彼女の問いに短く応える。


「そうでしょうね。恐らくは。」


多少急いだ所でそれに乗っていたであろう

恐らくはこの世界の現地民に追いつくことは難しいだろう。



雲行きはいよいよあやしくなり遠雷の鳴り響く音が聞こえる。


「傘があればよかったのですけれどね。」


独り言を口にしつつ足を速める。

身に着けているのはサンダルのようなお世辞にも歩きやすいとは

いえない履物であるにも関わらず、彼女は泣き言一つ言わずに歩みを進める。


何か話しをしておくべきだろうと口を開こうとするが、

そのたびに酸っぱい胃液がこみあがってきて言葉を飲み込む。

彼女も口を開くことはなく、無言のまま道を進んでいく。


1時間ほど歩き続けるとポタリと、肩に冷たい雨があたった。

幸いにも500メートルほど先に崩れかけた物見櫓のような

木造の建物が見えてきた。

雨雲から逃げるように駆け足で櫓のような建物に転がり込む。

一息つくと、すぐに大粒の雨がバラバラと音を立てて降りはじめた。

「ハァ・・。危ういところでしたね。」


俺と同じようと息を整えていた彼女に声をかける。


「都合よく雨よけとなる建物が見つかってよかったですね。

 蜘蛛の巣・・・あちこち壊れていますし、

 ここは長い間使われていないのでしょうね。」


彼女が言うように至るところに蜘蛛の巣が張られており、

壁や天井の一部は崩れ落ちている。

床板はところどころ持ち上がり、隙間から

茎の太い丈夫そうな雑草が伸びている。

長い間、恐らくは年単位でヒトの手が入っていないのだろう。

勝手に入ってしまったことに後ろめたい気持ちがあるにはあるのだが、

このような状況で考えても仕方がないのでその気持ちには蓋をしておく。


「そうだ。ビニール袋とペットボトルを借りますね。」


彼女から預かっていたビニール袋の中身を取り出し、袋の口を広げて

入り口の外に置いておく。袋の中に入っていたペットボトルも

立てかけておいた。

雨水は飲用に適さないのだが、いまの状況で水は必要不可欠だ。


バチっバチっとビニール袋に雨雫があたる音がやけに大きく聞こえる。


はぁ~と一つ息を吐き、木箱を逆さにしたような椅子に腰掛けた。


それを待っていたのか、俺の対面に同じように座って、

今度は彼女の方から口を開く。


「そういえば、まだ、命の恩人に名前すら名乗っておりませんでしたね。

 氷良ヒラ 瀬瑠花セルカと申します。

 遅くなってしまいましたが、このたびは本当にありがとうございます。」


彼女はそういって立ち上って一礼する。その動作は実に洗練されており、

その容姿と相まって、物語の一場面を切り取ったかのような印象を受けた。


「いやいや、気にしないでください。

 正直に言ってしまいますと実は打算があったというのもありますが、

 こちらとしてはむしろ助かってくれてありがとうって

 逆にお礼を言いたい程ですよ。

 ええと、私は神原カンバラ 京歌キョウタと申します。」


そういって、こちらも一礼すると、能面のような彼女の表情が少しだけ

和らいだ気がする。

彼女からみれば俺は命の恩人であることに間違いはないのだが、

もし、彼女を助けることができずに、たった一人で

無数の屍が打ち捨てられた中を生き残っていたらと想像すると

背筋が冷たくなる。

物語の主人公のように不屈の精神を持っているわけでもない、平和な

日本育ちの俺がかろうじて正気を保っていられるのは、

彼女という他者の存在が傍らにあることと、おびただしい数の死者を前に

「俺は彼女を救った。俺は、できるだけのことはしたんだと。」

自分自身に言い訳をすることで罪悪感から目を逸らしているからに過ぎない。

そんな心情を察してくれたのだろう。

彼女とはしばしの間、他愛のない雑談をし互いに名前で呼び合うこととした。


「へぇ~、セルカさんは大学院を卒業して就職が決まっていたんだ。」

雑談の中で、俺は外行きの丁寧語をやめ、砕けた口調に戻すことした。


「ええ。新人研修が始まったばかりでしたから・・・

 キョウタ様も3月27日でしたか?」


新人研修とは言うが短大を卒業して就職した社会人4年目である俺よりも

実はセルカさんのほうが年上である。

もっと砕けた口調で話してみてはどうかと提案したのだが、

セルカさんは親しい友人にも丁寧語で会話するのだということなので、

クール美人系の容姿と相まって前の世界ではやんごとなき身分で

あったのかもしれないと思った。

そこで、どこかのご令嬢なのかと聞いたところ、

むしろ、代々そのような人々の秘書などを勤める家柄で

サブカルチャー風に言い換えればメイドの一族だと胸を張って教えてくれた。

セルカさんも大学の時に友人に誘われて大学祭でメイドの

コスプレをしたことがあったそうだ。

そして、そのあとはまさに転げ落ちるようにそちら側の世界へと

堕ちていったようである。

一見して、異世界転移なんてカテゴリーとは無縁そうな人に見えたのだが、

その友人からメイドの勉強という名目でライトノベル等を

何冊も借りて読んでいたとのこと。

なぜか、年下の俺が「様」付けで呼ばれているのも、

セルカさんのキャラ作り、もとい悪ふざけの延長なのではないかと思っている。

とはいえ、そうやって自分を作ることで精神の安定を図っているのだろうから

それを強く否定することはできないし、するべきではないと考えている。

そう、決してセルカさんの目力に負けて反論を封じられたわけではないのだ。


「3月27日だね。丁度、出社する10分前位に朝のニュースを見てから、

 時間は朝の7時位だったと思う。」


雑談は自然とお互いの状況や情報のすりあわせへとシフトする。

世界が終わった時間やその後の状況に違いはない。

彼女もやはり、あの不思議な世界で「彼」と対峙し

この世界に転移させられたのだそうだ。

ちなみに、彼女にサブカルチャーを教え込んだ友人は敬虔な信徒

でもあったそうで、間違ってもこちらには来ていないだろうとのこと。


「ひょっとして、セルカさんも例の質問で

 自分以外の質問と回答を全部って感じで聞いたりしなかった?」


俺が助けたと明確に認識していたことから、恐らくはセルカさんが俺の前に

俺と同じような質問をした人ではないか予想はしていた。

そして、それはすぐさま肯定される。


「やはりキョウタ様もそうでしたか。

 ええ、実際には


『質問した者に重大な影響を与えるものを除き

 今までに質問された全ての質問と全ての回答を

 文字形式で開示していただけませんか?』

 

 と質問させていただきました。」


やっぱりか。

となれば、彼女の事情はおおよそ見えてくる。


「ってことは、セルカさんは先にヘルプ機能を取っていたんだね。」


そう、俺と同じ質問をしていた以上、恐らくこの異世界転移に

必須となるものをセルカさんは知りうる状況にあったはずだ。

そして何より、セルカさんは俺によって助けられたと自覚している。


「ご明察です。私も、キョウタさんが至ったであろう結論と同じ結論へと

 辿りついたのですが、その時点でどうあってもSPが不足してしまう

 という状況に陥っておりました。」


ヘルプ機能と質問の2つを使った場合、消費されるSPは合計で40である。

最低10SPを残しておく必要があることを考えれば、

使うことができるSPは残り50。

これはこの世界で生存するために必須となる機能を全て揃えることは

不可能な数字だ。


「つまり、助けられるということも折り込み済みだったということか。

 はぁ~。ずいぶんと分が悪い賭けだな。」


だが、セルカさんはその賭けに勝って生き残った。

やるだけのことはやれたと思って転移した俺と、

最後の最後で賭けに出ざるを得なかったセルカさん。

セルカさんの心情を慮ることはできないが、

恐らく俺が成功者だったというだけの、単純な構図ではないのだろう。

そういってセルカさんはふわりと笑う。


「ですが、私は賭けには勝ちました。

 それにキョウタ様が得た報酬も悪くはないものだと思いますよ。」


『異世界共通言語  10SP』

それは、俺が最後に取得することを断念し、

セルカさんが最後に取得した機能だった。

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