表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
終わりの世界より  作者: あなぐまこさん
1/36

第一話 世界の終わり

こんがりと焼けたトーストの香ばしい香りが漂うリビングルーム。

天気は今日も晴天。


テレビのチャンネルを公共放送に合わせると今日も代わり映えの無い

ありふれたニュースを映し出した。


「亡くなったのは、アメリカから留学中の ――― 。」


自分にとって関わりの少ないものであるならば人間とは

薄情なもので、例えどこかの誰かにとっては世界が変わって

しまうほどの大事件であったとしても、共感や同情こそあれ、

いつものありふれた日常の一場面として視界の隅へと追いやってしまう。



「―さんがハンドル操作を誤り衝突した可能性が――」


時計の針は7時を指していた。


コーヒーの入ったカップを片手に新聞を捲る手を止めて

ふと窓から広がる空を見上げる。




途方も無いほど青く深い空が広がっている。




その日。その瞬間。


ひょっとしたら、俺にとっては関わりのない遠いどこか、


或いは世界の裏側で、とても大きな事が起こって。





唐突に、あっけなく世界は終わった。





数秒のようでも数時間のようでもあった束の間の意識の断絶を経て

ゆっくりと目を開ける。

一寸先も見通せないほどに暗く、あるいは眩しすぎて目を開けることも

できないほどにほどに光り輝く空間を、沈むように浮遊する感覚に身を任せる。

無数の人々がざわめいているような数多の存在感が満ちているのに、

恐ろしいほどの静寂に包まれた世界。


次第に意識が溶け、自我が希釈され、自分という存在が攪拌されていくことを

感じながらも不思議なことに悲しみも恐れも喪失感も無かった。



そして、何の前触れも無く目の前に誰かが立っていた。



一見すると「彼」は欧米人のように見えた。

ジーンズとTシャツを着用し、年のころは20歳ほどに見える。

虚ろな視線と半開きの口。奇妙に脱力した姿勢のまま固まっているように見える。


自分以外の確固とした「他者」という存在を認識したことで、

崩れて消えかけていた意識と思考が急速に覚醒する。


俺は不思議な空間に存在している自分という存在をようやく自覚した。


そして、俺という自我が状況を認識して混乱や恐怖といった感情を発露する直前に、

彼は早回ししたテープレコーダーのように言葉にならないような奇妙な声を上げた。


―キュルキュルルキュルル


それは集約され圧縮された情報だった。


耳ではない、鈍い痛みとともに何かを通して聞こえてきた言葉としての

意味を成さない音には膨大な情報が詰め込まれていた。


「彼」いわく。


人間という種、あるいは人としての集団意識を共有し帰属する存在は、

ある瞬間に一定の閾値を越える程のその集団意識が肥大し膨張したために、

俺たちが現実の世界、あるいは今世とよんでいた世界の枠組みを超えて

そこから次のステージである「この世界」へと存在のチャンネルがシフト

したとのこと。


「彼」は人間という種よりも、極めて高いステージに存在する知的生命体であり、

人間という存在がが現実世界からこの世界へとシフトする直前に生命活動が停止

した一個人である「カレ」の精神や記憶情報を読み取り、その「カレ」の思考を模し、

あるいは思考の形を借りている。


そして「彼」は、この世界にシフトしたことによって、個人としての意識が

人間という種の集団意識へと統合されていく過程にあった、いくつかの意識に

ある目的をもって接触しているのだという。


さて、「彼」の視点から視れば、現在人間が置かれている状況は、研究室の

シャーレーの中で培養していた微小な菌が、菌糸として成長して結合し

その性質を変えることで、きのこやカビのように目視によっても観察ができる

ような存在になりつつある状況に例えることができる。


個人・個人の意識や自己が人間というひとつの種として

一つの集合意識へと統合される。

人間という種を一つの知的生命体と考えるならば、新たなステージへと進んだ

この変化は、おそらく劇的な『進化』といってよいのだろう。


もはや伺い知る事はできないだろうが、俺の知らない世界の裏側で

そのような進化を望む誰かがいて、とてつもない努力と執念をもって

奇跡のようなこの進化へと導いたのかもしれない。

あるいは、とてつもなく不幸な、あるいは幸運な、単なる偶然が積み重なって

しまっただけなのかもれないが。



「彼」は例えるならば観察者であり、研究者であった。


この結果は極めて珍しい特異な事象として、「彼」は驚きをもって歓迎していた。

それは「彼」の観察と研究の対象としての人間という種の価値が

大きく上がったことを意味していた。



存在のステージが違うため、正確に表現するのは困難ではあるが、

大雑把に「彼」の目的は以下のようなものである。


シャーレーの中で培養し数を増やした特殊な細菌の一部を、

色々と条件を変えて環境を整えた別のシャーレーに移して観察する。


「彼」にとって、移す対象が細菌ではなく知性をもった俺たち人間であり、

小さなシャーレーは、広大な世界という枠組みである。

といった、違いはあるが、この例えはあながち的外れではないと思う。





思考という作業を行っていたのは数秒かあるは数時間か。

気がつけば「彼」の周りには数百人、あるいは数千人の人間が在った。


「つまり異世界転移ってことですね!」


年齢は20歳を少し超えている位だろうか?

すこし小太りの青年の期待に弾む声が聞こえたような気がした。


そして、彼の意識は周囲の人間に伝播するように広がったかのように見えた。

恐らくは少なくない人々が「共感」し共通意識を形作ったのだろう。


数千人在った人間は数百人に減り、そしてすぐさまに数千人となった。


別の世界に自分という存在を移されるという事象を、

死後の世界として認識して共通意識を持つ者もいれば、

輪廻転生という枠組みをもって認識し、共通意識を持つ者もいる。


おそらく大多数であるそういった人間たちは、彼らの共通意識を共有する

者同士で集合し、その枠組みの中でこの事象へと組み込まれているのだろう。


集合意識が形作るこの世界において、認識、価値観などに共有するものが

多く強いほど互いの距離が近くなっているのかもしれない、と漠然と考えていた。


とはいえ、異世界転移なんてファンタジーなものに憧れるほど、自分は夢見がちで

楽天家であっただろうかと思うと、苦い笑いがこみあげてくる。

死後の世界を真剣に考え抜いたことも無ければ、心から信仰する宗教も無い。

冠婚葬祭や社会生活における宗教的儀式を蔑ろにすることはなく、宗教家への

敬意もはらっていたとは思うのだが、本当に深く心に根ざすものがあったのかと、

聞かれれば首を振らざるを得ないのだから仕方が無いのかもしれないが。





『異世界転移』





この場に在る人間により共有されたそれは、極めて楽天的でご都合主義。

ゲーム的である意味ではとてもあり触れたものだった。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ