最終話 スーパー銭湯に全員集合。季節感の違いで乱闘騒ぎのち大惨事!?
翌日。夜七時ちょっと前、利川宅。
「陽彦、陽英。給湯器が壊れたみたいなの。陽彦が幼稚園に入った頃からずっと使ってるからとうとう寿命が来たみたいね。明日修理屋さんに来てもらうから、今日は二人とも銭湯行ったら? 母さんは今日一日くらいいいから」
母は、晩御飯を食べにダイニングへ来た陽彦と陽英に、こんなことを伝えて来た。
「まあ俺はべつにそれでいいけど」
「たまには銭湯もいいわね。桜子ちゃんも誘おっか?」
陽英はさっそく桜子宛のラインにその旨を送信。
約一分後、
もちろん同行します。年中行事擬人化の皆さんもいっしょに連れて来て下さい。銭湯代は私が払うので。
と返信が来た。
ってなわけで陽彦、陽英、桜子、年中行事擬人化キャラ達。計八人で利川宅からは徒歩15分程度の所にある露天風呂付きスーパー銭湯、蛍ノ湯へ行くことに。
ちなみに年中行事擬人化キャラ達は利川宅から外へ出てから三次元化した。
「寒い夜だけど、菖蒲ちゃんの側にいると暖かいね。うちの考えた設定通りになってるね」
「さすが初夏の端午の節句さんだね。天然のエアコンにもなるよ」
陽英と桜子はほんわか顔で褒める。
「いえいえ、それほどでも」
菖蒲は照れてお顔を緋鯉のように赤くさせた。
「アタシだと暑過ぎるかな? でもアタシこんなことも出来るぜ」
向日葵は両手のひらから、桜子と陽英に向けてかき氷を噴射して来た。
「寒いよ向日葵ちゃん、でも氷はふわふわしてすごく美味しい♪」
「夏なら最高ね。この技もうちの設定通り♪」
桜子と陽英は全身に浴びせられ、寒さでカタカタ震えるも、嬉しくも感じる。
「E・ハルエ、シロップもいろんなのを出せるようにしてくれて嬉しいぜ。今回は汚れが付きにくい“すい”にしたよ。そのままだと風邪引くかもしれねえから、乾燥させておくね」
向日葵は全身から熱気を出し付近を真夏のような暑さにし、桜子と陽英の体と服を急速乾燥してあげた。
そのあともみんなで楽しく会話を弾ませながら歩き進んでいき、夜七時四五分頃に蛍ノ湯に辿り着くと、
「ここは俺、初めて来たよ」
「陽彦も女湯入る?」
「入るわけないだろ」
ロビーの受付にて陽英が代表して、みんなの分の入湯料と、持参してない年中行事擬人化キャラ達の分のバスタオル代を支払った。
当然のように陽彦は男湯、他のみんなは女湯の暖簾を潜る。
女湯脱衣室。
「菖蒲ちゃんとクワイちゃん、腕と足以外のお肌も白くてきれいだね」
「うちのデザイン通りね。三次元化してより一層美しさが引き立ってるわ」
「どうもです」
「陽英ちゃん、色白和風美人にデザインして下さってありがとね」
桜子と陽英に全裸姿をまじまじと見つめられ、菖蒲とクワイは照れ笑いを浮かべる。
「ランタンちゃんのあそこの毛も、うちのデザイン通りかぼちゃ色になってるわね」
「ワタシ、けっこう気に入ってるよ♪」
「E・ハルエ、アタシのあそこは緑のカーテンみたいにいっぱい生やして欲しかったぜ」
「向日葵ちゃんの恥部をつるつる設定にしたのは、エメラルドグリーンに煌くハワイの海をイメージしてるからよ」
「そうなのか。初耳だな」
「ちなみにキャロルちゃんのつるつる設定は、まだ子どもだからってもあるけど雪景色もイメージしとるんよ」
「そうなんだ」
「あの、陽英さん、わらわの下の毛はけっこう生えているのですが、生え方のイメージは、菖蒲ですよね?」
「あったり♪ 初期設定では柏餅の表面のようにつるつるだったけどね」
「無毛のつるつるもこの歳になると嫌ですね。薄っすらと生えさせて欲しかったな」
「わたくしのは、程よい生え方だけどイメージは注連縄かしら?」
「クワイちゃんのは松竹梅と門松をイメージしたよ」
「そうでしたか。わたくしの名前と共に縁起良くして下さって嬉しいわ」
そんな会話が否応なく耳に飛び込んで来て、
下品な話だけど、例え方は上品だね。
桜子は思わず苦笑いを浮かべながらみかん柄ショーツを最後に脱いで、すっぽんぽんになったのだった。
☆
女の子達はみんなすっぽんぽんで浴室へ。
「ちょうど先客が出て行って誰もいなくなったな。まるで貸切状態だな」
「思う存分暴れ回れるね」
「向日葵ちゃん、キャロルちゃん、いくら他のお客さんおらんくても銭湯で暴れちゃダメよー」
「はーい」
「分かりましたのだE・ハルエ」
「良い子にしてないとサンタさんからクリスマスプレゼント貰えなくなっちゃうもんね。あっ! いちごの香りのシャンプーとボディーソープがあるぅ。あたしこれ使おう!」
「アタシはパイナップルの香りの使うぜ。E・キャロル、髪の毛洗ってあげるぜ」
「Kiitos向日葵お姉ちゃん、あたしはお背中流すよ」
向日葵、キャロル、クワイ、陽英、桜子、ランタン、菖蒲の並びで洗い場シャワー手前の風呂イスに腰掛け、髪の毛と体を洗い流していく。
「ねえサクラコちゃん、リアル彼氏のハルヒコくんの特に惹かれる部分はどこかな?」
ランタンから唐突にされた質問に対し、
「優しくて、背があまり高くなくて女の子みたいな顔つきと体つきで、話し方も穏やかで威圧感がないところ。からかうと面白いとこ、かな」
桜子は悩むことなくにっこり笑顔できっぱりと伝えた。
「桜子ちゃんも、やっぱうちと同じような一面に惹かれてるのね」
陽英はふふっと笑った。
「おう! 男らしさがあまり無い方がハルエちゃんやサクラコちゃんは好きなんだね」
「そうだよ。大柄で筋肉質な子とか、厳つい顔の男の子は襲われそうで怖いなって感じちゃうよ。ところでランタンちゃん、私、陽彦くんのこと大好きだけど、彼氏って言われるのはなんか照れくさいな。私にとって陽彦くんは、家族同然のお友達だよ。彼氏彼女っていうのは、ある程度大人になってから、思春期以降、中学生や高校生になってから初めて知り合った男の子と女の子が、お互いのことを好きになって付き合い始めた場合に初めて言えるんじゃないかな? 私と陽彦くんは、赤ちゃんの頃からいっしょに写ってる写真もあるくらいの筋金入りの幼馴染同士だから」
「いやいや、デートも経験したんだからハルヒコくんとサクラコちゃんは立派な彼氏彼女の関係、恋人同士だよ」
「うちもそう思うわ」
ランタンと陽英は両サイドからにやりと微笑みかける。
「あれはデートじゃなくて、交友だよ」
桜子はてへっと笑った。
「わらわは、桜子さんと陽彦さんはいとお似合いのカップルだと思いますよ」
緑茶の香りシャンプーを使っていた菖蒲から爽やかな笑顔でこう言われ、
「そうかなぁ?」
桜子は照れ笑いを浮かべつつ、俯き加減になり桃の香りのシャンプーで髪の毛を洗い流していく。
「桜子ちゃん困ってるし、その話はこの辺にしといてあげましょう」
クワイは微笑み顔で注意してあげた。
その直後、みんなの頭上からドバァァァァァァァァーッ! と滝のような雨が。
ゴロゴロゴロッ! と雷鳴も鳴り響く。
「アタシの夕立でシャワー代わりになるぜ」
向日葵のしわざだった。黒っぽい入道雲型の物体が豪雨と雷鳴をもたらしながら天井付近をゆらゆら漂っていた。
「これすごく楽しいでしょう? よかったらあたしのシャンメリーのシャワーも浴びせるよ」
キャロルはとっても嬉しがっていたものの、
「向日葵ちゃん、危ないよ。それに私まだ体洗い終えてないよ」
「これはちょっとオーバードゥーだね」
「向日葵さん、蒸し暑くてべたついていと肌触り悪いです。今すぐやめなさい。公共の場でふざけて危険な気象現象を起こすのはマナー違反ですよ」
桜子、ランタン、菖蒲には大不評だ。
「分かりましたのだE・アヤメ」
向日葵はしぶしぶ夕立現象をやめてあげた。
「うちはけっこう楽しめたけどね。夏の気象現象が冬に体験出来たんだし」
「禊の滝行気分ね」
陽英とクワイは満足顔で伝える。
みんなが引き続き体を洗っていく中、
「E・キャロル、海水浴場の波攻撃だぜ」
「きゃんっ! やったな向日葵お姉ちゃん、仕返しぃ。くらえホワイトクリスマス!」
「さっみぃ~。でもすぐに湯船で温もれるぜ♪」
向日葵とキャロルは浴室内の泡の出る岩風呂へドボォォンと勢いよく飛び込み仲睦まじくはしゃぎ回る。
「いっちばん♪」
ランタンは髪と体を洗い終えると、浴室内の岩風呂はスルーして真っ先に露天風呂に向かい、湯船に静かに飛び込んだ。その瞬間に湯船のお湯がなんと、かぼちゃスープへと変わった。パセリとクルトンと生クリームもいっしょに浮かぶ。美味しそうな香りも漂う。
「極楽、極楽♪」
ランタンが恍惚の表情でくつろぐ中、
「ぃえーっぃ!」
続いてやって来た向日葵は足から勢いよく飛び込む。すると向日葵の周囲にエメラルドグリーンに煌めく海水が広がり、かぼちゃスープと半々くらいにきれいに分かれた。海水側にはクマノミも泳いでいた。
「ランタンお姉ちゃんと向日葵お姉ちゃん、季節感出したんだね。あたしもクリスマス風にするぅ」
次にキャロルが入ると、かぼちゃスープ、海水、クラムチャウダーの三種類がきれいに分かれた状態に。
「わたくしも季節感要素出そうっと♪」
クワイが浸かるとお雑煮要素まで入った。お餅、にんじん、ごぼう、大根、三つ葉などもお雑煮側の湯船にぷかぷか浮かぶ。
「ちょっと浸かりにくいなぁ」
「こうなる設定はうちの想定外だな」
桜子と陽英は湯船を眺め、苦笑いで呟いた。
「湯船が混沌としてますね」
菖蒲はゆっくりと湯船に歩み寄り、静かに行儀よく浸かった。
すると、湯船全体が一瞬で菖蒲湯に変化した。
「これなら安心して浸かれるよ」
「もうすぐ冬至のゆず湯だけど、この時期の菖蒲湯も良いわね」
桜子と陽英はホッとしたものの、
「菖蒲お姉ちゃん、居心地悪ぅい」
「アヤメちゃんの菖蒲湯要素強過ぎ。ワタシ達のが全部打ち消されちゃったよ。ねえアヤメちゃん、ちょっと出てくれないかな?」
「E・アヤメだけ出てくれたらちょうど良い混ざり具合になるから」
「わらわは菖蒲湯が最も心地よく感じますから。肌触りの甚だ悪いかぼちゃスープなんかにするアメリカナイズなランタンさんが出るべきだと思います。ここは日本ですし」
菖蒲はほんわか顔で主張する。
「嫌だよ」
ランタンはむすっとなった。
「わらわも嫌です。ランタンさん、室内の岩風呂に浸かればよろしいのでは」
「ワタシは露天風呂に一番入りたいのっ!」
「わらわも、開放的な露天風呂が一番好きなんです。出来れば独りで満喫したいです」
菖蒲はほんわか顔で主張する。
「アヤメちゃん自己中だよ。あ~、ムカついたぁ。狼男と狼女と、あの毒蜘蛛も召喚しちゃえっ!」
ランタンによって空中に召喚された背丈一八〇センチほどの恰幅の良い狼男、一六〇センチに満たない小柄な狼女、合わせて二匹と、体長七センチくらいあるタランチュラ十匹は重力に逆らえず湯船の中へ。人狼はワォォォ~~~~~ンッ! と遠吠えも上げる。
「きゃっ! ランタンさん、危ないじゃないですか」
菖蒲は慌てて湯船から出た。
あっという間に菖蒲湯要素が消え、年中行事擬人化他の四名の四つ交った状態に。
「危な過ぎるよっ!」
「これはマジやばいで」
桜子と陽英は急いで浴室内に逃げた。その場所から成り行きを眺める。
「ランタンさん、お仕置きです」
菖蒲は弓を用いて雉の羽根付きの矢を放ち、すみやかに人狼二匹と、タランチュラも一匹残さず消滅させると、ランタン目掛けてちまきを数本ぶんぶん投げつけた。
「ひゃんっ! 痛いよアヤメちゃん、でもデリシャス♪」
ランタンはちゃっかり笹の皮を剥いて頬張る。
「きゃんっ! 痛いわ菖蒲ちゃん、菖蒲ちゃんはわたくし達アニュアルイベントガールズの中で、一番攻撃が荒っぽいわね。男の子の日だけに。わたくしはお猿さんと蛇とイノシシと、十二支実在生物最強のトラで対抗するわ」
「あたしはトナカイさん召喚しようかなぁ」
「ワタシ、ゾンビと蝙蝠も召喚しちゃうよ。タランチュラのメキシカンレッドニーくんと人狼もさっきよりいっぱい召喚しないとアヤメちゃんに一蹴されちゃうね」
「その程度のものをいくら召喚したところで、わらわの弓矢と太刀攻撃でいちころですよ」
顔面に巻き添えを食らいちょっぴり怒りが沸いたクワイと、ランタンによって危険動物達が次々と召喚されるも菖蒲は余裕綽々だ。
「アタシが召喚出来る動物には危険なのがいないのは残念だぜ。対抗馬にならねえけどオオクワガタでも召喚するか」
向日葵が若干悔しそうにしていると、
「ゾンビ怖ぁぁぁ~~~~~~~~いっ!」
キャロルは今にも泣き出しそうな表情で陽英と桜子のいる方へ逃げていった。
切創、火傷、蛆虫寄生、歯型、銃痕の特殊メイクが顔などに施され、血まみれでおんぼろな服を身に纏った、様々な体格の老若男女ゾンビ達が今しがた十数体召喚されたのだ。露天風呂周りを時おり奇声を上げながら徘徊する。
「わらわの戦国武将モードのお顔よりも遥かに恐ろしいですぅ」
菖蒲もカタカタ震える。
「いやいや、キュートでしょ」
ランタンは爽やか笑顔で主張する。
「お盆にまた会おうぜ」
向日葵は一部のゾンビ達とダンスならぬ盆踊り的な動きをして戯れていた。
「露天風呂、動物園とUSJのハロウィンホラーナイト状態になってるやん。ちょっとみんな、桜子ちゃんや、他のお客様達の大迷惑になるから、すみやかに消してね。きゃっ! サル襲って来たし。動き速っ!」
「ゃぁん。やっ、やめておサルさん」
陽英と桜子は浴室に移動して来た数頭のニホンザルにしがみ付かれ、胸やお尻を揉まれてしまう。
「このお猿さん、陽英お姉ちゃんと桜子お姉ちゃんのおっぱいが好きなんだね」
キャロルはすぐ側で楽しそうに眺めていた。
「陽英ちゃん、桜子ちゃん、大変申し訳ない」
クワイは決まり悪そうに謝罪した。
キャッ、キャッキャッ、キャキャッ、キャァァァッ!
「あんっ、んっ♪ あっ♪ 吸い付きよ過ぎ。めっちゃ気持ちええわ~」
陽英は恍惚の笑みを浮かべる。
「おサルさん、私にも懐いちゃってるみたいだよ。怖い、怖い。離れて、離れて」
桜子は恐怖心を感じるも、気持ち良ささも感じていた。
「わらわの弓矢攻撃で瞬殺出来そうですが、それ使うと陽英さん桜子さんも巻き添えになってしまいますね。わらわは他の危険動物さんやゾンビさんを消滅させておきますね。きゃっ、きゃぁっ!」
菖蒲は対象物に向かって矢を何本も放とうとした矢先、向日葵が召喚した数匹のオオクワガタに襲われ顔や髪の毛などにしがみ付かれてしまった。
「痛いです、痛いです。挟まないで下さぁ~い。わらわの普段着の兜は鍬形ですが、わらわはオオクワガタさんの仲間ではないですぅ」
必死に振りほどこうとする中、
「お猿さん、いい加減離れなさいっ!」
クワイは桜子を襲う一匹を攻撃しようと試みたが、
ウキャァァァッ!
かわされ風呂椅子上へ飛び移られた。
「いたっ、足引っ掻かれたわ」
「クワイさん、大丈夫ですか?」
「うん、平気よ菖蒲ちゃん」
「クワイお姉ちゃん少し血が出てるよ。手当てするね」
「ありがとうキャロルちゃん。んっ♪ 冷たいけど気持ちいいわ」
「エイ ケスタ」
傷口をキャロルの手のひらから出る雪で冷やしてもらい、クワイは恍惚の表情を浮かべた。
「E・ニホンザル、これに耐えられるかな?」
向日葵は自分に襲い掛かって来た二匹のニホンザルに、中心付近の最大瞬間風速五〇メートル以上の台風攻撃を食らわす。
キャキャァッ! キャッキャッキャッ!
見事命中し、二匹とも暴風雨に煽られ瞬く間に消滅。
「お猿さん、これでもくらえっ!」
キャロルはホワイトクリスマスとクリスマスケーキ生クリームの合体攻撃を、桜子とクワイを襲ったニホンザルに直撃させた。
キャッ! キャッキャッ!
そのニホンザルはいちごなどフルーツまじりの生クリーム塗れになり猛吹雪に煽られ、五秒足らずで消滅。
「やったぁ! 大成功♪」
キャロルは満面の笑みを浮かべてガッツポーズ。
「サクラコちゃん、ハルエちゃん、巻き添え食らったらごめんね。かぼちゃの種攻撃で」
ランタンが口からかぼちゃの種をププププププププッと大量に噴き出しニホンザル達に命中させると、
キャッ、キャァァァァッ!
ニホンザル達はびくっと反応して桜子と陽英の体から離れてくれた。
その一秒後には消滅。これにてニホンザルは全て消えた。
「ええ体験出来たわ~。ランタンちゃんのかぼちゃの種攻撃もけっこう気持ち良かったで。ちょっと濡れちゃったよ♪」
陽英は大満足げ、
「お猿さんはかわいかったけど、怖かったぁ~」
桜子はくたびれた様子でホッと一息ついた。
「そういえば、ワタシが召喚したゾンビや蝙蝠や人狼やタランチュラは、どこへ行ったのかな? アヤメちゃんもう消した?」
ランタンは周囲をぐるりと見渡してみる。
「いえ、わらわがオオクワガタさんを消した時にはすでに姿は見えませんでしたので、おそらくは……」
菖蒲のお顔はみるみるうちに蒼ざめて来た。
「ゾンビもアオダイショウも蝙蝠もイノシシもトラも人狼もタランチュラも、柵を飛び越えて外に出て行っちまったみたいぜ。アタシ達がニホンザルと戦ってる間に」
向日葵は苦笑いで伝えた。
「早急に捕まえに行かなきゃ、ご近所中がいと大変なことに。わらわもオオクワガタさん退治に気をとられていて、うっかり見逃してしまいました」
菖蒲は恐怖心と罪悪感からかカタカタ震えながら言う。
「E・アヤメ、また戦国武将に変身して楽勝だな」
向日葵はにこっと微笑みかける。
「もうあの姿にはなりたくないです」
菖蒲はしょんぼりした表情で主張した。
「菖蒲ちゃん、今は緊急事態よ」
クワイは苦笑いを浮かべながら、肩をポンッと叩いてお願いする。
「アヤメちゃん、頼むよ。ワタシ、アヤメちゃんを信じてる」
「そう言われましても……」
「アタシが行ってくるよ。召喚物はE・クワイが二次元から取り出したやつやリアルのよりは弱いから勝てそうだし」
「ワタシも、協力するね。怖いけど、そもそもの原因作ったのはワタシだし」
向日葵とランタンは急いで脱衣室へ。
「それならば、わらわも協力しますね。もうあの姿には絶対なりませんが」
菖蒲もあとに続く。
「あたしはゾンビが怖いから行かなぁ~い」
キャロルは苦虫を噛み潰したような表情で伝え、陽英にしがみ付く。
「うちも協力してあげたいけど、あの子達だけでもなんとかなるよね?」
陽英は苦笑い。危険動物でも召喚出来る設定を作ってしまったことに関し、罪悪感に駆られていた。
「わたくしは、外に出た動物さん達が万が一戻って来た時に備えてここに留まっておくわ」
クワイはにっこり笑顔できっぱりと伝える。本音は戦うのが怖いのだ。
「クワイちゃん、頼もしいよ。陽彦くんにこのこと知らせなきゃ。もう上がってるかな?」
そんなクワイの心境を察せれなかった桜子も脱衣室に戻り、全裸のままスマホをマイポーチから取り出し陽彦の電話番号に連絡する。
発信してから十秒足らずで出てくれた。
「桜子ちゃん、何か用?」
「あのね、ランタンちゃん達が湯船のお湯の状態のことで季節感の違いでケンカしちゃって、ランタンちゃん達が召喚したゾンビさんや狼男さんや狼女さんや、イノシシさんやトラさんとかが、お外に出て行っちゃったの」
「それ、かなりやばいだろ」
すでに風呂から上がり、男湯脱衣室で服を着ている途中だった陽彦の表情は若干引き攣る。
「向日葵ちゃん達が今から消しに行ってくれるけど、心配だから陽彦くんもお風呂から上がったらいっしょに協力してあげて」
「俺にはどうにも出来ないって」
「頼んだよ。期待してるよ」
「あの、桜子ちゃん、こういうのは警察か猟友会に……切られたか」
向日葵とランタンと菖蒲が着て来た服に着込み終え、ロビーを通り抜け外へ出てからほどなく、陽彦もロビーへ。
ここは俺も行かないと、男として情けないよなぁ……なんか力士っぽい人がいるし。あの人に協力してもらうか。
「あのう、すみません」
マッサージチェアに腰掛け、週刊少年漫画雑誌を読んでくつろいでいた力士っぽいお方に、陽彦は恐る恐る声を掛けた。
「ほへ?」
力士っぽい人はくるっと振り向く。
「なんか、この辺りにイノシシとかトラとかの危険動物や、人狼やゾンビとかが逃げ出してしまったようなので、退治に協力していただけないでしょうか?」
陽彦が苦笑いを浮かべてお願いすると、
「イノシシやトラくれえこちとら一人でも楽勝でげす。こちとら、天狗みてえな顔したペリーが連れて来た異国のレスラーとボクサー相手に赤子の手を捻ったからな」
力士っぽい人は目をきらきら輝かせ、興奮気味に自信満々な様子で伝えた。
「それは頼もしいです」
陽彦の安心感が高まる。
「鳶は江戸の大火から守ってくれる火消しのことだべが、おまいさんの話によるとピーヒョロロって鳴くでっけぇ鳥か、かっぱらいみてえだな。そいつもこちとらなら素手で簡単に捕まえられるでげす」
「鳶じゃなくて、ゾンビです」
「甚六は、歌舞伎の惣領甚六のことだろ? 初代も二代目も三代目もとっくの昔に死んじまってるんだが、そいつの幽霊でも現れたのけ?」
「甚六ではなく、人狼なんですけど……」
「ほへ? よく分からねえけど、こちとら、困ってる人がいたら放っておけない性なんで、任せてくんろ」
「ありがとうございます」
「お安い御用でげす」
よかった♪ ちょっと天然ボケなとこもあるけど、見た目通り頼りがいありそうだ。本物の力士なのかな? 今本場所やってない時期だから、大阪近辺にいてもおかしくないだろうし。それとも売れない無名のお笑い芸人かな?
どや顔で快く引き受けてくれ、陽彦はホッとした気分で感謝する。
こうしてこの二人も外へ。
五〇メートルほど歩き進んだ所で、
「うっそやろ」
「そんなんあり得へんわ~」
「マジマジ、トラが橋んとこから川に飛び込んだん見てんってっ!」
「それ絶対猫か大型犬の見間違いやで」
「いやほんまやねんって」
「見てみてぇ~」
「タイガースファンやからって誇張し過ぎやで。おまえが見たん、トラ柄の服着た大阪のおばちゃんやろ?」
「あり得るよな」
「ちゃう、ちゃう。確かに本物のトラやってん」
「おまえ酔っとるやろ?」
「酔ってへんわ~」
大学生らしき男女集団が笑いながらそんな会話をしているのを目撃した。
すでに目撃者が出てるみたいだな。
陽彦は心の中で突っ込んでおいて引き続き捜索。
そこからさらに百メートルほど歩き進むと、
「あっ、いましたね。あそこに」
街灯で照らされた歩道上に、一匹の狼男の姿を発見してしまった。遠くから確認する。背丈一九〇センチ以上はあるように見えた。
「ほげえええええっ! 人間みたいな狼でげす。化け物でげす! 幽霊もいるでげす! ろくろ首やのっぺらぼうや一つ目小僧よりもおっかねぇでげすぅ~。あんなの倒せるわけないでげす。食わないでけろーっ!」
狼男の背後にはゾンビも数体いた。力士っぽいお方は途端に顔を青ざめさせ、横を走っていた車に匹敵するくらいの猛スピードで、ドスーン、ドスーンと大きな地響きを立てながら逃げ去ってしまった。
「案外、頼りなかったな」
陽彦は若干呆れ顔だ。
狼男は陽彦に気付いたようで、口をガバッと大きく広げて牙を向けて近寄って来た。
俺も逃げなきゃな。ランタンちゃん達に早く居場所知らせないと。いや待て。あの子達、携帯持ってないよな?
陽彦も一目散にその場から逃げ出す。
同じ頃、菖蒲は児童公園内でイノシシ二頭と狼男一匹と格闘中。
「まとめて厄払いしますね」
戦国武将には変身せず、五メートルほど離れた場所から弓矢をビュンビュン放ち、あっさり消滅させた。
直後に、
「きゃぁっ!」
若い女ゾンビとお爺さんゾンビに襲われ噛まれそうになったが、
「成仏して下さい。今はハロウィンの時期ではなくクリスマスの時期ですし」
慌てて太刀で一刀両断し二体とも同時に消滅させた。
ランタンの方は住宅地の一角で、街路樹から突如襲い掛かって来たゾンビ四体と、狼男二匹狼女一匹と体長二メートルほどのアオダイショウ一匹と格闘中。
「こいつにはこれだね」
最初に恰幅のいい中年男ゾンビと、太っちょで若い女ゾンビにパンプキンパイを投げつけ消滅させ、
「弱そうだし、攻撃するのはかわいそうかも」
続いて背丈一三〇センチに届かない痩せた子どもの男女二人組ゾンビに、かぼちゃの種噴き攻撃を食らわし消滅させた。
「ワタシの召喚物だし、素の状態でも負ける気はしないけど用心して、ワタシはベストなパワーを発揮出来るこの姿で対抗するよ」
そのあと人狼に対しては、吸血鬼仮装姿に変身して戦うことに。
「きゃんっ! エッチだね」
戦闘開始早々、狼男の一匹に鋭い爪で黒スカートをビリッと引き裂かれ、蝙蝠柄のショーツを露にされるも、その後は人狼からの攻撃を全て軽快にかわしつつ、腕などにカプリと噛み付いて対抗した。
人狼達は噛まれる度にワォォォ~~~~~ンと遠吠えを上げる。
「この攻撃でもまだ消えないなんて、なかなかタフだね。複数相手にはやっぱこの攻撃がベストだね」
ランタンは一番のお気に入りでもあるジャックランタン柄仮装姿に戻り、プププププッと大量のかぼちゃの種噴き攻撃を断続的に人狼達に食らわす。
人狼達はワォォォ~ン、ワォ~、ワォワォ~ッと痛がっているような遠吠えをか細く上げながら三匹とも消滅した。
「このスネークは毒蛇じゃないし、放っておいても問題なさそうだけど一応clear awayしておこう」
アオダイショウに対しては、ミイラ仮装に変身し包帯巻き付け攻撃を食らわし消滅させた。これにて一段落ついたランタンが再びジャックランタン柄仮装姿に戻った頃、
「危うく噛まれるところだったぜ」
向日葵は河川敷で、狼男一匹狼女一匹にはブルーハワイのかき氷攻撃を食らわし凍結させ、アオダイショウ二匹には線香花火攻撃を食らわし無傷で勝利。
「消えねえのがいるし、本物の蝙蝠も紛れてたんだな」
さらに付近にいた蝙蝠数匹も、召喚した虫取り網であっさり捕まえ召喚物は消滅させ本物は逃がしてあげた。
そんな中、
「寒いけど快適だよ♪ 気持ち良い♪」
「雪国にいる気分ね。最高や♪」
「あたし達の周りだけホワイトクリスマスだよ」
「キャロルちゃん、お正月も降らせて欲しいわ」
桜子、陽英、キャロル、クワイは小雪が舞い、周囲が雪化粧した露天風呂を満喫していた。キャロルはさらに、側に聳える松の木にクリスマスイルミネーションも演出させていた。
「あら、雪が降りよるやん」
「ほんまやねぇ。人工雪みたいやけどきれいやわ~♪」
「クリスマスの雰囲気満載やね」
ほどなく入って来た他のおばちゃんなお客さん達にとっても、この環境は快適だったようだ。
「ランタンちゃん達、上手くやってくれてるかなぁ?」
星空を見上げている時そんな心配がよぎった桜子に、
「きっと大丈夫だよ」
キャロルは水中をぷかぷか漂いながら、自信を持ってこう主張したのと同じ頃。
やばい、やばい。追いつかれるっ! 狼男って伝説の生き物だし強さは未知数だけど、絶対俺より遥かに強いよな?
陽彦は引き続き狼男から逃げ惑っていた。
けれども容赦なく牙を剥かれ、一気に詰め寄られてしまう。
こうなったら……
陽彦は運良く側に捨てられてあったコーヒーのスチール空き缶を拾い、五メートルほど先にいる狼男目掛けて投げつけた。
ワオォォォォォォォ~~~~~~~ン!
見事命中し、狼男怯む。
効いたか?
陽彦は安心することなくすぐに逃げ、狼男から少し距離を広げることが出来た。
だが、
瞬く間にさっき以上に詰め寄られてしまう。
やばいっ! より一層怒ってらっしゃる。
陽彦、万事休す。あと三メートルくらいまで迫って来た。
しかしその時、
「陽彦さん、もう大丈夫ですよ」
「待たせたなE・ハルヒコ」
菖蒲と向日葵が助けに来てくれた。陽彦と狼男との間に入ってくれる。
「おう、またこの前のトラに襲われた時みたいにギリギリで参上かぁ」
陽彦の表情はほころんだ。
「いやぁ、今回は二分前にはE・ハルヒコの事態に気付いてたんだけど、絶体絶命のピンチになってから助けた方がドラマ性があるかなって思って待機してたのだ」
「おいおい、そこはそういう演出いらないから」
向日葵から満面の笑みでされた発言に、陽彦は苦笑いでやや呆れる。
「狼男さん、厄払いしますね」
菖蒲は全長四メートルくらいの鯉幟《真鯉》を召喚し、狼男に襲わせる。狼男は真鯉の大きな口に飲まれ、あっさり消滅した。
「菖蒲ちゃん強過ぎ」
「E・アヤメの攻撃はどれもチートだな」
陽彦と向日葵は深く感心する。
「いえいえ、それほどでも。熊さんにはほとんど効かないですよ」
菖蒲は謙遜気味に微笑む。
「おーい、みんな。トラは倒した? ワタシは姿見てないんだけど」
ちょうどランタンも陽彦達のもとへやって来た。
「いや、まだだぜ」
向日葵が即答する。
「わらわも、まだ姿を見てないです」
「ってことはまだこの辺うろついてるってことか。かなりやばいな」
陽彦は全身から冷や汗が流れ出た。
「陽彦さん、ご安心下さい。トラさんでもわらわの弓矢、太刀攻撃や鯉幟召喚で瞬殺出来ますので」
菖蒲は自信満々に伝える。
こうして陽彦達は引き続き辺りを捜索することに。
安全確保のため、四人で固まって五分ほど歩き回っていると、
「うわっ! 出たぁっ! 菖蒲ちゃん、早く攻撃してっ!」
陽彦が最初に大通りの街灯に照らされたトラの姿を発見した。反射的に菖蒲の背後に回り、声を震わせながらお願いする。
そんななんとも臆病で情けない彼とは対照的に、
「あら、いと弱っているような」
菖蒲は姿をよく確認して冷静に判断した。
トラはよろけながらゆっくりと、今にも倒れ込みそうな感じで歩道を歩いていたのだ。
ミャ~ォォォ~ンと猫に近い鳴き声もか細く上げた。
「拳や蹴りを食らったような傷がいっぱいついてるぜ」
向日葵は盆踊り大会用の提灯を召喚して周囲を照らし、観察する。
「この猛獣に、素手で挑んであそこまで弱らせることが出来た奴がいるのかよ。凄過ぎ」
陽彦は深く感心していた。
「ハワイ出身、曙みたいな感じの奴がやったのかな?」
向日葵はわくわく気分で楽しそうに推測する。
「これならワタシでも倒せそう」
ランタンはトラの二メートルほど手前まで近寄り、
「えーいっ!」
召喚した直径一メートルくらいある、アトランティックジャイアントという品種の巨大かぼちゃを両手で持ち上げ、トラ目掛けて投げつけた。
トラはそのかぼちゃが当たった瞬間にあっさりと消滅する。かぼちゃもほぼ同時に。
「よかったぁ~。これで全て解決だよな?」
「ワタシはトラに遭うまでに、銭湯出てすぐの所にいたタランチュラ二十匹消して、それからもゾンビ四体と人狼三匹とアオダイショウ一匹消したよ」
「アタシは自販機前のごみ箱漁ってたイノシシ一頭消したあと、人狼二匹と、アオダイショウ二匹と、人畜無害だろうから放っておいてもいいと思ったんだけど蝙蝠も消しといたぜ」
「それならばわらわが消した分と合わせて間違いなく全滅ですね。一般の方々に被害が及ぶ前に片付けられてよかったです。万が一残っていたとしても召喚物は三〇分で自然消滅する設定に陽英さんがしてくれていますので、おそらくあと一分ほどで消えるでしょう」
陽彦、向日葵、ランタン、菖蒲は安心していっしょにスーパー銭湯へ戻っていく。
トラ半殺しにしたのって、あの力士っぽい人かな? ばったり出遭って無我夢中で攻撃したらあの人ならあれくらいやれるような気がするし。俺と背はそんなに変わりなかったけど、体重は百五十キロくらいはありそうな感じだったからなぁ。
陽彦がそんなこと考えていると、
シャシャッ!
と何かが彼の目の前を横切った。
「うわっをぉ!」
思わず仰け反った陽彦はすばやく菖蒲の背後へ。
ミィー♪
直後にこんな鳴き声が。
「なぁんだ、ネコかぁ。トラかと思ったよ」
陽彦は姿を確認するとやや声を震わせて呟く。大柄な黒猫だったのだ。
「ハルヒコくん、さっきのリアクション面白ぉい」
「E・ハルヒコは本当に憶病だなぁ」
ランタンと向日葵にくすくす笑われてしまう。
「いや、あんなことがあったばかりだし、何が現れても普通びびるって。俺何の特殊能力も持ってない一般人だよ」
陽彦は表情をやや引き攣らせて言い訳する。
「でもそこが陽彦さんの魅力ですね。桜子さんが惹かれる理由がよく分かります」
菖蒲はにんまり微笑んでいた。
その後は何事もなくスーパー銭湯に到着し、ロビーで他のみんなと落ち合った。
「みんな無事に戻って来てくれて何よりだよ。向日葵ちゃんとランタンちゃんとクワイちゃん、二度と危ない生き物やゾンビや狼男、狼女は召喚しないでね」
桜子からにっこり笑顔でやんわりと注意され、
「分かりましたのだ」
「大変申し訳ない」
「もう二度とやらないよ。アイムソーリー」
向日葵、クワイ、ランタンは深く反省の色を示したようだ。
「ともあれ一件落着したことだし、みんな何か飲んでくつろごう。どれも二百円で飲み放題よ。やっぱ銭湯上がりといえばカフェオレね」
陽英は併設のドリンクバーへ歩み寄っていく。
「私もそれにするよ」
「わらわは緑茶にします」
「アタシはスイカジュースにするぜ」
「あたしはジンジャーエールにするぅ」
「わたくしは甘酒にするわ」
「ワタシはトマトジュースとコーラにするよ」
「俺は烏龍茶で。俺がみんなの分まとめて払うよ」
他のみんなもあとに続き、お目当ての飲料水を紙コップに注ぎ入れた。
年中行事キャラの子達、うちが好きな飲み物に設定した通りのを選んでるわね。
陽英は嬉しそうに微笑む。
このあとみんなは長椅子に腰掛け、お風呂上りの一杯を楽しんでからスーパー銭湯をあとにしたのだった。
帰る途中、
「ぎゃあああっ! ゾンビがぁ、ゾンビがぁ~」
キャロルは突然、甲高い悲鳴を上げた。とっさに陽彦の背後に隠れる。
痩せ型の若い男ゾンビ一体と、太っちょと痩せ型の若い女ゾンビ計二体が、みんなの目の前に現れたのだ。
「まだ残ってたんですね。陽英さんの設定ではもう消えているはずなのに」
菖蒲は恐怖心から顔を強張らせ不思議そうに呟く。ちゃっかり陽英の背後に隠れた。
「ごめんね、ゾンビは一時間設定なの」
陽英はてへっと笑って決まり悪そうに伝えた。
「トラの背後にいた奴らだ」
陽彦はすぐに気付く。
「キャロルちゃん、得意のクリスマスケイク生クリーム攻撃で倒しちゃいなよ」
ランタンがこう勧めると、
「怖い、怖ぁい」
キャロルはそう言いつつも、勇気を振り絞って陽彦の背後から少し顔を出して狙いを定め、右手のひらからフルーツまじりの生クリームを発射した。
ぐおおおぉぉぉぉ~。ぎゃあああああぁぁぁ~。うわあああぁぁ~。
ゾンビ達は苦しそうな叫び声を上げる。
「まだ消えないよぉぉぉ~。早く消えて、消えてぇぇぇ~」
キャロルは涙目で、今度はホワイトクリスマス攻撃を食らわした。
ぐわあああああぁぁぁ~。ぎゃああああああああぁぁぁ~。うわあああぁぁぁぁ~。
とゾンビ達は猛吹雪に煽られながら断末魔の叫び声を上げ、ついに消滅。
「怖かったよぉ~」
ぽろりと涙を流すキャロル。
「キャロルちゃん、よく頑張ったね」
猛吹雪の巻き添えを食らった陽彦はかなり寒く感じるも、キャロルの頭を優しくなでてあげた。
「Kiitos、陽彦お兄ちゃん、ぎゃっ、ぎゃあああっ!」
キャロルは表情を和ませたと思ったら、またも青ざめさせ悲鳴を上げ、陽彦にぎゅぅっと強く抱きつく。
「怖いです、怖いです」
菖蒲もとっさにクワイに抱きついた。
「キャロルちゃん、ワタシだよ」
今しがた、ランタンが切創などの特殊メイクが施された全身血まみれゾンビ仮装に変身したのだ。ランタンはその格好のままにっこり微笑む。
「ランタンちゃん、これは怖いよ」
桜子もランタンから目を背けていた。
「俺も夜中にいきなり遭遇したら卒倒しそうだよ」
陽彦は苦笑いで伝える。
「E・アヤメの戦国武将の顔の方が恐ろしさは上だな」
向日葵はにこにこ顔で楽しそうに判断した。
「こらランタンちゃん、キャロルちゃん達を怖がらせちゃダメよ」
「Ouch! アイムソーリー」
クワイは召喚した羽子板でランタンの後頭部をコツンッと叩いておいた。ランタンはすみやかに元の可愛らしいジャックランタン柄衣装に戻る。
「ランタンさん、ゾンビ仮装には二度と変身しないで下さいね」
「Ouch! オーケイ」
菖蒲には瓶子でおでこをポカッと叩かれてしまった。
「あたし、またゾンビが出たら嫌だから、陽彦お兄ちゃん陽英お姉ちゃんち帰るまで二次元に戻ってるぅ」
キャロルは怯え顔涙目でそう伝えて、陽英が持ち運んでいたバッグを開け、クリスマスの小冊子を取り出すとイラストへ戻っていった。
「キャロルちゃん、昔の陽彦に似てかわいい♪」
陽英は微笑ましく見送る。
「全然似てないだろ」
陽彦は迷惑そうに突っ込んでおいた。
その後はランタン達が召喚したゾンビや危険動物達にも出遭うことなく無事、光久宅前まで辿り着き桜子と別れを告げて、他の年中行事擬人化キャラ四名も利川宅の前で対応の小冊子内に戻ってひとまず二次元化したのだった。
午後九時半ちょっと過ぎ。陽彦と陽英が帰宅してほどなく、
『今入って来たニュースです。本日午後八時半過ぎから、大阪府豊中市内でアオダイショウや毒蜘蛛やイノシシやトラを目撃したという情報が複数寄せられました。被害の報告は今のところ入っておりませんが、近隣にお住みの方はなるべく外出を控えるようにし、もし目撃された場合は決して近づかないようにじゅうぶんご注意下さい』
リビングのテレビからこんな緊急報道が。
「陽彦と陽英は見かけんかったん?」
母から問いかけられ、
「うん、見なかったよ」
「うちも全然知らんよ」
最も事態をよく知っている陽彦と陽英は知らないふりをしておいたのだった。
☆
午後十一時半過ぎ。
「誰かのイタズラか故障か? わずか数分間に豊中のアメダスで最高気温33.2℃、最低気温氷点下20.5℃を観測。これって絶対……」
陽彦はスマホでニュースをふと確認すると、こんな項目が目に飛び込んで来た。
「アタシとE・キャロルのせいだな。この辺り一帯一時的だけど季節感変動しちゃったみたいだね」
「あたしは今、季節感ぴったりなんだけど、フィンランド並に寒くし過ぎちゃったね」
向日葵とキャロルは苦笑いで気まずそうにする。
「ただ、外を歩いていた人の証言によると、一瞬だけ真夏の炎天下のような異様な暑さと、冷凍庫を開けたような寒さに見舞われたとの情報も複数寄せられたって書かれてるし。記録上はどうなるんだろうな? 間違いなく無効だと思うけど。あとこの時期に咲くはずのない藤の花が急に咲いたとか、セミの鳴き声が聞こえたとかっていう報告もあるみたい」
陽彦が微笑み顔でこのニュースの詳細を伝えると、
「アタシの影響、生き物にも出てたんだな」
「わらわも多少影響を与えてしまったみたいですね」
向日葵と菖蒲はてへっと笑って決まり悪そうにしたのに対し、
「ワタシのは、怪しまれるほどの影響は出なかったみたいだね」
ランタンは得意げに笑う。
「いや、本日午後八時四〇分頃、狼男やゾンビの仮装をした複数人が、帰宅途中の女子高生四人組に向かってウォォォーッと奇声を上げながら近寄って来た。声と体格的に全員男性と思われます。彼らは散らばっていずれかに走り去りました。っていう不審者情報も出てるんだけど」
陽彦がスマホのネット画面を眺めながら伝えると、
「Oh my god!」
ランタンはアハッと笑ってちょっぴり気まずい気分になったのだった。
☆
翌日、このアメダスの観測記録は当然のように無効とされることが決まった。
利川宅の給湯器も修理され、冬至の日には問題なくゆず湯を堪能することが出来た。
「姉ちゃん、俺が入ってる時に全裸で入り込んでくるのいい加減やめてくれよ」
「まあええやん。今日はゆず湯やし」
「関係ないから」
浴室にて、陽彦と陽英がお互い全裸でそんな会話を交わしていたのと同じ頃。
「んー、気持ち良い♪」
桜子も自宅のお風呂で全裸でゆず湯を満喫中。
「冬至とハロウィンはアフィニティ高いよね♪」
ランタンは陽彦の自室にて、ジャックランタンを模ったパンプキンパイを幸せそうに頬張っていたのだった。
「ランタンさん、もう三十分以上はかぼちゃ料理を食べ続けてますね」
呆れ気味に眺める菖蒲におかまいなく。