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第二話 特有年中行事アイテムで強面体育教師を懲らしめちゃえっ!

午前八時二五分頃、豊根塚高校一年三組の教室。

陽彦が自分の席に座ってくつろいでいると、

「ぃよう、はるひこ」 

彼の中学時代からの数少ない親友、寺浦夕也がほぼいつも通りの時刻に登校して来て近寄って来た。丸顔で目は細め、背丈は一六九センチと普通だが、ぽっちゃり体格な子だ。

「おはよう夕也ゆうや」 

陽彦は昨夕から今朝にかけての出来事のわだかまりを残しつつも、明るい声で挨拶を返してあげた。中学入学当時、夕也の出席番号は今学年同様、陽彦のすぐ前だった。そのことと互いにアニメ好きだったことがきっかけで入学式の日から自然に話し合う機会が出来、お互い仲良くなったわけだ。

「夕也、姉ちゃんは俺とUSJでデートしたがってくるんだけど、夕也が代わりにしてやってくれないか?」

「ノーサンキュー。リアル姉は勘弁だ。はるひこのリアル姉、アイドル声優としても通用するくらい顔はかわいいんだが」

 そんな会話を弾ませている時、

「おはよう夕也くん」

「……おっ、おはよう」 

 桜子に明るい声で挨拶された夕也は思わず目を逸らしてしまった。彼は桜子に限らず、三次元の女の子がよほど年上でもない限り苦手なのだ。かわいい女の子に話しかけられると緊張してしまうのは物心ついた頃かららしい。その性格が、彼が二次元美少女の世界にのめり込むようになった原因ではないかと陽彦は推測している。

「やぁ、おはよう」

 ほどなく陽彦のすぐ後ろの席の男子生徒も登校してくる。陽彦にとっての親友は夕也と彼くらいなものだ。

「しゅういち、数Aと英語の宿題写させてくれへん? 分からんのばっかでほとんど白紙やねん」

 夕也はにこやかな表情でお願いしてみた。

「はいはい。喜んでぇ~」

秀一は快く応じ、自力で仕上げた宿題プリントを貸してあげた。

「サーンキュ」

「秀一、いい加減甘やかし過ぎは良くないぞ」

 こうしたやり取りを今までに数え切れないほど見て来た陽彦は若干呆れ気味。同じ幼小中出身のため秀一のことは昔からよく知っている。つまり桜子にとっても古い顔馴染みというわけだ。

「今回も全部正解っぽいの埋まっとるし。おれもしゅういちみたいな天才的頭脳が欲しいわ~。吸収っ!」

 夕也は秀一の頭を両サイドから強く押さえ付けた。

「あべべべ、寺浦君、痛いので止めてくれたまえええぇぇ~。僕は天才ではないですよぉん。僕でも北野とか星光とか灘とかの最上位校に進んでいたら、並以下の成績になっていたことでしょうしぃぃぃ~」

 秀一は首をブンブン振り動かし抵抗する。

「しゅういち、明らかにトップ維持のためにこの高校進みやがったな。卑怯なやつめ。期末では、どれか一科目だけでも勝ってみせるぜ」

 そう宣言し、夕也は手を離してあげた。秀一のフルネームは北之防秀一。公立中学入学当時から今に至るまで校内テストの総合得点で学年トップを取り続けている秀才君である。坊っちゃん刈り、四角い眼鏡、丸顔。まさに絵に描いたようながり勉くんな風貌な彼は、背丈は一五六センチと高一男子にしては低く、学年男子ワーストクラスだ。

「秀一くん、期末も学年トップ取れるように頑張ってね」

 桜子はほんわか顔でエールを送る。

「はっ、はいぃ。頑張りますぅ」

 秀一は俯き加減で緊張気味に反応した。彼も夕也ほど重症ではないが、物心ついた頃から三次元の女の子を苦手としていて、小四の頃にはすでに二次元美少女の世界にどっぷり嵌っていた。しかしながら、秀一がそういった趣味を持っていることは、陽彦は中一で秀一と小三以来の同じクラスになるまで気付かなかったのだ。

どうしようかな?

陽彦は昨日の出来事を夕也と秀一には話そうかな、と思った。けれど、やはり信じてもらえるわけは無いだろうと感じ、黙っておくことに決めた。

八時半の、朝のSHR開始を告げるチャイムが鳴ってほどなく、

「皆さん、おはようございます」

阪井先生がやってくる。陽英の高一の時の担任でもあったお方だ。彼女はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えて一時限目の授業が組まれてあるクラスへ移動していった。

 このクラスの今日の一時限目は家庭科。一年生が今学習しているのは保育の分野だ。

「このページを捲ると可愛らしい厚紙工作が迫り出してくる飛び出す絵本、皆さんも幼い頃に楽しんだと思います。遊び心があって懐かしいでしょ?」

 小顔でぱっちり瞳、ほんのり茶色な髪をフリルボブにし、お淑やかそうな感じの四十代女性教科担任はそれを教卓から、クラスメート達に向けて見せた。

あの小冊子、厚紙工作どころか、生身の人間が飛び出して来たんだけど……。

「利川君、どうかしましたか?」 

「……あっ、いっ、いえ、なんでも」

 陽彦はロダンの『考える人』のような格好をしていたため、教科担任に心配されてしまった。陽彦の席は教卓に近いため目立ちやすいのだ。

二時限目は体育。今日は男女ともグラウンドで行われることになっていて男子はサッカー、女子はテニスだ。体操服は男女とも同じ柄で、学年色黄色のラインと校章の付いた紺色ジャージである。

「なあ、はるひこ、しゅういち。おれ、今日買いたいCDあるから帰りに梅田のメイト寄ろうぜ」

「いいですねえ」

「姉ちゃんも大学の帰りによく梅田とかポンバシ寄ってるみたいだけど、今日は講義びっしり埋まってるみたいだし夕方ならたぶん遭わないだろうから俺も付き合うよ」

夕也、秀一、陽彦。他男子が準備運動の腕立て伏せをしている最中、

「先生、光久さんが倒れましたっ!」

 女子生徒の一人の叫び声が。

「えっ!」

 陽彦は思わず声を漏らす。そして視線を女子のいる方へと向けた。

本当に、桜子がうつ伏せ状態で倒れこんでしまっていた。

準備運動として一周二百メートルのトラックを走っている最中だったらしい。

「熱中症?」

「さくらこ、大丈夫? 頭打ってない?」

「さくらこちゃん、しっかりして!」

「貧血っぽいね」

 桜子のすぐ近くにいたクラスメート達を中心にざわつく。その声が十数メートル離れた陽彦の耳元にもしっかり届いていた。

「はるひこ、見に行ってあげた方がいいんじゃねえか?」

「利川君、これは緊急事態ですよん」

 夕也と秀一からにやけ顔でそう言われると、

「そっ、そうだな」

 陽彦は急いで背丈一八〇センチを越え筋骨隆々、強面な男子体育担当教師、鬼追きおい先生のもとへ向かい、

「先生、ちょっと、桜子ちゃんの様子、見に行って来ます」

 こう伝えて、桜子のもとへ駆け寄った。

「あの、桜子ちゃん」

 陽彦は桜子の顔色を心配そうに見つめる。いつもはきれいなピンク色をしている唇が、白っぽく変色していた。頬も青白くなっていた。

「あっ……陽彦くん」

桜子は幸いすぐに意識を取り戻した。

「大丈夫?」

 陽彦は心配そうに話しかけてあげる。

「うん、平気、平気。ちょっとくらっと来ただけだから」

 桜子はこう答えて、ゆっくりと立ち上がった。

「よっ、よかったぁ。でも、保健室には行った方がいいよ」

 陽彦は強く勧める。

「保健委員さん、光久さんを保健室へ連れて行ってあげてね」

 女子体育教師はこう呼びかけた。

「その子今日欠席です」

 すると女子の一人が叫んだ。

「あらまっ」

 女子体育教師は苦笑いする。まだ出欠確認をする前だったので気付けなかったのだ。

「そうだっ! 利川くんが連れて行ってあげて」

 別の女子から頼まれる。

「おっ、俺が、連れて行くの?」

「もっちろん。きみの彼女でしょ?」

「いや、そうじゃ、ないんだけど」

「いいから、いいから」

 その子に背中を押された。

「頑張ってね!」

 女子体育教師からもエールを送られる。

「あの、桜子ちゃん、一人で歩ける? おんぶしよっか?」

 陽彦は緊張気味に、桜子に話しかける。

「なんか悪いけど、その方が楽そうだし、そうさせてもらうよ」

 桜子は元気なさそうな声で伝えた。

「しっかり掴まってね」

陽彦は桜子の前側に回ると、背を向ける。そして少しだけ前傾姿勢になった。

「ごめんね、陽彦くん」

桜子は申し訳なさそうに礼を言い、陽彦の両肩にしがみ付いた。

「――っしょ」

 陽彦は一呼吸置いてから桜子の体をふわりと浮かせる。

おっ、重いっ!

 途端にそう感じたが、もちろん黙っておいた。

「陽彦くん、本当にごめんね、迷惑かけちゃって」

「べつにいいよ、気にしないで」

なっ、なんか、胸が。桜子ちゃん、いつの間に、こんなに大きく……。

 むにゅっとして、ふわふわ柔らかった。

 桜子のおっぱいの感触が体操服越しに、陽彦の背中に伝わってくるのだ。

急ごう!

 なんとなく罪悪感に駆られた陽彦は早足で歩こうとする。けれども足がふらついてしまい結局ゆっくりペースに。今いる場所から保健室までは、距離にして五〇メートルちょっと離れていた。陽彦は桜子を落とさないように、慎重に歩き進んでいく。

 無事辿り着くと、

「失礼、します。辻江先生、あの、この子が、体育の授業中に、貧血で、倒れました」

 やや息を切らしながら保健室の、グラウンド側の扉をそっと引いて小声で叫び、桜子を背負ったまま中へ入った。

「辻江先生、失礼しまーす」

 桜子は元気無さそうに挨拶する。

「いらっしゃい」

 養護教諭、辻江先生は二人を笑顔で迎えてくれた。ぱっちり瞳に卵顔。さらさらした黒髪は黄色いりぼんでポニーテールに束ねている、三〇歳くらいの女性だ。

 今保健室には、この三人以外には誰もいないようだった。

「じゃ、下ろすよ」

「ありがとう」

 陽彦は、桜子をソファの前にそっと下ろしてあげた。

 桜子はソファにぺたりと座り込む。

「光久さん、これをどうぞ」

辻江先生は、保健室内にある冷蔵庫から貧血に効く栄養ドリンクを取り出し、桜子に差し出した。

「ありがとうございます」

 桜子はぺこりと一礼してから丁重に受け取る。瓶の蓋を開けると、ちびちびゆっくりとしたペースで飲み干していった。

「光久さん、今日は早退した方がいいわね」

「いえ、私、少し休めば大丈夫ですよ」

 桜子は元気そうな声で答えてみるが、

「ダメだよ桜子ちゃん、無理しちゃ。今日は早退した方がいいよ」

 陽彦も辻江先生と同意見だ。

「でも、授業休んじゃうと、今日習うところ、ノートが取れないし」

 桜子は困惑顔になる。

「俺が取ってあげるから、心配しないで」

「大丈夫かなぁ?」

「大丈夫だって。俺、今日は授業、ちゃんと真面目に聞いてノート取るから」

「本当?」

「うん、本当」

「利川君、心配されてるのね」

 辻江先生はにこっと微笑む。

「まあ、俺、普段授業中寝てしまうことが多いですし」

 陽彦は照れ笑いする。

「二人ともとても仲良いわね。光久さんは、貧血になったのは今回が初めてかな?」

「はい。私、この間の中間テスト期間中は睡眠時間削って勉強してて、食欲の秋のせいか、二学期初め頃と比べて体重が一キロ以上も増えちゃってたので、ダイエットしようと思って、ここ一週間は朝食もほとんど食べてなかったからかな? 特に今朝は、昨日阪井先生から頂いたジェリービーンズやキャンディーを昨晩食べ過ぎたので、全く食べませんでした」

 桜子は照れ気味に打ち明けた。

「原因は非常に良く分かりました。光久さん、朝食を抜くのはダメよ。保健や家庭科の授業でも小学生の頃から再三言われてるでしょ」

 辻江先生は爽やかな笑顔で忠告する。

「はい。今後は気を付けます。もうあんなしんどい思いはしたくないので。それに私、食べること好きなので、それを我慢したことでストレス溜まっちゃったのも良くなかったですね」 

 桜子はてへっと笑った。

「光久さんの身体測定のデータ見ると標準体重よりちょっと少ないから、少々増えたってダイエットはする必要ないからね。敏感になり過ぎて太ってないのにダイエットしようとする子が本当に多くて……」

 辻江先生はパソコン画面を見つめながら、ため息まじりに助言した。この学校の生徒達全員の身体測定データが、専用ソフトに保存されてあるのだ。

「すごい! データベース化されてるんだ」

 陽彦は興味を示し、画面に顔を近づけた。

「あんっ、陽彦くん。私の見ちゃダメェッ!」

 桜子はとっさに陽彦の両目を覆う。

「あっ、ごっ、ごめん桜子ちゃん」

 陽彦が謝罪すると、桜子はすぐに手を放してくれた。 

「利川君、女の子はお友達同士でも体重を知られたくないものなのよ」

 辻江先生は陽彦が目を覆われている間にデータ画面を閉じてあげた。

「ごめんね桜子ちゃん、俺、もう戻らなきゃ」

 陽彦は桜子に頭を下げて謝り、保健室から出て行く。

その頃。陽彦のお部屋では、

「ハルヒコくん、あの女の子ととても仲良さそうだね。きっとガールフレンドだね」

「アタシもそう思うぜ。交尾はもう済ませたのかな?」

「陽彦お兄ちゃん、三次元にもいたんだ。意外だね。陽彦お兄ちゃんのお友達っぽい男の子二人といっしょにクリスマス中止を願ってそうな感じのキャラなのに」

「陽彦君、異性交遊関係についてはリア充なのね。三次元にもいるのにわたくし達のことを気に入って下さったなんて、とてもありがたいわ」

「わらわは、ただの幼馴染だと思うのですが……クラスに一人くらいいる、どんな冴えない男の子にも、たとえ正直気味悪いタイプであっても嫌がらず温かく接してくれる、心優しい女の子という感じがしますね」

 年中行事擬人化キャラ達が小冊子から飛び出しベッドの上に座り込んで、テレビを眺めていた。

 陽彦の学校での様子を、モニターを通じて観察していたのだ。

「それにしてもこのグッズはファンシーだね。上空からの映像だけじゃなく建物内部の映像まで見れるなんて」

 ランタンはとある加工品に大いに感心する。

「これさえあれば、地球上の任意の地点のライブ映像を映し出すことが出来るよ。ストリートビューと、衛星カメラの合体版かな? これは陽英ちゃんの考えた架空アイテムよ」

 クワイは自慢げに語る。学習机の本立てに置かれていた地球儀と、テレビ端子とが一本の水色ケーブルで繋がれていたのだ。

「ド○えもんのひみつ道具みたーい。あたしにはそんな能力設定されてないよ。いいなぁ」

 キャロルは羨ましがった。クワイは陽英の考えた空想アイテムを召喚出来る能力があるようなのだ。

「あっ、あのう、いいんでしょうか? 盗撮なんかして?」

 菖蒲は困惑顔でクワイに問いかけてみる。

「……法律的に、良くないとはわたくしも思いますけど、その、陽彦君の学校での様子が気になってしまって」

 クワイは少し俯き加減になり、バツの悪そうに言い訳した直後、

――ドスドスドス。

と廊下を歩く足音が五人の耳元に飛び込んで来た。

「ハルヒコくんのマムが来るようだね。みんな隠れて!」

 ランタンは注意を促し、テレビの電源も切った。彼女を先頭に他の四人も対応する小冊子の中に素早く身を引っ込め二次元イラスト化する。

 一番動作の遅かった菖蒲が引っ込んでから約二秒後に、扉がガチャリと開かれ、母が陽彦のお部屋に足を踏み入れて来た。

「陽彦ったら、こんなに散らかしちゃって。変なコードまであるし……これ、陽彦が気に入ってる陽英作のイラストね。これも散らかしちゃって。もっと大事に扱わなきゃ」

 母はため息まじりながらもちょっぴり嬉しそうに告げながら、床に散らばっていた小冊子をローテーブルの上に積み重ね、掃除機をかけて部屋から出ていった。

「マム、重ねたら出にくくなっちゃうよ。Are you all right?」

 一階へ降りていったことが確認出来ると、ランタンはハロウィンの解説小冊子からぴょこっと飛び出す。そして他の年中行事の小冊子をベッドの上に一冊ずつ並べてあげた。

 すると他の四人はすぐに飛び出してくる。

「いと重たかったです」

 菖蒲はホッとした表情で告げた。彼女が一番下になっていたのだ。

「E・ハルヒコのマクアヒネ、よりによって一番重たいE・ランタンを一番上にしていくとはね」

「失礼だよ、ヒマワリちゃん」

 向日葵に指摘され、ランタンはむすぅっとなった。

「さすがアメリカ人気質で、アメリカナイズな食生活送ってるって設定なだけはあるな」

 向日葵はくすくす笑う。

「向日葵ちゃんだってハワイでアメリカナイズなところあるじゃない!」 

 ランタンはそう主張して、向日葵の髪の毛を引っ張った。

「いたたたたたっ、やったな、E・ランタン。アタシは夏休みにハワイ旅行を満喫してるって設定で、夏祭りと盆踊りと花火を愛する純粋な日本人だぜ」

 向日葵はランタンのほっぺたをつねる。

「向日葵ちゃん、興奮状態になるとより一層周囲の気温を上げて真夏状態にしちゃう設定になってるんだから、しょうもないことでケンカは止めましょうね」

 クワイは顔から汗を流しながら優しくなだめてあげた。

「ヒマワリちゃんが悪いんだよ」

 ランタンはつねられながら、汗だくになりながら言い訳する。

「晩秋のE・ランタンには、アタシの真夏の蒸し暑さに耐えれねえだろ」

 向日葵は髪の毛を引っ張られながら涼しい顔で対抗する。

 この部屋の室温はますます上がり、33℃以上にまで達していた。

「初夏のわらわでも、この蒸し暑さは堪えますぅ~」

 菖蒲は鎧兜を脱ぎ捨て、金太郎の赤い腹掛け姿になって陽彦のベッドに腰掛け、軍扇でパタパタ仰ぐ。

「暑ぅ~い。あたし暑いのすごく苦手だよ。溶けちゃいそう。クワイお姉ちゃんは大丈夫?」

 キャロルは萌えアニメキャライラストのうちわを二柄手に取ると右手で自分に、左手でクワイに向けてパタパタ仰ぐ。

「二人とも、いい加減にしなさい。わたくし達、熱中症になっちゃうじゃない」

クワイは相当不愉快そうな表情を浮かべ、二人の頭を今しがた自分用の小冊子から取り出した羽子板でコツンッと叩いた。

「いたぁ~っい。分かったよ、やめるよE・クワイ」

「ワタシも大人気なかったな」

 すると二人はすぐにケンカをやめてくれた。クワイのことを恐れているようだ。

「これで元の格好に戻れます♪」

 最高34℃台まで上がった室温も一気に十数℃下がって元の室温&湿度に戻り、菖蒲はホッと一安心する。

「向日葵お姉ちゃん、ランタンお姉ちゃん。陽彦お兄ちゃんのその後を見た方が面白いよ」

 キャロルの手によってまたテレビが付けられると、年中行事擬人化キャラ達は再びモニター画面に食い入る。

「こらっ、利川。ぼけーっと突っ立っとらんとボール奪いにもっと積極的に動かんかいっ!」

 ちょうど陽彦は鬼追先生に授業態度のことで説教されていた。

「ハルヒコくんはハルヒコくんなりに頑張ってるのに、あの先生はデビルだね。お仕置きしちゃえっ!」

 ランタンはにやけ顔でそう呟くと、モニター画面に向かって息を大きく吸い込んだのち、何かをププププッと吐き出す。

『いたっ! なんでこんな所にかぼちゃの種が?』

 後頭部から背中にかけて大量に直撃された鬼追先生はびくりと反応して後ろを振り向いた。

「いい気味だね。ワタシの一番の得意技、かぼちゃの種吐き攻撃だよ」

 ランタンは得意げにほくそ笑む。

「次あたしがやるぅ。くらえっ! クリスマスケーキ生クリームぶっかけ攻撃♪」

「アタシの夕立攻撃ならもっとでかいダメージ与えられるぜ」

 画面に向かってキャロルは右手をかざし、向日葵はフゥゥゥーッと息を吹きかけた。

『なんでわしんとこだけ生クリームと雨が?』

 鬼追先生は砂糖菓子で出来たサンタクロース、Merry Christmas! とチョコペンで筆記体でデコレートされた板チョコ、いちご、キウイ、みかん、黄桃もまじった生クリーム塗れにされたのち、ずぶ濡れに。

『今度は鏡餅やと!?』

 ほどなく鬼追先生にピンポイントで橙も乗った鏡餅が多数落下した。クワイが手をかざして攻撃を加えたのだ。

「あの攻撃に平然と耐えてるなんて、体育教師だけにタフね。これはどうかしら?」

『ぬわっ! 誰や百人一首なんか落とした奴は?』

 クワイは続いて小倉百人一首吹雪を食らわした。読み札、取り札合計二百枚が鬼追先生の顔面にペチペチペチペチ断続的に命中する。

「やはりダメージ無しっぽいわね。これならどう?」

『ぬぉっ! 今度は何や? いたぁっ!』

 三発目は、おせち料理でお馴染みの黒豆、数の子、紅白かまぼこ、田作り、くわい、ちょろぎ、昆布巻き、伊達巻、栗金団、伊勢えびなんかを鬼追先生の頭上に降らせた。最後に高級そうな重箱が落っこちて彼の脳天をバコンッと直撃する。

「これもたいして効いてないみたいね。菖蒲ちゃん、弓で矢を放ってとどめ差しちゃって。得意技でしょ?」  

「あの、クワイさん、かわいそうなので、わらわには、出来ないです。食べ物を粗末にするのも良くないです」

 菖蒲は陽英所有の青年コミックを読みながら伝える。

「あらら。心優しいわね」

「アヤメちゃんの心は初夏の温かさだね」

「あたしがローストチキン攻撃でとどめ差すよ」

 キャロルは楽しそうに、熱々のその物体を画面内の鬼追先生に向かって投げつけた。

『いたっ! あつぅっ! ローストチキンまで降ってきよった』

 鬼追先生は同時に全身熱々グレイビーソース塗れに。

「このおじちゃん、この熱さでも耐えれてるぅ。すごぉーい!」

「あいつ頑丈だし、アタシの本気、沖縄に来るような最大瞬間風速七十メートル以上の台風攻撃最盛期のまま食らわそうかな」

「向日葵さん、さすがにその規模の気象現象はあの頑丈なお方に対してでも危険過ぎると思いますし、周りにいる子達や建物にも甚大な影響が及ぶかもなので絶対やめるべきです」

 菖蒲は困惑顔で注意する。

「それもそうだな。じゃあやめておこっと。線香花火攻撃も食らわせようかと思ったけどな」

 向日葵はてへっと笑った。

「キャロルちゃんの熱々ローストチキン攻撃でもあの先生けっこうダメージ受けてるっぽいよ。パンプキンパイ攻撃でとどめ差して許してあげよう。それっ♪」

『ぶはぁっ! さっきからいったい何やねん? どこから飛んで来よるんや?』

ともあれ陽彦はあれ以降は、ジャックランタンを模ったパンプキンパイも顔面に食らわされ散々な目に遭わされた鬼追先生から注意されること無く体育の授業を終え、続いて三時限目現代社会の授業が始まる。 

眠いけど、なんとか取らなきゃ、桜子ちゃんに迷惑掛けちゃう。

 桜子のために一生懸命シャーペンを走らせノートを取る陽彦の姿に、

「陽彦さん、きちんと約束を果たそうといと頑張ってますね。さすが陽英さんの弟君なだけはありますね」

菖蒲達は感心させられた。

 ちなみに鬼追先生に付いた生クリームなどの食べ物の汚れや小倉百人一首のお札などは、あのあとすぐに自然消滅した。年中行事擬人化キャラ達の攻撃は地球環境に優しいのだ。

         *

この日の放課後。陽彦、夕也、秀一の帰宅部三人組は体育の授業中に打ち合わせた通り解散後すぐ、午後三時四〇分頃には学校を出て徒歩で最寄りの阪急電鉄駅へやって来た。

切符を買い改札を抜けホームへ上がり、ほどなくしてやって来た阪急宝塚線急行に乗り込んで、揺られること約12分。終点の梅田駅で降りた三人は人ごみを掻き分け改札口を出て、お目当てのアニメグッズ専門店へ立ち寄った。

 発売中または近日発売予定のアニメソングBGMなどが流れる、賑やかな店内。

 彼らと同い年くらいの子達が他にも大勢いた。

「あっ! これ、M○Sで今放送中のやつだ。ブルーレイのCM流してる」

 陽彦は店内設置の小型テレビに目を留めた。

「おれ、このアニメのブルーレイめっちゃ集めたい。でも三話収録で八〇〇〇とかじゃ手が出んわー」

「僕達高校生にとっては高過ぎるよね」

「同意。おれ、このフィグマもめっちゃ欲しい。けど四五〇〇円もするんか。やっぱ高いなぁ。これまで買ったら今月分の小遣いすっからかんや」

夕也は商品の箱を手に取り、全方向からじっくり観察し始める。

「買おう!」

 約五秒後、魅力にあっさり負け、購入することに決めた。

「寺浦君、清水の舞台から飛び降りましたねぇ。僕も欲しいグッズがあるのだよん。あのクリアファイル」

「おれも他にもあるぜ」

「夕也、秀一。衝動買いは程ほどにした方がいいぞ」

 陽彦が爽やか笑顔で助言すると、

「はるひこんち、こういうグッズ類リアル姉が買い集めてくれてるからいいよなぁ」

「僕もあんな感じのリアルお姉さんなら欲しいですよん」

 羨ましがられてしまう。

「まあ確かに姉ちゃんのおかげで俺はアニメグッズ購入費ほとんど使わずに済んでるけど。俺が欲しかったこの下敷きも買ってくれてたし」

 萌え四コマ漫画原作アニメのキャラ集合下敷きを手に取り、陽彦は苦笑い。

そんな様子を陽彦のお部屋から、

「ハルヒコくんったら、あんなテンプレートで量産型のアニメ美少女キャラに鼻の下伸ばしちゃって」

「アニメ美少女はプロのキャラクターデザイナーさんの造形。わたくし達をデザインしてくれた陽英ちゃんは所詮アマチュアだから、容姿で劣っちゃうのは仕方ないわ。だからわたくし達は内面で魅力を出さなきゃね」

 ランタンとクワイはちょっぴり嫉妬心を抱きつつモニター越しに眺めていたのだった。

     ☆

夕方六時ちょっと過ぎ。

「ただいまー」

「おかえり陽彦、お部屋はもっときれいにしなさいね」

「分かってるって母さん」

 陽彦は途中、桜子のおウチに寄りノートと今日配布されたプリント類と、近所のスーパーに寄り道して買った抹茶シュークリームといちご大福を届けて自宅に帰って来た。

手洗い、うがいを済ませて二階に上がり、

いない、よな? 今朝は姿を見かけなかったし。

恐る恐る自室の扉を開くと、

「Welcome home! ハルヒコくん」

「エ コモ マイ。E・ハルヒコ」

「おかえりなさいませ陽彦さん」

「Moi! 陽彦お兄ちゃん、ハロウィンが終わって今日からはクリスマス直前モードだね」

「おかえりなさい、陽彦君」 

 年中行事擬人化キャラ達がみんな揃って爽やかな表情で出迎えてくれた。

「……夢じゃ、無かったのか。昨日の、出来事は……」

 陽彦は顔を強張らせる。

「だから現実だって。E・ハルヒコ、もう認めちゃいなよ。アタシ達はキャラデザのE・ハルエの空想と現実の二面性を持っているのだ」

 向日葵が肩をポンポンッと叩いてくる。

「わっ、分かった。認めるよ、もう」

 陽彦はついに観念してしまった。その方が精神的にずっと楽だと感じたからだ。

「ハルヒコくん、三次元の世界にも素敵なガールフレンドがいるんだね。サクラコちゃんっていう」

 ランタンににやけ顔で言われ、

「なんで知ってるの!?」

 陽彦は当然のように驚く。桜子のことはこの五人に一度も話したことはないからだ。

「これでハルヒコくんの学校生活を覗いてたんだよ」

 ランタンはテレビ画面を指し示す。陽彦の通う学校校舎の映像が映し出されていた。

「何これ?」

 陽彦はケーブルの方にも目を向けた。

「このケーブルは、地球上のどの地点からでもライブ映像を映し出すことが出来る陽英ちゃんの空想アイテムよ」

 クワイはどや顔で得意げに説明する。

「姉ちゃんの空想アイテムまで物質化出来るって、どういう原理で、こんなことが?」

 陽彦はかなり驚いている様子だった。年中行事擬人化キャラ達がイラストから最初に飛び出て来た時と同じくらいに。

「それが、わたくしにもよく分からないの。陽英ちゃんの強い空想力と妄想力が成しえた奇跡としか言いようがないわ」

 クワイは照れ笑いする。

「……これ、非常にやばくないか? 盗撮だろ」

「陽彦さんもそう思いますよね?」

 菖蒲は同意を求めてくる。

「そっ、そりゃそうだろ」

「E・ハルヒコ、これでE・サクラコって子のおウチ内部も見られるぜ」

向日葵はそう伝えるとリモコンボタンを操作し、映像を切り替えた。

「こっ、これは――」 

 陽彦は思わず顔を画面に近づけた。桜子のお部屋の一角の映像が映し出されたのだ。

 ピンク地白水玉模様のカーテンで、水色のカーペット。窓際に観葉植物。学習机の周りにはケーキ、ドーナッツ、アイスクリーム、いちご、みかん、バナナなんかを模ったスイーツ&フルーツアクセサリーやオルゴール、着せ替え人形。ゴマフアザラシ、モモンガ、コアラなどの動物やゆるキャラの可愛らしいぬいぐるみなんかがたくさん飾られてある、じつに女の子らしいお部屋だった。何度か桜子のお部屋を訪れたことのある陽彦には特に目新しくは映らなかったが、こんな視点で観察したのはもちろん初めてのことだ。

「E・ハルヒコ、好きな女の子がおウチでどんな風にして過ごしてるか知りたいでしょ?」

 向日葵はにやっと微笑む。

「ダメダメダメ!」

 陽彦は冷静に判断する。

「あっ、サクラコちゃんっていう子、今から大か小をするみたいだよ」

 ランタンは画面を食い入るように見つめる。 

「どわあああああああっ、ダッ、ダメダメダメッ。法律的に」

「ハルヒコくん、見たくないの? 高校生くらいの男の子って、こういうのにすごく興味があるかと」

「ない、ない、ない、なぁーっい!」

 陽彦は慌ててテレビの電源を切った。また映像が切り替わり、トイレで下着を脱ぎ下ろしている桜子の姿が映し出されていたのだ。桜子の穿いていた水玉模様のショーツを、陽彦はほんの一瞬見てしまった。

「あーん、もっとウォッチングしたかったのにぃ」

「アタシもーっ」

 ランタンと向日葵はふくれっ面で駄々をこねる。

「これは、プライバシーの侵害だよ」 

「ごめんね陽彦君、わたくし達、人々の日々の暮らしについて好奇心旺盛な設定になってるもので。これからは必要最低限の生活面だけを見るようにするね」

 陽彦に困惑顔で注意され、クワイは申し訳なさそうに謝る。

「いやぁ、全く見なくていいんだけど」

 陽彦は対応に困ってしまう。

「ハルヒコくんのお部屋の環境、もっと知りたい欲求に負けて勝手に調べさせてもらったよ。面白いコミックやラノベ、けっこう持ってるね。ワタシもコミックやラノベ大好きだよ」

「E・ハルヒコって、三次元の女の子の裸が載ってるエッチな本は一冊も持ってないんだな。ベッドの下も隈なく調べたんだけど、収納ケースが置いてあって、中に服とアニソンCDとゲームが入ってただけだし。男子中高生必須のアレする時に使うビジュアルは二次元の女の子のみってわけだな」

「ハルヒコくんはハルエちゃんと同じく健全だね。いい子いい子」

 向日葵とランタンは機嫌良さそうに話しかけてくる。

「あのう、あんまり俺の部屋、荒らさないでね」

 陽彦は悲しげな表情で注意しておく。

「陽彦お兄ちゃん、このテレビ、テレビ番組は見れなかったよ。どのチャンネルに変えても受信出来ませんって出た。これじゃあド○えもんもクレ○ンしんちゃんもちび○る子ちゃんもサ○エさんも妖怪○ッチも見れないよう」

 キャロルは陽彦の袖をぐいぐい引っ張りながら不満そうに伝えた。

「そりゃあ放送用のアンテナ繋いでないからね。このテレビはDVD・ブルーレイ視聴とテレビゲーム専用なんだ。繋ぐのは大学合格してからって母さんと約束してる。姉ちゃんの部屋のは繋がってるよ」

 陽彦は素の表情で伝える。

「それじゃ陽彦お兄ちゃん、陽英お姉ちゃんのお部屋みたいにさせてもらえるように、お勉強頑張らなきゃいけないね」

「うっ、うん」

 キャロルににっこり笑顔上目遣いで言われ、陽彦はちょっぴり照れくさがる。

 まあ、テレビ番組見れない現状でも特に不満はないんだけど……リビングで見ても母さん特に何も言わないし。

「E・ハルヒコ、E・サクラコ今からお風呂に入るみたいだぜ」

 向日葵は陽彦が他の事に意識が移っていたのをいいことにまたテレビをつけ、桜子のおウチ内部を観察していた。

「うわっ、こらこらっ、ダメだろ」

 今度は桜子が脱衣場で服を脱いでいる様子が映し出されていた。桜子のブラジャー姿を一瞬見てしまった陽彦は慌てて主電源を消し、向日葵の頭をパシンッと叩く。

「いたたたっ、ひどいよE・ハルヒコ」

 向日葵が頭を押さえながらそう言った直後、

「陽彦ぉー、ご飯よぉー。今日利川先生、職員会議で遅くなるからいらないって。陽英も七時半頃になるって」

 一階から母の呼ぶ声が聞こえてくる。

「分かったーっ。すぐ行くよ」

 陽彦は大声で返事をしたのち、

「桜子ちゃんがお風呂入ってるとこ、絶対覗いちゃダメだよ」

 ランタンの方を向いてこう念を押し、部屋から出ていった。

「男の子からそんなこと注意されるって、変な気分だよね」

 ランタンはにこっと微笑む。

「これはチャーンス! E・サクラコの入浴シーン、思う存分覗くぞーっ」

 向日葵は嬉しそうに叫んでテレビをつけ、桜子のおウチの浴室を映し出した。

 ちょうど桜子が風呂イスに腰掛け、長い髪の毛をシャンプーでこすっている最中だった。

「E・サクラコのおっぱい、水ヨーヨーみたいに触り心地良さそうだな」

「桜子お姉ちゃん、おっぱい大きいね」 

「ナイスバディだね、サクラコちゃん」

「羨ましいわぁ~」

 キャロルとランタンとクワイも画面に食い入る。桜子は自分の体をバスタオルで隠すことなく全裸姿だったのだ。

「皆さん、やめた方がいいですよ」

 菖蒲は困惑顔で再度注意するも、

「大丈夫だってE・アヤメ。E・アヤメもいっしょに見ようぜ」

「菖蒲ちゃん、同性なのだからよろしいでしょ?」  

「今ちょうどボディーをゴシゴシrubbingしてるいいところなのに。このあとは湯船に浸かってくつろぐという日本ならではのシーンが楽しめるんだよ」

「菖蒲お姉ちゃん、眺めてると桜子お姉ちゃんといっしょにお風呂入ってる気分になれるよ」

 他の四人はこう言い訳して尚も画面に集中する。

「ねえ、皆さん……今すぐ、そういうをこなことはやめなさい!」

 菖蒲は眉をへの字に曲げて、古語も交えて少し強めに言った。

 すると次の瞬間、

「アッ、アッ、アンテークシ菖蒲お姉ちゃぁぁぁ~ん」

「ひいいいいいいい、エカラマイE・アヤメ」

「申し訳ありませんでした、菖蒲ちゃん」

「アッ、アイムベリーソーリー」

 他の四人は皆びくびく震えながら慌てて謝った。向日葵はとっさにテレビの電源を消す。キャロルは泣き出してしまった。菖蒲の顔が今しがた、五月人形の戦国武将の厳つい顔に急変化したのだ。しかも元の顔の大きさの五倍くらいまでふくれ上がっていた。菖蒲の顔はそれから瞬く間に何事も無かったかのように元の可愛らしいお顔へと戻った。

「わらわは、怒りがある程度上昇すると、こんな風になっちゃう設定になってるんです。陽彦さんには絶対こんな醜い姿見られたくないです。穴があったら入りたいよぅ」

 菖蒲はとても照れくさそうに、顔を真っ赤に火照らせながら呟いた。

「「「「…………」」」」

 菖蒲の恐ろしい風貌を見てしまった四人は、すっかり反省したようである。

「ランタンさんが変身出来る、ゾンビ仮装の方が遥かに恐ろしいと思います」

「いやいや。アヤメちゃんの方が恐ろしいよ」

そのあと菖蒲とランタンでそんな会話を交わしてから四〇分ほどのち、

「覗かなかった?」

夕食を取り、風呂にも入り終えた陽彦が自室に戻って来た。

「あの、陽彦さん。この人達、みんなで桜子さんのお風呂、覗いてましたよ」

 菖蒲は困惑顔で、四人を指し示しながら告げ口する。

「やっぱり……」

 陽彦はムスッとなった。

「E・ハルヒコ、すまんね。もう金輪際やらねえから。たとえセミの幼虫が地面に潜ってから成虫になるくらい長い時間が経とうとも」

「アイムベリーソーリー、ハルヒコくん。サクラコちゃんがバスタブに浸かるところ、どうしても見たくって」

「陽彦君、もう二度とやらないから。わたくし、次こういうことしたら禊の滝行をするわ」

「陽彦お兄ちゃん、アンテークシ」

 四人は陽彦の方を向いて深々と頭を下げた。

「陽彦さん、ご覧の通り皆さんは大いに反省しているので、許してあげて下さい」

 菖蒲は陽彦の目を見つめながら頼み込む。

「まっ、まあ、いいけど。今後は、絶対やらないでね」

陽彦はこう忠告して学習机の前に立った。

「そういえば、つい十分くらい前、陽英ちゃんが帰って来てこのお部屋に来て何かゴソゴソしてたわよ。わたくし達は直前に隠れて無事姿を見られずに済んだわ。よく見えなかったけど本棚からマンガを何冊か持って行ったような」

クワイからの伝言に、

「姉ちゃんに俺の部屋勝手に物色されて、マンガとか持っていかれるのはいつものことだよ。なるべくやめて欲しいと思ってるけど」

 陽彦はやや呆れ顔で反応する。

「ハルヒコくん、見て。この格好も似合うでしょう?」

 ランタンがそう伝えた直後、ポンッと白煙が上がり、

「おう! ランタンちゃん、一瞬で魔女の仮装に。姉ちゃんの魔女仮装よりもかわいく見えるよ」

 陽彦は衣装の急変化にちょっぴり驚く。

「Thank you.あくまでも仮装だから魔法は使えないけどね」

「おいおい」

満面の笑みを浮かべたランタンに抱きつかれた陽彦は、照れくさい気分を紛らわすように学習机備えの椅子に腰掛け、通学鞄から勉強道具を取り出す。その最中に、陽彦のスマホ着信音が鳴り響いた。今放送中の深夜アニメのED主題歌だった。電話がかかって来たのだ。

「桜子ちゃんからか」

 番号を確認すると陽彦はこう呟いてベッドに腰掛け、通話アイコンをタップする。

「もしもし」

『あっ、陽彦くん。ノートとプリントと、シュークリームといちご大福も届けてくれてありがとう。すごく嬉しかったよ♪』

「どういたしまして。体は、大丈夫?」

『うん、おウチ帰ったあといっぱい休んで晩御飯もいっぱい食べたからもう平気。すっかり元気になったよ。あのね、陽彦くん、すごく言い辛いんだけど……全部同じ色で書かれてるから、どこが要点なのか分かりにくいよ。字も、読みにくくて』

「ごめん、桜子ちゃん。俺の、書き方、良くなかったね」

 陽彦は電話越しにぺこぺこ謝る。

『いいの、いいの。陽彦くんが、一生懸命取ってくれたことが良く分かるから。気にしないでね』

 桜子は慰めてくれた。

「本当に、ごめんね。あっ、あと、連絡だけど、時間割変更で、来週火曜も家庭科があるよ。五時限目に。帰りのホームルームで担任が言ってた」

『あの、そのことは家庭科の授業でも連絡してたよ。中間テストで抜けた分の埋め合わせって』

「えっ! そうなの?」

『陽彦くん、聞いてなかったの?』

「うっ、うん。考え事してて」

『陽彦くん、授業中は集中して先生のお話聞かなきゃダメだよ。テストに出る大事なポイントもお話ししてくれるからね』

「分かった。次からは気をつけるよ。じゃっ、じゃあ俺、そろそろ切るね」

『あっ、待って陽彦くん』

「なっ、何?」

 陽彦はぴくっと反応した。

『今から陽英ちゃんの年中行事擬人化イラスト見に行くね』

「えっ! それは、ちょっと。今日はおウチでじっくり休んだ方が」

『もう平気だよ。それじゃ、今から行くねー』

 そう伝えられ、電話を切られてしまった。

「ハルヒコくん、今のが、ガールフレンドのサクラコちゃんだね?」

「うわっ!!」

 陽彦はかなり驚く。すぐ横にランタンがいたからだ。

「ガールフレンドじゃなくて、幼馴染だよ」

「幼馴染なんですか! アヤメちゃんの予想通りだね。あのぅ、幼馴染ということは、いっしょにお風呂に入ったこともあるよね?」

 ランタンはにやけ顔でさらに質問してくる。

「ないよ」

 陽彦は俯き加減で即答した。

「怪しい」

 ランタンは顔をぐぐっと近づけてくる。

「あの、今から桜子ちゃん来るから、みんなは隠れてて。姿見られたら説明に困るし」

「オーケイ」 

「承りました」

「陽彦お兄ちゃん、子ども達が夜寝てる間にプレゼントを届ける時のサンタさんみたいに、桜子お姉ちゃんに三次元化した姿見せないようにしておくね」

「今んところはそうした方が良さそうだな」

「わたくしは姿見られても問題ないと思うけど……」

年中行事擬人化キャラ達は快く小冊子に飛び込む。

 それから一分も経たないうちに、

「陽彦くん、こんばんは」

 桜子がこの部屋を訪れて来た。

「……いらっしゃい」

 陽彦は緊張気味に招き入れる。

「陽彦くん、陽英ちゃん作のかわいい女の子が表紙の年中行事擬人……あっ、これだね。実物はよりかわいく見えるね」

 桜子はベッド上に置かれてあったハロウィン、ランタンのイラスト付き小冊子を拾い上げ表紙をじーっと見つめる。

「俺も、かなり上手いなって思ってるよ」

 陽彦は全身から冷や汗が流れ出ていた。

 桜子は他の四冊もパラパラ捲って眺め、

「どのイラストも今にも動き出しそうな躍動感を感じるよ」

 こんな感想を抱く。

「俺も、同じように感じたよ」

「あの、陽彦くん」

「なっ、何?」

「その……今度の日曜、明後日だけど、いっしょにショッピングに行こう」

「えっ!」

 桜子からの突然の発言に、陽彦はどきっとした。

「あの、今日の、お礼がしたくて……」

「あっ、そっ、そう。それじゃ、いっ、いいけど」

デートの誘いなんじゃないのか? これ。

 陽彦はやや躊躇う気持ちがありながらも、一応引き受けた。

「ありがとう。それじゃ私、そろそろ……あっ! トナカイさんのぬいぐるみだ! かわいい♪ これどうしたの?」

「それは……昨日買った雑誌の付録に付いてて。よかったらあげるよ」

「いいの?」

「うん、女の子向けっぽいデザインだし、桜子ちゃんにあげようと思ってたから」

「ありがとう♪ お部屋に大事に飾っとくよ」

桜子は萌えガチャポンといっしょに並べられていた、トナカイのぬいぐるみを嬉しそうに手に取ってマイバッグに仕舞うと、 

「それじゃ陽彦くん、おやすみー」

 満足げにこの部屋から出て行ってくれた。

「おやすみ」

 陽彦はホッとした気分で見送る。

「陽英ちゃん、年中行事の擬人化イラスト、特徴も忠実に捉えられていてとても素晴らしかったです」

「ありがとう♪」

桜子が目下ダイニングで夕食中の陽英にもご挨拶して、玄関から外へ出て行ったのが確認出来ると、

「E・サクラコ、かわいいだけじゃなく性格もめっちゃ良さそうだな」

「桜子さんは純真無垢なお方のようですね」

「あんなかわいい子と親しく出来てるなんて、ハルヒコくんは幸せ者だね」

「あたしの一足早いクリスマスプレゼント、桜子お姉ちゃんにも喜んでもらえてすごく嬉しいな♪」

「陽彦君、他の男の子に奪われないようにしなきゃダメよ」

 年中行事擬人化キャラ達が飛び出してくる。ランタンは元のジャックランタン柄衣装に戻っていた。

「みんな隠れててくれてありがとう」

「ハルヒコくん、今からサクラコちゃんとのデートプラン考えようよ」

 ランタンは顔をぐぐっと近づけてくる。

「べつにそれは、考えなくても……誘って来たのは桜子ちゃんの方だし」

「それはダメだよハルヒコくん、サクラコちゃんに嫌われちゃうよ」

「あっ、あのさ、クワイちゃん。昨日、地図帳から民族衣装を取り出してたけど、他の教材からも、写真や図に載ってるやつを取り出せるの?」

 陽彦は話題を切り替えようと、クワイの方に話しかけた。

「もちろん出来るわよ。ちょっと教科書借りるね」

 そう自信たっぷりに言うとクワイは、化学基礎の教科書カラー口絵を開いて手を突っ込んだ。そして中から、金の延べ棒《元素記号Au》を取り出した。

「うわっ、E・クワイすげえ。本物だ」

「クワイお姉ちゃんすごーい!」

「クワイちゃん、マジシャンみたーい」

 向日葵、キャロル、ランタンはパチパチ大きく拍手する。

「あれ? でも中の写真はそのままだ」

 陽彦は不思議そうにその教科書を見つめる。

「わたくしが取り出したものは、コピーされたものだからよ。何度でも複製出来るの。続いて英語の教科書から、登場人物のボブ君を取り出してみせましょう」

クワイは得意げな表情で、今度は英文読解用の教科書に手を突っ込む。

数秒後、

「Ouch!」

 中から男性の叫び声がした。

次の瞬間、クリーム色の髪の毛が飛び出て来た。

クワイがさらに引っ張り上げると顔、首、胴体、足も姿を現す。

クワイは本当にボブ(Bob)という登場人物を取り出して来たのだ。

「What‘s happen? Where’s here? Why am I here?」

 引っ張り出されたボブは周囲をきょろきょろ見渡す。彼はとてもびっくりしている様子で、かなり戸惑ってもいた。

「やっぱ英語か」

 陽彦は冷静に突っ込む。彼はあの光景を先に目にしているので、もはやこんなことが起こってもあまり驚かなかった。

「大丈夫だよ。ボブはきっとこのテキストの範囲を超える用法は使用してこないから。英語の得意な日本人高校生よりもボキャブラリーは少ないと思うよ」

 ランタンは推察する。

「Who are you?」

 ボブは年中行事擬人化キャラ達と、陽彦のいる方に目を向ける。

「アロ~ハ、E・ボブ。アタシの名前は向日葵というのだ。英語だとI am Himawari.かな?」

「ボブおじちゃん、はじめまして。あたしの名前はキャロルです。小学四年生、九歳です。趣味はお絵描き、一番好きな食べ物はローストチキンです」

 向日葵とキャロルは嬉しそうに自己紹介した。

「キャロルちゃん、ボブは老けて見えるけど、ワタシやハルヒコくんと同級生ってことになってるよ。おじちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって呼んであげた方がベターかも」

 ランタンは笑顔で伝える。

「そっか。アンテークシ、ボブお兄ちゃん」

「Oh! very cuty girl! I‘m very happy to meet you.」

 上背一八〇センチくらいあるボブは中腰姿勢でキャロルの顔を眺めながらそう叫び、目を大きく開いた。

「ランタンお姉ちゃん、ボブお兄ちゃんさっき何って言ったの?」

 キャロルは興味津々に尋ねる。

「とてもかわいい女の子だね、キミと会えてボクはとても幸せだよ。だって」

 ランタンはにこにこ顔で教えてあげた。

「わぁーっ、嬉しいなーっ! あたしも幸せーっ♪」

 キャロルは満面の笑みを浮かべる。

「Carol,I fell in love with you at first sight.Shall we dance and s○x?」

 ボブはこう告白すると突然、キャロルにガバッと抱きついた。

「……いっ、いやあああっ。こっ、怖ぁい、このおじちゃん」

 押し込まれ壁際に追い込まれたキャロルは途端に怯え出す。

 ボブにほっぺたをぐりぐり引っ付けられて、さらには耳元にフゥーッと息を吹きかけられたのだ。

「おい、何してるんだよ」

「ボブ君、キャロルちゃん嫌がってるからやめなさい!」

 陽彦とクワイは慌ててボブの背後に詰め寄る。

「Get out of the way!」

「きゃぁんっ!」

「いてっ、強いな、こいつ」

 瞬間、ボブに蹴り飛ばされてしまった。クワイはしりもちをついたさい、けっこう可愛らしい悲鳴を上げた。

「Bob,Stop body contact to Carol at once!」

 ランタンは強い口調で注意した。

「No way!」

 けれどもボブは聞き耳持たず。

「In place of Carol,Hug me!」

「I’m not interested in middle age‘s woman like you at all.You are,so to speak,ugly fat pig.」

 ボブは腐った生魚でも見るかのような目つきで、命令して来たランタンに向かって言い放つ。

「まあ、なんですってぇぇぇっ! 失礼ね、このロリコン。おまえのような年増には全く興味ないね。おまえはいわば、醜い太った豚だ。だって。I‘m pissed off! I‘m as old as you! My birthday may be later than you!」

 ランタンは怒りの表情でボブを睨み付ける。

「I‘ll marry Carol in the near future.If the sun were to rise in the west,I wouldn’t change my mind.」 

 ボブはスキンシップをやめようとはしない。

「やめてやめてやめてぇぇぇぇぇぇぇ~」

 キャロルは大声で泣き叫ぶ。

「ボクは近い将来、キャロルと結婚するんだ。仮に太陽が西から昇っても、ボクは決心を変えないよ。ですってぇぇぇーっ。Pervet! Fuck you! Peice of shit! You are scum!」

 ランタンの怒りはさらに増した。

「あっ、あのうボブさん。キャロルさんとても怖がっているので……」

菖蒲も彼の暴挙を止めさせようと説得に加わる。

「Really? Carol,please don‘t be afraid to me.If you marry me,I‘ll buy anything you want to.」

 ボブは一応、日本語も理解出来ているようだった。彼はキャロルに優しく微笑みかける。

「ボブおじちゃん、早くやめてぇぇぇぇぇぇぇーっ!」

 しかし逆効果。キャロルはますます大泣きしてしまった。

「Why?」

 ボブはハハハッと陽気に笑いながら問いかけ、再びキャロルに頬を引っ付ける。

「ロリコンのE・ボブ、E・キャロルいじめちゃダメだぞ」

 向日葵はこう注意すると直径三十センチくらいのスイカの実に変身し、ボブの脳天にゴンッと直撃させた。

「Ouch!」

 ボブに衝撃が走る。両目が☆になった。

「引っ込め! 引っ込め!」

 向日葵は元の姿に戻ると英語の教科書を素早く拾い上げ彼のいたページを開く。そしてボブの脳天に押し付け、中へ戻してあげた。

「あぁん、すごく怖かったよぉぉぉ~。Kiitos! 向日葵お姉ちゃぁぁぁーん」

 キャロルはえんえん泣きながら礼を言い、向日葵にぎゅぅっとしがみ付く。

「Kipa aloha♪」

 向日葵は上機嫌なにこにこ顔だ。

「ボブって子、何がBob is the kindest boy in our class.よ。教科書の本文と全然違うじゃない。To tell the truth,Bob is not only Lolita complex,but also crazy.」

 ランタンは、まだぷっくりふくれていた。

「ランタンちゃん、ハロウィンキャラだけに英語とっても上手ね」

 クワイは感心する。

「ワタシ、ボブ君みたいな肉食系の男の子は苦手だな。ハルヒコくんみたいなサラダ食系がいい♪」

 ランタンはそう告げて、陽彦の手をぎゅっと握り締めた。

「えっ、あっ、あの……」

 陽彦の頬は唐辛子の実のごとく赤くなる。

「ハルヒコくん、照れてる。かわいい」

 ランタンはにこっと微笑みかけた。

「そっ、そんなことないって」

 陽彦は必死に否定しようとする。

「陽彦君、しぐさでバレバレよ。あの、英語の教科書にもう一人出てくるイギリス人男の子キャラ、トム君も引っ張り出してみようかしら? handsome boyって書かれてあるから」

 クワイは微笑みながら問いかける。

「クワイお姉ちゃん、もう止めてっ! また変なおじちゃんだったら嫌だよぉ~」

 キャロルはげんなりとした表情で伝えた。

「この教科書に出てくる女の子、メアリーとスージーはきっとボブに悲しい目に遭わされてるわ」

 ランタンはため息まじりに告げる。

「ボブ君も二次元平面上では本文通りのいい子かもしれないわよ。三次元空間上の女の子はオタクを嫌う酷い子が多いのと同じようにね」

「俺は桜子ちゃんは二次元からそのまま飛び出したような子だと思うよ。……さてと、勉強始めなくちゃ」

 陽彦は数学の問題を解き始めた。

「ハルヒコくん予想通りのリアクションだぁ。真面目だね」

 ランタンはフフッと微笑んだ。

「俺の通ってる高校、進学校だから予習復習しっかりしないとすぐについていけなくなっちゃうから」

「あたし、これから陽彦お兄ちゃんとテレビゲームで遊びたいのに」

 キャロルは不満そうに呟く。

「キャロルさん、学生の本分は勉学に励むことってお姉さんの陽英さんも言っていることですし、勉強中は邪魔しないようにしてあげましょうね」

「はーい」

「ごめんね、みんな。平日は特に勉強忙しいから」

 陽彦は申し訳なさそうに伝えた直後、

「陽彦、マンガ返しに来たよ」

 陽英に入り込まれてしまった。

「姉ちゃん、勉強の邪魔だからそれ置いたら早く出て行って」

「分かったわ」

 ランタン達は目にも留まらぬ速さで小冊子に飛び込み、姿は見られずに済んだ。

 陽英がこの部屋から出て行ってから三十秒ほどして、みんな一斉に飛び出してくる。

「陽英ちゃんのお部屋って、一般人には耐えられない雰囲気ね」

「ハルエちゃんのお部屋は姉クメーネだね。人間が定住出来ないアネクメーネになぞらえて」

「E・ハルエの部屋を年中行事に例えるとコミケだな」

「姉ちゃんそれ自虐気味に言ってたよ」

 思わず笑ってしまった陽彦は、勉強を再開。

「クワイちゃん、お尻大丈夫? スカートとパンツ脱がすね」

「大丈夫よランタンちゃん。ちょっとヒリヒリするくらいだから」

「クワイちゃんのお尻、ちょっと赤くなっちゃってるね。アイムソーリー、クワイちゃん、痛い思いさせちゃって」

「気にしないで。正月病に罹るより遥かに症状軽いから」

「E・ランタン、E・クワイのお尻を日焼けさせちゃったんだな」

「クワイお姉ちゃん、冷やしてあげるぅ」

「ありがとうキャロルちゃん、ひゃんっ! 冷た過ぎるわ。今度は凍傷になっちゃう」

「アンテークシ、クワイお姉ちゃん」

 クワイはキャロルにお尻に両手をじかに当ててもらった。

「……」

 すぐ後方で起きているこんな状況から、陽彦は集中力を削がれるのだった。

 それでもその後ランタン達が気を遣って各自、陽彦の所有するマンガや雑誌、携帯型ゲームなどで楽しんで静かに過ごしてくれると、

 なんかいつも以上に勉強が捗る。頭が冴えてる気がする。お祭り時みたいな楽しい気分になってるからだな。

 陽彦は普段よりも集中して勉強に励むことが出来た。

     ☆

まもなく日付が変わる頃、

「陽彦お兄ちゃん、あたし、もう眠いから、寝るね。ヒュヴァーウオタ」

「わらわも眠いので寝ます。子の刻以降に起きているのは辛いです」

「アタシも眠くなって来たぜ。カブトムシみたいに夜行性じゃないからな。E・ハルヒコ、あとは頑張ってね。アロハ ポ」

 睡魔に負けたキャロル、菖蒲、向日葵はイラスト化して就寝。

「陽彦君、秋の夜長にぴったりの夜食よ。元気が出るわよ」

 クワイはまだ勉強を頑張っている陽彦のために学習机の上に、あるメニューを置いてくれた。

メキシコ料理の代表、タコスだった。

「ありがとうクワイちゃん。俺これ好きだよ。これも地図帳から取り出したんだね」

「その通りよ。食べ物だって取り出せるの」

「昨晩のハロウィンパーティのお菓子やジュースも、クワイちゃんがワタシの冊子に載ってるイラストから取り出したんだよ。ハルヒコくん、これ食べて一息つこう!」

「じゃあ、いただきます」 

 英語の復習中だった陽彦は一旦シャーペンを置き、とうもろこし粉で作った薄焼きパン《トルティーヤ》の部分を手で掴んで挟まれた牛肉のサイコロステーキ、玉葱、トマト、コリアンダーなどの具といっしょに口に運び入れた。

「本物みたいだな。サルサもたっぷりかかっててめっちゃ美味い♪」

 そして満足げに一気に平らげていく。

「ハルヒコくん、お口直しのパンプキンだよ」

 ランタンは直径三〇センチほどのオレンジ色のかぼちゃを丸ごと机の上に置いた。

「ありがたいけど、そのままじゃ食べられないよ」

 陽彦はちょっぴり困ってしまう。

「アイムソーリー」

 ランタンはてへっと笑った。

「ランタンちゃんも物を取り出せる能力持ってたんだね」

「取り出したんじゃなくて召喚したんだよ。年中行事に関するアイテムを召喚出来る能力はみんな持ってるよ」

「わたくしも、十二支の羊とかを召喚出来るわ。こんな風に」

「うわっ!」

 クワイが手をグーの形から広げると、陽彦のお部屋に一頭の羊が現れた。

「これ、本物だよな?」

 陽彦は恐る恐る羊の背中に手を触れると、羊はくるっと体の向きを変えて陽彦の方を振り向いた。

 メェェェェェ~♪ と鳴き声も上げる。

「本物みたいだな。獣臭さも漂ってるし」

 陽彦は驚き顔を浮かべつつ、ハハッと笑う。

「本物よ。糞をされないうちに片づけておくわね」

クワイは微笑み顔で言い、羊の頭にそっと手を触れると羊の姿は一瞬で消滅した。

「姉ちゃん、こんな設定も作ってたのか」

陽彦は強く感心する。

「ハルヒコくん、これもどうぞ。今夜はちょっと冷えるからホットにしたよ」

 ランタンはかぼちゃの実を消したあと、ジャックランタン型のマグカップに注がれたかぼちゃのジュースを召喚した。

「ありがとう。これ、どんな味なんだろう?」

陽彦は恐る恐る、淡黄色のドロッとしたそれを少し口に含んでみると、

「初めて体験した味だけど、けっこう美味いな」

気に入って、一気に飲み干していった。

そのあと再びシャーペンを手に取り、英文読解の演習問題を解いていく。

その後は十分程度で家庭学習をやめた。

陽彦が歯磨きとトイレを済ませて来た頃には午前0時半過ぎ。

「グッナイ! ハルヒコくん」

「陽彦君、無理し過ぎないようにね」

ランタンとクワイが小冊子に飛び込むのを見送って、

「おやすみー」

陽彦は楽しげな気分でお布団に潜り込む。

あの子達、顔もしぐさも声もすごく萌えるな。姉ちゃん凄過ぎだろ。

 陽彦はより一層姉への尊敬度が増したようだ。彼が眠り付いてから数分のち、

「ハルヒコくんの寝顔、Very cute! ハルエちゃんがかわいがりたくなる気持ちがよく分かるよ」

 吸血鬼仮装姿なランタンが自分用のイラスト小冊子から飛び出してくる。

「さてと、ハルヒコくんの生き血を」

ランタンは怪しげな笑みを浮かべてじゅるりと唾を飲み込んだのち、なんと、鋭い牙をクワッと向けて陽彦の首筋にカプリと噛み付こうとした。

 だが次の瞬間、

「ランタンさーん、いけませんよ。お気持ちは分かりますが、トマトジュースで我慢して下さいね」

 眼鏡を外した菖蒲も自分用の小冊子から飛び出して来ると、

「アイムソーリー、あまりに美味しそうだったので」

 ランタンはてへっと笑って謝罪し、すみやかに自分用の小冊子に飛び込んだ。

「陽彦さんの寝顔、いと愛らしです」

 菖蒲も陽彦の寝顔を覗き込むと、すぐにイラストへ戻っていったのだった。

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