第一話 ハロウィンの夜のサプライズな出来事
お正月、節分、バレンタインデー、ひな祭り、お花見、端午の節句、七夕、お盆、お月見、クリスマスみたいに、ハロウィンも今やすっかり日本の年中行事として定着したよなぁ。
☆
「陽彦くんは阪井先生の所にお菓子貰いに行かないの?」
「俺はいいよ。幼稚園児や小学生が喜ぶようなイベントに乗るなんてバカらしいし」
「陽彦くん、見栄張らなくても♪」
ハロウィーンな十月三十一日、木曜日。北摂のとある府立進学校、豊根塚高校のお昼休み。教卓上にジャックランタンが飾られた一年三組の教室にて利川陽彦は同じクラスの幼馴染、光久桜子と仲睦まじく会話を弾ませていた。丸顔ぱっちり垂れ目、ほんのり栗色ナチュラルストレートヘア。背丈は一五五センチくらいで、おっとりのんびりとした雰囲気の子なのだ。三軒隣に住んでいて学校がある日は毎朝八時頃に陽彦を迎えに来てくれる。つまり登校もいっしょにしてくれているわけだ。
ちなみに阪井先生は英語科で陽彦達のクラス担任である。「ハロウィンの日、アメリカのお菓子を用意してくるから欲しい子はお昼休みに職員室に来て、先生に向かって『トリック・オア・トリート!』って呪文を唱えてね。先着三十名までよ」と授業を受け持つクラスの生徒らに事前に連絡していたのだ。背丈は一五〇センチちょっと。ほんのり茶色ミディアムボブヘア。面長垂れ目で二九歳の実年齢よりも若く見え、女子大生っぽさもまだ感じられることもあってか、生徒達や同僚の先生方からの人気も高い。
そんな彼女が主催したこのお楽しみイベントにはその他多くの男子生徒同様乗らなかった陽彦は放課後、親友二人と本屋などに寄り道して別れたあと、閑静な高級住宅街に佇む自宅に向かって独りで朗らかな気分で歩き進んでいく。
夕方六時頃に帰宅すると、
「おかえり陽彦、トリック・オア・トリート!」
「姉ちゃん、絶対やると思ってたよ。俺は菓子持ってないからな」
階段横で魔女仮装姿な姉の陽英から、爽やか笑顔でいきなりこんなことを要求され少々迷惑がった。
「あ~ん、残念。阪井ちゃんから貰わんかったんやね。うちから陽彦にハッピーになれるハロウィンプレゼント用意したのに。ハロウィンとかの年中行事萌え擬人化したイラスト集よ♪ 後期最初の江戸文化史の講義で年中行事の話聞いて思いついてん。うちの部屋に見に来て」
「……姉ちゃん、またしょうもないの描いたのか」
「見たら絶対気に入るから。さあ、うちの部屋へカモーン」
「分かった、分かった。いててて」
陽彦は腕をグイッと引っ張られ、二階にある陽英の自室に無理やり連れ込まれる。陽英は相撲、柔道、プロレスの真似事にも嗜んでいて、陽彦は未だ力負けしてしまうのだ。背丈は一六五センチくらいの彼より五センチほど低いのだが。
そんな陽英は重度のアニメオタクでもある。とは言え小学校時代まんが部、中学時代美術部、高校時代漫研に所属し、サブカル趣味にのめり込みながらも学業はずっと優秀で今春、東大・京大に次ぐ入学難易度と謳われる旧帝大の文学部に現役合格を果たした。そのため陽彦は頭が上がらないのだ。
高校時代までは黒髪ポニテ、丸顔丸眼鏡、一文字眉ぱっちり垂れ目な見た目が地味系文学少女って感じだったけど大学入学を機に、髪型はほんのり茶色染めセミロングふんわりウェーブにプチイメージチェンジした。幼児期からの趣味の絵もかなり上手く、将来の夢は漫画家。他にイラストレーター、声優、ラノベ作家にもなりたいなぁっとも思い描いてるみたい。
まだまだ夢見る少女な陽英の自室はフローリング仕様で広さは七帖。窓際の学習机の上は学用品、おしゃれなデザインのノートパソコンが勉強しやすいようきれいに整理整頓されていて、几帳面さが窺えた。机棚にはビーズアクセサリーやオルゴール。シロクマ、ウサギ、リス、ネコ、インコといった可愛らしい動物のぬいぐるみもたくさん飾られてあり、普通の女の子らしいお部屋の様相が見受けられる。だが、机以外の場所に目を移すとアニヲタ趣味を窺わせるグッズが所狭しと。
本棚には計五百冊を越える少年・少女・青年・成年コミックやラノベ、アニメ・マンガ・声優雑誌に加え、18禁含む男の娘・百合同人誌まで。DVD/ブルーレイレコーダーと48V型液晶テレビも所有している。アニソンCDやアニメブルーレイも多数所有し、専用の収納ケースに並べられていた。エロゲーも数本含まれている。
クローゼットの中には普段着の他、猫耳メイド・巫女・魔法少女・ナース・バニーガール・チアガールなどのコスプレ衣装やゴスロリ衣装も揃えられていて、本棚上や収納ケース上には萌え系ガチャポンやフィギュア、ぬいぐるみがバリエーション豊富に飾られてある。さらに壁全面と天井を覆うように人気女性声優や、萌え系アニメのポスターが多数貼られてあるのだ。女性ながら、男性キャラがメインの腐向けアニメはさほど好きではないらしい。ベッド上にはロリ美少女キャラの抱き枕まであった。
「じゃ~ん♪ これやで。とりあえず五種類作ってみてん。お花見も作ろうと思ったけど三月生まれの桜子ちゃんがお花見キャラみたいなもんやから控えたよ」
陽英は学習机上に置かれた小冊子を手に取ると、得意げにかざしてくる。ハロウィン、お正月、クリスマス、夏休み、端午の節句。計五つの年中行事を一つにつき一キャラずつ一冊ずつ、かわいらしい女の子達に擬人化しアニメ風カラーイラストで彩っていたのだ。
「けっこうかわいいな。今までに見せられて来た中で一番上手いかも」
陽彦は表紙絵に不覚にも興味を示してしまった。
「大学入ってからよりハイレベルな子達と切磋琢磨して来たからね。キャラ名もその年中行事に関する用語を元に命名したよ。一部3Dイラストになっとるで。五人合わせてアニュアルイベントガールズよ。この子達が対応の年中行事の特徴を詳しく解説してくれる仕様になってるの。セリフ考えたんはうちやけどね。この薄い本、陽彦にプレゼント♪ よかったらおかずに使ってね。うちの今までの人生で一番気合い込めて製作したで」
陽英は自信満々な様子でやや興奮気味に伝えてくる。
「一通り拝見してやるか」
陽彦は小冊子を五冊受け取ると、この部屋から出て行き斜め向かいの自室へ。学習机の上はきれいに整理されていて、陽英同様勉強しやすい環境になっている。さらに飾られてあるアニメグッズもよく似た系統なのだ。陽英にはインパクトでかなり劣るものの。この手のアニメに小四の頃から嵌っていた陽英に影響されて、当初「女の子が見るアニメだから」と毛嫌いしていた陽彦も小六の夏休みには嵌るようになってしまったわけである。
さてと、姉ちゃん作の年中行事擬人化イラスト見てやるか。
私服に着替えて一段ベッドに腰掛けた陽彦は、最初に表紙にハロウィンを擬人化したキャラが描かれた小冊子を捲ってみた。
「おう!」
思わず感激の声を上げる。一ページ目に、対応するキャラクターの全身カラーイラストと、プロフィールが載せられていたのだ。
このランタンって名前の女の子がハロウィンについていろいろ解説してくれるってわけか。
わくわくしながら次以降のページをパラパラ捲ってみた。
ランタンというキャラのカラーイラストが、ジャックランタンや蝙蝠や黒猫などと共にいろんなポーズや仮装姿で十数通りに描き分けられていて、
同人誌どころか商業作品としてでもじゅうぶん通用しそうなクオリティだな。固定ファン付きそう。ジャックランタンを大量に浮かべた風呂に全裸で入ってるイラスト、エロくて特にいいな。
不覚にも、変態だと見なしている姉のことをほんのちょっと見直してしまった陽彦は、続いてお正月の擬人化イラスト小冊子もパラパラ捲って確認してみる。
こっちの子は純和風なお姉さんって感じでなかなかかわいいぞ。お節料理とか、十二支とか、門松とかのイラストもやっぱ上手いなぁ。
感心気味に眺めていると、予期せぬ出来事が――。
「あ~、よく寝た♪ そろそろお菓子貰いに各家々を回らなきゃ」
どこからか、聞きなれぬ女の子の声が聞こえて来たのだ。
「何だ? 今の声」
陽彦は不思議に思い、周囲をきょろきょろ見渡す。
耳元で聞こえた気がするんだけど、誰もいないよな?
少しドキッとしながらそう思った直後、
「うっ、うわわわわわぁ!」
陽彦はあっと驚き、口を縦に大きく開けて絶叫した。弾みで手に持っていたお正月擬人化キャライラスト小冊子も床に放り投げてしまう。
突如、ハロウィン擬人化キャライラスト小冊子の中から、飛び出して来たのだ。
ジャックランタンを模った帽子と衣装を身に纏い、つぶらなグレーの瞳ですらりとした体つき、背はやや高めで一六〇センチ台半ばくらいあるように見えた女の子が――。描かれていたイラストの一つと全く同じ格好だった。
紙上に描かれた人間の女の子が飛び出してくるという、物理現象を完全無視した出来事が今しがた陽彦の目の前で起こったというわけだ。
「ハッピーハロウィン♪ トリック・オア・トリート! ワタシ、日本でもお馴染みハロウィンのランタンだよ。ハルヒコくんと同じ十五歳、高校一年生なの♪」
その女の子は太陽のような爽やかな笑顔を浮かべ、微妙な発音の英語も交えて挨拶した。そのあと陽彦の手を握り締めて来た。
「……………………」
陽彦の口は、顎が外れそうなくらいパカリと開かれていた。
「Oh,ハルヒコくん、滑稽にくりぬいたジャックランタンみたいなお顔になってるね」
そんな彼を見て、ランタンは嬉しそうににこにこ微笑む。
続いて、端午の節句擬人化キャライラストの描かれた小冊子が自動的に開かれた。そしてまた中から女の子が――。
「こんばんは。わらわ達の作者、利川陽英さんの弟さんの陽彦さん。わらわは女の子ですが端午の節句な菖蒲と申します。中学二年生です。ちなみにアヤメはショウブの古名ですよ。詳しくは設定資料集をお読み下さいませ。今後、末永くよろしくお願い致します」
五月人形の鎧兜を身に纏っていた。黒縁の丸眼鏡をかけ、柏餅を包む葉っぱのような色の色の髪が兜からはみ出していた。背丈は一四〇センチ台後半くらい。顔立ちは桃の節句でお馴染み、雛人形のお雛様っぽかった。陽彦に向かっておっとりとした口調で挨拶して来た。
さらにもう一冊、お正月の小冊子からも。
「はじめまして陽彦君。わたくし、お正月の新玉クワイ。高校二年生、十七歳よ。はい、お年玉」
背丈は一六〇センチくらい。色白の肌、面長でつぶらな茶色の瞳、黒豆色な髪をくわいのうま煮のチャームと白寿松竹梅飾り付き水引で束ね、初詣に相応しい和風な着物を身に纏っていた。
「えっ、あっ、どっ、どうも。おっ、おっ、俺、とうとうアニメの世界と現実の世界との区別が付かなくなってしまったのか?」
陽彦は当然のように戸惑う。それでもちゃっかり先ほど頂いたお年玉袋を開けて、中に五千円札が一枚入っているのを確認していると、
「アニメの世界じゃないよ。現実だよ。サンタさんも現実にいるよ」
「アロ~ハ♪」
背後からまた聞きなれぬ二人の女の子の声がした。
「ヒュヴァーイルター。クリスマスのキャロルです。小学四年生、九歳です。ハウスカ トゥトゥストゥア♪ これからよろしくね、陽彦お兄ちゃん。クリスマスプレゼントあげるぅ。クリスマスはまだ二ヶ月近く先だけど、あたしの気分は年中クリスマスだよ」
「あっ、どうも」
フィンランド語も交えて挨拶して来たこの子は、おかっぱ頭にしたクリスマスケーキの生クリームみたいに真っ白な髪を、もみの木、ポインセチアのお花、いちご、Merry Christmas! とデコレートされた板チョコ、計四種類のチャームと金鈴付きダブルりぼんで飾り付けていた。丸っこいお顔とくりくりしたつぶらな瞳。背丈は一三〇センチくらい。ミニスカサンタ姿だった。ちなみに左肩に掛けていた白い袋から取り出して手渡して来たプレゼントは、トナカイの可愛らしいぬいぐるみだった。
「アタシ、夏休みの向日葵なのだ。中学一年生、十二歳。よろしくね♪ E・ハルヒコ」
こちらの子は日焼けした小麦色の肌。黒髪をひまわりのお花チャーム付きりぼんで束ね、四角顔で茶色い瞳、背丈は一五〇センチちょっと。イリマレイと呼ばれるハワイでお馴染みの首飾りを掛け、朝顔の葉っぱやお花で胸と恥部を覆っただけの露出度の高い姿だった。
「うわぉっ!」
振り返った陽彦は向日葵の身なりを目にし、反射的に視線を床に背ける。
「こらこらっ、向日葵ちゃん、夏休みキャラだからってそんなはしたない格好で現れちゃダメでしょっ! 陽彦君は年頃の男の子なのよ。えっと、あっ、ちょうど都合良くいいのがあったわ」
クワイが注意した。そして彼女は学習机の本立てに並べられてあった、陽彦が学校で使用している地図帳を手に取りパラッと捲る。続いて開かれたページに手を添えると、なんと波打つ水面のように揺らいだのだ。
三秒ほどのち、クワイは何かを掴み上げた。
「これを着なさい」
それを向日葵に投げ渡す。
「分かった。まさに今この格好じゃ寒いしね」
クワイが先ほど取り出した物の正体は、ロシアの民族衣装サラファンだった。
なっ、なんでこんなことが、起こってるんだ?
陽彦は目の前で次々と起こった超常現象にただただ唖然とするばかり。
「絶対、夢だよな?」
とりあえず右手をゆっくりと自分のほっぺたへ動かし、ぎゅーっと強くつねってみる。
「いってぇっ!」
痛かった。
現実……だったらしい。
「嘘だろ?」
まだ陽彦は、この状況を信じられなかった。
「どないしたん陽彦? すごい大声出して」
ガチャリと部屋の扉が開かれる。陽英が入って来たわけだ。
「ねっ、ねっ、姉ちゃん。さっ、さっき、この姉ちゃんが作った小冊子の中から、おっ、おっ、女の子が、五人、飛び出して、来たんだ。あの年中行事擬人化した。ほらここにっ……あっ、あれ?」
陽彦は強張った表情で声をやや震わせながら伝えたものの、
「誰もおらへんやん」
陽英にきょとんとした表情で突っ込まれてしまう。
「いや、さっきいたんだけど、おっかしいな」
陽彦は訝しげな表情を浮かべた。
「陽彦ったら、紙に描かれた絵ぇが飛び出てくるなんてマジあり得んし。アニメの世界と現実の世界との区別はちゃんと付けなきゃダメよー。うち、あんたより遥かにアニメの世界にどっぷり嵌っとるけど、現実の世界との区別はちゃーんとついとるで」
陽英はくすくす笑ってくる。
「いや、俺もちゃんとついてるんだけど」
「確かにお○ん○んはちゃんとついとるよね」
「……今そういう話じゃないんだけど」
陽彦が困惑顔でこう言った直後、
「陽彦ぉー、陽英ぇー、夕飯出来たでー」
階段下から母の叫び声が聞こえてくる。
「今行くぅー。陽彦もはよおいでよ」
陽英はすぐにこの部屋から出て、ダイニングの方へ向かっていった。
「やっぱ、気のせい、だよな?」
陽彦はこう呟いてハハハッと笑う。
次の瞬間、
「気のせいではありませんよ、陽彦さん」
端午の節句の小冊子から、菖蒲がぴょこっとお顔を出した。
「うわぁっ!」
陽彦は反射的に仰け反る。
「また驚かせて申し訳ありません。というか、こんなに驚くとは思いませんでした」
菖蒲はてへりと笑ったのち、全身を出して直立姿勢になった。
「驚くに決まってるだろ」
陽彦はごもっともな意見を述べた。
他の四人もまた飛び出してくる。
「お部屋の様子を見て、ハルヒコくんは萌え系のアニメが大好きな男の子なんだなぁって判断したの。これならワタシ達がイラストから飛び出して、三次元化する。っていう現象を起こしてもごく普通に受け入れてくれるかなぁと思って♪」
ランタンはにこにこ顔で伝えた。
「陽彦さんのお姉さんは、妄想空想癖は酷いようですが一応常識的なお方のようですし、わらわ達の姿を見たら腰を抜かすかと思いまして、とっさに隠れました」
菖蒲はゆったりとした口調で語る。
「俺だって相当驚いたよ」
「ハルエちゃんから、3Dイラストにもなってるって説明されたでしょ?」
ランタンは爽やか笑顔で問いかける。
「いや、それって、特殊な眼鏡をかけて、最近では裸眼でも見えるやつもあるけど、実際は平面上にある映像や絵が立体的に見えるやつのことだろ?」
「陽彦さん、それは前世紀的な発想ですよ。今や3Dというのは、二次元平面上に描かれたイラストが質感と触感と重量感と香りを伴って、実際に飛び出してくるものなのです。陽彦さん若いのにお年寄り風な考え方ですね」
菖蒲がくすくす微笑みながら指摘してくる。
「俺の考えは、間違ってないと思うんだけど……」
陽彦は困惑顔だ。
「まあまあE・ハルヒコ、ジャングルの中では日本に住んでる人にとっては非日常的な光景が広がってることだし、素直に受け入れなよ」
向日葵はにこにこ笑いながら言った。
「受け入れろと言われても……」
「ワタシ達みんな年中行事は違うけど、五人姉妹だってデザイナーのハルエちゃんは設定してくれたよ」
「……それにしても、二次元キャラが三次元化するって、現代の科学技術的にあり得ないだろ」
「それが出来てしまったんだから、そう突っ込まれると反応に困っちゃうな」
クワイはちょっぴり困惑気味だ。
「まだ現実とは思えない」
陽彦は半信半疑な面持ちで呟く。
「ハルヒコくん、これは現実、リアリティなんだよ」
ランタンはにこっと微笑む。
「あの、ランタンちゃん、俺、これが現実だってこと実感したいから、体、触っていいか?」
「オーケイ。でも、胸は変な気持ちになっちゃうから嫌ノーッ! だよ」
「分かった。頭にするよ」
陽彦が恐る恐る、帽子を外して露になった、ランタンのセミロングウェーブなオレンジ色の髪に手を触れようとしたら、
「陽彦ぉー、いい加減夕飯食べやぁー。冷めてまうやろっ!」
母に扉を開けられた。
「わっ、分かったよ」
陽彦はビクッと反応し、周囲を見渡す。
またもみんな姿を消していた。
やっぱ、夢だよな?
陽彦は首をかしげながら電気を消して部屋を出て、ダイニングへと向かっていった。
「陽彦、陽英の描いた3Dイラストの迫力に圧倒させられたみたいだな」
高校数学教師を務める父は楽しそうに微笑む。
「うん、まあ。かなりリアルだったし」
陽彦は苦笑いで答え、
絶対俺の見間違えだ。
心の中でこう確信して椅子に腰掛けた。
「うちの描いた年中行事擬人化キャラ、陽彦にウケてくれたみたいでうち、めっちゃ嬉しかったわ~」
向かいに座る陽英は上機嫌でパンプキンパイを頬張っていたのだった。
「父さんはお正月が一年で一番好きな年中行事だったな。お年玉貰えるから」
父は上機嫌でかぼちゃコロッケを頬張りながら呟く。陽英の趣味もジャ○ーズやE○ILEなんかに嵌るよりは健全だろうってことで快く容認してくれている寛容で心優しいお方なのだ。
*
陽彦は夕食後は自室には戻らず、まっすぐお風呂場へ。
洗面所兼脱衣場で服を脱ぐと、ハンドタオルを手に取って、いつもと変わらず大事な部分は隠さずにすっぽんぽんで浴室に入る。続いて風呂椅子に腰掛けて、シャンプーを押し出した。
髪の毛をゴシゴシこすっている最中だった。
「アロ~ハ、E・ハルヒコ!」
突然そんな声がしたと思ったら、湯船がバシャァァァーッと飛沫を上げ、中から向日葵が飛び出して来たのだ。
「ぅおわあああぁぁーっ!」
陽彦はびっくりして思わず仰け反る。もう少しで後ろのタイル壁に後頭部をぶつけるところだった。
「遊びに来ちゃった♪」
向日葵は舌をぺろりと出して、てへっと笑う。
「どっ、どうやって、入って来たの?」
陽彦は当然のように驚き顔。慌ててタオルで大事な部分を隠したのち質問してみた。
「蚊に変身してここまで浮遊して来たあと、スーパーボールに変身してお湯の中に隠れてたのだ」
「そっ、そんな能力まで、使えるのか?」
「うんっ! 五人の中で変身能力を使える設定なのは夏休みのこのアタシだけなんだぜ。えっへん! E・ランタンも仮装衣装には自在に変化させれるけどね」
向日葵は自慢げに、嬉しそうに答える。
「そっ、そうなのか……っていうか、せめてタオルは巻いてっ!」
陽彦は向日葵がすっぽんぽんだったことに今頃気付き、とっさに目を覆った。
「E・ハルヒコ、アタシ、アレはもう来てるけど、まだまだお子様体型だから全然問題ないのに。E・ハルヒコ照れ屋さんだな。じゃあこうするよ。E・ハルヒコ、前隠したから手をのけてみて」
「ほっ、本当?」
言われるままに、陽彦は手をゆっくりと目から離した。
緑色の葉っぱが向日葵の肩の辺りから膝の上くらいにかけてしっかり巻かれていた。
「どう? 似合う?」
「うっ、うん。それより、どうやって一瞬で?」
「さっきはアタシの体の一部を朝顔の葉っぱに変化させたのだ」
「そっ、そういうことか」
「蚊に変身したのもそうだけど、普通はこんなこと起り得ないでしょ。でもアタシ、夏休み関連の物に限るけど物質の化学的性質とか質量保存の法則とかは完全無視して自由自在に変身出来るという設定になってるから。アタシ、当然のようにこんなのにも変身出来るのだ」
そう告げると向日葵はパッと姿を消して、次の瞬間体長十センチくらいの淡水魚に変身した。そして湯船の中にポチャンッと落下する。
「金魚すくいの金魚か」
陽彦は苦笑いで突っ込む。
出目金だった。
「次はこれになるよ」
本来の姿に戻るや今度は球形の夏らしい野菜に変身し、床に落下した。
「美味そうだな」
スイカだった。
「次はこいつになるよ♪」
「うわわわぁっ!」
次に変身した昆虫の姿を見て、陽彦は壁際へ逃げて怯える。
クマゼミだった。陽彦の顔面目掛けてジジジジッと飛び掛かって来たのだ。
「E・ハルヒコ、セミにびびるなんて怖がりだな」
その一秒後には再び本来の姿に戻った向日葵はくすっと笑う。
「俺けっこう苦手なんだよ、セミとかの素早く飛んでくる虫系」
陽彦は苦笑い。自分でも情けないなと感じているようだ。
「アタシ、変身以外にもこんな能力も使えるよ」
向日葵は続いて口からフゥゥゥーッと息を吐き出す。
それはたちまち黒っぽい入道雲の形へと変化した。
その直後、ドゴォォォーンッ! と耳をつんざくような雷鳴を轟かせ、滝のような雨を陽彦の頭上に降らせて来た。
「うをわぁぁぁーっ!」
陽彦はさっき以上に大きく仰け反る。
――ゴツンッ!
「いってぇぇぇーっ!」
後頭部を後ろ壁にぶつけてしまった。
「夕立を再現してみたよ♪ なかなか迫力あったでしょ?」
向日葵はにっこり笑顔で問う。
「危険過ぎるだろ」
ずぶ濡れにされた陽彦は迷惑顔だ。
「雲量は少なかったし、安全性にはほとんど問題なかったと思うんだけどな。年中行事特有の現象再現能力はアタシ達みんな持ってるよ。アタシこんな技も使えるぜ」
「向日葵ちゃん、危ないって。きれいだけど」
陽彦は慌てて突っ込む。
向日葵は浴槽に向けて、右手のひらから火花をバチバチ出したのだ。
「線香花火、風呂場だから大丈夫だぜ」
向日葵が無邪気な表情で伝えた直後、
「陽彦ぉ、やけに騒がしいけど何かあったの?」
母が浴室扉のすぐそばまで迫ってくる。
「なっ、なんでもないよ」
陽彦は慌てて返事した。
「そう? ならええけど」
母はちょっぴり不思議そうし、リビングへと戻っていく。
「入って来なくてよかったぜ。まあ入って来たところで瞬時に小さな虫になれるけどな。そんじゃあE・ハルヒコ、アタシ、先にお部屋戻っておくね」
向日葵はそう告げてウィンクし、体長五ミリほどの蚊に変身するとプゥ~ンと特有の音を立てながらちょうど開かれている窓から外へ出て行った。
あの姿で俺の母さんの目の前通ったら確実に瞬殺されるな。
ともあれ彼はいつもように湯船に浸かってゆったりくつろぐ。
その最中、浴室扉がガラガラッと開かれ、
「陽彦、おじゃまするね♪」
陽英がすっぽんぽんで入り込んで来た。
「姉ちゃん、入って来るなよ」
陽彦は呆れ顔で陽英の顔面目掛けて湯船のお湯をバシャッと食らわす。
「あつぅ! もう。ぶっかけるなんてひどいな陽彦」
陽英はぷくぅとふくれた。
「早く出て行って」
ばっちり彼の目に映った陽英のそこそこ大きいおっぱいと恥部からはすぐに目を背けた。小六の夏頃からは実の姉ながら全裸姿や下着・水着姿にほんのちょっと性的意識が芽生えるようになってしまっていたのだ。
「今入ったばっかりやのにそれはないやろ。陽彦、あのキャラ気に入ってくれたお礼に、うちの全裸姿じっくり観察していいよ。おっぱいも触っていいよ」
陽英は仁王立ちして、にっこり笑顔で言う。
「……」
陽彦は呆れ顔でハンドタオルを手に取り、あの部分に巻くと湯船から出て床に視線を向けたまま陽英の横を通り過ぎ、浴室から出て行こうとするも、
「ほんまは触りたいくせに、見栄張らんでも」
背後からあの部分に巻いたタオルを奪われるや否やガシッと抱き着かれ、両腕ごと動きを封じられてしまった。陽英のおっぱいのむにゅっとした感触が陽彦の背中にじかに伝わってくる。恥部のもさっとした毛の感触もお尻にじかに伝わって来た。
「見栄なんか張ってないぞ」
「陽彦の嘘つき。ここ硬くなって来てるやん」
さらに露にされたあの部分を右手でしっかり握り締められ、揉み揉みされてしまった。
「それは姉ちゃんがじかに触ってるからだろ。早く離せっ!」
陽彦は焦り顔で体を捻って抵抗するも逃れられず。
「陽彦、豊高の授業ついていくのけっこう大変やろ? 気分展開に今度の土曜か日曜、うちとUSJでデートせえへん?」
陽英はウィンクをまじえて誘ってくる。
「嫌に決まってるだろ。いい加減離せって!」
「予想通りの反応やね。陽彦がうちにお菓子くれんかったからイタズラしてるんよ」
「イタズラの域越えて性犯罪だろ」
「ごめんね。もう行っちゃっていいよ」
これにてようやく解放してもらえると、陽彦は駆け足で脱衣場へ移動し浴室扉をピシャッと閉めた。
……姉ちゃんの変態行為には困ったものだな。
一呼吸置いたのち、洗濯籠に入った陽英脱ぎたての下着類からは目を逸らしてバスタオルで体を拭いていく。
「陽彦、うち今、ルノワールの『岩に座る浴女』のポーズ取ってるの。覗いてもええよ」
「……」
最中に陽英から誘惑されるも陽彦は無視。
もう一度、冷静に考えてみよう。さっき起きたことって、本当に、現実なのか? あり得ないだろ。ただの紙に描かれたイラストが飛び出して来たなんて。
そのあとパジャマを着込みながら、思い直してみる。
いるわけ、ないよな?
二階に上がると、恐る恐る、自屋の扉を開けてみた。
「エ コモ マイ。E・ハルヒコ」
「陽彦君、湯加減どうだった?」
「陽彦さん、菖蒲湯はどの季節でも合うと思いますよ」
「ハルヒコくん、今日のディナー、ハロウィンらしくパンプキン料理尽くしだったでしょ? 匂いで分かったよ。ワタシもベリーハッピーな気分だよ♪」
「陽彦お兄ちゃん、クリスマス料理ほどは豪華じゃなかったでしょ?」
いた。さっきの五人が――。
彼女達の姿が、しっかりと陽彦の目に映った。消していったはずの電気もついていた。
みんなでハロウィンパーティーを楽しんでいたのか、クッキーやキャンディーなどのお菓子や、コーラやメロンソーダなどのジュースもローテーブル上に並べられていた。
「……あのう、俺、今日は疲れてるみたいだから、もう寝るね」
陽彦は若干引き攣った表情で年中行事擬人化キャラ達に向かってこう伝えると電気を消してベッドに上がり、布団にしっかりと潜り込んだ。
「ありゃまっ、もう寝るのか? E・ハルヒコ」
「ハルヒコくん、せっかくのハロウィンナイトなんだから夜更かししてワタシ達とパーティー楽しもうよ。ハルヒコくんの分のお菓子も残してるよ」
「あたし、陽彦お兄ちゃんともっとお話したいのに。でもあたしももう眠いし、寝よう。陽彦お兄ちゃん、ヒュヴァーウオタ」
「陽彦君、わたくし達が三次元化したせいで、急な環境変化に順応出来ず体調崩しちゃったのかしら?」
「そうかもしれませんよ、クワイさん。今宵はゆっくり寝させてあげましょう」
「ハルヒコくん、ハロウィンパーティーをいっしょに楽しめなかったのは残念だけど、明日からはワタシ達といっぱい遊ぼうね。グッナイ!」
「E・ハルヒコ、こっちの世界はこれから冬に向かっていくけど、アタシと過ごせば年中夏気分を味わえるぜ。アロハ ポ」
こうして年中行事擬人化キャラ達は、それぞれの小冊子に飛び込み元のイラストへと戻った。ランタンはお菓子とジュースもきちんと片づけて。
……あれは、幻覚に違いないっ!
陽彦はそう思い込むことにした。
☆
真夜中、三時頃。
「ねーえ、陽彦お兄ちゃぁん」
どこからか、とろけるような声が聞こえてくる。
「――っ!」
陽彦はハッと目を覚まし、ガバッと勢いよく上体を起こした。
「ん?」
瞬間、陽彦は妙な気分を味わう。
左腕に、何か違和感があったのだ。
「陽彦お兄ちゃん」
「この、声は?」
陽彦は恐る恐るゆっくりと、顔を横に向けてみた。
「うわぉっ!」
思わず声を漏らす。
彼のすぐ隣、しかも同じベッド同じ布団の中に、キャロルがいたのだ。
「おしっこしたいから、付いて来て」
ミニスカサンタ姿なキャロルは頬をいちごのように赤らめて、陽彦の左袖を引っ張りながら照れくさそうに要求してくる。
「あっ、あの……」
俺は今、夢を見ているんだ。きっとそうだ、それ以外あり得ない。
陽彦は自分自身にこう言い聞かせる。
「陽彦お兄ちゃぁん、あたし、あそこのコルクが弾けて漏れそう。もう我慢出来ないぃぃ」
キャロルは今にも泣き出しそうな表情になり、全身をプルプル震わせた。
これは夢だ、これは夢だ、夢に違いないっ!
けれども陽彦は無視することに決めた。心の中でこう呟いて、再び布団に潜り込む。
ほどなく彼は二度目の眠りに付いた。
まもなくポンッ! とコルクが弾けるような音もしたが、陽彦は目を覚まさなかった。
☆ ☆ ☆
朝、七時四〇分頃。
「うわあああああああーっ。うっ、嘘だろ……」
萌えキャライラスト入り目覚まし時計のとろけるようなボイスアラームと共に目覚めた陽彦は、起き上がった直後に絶叫した。
布団とシーツが、おしっこまみれになっていたのだ。
「こっ、これって……」
陽彦は布団とシーツを見下ろす。彼の着ているパジャマも、おしっこまみれだった。ちょうどズボンの前の部分が黄色いシミになっていた。もちろんにおいも併せて漂う。
どう、処理しよう。
冷や汗を流し、深刻そうな表情で悩んでいたその時、
「陽彦、どうしたの? 朝からご近所迷惑な大声出して」
「うわっ、かっ、かっ、母さぁん!!」
折悪しく、ガチャリと扉が開かれ母が部屋に入り込んで来た。
「ん? 何これ? 陽彦、ひょっとして、おねしょしたのぉ?」
母は陽彦のズボン前をじーっと見つめながら、にんまり顔で問い詰めてくる。
「ちっ、違う! 断じて違うんだ母さん。これは、真夜中に、姉ちゃんの描いたイラストの小学生の女の子が俺の布団に入り込んで来てそれで、その……」
陽彦は必死に言い訳しようとする。
「陽彦、アニメの世界と現実の世界を混合するんじゃないの」
母はくすっと笑った。
「ほっ、本当なんだって。その、あのイラストが、飛び出して来て」
陽彦はローテーブルの上に置かれたキャロルのイラスト小冊子を指差しながら訴えてみた。
「はいはい、いいからはよ着替えなさい。桜子ちゃんもうすぐ来ちゃうわよ」
けれどもやはり無駄だった。母はにやにや笑いながら命令してくる。
「信じてくれよぉー」
陽彦は悲しげな表情を浮かべながらパジャマを脱ぎ、下着も替えた。そして制服に着替え始める。
「陽彦、それ、お母さんに貸しなさい」
「いいって! 俺があとで持っていくから」
「まあまあ陽彦、遠慮せずに」
「あっ!」
あっという間に、パジャマ一式と下着を奪われてしまった。
「早めに洗濯しなきゃ、汚れ落ちにくくなるやろ」
母は穏やかな口調でそう告げて部屋から出て、意気揚々と階段を下りていく。
今、時刻は七時四七分。
まだ大丈夫だな。
陽彦がそう思った直後、
ピンポーン♪
玄関チャイムが鳴ってしまった。
「おはようございまーす、陽彦くん、おば様、陽英ちゃん。今日は昨晩お祖母ちゃんちから届いた秋のお野菜果物と柿羊羹の詰め合わせをお裾分けするために、少し早めに来ちゃいました」
いつもより十分以上も早く、桜子が迎えに来たのだ。しかも桜子が玄関扉を開けたのと、陽英が階段を降り切って玄関前に差し掛かったのとが同じタイミングだった。
「おはよう桜子ちゃん、今朝陽彦ね。おねしょしちゃったのよ。これを見て」
母は嬉しそうに、桜子の目の前に黄色く変色した陽彦のパジャマをかざした。
「あらまぁ」
桜子は段ボール箱を両手に抱えたままやや前かがみになり、興味深そうにそれをじっと見つめる。
「どわああああああああっ、えっ、冤罪だぁぁぁーっ!」
陽彦は慌てて階段を駆け下りながら、弁明する。
「陽彦くん、恥ずかしがらなくても。たまにはこういうこともあるよ」
桜子は柔和な笑顔でフォローしてあげた。
「あの、桜子ちゃぁん、俺、やってないから。本当に」
知られてしまった陽彦は、かなり沈んだ気分になる。
「陽彦、はよ顔洗って朝ごはん食べて、学校行く準備しなさい」
母はにこにこ笑いながら命令する。
「わっ、分かったよ」
陽彦はしょんぼりしながら洗面所へ向かっていった。
父は今日もいつも通り七時半前には既に家を出ていた。
陽彦が顔を洗っている最中、
「おはよう陽彦、おねしょしたんやってね。まあ気にせんとき。思春期っていうのは男の子も女の子も気を付けてても下着汚しちゃうことはよくあるからね」
陽英は背後からにやにや笑いかけてくる。
「俺はおねしょしてないから。姉ちゃんだけは信じて欲しい」
陽彦は悲しげな表情で訴える。
「うちは、信じてあげるよ」
陽英は彼の心境を察したのか、爽やか笑顔でこう言ってくれた。
こんなちょっとしたハプニングがあったためか、普段より三分ほど遅れて桜子と陽彦は家を出た。桜子は冬用紺色セーラー服、陽彦は黒色学ラン。伝統校らしく制服は男女とも古めかしいのだ。
陽英は一コマ目から講義がある日でも陽彦&桜子よりも遅く家を出ている。大学まで自転車で十分少々なのだ。
もし昨日の出来事が本当のことであれば、俺はおねしょをしていない。もし夢の中の出来事であったならば、俺はおねしょをしたことになってしまう。どっちがいいんだ? この場合。
陽彦は通学路を早足で歩きながら葛藤する。
「あの、陽彦くん。元気出して。おねしょのことはもう忘れちゃおう」
桜子に優しく励まされ、
「うん、そうだね」
陽彦は穴があったら入りたい気分になった。
「そういえば陽彦くん、昨日、陽英ちゃんがいろんな年中行事をかわいい女の子に擬人化した手作りのイラスト集小冊子プレゼントしてくれたんでしょ。今日学校終わったら、陽彦くんの部屋におじゃまするから見せてね。陽英ちゃんそのイラストの画像一部送ってくれたんだけど、全部見たいよ」
「……うん。分かった」
あのイラストが飛び出して来たこと、桜子ちゃんに言っても信じてくれないだろうな。大丈夫? 最近疲れてない? って心配されそう。実際俺、高校受かってからますます夜更かしすることが増えて平均睡眠時間減ってるし。
そんな理由から、陽彦はこの件は伝えないことにしておいた。
同じ頃、陽彦のお部屋ではランタン、キャロル、クワイ、菖蒲が三次元化して、部屋の中央付近に集まっていた。向日葵だけはまだ小冊子内で睡眠中だ。
「キャロルちゃん、ハルヒコくんのベッドにシャンメリー【意味深】ぶちまけちゃったんだね」
「アンテークシ。暗くて、おばけが怖くて行けなかったの。陽彦お兄ちゃんが帰って来たら謝らなきゃ」
しゅーんとなっていたキャロルを、ランタンは優しく慰めてあげる。
「キャロルちゃん、今夜からは、おトイレ行く時わたくしが付いていってあげるからね」
「Kiitos! クワイお姉ちゃん」
キャロルはクワイの胸元にぎゅっと抱きついた。甘えん坊さんなようだ。
「寝小便を垂らしてしょんぼりするキャロルさん、いと愛らしです」
菖蒲は我が子を見守るようにその様子を微笑ましく眺めていた。