珈琲令嬢
珈琲に関する描写がありますが、あくまで作者の主観によるものです。また、設定が甘くなっています。
ゆるゆると室内に広がって行く、仄かな香り。
それを胸一杯に吸い込むと、穏やかな気持ちになれる。
自分の気持ちに決まって不思議になる。
わたくしは昔、コーヒーは大嫌いだったわ。あんな苦い物、飲めないと思っていたの。
ある“出来事”があって変わったけれど。
取り敢えず、当時のわたくしはコーヒーを飲むと決めたのよ。ミルクとシュガーを大量に投入したわ。コーヒーブラウンより濃い色が、どんどん薄くなって行くの。
3つ年上のお兄様からは『カフェオレか』と言われたし、お父様は驚いて……いえ、青ざめていたわね。お母様だけは笑って『美味しい?』と訊いてくれたわ。
勿論、今ではブラックも普通に飲めるわよ。
当時のわたくしにとって、コーヒーは嫌いであると同時に、憧れでもあったの。
“大人”の仲間入りができる気がして、ね。
こくり、と飲む。
程好い酸味と苦味。
――わたくし、やっと分かるようになったのよ。
わたくしがそう言った時のお父様の顔は、絶対に忘れられないわね。いつになく浮かれていたわ。それこそ毎日飽きずに、スキップでも踏みそうだったのよ。……実際に3日ほどしていたもの。
お父様はそのままの味がお好きなのよ。
わたくしはコーヒーも好きだけれど、紅茶も好きなの。友人に紅茶が好き……愛してると言うべきか迷うくらいの人がいるから。
好きなものが増えるのは素敵ね。
さぁ、今日は決戦の日。
今回こそは驚かせてやるわ。
「……お嬢様」
後ろで溜め息をついている人がいるけれど、気にしてられないわよ。わたくしの成長を見せてあげるわ。
わたくしは勇み足で向かった。
「70点」
「遂にやったのね‼」
いつになく嬉しい。
浮かれていたわたくしは気付かなかった。この男は落とすのを忘れない。
「あくまでも目安だ。普通に淹れれば70から80にはなる。君の従者なら満点だろうな」
「それでもいいのよ。進歩したもの‼ もっと努力して満点を取るから待ってなさい」
「期待せずに待ってるよ」
これがわたくしたちの日常。
わたくしは呆気なく壊れてしまうものだと、気付いたのは事が終わってからだった。
「お嬢様、どうしたんですか? この間まで予定を確認して鬱陶しいくらい張り切っていたのに」
「余計なお世話よ、デリック」
わたくしは従者を軽く睨む。
『怖い怖い』と言って、わざとらしく腕を擦っている。
「それはわたくしだって行きたいわよ。でも今の時期に行っても迷惑にしかならないわ」
わたくしが今まで訪れていたのは、婚約者の邸。
こうなったのも、王子たちのせいだわ。
事の発端は、ある令嬢が王立ラッテリンク学院へ転入してきたところから始まった。
彼女の名前は、エリカ・ミーリック嬢。
思い出すだけでも忌々しいわね。
取り敢えず、アナ様――アナスタシア――がエリカ嬢を虐めたため、婚約破棄と国外追放になったとか。
わたくしはクラスから出なかったので、現場にはいなかったの。因みにその糾弾は中庭で行われたらしい。
あら、アナ様がいないわ。どうしたのかしら。貴族も次々いなくなって……え、王子がアナ様を糾弾した?
馬鹿馬鹿しいわ。
呆れたわたくしの反応は当たり前だ。
アナ様の実家――アッシュホード家は、公爵家である。国の中枢を担っている公爵家の令嬢になんということをしているのか。
聞いた話によると、アナ様は適切な諫言を口にし、颯爽と去って行ったらしい。
友人として言いたい。
アナ様は面倒になっただけだ、と。
彼女は自分が満足な生活を送れているのは、父のおかげだとよく言っていた。そんな彼女の父の教えに、『臣下としてすべき諫言を惜しんではならない』というものがあった。
だから言える。彼女は父に怒られたくなかっただけだ。
アナ様の人気は上がり、反対に王子たちの名声は取り消された。
賢いと評判の彼らなら、もっと上手い手があっただろうに。
と、違うわね。ここで話は終わらないの。
その後、学院側は対処に追われた。アナ様に対する扱いが酷かったせいで、それなりに地位のある生徒たちが一斉に帰ってしまったからだ。
仕方ない。誰もアッシュホード家の逆鱗には触れたくないのだから。しかも当主だけではなく、次期当主も恐ろしい。……現場にいなくて何よりだ。
そもそも貴族というものは、自分のプライドが傷付けられることをひどく嫌う。
プライドを容赦なく傷付けた相手に公爵家が手加減する訳がない。自己防衛の強い方々は呆れながら、退場した。
触らぬ神に祟りなし、君子危うきに近寄らず。
その通りである。
わたくしもさっさと引き上げた。それが事実なら、わたくしの婚約者が悲惨な事になるのが目に見えている。
わたくしの婚約者、ギルバート・コリングウッド。彼はすでに次期当主として動き出している。
そして皮肉な事に問題を起こした弟がいた。
――バートランド・コリングウッド。
彼は問題を起こした王子たちの1人。しかも侯爵家であるにも関わらず、公爵家へ喧嘩を売った張本人。
話を聞いて心配になったのは、彼らの実家である。彼らの場合は自業自得だわ。
血の気が引く、の意味が分かった。
わたくしは家に帰り、すぐさまコリングウッド家へ連絡を入れた。
結論として、わたくしの推測は外れなかった。
アッシュホード家当主は、人格者として名高い。問題の張本人たちには適格な処罰、或いは苦言を申すだろう。彼らの実家まで処罰対象に加えることはない。
しかし安心はできない。
信頼を築くのは時間が掛かるが、失うのは一瞬だ。
要するに、彼らの実家はこれから他家よりも努力しなければならないということ。アッシュホード家が赦してくれたとしても、今まで通りの関係にはなれない。
彼らの家との婚約を受ける話は減っているし、婚約破棄したいと言い出す人までいるくらいだ。現実問題、それは出来ないけれど。
わたくしの家、マクファーレン家はコリングウッド家と同じ侯爵家である。両親は心配しているが、最終的にわたくしの意見が通った。
婚約が決まった頃から憧れていたのよ。こんな関係ない問題で諦められる訳がないわ。
大体、わたくしは問題なんてないわよ。お姉様と一緒にしないでもらいたいわね。お姉様ほど規格外方はそういないわ。
という訳でギルの仕事はこれまでの倍以上に増えた。わたくしは迷惑を掛けたくなくて、ギルを訪ねる回数が減ったのよ。子ども扱いしかしてくれないからコーヒーだって飲めるようにしたのに。
ギルはコーヒーが好き……よく飲んでいたの。だから好きなんだろうと思ったわ。ギルが飲んでいるのは、コーヒーだったから。
わたくしは紅茶が好きだったけれど、コーヒーの香りが強くて消されてしまうのよね。
だからわたくしは紅茶もコーヒーも好きなの。
「次のために頑張るわ」
「何時なんでしょうね」
「落ち着いたら、よ」
「適当に頑張ってくださいね」
晴天ね。まるで勝てと応援してもらっているようだわ。
「ふふ、さぁギャフンと言わせてやるわよ」
「あの人が言いますかね、そんなセリフ」
「言わないわね」
デリックの目が虚ろだ。
わたくしの目はキラキラと輝いているだろう。
今日を心待ちにしていたのよ‼
「書類まみれ、ね……」
「馬鹿な弟のせいでな」
「頭は良かった筈だけれど?」
「公爵家に楯突く奴が?」
「前言撤回するわ」
わたくしはデリックを連れて彼の執務室に来る。彼の仕事を見ても分からない内容が大半だ。
書類があるのは当たり前よ。でも今回は多すぎる。
それはいいとして……よくないけれど、もっと重要な問題がある。
「ギル、隈がひどいわ」
「馬鹿な弟のせいでな」
「顔色も悪いわ」
「馬鹿な弟のせいでな」
「休憩は取っているの?」
「あると思うか?」
「全く」
「その通りだ」
ゆっくりと笑みを作る。
長年の付き合いで分かる。下手に関わると飛び火する怒りがある。ギルの笑顔は半ばどころではなく、完全に自棄になっている。
考えてみて……考えなくても分かる。
隈がひどく顔色が悪い人が、笑っている様子を。しかもギルは美形である。
怖い。好きな相手だからこそ、怖い。美形が鬱になったら、色気が駄々漏れになるらしい。
平常だったらうっとりできたと思うの。しかし今は平常じゃない。よってわたくしは引く、ドン引きする。
こんな状態の人に言える言葉は『休め』だけだ。コーヒーの採点とかしてもらう場合じゃない。
でもさっき思ったように、反論したら恐ろしいことになりそうだ。わたくしは無難な問いを口にする。
「休まない、の?」
「そんな暇はない」
「……そう、ね」
会話が終わってしまった。
ギルはあまり話さない。というより、彼にとって必要最小限のことしか口にしない。しかし社交界は、情報交換の場と捉えているため、別人のようになる。
彼を訪問する時は必然的にわたくしが話すことになる。わたくしが話さなければ無言だった。これは以前、実際にやったことである。
ギルと会話がなくて、居心地が悪いとか空気が重いとかはなかった。わたくしがギルといれるだけで安心できる。
今回も同じ流れだろう。
「……リリア」
「何かしら?」
珍しいこともあるようね。彼から話すなんて滅多にないのに。
「コーヒーを飲みたいんだが」
「え、あ、分かったわ」
そう言えば、わたくしはすぐにコーヒーを淹れていたわね。
「ちょっと待ってね」
わたくしは隣室へと移動した。
ギルはよくコーヒーを飲む。しかし仕事中は、他人が入って来るのを好まない。つまり彼は自分で淹れているのだ。
わたくしが淹れ始めてしばらく経った頃、ギルの淹れたコーヒーを飲んだけれど、美味しかった。あれならわたくしのコーヒーの点数が低いのも頷ける。
因みに初めて淹れたコーヒーは、34点である。抽出時間が短いとか粒が均等ではないとか。あの頃のわたくしには、何を言っているのか分からなかった。
さて、コーヒーはローストすることで素晴らしい香りを放つ。同時にこのときに、苦味、酸味、甘味等のコーヒー独特の風味が生まれる。
ローストの段階は全部で8段階。浅く炒るほど酸味が強く、深く炒るほど苦味が強くなる。
カフェオレなどのアレンジメニュー向きがフレンチロースト。アイスコーヒー用の豆を炒るなら、フルシティロースト。最も標準的な炒り方はシティロースト。
基本的にわたくしたちが飲むのは、ミディアムローストからハイローストが中心となっている。
炒るだけでもこんなに種類があるのに驚いたわ。全部自力で調べたのよ。お父様に本は購入してもらったけれど。
パチパチと弾ける音が1ハゼと呼ばれる。それが終わるとミディアムローストくらいになる。
再び音が聞こえ、チリチリとしたものが2ハゼ。豆が十分に膨らんできた証拠である。煙が出てコーヒーらしい香ばしい香り。
この辺りがハイローストで、ここからはローストの進行が早い。よく見極めて火から下ろす。
ブレンドは種類や配合によって数限りないパターンを作れる。何十種類ものコーヒー豆を飲み分け、風味を記憶する。ブレンドはプロの技なのだ。
わたくしは初心者だからそんな真似は出来ないけれど、いつかは挑戦するわ。
コーヒー豆を挽く。
1番重要なポイントだ。粒の大きさを均一にし、直前に挽いて使い切る。粒にバラつきがあると風味が十分に出せない。また酸化は、風味を損なう原因の1つだ。
今回はどうなるだろうか。
ギルがカップを傾けて飲み、口を開くまでの間。
その一瞬は試験結果を見るときのように緊張する。
「80点」
「ゆ、夢の80点だわ」
「少し来ない間に上達したな」
「そうでしょう、そうでしょう‼」
まだまだ改良の余地はあるけれど、わたくしは満足よ。
笑顔を浮かべて口を開く。
「これからもっと頑張るわ」
「そうか」
わたくしは気が抜けて、ギルの机の書類を見た。
以前触ってしまい怒らせたので、目だけで確認する。いつも通り分からない内容。そう思っていたけれど。
顔が強張った。
わたくしが恐れる単語が書類に書かれていたためである。
「ね、ねぇこの書類は?」
「ん? あぁこれか。向こうから破棄の話が来て……」
“破棄”。
それを聞いただけで頭が真っ白になる。ギルがまだ話しているけれど、耳に入らない。
「どうした、リリア?」
「……何でもないわ。わたくし、急用があったの。今日はもう失礼するわね」
ギルの様子なんて気にする余裕がないの。
わたくしは素早くギルの邸を去ったわ。
わたくしは自室に籠った。
「どうして……」
婚約破棄はわたくしにとって、恐れていた事態である。
何故ならばわたくし――リリアン・マクファーレンは、婚約破棄される運命にあったからだ。
リリアン・マクファーレンとバートランド・コリングウッドは婚約をし、破棄される。
しかしわたくしの婚約者は、ギルバート・コリングウッド。
婚約者が違うと思うわよね。当然だわ。
バートランドと婚約するのは、ゲームのわたくし、だもの。
この世界は“乙女ゲーム”と言われるものだ。
わたくしがそのことに気付いたのは、ギルとバートランドを初めて見た時だったわ。
あの場は婚約相手を決める場だったの。相性とかあるものね。
ゲームを攻略すると分かるけれど、リリアンはバートランドに一目惚れしたの。当初、わたくしはバートランドと婚約するだろうと思われていたのよ。年齢差がなかったから。
でもわたくしはゲームのリリアンにはなれなかったわ。
わたくしが恋をした相手はギルバートだったの。5歳差なんて気にならないわよ。
だからわたくしは2人とは幼馴染みなの。とは言っても、バートランドとはあまり一緒にいなかったわ。女の子と男の子の遊びは違うものね。
わたくしと遊んでくれたのは、ギルだったの。彼は沢山のことは話さなかったけれど、本について語ってくれたわ。そうそう、コーヒーを飲んでいたのよね。
わたくしはギルに近付きたくて、彼の好きなものを好きになれるようにしたわ。勉強は嫌いでも共通の話題があれば話せたから、必死で覚えたのよ。
ここで躓くとは思ってなかったわ。
わたくしは泣き出しそうになるのを堪えた。
傷心のわたくしに向かって、デリックは溜め息をついた。
「面倒な事になりましたね」
「何がよ」
「いえ、こちらの話です」
慰めようとか……思う訳ないわね。
わたくしも溜め息をついた。
「お嬢様」
「嫌よ」
「いい加減にしてください。貴族令嬢が約束事を反故にするなどあってならないんです」
軽く睨んでも、飄々としている。そう言えばデリックには、睨もうが嫌味を言おうが関係なかった。
「…………分かったわ」
毎度の如く、コーヒー豆を持参する。いつもと違うのは、わたくしの気持ちだけだ。
気が滅入る。
「どうしたんだ?」
「別に」
「不機嫌なのか?」
ギルはそれだけ言うと仕事に戻ってしまった。そんな彼からわたくしは顔を背ける。
返事をしない相手には当たり前の対応だけれど、悲しくなる。前なら話さなくても居心地が悪くなるなんてなかったのに。
結局微妙な空気でその日は過ぎていった。
目が覚めるようなことが起こった。いえ、わたくしは起きている。慣用句という意味で使った。
なんと、あのギルから訪問があったのだ。しかもお父様たちはわたくしに教えてくれなかった。
とうとうこの日が来てしまったのか。
わたくしは諦めと共に客間へと向かう。
ギルは椅子に座ってコーヒーを飲んでいた。
「遅れてわ、ご免なさいね」
「気にするな」
わたくしも椅子に腰掛ける。
息を吐き覚悟を決める。
「何の話かしら?」
「話があるのはリリアの方じゃないか?」
「……そうね」
ギルはあまり話さないくせに、わたくしの隠し事や気持ちはすぐに見抜いてしまう。
わたくしはギルを真っ直ぐに見つめた。
「婚約破棄のは――」
「――ゴホッ、ゴホゴホ……」
いきなり噎せた。
「あの、――大丈夫?」
ギルの横に移動し、背中を擦る。
「大丈夫だ。大丈夫じゃないけど、大丈夫だ」
「意味が分からないわよ」
落ち着いて来たようで、ギルが言葉を紡いだ。
「リリア、君は何を勘違いしているんだ?」
「――え?」
ギルは頭を抱えて『デリックが言ったのはこういうことか』など、わたくしには分からないことをモゴモゴと言う。
「君の勘違い癖を忘れていたな」
今度は気を取り直したように――開き直ったの方が正しいかもしれない――、言い出す。
「リリアはこの間の破棄をイコール婚約破棄にしたんだよな」
「ええ、そうよ」
考えていた展開と違っているわ。
「あれは仕事の話だ。――バートが余計な事をしたせいで取引先との契約が見直しになったんだ。バートが交渉していた案件は、大多数が破棄の流れになってな」
「ええと、わたくしの勘違い、なの?」
「あぁ」
その言葉を聞いて顔が火照る。ものすごく恥ずかしい。鏡を見たら、真っ赤になっている自信がある。
「……嫌だわ」
穴があったら入りたい。なくても掘るわ、掘れるか分からないけれど。
誤魔化してコーヒーを口に含む。
その様子に視線を寄越しながら、ギルが言った。
「ところで、俺も聞きたいことがあるんだが……」
「何かしら?」
「リリアはどうしてコーヒーが好きなんだ?」
今度はわたくしが噎せそうになったわ。令嬢としてそんな無様な姿は、というか好きな人の前で見せるものではない。
わたくしは根性で耐える。
「……どうしてそう思うの?」
「いつも飲んでたから」
鈍感も程々にしなさいよ、ギルの馬鹿‼
「ギルがいつも飲んでいたからよ!」
「そうだったか?」
「そうよ。だから頑張ったのに……」
「ならコーヒーを淹れてたのは」
「ギルが喜ぶと思ったの」
これ以上の羞恥はないわね。もう何でも話すわよ。
「俺はコーヒーが好きな訳じゃないぞ」
「え? ならどうして……」
「コーヒーは眠気対策だ」
「でもわたくしの前でいつも飲んでいたわ」
「苦いのを我慢して飲んでいるのが、分かりやすくて可愛かったからな。今ではすっかり平気みたいだが」
さらりとこの類いの発言をするのは止めてほしい。照れ隠しに怒ったように言う。
「悪かったわね、可愛げなんてなくて」
「いや、今も可愛い」
「……ッ‼」
ギルには敵わないわ。
「ギル」
「なんだ?」
「わたくし、またギルが淹れたコーヒーが飲みたいわ」
「今度、来たときにな」
「有難う、楽しみにしているわ」
わたくしは照れながら、笑顔を向けた。
“Fragments of the happens”。それがこの“乙女ゲーム”の名前。意味は幸せの欠片たち。
素直になれなくて困る。それでも幸せだわ。シナリオなんてない。わたくしはリリアン・マクファーレンだけれど、わたくしはわたくしとして恋をしたの。
わたくしはわたくしの意志を貫いた。愛する人のために少しでも変わった。貴方は変わったわたくしを愛してくれた。それがとてつもなく嬉しい。
紅茶を愛する彼女は愛する人がいても自分の意志を曲げなかった。そんな真似はわたくしには出来ない。彼女は強い。どうか、彼女にも幸せが訪れますように。
珈琲は幸せを呼んでくる。
ギルバートとデリックの、その後のお話。
~珈琲を味わって~
「貴方方には会話が足りないんです」
「気をつける」
「その言葉は何回も聞きました」
「善処する」
「……ほんとにそうしてください」