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一話 第七章 ~決着~ 葵vision

 今日は土曜日ということで、学校は休み。

 ただ、お姉ちゃんは大学に行き、薫は新しくできた友達と遊園地に遊びに行っている。

 最初はいつもの休日のように家でゴロゴロと過ごす予定だったが、気が気ではなかった。

 孝太さんが光と出掛けているからだ。

 言うなればデート。

 でも、何故光を誘ったのか私にはわからなかった。

 孝太さんにデートに誘われたら、行きたがる女子は当然多い。

 雪さんや、お姉ちゃん、それに私だって…

 こうして悩むということは、私は孝太さんのことを友達以上だと意識していることになる。

 そんなことを思い悩んでいたら、携帯に着信が入った。

 相手は雪さんだった。

『今からうちに来ない?』とのこと。

(雪さんって居候ですよね……)

 声には出さずにツッコミを入れたが、雪さんの声がいつもりも上ずっている気がしたため心配になってきた。

「すぐに行きますね!」

『……うん』

 心なしか少し元気がない様に感じる。

 私は急いで、身支度を整え雪さん(正確には孝太さん)の家へと向かった。

 チャイムを鳴らすと、家の中からドタドタと走る音が聞こえた。

 どんどんと近づいて、玄関で止まった瞬間にガチャっと扉が開く音。

「葵ちゃ~ん!」

 声が聞こえると同時に雪さんが私に飛び付いてきた。

 そして倒れた。

「あ、ごめんね!葵ちゃん」

 私の上に乗っていた雪さんはすぐに退いてくれ、怪我も特にない。

「いえ、大丈夫です……それよりどうしたんです?」

 私も起き上がり、ようやくまともに会話ができた。

「よく、こうちゃんに抱きついてるから……こうちゃん……グスッ」

 なんだかよくわからないけど、雪さんは情緒不安定みたいだ。

 そのせいか、雪さんとの会話が成り立っていない。

 見るからに孝太さんが原因なのだろう。

(孝太さん、何やらかしたんだろう?)

「雪さん、落ち着いて。一体何があったんですか?」

「こうちゃんが……私以外の……女の子と、デート……」

 これで謎が解けた。

 雪さんは孝太さんが光とデートしていることに対して嫉妬しているんだ。

「ただ、買い物行っただけなんじゃ?」

 泣いていた雪さんの動きがピタッと止まった。

「葵ちゃん、知ってたの?」

「え、いや……知ってたというか教室同じだし、席も近いですし」

 雪さんの通称ヤンデレモードが発動しつつあり、声が震えてしまっている。

 孝太さん関係で他の女の子が関わるとよく発動し、特にお姉ちゃんに対してが多いため、私達姉妹は見慣れている光景だと思っていたが、いざ自分に向けられるとやはり怖い。

「それって授業中ってこと?」

「は、はい」

 私の方が泣きそうになっている。

「そっか……こうちゃん、私よりその娘の方が……」

(あれ?)

 いつもならとことん追求するが今日は随分と弱気だ。

「そんなことないと思いますよ」

「だって私、よく考えたら迷惑かけてばかりで。家事全般も、勉強も教えてもらって……」

「でも、孝太さんの心を支えてるのは雪さんじゃないですか……羨ましいです……」

「葵ちゃん……」

 雪さんにはいつも通りでいてほしく、その気持ちだけで感情的になってしまった。

「ごめんね……私らしくなかったね。ここじゃなんだし上がって」

「雪さん……」

 私と雪さんの顔には自然と笑みがこぼれた。

 そして雪さんに言われたように孝太さんの家に上がることになった。


「葵ちゃん、紅茶でいい?」

「はい」

「テレビでも観て待ってて」

 いつもの様にリビングに通され、雪さんはキッチンで紅茶を淹れてくれている。

 私も適当に椅子に座り、雪さんが来るのをテレビを観つつ待つことにした。

 チャンネルを色々と換えていると、ある情報番組が目に入った。

 特集でこの街のデートスポットを紹介していたからだ。

 主に駅前を中心としたもので、ショッピングモールや喫茶店、映画館や遊園地などが取り上げられている。

 こっちに来てから友達もつくらなかったので、こういった場所にも当然出掛けたことはなかった。

(孝太さんと行けたらなぁ……って何考えてるのよ)

 ふと浮かんだ願望をすぐに打ち消した。

 孝太さんと出会ってから約二週間が経ち、今になっては私からも積極的に孝太さんと話せるようになっている。

 孝太さんと距離が近づいたことで、やはり私は孝太さんを意識してしまっているみたいだ。

「お待たせ~」

 ボーっとしていると雪さんが紅茶を私の前に置き、そのままテーブルを挟んで正面の席に座った。

「さっきはごめんね」

「いえ、大丈夫ですよ」

「それでね、葵ちゃん呼んだ理由なんだけど、こうちゃんが誰と出掛けたか聞こうと思って」

「雪さんには言ってなかったんですね」

(何で孝太さんは雪さんに言わなかったんだろう)

「まったく、酷いよね!それで誰なの?」

「えっと……光です」

「光って、葵ちゃんの……」

「はい」

 私が頷くと、雪さんの顔がみるみると青ざめていった。

 雪さんにとって孝太さんが他の女の子とデートしたり出掛けたりするのは、先程の言動で分かるようにとてもショックなのだろうが、雪さんにとってここまでとは思っていなかった。

 それから雪さんは何かを考えているかのように黙ってしまった。

「あの……雪さん?」

 雪さんの顔色は段々と戻っているが、その表情からは焦りや不安が感じられた。

「……ねぇ、葵ちゃんはこうちゃんのこと止めなかったの?」

「え、まぁ……はい」

 雪さんの質問に対して動揺してしまい、曖昧な返事になってしまった。

 何故なら、雪さんの質問の意図が私の考えているものと違うと分かったからだ。

 雪さんの質問の意図が何なのかは分からないが、孝太さんが他の娘とデートしていることに対しての嫉妬ではないことが、雪さんの口調と表情から読み取れた。

「こうちゃん、葵ちゃんにも話してなかったんだ……」

「え?」

 雪さんの呟きに思わず反応した。

「あの……何を話してないんですか?」

 無意識に私は雪さんに尋ねていた。

「うん……」

 雪さんは考え込むかのようにうつむき黙ってしまい、数秒後私の顔を再び見て、口を開いた。

「葵ちゃん、今から話すことはこうちゃんにも聞いたことを内緒にしてほしいんだ」

「わかりました」

(でも、何で孝太さんに?)

 内心では疑問もあったが口には出さずに、大人しく雪さんの話を聞くことにした。

「葵ちゃんはこうちゃんが何で教室で平気なのか疑問に思ったことはない?」

「それなら孝太さんが前に自信ないと言ってましたけど、学校では話しかけられたら受け答えもちゃんとしてますし」

 緊張からか多少ぎこちない時もあるが、孝太さんなりに苦手を克服すべく頑張っているかの様に、私の目には写っている。

「こうちゃん、頑張ってるんだ」

 雪さんの言葉は嬉しさ半分、悲しさ半分を思わせるものだった。

「でもね葵ちゃん、こうちゃんが受け答えできたりクラスに居て平然としてられるのって精神安定剤。つまり薬があるからなんだよ」

「……薬ですか?」

 予想外の言葉に思考が追いつかず、言葉が詰まってしまった。

「うん。こうちゃんの発作を抑える効果があるの」

「だからクラスにいるとき発作が起きないんですか……」

「起きそうになったら隠れて飲んでるんだよ。限界までは頑張って飲まないようにしているんだけどね」

 正直、そこまで孝太さんの症状が悪いとは思ってなかった。

 科学が進歩した現代からこそ作られている薬のため、もし数十年前までだったら女性主義気味なこの社会で孝太さんはやっていけてないレベルになる。

「孝太さんって、かなり無茶してたんですね……」

「まぁね……確か一日四錠までしか飲めないんだよ」

 それ以上飲むと身体になんらかの異変があるのだろう。

「五錠以上飲むとどうなるんです?」

「こうちゃん曰く、眠気が襲ってきて徐々に怠さや微熱とかが出たらしいよ…これでも六錠飲んだときらしいけど」

 もし、さらに飲んだらもっと酷いことになるんじゃないだろうか。

「だから葵ちゃんも、こうちゃんに無茶させないようにしてね……」

「はい」

 孝太さんが一番辛い思いをしているのは、孝太さんのことを知っていたら誰もが理解しているはずだ。

 この事を聞いて尚更そう思った。

 だけど、誰もが孝太さんの優しさに甘えているのも事実だ。

「でもこうちゃんあんな性格だから、ダメだとわかってても甘えちゃうんだよね」

 雪さんも私と同じ考えのようだ。

「でも雪さんは孝太さんのことが……」

 だが、私と雪さんでは甘えるという意味合いが大分異なるんではないだろうか。

 私は弱さから孝太さんの強さに甘えている。

 でも雪さんは孝太さんのことが好きだから甘えているだけではないのだろうか。

「うん。そうだね」

 まるで、私の考えていることに頷くかのようなタイミングで雪さんが答えた。

「でも、私もまだまだ弱いから……」

『雪さんが弱いんだったら、私は一体…』と、思わず言ってしまいそうになった。

 でもその言葉を口に出してしまうと、頑張ることを約束した孝太さんを裏切ることになってしまう。

 自分の弱さを押し殺し、なんとか平常心を取り戻した。

「そういえば、一つ気になったんだけど」

 話に一段落ついたところで、雪さんが別の話題を出してきた。

「……なんですか?」

「さっき葵ちゃん、こうちゃんの支えになっている私が羨ましいって言ってたけどあれって……」

「私、そんなこと言ってました?!」

 思い出してみると、確かにその様なことを言った様な気がする。

(でも、なんで羨ましいなんて……)

 考えたすえ出た結論が、『友達の支えになるのは嬉しいことだから』だ

「うん。もしかして葵ちゃん……」

 真意を確かめようとしていた雪さんの言葉は雪さんの携帯電話への着信で遮られた。

「え!こうちゃん?!」

 どうやら孝太さんからの電話らしい。

 何かあったのか私も心配になってきた。

「ちょっと、ごめんね」

「大丈夫ですよ」

 雪さんは私に断りをいれ、携帯電話を持ってそのままリビングを出、廊下で電話を始めた。

 雪さんの質問が遮られたことに何故かホッとしていた。

 再び一人になり、点けっぱなしになっていたテレビに目を奪われた。

 家の近場の水族館が特集されていたからだ。

(まだここにも行ったことなかったな……)

 孝太さんが来るまで、私は家と学校を行き来してただけの日々を今更になって勿体無いと思い始めていた。

 少し感傷的になっていると映像が切り替わり、水族館前からの中継になった。

「……え?」

 驚きのあまり固まってしまった。

 切り替わった映像に光が映っていたからだ。

 カメラからは少し距離があるが、水族館前に休憩スペースに一人で座っているのは間違いなく光だ。

 ということは、その場所に孝太さんもいることになる。

 そう考えた瞬間、複雑な気分になった。

 いつのまにか中継も終わっていたが、光がどことなく嬉しそうな表情をしていたのが頭から離れない。

「葵ちゃん」

 私の言葉じゃ説明できない気持ちを抱いていると、電話を終えた雪さんが戻ってくるなり、真剣な表情で私の名前を呼んだ。

「今、こうちゃんが何処に居るか分かる?」

「……水族館ですよね?さっきたまたまテレビに映ってました」

 隠すことではないので正直に答えたが、雪さんの態度に少し気圧されていた。

(まさか、乗り込むつもりじゃ……)

「知ってるなら、話は早いや。今からそこに行こう」

(やっぱり乗り込むのかな……ん?行こう?)

「ちょっと待ってください!私も行くんですか?!」

 正直、光が居るから私は行きたくなかった。

「うん。だって、こうちゃんが『葵さん連れてきて』って言ってたんだもん」

「え?孝太さんが?」

 孝太さんは私が光を避けているのを知っているのに、何で私を呼ぶんだろうか。

 孝太さんに限って裏切るわけがない。

(じゃあ、どうして……)

「そうだよ。次は葵ちゃんが頑張る番なんだよ」

「私が?」

 雪さんは黙って頷き、真剣な眼差しで私を見つめている。

 けれども私を雪さんから目を逸らし、俯いてしまった。

「葵ちゃん!」

 不甲斐ない私に雪さんは怒声を飛ばした。

 私は反応するかの様に、再び雪さんに視線を戻した。

「こうちゃん、葵ちゃんのために苦しいの我慢して頑張っているんだよ。今日も光さんって人を見極めるために一緒に出掛けたんだよ。きっと……それでこうちゃんが出した結論が葵ちゃんと会わせることなんだよ」

「でもなんで光と会わなきゃ……」

「葵ちゃんが、今の嫌いな自分自身に決別するのには過去と向き合えってことだと思う」

(向き合うか……)

 思い返してみればあの一件以降、光とまともに話せていなかった。

 急ではあるけど、これは分岐点なのかもしれない。

「……私、行きます!」

 私の決断を聞いた雪さんは私の背中を押すように微笑んでくれた。

「葵ちゃん、変わったね」

「え……」

 雪さんの唐突な言葉に戸惑ってしまった。

 変わりたいとずっと私が願っていたことだが、変わったという自覚は全くない。

「正直に言うとね、出会った当初は昔の自分を見ているみたいだったの。目の前のことから逃げている感じとかが」

 まさしく、その通りだった。

 私自身が一番痛感し、後悔もしていた。

 それ雪さんも同じもなんだ。

「もし変われたとしたなら、それは雪さんや何より孝太さんのおかげです」

「……私はともかく、こうちゃんの存在は大きく関わっているかもね。私もそうだっから。ていうかお礼はまだ早いんじゃないかな」

 雪さんは最後に誤魔化すように苦笑を浮かべていたが、もしかしたら照れ隠しなのかもしれない。

「さて、それじゃ行こうか」

「はい」

 私なりに気合いを入れ、雪さんを先頭に柏木家を後にした。


 意気込んで家を後にしたのは良かったが、緊張のあまりガチガチになって上手く歩けなくなり、雪さんに手を引っ張てもらっている。

 雪さんは携帯の地図アプリで道を照らし合わせつつ、先導してくれている。

 本来なら道を知ってなお、当事者である私が先を行かなくてはいけないので凄く申し訳ない。

 移動中は特に会話もなく、水族館へはただでさえ近いので、私にとって一瞬で着いてしまった様な感覚だ。

「こうちゃん、何処かな?」

 孝太さんを探し辺りを見渡す雪さんをよそに、私の心臓ははち切れそうな程に荒ぶっている。

「えっと……あ!こうちゃん、お待たせ!」

 どうやら雪さんは孝太さんを見つけたようだ。

 雪さんの手を降る方向には孝太さんとその後ろには孝太さんの服の裾を軽く握りしめている光がいた。

 少し距離があったため、周りに悪目立ちしたかもしれない。

 だけど、孝太さんの姿を見た瞬間、さっきまでの心臓の激しいドキドキは大分落ち着いた。

 そのまま雪さんは私の手を引き、孝太さんたちの元へ走って向かった。

「雪、抑えてくれ……」

「あ……ごめん」

 孝太さんが雪さんをいつものように呆れながら注意している姿を見ると、つい和んでしまう。

(って、和んでる場合じゃない!)

 でも、そんなやりとりのおかげで、冷静になれた。

「……孝太さん、雪さんから話は聞きました……」

 意を決して私は孝太さんに話しかけた。

 ちゃんと、向き合うことを報告するために。

 私の言葉を聞いた孝太さんは一瞬雪さんを睨んだように見えたが、『ふぅ』と溜まっていた息を吐き出し、私を後押ししてくれた雪さんと同じように真剣な眼差しで見つめてきた。

「じゃあ、葵さんもケリを着けに来たってことでいいんだね?」

「……はい」

 私の覚悟が分かってもらえたらしく、孝太さんは安堵の笑みを浮かべ、ポケットから紙切れを取り出した。

「なら……はい、これ受け取って」

 孝太さんは取り出した紙切れを私に渡した。

 見てみるとこの水族館の入場券だ。

「光さんも」

 孝太さんは後ろにいる光にも入場券を渡した。

 二人の間に何があったのかはわからないけど、一つだけ確かなことは孝太さんは光からも過去の話を聞いたということだ。

「こんなの何時買ったの?」

 どうやら光も孝太さんが入場券を用意をしていたのを知らなかったらしい。

「飲み物買いに行った時に一緒にね」

「そうだったんだ……」

(相変わらず孝太さんは手回しするのが早いな)

 孝太さんは光にも入場券を渡し終えると、私と光を同時に見れる立ち位置に向きを変えた。

「それじゃ、二人とも頑張ってね」

 満面の笑みで言われた。

『え?!』

 てっきり私は孝太さんや雪さんが一緒に居てくれるものだと思っていた。

 それは光も同様らしく私と声をハモらせて驚いている。

「二人だけの方が良いと思ったから、俺はこれで退散するよ……じゃ、雪行こうか」

 それだけ言い残し、孝太さんはあっという間に私たちの前から姿を消した。


(どうしよう……)

 孝太さんたちが居なくなった瞬間、不安が一気に押し寄せてきた。

 第一、ケリを着けると言っても何をしたらいいのか急なことで考えていない。

(今すぐ逃げ出したいけど、ここで逃げたら何も変わらない……)

 だが何も話すことはできず、孝太さんたちが去ってから一分近く経った時、光が私の方へ歩み寄ってきた。

「……葵……ごめんなさい!」

 光から私にへと放たれた第一声は謝罪だった。

 深々と頭を下げる光は今にも泣いてしまいそうな声で『ごめんなさい』と何度も謝り続けている。

 実際には泣いていたのかもしれない。

 頭を下げていたので表情は見えなかったので、確認することはできなかった。

 そして、そんな光の言葉に困惑していた。

「なんで……なんで今更謝るの?!」

 ここが、水族館の前であることなど気にならないくらい、私は感情的になっていた。

「光と違って私には光しか友達いなかったんだよ!たった一人の友達に……親友に裏切られたのがどんなに辛かったと思ってるの?!」

 光の謝罪を受け入れたかった。

 けれども、自分が光へと溜め込んでいた怒りが理性を無視して吐き出された。

 光は下げていた頭を上げ、申し訳なさそうな表情で私の怒りを聞き入っていた。

「こっちに来てからも、他人のこと信用するのが怖くて誰ともまともに会話すらできなくて……それがずっと苦しくて……」

 怒りと過去の辛い思い出が混同し、いつしか私は涙を流していた。

 ここ数年の思いはこんなものでは、片付かない。

 けれども、それ以上何も言えなかった。

「……私だって!親友と呼べるのは葵しかいなかったんだよ!」

 私が何も言えなくなると、先程まで黙って聞いているだけだった光が、私の肩を両手で掴み訴えかけてきた。

 その目頭には涙が溜まっている。

「それなのに中学に上がる寸前に引っ越すから中学一緒じゃないって言われたとき、凄く傷ついた……ギリギリになって急にお別れなんて……」

 そして今度は光が怒りと悲しみを吐露し始めた。

 確かに光の言う通り、私は別れが嫌でギリギリまで言えないでいた。

(私も光のことを傷つけて……)

 そう考えると胸が痛んだ。

「だから自分が苦しまないように、葵のことを忘れるように自分を偽ってあんなこと言って葵を傷つけた……だけど……もっと苦しくなった……ごめんね……葵」

 光は泣き崩れてしまった。

 最後に謝った光の『ごめんね』という言葉が私の心に突き刺さった。

 それでも私は、知っておかなければいけないことがあった。

「……どうして謝ったか答えてもらってない……」

『光を許したい、だけどこの言葉が嘘だったら』二つの想いが私の中で生まれ、迷った末に出た質問だった。

「…だって、私にとっては今でもたった一人の親友だから」

 光が涙ながらに語った一言は、私の中の迷いを吹き飛ばした。

 不思議なものだ。

 あんなにも人のことを信じるのが怖かったのに、その原因を作った光の言葉を信じてしまうなんて。

 昔も今も、良くも悪くも、光の言葉は信じてしまう。

 さっきまで泣いていたのに、また涙が流れ始めた。

 だが今度は嬉しくてだ。

 そして反射的に泣き崩れている光を抱き締めていた。

「私もね……ずっと光のこと嫌いになれなかった。何度も嫌いになろうと思ったけどダメだった……親友でいたいと思ってた……」

「葵……」

 いつの間にか二人とも号泣しながら抱き締めあっていた。

「ごめんね……光のことを傷つけたことすら知らなくて……それなのに私……」

「……悪いのは私の方だよ」

「でも原因は私が!」

 このままではこのやりとりに、きりがないと思いお互い顔を見合わせ笑った。

 約四年ぶりに親友の笑顔を見た。

 そして親友と一緒に笑えた。


 ふと、冷静に物事を整理するとここは水族館の前であることを思い出した。

 それと同時に一部の人に迷惑をかけたり、注目を浴びてしまっていた。

「場所変えようか」

 こういう状況が苦手な私のことを気遣い、光が提案してくれた。

「でもどこに?」

「せっかく柏木くんがくれたんだから、使わなくちゃ勿体ないよ」

 そう言い、光は握りしめて少しシワがついた入場券を私に見せつけてきた。

 それはつまり水族館に行こうってことだろう。

 私の入場券もおもいっきり握りしめたせいで、大分シワがついていた。

 水族館の中はとても綺麗で時間を忘れて見入ってしまうほどだ。

 水族館に来るのも約四年ぶりだった。

 それも光と来れるなんて、昨日までの私は思っていなかった。

 おそらくそれは光も同じだろう。

「久しぶりに来たけど、やっぱり落ち着くっていうか何というか」

「そうだね」

 光の言う通り、私たちの出会いの場所ってこともあって言葉では説明しづらい気持ちだ。

「そう言えば、何で葵ってあの時迷子になったの?」

 あの時というのは、出会った当時を指しているんだろう。

「私は綺麗な魚に見とれてたらはぐれちゃったんだけど、葵はどうして?」

 今まで理由は照れくさくて言えてなかったが、今だから話しておこうと思った。

「私、人見知りで友達いなかったから、友達のいっぱいいる光なら仲良くしてくれるんじゃないかなって思って声かけようとずっと後つけてたの……」

 あの頃は誰とでも仲良くなれる光に憧れていた。

 今だったらもっと他のやり方があったと思う。

「だからあの時のは迷子じゃなくて、光に話しかけるタイミングを探していたの」

「葵……」

 正直呆れられるかもしれない、だから話せなかった。

 だが光は良い意味で私の予想した反応を裏切ってくれた。

「もう~、葵は可愛いなぁ」

 光は自分の胸に私の顔を押し当て、抱きしめてきた。

 昔、私がドジったり光を頼ったりするとよくやってきた行為だ。

 まるで昔に戻った気分だ。

 いや、そんな悲しいものじゃなく、昔のまま今があるようだ。

 だが成長した分、少し息苦しい。

(てか私よりかなり大きい?!)

 嬉しかったが悔しくもあった。

「光、ここ水族館だから。目立つから放して」

「あ、ごめんね」

 嫉妬のあまり、少し冷たく当たってしまったが本人は気にしていないようだ。

 このやり取りも昔のままだ。

 なんとか解放され、光は謝ってはいるものの満足そうなオーラを出している。


 こうして昔話をしながら私たちは水族館を見て回った。

 たった一時間ほどだったが、失っていた時間を取り戻せた。

 まるでついさっきまでギクシャクしていたのが嘘のようにすっかり打ち解けている。

「これ可愛くない?」

「そうだね。じゃあ、これにする?」

 そして今、二人揃ってお土産コーナーで物色している。

 いつでも来れる場所にあるが、今日は記念という意味で何かお揃いの物を買おうという話になり光の見つけたイルカのストラップに釘付けになっていた。

「じゃあ、私はピンクかな」

 光はピンク色、私は水色のイルカを手に取った。

「やっぱり葵は青系かぁ。昔と変わってなくて良かった」

「良かった?」

「いや、何でもないよ」

 何かを誤魔化している様だけど、大したことではなさそうだったのでスルーした。

「それじゃあ、お会計しようか?」

「あ、ちょっと待って」

 光はお菓子類が売ってあるコーナーに急いで向かっていった。

「ん~……これでいいかな」

 光はお菓子の箱を一つ取り、戻ってきた。

「それも買うの?」

「うん。柏木くんにはお世話になったから。あ、そうなると有明さんの分も」

(そうか孝太さん達の分か)

 この一件で私だけでなく光も二人には感謝しているのだろう。

「光、一つでいいと思うよ。あの二人一緒に住んでいるから」

「……え」

 光は笑みを浮かべたまま完全にフリーズした。

 光の反応を見て気がついた。

 これでは、二人きりで住んでいるとも捉えられる。

 言葉足らずは孝太さんだけの特権だと思っていたが、うっかり私までしてしまうとは。

「光が想像している様なのじゃなくて、居候的な感じで雪さんがお世話になってるの」

「へ?……あぁ、そうなんだ。ビックリしたぁ」

 光に言葉は届いたらしく、無事誤解を解くことができた。

 自業自得とはいえ、言葉足らずの恐ろしさを痛感した。

「でもさ、よく両方の親が認めたよね」

「雪さんの両親は孝太さんのこと信頼してるっぽいし、孝太さんの親は普段家にはなかなか帰ってこれないけど孝太さんのこと心配してるから、雪さんのこと許可したらしいよ」

「ってそれ全然良くないじゃん!親がほとんど帰ってこないんだったら、同棲同然じゃん!」

「それはそうだけど……」

 何故か光が怒っているように感じるのは気のせいだろうか。

 光の勢いはまだ止まらない。

「もしかしたら、一線越えちゃってるかもしれないんだよ!葵はそれでいいの?」

「いいも何も……」

 二人に限ってそれはないのは明白だ。

 そして何故私が出てきたのか分からない。

「え?葵って柏木くんのこと好きなんじゃないの?」

『好き。』たったその言葉だけで私の胸は急に跳ね上がるかのように鼓動し、一瞬頭の中が真っ白になった。

 ここに来る前、雪さんの言いかけていた言葉を思い出した。

 あれは『もしかして葵ちゃん、こうちゃんのこと好きなの?』そう言いたかったのではないだろうか。

(私が孝太さんを好きに?)

 考えた瞬間、体温が上がっていったのがわかる。

 今までも自覚はあったが、目を逸らしてきた。

 もう認めるしかないのかもしれない。

「やっぱりそうなんだ」

 おそらく、言葉がなくとも簡単に伝わってしまうほど赤面しているのだろう。

「……えっと……その……うん」

 恥ずかしくて小声で返答するのがやっとだった。

「そっか。葵も好きなんだね」

(『葵も』?)

「……実はね、私も柏木くんにトキメいちゃって」

「え?!」

 光のまさかの告白に驚きを隠せない。

「だってさ、会って一週間も経ってない私のことも必死になって向き合ってくれたら……」

 光の言ってることは私にも通ずるものがある。

 好きになるきっかけなんて、個人差はあるだろうが案外単純な理由なのかもしれない。

 お姉ちゃんも突然孝太さんにアプローチするようになった。

 それに私も孝太さんを意識したきっかけは、私なんかと初対面で友達になってくれたり、私のために頑張ってくれたりしてくれたからだ。

 そして決定付けたのは、間違いなく今日だ。

「ってことで、私たちは親友兼恋のライバルだね」

 雪さんやお姉ちゃんに加え光もライバルか。

(勝てる気がしない……)

「それじゃあ、とっとと買っちゃおうか」

 落ち込む私をよそに、光はお会計を済ませに行き私も肩を落としながらお会計を済ませた。

 水族館を出て、買ったストラップはすぐに携帯電話につけた。

 買い物袋には孝太さんたちに買ったお菓子のみが残されている。

 孝太さんはこういったお礼とかのために頑張ってくれたわけじゃないのは、分かっていたがせめて気持ちだけでもということで二人で割り勘して買ったものだ。

「今からこれ届けに行こうか?」

「そうだね」

 時刻は午後六時。

 今なら夜遅くという時間でもないので光の提案に賛同して柏木家に向かうことになった。


「へぇ~ここが柏木くんの家か。となると隣が葵の家だね」

「うん」

 当然光が柏木くんの家どころか、私の家すら知らなかったので好奇な眼差しを送っている。

「私の家はマンションだけどここからだと、徒歩五分くらいだから結構近いね」

(そんなに近かったんだ……)

 少し、切ない気持ちなった。

「これから今までの分、取り戻せばいいんだよ」

 私の気持ちに気づき、光は優しく微笑んでくれた。

 それだけで大分心が楽になる。

「それじゃあ、行こうか」

 私は呼び出しベルを押し三十秒ほど待つとドアの鍵が開く音がした。

「あ、葵ちゃん…って、え?!坂田さん!」

 出てきたのは雪さんだった。

 光がいることに大分驚いている様子だ。

 光は光でそんな雪さんに一礼している。

「どうして一緒にいるの?!」

 至極全うな質問だ。

 私たちの事情を知っている雪さんからしたら、あり得ない組み合わせになる。

「その、結果的に仲直りできて」

「そうなんだ……うん。でも葵ちゃんの表情、今までよりも生き生きとしてる」

 自分では分からないが、それは多分失っていたものを取り戻せたおかげだ。

「それで、二人にお世話になったから……これお礼です」

 光は持っていた袋からお菓子を取りだし、雪さんの前へ差し出した。

「別にそんな気をつかわなくても!」

 予想通り、やはり受け取るのを拒まれた。

 孝太さんといい、雪さんといい、いい人過ぎるのは知っている。

「いえ、せめて気持ちとして受け取ってください」

「ズルいよ、葵ちゃん…気持ちって言われたら受け取らなきゃいけないじゃん」

 渋々だったが、雪さんに何とかお礼を渡せた。

 ここで一つ違和感を覚えた。

 私たちの声に反応して孝太さんが出てきてもおかしくないのに、出てくる気配が全くない。

 買い物に行くにしても、いつもの傾向として雪さんがついていくはずだ。

「あの、孝太さんは?」

 孝太さんの名前を出した途端、雪さんの明るかった表情が一気に暗くなった。

「うん。ちょっとね……」

「何かあったんですか?!」

 雪さんが何かを隠しているのは明らかだ。

 無理に笑顔をつくっているのは見てとれた。

 さっきまでの幸せムードは無くなっている。

 光も心配な表情を浮かべていた。

「別に何でもないって」

「嘘です!雪さん顔に出やすいですもん」

 特に孝太さんのことになると、顔に出やすいのは雪さんの特徴なため、孝太さんに何かあったことが確信に変わった。

「もう……わかった。二人とも上がって。一応静かにしててね」

 雪さんは観念し家へ上げてくれた。

『はぁ、はぁ、はぁ』

 家の中へ入った途端、リビングから荒い呼吸が聞こえてきた。

 案の定、私たちはリビングの方へと通され、リビングにあるソファーに孝太さんが寝込んでいた。

 それも汗だくになり、とても苦しそうに。

 聞こえてきた荒い呼吸は、やはり孝太さんのものだった。

「孝太さん、どうしちゃったんです?!」

 静かにしなくてはいけないのは十分に分かっていたが、それでも感情が勝ってしまった。

「ちょっと無理しすぎちゃったみたいで…薬飲み過ぎたらしいの」

 薬って発作を抑えるあの薬を指しているのだろう。

「あの、薬って何ですか?」

(そうか、光は知らないんだっけか)

「坂田さんはこうちゃんが発作持ちなの知ってる?」

「……はい。その理由も」

「なら話は早いね。簡単に説明するとその発作を抑える薬があって、こうちゃんは日頃から飲んでるんだけど、飲みすぎると発作の時と同じ症状が出ちゃうの」

「てことは、もしかして」

 ここまでくれば孝太さんが苦しそうにしている理由は一つしかない。

「うん。一日四錠までなのに半日で十錠も飲んだらしくて……」

「そんなに……」

 無意識のうちに、私たちは孝太さんに寄り添っていた。

「こうちゃんのお母さんの話だと、寝ていれば元気になるって言ってたけど……」

「お母さん?」

「実はこの薬作ってるのってこうちゃんのお母さんが働いている会社で、さっき電話で聞いたの」

 そういうことなら、きっと大丈夫なのだろう。

 だけど孝太さんが心配なのには変わりない。

「私のせいだよね……」

 そう呟いた光は明らかに気を落とし、表情を曇らせている。

 孝太さんが薬を摂取したのは光といる時だけだ。

 光もそれを理解していて悔やんでいるのだろう。

「それは、違うよ……光さん……」

 光に声をかけたのは、寝込んでいるはずの孝太さんだった。

「こうちゃん!」

 いち早く反応したのは雪さんだ。

 それに続くように私と光は孝太さんの名前を呼んだ。

「目が見えなくても、声で……表情がわかるって……本当なんだな……」

 これは孝太さんの独り言なのだろう。

 確かに孝太さんは目を瞑っているまま、話している。

 目を開けられないのかもしれない。

「せっかく……仲直りしたんだから……そんな悲しい……顔するなよ」

 責任を感じている光は孝太さんの言う通り、表情は暗く不安にかられている感じだ。

「ごめんなさい……」

「謝らなくていいよ……それより、汗臭くて……ごめんな」

 光は謝っていたが、孝太さんは全く光のことを責めてはいない。

 それどころか私たちに気を遣っていた。

「私、こうちゃんの匂いならなんでも好きだから気にしないで」

 こんな時でも雪さんは全開だった。

 本当に私たちが心配しすぎなのではないかと、思ってしまう。

「そう言ってもらえると…助かる」

 いつもならツッコミを入れているはずなのに、その余裕もないとなると話題を逸らさないといけない。

 雪さんは自分の愛を受け入れられた、と上機嫌だ。

「そういえば、何で仲直りしたって分かったの?私たちが来たときには意識があったとか」

 光も私と同じことを考えていたらしく、うまい具合に話題を変えた。

 こんな状態で話を聞くのは申し訳ないとは思う。

「いや、目が覚めたのは……家の中に……来た後だよ……仲直りするのは…目に見えていたから……二人の声が聞こえたとき…すぐわかった」

 私と光は当然だが、さっきまで上機嫌だった雪さんもこれには驚きを隠せなかった。

「どうして目に見えていたんですか?」

 代表するかのように私が全員の疑問を口にした。

「二人の話を聞いたから……かな……光さんは、葵さんのこと……よく見てて……今でも好きなこと……わかったし……葵さんは……出会ったばかりの時に、水族館が好きって……言ってたし……それに過去の話……してくれたとき……一度も光さんのこと……嫌いとは言わなかったからね」

(やっぱり、孝太さんは凄いな……)

 些細な会話からここまで分かるなんて、孝太さんだから分かったのだとここにいる皆が思ったはずだ。

「悪い……ちょっと寝る……」

 限界がきたらしく、再び孝太さんは眠りについた。

 相変わらず、呼吸は荒く少し熱っぽいのも見てとれた。

「今日はもう帰りますね」

 私たちがいるとかえって孝太さんに気をつかわせてしまうと思い帰ることにした。

「うん。またね」

「お邪魔しました」

 光は先に退出し、私も光に続いて出ようとしたが、まだちゃんとお礼を言ってないことに気づいた。

「雪さん、ありがとうございました」

「私は何もしてないよ。頑張ったのは葵ちゃんなんだから」

 雪さんは謙虚にそう言っているが、そんなことはない。

「雪さんの後押しがあったからこそです」

「じゃあ素直に、どういたしまして」

 雪さんは孝太さんの手を握りながら、私に笑顔を見せてくれた。

「その、孝太さんにもお礼伝えといてください」

「それは、葵ちゃんの口から直接言わないと」

「わかりました。それじゃあ失礼します」

 部屋から出ると、光が待っててくれた。

「ごめん。遅くなって」

「いいよ。月曜日にでも二人でお礼言おう?」

「うん」

 孝太さんのあの様子では、明日来ても迷惑になってしまうかもしれない。

 孝太さんは『悲しい顔するな』と言っていたけど、孝太さんのことを考えるとそうなってしまう。

「ねぇ葵、連絡先教えてよ!」

 別れ際、光が携帯電話を片手に笑顔で話しかけてくれた。

 その笑顔が私の曇っていた表情を晴らしてくれた。

「うん!」

 もちろん、私はその申し出を快く受け、私の数少ないアドレス帳に親友が加わった。

「それじゃあ葵、帰ったら連絡するね」

 連絡先の交換を終え、光は自宅へと帰り私も帰宅した。

「ただいま」

「葵ちゃん大変だよ~」

 帰ってくるなりお姉ちゃんが駆け寄ってきた。

 昼に雪さんに飛び付かれた時と似たような光景だ。

「どうしたの?」

 そこまで重要ではないだろうが、何だか可哀想なので話を聞くことにした。

「孝太くんから一通も返信来ない~」

 今日は色々と立て込んでいたからしょうがないだろう。

「いつも必ず返信してくれるのに~」

「必ず?!」

(孝太さん、あれ全部に返信してたんだ……)

 私の知らないところでも孝太さんの頑張りに素直に驚いた。

「もしかして何かあったのかな~?」

(無駄に勘が働くなぁ)

 お姉ちゃんに関心していたが、せめて今日くらいは静かにさせてあげないといけない。

「確か雪さんが今日色々と忙しくて連絡つかないって言ってたよ」

「そうなんだ~」

「それじゃあ私、部屋に行くね」

(ごめん。お姉ちゃん)

 ガックリと肩を落とすお姉ちゃんに内心で謝りつつその場を後にした。

 本当のことを言ったら何をしでかすか分からないからだ。

 自室に着いて少し経つと光から電話がかかってきた。

 たった十分前に別れたばかりなのに、声が聞けるだけで凄く嬉しい。

 途中、お互いに夕食を挟んだが電話でのやりとりは夜遅くまで続いた。

 内容としては中身が薄い雑談だ。

 ただ、光と話せるだけで幸せだった。

 お互いに孝太さんのことは心配していたが、敢えてその話題には触れなかった。


 目を覚ますと携帯を握りしめたまま、ベッドの上で横になっていた。

 最終的にベッドで横になりながら話していて、そのまま眠っていたようだ。

 時計は正午を回っており、休日とはいえ、こんなに遅く起きたのは初めてだった。

 また、携帯の充電も切れており、こちらも携帯の使用頻度の少ない私にとっては初めてだ。

 出された宿題や、光とのメールをしているうちに一日は終わっていったが、光との一件が落ち着いたこともあり、四六時中孝太さんが心配で何かと孝太さんのことばかり考えてしまった。

 メールを出そうともしたが、『好き』という気持ちに気づいたせいで、照れが生じ結局メールを出せなかったのが心残りだ。


 そして、日は跨ぎ月曜日。

 私らしくもなく胸を踊らせていた。

 理由は二つ。

 一つは光が居ること、もう一つは孝太さんに会えること。

 後は部活動をつくれば、私の学園生活はようやく始められる。

「いってきます」

 いつものように眠そうな薫を引き連れ、今日も柏木家へ向かった。

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