一話 第六章 ~真相~
現在、本日最後の授業真っ只中だ。
この時間に最後のテストを返された。
午前中に二教科返され、両方とも満点。
そして、この時間に返された数学も満点だった。
この時間の担当の小林先生が言うには、三教科とも満点をとっているのは俺だけらしい。
来週の週初めにテストの上位十人を掲示するらしい、最近の学校では珍しいスタイルだった。
「さぁ、審判の時だ。大人しくテストを出せ!」
テストをもらって席に着くなり、翔がうざいテンションで迫ってきた。
三教科ともまだ見せていなかったので、翔も光さんも結果を知らない。
「確認だが、三教科とも六十点以上だったら、いいんだな?」
「もちろんだ。俺は確信している顔がよくてスポーツができるほとんどのやつは、勉強ができないと…つまりお前の負けだ!」
ハイテンションでとんでもない理論をぶつけてきた。
今日の時間割りに体育があり、そこで運動神経の良さが知られて以来、断るごとにこの事をネタに出してくる。
「光さんもなんとか言ってくれ……」
呆れつつ、光さんに助け船を求めた。
昨日の一件があり、夜通し考えた結果、光さんの前で無理をすることにした。
それは雪や葵さんと話すような態度をとることを心掛るというものだ。
緊張して上手く言葉にできない以上、一時的に無理をして自分の素直な気持ちを伝えることにした。
未だに、吹っ切れていないのでやり続けると発作が起きてしまうので要注意だった。
「じゃあ、私は何をお願いしようかな」
昨日、涙を流していたので朝から気遣っていたが、普通に振る舞っていたのでホッとした。
ただ、昨日の昼休みから続くよそよそしさは継続していた。
「考えるだけ無駄だよ…勝ったのは俺だから」
勝利宣言とともに三枚のテストを机の上に出した。
「……嘘だろ」
その一言とともに手と膝を地面につけ、翔が雪崩落ちた。
よっぽどショックだったのだろう。
「全教科満点とる人、初めて見た……」
光さんは光さんで驚いている。
前の学校でも俺にとっては普通だったので、改めて言われると照れくさい。
「神様は不平等だ……」
翔が傷つく理由が見つからなかったが、可哀想だったので慰めることにした。
「いや、ある意味平等だぞ。俺が勉強とかスポーツできるのは完全に努力だからな……」
ある意味過去の一件がなければ、今の俺は存在していない。
「つまりお前も頑張れば伸びる」
これが結論だった。
自分で言っときながら、内容の薄さに呆れた。
「孝太……顔はどうにもなんねぇんだよ!」
何故かキレられた。
「遠藤、うるさいぞ!」
「すみません!」
どうやら、翔は毎日教師に注意されるのが日課らしい。
「ったく……」
呆れを通り越して、思わず笑ってしまった。
ジー。
そして、翔を慰めているあたりから凄まじい視線を感じている。
「えっと……光さんどうしたの?」
気になって視線の主に尋ねてみた。
「いや、何でもない…柏木くんを観察していただけだよ」
「なんで?」
「強さの秘密を知りたくて」
「?」
一体なんのことなのか、さっぱり分からなかったが俺はそのまま、そっとしておくことにした。
そこで話は一旦切れ、罰ゲームの話に戻った。
「それで、柏木くんは罰ゲームどうするんですか?」
「お手柔らかに頼む」
翔も立ち直り、話に入ってきた。
「まず、翔にはジュースでも奢ってもらうよ」
「え?そんなんでいいのか?」
どうやら思っていたよりも難易度がかなり低かったのか、物足りなさを表情に出していた。
「なら、雨の日の昼休みにパンツ一枚で好きな女の子の名前叫びながらグラウンドを永遠と走り続けるのとどっちがいい?」
「ジュースでお願いします」
呆気なく折れた。
さすがに後者を選んでいたら、今後の付き合いを考え直さなければいけなかった。
さて、ここからが俺にとっては本題だ。
「私への罰ゲームは?」
最初は葵さんとの話を強引に聞こうと思っていたが、昨晩俺は葵さんとの話を聞きたいのではなく光さんのことを知りたいという感情に気づいた。
賭けになるが、女の子と付き合ったことのない俺には一つの方法しか思い浮かばなかった。
「ひ、光さんには……付き合ってもらいたい」
『?!』
二人が…いや、光さんの隣の席の葵さんを含め三人が驚いているのを見て、俺も状況を理解した。
緊張しすぎて、主語が抜けていることに。
「孝太、大胆だな」
翔が感心しているのをよそに、すぐさまフォローに入った。
「そうじゃなくて、買い物に」
それを聞いた瞬間、葵さんは息を吐き安心した様子だった。
「そ、そうだよね!」
平然を装うとしている光さんだが、顔を赤くして照れているのが丸わかりだった。
俺のミスだとは言え、そんなリアクションされるとこちらも恥ずかしくなる。
というか昨日もこの様なことがあった気がする。
「それで、明日なんだけどいいかな?」
「……う、うん」
まだ照れは残っているようだ。
そしてその方法というのは、買い物を口実に一日一緒に過ごすというものだった。
一緒に居れば自然と光さんのことが分かるのではないかと思ったからだ。
「ていうかそれ、デートじゃねぇかよ……」
翔のツッコミ通り、確かにデートだった。
俺の苦手な同級生で尚且つ、光さんだ。
俺にとってはかなり気合いをいれなくてはいけないシチュエーション。
「それじゃあ、明日の午前十時に駅前に集合でいいかな?」
「……はい」
まさか、こんなにあっさりといくとは、思わなかった。
詮索されたくないこちらとしては好都合だ。
なんとか約束も取り繕いで、光さんのことを知る機会ができた。
それから十数時間後、俺は街中を全力で走っていた。
約束の時間に遅れそうだったからだ。
道に迷うことも考えられたので、約束の時間より大分早めに出たがそれが仇となった。
最初のうちは早く着きすぎて暇をしていたのだが、駅から出てきて明らかに迷子の日本とフランスのハーフの女の子に思わず、声をかけた結果道案内することに。
その後、道案内を終える頃には大分時間が経っており、今に至る。
そしてようやく、目的地の駅が見えた。
時計を見ると九時五十五分を指していた。
「五分前か……間に合った……」
休日ということもあり駅前は人で賑わっていた。
携帯電話の連絡先を知らない以上、人混みから探すのを覚悟はしていたが流石に都会ということもあり、骨の折れる作業に感じる。
「えっと……柏木くん」
声をかけられ後ろを振り向くと、光さん本人が立っていた。
「あ、おはよう……よく見つけられたね」
特にこれと言って目立つものが周りになかったので、光さんが俺を見つけたことを素直に凄いと思った。
「柏木くん、目立つから」
「そんなに変な服装じゃないと思うが……」
言われて服装を見直したが、何も問題はないと思う。
「いえ、服装じゃなくて……柏木くんカッコいいから周りの女の子達が騒いでたの聞いて……気づかなかった?」
「言われてみれば……」
周りを見てみると、こちらを見てコソコソと何かを話している女子のグループが幾つもあった。
毎回思うが、俺はそこまでカッコいいのだろうか。
それはさておき、合流できたのならなんでもいい。
「緊張してて全然気づかなかった」
「それって同級生の女の子と二人きりだから?」
「……え?」
図星をつかれて、言葉を返せなかった。
恐らく、顔にも出てしまっているだろう。
「い、いや、その、雪以外の女の子と出かける機会なんてほとんどなかったから……」
何とか言葉を振り絞ったが、動揺しているのがバレバレだろう。
ただでさえ、同い年の女の子という俺が最も苦手とするものの上、まるで俺のことを探っているかのような物言いに、いつもの冷静さは完全に失っていた。
「……良かった~。緊張しているのが私だけじゃなくて。私も男の子と出かけるの初めてだから緊張してたんだよね」
「そ、そうなんだ」
どうやら、考えすぎていたようだ。
(ダメだな……こんなに神経質になるなんて)
「ところで、買い物って何を買うの?」
俺が反省していることを知ってか知らずか光さんは声をかけてくれた。
「えっと、誕生日プレゼント買いたいと思って」
「誕生日プレゼント……」
光さんは明らかに動揺をしている。
葵さんの誕生日を覚えているのだろう。
ならば、ここは隠さずに話すべきか。
「そう。同じクラスの牧瀬葵さんのね」
「そうなんだ……」
光さんは大した驚きはなかった。
彼女自信も予想はできていたのだと思う。
「だったら、私じゃなくて隣のクラスの有明さんと行けばいいんじゃ?」
光さんが続けて問いかけてきた内容は安易に予想できるものだった。
俺と一番仲の良い雪と一緒に行くのが自然だ。
そして、自分を葵さんから遠ざけたいという気持ち、二つの現れを意味しているというものだろう。
光さんの想いに対し、俺の出した結論は素直に答えるだった。
「本当は皆で一つの物買うってことだったんだけど、個人的にも買っときたいなって思ったのと…小学生の頃に葵さんと仲の良かった光さんなら、葵さんの趣味とか分かるかなって思ったんだよ」
「……葵から聞いたんですか?」
光さんの葵さんに対する呼び方が、牧瀬さんから葵へと代わった。
偽ることを止めたのだろう。
「うん。全部聞いた」
「なら、私なんかと一緒に居たくないはず…」
(やはり何か隠している……)
直感だったが、目線を俺から逸らし右腕を左腕で握りしめている光さんの態度を見てそう思った。
「俺が聞いたのは葵さんの話だけだから、片方の話だけじゃ判断材料に欠けるし、何より光さんのことほとんど知らないのに悪い人って決めつけるのも失礼だしね」
紛れもない俺の気持ちを伝えた。
それに対して光さんは目を丸くしているのがわかった。
「……柏木くんって変わってるね」
俺の気持ちが伝わったらしい。
『だからこそ、光さんのことを知りたい』ということが。
「よく言われるよ」
「ふふ……」
「やっと笑った」
「え?」
光さんが今日笑う顔をようやく見れて、俺はどこか安心していた。
発作の心配もあったが今は特に問題はなく、むしろ周りにいる女性の視線をちらちらと感じることの方だ。
(早くここから出なければ……)
「それじゃ、行こうか」
「……あ」
無意識に光さんの手を引き、人通りの多い駅を後にした。
駅から少し歩き、店が多く並ぶアーケードに辿り着いた。
「ここなら移動しながら色々見れるし、さっきみたいに変に目立たなそうだね」
「あの……手」
視線を落とすと、焦るあまり手を繋いでしまっていたことに今気づいた。
「え?……あ!ごめん!」
手を繋いでいることに気づき、すぐに手を離した。
「気にしないで。それより柏木くんっていつもあんな感じなの?」
「あんな感じって?」
「女の人の注目浴びるのかなって」
光さんも少し気にしていたのだろう。
「認めたくはないがそうだね。特にこっちに来てからは悪化したよ」
都会ってこともあり、前に住んでいた所とは比べ物にならない。
「学校でも大人気だしね」
自分で言うのもなんだが、確かに今も前の学校でも人気は高かった。
毎日、前の学校の人達からもメールは届いているのが証拠かもしれない。
「悪い気はしないんだけど…やっぱり性格の方を見てほしいってのはあるんだよね」
もっとも、同級生の女子と話すのが苦手なので理想論止まりだが。
「それは凄く分かるな。柏木くん、苦労してるんだね」
俺はその言葉に涙を一滴流してしまった。
「え!柏木くんどうしたの?!」
見られていたらしく、光さんに心配をかけてしまった。
「あ、いや……労ってもらったの初めてで……」
つまり、嬉し泣きだ。
「そんなに嬉かったの?」
「だって雪は俺に対して怒るし、葵さんとかは珍しいものを見る感じで状況を楽しんでるんだもん……」
俺が周りの視線に敏感になったのは、こっちに来てからだったが、今思い返せば昔からそうだった。
「柏木くんってやっぱ変わってるね」
「え?」
今の話に変な点があっただろうか。
「このお店とかどう?」
俺の思考を遮り、光さんが一件のお店を指差していた。
光さんにつられ俺もその店へと向き直った。
「時計店か……」
確かにプレゼントなどに時計を贈ることは多いが、光さんが時計を選んだ理由が気になった。
「でも、なんで時計?」
「葵、時計着けてないから……」
確かに葵さんは時計を着けておらず、いつも時間を確かめるときは携帯電話を見ている。
「それにしても、葵さんのことちゃんと見てるんだね」
「た、たまたまだよ」
照れというよりは必死になって事実を隠しているといったところか。
「取り敢えず、入ってみようか」
それ以上、深くは触れずに入店することにした。
「いらっしゃいませ」
入店すると、女性店員が満面の笑みで出迎えてくれた。
いわゆる、営業スマイル。
「何かお探しですか?」
どうやらこの店は、携帯ショップ同様に店員が何かと相談にのってくれるようだ。
「そうですね……高校生なのであまり値が張らないもので……」
お金を気にするのは少々照れくさかったが、店員さんは優しい顔を向けてくれた。
「かしこまりました。それでは男性ものはこちらになります」
「いや、女性にプレゼントしたいんで、女性もので」
肝心なことを言い忘れていたので危うく、男物を勧められそうになった。
「……チッ……かしこまりました」
今、妙な間があった気がしたが気のせいだろうか。
「今、舌打ちしたよね?!」
静かについてきていた光さんが急に変なことを言い出した。
「していませんよ」
店員さんは相変わらずの営業スマイルで丁寧に対応していた。
「柏木くん、聞いたよね?」
俺に同意を求めてきたが、特にその様なものは聞こえなかった。
「いや別に……何かと聞き間違ったんじゃないの?時計屋だし秒針とか」
「そうかなぁ……」
どうにも腑に落ちない様子の光さんをつれ、案内されるがまま女性もので、高くて五万円と時計にしてはリーズナブルな物が多く並ぶエリアへとやって来た。
「それで、そちらの彼女さんにプレゼントですか?」
店員さんは俺達のことをカップルだと思い込んでいるようだ。
「か、彼女?!」
光さんもやけに反応している。
俺と恋人同士だと思われるのがよっぽど嫌だったのだろう。
「違いますよ。俺達付き合ってないですし。むしろ俺に彼女いませんから。プレゼントは友達の女の子にです」
「そ、そうでしたか。失礼しました」
店員さんの誤解もとけたようだが、何故か営業スマイルから嬉々とした表情へ変わっているように思えた。
あえて、そのことには触れず本題に戻る。
「とりあえず、どういった物が人気なんですか?」
「そうですね……こちらと、こちらですかね」
店員さんは商品ケースに入っている二つの腕時計を取り出した。
片方は一万円ちょっとでお財布に優しくかつ、シンプルなデザイン。
もう一方は五万円と普通の学生は手を出せないような代物だが、シルバーとピンクを基調としたデザインでハートも所々時計の邪魔にならないように施されている。
「ん~……光さんはどう思う?」
選ぶとしたら、後者だが葵さんの好みにもよるだろうし光さんの意見を聞くことにした。
「か、可愛い……欲しいなぁ」
光さんは五万円の方の物を見て呟いていたが、目をキラキラとさせ明らかに自分が欲しがっている。
「聞き方が悪かった。葵さんの好みに合ったものある?」
気を取り直し、改めて聞き返す。
「あ、ごめんね。どっちも違うって感じかな~」
「そうか……ならどれが好みかわかる?」
「そうだね~」
二人揃って商品ケースへと向き直り吟味を始めた。
多くの商品があったため、迷うことは覚悟の上だ。
そんな中、一つの時計が目に入った。
文字盤が青く、一見シンプルにも見えるがベルト部分には五万円の物と同様にハートが刻まれているといったもの。
「あ、これとかいいかも」
光さんが見つけた物も今、俺が見ていた物だった。
「葵さんの好みってこと?」
「……うん。名前にちなんで青が好きで、表だっては出さないけど女の子だから可愛いのも好きだったし……」
確かに葵さんの身の回りの物は青をベースとした物が多い。
光さんの情報は本当なのだろう。
けれども、葵さんのことを話す光さんの表情は寂しそうで苦しんでいるものだった。
過去に鏡で見た俺自身の表情にそっくりだ。
「……六万?!」
俺の心配をよそに、明るい光さんに戻っていた。
正直、あのままだと気まずかったので助かったが。
「柏木くん、どうしよう?!」
光さんが何故慌てているのかは不明だが、十万程持ってきていたので問題はなかった。
転校前にしていたバイトで稼いだお金が大分残っていたのでこれくらいならなんとかなる。
「じゃあ、これください」
俺は迷わず、葵さんの好みに合ったものを選んだ。
「よろしいのですか?」
「はい」
店員さんも心配して確認を取ってくれてたが、意思は変わらなかった。
「柏木くん、本当に大丈夫なの?」
光さんも心配してくれているので、懐事情を簡単にだが説明するこにした。
「十万程、おろしてきたから」
「十万って!もしかして柏木くんってお金持ち?」
「いや、前住んでいた所でバイトして稼いだお金使っているだけだよ。母親が自分の為よりも女の子の為に使えってうるさいから、染み付いちゃって」
そのおかげで、光さんの誕生日プレゼントを買うこともできるから、一応は感謝している。
「そうなんだ。なら会計済ませよう」
促されるままに会計をすぐに済まし、葵さんのプレゼントも無事買うことができた。
「ありがとうございました」
その後店員の佐々木さんに見送られ店を出た。
会計中に電話番号の書かれた紙を渡され、その時に名前を知ることになったのだが、まさか店員にナンパされるとは思わなかった。
「さてと、プレゼントも買ったしこれで解散かな?」
発作のこともあるし、解散した方がいいのだろうが、まだ光さんと話したいという気持ちが優先された。
「今日付き合ってくれたお礼したいから、光さんが行きたい所とかやりたいことがあるなら付き合うよ」
「え?……でも」
「遠慮しなくていいよ」
「柏木くんがそこまで言うなら……」
三十分後、俺達は光さんたっての希望で近くの映画館にいた。
最近公開された少女漫画原作の映画を観たかったらしい。
あまりテレビを観ない俺でも、話題になっているのを知っているほど注目されている作品だ。
休日ということもありチケットの列に並び十分ほど費やした。
ようやく順番が来たが新たな問題が発生した。
「こちらの作品、人気なため二人並んでご覧になれる席がカップル席のみとなっていますが、いかがなさいますか?」
開演二十分前だったので、席が残っているだけ奇跡だが、カップル席となると次の上映にすることも視野にいれなければならない。
普通の席と違い、ソファーの様な形で二人がけになっており真ん中には肘掛けや仕切りが無いため、密着状態になる。
「……柏木くん、どうする?」
光さんも流石に困っている様だ。
「あの、ちなみに次の回の座席とかは余裕ありますよね?」
「それが人気のため最終まで満席で……男性連れの方はそういらっしゃらないので、カップル席はどの回も空いてるんですけどね」
希望を持って訊いた質問が呆気なく絶望へと変わった。
こうなった以上、腹を括るしかない。
「光さんが良ければだけど、俺は、その、構わないよ……」
「えと、じゃあ……お願いしようかな……」
照れた様子の光さんを見た瞬間思わず意識してしまい、発作を我慢できなくなってしまった。
「それではカップル席で高校生二枚で三千円になります」
「はぁっ…はぁ……」
荒い呼吸がバレないように俺はすかさずお金を払い、チケットを受け取った。
「柏木くん、どうしたの?」
(さすがに誤魔化すのに無理があったか……)
俺の異変に気づいた光さんが心配している。
「別に、なんでも……ちょっと、トイレ、行きたいだけだから」
なんとか笑顔をつくり、心配かけないように取り繕った。
「なら、いいんだけど……」
「その、飲み物買っといてくれないかな…アイスティーでサイズは任せるね」
「うん……」
これ以上は無理だと判断し、俺は急いでその場を離れ、トイレへと向かった。
「はぁ……はぁ……」
トイレへ着くなり個室へと入り、過呼吸にならないよう目を瞑り、周りの情報が入ってこないようにし、荒い呼吸を繰り返しつつ徐々に心の落ち着きを取り戻していった。
五分ほど経ち呼吸も正常なものになった時に、ようやくいつも愛用している精神安定剤を飲むことができた。
これを飲むと発汗やパニック状態が和らぎ、いつもの自分へと戻ることができる。
「……ったく、情けないな……」
思わず自分の不甲斐なさに自嘲した。
(そろそろ行くか……これ以上待たすと心配かけてしまう)
すっかり治まったので気合いを入れ直し、光さんの元へ向かった。
真っ先に向かったジュースやポップコーン等を取り扱っている売店にはおらず、困ったことになった。
「柏木くん、こっちだよ」
辺りを見渡していると声をかけられ、振り向くと飲み物を二つ持った光さんの姿があった。
まるで今朝と同じ光景だ。
「えっと、ごめんね。急にいなくなって」
「大丈夫だよ」
光さんの様子を伺うかぎり、怒っているわけではないようで安心した。
「柏木くんは何処に行っても目立つからね。すぐに見つけられたよ」
周りの様子も今朝と同様なことは見ずとも、理解できる。
「誉められてる気はしないな…それよりジュース代、いくら?」
何がともあれ、再会できたので買ってきてもらった飲み物の料金を出そうと財布に手をかけたが、光さんに制止された。
「お金はいいよ。それよりチケット代払うよ」
光さんに言われて気がついたが、急ぐあまり二人分のチケット代を俺が払っている。
だがそれこそ、お金を取ろうという考えは全くなかった。
「いいって、飲み物奢ってもらったし」
「それじゃあ割に合わないよ」
適当な理由をつけ断ったが、反論されお互いに譲る気がなくしばし見つめ合い少しの間沈黙が続いたが、水掛け論であることを察しバカらしくなり笑ってしまった。
「……ハハ……止めようか」
「そうだね」
俺の提案に光さんも笑顔で答えてくれた。
光さんも察したらしくバカらしくなったのだろう。
「上映の五分前だし、そろそろ行こうか?」
「うん」
どうでもいいような、言い争いにも終止符が打たれシアターへ移動した。
シアター内に入るなり、目に飛び込んできたのは大きなスクリーンではなく、俺達が座るカップル席だった。
横一列の座席数は約二十に対して、真ん中の横一列を陣取っているカップル席は一列に五席しかなく、一組分が非常に大きい。
それに加え、館内は女性客はしかいない上、カップル席に座っているのが俺達しかいないという、とても居心地の悪い状況だ。
「これは……想像以上に辛いな……」
席に座った俺の第一声がこれだった。
「実際に座ってみると、かなり恥ずかしいね……」
光さんは恥ずかしさのあまり、顔を上げられないでいる。
「映画が始まれば、皆映画に注目するしそれまでの辛抱だよ」
俺は光さんに、そして何より自分自身にその言葉を言い聞かせた。
光さんにバレないよう、念のため精神安定剤を飲み、錠剤の入っているケースを仕舞ったところで上映が始まった。
上映後、カップル席の恥ずかしさになるべく早く退出し、映画館の外に設置されているベンチで一息ついていた。
「それでどうだった?」
「……大分恥ずかしかった」
率直に映画の感想を求めたつもりが、カップル席の感想を答えられた。
顔を赤くして、本当に恥ずかしかったみたいだ。
「そうじゃなくて、映画の方だよ」
「あ……ごめん」
光さんとの会話ですれ違いの回数が多い気がする。
「そうだね…面白かったと思うけど相手の俳優がなぁ……」
内容は面白く、女性向けの作品ではあるものの男性も楽しめるよう創られていて、俺自身も思いの外楽しめたが、ヒロインの相手役の俳優に多少の不満があるようだ。
「別に演技も下手じゃなかったし、何が腑に落ちないの?」
「早い話、顔かな。ちょっとこれ見て」
そう言って光さんが自分の携帯の画面を俺に見せてきた。
画面には映画の原作の登場人物が表示しており、そのキャラクターは、例の俳優が演じたキャラクターだった。
「やっぱ、イケメンだね」
少女漫画の男性はイケメンというのは、ほとんどの作品で共通するものだ。
「そうなの!……でもあの俳優は何が違うんだよ」
「そりゃあ、原作に比べれば多少は劣るけど、イケメンだったと思うよ?」
「ん~……あ!」
どうやら、悩んだ末に光さんの言いたいことがまとまったらしい。
「上映前に柏木くん見ちゃったからだ」
「……」
(この子は何を言っているんだ?)
俺との関係性が考えても出てこなかった。
「えっと……どういうこと?」
「柏木くんがあの俳優さんより、カッコいいから色褪せちゃったんだよ」
恐らく、誉められているんだろうが大袈裟な気がしてならない。
「えっと……ありがとう」
言葉につまり、取り敢えずお礼を述べておく。
「まぁでも、柏木くんの魅力って中身にあるんだろうね」
然り気無く言われた一言だったが、その言葉を聞いた瞬間、俺が抱えている重荷が僅かだが軽くなる様な感覚を覚えた。
『外見より性格を認められたい』、俺が普段から思っていたことを肯定してくれる言葉だったからかもしれない。
「それじゃ、スッキリした所で次に行こうか?」
「次?」
余韻に浸っていた俺だったが、光さんの提案で現実に戻されるのと同時に首をかしげた。
「着いてきてくれたら、わかるから」
それだけを言い歩き始めた光さんに、俺は言われるがまま光さんの後に続いて歩き始めた。
「柏木くん、着いたよ」
映画館から十分も歩かないうちに、目的地へと到着した。
「ここって、水族館だよね」
「そうだよ」
この街に水族館があることは知っていたが、場所までは知らなかったため、ここに来るまで全く目的地は、わからなかった。
「でも、何で水族館?」
当然、この疑問は浮かび上がる。
「実は、ここに来る気なんて、さらさら無かったんだ」
「え?……ちょっと待って。尚更意味がわからないんだけど」
光さんの言ってることは矛盾している。
正確には、言っていることと行動が一致していない。
「今、説明するよ。小学生の頃までは大好きな場所だったんだけど、中学生になってからは二度と行きたくない場所だったんだよ」
(そういうことか……)
光さんの言ってることが、ようやく理解できた。
光さんが中学生になった時、それは葵さんが引っ越して行った時だ。
つまりは水族館には何かしら、葵さんとの思い出があるのかもしれない。
「柏木くん、もしかして今のだけで嫌いな理由とかわかっちゃった?」
俺の考えはあくまで、仮説にすぎない。
ただ、この仮説が正しい可能性は高い。
「正確な理由かはわからないけど、葵さんとの思い出があるとかかな?」
「うん……正解だよ」
俺の仮説は正しかったようだ。
だとしたら、確かめることがもう一つある。
「それだったら、避けるのはわかるけど、嫌いって言うのは違うんじゃない?」
光さんはこの問いに少し驚いた表情を見せたが、その表情は悲しい笑顔へと変わった。
「凄いな……柏木くんは……」
いつもの光さんの面影は何処にもなく、一昨日に見た放課後に涙を流していた時と同じ顔をしている。
「本当は、嫌いじゃないけど……嫌いと思えば楽になれたから……」
(『嫌いと思えば』か……)
「無理にとは言わないが、話してくれないかな?葵さんとのこと」
気がつけば俺は光さん相手に強気に出ていた。
水族館に着いたあたりから、発作も緊張もなくなっていたからだ。
「……うん。私もそのつもりでここに来たから……」
これで、俺がここに連れてこられた理由が分かった。
そして、助けを求めるきっかけを探していたのは葵さんだけでは、なかったということも。
「それじゃ、話すね……最初に言っておくけど、葵より大した話じゃないから」
「俺と同じこと言うんだな……」
俺が葵さんに自分の話をした時のことを思い出した。
「同じこと?」
「ごめん。今のは独り言だから、気にしないで始めていいよ」
何も知らない光さんは少し困惑しつつも、それ以上の追求はなかった。
他の客の邪魔にならない場所へと移動し、光さんは話始めた。
「まず、私と葵が仲良くなったのは小学校の遠足で水族館に来た時」
(だから水族館か)
「私がはしゃいで迷子になっちゃって……おまけに怖くなって泣いちゃって。その時私のことを見つけてくれたのが葵だったの」
「でも、話を聞く限りだとまだ仲良くなってなかったんじゃ?」
思わず、口を挟んでしまった。
「そうだよ。実は葵も迷子になってて、偶然行き当たった先に泣いてる私がいたらしいんだよね」
「そういうことか、納得した」
当時のことを思い出してか、微笑む光さんを見て気が緩みそうになった。
「そこからは分かっていると思うけど、葵と仲良くなって、いつのまにか親友と呼べる仲になっていたんだよね。性格が全く違うのに」
確かに二人の性格は真逆と言っても過言ではない。
比較的誰に対しても明るく接し人脈が広い光さんと、人見知りで人との間に壁を作ってしまい友達が少ない葵さん。
組合せとしては不思議なものを感じる。
「でも、凄く気が合って一緒にいるのが心地よかったんだよ……」
光さんの表情がどんどんと暗くなっていることに気がつき、いよいよ本題に入ることがなんとなくだが理解できた。
「けれど、小学校卒業まで残り少なかったある日、葵が再婚して引っ越すことを話したの。てっきり同じ中学に行くとばかり思ってたから衝撃はかなり大きくて、冷静じゃいられなくなった」
「何となくだけど、話が見えてきた」
「それで思ったの、葵と仲が良いから辛いんだって……」
真相が徐々に見えてきていた。
引っ越すのも簡単じゃない、前もっての下準備が必要だ。
雪みたいな例外はいるが。
つまり、もっと前から葵さんは引っ越すことが確定していたことになる。
葵さんの性格上、言えなかったと考えるのが妥当だ。
その結果、光さんが心の整理をする時間が無くなったといったところだろう。
「そこからは、葵に聞いてると思うけど、放課後にわざわざ葵を呼び出して、葵に酷いこと言って計画通り嫌われて……でも、もっと辛くなった……」
いつからか光さんの瞳は潤い、今にでも涙が流れてもおかしくない状態になっている。
「バカだよね……今考えれば休みの日とかに会おうと思えば会えたのに……くだらないことで大切なものを失って……」
光さんの瞳は限界をむかえ、ついにポロポロと大きな滴が流れ出した。
「そしたら、中学三年の時に親が仕事の都合でこっちに引っ越すことになって……こんなに広い街で学校がいくつもあるし、街ですれ違うことはあっても、同じ学校になることはないと思ってた……転校した中学にもいなかったしね……」
確かに広い街だから学校はいくつもあり、一緒になる確率の方が低い。
「でも、高校の入学式の日にクラスは違うかったけど、すぐに葵だってわかった……そしたらもっともっと辛くなって……声をかける資格もなくて…追い討ちをかけるように、今度は同じクラスになって……」
おそらく、これで一通りは話したのだろう。
光さんはすっかり泣いてしまって話すこともできない状態だ。
周りから見たら俺が泣かしているように見えるだろうが、他人なんか気にならなかった。
ひとまず、近くに座れる所を探し、光さんを落ち着かせるため光さんの手を握り背中を擦りながら移動しすぐに座らせ、俺もその隣に腰を下ろした。
座っても光さんは俺の手を話す気配はなかったが、俺も光さんが落ち着くまでは葵さんの時と同じように握っていようと思っていた。
俺がすることはもう分かっている。
今は光さんが泣き止むのを待つだけだ。
いつまでも女の子の泣き顔を見るのは失礼だと思い、顔を正面の人通りに向けると水族館の前ってこともあり親子連れが多くいることに気づき懐かしく感じた。
(俺にもあんな時代あったんだよなぁ……)
俺は子供の時の思い出をほとんど覚えていない。
だが僅かに覚えている記憶の中に、一人の女の子とよく遊んでいた記憶がある。
(あの時は、あれくらい小さかったっけ……)
目の前を過った幼稚園児くらいの子を見てふと思い出した。
(でも、あの子は誰だったんだろう?)
当時は雪ともまだ仲良くなく、幼い頃の雪の写真と見比べても全くの別人であることは間違いない。
その様なことを考えていると、光さんの俺の手を握る力が強くなり俺の意識は光さんへと戻っていった。
「……光さん、もう大丈夫?」
まだ少し肩が震えているものの、涙は止まっており落ち着いて話せる状態になっていた。
「……うん……迷惑かけてごめん」
「別に、迷惑なんて思ってないよ。聞きたいって言ったのは俺だから」
「…でも、かなり目立っちゃったよね」
どうやら、いつもの調子を取り戻しているようだ。
「元々目立ってたから、大差ないよ」
先程とは違い俺自身も、いつもと同じように接することができている。
しばしの沈黙。
そして、思い切ったかのように光さんが口を開いた。
「……ねぇ、私の話聞いて柏木くんはどう思った?」
「正直に言うよ?」
「うん」
嘘をついたら傷つけるのは百も承知だ。
何より、光さんの先程とはうってかわる強い眼差しを見て、俺の気持ちを素直に伝えようとさせた。
「葵さんの味方だからというわけじゃないけど、俺は光さんが悪いと思う」
「そう……だよね」
「でも、光さんの非は九割だとも俺は思う」
「……え?」
俯いていた光さんが俺の言葉に驚き、顔を上げた。
光さんにとっては予想外の言葉だったのだろう。
「葵さんがもっと早く教えてあげていればと思うとね」
「……」
光さんは黙ったまま、俺の言葉を聞き入れている
「それから、光さんって葵さんのこと好きなんだなって思った」
俺はいつしか笑顔で光さんに告げていた。
「今日だって、あんなに葵さんのこと語ってたし、何より放課後に泣いていた理由がそれだと納得できるしね」
「え!見てたの?!」
声を荒げ、大分動揺している。
「見るつもりはなかったんだけどさ…たまたま見ちゃって。ごめんね」
「……そっか……恥ずかしいところ見られちゃったな」
光さんのは完全に照れ隠しのための笑顔だ。
「でも、好きって言っても友達としての好きだよ!」
そこの対しての訂正は必要なかったんだが、明らかにテンパっている。
「分かってるよ」
光さんの慌てぶりに思わず笑ってしまった。
「……あのさ、二つほど訊いて良いかな?」
「いいよ。今更、隠すこともないしね」
「じゃあ一つ目。光さんってさ葵さん以外にこれといって、仲の良かった人いなかったんじゃない?」
失礼なことを言っているのは自覚しているが、確かめておきたかった。
「……柏木くん、酷いな~……けど確かにそうだよ。というより今も…かな。でも何でそんなこと分かったの?」
「そうだな……光さんの第一印象が人付き合いが上手そうだったんだよね。色んな人から話しかけられてるし人脈も広いなっても思ったんだけど、付き合い方が浅いなって感じたんだ」
葵さんの話を聞いて以降、光さんのことを意識した結果だ。
「なんか、柏木くんには一生敵わない気がしてきたよ」
「それは過大評価だよ…それより話を戻そう。何で深く関わろうとしないの?」
たまに言われるが、俺は誰よりも弱い人間だと思っている。
だが、それ以上話を広げず話を戻した。
「自分で言うのもあれだけど、私って明るいから葵と出会う前は皆『取り敢えず仲良くしとこう』って感じの子だったんだよね」
「じゃあ、葵さんと出会う前はむしろ他の人達が関わろうとしなかったってことか」
「そうだね……その後は、失うのが怖いから無意識のうちに避けてたんだと思う」
俺が想像している以上に光さんは辛い思いをしているのかもしれない。
あんなに泣いたのを考えるとこれ以上、この話をしても誰のと得にもならない。
「そっか……じゃあ二つ目。葵さんと仲直りしたい?」
光さんに対し初めて、強く見つめた。
「っ!……当たり前だよ!……でもそんな資格…」
光さんの中に葛藤があるのだろう。
なら、お俺のやるべきことはその背中を押してあげること。
「光さん、勘違いしてるよ。資格なんて必要ないでしょ。光さんがちゃんと謝って仲直りしたい気持ちだけで十分なんだよ」
「柏木くん……」
「もし、許してもらえかったとしても、今までみたいに悩まずに次に進めるんじゃない?」
「……ありがとう、柏木くん。葵と話してみる!」
これで光さんの意思は固まったようだ。
「そうと決まれば……」
「柏木くん?」
光さんは急に立ち上がった俺に対し疑問を持ったのだろう。
「ちょっと待ってて」
俺は一旦光さんから少し離れ、携帯を取りだし電話をかけた。
ワンコールですぐに出てくれた。
「もしもし」
『葵ちゃんから聞いたよ!私がいながら他の娘とデートだって?』
電話の相手は雪だ。
この様子だと、ご立腹なのだろう。
「それは悪いと思ってる。でもやましいことは何もしてないから」
『当たり前だよ!』
凄く怒鳴られた。
「……この件については後で埋め合わせするから、お願いを聞いてほしい」
『本当?!じゃあ、あんなことやこんなこともオッケー?』
完全に雪の機嫌はよくなっている。
「お手柔らかに頼む……それより、お願いをだな」
『いいよ。それで何すればいいの?』
さっきまでの怒りを微塵も感じさせない雪の態度に戸惑いつつも、話を切り出した。
「今俺は駅から少し歩いた所にある水族館にいるんだけど……」
『ちょっと待って……あった』
雪の声が遠くなったということは、通話をスピーカーにし地図アプリを起動させ場所を検索したのだろう。
「そこに葵さんを連れてきてくれないか?」
『……こうちゃん、もしかしてお節介してる?』
雪にはバレバレのようだ。
「そう言われると立場がないんだが……」
『はぁ……まっくもう……わかった。葵ちゃん連れてくよ』
呆れてはいたが、了解はしてくれた。
「ありがとう、助かる。それと、葵さんには俺達がいることを内緒にしてくれないか?」
『え?どういうこと?』
雪の疑問に俺は、今光さんと居ること、そして二人を仲直りさせようとしていることを手短に説明した。
『わかった。それじゃあ、私は遊びに行く感じで誘えばいいのね?』
「よろしく頼む。それじゃ」
雪の協力を得ることに成功し、後は二人の到着を待つだけだ。
携帯をしまいながら、光さんの元へと戻った。
「ごめん。待たせちゃって」
「誰と電話してたの?」
「雪とだよ」
「有明さんと?」
「うん。今からここに葵さんを連れてきてもらう」
「え!」
驚くのも無理はない。
「そんな急に!まだ心の準備が」
「こういうのは早くやらないと。先伸ばしにしたらいつまでもできないからね」
「それはわかるけど…」
多少強引だが、この方法がベストだ。
「何で柏木くんはここまでしてくれるの?」
『放っておけないから』、いつもと同じようにそう答えようとしたが俺はその言葉を口にすることはなかった。
その代わりに俺は新しく気がついた、考えを口にした。
「多分、俺の面影を重ねてるからかな…俺みたいに過去に囚われてほしくないんだと思う。まぁ結局は自己満足なんだけどね」
「……そっか……」
「『過去に何があったの?』とか訊かないんだな」
普通なら気になるところだ。
「その……ごめんなさい!私、柏木くんの過去にあったこと知ってるの」
「……」
突然のことで動揺し、状況が上手く把握できない。
「……えっと、何で?」
考えた末、出てきた質問が知った理由だった。
「二日前に、柏木くんと葵が昼休みに何しているのか気になって、色々と探して屋上近くに行った時に柏木くんが出てきて思わず隠れたんだよ」
「それで、出るに出られなくなって、俺が電話しているのを聞いた時か」
光さんは無言で頷いた。
確かに心当たりはあった。
あの時、誰かの気配を感じたのに加え、光さんが俺のことを観察するように見ていたのもこれで説明がつく。
俺の秘密を知っている人が増えるのはこれ以上は避けたい。
(こっちに来てから、かなり増えたよな……)
「悪いのは俺だから謝らないでくれ。……それと内緒にしててもらえると……」
「流石に言えないよ」
光さんも言い広めるタイプではないだろうから、取り敢えずは安心だ。
「ありがとう……さてと、すぐ戻ってくる」
「また、どっか行くの?」
「まぁね」
曖昧な返事をし、そのまま俺は水族館内に入り入場券を二枚と自動販売機でお茶を二つ買い再び光さんの元へと戻った。
「今回は早かったね」
「飲み物買ってきただけだから。はい」
「ありがとう」
片方のお茶を光さんに渡し、再び光さんの隣に座った。
俺が戻ってきてからは、二人の間に全くと言っていいほど会話がなく、ただただお互いにお茶を口にするだけだった。
光さんはこれから葵さんが来ることに緊張しているため、そのことで精一杯なのだろう。
俺もそんな光さんに気を使い話しかけないでいる。
この静かさと薬の副作用の眠気のせいで意識を保つのでギリギリの状態だが、ここで眠るわけにもいかない。
この状況になり、三十分近く経った。
光さんの気持ちを考えると、とても短い時間に感じた。
水族館の目の前にある交差点を長く見つめており、ようやく見慣れた人影が目に入った。
待っている間に調べたが、俺が住んでいる住宅街からこの水族館はかなり近いらしいので俺達ほど、移動に時間はかからない。
女の子の準備は長いというが、今回は短い類いに入る。
「光さん、来たよ」
「う、うん」
俺と同じく交差点を見ていた光さんも気づいたらしく、俺達はその場から立ち上がり水族館の入口付近へと移動した。
「えっと…あ!こうちゃん、お待たせ!」
少し距離があったが、雪が見つけてれて、葵さんの手を引きこちらへと走って向かってきてくれた。
ちなみに光さんは、俺の後ろで隠れるようにして立っている。
ただ、雪の声の大きさが響き、またしても目立ってしまった。
「雪、抑えてくれ……」
「あ……ごめん」
雪も周りからの視線に気づいたが、もう既に俺達の前に辿り着いた後だった。
「……孝太さん、雪さんから話は聞きました…」
(黙ってろって言ったのに)
雪を見ると両手を合わせて、謝っているが反省している様子はない。
でも、それならば話が早い。
「じゃあ、葵さんもけりを着けに来たってことでいいんだね?」
「……はい」
「なら……はい、これ受け取って」
そう言って、渡したのは前もって買っていた入場券だ。
「光さんも」
後ろにいる光さんにも同じように残り一枚の入場券を渡した。
「こんなの何時買ったの?」
「飲み物買いに行った時に一緒にね」
「そうだったんだ……」
「それじゃ、二人とも頑張ってね」
『え?!』
初めて、葵さんと光さんの息が合った。
どうやら二人は俺や雪も一緒に居るものだと思っていたらしい。
「二人だけの方が良いと思ったから、俺はこれで退散するよ。じゃ、雪行こうか」
有無を言わさず、俺は雪とその場から去った。
「……大丈夫かな」
雪が心配し、チラチラと後方にいる二人を見ている。
俺も少しは心配だが、二人なら上手くやれると思っている。
「大丈夫だろ……それより、何で話したんだよ?」
「逆に、何で話すなって言ったの?」
雪はその点について、腑に落ちないらしい。
「話したら来ないと思ったんだ。避けてる相手だから……でも考えすぎだったみたいだな」
「そうだよ……こうちゃんに及ばずながら、私だって相手の気持ちを察することできるんだよ?」
この場合は葵さんのことを指しているんだろう。
「そっか……」
(ヤバイ!……眠気が)
ずっと踏ん張ってはいたが、二人を会わせることに成功し安心した一瞬の気の緩みが俺の意識を奪いつつあった。
「俺の知ってる……女の子は、強い娘……ばかりだな」
家に帰るまで雪に気づかれないように、頑張ってはいるが、家まで続くか危うくなってきた。
「それは違うよ。こうちゃんが強いから頑張れるんだよ」
「俺は……強くない……っていつも、言ってるだろ……?」
「こうちゃん?……なんか辛そうだよ?」
ついに雪に感づかれた。
体もフラフラとし出したせいでもある。
「気のせいだ……全然大丈夫」
「嘘だよ……こうちゃんの異変を見逃すわけないじゃない」
ある意味感心しつつ、これ以上取り繕っても無駄だと判断し、諦めて雪に自白することにした。
「大したことじゃないよ……ちょっと、眠気が……」
「眠気……っ!もしかして薬で?」
「まぁ……」
雪の言葉が遠く感じ始めた頃、ようやく家が見えてきた。
「でも、そんなに辛そうなの初めてだよ?!」
遠くに聞こえる雪の声だが、心配してくれているのは伝わった。
だが、たかが眠気だ。
「心配しすぎだろ……」
「そんなに汗かいて、呼吸も荒いし…発作の時みたいだよ!」
雪の言ってることは理解できなかった。
全く自覚症状はなかったが、言われてみれば呼吸が乱れている。
「そういえば…過剰摂取は、控えろって……言われてたな……」
あくまで一時の凌ぎに過ぎないため、飲みすぎると溜まっていた症状が一気に出るというものだろう。
「何錠飲んだの?!」
「朝からだと……十……くらい……かな」
「馬鹿!何でそんなに飲んだの?!」
一日多くても四錠と言われてたから、確かに飲みすぎだな。
「理由、聞くだけ……無駄だよ」
「……」
長い付き合いの雪はそれ以上、何も言えなくなっていた。
俺の一番の理解者だからだ。
途中から雪の肩を借りる形になったが何とか、家に着くことができ、そのままの格好でリビングにあるソファーに横になった。
「なんでいつも無茶するかな…心配する身にもなってよ……」
横になっている隣で雪の声が聞こえた。
「ごめん……けど無茶は俺の特権だから……」
それだけ言って、俺の意識は闇に呑み込まれるように、眠りについた。