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一話 第五章~誕生日と涙~

 本日は朝から実力テストがあり、午後からは通常授業ということで、いよいよ学校生活が始まったという実感がもてそうだ。

 ちなみに、現在は午前中最後の授業。

 つまり最後の科目のテストということだ。

 テストの時間は五十分有るが、前の時間までの二教科も最後同様に二十分ほどで終わり残りの三十分は、昨晩の寝不足を補っていた。

 ただ、この時間だけは今後の部活動についてなどを考えていて眠ることを諦めていた。

 第一、俺達が部活動を作ろうとしているのを知っているのは俺を含め四人しかいない。

 それも、既に全員が部員や顧問である以上、新たに二人を探さなければいけない。

(さて、どうするか……まぁ一人で悩んでもしょうがないか)

 昼休みに葵さんと屋上で話すので、一度考えるのを止め寝ることにした。


「それじゃ、後ろの人答案回収してー!」

 俺が目を覚ましたのはこの時間の担当をしていた、小田切先生の指示でだった。

 俺自身、席が一番後ろなので寝起きだったがしぶしぶ解答用紙を集め始めた。

「もう、終わりだぞ」

 前の席の翔は、時間が過ぎているのに未だに悩んでいた。

「ここだけ!」

「ダメだ。諦めろ」

 呆れつつ翔の解答用紙を無理矢理奪い取る。

「あぁ……!全教科赤点決定かよ……」

 項垂れている翔を後にして解答用紙を集め終えた。

 テスト終了の解放感からか、先程まであった静けさもなくなり、机にふせていたり友達と答え合わせしたりなど人によって起こしているアクションはさまざまだった。

「はい、小田切先生」

「ありがとう。ねぇ柏木くん」

 集めた解答用紙を小田切先生に渡し、席に戻ろうとした時、小田切先生に呼び止められた。

「えっと何ですか?」

「その、簡単に諦めちゃダメだと思うんです。遠藤くんまでとは言いませんけど、最後までやったら何かしら答えは浮かんでくると思うんです」

 どうやらテストのことらしい。

 三十分も残して寝ているたら、諦めてると思われても仕方ない。

「小田切先生、勘違いしてますよ?諦めたんじゃなくて終わったから寝てただけですよ」

「……え?」

 小田切先生は慌てて俺の解答用紙を探しだした。

「うそ……全部埋まってる。というか、これ」

 最後に何か言いかけていたが、誤解を解くことはできたようだ。

「それでは席に戻りますね」

 それだけ言い俺は席へと戻った。

 座ると同時に翔が俺の方を向き話しかけてきた。

「さっき何話してたんだよ?」

 どうやら、俺が小田切先生に呼び止められていたのを見ていたらしい。

 確かにあの状況で呼び止められたら、目立つのは致し方ない。

「テストのことだよ。俺が三十分も残して寝てるから、『諦めんな』って言われてきた」

 俺の簡単な説明に何故か翔は満足そうな笑みを浮かべていた。

(気持ち悪……なんでニヤニヤしてるんだ?)

「そうかそうか。お前も俺の仲間だったか」

(俺はそんな気持ち悪い笑みは浮かべないぞ?)

 自分の記憶が確かなら、俺はニヤニヤと笑みを浮かべてなどいないはずだ。

 だとしたら一体何の仲間だというんだ。

「ようこそ!赤点同盟へ!」

 翔の発言でようやく理解できた。

 またしても、俺は勉強できない人間だと思われているようだ。

「勝手に同盟にいれるなよ……」

 俺は呆れつつ訂正をした。

 だが翔は俺の発言に聞く耳を持たなかった。

「いいや、あの諦め様は俺の同類だ!坂田さんもそう思うだろ?」

 翔が突如と話をふったのは、俺の隣の席で問題用紙を片付けていた光さんだった。

 最初は誰のことかわからなかったが、翔の視線と机に出ていたノートに書いてある『坂田光』という字で一致した。

 だがこんな形でしかも前日に葵さんから話を聞いた後に話すとは思わなかった。

(正直逃げたい……)

 そして、光さんが翔の問いかけに答えた。

「うーん……そうだねぇ。さすがに三教科連続で開始二十分程で寝てたらフォローもできないかな」

 この時、俺は驚いていた。

 俺が想像していた『坂田光』という女の子の印象が大きく変えられたからだ。

 言葉ではなく、彼女の目を見て変えられた。

 彼女の目は、出会ったばかりの葵さんと同じ目をしていた。

 本人はあくまで他人に悟られないように接しているだろうが、同類の俺にはわかってしまった。

 どうやら翔ではなく、遠藤光と同類だったようだ。

「どうしたの?驚いたような顔して」

 確かに驚いていた。

 だがこの状況で本人に確かめるというほど、俺もバカじゃない。

 一旦誤魔化さないといけない。

「えっと、その……見とれちゃって……」

『……え?』

 光さんと翔が声をハモらして驚いていた。

 どうやら同い年の女の子が苦手で上手く話せないのが、仇となったようだ。

 もっとはっきりと言っていれば、冗談で済むかもしれないが、緊張して上手く話せないことによりリアルになってしまっていた。

 誤魔化しを更に誤魔化す事態になってしまった…

 どう誤魔化すか考えていると、髪留めが目に入った。

(これを使おう)

「そ、その、髪留めに」

『……』

(どうだ?いけたか?)

 短い沈黙が何倍もの長さに感じられた。

「ビックリした……顔赤くなっちゃったよ」

 最初に口を開いたのは光さんだった。

 よく見ると僅かに頬が赤くなっていた。

「何で髪留めなんかに見とれるんだよ?」

 翔が珍しく的確な指摘をしてきたのは内心驚いてはいたが、その質問が来ることは安易に予想できた。

「昔、雪に夏祭りの時に屋台で買ってプレゼントしたやつに似てて……」

 一応は実際にあった話だった。

 思い返せば俺が雪にあげた最初のプレゼントだ。

 まさかそんな思い出が、こんな形で役立つとは。

「なるほどな……それでお前ら付き合ってないんだもんなぁ」

 どうやら翔は納得してくれたようだ。

 そしてここで一気に危機を脱する。

「それより話逸れてるだろ。俺が赤点じゃないって話だろ」

「あ、そうだったな」

 これで話を戻せた。

(さて、ここからどうやって脱出するか……)

 既に昼休みを告げるチャイムがなり、約束がある俺は少々焦らなくてはいけなくなった。

 ただ、光さんのことが引っ掛かってしょうがなかった。

「いや、違うってお前が赤点だって話だよ」

 これからのことを考えている最中に翔が俺の発言を訂正してきた。

(正直どっちでも同じ……じゃない!これなら!)

 翔の発言で一つの案が浮かんだ。

 この案を実行するには確認事項が一つあった。

「というかテストって何時返ってくるんだ?」

「明日には返ってくるだろ。三教科しかなかったし学校で作ったテストだしな」

 確認事項を自然な流れで聞けて一段落。

 このタイミングで俺は先程、思いついた案を実行した。

「だったらそこまで言うなら、二人とも勝負しない?」

「勝負?」

「え?私も?」

 各々がそれぞれのリアクションをとるなか、俺は二人の疑問に答えるように頷き、話を続けた。

「二人は俺が赤点だと思っている、俺自身は赤点ではないと主張している……だったらルールはシンプル、明日返ってくるテストで俺が一教科でも赤点があったら俺の負け、逆に無かったら俺の勝ち。どうだ?」

 ここまではまだ仮定にすぎない、目的はこの先にある。

 ちなみに俺がこんなに流暢に話せているのは、光さんを一切見ず翔だけを見ているからだ。

「いいね。なら罰ゲームを決めないとつまらないよな?」

(乗ってくると信じてたぜ、翔)

 これこそが俺の狙いだった。

 もし、翔が罰ゲームを提案しなくても俺が提案していた。

 だが翔が発言することで自然な流れにもっていけた。

「なら罰ゲームは……」

「ちょっといいかな?」

 俺が罰ゲームを決めようとした瞬間、光さんが割り込んできた。

 このタイミングでこられたのはまずいが、怪しまれないために光さんの話を聞くことにした。

「もしかしたら柏木くんは赤点より、とれているからこんなに強気なんじゃない?」

「だから、さっきからそう言って……」

 思わず嘆息をついてしまった。

 俺の発言が小さかったせいか、完全にスルーされ光さんは話続けていた。

「だったら赤点じゃなくて、そうだね……六十点とかはどう?」

 それを聞いて安心した。

 どうやら勝負に関しては乗ってくれるようだったからだ。

「六十点か……わかった」

「なら、決定だな!」

 翔もご機嫌で凄く楽しそうだった。

(完全に自分のてテストのこと忘れてるな……)

 とりあえず、勝負に関して翔への罰ゲームはジュースでも奢って貰うことにして、本命は光さんと話すことだ。

 とはいえ葵さんとの用事がある以上、一旦話を打ち切りその場から去ることにした。

「悪いがこれから用事あるから、失礼する」

 翔にそれだけを伝え、葵さんの許へ行った。

 葵さんは既に準備ができていたので、とても申し訳なく思った。

「それじゃあ、行こうか?」

「はい」

 葵さんを誘い、俺達は屋上へ向かった。


『ねぇ、あれって二年生の転校生じゃない?』

『やばっ!超イケメン』

 屋上へ向かうには、三年の教室前の廊下を通らなくては行けないのだが、まさか自分がここまで注目を浴びるとは思わなかった。

「孝太さん、凄い人気ですね」

 一緒に歩く葵さんが少し気まずそうにしつつ、話しかけてくれた。

「一体何が原因で……」

「顔だと思いますよ?…孝太さん、イケメンですから」

 照れながら言う葵さんを見て、思わず可愛いと思ってしまった。

 でも何処かいつもと様子が違うように感じた。

 強いて言うなら、雪がやきもちを妬いているときに似ている。

「葵さん何かあった?」

「……さっき光と楽しそうに話してたじゃないですか」

 考えてみれば、光さんは葵さんにとっては自分の心に傷を与えた相手だ。

 もしかしたら、友達である俺が光さんと仲良くすることによって自分を見捨てられると思っているのかもしれない。

 葵さんに気をとられているうちに、三年女子の歓声を抜け屋上の入り口まできていた。

「あの、孝太さん?」

 着いたのにドアの鍵を開けない俺に対し、葵さんは心配し、俺の顔を覗きこんでいた。

「葵さん……ごめん!変に不安にさせちゃって」

 葵さんはいきなり俺に謝られて戸惑っていた。

 本当は気がついた段階で謝りたかったが、人も多く居たのでここまで引き延ばす形になった。

 戸惑う葵さんをよそに俺は謝り続けていた。

「光さんと話していたのは翔が光さんに話をふったからで…て、言い訳にしかなってないよな……」

「孝太さん……その勘違いしてます」

「楽しくなかったと言えば、嘘になるけど……ってえ?」

 必死に謝っていた俺に、数秒遅れて葵さんの言葉が入ってきた。

「ですから、誤解してます。私が不機嫌だったのは私との約束があるのにいつまでも話していたからです」

 それを聞いた瞬間、俺の緊張は一気にほぐれ落ち着きを取り戻した。

 けど、結局は俺が悪いことには変わらない。

「葵さん、本当にごめん!」

 俺は今度こそ本当の理由で謝ることができた。

「いいですよ。別にそこまで怒ってませんから……孝太さんが乙女心に限って鈍感というのは、よくわかっていますから」

 雪によく、『女心わかってないよね?』などとよく言われているが、同じようなことを葵さんから言われるとは思わなかった。

 どうやら俺は本当に女心をわかっていないらしい。

 ともあれ、許してもらえた様で良かった。

「それと……私のこと気づかってくれて嬉しかったです」

 葵さんが視線そらし、恥ずかしそうにする姿を見て俺も思わず恥ずかしくなってしまった。

「と、とりあえず開けるよ」

 空気を変えるため、制服のポケットから鍵を取りだし屋上へのドアを開けた。

「いい景色ですね」

 屋上へ出ての葵さんの一言目はやはり景色だった。

 昨日は夕方だったが今日は昼間の明るい時間だ。

 夕焼けも綺麗だったが昼は昼で高台になっているこの場所からは街全体が見え、葵さん同様に俺もいい景色だと感じた。

「お待たせ。遅くなってごめんね」

「あ、雪さん。私達も今来たところです」

 景色を見ていた俺達の元に雪がやって来た。

 取り敢えず、部員全員が揃った。

「クラスの娘達に、つかまっちゃって」

「それは気の毒だったな」

 俺も少し捕まっていたから、他人のことは言えないのだが。

「誰のせいだと思ってるの?」

 何故か雪は俺に対して怒りを露にしている。

「何があったんです?」

 俺の代わりに葵さんが雪に問いかけた。

「クラスの女の子達が、こうちゃんについてしつこく訊いてくるんだよ?」

「それは大変でしたね」

 どうやら俺のことを根掘り葉掘り訊かれたらしい。

 変なこと言ってなきゃいいが。

「てか、それは俺のせいではないだろ」

 紛れもなく雪のことに関しては濡れ衣だった。

「こうちゃんがイケメンだから悪いんだよ!」

 理不尽な怒られ方をした。

「まぁまぁ雪さん落ち着いて。取り敢えずお昼ご飯食べませんか?」

 葵さんが気を利かせてくれたおかげで、雪も落ち着き昼食をとりながら部活動の話をすることになった。


「本当に良かったんですか?私の分まで作って貰って」

「前にお昼は購買でパンとか買うって言ってたから、余計なお世話だったかもしれないけど」

「いえ、そんな!ありがとうごさまいます!」

 今日は御節料理などに使う重箱に何種類かのおかずやおにぎりを三人分詰め、持ってきていた。

 勿論、薫ちゃんにも作ってあげ、別の弁当箱に入れ朝に渡していた。

 早速弁当をあ開け食べることにした。

『いただきます』

 雪も葵さんも各々が好きなおかずをとり、食べ始めた。

「やっぱりこうちゃんの料理は美味しいよ」

「冷めててここまで美味しいのは、凄いと思います」

 それぞれが俺の作った料理の感想を口にし、照れくさい思いをしていた。

「でも今朝は驚きましたよ」

 そんな中、葵さんは今朝の出来事の感想を語りだした。

「孝太さんがあそこまで手が早い人だとは……」

「その言い方は誤解が……」

 悪気はないのだろうが、葵さんの言い回しが少し引っ掛かった。

 むしろ誉めてくれているのだろう。

 今日の朝は昨日と同じように葵さんや薫ちゃんと一緒に四人で登校した。

 昨日と違う点としては、登校時間が昨日より遅かったことくらいだろう。

 学校に着いた時に薫ちゃんに弁当をあげると同時にとても喜んでおり、朝の弱い薫ちゃんと本日初めての会話でもあった。

 そして何より、昨日の小林先生との一件で部活動に関してのみだが登校中に説明した。

 屋上の件や小林先生が顧問になると話した時は雪さも驚きを隠せていなかった。

 俺の話を聞かれてたことや、小林先生の弟さんの話はしなかった。

 葵さんに心配をかけたくなかったからだ。

「はい、こうちゃん。小林先生からの預り物」

 葵さんにつられ今朝の出来事を思い出していた俺に、雪から小林先生が昨日言っていた書類を渡してくれた。

「ありがと……えっとここに名前とか書けばいいんだな」

 すぐに書類に目を通した。

 部活動名や活動目的等の必須項目を持ち合わしていたボールペンで書き、俺達が書くべき場所の残りは部員の欄だけとなった。

 葵さん、俺、雪の順で名前を書き、残りの空欄は埋められなかった。

「後、二人かぁ……」

 最後に名前を書いた雪が呟いた。

「できればだけど、葵さんの顔馴染みとかがいいんだよな」

「でも、部活作るの知ってる人は他にいないですし…やはり地道に勧誘するしか」

「でも帰宅部の人をこの学校で探すのって結構大変らしいよ」

 全員が悩んでしまい、口数もなくなり皆がただ黙々と食事をとり始めたとき、決定的な見落としをしていることに気づいた。

「忘れてた……」

 思わず出てしまった俺の発言に反応し二人が俺と視線を向けた。

「忘れてたって何をですか?」

 代表して葵さんが俺へ質問をした。

「多分もう一人居るんだよ。部活動のこと知ってる人」

「え!嘘?!」

「それ本当ですか?!」

 俺の返答に二人とも驚きを隠せないようだった。

「うん。その様子だと二人とも忘れていると思うけど、今朝登校中に部活の話してたとき薫ちゃん居たよね?」

『……忘れてた!』

 二人とも声を合わせて、俺と全く同じセリフを発していた。

 とはいえ薫ちゃんの存在は思い出させてもらえてようだ。

「まったく喋らなかったから、完全に忘れてました……」

 一本とられたような表情をしながら葵さんが呟いた。

「だけどよく、こうちゃん思い出せたね?」

 雪も驚いてはいたが、すぐに冷静になり質問をしてきた。

「さっき弁当の話になったとき、薫ちゃんが喜んで受け取ってくれたの思い出したんだよ」

 俺自身、葵さんとの会話がなければ思い出せなかったので手柄というわけではないだろう。

 だが薫ちゃんが知っているというのは大きいかもしれない。

 部活を作る理由は薫ちゃんには話せないが、それでも薫ちゃんの性格からして協力してくれる可能性は大いに期待できた。

「それじゃあ早速、お願いしに行きましょう!」

 葵さんは立ち上がり、ソワソワしていた。

「葵さん、一旦落ち着こうか」

 積極的に行動しようとしていた葵さんを止めるのは、少々申し訳ないと思ったがそのままのテンションで行った後、葵さんが教室にいなかった時を考えると今すぐに行くのは得策ではなかった。

「取り敢えず、向こうも食事中かもしれないし一度連絡とってから行った方がいいんじゃないかな?」

「そうですね。つい気持ちが高まっちゃって」

「私も葵ちゃんの立場だったら、同じようにテンション上がってたろうし」

 雪が葵さんにフォローをいれたが、俺も雪と同意見だった為、ただ頷き続きを話すことにした。

「ともかく一回俺が電話をかけてアポをとるよ」

「それはいいですけど、それくらい私がやりますよ?」

「大丈夫だよ。俺がやる」

 俺が電話するより、姉妹間でやった方が自然なのだろうが提案したのは俺だったので俺がかけることにした。

 テストがあった為先程まで電源を切っていた携帯を起動させた。

 新着のメールが入っていたものの先に薫ちゃんへの電話をすることにした。

 三回目のコールが鳴る前に薫ちゃんがでた。

『孝太さん、どうしたんですか?』

 電話の向こうから多くの人の声が聞こえ、どうやら教室にいることは間違いなさそうだ。

 一応念のために確認することにした。

「ちょっと話したいことがあったんだけど。今、教室にいる?」

『居ますよ。話したいことって…もしかしてあの事ですね』

 どうやら、薫ちゃんは察してくれたらしい。

 なら話は早い。

「なら、もう少ししてから教室行くから待っててくれないかな?」

『わかりました……けど』

「けど?」

『いえ、何でもないです。それじゃあ待ってますね』

 何やら薫ちゃんが言い渋っているのを聞き返したが、本人が「何でもない」と言う以上深くは追求できなかった。

 いつの間にか電話も切れ、アポをとれたことを二人に報告することにした。

「大丈夫らしいから、早く食べて向かおうか」

 二人に提案した後、再び携帯を見、メールボックスのアプリを開いた。

 先程来ていた新着メールをチェックするためだ。

 目に飛び込んできたのは三二通のメールだった。

「はぁ……まったく」

 苦笑しつつ思わずもらしたタメ息に雪が反応し、俺の携帯を覗き込んできた。

「凄いきてるね……もしかして迷惑メールとか?」

 普通はそう考えるのが妥当だ。

「どうしたんですか?……本当に結構きてますね」

 話につられ葵さんも俺の携帯を覗いていた。

「多分実在する人間からだよ」

 そのメールの量に呆れてもいたが、思わず笑顔になっていた。

「今日、テストでずっと携帯切ってたからメールに気づかなかったとか?」

 雪は俺が誰とメールしているかとても興味深いらしい。

「この量からするに、複数人ですかね?」

 葵さんも同じく興味があるらしく俺に尋ねてきた。

 だが、二人の推理はことごとく外れていた。

「今日の朝から毎時間同じくらいの量来てるし、相手は一人だよ」

 その言葉を聞いた雪は瞬時に殺気を放っていた。

 俺と葵さんは固まってしまって動けなかった。

 そんな中、雪がゆっくりと口を開いた。

「ねぇこうちゃん。それって女?」

 単純な質問だったが、単純だからこそより一層恐怖がました。

 身の危険を感じとりすぐに、誤解を解きにかかった。

「女性だけど、雪が想像している関係じゃないって」

 葵さんにとっては初めて見る雪の姿だろうが、雪の暴走は今に始まったわけではない。

 昔から俺が他の女の子と話していると嫉妬をしていたが、たまに今回の様に殺気を放ち必要以上に迫ってくることがあった。

 もっとも、毎回雪の一方的な思い込みなのだが、これを落ち着けるのは一苦労だ。

「ならどんな関係なのかな?」

 笑顔で問いかけてくる雪に恐れつつ、事実を伝えた。

「えっと……お隣さん?」

 そう伝えた瞬間、雪は葵さんへと矛先を向けた。

 一方の葵さんは全力で首を横に振り、無実を訴えている。

 葵さんは恐怖からか今にでも泣きそうだった。

「いや、葵さんじゃなくて、相手は暦さんなんだ」

 葵さんを助けるべく、直接相手の名前を出し、雪と葵さんに携帯の画面を見せた。

「本当にお姉ちゃんからだ。でもこんなにメール送っているの初めて見ました」

 最初に反応したのは葵さんだった。

 おそらく、昨日の一件があって少しだが暦さんなりの甘え方なのかもしれない。

「暦さんか……そう言えば昨日、手繋いでたよね?」

 ポツリともらした雪の言葉で、油を注いでしまったことに気がついた。

「何ですかそれ!…昨日お姉ちゃん、夜に鼻唄を唄ってご機嫌でした」

 葵さんがさらに油を注いだ。

「そうだ!内容見てくれ!そうすれば誤解だって分かるはずだから!」

 俺はどうにか身の潔白を証明しようと、最善の手を使った。

 今までのメールから推測すると、今回もまた日常会話的な内容だろう。

 雪に携帯を渡し、葵さんが雪の後ろから携帯を除き、俺は無意識に正座していた。

 端から見たら、浮気がバレた状況だ。

 そして雪は笑顔を崩すことなく、メール内容を読み始めた。

「えーと……『テスト頑張ってね』『今から早めの昼食です』『このパスタ美味しくて思わず写真撮っちゃったので送るね』……なんか、現状報告というかブログみたい」

 この後も次々と読まれていくメールだが今のところは変なものはなかった。

「お姉ちゃんの新たな一面を見た気がしますが…別に大丈夫そうですね」

 いつの間にか葵さんも雪側についていた。

「確かに今のところはそうね。残りも見ましょうか……」

 だが残り数件に差し掛かったときに事件が起こった。

 突然携帯を操作する雪の手がピタリと止まった。

「……えっと雪さん?」

 思わず不安になり声をかけた。

「確かにこうちゃんの言う通り、二人は付き合ってないんだね……」

「だから、さっきから言ってるだろ」

 どうやら誤解が解けたらしく、安心しきっている俺に雪は話を続けた。

「でもさ、最後のメールの内容が『孝太くんは好きな人とかいますか?』って書いてあるのよね」

「それがどうした?普通の質問だろ?」

 雪は明らかに気を落としていた。

 だが、何が原因なのかは俺にはさっぱりわからなかった。

「お姉ちゃんが……嘘でしょ」

 葵さんは葵さんで凄く動揺している様子だ。

「二人とも、どうしたんだよ?一体」

 理由がわからない以上、尋ねることしかできない。

「孝太さん、この質問の意味わからないんですか?!」

 まさか葵さんにまで責められるとは思わなかった。

 一応、改めて考えてみることにした。

「うーん……俺だったら好きな人に聞くけど……いや、それはないな!」

 考えてみたが、答えが全くでない。

「雪さん、孝太さんって筋金入りですね」

「そうだよね……でもしょうがないんだよね。こればかりは」

 俺が考えている横で二人がひそひそと何か話している様だが、上手く聞き取れなかった。

「ギブアップ!答え教えてくれ」

  いくら考えてもわからないので、答えを聞くことにした。

「教えてあげたいけど、本人に直接教えてもらった方がいいと思うよ?……ライバル増えちゃうなぁ」

「ライバル?」

「何でもないよ~。それより早く薫ちゃんの所に行かないと」

 最後の一言が多少気になり問いかけたが、はぐらかされてしまった。

 確かに薫ちゃんを待たせているので雪の提案にのることにした。

 弁当箱を片付け、立ち上がったり屋上を後にした。

「雪さん、優しいですね」

「一番の座は負けない自信あるからね」

 後ろを振り向くと二人が何か話しているのが見えた。

 鍵を持っているのは俺なので、最後に戸締まりをしなければならないため、二人を待つことにした。

 ただ、女の子同士の話に男の俺が割り込んだり聞き耳立てるのも悪いので外で待つことにした。

『それだけじゃないですよね?』

『葵ちゃん、意外と鋭いね…昨日何かあったんだと思うんだ』

『私もそう思いました』

『多分暦さんも救われたんだよ。私と同じように…だから暦さんの気持ちがわかっちゃって』

 聞き耳を立てない様にしていたが、距離がそこまで離れていないため会話の内容が稀に聞こえてきた。

 暦さんが俺に好意を持っているかもしれないと考えた時、俺は携帯を手にし電話をかけていた。

『孝太くん、どうしたの~』

 相手は勿論、暦さんだ。

「その、話しておきたいことがあって…昨日、偉そうなこと言いましたげど、俺自身凄く弱い人間なんです……」

 俺は昨日より簡単にだが、俺の過去のことやトラウマのことを話すことにした。


『話してくれてありがとう』

「俺だけ話さないのは不公平ですから……」

 話終わった後、暦さんがどのように思ったのだろうか。

『私ね……孝太くんのこと、益々好きになっちゃったかな~』

「へっ?!」

 驚きのあまり思わず変な声がでてしまった。

 益々と言うことは、少なからず好意を持っていたということになる。

『雪ちゃんは幸福者だな~。でも負けないからね~。それじゃあ、またね~』

「え!ちょっと、暦さん!」

 電話は既に切れていた。

 告白され追い付いていない頭で一つ人の気配を感じ取った。

 気配を感じた方に足を進めてみたが、そこには誰もいなかった。

「気のせい……か」

 そしてまた、先程の告白の件へと頭が切り替わった。

 俺は雪の気持ちを受け入れることができていない、その上いくら一夫多妻制だからといってやはり女の子は自分だけを愛してほしいのではないのだろうか。

「ねぇ、こうちゃん」

 悶々と悩んでいると後ろから雪の声が聞こえ、振り返ると雪と葵さんが立っていた。

「二人とも、もう話は済んだのか?」

 雪のことを考えていたので少しテンパっていた。

「うん。もうすっかり仲良しだよ!」

「そっか……それはよかった」

 俺が電話している間にどうやら意気投合して仲良くなっていたらしい。

 素直に葵さんが雪と友達になってくれて嬉しかった。

「それより、こうちゃん。私が一番じゃなきゃ嫌だよ?」

「え?」

 しばらくフリーズして一つの可能性が頭によぎった。

「まさか、電話聞いてたんじゃ?」

「聞こえちゃいました……」

 葵さんが申し訳なさそうにしていた。

 雪はというと、物凄く闘志があふれでていた。

「暦さんが正式なライバルになるとは、嫌な予感が当たってしまった……まさか葵ちゃんも!」

「いえ、私はまだ!」

 急に話をフラれビックリしているのか、顔を赤くしながら否定していた。

「『まだ』?まだってことはその予定があると?」

「そういう意味ではなくて……」

(本当に仲良いなぁ)

 少し和みつつ、葵さんが少し可哀想だったので割って入ることにした。

「雪、少し落ち着……」

「こうちゃんは黙ってて!これは女子の問題だから…いや私の問題だから」

 最後まで言わせてもらえなかったあげく、当事者が蚊帳の外という事態になってしまった。

 こうなったら葵さんには悪いが、雪の相手を任せてしまおう。

「葵さん、なんとか雪の誤解を解いてくれ。俺は薫ちゃんの所に先に行ってるから」

「わかりました」

 葵さんにそう言い残し、待たせている薫ちゃんの元へ向かうことにした。

「ねぇ今、こうちゃんと何話して……まさか!もうそんな関係に」

「ち、違いますって!」

 葵さんの叫びを聞きつつ俺はその場から逃げた。


『あれって噂の先輩じゃない?!』

『身だしなみ変じゃないよね?』

『今、こっち見た!』

 現在、一年生の教室前の廊下を歩行中。

 三年生の教室前の廊下を歩いている時と全く状況が一緒だった。

 特に目立ったこともしていないのに、女子にここまで騒がれると、同級生の女の子じゃなくても居心地が悪い。

 なるべく周りを意識しないで、薫ちゃんのクラスの四組を目指した。

 歓声はかなりあったものの、幸い何事もなく辿り着けた。

 丁度クラスに入ろうとしていた女子生徒がいたので、声をかけて薫ちゃんを呼んでもらうことにした。

「あの、ちょっといいですか?」

「え?ひゃ、ひゃい!」

 どうやら上級生にいきなり声をかけられて、驚いているご様子だった。

「君ってここのクラスの子かな?」

「そ、そうですけど……」

 中々緊張がとけないみたいだ。

『いいなぁ、話しかけられて……』

『私も四組だったら……』

 周りの女の子達は残念そうにしていた。

 俺がここまで興味を持たれているのが、やはりわからない。

 葵さんは顔だと言っていたが。

「このクラスに牧瀬薫ちゃんっていますよね?呼んできてもらえます?」

「わ、わかりました。ちょっと待っててください」

 周りのことは気にせず、用件を伝えると女子生徒は快く引き受けてくれた。

「あっ」

「えっと、まだなにか?」

 大したことではなかったが、思わず止めてしまった。

「その、いきなり話しかけてゴメンね。それとありがとう」

 もしかしたら、上級生にしかも男に話しかけられて恐い思いをしたかもしれない。

 なので念のための謝罪とお礼を言うと、女子生徒は顔を赤くした。

 最後まで緊張しっぱなしだった。

「っ!」

 女子生徒は一礼し薫ちゃんを呼びに言った。

 間もなくして、廊下で待っていた俺の許へ薫ちゃんがやってきた。

「あれ?孝太さんだけですか?」

「まぁね」

 流石にあの状況を説明できなかった。

「あ、そうだ。お弁当、ありがとうございました。美味しかったです」

 ザワッ。

 一瞬周りがザワついたよつに感じたが気のせいか。

「それはよかった。今、弁当箱渡してもらってもいいんだけど」

「いえ、ちゃんと洗って返しますよ」

「ありがとう」

 いつもはお気楽な薫ちゃんだけど、こういつところはちゃんとしてるんだな。

「それにしても、孝太さん凄いですよね。廊下が一気に騒がしくなりましたもん」

「でもやっぱ、顔より中身を見てほしいよな……」

 ついつい、年下に愚痴を漏らしてしまった。

「孝太さんらしいですね……っていうか、用事があっんですよね?」

 話が脱線して思いの外盛り上がってしまったが、本題の話をまだしていなかった。

「そうだけど……取り敢えず場所変えようか?」

 多くの生徒の注目を浴びている以上、やはり落ち着いて話せる場所に移動したかった。

「私はここでも良かったんですけど、孝太さんが言うなら移動しましょうか」

 俺達は今いる場所から少しだけ離れ、比較的人通りが少ない場所へとやったきた。

「ここなら大丈夫そうだな」

「それで話ってお姉のことですよね?」

 確かに部活動のことだったので葵さんのことでもある。

 だが、わざわざこの言い回しをすることに何か違和感があった。

「まぁ、そうだね」

 一応、曖昧な返事をしておく。

「来週ですもんね。お姉の誕生日」

「え?誕生日?」

「え?」

 そのままお互いを見つめたまま、固まってしまった。

 そして流れる独特な空気。

「えー!誕生日のことじゃないんですか?!」

 この静寂を破ったのは薫ちゃんだった。

 だがこれでさっきの違和感の理由がわかった。

 根本的なところで違うのだから、あのような言い回しになるのは仕方ない。

「誕生日って、薫ちゃんは何と勘違いしたの?」

 確認のためまず、薫ちゃんの話を聞くことにした。

「来週の土曜日お姉の誕生日なんで、サプライズパーティーをしようって話だと……」

 来週が葵さんの誕生日ということが、初耳だった。

 だが、俺が一人で来たことによって葵さんには内緒という設定が確立してしまったのだろう。

 ただ、普段仲良くしてるし、何かしらプレゼントは用意しておこう。

「それで、孝太さんって結局何を話したかったんですか?」

 すっかり葵さんの誕生日のことを考えてしまっていたが、薫ちゃんのおかげで現実に戻れた。

「そうだったね。今朝、登校するとき俺達が話していたこと覚えてる?」

 まずは朝のことを覚えているかどうかで話しやすさが変わるので、訊いてみることにした。

「勿論ですよ!部活動作るってやつですよね?」

 眠そうだったが、話を聞いてくれていて一安心だ。

「うん…それで迷惑じゃなければ、一緒に部活動やってくれないかな?」

「いいですよ」

 あっさりとやってくれると言われ少々驚いてしまった。

「本当に?」

「はい」

 念のために確認をとったが、本当にやってくれる様だった。

「ありがとう!助かるよ」

「いえ。正直部活動できたら、勝手に入部届け出して入るつもりでしたし」

 それを聞いてなお安心した。

 取り越し苦労の気もしたが、薫ちゃんがここままで協力的で良かったと思った。

「これで後、一人か…薫ちゃんは心当たりとかあるかな?」

 折角なので誰かいないか、聞いておくことにした。

 ここで誰かいれば部活動として成り立つからだ。

「残念ですけど、私の友達は全員入る部活決めちゃってて」

「そうだよね」

 正直、あまり期待はしていなかった。

 部活動が豊富なこの学校だからこそ、何かやりたい部活があって入学した生徒も多いだろうから。

 その上、帰宅部の生徒も少ないため、ここからが本当の勝負と言えるだろう。

「さてと、そろそろ昼休みも終わるし戻ろうか?」

「はい」

 結局、二人は来なかったので薫ちゃんと一緒に帰る約束をし一度、屋上の出入口前に戻ることにした。

『それってやっぱり、好きになる可能性あるんだよね?』

『否定はしませんけど…』

(まだ、やってたのか……)

 近くになるにつれ、徐々に聞こえてくる二人の声に呆れつつも出入口へと向かった。

「もう、昼休み終わるからその辺にしとけ」

「こうちゃん、誰のせいでこうなってると思うの?」

 止めにかかるも、また言い返されてしまった。

 はたして自分のせいなのかと疑問を持ちつつ、今度は真面目に止めることにした。

「ったく…そうやって妬いてくれるのは嬉しいが、俺だって男だから女の子に好かれたいって考えも少なからずある。けど俺には雪が必要だし、もし将来一夫多妻になったとしてもお前にはずっと、隣にいてほしいんだよ」

「こうちゃん……」

 俺の言葉に雪もすっかりと聞き入って、暴走もおさまりつつあった。

「俺には……お前が必要なんだよ……」

 照れてしまい最後は巧く話せなかったが、どうやら雪も完全に落ち着いたようだ。

「こうちゃん、ゴメンね。私心配になって…」

「気にするな」

「葵ちゃんもゴメン……八つ当たりしちゃって」

「大丈夫ですよ……友達ですから」

 雪が謝ることによってこの場の収拾はついた。

 葵さんが雪を友達と言ったことは、大きな一歩でもあった。

「こうちゃん、私待ってるからね」

 先程の俺の言葉に嘘はないが、あくまで幼馴染みとしてだった。

 普通は愛の告白と受け取れるが、俺の過去を知っている人にとっては、そうは受け取れない。

 ここにいるメンバーは特にだ。

 だからこそ、俺は早く克服して雪や暦さんに答えなければいけない。

「おう。そういえば雪、次の時間移動教室だろ?」

 だが、少し恥ずかしくなり思い付いた話題で話をそらした。

「あ、そうだった!私、先に行くね!二人ともごめんね。それとありがとう」

 雪はそう言い残し、一人先に大慌てで教室へ戻っていった。

「じゃあ、俺たちも戻ろうか」

「はい」

 俺と葵さんもゆっくりだったが、教室に戻ることにした。

 次の授業まで残り五分ということもあり、廊下にいる生徒は少なく、変に目立たず歩けた。

「孝太さん、ありがとうございます。薫の所行ってくれて」

 葵さんは律儀に礼を言ってくれた。

 提案したのは俺だったので、当然の義務だったが素直に受け取っておくことにした。

「それで薫はなんて?」

 雪に気をとられて報告していないことに気づいた。

「オッケーだってさ。これで、後一人だね」

「良かった……でも後一人どうしましょう?」

 残る手段としては地道な勧誘しかないだろう。

「まぁそこは後々決めるよ…話かわるけどさっきはゴメンね。雪を任せっきりにして」

「姉妹以外の女の子とああやって話せたのは久しぶりだったので、楽しかったです」

 光さんと絶交してから、なかったことになる。

 葵さんと雪を会わせたのは正解だった。

「それはよかった。それと帰りは朝と同じで四人で帰るけどいいかな?」

「もちろんです」

 そんな話をしていると、あっという間に教室へ着き、各々自分の席へ戻った。

 ほぼ同時にチャイムが鳴り、担当の先生の入室と共に授業が始まった。

 教科書がまだ届いてない俺は隣の光さん見せてもらいつつ、授業を受けていた。

 もっとも今年初の授業だったので、自己紹介や授業の流れの説明がメインだった。

 しばらくどの科目の初授業ではこの様なことが行われるだろう。

 俺は転校してきた時と同じように無難な挨拶をし、自分の番を終わらせた。

 俺が終わると、一つ前に終わっていた翔が、またしても絡んできた。

「お前さ、昼休みに牧瀬さんと何処行ってたの?」

 このことは隠すこともないので、正直に打ち明けた。

「昼飯食いに行ってたんだよ。それに雪もいたぞ?」

「マジかよ……両手に華か。イケメンだからって……」

 いちいち、翔のリアクションは無駄に大きいので先生にバレないかヒヤヒヤする。

「柏木くんは牧瀬さんと仲良いの?」

 そう訊いてきたのは隣に座っている光さんだった。

 元親友として、やはり気になるのだろう。

「家が隣同士だから……」

 やはり少し上がってしまって、口下手になってしまった。

「お前はエロゲの主人公か!」

 何故か翔が反応していた。

 せめて、ギャルゲにしてほしかった。

「遠藤、うるさいぞ!」

「すみません!」

 ついに、教師に注意をされた。

 一方の聞いた本人は、特にリアクションもなく過ごしていた。

 そこからの時間の経過は早く、次の時間も予想通り同じように進み、学校での一日が終了した。


「じゃあな、孝太」

 これから部活があるという翔とすぐに別れ、葵さんの元へ向かった。

「さっき雪には昇降口集合ってメールしといたから、俺達も向かおうか?」

「はい」

 帰り支度を終わらせ、二人揃って昇降口へと向かった。

 昇降口に着き、五分も経たないうちに雪と薫ちゃんがやって来た。

「あ!ノート忘れた」

 全員が揃い帰ろうとしたときに、ノートを机の中に入れっぱなしなのを思い出した。

 一度カバンを見たが、やはり入っていなかった。

「悪い。ノート取ってくるから先に帰っていてくれ」

「いいよ。待ってるから」

「本当にごめん」

 皆に詫びを入れ、急いでノートを取りに行くことにした。

 放課後ということもあり、校舎にはほとんど生徒の姿がなかった。

 たまに部活へ向かう生徒とすれ違う程度で、大体の生徒は文化部の部室がある旧校舎や、運動部の活動拠点のグラウンドや体育館にいるのだろう。

 教室に着いた時、当然誰もいないものだと考えていた。

 だが教室に入ろうとしたとき、人の気配を察知し思わず隠れてしまった。

 教室内を見てみると、一人の女子生徒が葵さんの席に座っているのが確認できた。

 俺は教室に入ることができず、ドアの前に立ちっぱなしになっていた。

 自分の教室なうえ、他人の席に座ることなど珍しい光景でもない。

 だが教室に入ることができなかった。

 何故なら、その葵さんの席に座っているのが光さんだったからだ。

 しばらく様子を見ていると、目から一筋の涙が流れ落ちた。

『葵……』

 そして、彼女が葵さんの名前を呼ぶのを聞いた。

 俺はノートを諦め、その場を去ることにした。


「ごめん、待たせたかな?」

「いや、大丈夫だよ。それじゃ帰ろうか」

 昇降口に待っている三人の許へ戻り、話し合いの結果、寄り道せずそのまま帰ることになった。

 薫ちゃんは朝とは違い、元気いっぱいなご様子で皆楽しそうに話しているのを俺は一歩下がった所から聞いていた。

 ノートの代わりに持ち帰ってきた、光さんの問題のことを考えていたからだ。

 光さんと初めて話したときの彼女の人柄、そしてさっきの様子…葵さんが言ってた話だけでは真実の半分しか見えていなかったのかもしれない。

 そうなると光さんからも聞いておく必要がある。

 光さんが何故あの様なことを言ったのかを。

(しかし、どうやって聞こうか。罰ゲームで聞こうと思ってたが……あの涙を見てしまったから無理矢理は聞けなくなったな)

「……ちゃん……こうちゃん!」

「?!」

 気がつくと雪が俺の顔を覗きこんでいた。

「話聞いてた?」

「えっと……ごめん。ちょっと考え事してて」

 何かしらの話をしていて、俺に意見を訊いたところだったのだろう。

 すっかり考え込んでいて全く聞いてなかった。

 それに加え、既に家の前に到着していた。

「また他人のこと考えてたでしょ?」

「……」

 相変わらず雪には筒抜けの様で、気まずくなり目を逸らしてしまった。

「まったく……ほどほどにね」

「……あぁ」

 いつも、ほどほどで済まないので雪も気を使ってくれているのかもしれない。

「それで、こうちゃんは誕生日パーティーするのは賛成?」

「誕生日パーティー?……あ!葵さんのか」

 一瞬何を言っているのかわからなかったが、すぐに葵さんの誕生日のことだとわかった。

「サプライズではないけど、どうですか?」

 どうやら提案者は薫ちゃんのようだ。

 俺だけじゃなく、雪とも友達になったんだ。

 折角の機会で、断る理由も特にない。

「いいんじゃないか。俺は賛成だ」

「じゃあ孝太さんは料理お願いしますね」

 適材適所といったところで、俺が料理担当か。

「わかった。ケーキも作った方がいいか?」

「孝太さん、ケーキも作れるんですか?!」

 食いついて来たのは、まさかの葵さんだった。

 かなりのテンションの高さに俺と雪は若干ひいていた。

「まぁ……スイーツも一通り」

 去年、ファミレスでのバイトや雪の要望で作ってみたところ、大好評だったのは記憶に新しい。

「凄いです!今度、是非、是非!食べさせてください!!」

 興奮しているせいか、前のめりにどんどんと俺に接近してきた。

「か、顔が近い」

「……え?……あ、あ……」

 俺の言葉で正気に戻ったようだが、今度は恥ずかしさのあまり照れてしまい言葉にならないご様子だ。

「アハハ……お姉は本当に甘いものに目がないね」

 状況についていけなかった俺と雪をよそに、薫ちゃんが大爆笑していた。

「……ごめんなさい。孝太さんがスイーツ作れるって言うので、ついテンション上がっちゃって」

 葵さんが謝りつつ、申し訳なさそうに 説明してくれたおかげで、ようやく事態を把握できた。

 どうやら葵さんは無類の甘党らしい。

 そうなると、ケーキは欠かせないだろう。

「それで、結局ケーキはどうするの?」

「そこなんですけど、流石にケーキまで頼むのは申し訳ないので、私たちが作ります!」

 ケーキまで作るとなると俺も骨が折れるので、厚意に甘えさせてもらうことにした。

「わかった」

「ところで、私たちって誰?」

 雪が何気ない質問を薫ちゃんにぶつけた。

 でも、確かに薫ちゃんと誰なのか聞いておきたい。

「勿論、私と暦姉と雪さんです」

「え?!」

 雪も聞かされていなかったらしく、凄く驚いている。

 俺は背中に嫌な汗をかいていた。

 思い出してのは、葵さんたちに会った日のことだ。

 暦さんが料理できなくて結果、うちで夕飯を食べることになった。

 そして雪は言うまでもないが、料理ができない。

 つまり料理が苦手な二人を入れて、肝心のケーキを作ることになる。

「そっか……私頑張るね!二人が一緒だったら大丈夫な気がする」

 すっかりと雪もやる気になっている。

 考えてみると、雪は暦さんが料理をできないことを知らなず、牧瀬姉妹も同様に雪が料理をできないことを知らない。

 まとめると、大ピンチだ。

「もしかしたら暦さんも知らされてないんじゃない?」

 やる気満々の雪が薫ちゃんに確認作業を始めた。

「そうですね。家に居ると思うんで来てもらいますか…メール打つので少し待っててくださいね」

 薫ちゃんはカバンから携帯をだし、メールを打ち始めた。

「孝太さん、どうかしました?」

 先程から喋らない俺を心配して葵さんが声をかけてくれた。

「ナンデモナイヨ」

 平然を装うってみたものの、恐怖のあまり片言になってしまった。

 本当は心配なことありまくりです。

「そうですか。でも楽しみだな……フフ」

 葵さんの嬉しそうな顔は相変わらず可愛い。

(俺が何とかしなくては!)

 改めて誓いを立てたとき、薫ちゃんが携帯をカバンにしまい、こちらへ向き直った。

「今メール送ったので、すぐに来ると……」

「孝太く~ん!」

 すぐどころか、薫ちゃんが言い終わる前に登場した。

 そして俺のことを抱きしめた。

『……?!』

 そこにいた暦さん以外の全員が凍った。

「ちょっと!何やってるんですか?!」

 一番初めに状況に追い付いたのは雪だった。

 雪の怒鳴りと殺気で俺も状況を飲み込めた。

「孝太くんは私が守るからね~」

「ちょっと暦さん!取り敢えず離れてください」

「いやぁ」

(断られた?!)

 雪は引き離そうと必死になる一方で、葵さんと薫ちゃんは未だについてこれていない。

「こうちゃんが過去の話するから」

 どうやら原因は昼休みに俺の過去を話したことらしい。

「あらあら楽しそうね?」

(この声は!)

 丁度良かったのか悪かったのかは別として、後ろを振り向くとニヤニヤして母さんが立っていた。

 母さんの声でフリーズしていた二人も現実に戻ってきた。

「母さん!」

「おば様!」

 俺と雪がほぼ同時に母さんを呼んだ。

 この状況を誤魔化すために。

『お母さん?!』

 牧瀬三姉妹は母さんを見て、驚いていた。

 そのおかげで、暦さんのハグからも解放された。


「初めまして~。牧瀬暦と申します~。こちらは妹の葵と薫です~。孝太さんにはいつもお世話になってます~」

 代表して挨拶する暦さんに続き、葵さんと薫ちゃんが頭を下げた。

 現在、先程のことが嘘だったかのように全員落ち着きを取り戻していた。

 ただ、雪は俺と腕をガッチリと組んでいた。

「これはご丁寧に。孝太の母です。気軽にお義母さんって呼んでね」

「はい!お義母さん!」

 何故か返事をしたのは隣にいる雪だった。

「でも初対面ですし……」

 暦さんは抱きついてきたのが嘘かの様に遠慮がちだ。

「関係ないわ!こうちゃんを好きな人なら誰だって呼ぶ権利はあるわ!」

「お義母さん……」

 暦さんは目を煌めかせ母さんを崇めていた。

 そして、雪の眼孔は鋭く、完全に敵意丸出しだ。

「母さん、これ以上煽らないでくれ……」

 俺のお願いをスルーし、いつもの悪ふざけを続けていた。

「でも、こうちゃん年下好きだから、この中だと薫ちゃんがタイプかしらね」

「わ、わらひ?!」

 突然のことで、薫ちゃんの舌は回っていなかった。

「ちょっと、母さん!」

 次から次に出てくる母さんの出任せに、怒鳴ってしまった。

「息子に怒られちゃった」

(年齢を考えろ……)

 お茶目にする母さんに心の中でツッコんでおいた。

「着替えとりに帰っただけだから、私はこれで失礼するわ。息子をよろしくね」

『はい』

 四人の息が珍しくあった。

 それだけ言い残し嵐のように去っていった。

「変な母さんでごめんな」

 取り敢えず、牧瀬三姉妹は母さんとは初対面だったのに母さんの茶番に付き合わせて悪いと思った。

 改めて四人を見て、思わず一歩はひいてしまった。

「私が、孝太さんのタイプって…雪さんやお姉達に悪いし……でも」

 薫ちゃんは照れながらも嬉しそうだ。

「こうちゃんは私のもの……」

 雪は明らかに憎悪を含み、俺の横で怒っていた。

「私、一切絡んでもらえなかった……」

 母さんと話していない葵さんは目を潤ませ哀しんでいた。

「お義母さん……これで私の初恋は実ったようなものね~」

 暦さんは、雪とは逆の俺の腕に自分の腕を絡め凄く楽しそうにしている。

「はぁ……」

 思わずため息を漏らした。

 喜怒哀楽を一変に見るのは俺の人生において最初で最後だろう。

 結局十五分後、ようやく全員を落ち着かせ話を戻した。

 だが、雪も暦さんもやる気に満ち溢れていて止めることができなく、解散した。

 今回決まったことは、俺が料理を雪と暦さんそして薫ちゃんがケーキを作るということだ。

 またプレゼントは皆で買うということになったが、俺は個人的にもプレゼントを買うことにした。

 帰宅後は特にイベントもなく、夜中に雪が夜這いにきてそれを追い返すなどのいつもと変わらぬ光景だったが、今日も眠れなかった。

 光さんの涙が頭から離れなかったからだ。

 我ながら、女の子の涙に弱いのだと再認識する夜になった。

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