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一話 第四章~それぞれの悩み~

 葵さんが帰った後、俺は一人無人の教室にいた。

 葵さんは俺の過去をすんなりと受け入れてくれたが、何か思うこともあるだろうと考え、別々に帰ることを選択した。

 それに雪とも話したがっていたようにも見えた。

 実際用事はあったので、嘘はついていない。

「もう出てきていいですよ?葵さんも帰りましたし」

 教室にある二つの出入口のうち、葵さんが出ていった方とは反対側のドアへ向かって声をかけた。

『…………』

 返事がない。

(やべえぇ!俺、超恥ずかしい?!)

 もしかしたら顔が赤面しているかもしれない。

 待つこと十秒近く、ようやく返答があった。

「お前、私がこのまま出て来なかったらどうしたんだよ」

 俺が呼びかけたドアから入ってきたのは、小林先生だった。

「出てきてくれて良かったです。出て来なかったら、凄く恥ずかしかったですよ」

「いや、あの台詞も充分に恥ずかしいと思うぞ?」

「え?!」

 小林先生の指摘に驚きを隠せなかった。

「何でそんな意外そうな顔してんだよ?」

(あれって恥ずかしい台詞なのか?)

 俺の中では、むしろカッコいいと思っている。

「漫画っぽくないですか?」

「ったく……ところでどうして私がいるって気づいたんだ?殺し屋かお前は」

 俺が反論すると、小林先生はため息を吐いた。

 完全に呆れられた。

 だが俺が思うに、むしろ俺が殺し屋設定の方が漫画っぽい。

「そうですね……武道の心得とかありますから、気配を感じることは多少できますね。それと殺し屋ではないですけど、近いものではありますね」

 面白そうだったので、小林先生の発言に乗ってみることにした。

「ま、マジか?!」

 まさかここまで驚かれるとは思わなかった。

 これ以上続けると、話がややこしくなりそうなので、このあたりで止めておくことにした。

「冗談ですよ」

「なんだ冗談かよ……教師をからかうな」

 実のところ、俺が小林先生の存在に気づいたのは気配を感じたわけではなく、葵さんに俺の話をしている時に俺が外を見た際、窓が鏡の役割をして廊下で話を聞いていた小林先生の姿が写されたからだ。

「ハハ……すみません。それで確認のために聞きますけど、どこから聞いてました?」

 ここから真面目な話になるのを察したのか、小林先生の顔も引き締まった。

「……お前の過去の話からだ。すまん」

「そうですか。なら問題ないですね」

 どうやら俺が気配を感じた時と同じくらいで、取り敢えずは安心した。

 葵さんの話が聞かれてなくて、良かった。

「大分重要な話に聞こえたぞ?」

「そうですね。できれば誰にも聞かれたくはない話でしたね」

 もちろん、俺の話も聞かれたくはなかった。

 あの話を快く聞ける人なんて、いないだろうからだ。

「そうか……よし!柏木、着いてこい」

「え?……っちょ!先生?!」

 何かを決心したのか、小林先生は俺の手を引き廊下へ出た。


「……あの何処に向かってるんですか?」

 手を引かれるがまま廊下を歩いていた俺は、小林先生へ問いかけた。

「ついてくればわかる」

 何度訊いても同じ答えしか返ってこない。

 正直、かなり不安だ。

「あの、下校時間過ぎてるんですけど?」

「教師が一緒だから問題ない」

 脱出を試みるも、満面の笑みでそう答えられ、阻止された。

 しばらく廊下を歩き、終いには階段を上り、辿り着いたのは屋上へ入るためのドアの前だった。

「立ち入り禁止って書いてません?」

 間違いなく張り紙にはそう書いてある。

 今時、どこの学校でも安全面を配慮して、屋上へは基本上がれないものだ。

「そうだな。だが、これはあくまで生徒だけでという意味だ。つまり私達教師や許可のある生徒は問題ない」

 少し強引な気もしたが、そう言うなり小林先生はポケットから鍵を出した。

「そういう問題ですか?……それより何故鍵を持っているんです?」

「あぁ。それはよく来ているからだよ」

 それだけ言うと、小林先生は鍵を開け屋上へ入っていた。

 一度入るか迷ったが、俺も小林先生に続き中へ入った。

 屋上からの景色は夕陽が射していることもあり、紅く染まり綺麗な街並みが広がっていた。

「どうだ!いい景色だろ?」

 景色に見とれていた俺に小林先生が訊ねてきた。

「そうですね。正直驚きました…でも屋上に来た理由は教えてもらってないんですが」

 もう少し景色を眺めていたかったが、あの話を聞いて、こんな場所に移動したからには何か大事な話でもあるのだろう。

 教室と違って、偶然誰かに聞かれる可能性も、ここだと低い。

「そうだな。私が言いたいことは大体三つだ。さっきの話を聞いたからには、まず一つ目はお前と牧瀬についてだ」

 あの話を聞いた以上、何かしら言われることは覚悟していた。

「はい……でも葵さんの話は聞いてなかったんだすよね?」

「あぁ。だからといって牧瀬の秘め事については、何も訊かない。ただ牧瀬のことをお前に頼みたいと思ってな」

 最初に小林先生が言ったのは、聞いた感想ではなかった。

 まさか頼み事をされるとは、思ってもいなかった。

「俺にできる限るのことはします。ただ、小林先生が何故そんなお願いを?」

 俺の質問に一拍おいて小林先生は答えた。

「私は去年牧瀬の担任だったからな。教師としてあいつのことが心配だったんだが、今日たまたま体育館に向かうお前と牧瀬を見たとき、牧瀬の表情が今まで私が見た中で一番生き生きとしていたんだよ。だからこそお前に頼みたい」

 おそらく、この頼みは俺と葵さんの家が隣同士であることも、わかっている上でだろう。

 俺自身、葵さんに助けられる身ではあるが、断る理由はどこにもなかった。

 むしろ助けになりたいから、お願いを引き受けた。

 ただ、気がかりなのは俺の話を聞いていることだ。

 俺ははっきり言って汚れている。

 そのことを踏まえて、小林先生は頼んでくれている。

「了解です。ただ簡潔に話したとはいえ、俺の過去の話聞いたんですよね?」

 一瞬、小林先生は少し申し訳そうにしつつもあったが、真っ直ぐと俺を見て話を続けた。

「正直、お前の話を聞いたときはかなり驚いた。けれど弱さを持っている人間を私は軽蔑しないし、お前を凄いとも思っている。私はお前の……いやお前達の味方だ」

 その言葉に、心が締め付けられるような感覚を覚えた。

 今までは雪だけが味方だったが、今日だけで二人も増えるとは思っていなかった。

「えっと……その……ありがとうございます。ただ、全てを話したわけでは……」

「わかってる。もっと何かあるんだろうが、これ以上聞かないから安心しろ」

「……はい」

 凄く申し訳ないと思った。

 だが雪でさえ知らない以上、誰かに話すと言う選択肢はなかった。

 実際、話してみれば大したものではない。

「ただ、一つだけいいか?お前はどうやって立ち直ったんだ?」

 これは葵さんには話してなかった。

 これこそ、雪にも話していないことだ。

 その事を隠しながら、小林先生の疑問に答えた。

「自分に自信をつけたんですよ。必死に勉強して、高校入ってからはバイトして、大事な人から元気をもらった…ただそれだけです」

「そうか。お前はやはり強いな……私なんかより。だから改めて牧瀬のことを頼みたい」

 きっと、小林先生は大事な人を雪と捉えているのだろう。

 だが、それ以上はそのことに触れなかった。

「はい。……あの、さっきの『私なんかより』ってのはどういう意味なんですか?」

 その疑問を問いかけた時、小林先生の表情は曇っていた。

 何かを悲しんでいる、その様に捉えられた。

「それこそ二つ目だ。お前の話を不可抗力とはいえ聞いてしまったからな、私のことを話しておく。私には弟がいたんだ」

 その言葉に胸が痛くなった。

(いたってことは過去形。つまり弟さんはもう……)

「察してると思うが、弟はこの世にはいない。八年前に亡くなった」

 亡くなっていることは気がついていた。

 だが言葉にして言われると、何か重いものが感じられた。

 俺の顔も暗くなっていくのが、自分でも分かった。

「弟は生まれた頃から心臓が悪くてな…運動もまともにできないうえ、車椅子生活を余儀なくされたんだ」

『車椅子』という単語に危うく、反応しかけた。

 彼女の姿が頭の中に浮かんだが、イメージをすぐに消した。

「それじゃあ、弟さんは持病で?」

 小林先生は首を横に振った。

 つまり違うということだろう。

「いや……死因はトラックとの事故だった。居眠り運転で、歩道に突っ込んできて轢かれたんだ。私もその時一緒にいたんだが……何もすることができなかったんだ……」

 徐々に小林先生は涙を流し始めた。

 本人は必死で我慢しているが、本人の意思とは反対にどんどんと溢れでてきていた。

「……後悔してるんですね?」

 無意識に俺は慰めよりも質問を優先していた。

 ここで『気にやむことはない』という言葉は、残酷すぎる。

「当たり前だ……弟は先生になることを夢見ていたんだ……学校の先生じゃなくても、誰かに希望を持たせてやりたいって……」

「理由は、自分は希望を持つ資格がないから…じゃないですか?」

 小林先生の言葉を遮り、弟さんの気持ちを代弁した。

「よくわかったな……その通りだよ……体が弱い自分には誰かの夢を応援することしか……できないって」

「俺もそう思ってた時期ありますから……でも教える仕事につきたいって、立派な夢ですよね。その矛盾に俺も悩まされましたから……」

 俺は一時期、雪の為になら何だってするという考えだった。

 あいつが笑って過ごせればそれでいい、そう考えていた。

 だが雪が笑顔で一緒にいてくれると、俺も幸せになっていた。

 もしかして、雪のためではなく自分のためなのではないかと考え、雪を利用して幸せを得ようとした自分自身に絶望した。

 だから俺には分かる。

 弟さんがどんなに悩んで辛かったのか。

「そうか……お前に話せて少し心のモヤモヤが晴れた気がする」

 俺には弟さんの気持ちが分かる。

 そのせいか小林先生は無意識に、俺と弟を重ねて見ているのかも知れない。

 推測でしかないが、この話は小林先生が教師になった理由に繋がっているのだろう。

「なら、よかったです。でも…俺にとっては、小林先生の方が俺なんかより凄いと思います」

「なんでだ?」

 小林先生は意外そうな顔で俺に問いかけた。

「他人のことを本気で心配できるからです。俺は大事な人のことしか守ったりできないですけど、小林先生は生徒全員のことを、見据えているじゃないですか」

「そんなこと言われると……少し照れるのだが……」

 頬をかき視線をそらす小林先生の反応を、少し可愛いと思いつつ話を続けた。

「自信持ってください。俺はその話聞いて小林先生のこと好きになりましたもん」

「な?!お前!き、教師を口説くな!」

 小林先生の顔は咄嗟に赤くなり、男勝りな性格はなくなり、まるで女の子の様な反応した。

「ん?なんか変なこと言いました?」

「言っとるわ!好きとか気軽に言うもんじゃない!」

 どうやら誤解させてしまったようだ。

 俺は『先生として』の意味で言ってたのだが、どうやら『女性として』と捉えられたらしい。

 もちろん、女性としても素敵な人だとは思うが、一応誤解は解いておこう。

「えっと……先生として好きってことですよ?そんな反応されるとこっちまで恥ずかしくなるんですけど……」

「そ、そうだったのか!……いや普通そうだな……こちらこそ勘違いしてすまなかった」

「いえ。でもさっきの照れた小林先生は可愛かったですよ」

 俺は笑顔で言ったが、反対に小林先生は恥ずかしすぎてなのか顔が強ばった。

「くっ……忘れてくれ。それとも忘れさせてやろうか?」

(はっ!殺気!)

「はい、すぐに忘れます」

 拳を握り指を鳴らす小林先生に対し、反射的に謝った。

 こうして、小林先生の過去の話は和やかに終わった。


「ったく……さっきまでシリアスな話だったのに、いつの間にかバカ話になってるじゃないか……」

 一拍おいて小林先生はため息をつき、いかにも呆れているということが伝わってきた。

「でもまぁ、いつまでも暗いままって嫌じゃないですか」

「まぁ確かにそうだな…」

 苦笑いしつつ、小林先生は頷いてくれた。

「それで三つ目の話ってなんですか?」

 一段落ついたところで、俺は話を戻した。

「最後のは部活動についてだ」

「正直助かりました。この学校来て間もないですし、部活動発足の条件とか知りたかったです」

 最後の話は俺達の今後にとても重要な話だった。

「そうだろうと思ったよ。一回しか言わないからよく聞けよ」

「はい」

 俺が返事すると、小林先生は部活動について話し出した。

「まず最低条件として、部員は五人以上に顧問の教師が必要だ」

 部員は俺と葵さんで二人だから、残り三人だ。

「そしてそれらが揃ったら、生徒会へ提出しその場で審査される」

「え?その場でですか?」

 てっきり教員も話し合って、決めるものだと思っていた。

「いつまでも、待たされる方が心臓に悪いだろ。まぁこの学校は変な部活動も多いから、審査は緩いから安心しろ」

 笑いながら小林先生が説明するということは、本当に緩いのだろう。

「と、まぁ大まかにはこんなもんだ。何か質問はあるか?」

 意外と条件も少なく、あっという間に説明が終わった。

「いえ、特にはないです」

「それで、ここからが本題だ」

 小林先生の言葉に一瞬、目を見張った。

 部活動についての説明が本題だと思っていた。

「本題……?」

「顧問なんだが、私が引き受けてやってもいい」

「え!本当ですか?!」

 嬉しさのあまり大声をあげてしまった。

 この学校に来たばかりの俺に先生の知り合いもなく、凄く助かった。

「やっぱりお前達の力になりたいからな」

「ありがとうございます。そう言ってもらえると、心強いです」

「それとだな。お前にこれを渡しておく」

 そう言うなり小林先生は自分のポケットから一つの鍵を取り出した。

「これって屋上の鍵ですよね?」

「あぁ。部室ができるまでここを拠点にしろ。他の生徒も来ないし、ここなら自由に話せるだろ」

 俺はなんの迷いもなく、鍵を受け取った。

 ここまで気を遣われると、中途半端なことはできないなと改めて思った。

「本当にありがとうございます」

「なに、気にするな。今日は遅いからもう帰れ。それと明日、部活動申請の書類渡すからな」

「はい、わかりました」

 小林先生は後ろ向きに「じゃあなー」と軽いのりで手を降り屋上から去っていった。

「さてと、俺も帰るかな……」

 先程までの夕焼けはすっかりとなくなり、ちらほらと星が出始めていた。

 昇降口を出た頃には生徒の影はあらず、教師も帰り始めていた。

(すっかり遅くなったな…そうだ、忘れないうちに葵さんにメールするか)

 携帯を取り出し、明日の昼休み屋上でさっきの小林先生とのことを話しておきたいというメールを送った。

 メールを送ってから思い出したが、葵さんを先に帰らせた時に、携帯の充電が無いと言っていた。

 きっと葵さんにも、雪と話をさせるためだとバレただろう。

 葵さんのことを考えていると脳裏に浮かぶのは過去のことだ。

(まさか同じクラスに、それも隣の席に原因の娘がいるとは)

 それに部員の件もある。

 これから俺がやるへきことは多かった。


 帰り道は軽く今日の出来事を頭の中で整理していた。

 住宅街に差し掛かったとき、暦さんが牧瀬家から出てきた。

「あれ?暦さん、こんな時間にどうしたんです?」

「孝太くん……ちょっと夜風に当たりたくて~」

 口調はいつもと変わらなかったが、何処か寂しげな

 雰囲気を醸し出していた。

「なら、俺も付き合っていいですか?」

 俺は暦さんを放っておけなかった。

 それに、俺ももう少し外の空気を吸っておきたかった。

「いいよ~」

 暦さんは快くオッケーしてくれた。

「孝太くんと二人きりで話すのって初めてだね~」

 確かに暦さんの言う通り、この組み合わせというのは初めてだった。

「ここじゃなんですし、場所変えましょうか」

 家の前にいた俺達は住宅街にある、小さな公園に移動した。

 公園には人の姿はなく、とても静かな環境だった。

 公園に入ってすぐに、ベンチに二人揃って腰を下ろした。

「ふぅ……それで何を悩んでたんですか?」

 一息つき、単刀直入に暦さんへ尋ねた。

「よく悩んでるってわかったね~」

 暦さんはベンチに座ってから、ずっと星空を眺めていた。

 当の俺もここに来る途中に自動販売機で買った、手元にある缶コーヒーに目を落としていた。

 お互い顔を見ていなかったが、俺には暦さんがどんな顔をしているか分かっていた。

「寂しそうな顔してましたから……いえ、今もそんな顔してるから」

「凄いね~。よく人を見てるんだね~」

「少し違いますよ…何かに悩んだり、悲しんだりしているのが少し敏感に分かるだけです」

 昔から雪のそういう顔を見てきたので、分かるようにはなった。

 ただ、桜さんには及ばない。

「同じようなものだと思うな~。でも…だから葵ちゃんは孝太くんに……」

 暦さんの声が段々と小さくなっていくのがわかった。

 おそらく、悩みというのは葵さんのことでだろう。

 そのことを察し、暦さんの方へ向き直った。

「暦さんは、一人で抱えすぎなんじゃないんですか?俺でよければ何時でも話聞きますし、暦さんの味方でもいたいと思ってます」

「孝太くん……」

 俺が真剣に投げ掛けると、暦さんもいつしか、俺のことを見ていた。

「孝太くんは何でもお見通しってことか~。葵ちゃんから聞いてると思うけど、妹二人とは血が繋がってないんだよねぇ……だからなのかな、少しでも仲良くなろうとして何より長女として、二人の面倒を見なきゃって思って……」

 暦さんは新しい生活に慣れないであろう二人の面倒を自分の義務だと思い、今まで背負い続けてきたのだろう。

 俺と出会った頃から、二人を後ろから見守っていたのには気づいていた。

「特に葵ちゃんって人見知りが凄いから~。それに再婚して少し経ってから、元気も無くなった気がして」

 光さんとの一件は相当なものだったのだと、認識を改めた。

 事情を知らなくても、何かあったのだと気づかれるくらいだ。

「でもね、今日家に帰ってきた葵ちゃんはいつもより良い顔してて、すぐにわかったの…孝太くんのおかげだってね~。感謝の気持ちもあるけど、嫉妬してるんだよ~」

 暦さんが無理に笑顔を繕っているのが、わかった。

「嫉妬ですか?」

「私が何年も頑張ってきたのを、一週間で追い越しちゃうんだもん……私のやってきたことって無駄だったのかな~……」

 こんなに弱い暦さんは見たことなかった。

 いや、これが本当の暦さんなのかもしれない。

 本心を隠して、誰にも見せないようにしてきた。

 みんなに心配させないようにしてたのだろう。

「無駄じゃないと思いますよ?まだ一週間程の付き合いですけど、暦さんがいたから、あの二人は楽しそうにしてたように俺には見えましたよ」

「本当……に?」

 こういうときにかける優しい言葉とか、俺にはわからない。

 だからこそ俺は自分の本音を、今までと同じように包み隠さず言うことにした。

「はい。でも…暦さんは自分を数に入れてないんじゃないですか?二人を不安にさせないために、弱さを隠すことは悪いこととは言いません。ですけどそのせいで一線をひいてしまっていたら、暦さんが今日みたいに傷つくだけですよ」

「なら……どうしたらいいの?!」

 暦さんが初めて怒鳴った。

 怒りからではなく、混乱からきたものだろう。

 暦さんはきっと不器用な人なんだ。

「二人と一緒に楽しむだけでいいと思います。過去に何があったとかは、二の次です。前に送ってくれたメール覚えますか?」

「メール?」

 俺は携帯を取り出し、過去のメールを開いた。

 消してなくて良かったと心底思った。

「ここに、『あの二人があんなに楽しそうなの久しぶりに見た』って書いてますよね。この時、暦さんって二人のことしっかり見てるんだなって思ったのと同時に、自分のことを犠牲にしてるって思ったんですよ」

 携帯を仕舞い、暦さんの目を見て話を続けた。

「今日みたいに俺にだけでいいんで、弱さを見せてください。そうすれば一人で悩まなくてもすみますし、暦さんも二人と楽しめる余裕ができます。何より暦さんも一緒に楽しんだ方が、二人も嬉しいはずですよ」

 俺からの提案は、唯一暦さんの弱さを知っている俺が、暦さんの弱い部分を引き受けるということだ。

「孝太くん……なんでそこまで……」

 今、暦さんが苦しんでいるのは、葵さんが俺と一緒に変わる切っ掛けを得たからだ。

 だとしたら、せめて暦さんの苦しみを取り除くのも俺がやらなくてはいけない。

 だが俺はそれを義務ではなく、俺の本心でやる。

「暦さんの味方って言ったじゃないてすか」

 俺が暦さんに返したのは、単純な一言だった。

「それだけ~?」

 然り気無く意地悪な質問してくる。

 でも、元気が戻ってきてるみたいだ。

「そうですね……暦さんって今みたいにしょんぼりしてるよりも、笑顔の方が可愛いから……かな。何度も癒されてますし」

 他に俺が思い当たる理由は、これしかなかった。

 その言葉を聞いた瞬間、暦さんの顔がイッキに赤くなった。

「弱ってる女の子にその言葉は反則だよ~」

(反則なのは、そっちでしょ)

 暦さんが照れているところを見て、思わず胸がキュンとなった。

 今までこんな表情を見たことなかったので、新鮮だった。

「でも……ありがとう」

「いえ、これくらい」

 お礼を言う暦さんの笑顔は、いつもと変わらないものだった。

 俺はそれを見て安心した。

「……きになっていいかな?……」

「今、何て言いました?」

 礼を言われた後に小声で何か言われたが、上手く聞き取れなかった。

「独り言だから気にしないで~」

「そうですか。それじゃ、そろそろ帰りましょうか」

 俺は立ち上がり右手を暦さんへ差し出した。

 その手を掴み暦さんも立ち上がった。

「孝太くん、今日のことは」

「内緒ですよね。わかってます」

 血は繋がってなくても姉妹なだけに、最後に言うことは同じだった。

 それから一分程の帰路を二人で歩いた。

 何故か右手を離してはくれなく、自宅まで手を繋いだ形になってしまった。


 暦さんを自宅へ送ってから帰宅した。

 すっかり遅くなってしまった。

 雪に連絡を入れてなかったから、心配しているかもしれない。

「ただいま」

 玄関を開けた瞬間リビングから、雪が飛び出してきた。

 そして抱きついてきた。

「おかえり。遅かったね…女の匂いがする。葵さんを除いて二人かな」

(怖っ!)

 毎回、よくわかるなと思う。

 それも小林先生と暦さんで、丁度二人だ。

 ヤンデレってこういう人を言うのだろうが、雪のは超能力レベルだ。

「ちょっと待て!少し落ち着け!帰る前に小林先生に、呼び止められたんだよ」

「なるほどねぇ…で、もう一人は暦さんかな?」

 そこまで分かると、恐怖でしかない。

「よくわかったな……ちょっとそこで会って」

「嘘はよくないよねぇ……」

 ビクッ。

 雪の笑顔に思わず体が跳ね上がった。

 別に嘘はついていないが、説明を省きすぎた。

 だが、雪にも暦さんとのことは話せない。

「手、繋いでたよね」

「あれは暦さんが放してくれなくて…っていうか見てたのかよ!」

 見ていたなら初めから言ってほしかった。

 けれども、小林先生と話していたのは知らないはずなので、どっちにしろ雪はある意味凄い。

「こうちゃんの居るところに私在りよ」

 随分と説得力のある言葉だった。

 でも、心配かけたのには変わらない。

「その、悪かったな。心配かけて」

「なら罰として……」

 謝った時少し俯いた俺に、雪は自分の唇と俺の唇を合わせた。

 一瞬頭が真っ白になったが、慌てて体を離した。

「雪……」

 突然のことだったが、俺は何故か冷静でいれた。

 雪とキスするのは二度目だった。

 そして俺の中には、雪にこのまま甘えたいという感情もあったが、そんなことはできない。

「その、前にも言ったが俺はお前の気持ちを知ってるし、俺も好意を持っている。けど……」

「あのことだよね?……こうちゃんは何も悪くないんだよ?」

 俺の言おうとしてることが分かるかのように、雪は俺を慰めてくれた。

「でも、俺にも否はある。それにこんな中途半端な気持ちでお前を受け入れられない…わがまま言ってごめん」

 それだけではなかった。

 雪に対して好意が恋愛感情のものか、俺には分からない。

 それに雪と同じくらい大事な人もいる。

「なら、いつか受け入れさせてみせるね。それより今は葵ちゃんとのことじゃない?」

 確かに雪の言う通りだった。

 今は俺のことよりも、葵さんのお願いを優先しなくてはいけない。

 雪も俺がまだ受け入れられないのを知っていての、行為だったのだろう。

 また、雪も葵さんのことを知って、心配しているようだ。

「その言い方だと、雪は知ってるって感じだな」

「さっき話したからね」

 どうやら俺が遅くなった間に、二人は同じようなことを、話していたみたいだ。

「とりあえず、いつまでも玄関にいないでリビングにでも行こうか」

 今まで自然な流れで話していたが、まだ玄関にいたため、そのままリビングへと向かい話の続きをすることにした。

「部活作るんだってね。どんな部活?」

 リビングにつき、始めに口を開いたのは雪だった。

「コミュニケーション部…改めて考えると我ながらネーミングセンス酷いな」

 葵さんも心の中では、苦笑いしていたのだろう。

 俺は苦笑いしつつ、話を続けた。

「それで簡単に言えば人との繋がりだな。悩み相談とか困っている人の手助けをするって感じ」

 あくまで、これは表向きであって、本当は葵さんの人見知りを少しでも治すというコンセプトだ。

 俺自身も同い年の女の子が苦手なので、そこを少しでも克服できればいいと思っている。

「お人好しのこうちゃんにはピッタリだね。でもなぁ……」

 そう言いながら雪は気まずそうな顔をしていた。

「どうした?」

 雪の顔を見て少し不安になってきた。

「こうちゃんの優しさが校内に広まったら、凄くモテちゃうじゃない!」

「えっと……雪さん?」

 何を言っているのか分からなかったが、理解した途端凄く恥ずかしくなってきた。

 然り気無く褒められるのには、雪と同じく俺の弱点だ。

「小林先生も言ってたけど、こうちゃんは容姿端麗で頭の回転速くて、スポーツもできる 。そして優しい…女子からしたら、理想の男子なんだよ?そんな人を放っておく女の子はいないよ」

 どうやら雪に火をつけてしまったらしい。

「そうは言っても、転校した来たばかりだし俺のこと知ってるやつなんて少ないんじゃ?」

 反論してみたものの、勢いで撥ね除けられた。

「甘すぎるよ、こうちゃん!ただでさえ女子の多い学校に男子の転校生。しかもイケメンときたら注目の的だよ!明日から絶対大変だから、覚悟した方がいいと思うな」

 今日の雪はいつもより雪が怖いと思った。

 ここまで熱の入った雪を見るのは久しぶりだ。

 だとしてもこのままでは雪が暴走し続ける一方だったので、俺が折れることにした。

「わかったよ。覚悟するよ…けど、あまりイケメンイケメン言うなよ……恥ずかしい」

「わかったなら良いのよ。それで話を戻すけど」

(本当だよ……無駄に脱線しすぎだろ)

「そうなると女の子からのは極力、葵ちゃんや私に任せた方がいいね」

 それはそうだ。

 女性同士の方が話しやすいというのもあるだろうし、それは男も同様だ。

 人見知りの葵さんがいきなり男子相手というのもきついだろうし、俺も同い年の女の子は厳しいものがある。

 ふと、先程の雪の言葉で疑問に思うことがあった。

「さっき、『葵ちゃんや私』って言ったよな?」

「え?どこか変なとこあった?」

 質問を質問で返された。

「もしかして、雪も部活に入るとか?」

「当たり前じゃない!こうちゃんが入って何故私が入らないの?」

 俺の質問にたいし、ここぞとばかりに胸を張り答えていた。

 ここまでくると、不思議と当たり前に感じてしまう。

「ありがとう、雪。部員数で困っていたところなんだ」

 理由がどうあれ部員を獲得できた。

 残り二人になり、先が見えてきた。

「いいって気にしないで。一段落ついたし、ご飯にしよう?」

「そうだな。なら今から作るから少し待っててくれ」

 いつもより遅い夕食になり、少々申し訳ない。

 あまり時間がかからないものを作ろうとして、キッチンへ向かおうとした。

「実はねこうちゃん。久しぶりに私が作ったんだ。こうちゃんのために……」

 その言葉を聞いた瞬間俺は一切の動きを止めた。

 正確には動けなかった。

 目の前には両手で頬を隠し、モジモジとしている雪の姿が確認できる。

 普通に可愛いのだが、それを越える恐怖が俺の心を支配していた。

「どうしたの?そんなに汗かいて」

 気づけば雪は俺の顔を覗きこんでいた。

「い、いや、何でもないよ?」

 明らかに声は上ずっていた。

「待っててね。今準備するから」

 そのまま雪はキッチンへと向かい準備を始めた。

(俺……死ぬのかな……)

 楽しそうに準備をする雪をよそに、俺はとあることを思い出していた。

 転校してくる前、一度だけ雪が俺に弁当を作ってくれた時がある。

 食べる前まではとても嬉しかったが、食べた瞬間に地獄へと変わった。

 全部食べ終わる頃には意識が朦朧とし、生きているのが不思議な程精神的に追い詰められた。

 一言で片付けるなら、壊滅的に不味い。

 もちろん、本人には言えていない。

 それからは然り気無く、雪には作らせないようにしていたのだが、まさかこんな形で禁忌が破られるとは思わなかった。

「お待たせ~」

 そんなことを考えていると、いつしか目の前には料理が並べられていた。

 見た目だけは前回と変わらず、とても良い。

「雪は食べないのか?」

 目の前に座る雪に目をやると、こちらを見つめているだけで本人の前には料理が並んでいないのがわかった。

「私はコンビニのお弁当ですませちゃったから。それより早く食べて」

 俺もコンビニ弁当が良かった。

 この様子だと、雪は自分の料理が不味いことに気づいてないのだろう。

 ならここで俺がやることは、本人に自覚させることだ。

「なぁ、食事って一緒にとった方がいいんじゃないか?」

「それはそうなんだけど……一口目はこうちゃんに食べてほしかったの。帰り遅かったからお腹空いちゃって……」

 雪の言葉に俺は責める気力を失った。

 俺のことをこうも想ってくれている人を、悲しませようとしていたことを自覚した。

 もし、雪が食べたら罪悪感から泣いてしまうかもしれない。

 それだけは避けないといけない。

「そっか、なら仕方ないな。それじゃ、いただきます!」

 箸を持ったものの、その手が震えてるのがわかった。

(俺も男だ……いくぜ!)

 覚悟を決め近くにあった、ハンバーグを口へ入れた。

 その瞬間、俺は意識を一瞬失った。

 意識が戻ったと同時に、こちらを期待の眼差しで見つめる雪の姿が瞳に写った。

(前よりはマシにはなったが……)

 かける言葉が見つからなかった。

 何のアクションも起こさない俺を心配してか、雪が尋ねてきた。

「もしかして……美味しくなかった?」

 何とかフォローしようと、言葉を探しているうちに味を確かめるため雪が自分の料理を口へ運んだ。

「ちょっ……雪、待っ……」

 俺の言葉は届かず、とうとう雪の口の中へ入ってしまった。

「うっ……」

 短いうめき声と共に雪が固まって動かなくなった。顔も青ざめ、冷や汗もかいていた。

「……雪?」

 心配して顔を覗きこむと、雪は何も言わず立ち上がり並べてあった料理を片付けようとした。

 前髪に隠れて見えないが、俯く雪の顔が曇っているのは、誰が見ても分かるものだった。

「雪、あのさ……」

「ごめんね。こんなの食べさせて…前に作ったお弁当美味しいって言ってたから、少しでも元気になるように作ったんだけど……こんなの食べたら逆の効果だよね?ごめん……ね」

 俺の言葉を遮って、雪が早口で言った。

 雪の片付ける手は速さを増したが、同時に目を潤わせているのを声で察した。

「お世辞にも気づけないで…調子のっちゃって……」

 咄嗟に俺は雪の片付ける手を掴んでいた。

「勝手にさげんなよ…まだ食べてる途中だろ?」

「……え?」

 俺の言葉を聞いた雪は片付けを止め、こちらを見ていた。

 一方の俺は先程はあった躊躇いもなくなり、雪の料理を口に運んだ。

「だ、ダメだよ!そんなの食べたら!」

 雪は俺のことを止めようとしてくれるが、俺はお構いなしに雪の料理を食べ続けた。

 だが雪も止め続けるので、思わず俺は本音を口にしてしまった。

「雪、確かにお前の料理は美味しいとは言えないけどさ。俺のことを想って作ってくれたんだったら、美味くても不味くても関係ないよ」

(今日恥ずかしいセリフばかり言ってるなぁ)

 最高の調味料は愛情ということを、間接的に口走っていた。

「こうちゃん……」

「だから、ありがとな」

 礼を言い終わったと同時に、雪の瞳から溜め込んでいた涙が溢れ始めた。

「とりあえず、涙拭けって」

 涙が溢れだした理由がよくわからなかったが、雪の表情には明るさが戻りつつあった。

「あ、それと今度作るときは俺が色々教えてやるから」

 そして最後に然り気無い保険をうっておいた。

「うん!」

 俺の言葉をどう受け取ったのかは分からないが、雪の顔にはいつもの笑顔が戻っていた。

 それからはひたすらに雪の料理を食べ、完食後はすぐに自室へ戻りベッドへダイブした。

 それとほぼ同時に俺の意識は闇へと飲み込まれていった。


 目を覚ますと辺りは暗く、まだ夜中であることがわかった。

 朦朧とする意識の中、シャンプーの良い香りと背中にある柔らかい感触がはっきりと伝わってきた。

 慌てて振り返るとパジャマ姿の雪が俺に身を預けるように眠っていた。

 思わず声あげそうになったが、なんとか制止した。

(俺の部屋なのに、何故雪が寝ている?)

 一緒に住むようになってから、何度か夜這いしようとしてきたことがあったが、この様にただ隣で寝るというのは初めてだった。

 その当人はとても気持ち良さそうに寝ていた。

「ったく……こんなんじゃ起こせないだろ……」

『今日だけは』と思い、俺は観念して再び布団へ入った。

 この後、雪と密着していたせいで緊張し結局眠れなかったのは言うまでもない。

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