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一話 第三章 ~過去と願い~ 葵vision

  私、牧瀬葵は緊張していた。

  孝太さんと約束していた放課後になり、教室で彼と向かい合っている状態だからだ。

  今日、転校してきたばかりの彼はクラス中、特に女子が興味を抱いていた。

  理由としてはいくつかあるだろうが、一番の理由は彼のルックスからくるものだろう。

  授業終了後も彼と一緒に帰りたがった女子も多かったが、丁重に断って私との用件を優先してくれた。

  もっとも、彼は同い年の女子が苦手で発作が起こる可能性もあるので、女子と帰るということは滅多にないだろう。

「それで、話って何かな?」

  教室で二人きりになり、孝太さんが一声かけてくれた。

  本来なら私から声をかけるべきなのだが、自分のことで手一杯で孝太さんに頼ってしまった。

「えっと……聞いてもらいたいのは二つです。一つは私の過去の話で、もう一つは私からのお願いです」

  今から話そうとしている過去の話は、お姉ちゃんや薫にも話したことがなかった。

  それでも同じ様に何かに囚われている彼には、話そうと思えた。

「わかった。でも葵さんのお願いを聞く前に俺も過去を君に話したい。じゃないと平等じゃないし……何よりそれを聞いた上でお願いするか決めてほしい」

「でも、さっきは過去について話せないって」

  孝太さんからの予期せぬ提案に、驚いた。

  午前中は話すことを渋っていたからだ。

「確かにそうだね……だけど君の決意を見て、君からは逃げちゃいけないって思ったんだ」

  孝太さんが決めたことなら、私は何も言えない。

  それに私も孝太さんの話を聞いてみたかった。

「わかりました。それではまず私から話しますね……前提としてですが、私は人を信頼して裏切られるのが嫌で、人見知りを利用して人と関わるのを避けていました」

「それは、過去の出来事が原因ってこと?」

  孝太さんがいつになく真剣な眼差しで、私に訊いてきた。

  私も孝太さんを真っ直ぐと見つめ返した。

「はい。その原因が二つあります。一つ目は親です」

「親?」

  意外だったのか、孝太さんが聞き返してきた。

  事実、主な原因は別にあったが、このことも話しておきたかった。

「私には父親がおらず、母親と薫の三人で小学六年生まで過ごしていました。でもある日、母親が紹介したい人がいるって言ってきたんです」

「もしかして、それが今の父親と暦さん」

  孝太さんは、私とお姉ちゃんに血の繋がりがないと知っても、動揺は一切しなかった。

  私は無言で頷き肯定して、話の続きを述べた。

「最初は不安でした。新しい家族が増えるってことは、そう簡単に受け入れられるものではないですから。でも実際会って話してみるとお父さんも怖い人じゃなかったですし、お姉ちゃんも優しい人でした」

「その言い方だと間接的な原因なのかな?」

  孝太さんから鋭い質問をされた。

  正にその通りだった。

  恋愛や女心に関しては鈍いのに、それ以外の人の気持ちや情報を整理する能力は流石だ。

「そうですね。それから両親は結婚して私達はこの天凱町に引っ越してきたのですが、私はこの時既に絶望していました。そんな私に追い討ちをかけたのが、両親の何気ない一言でした。『子供たちがいなければ私達も自由にできたのに』そんな言葉でした」

  自分で言ってて情けなくなる。

  次第に私の肩が小刻みに震え始めた。

「でもそれって……」

  両親にそんな気はなく、冗談で言った台詞なのは、孝太さんに言われなくても重々承知だ。

  理屈では分かっていても、感情はそれを受け入れなかった。

「わかってます!でも、親友に裏切られて絶望していた私にとっては……っ!」

  当時のことを思いだし、いつの間にか私は涙を流し訴えかけていた。

  そんな私の手を孝太さんは優しくだけど力強く握りしめていた。

「落ち着いた?」

「……はい」

  優しく孝太さんに声をかけてもらい、私の心も大分平常心を取り戻してきた。

「俺も昔のことで取り乱したり発作起きたときとか雪に手を握ってもらってたからさ……ごめんな。俺が横槍をいれなければ」

(なんで孝太さんが謝るの……孝太さん優しすぎます……)

  すっかり孝太さんに、気を遣わせてしまった。

  ただ、そのおかげで安心できた。

「いえ、こちらこそ取り乱してすみません」

「辛かったら無理に話さなくてもいいんだよ?」

  正直かなり辛く、いっそのこと孝太さんに甘えたかった。

  けれどもここで逃げることは、選択しにはなかった。

「お気遣いありがとうございます。ですけど話します」

「そっか」

  孝太さんは微笑みながら、それだけ言って私の話に再び耳を傾けた。

「多分気づいてはいると思いますが、一番の原因は親友でした。再婚で中学から引っ越すことを話したら彼女は悲しんでくれました。ですけどそれは彼女の本心じゃなかったんです」

  ここからが、本題と言ってもいいだろう。

  孝太さんもそのことに気づいたのか、私の手を握る強さが強くなった。

  でもそのおかげで、安心して話せる。

「親友だった光は社交的で私とは正反対な性格でした。当時から人見知りの私とは違い友達も多くいる様な娘でした」

「ん?光ってどこかで……」

  原因である光の名前を出すと、孝太さんは首を傾けた。

  偶然が重なったせいで、孝太さんも彼女のことを知っている。

  だが、関わりがほぼ無いので誰かを思い出せずにいた。

「私と孝太さんの間の席の女の子です。高校に入学したらいたので驚きました」

  去年同じ学校に入学したことを知っただけで、動揺したのに、今年は同じクラスでそれも隣の席だ。

  『驚いた』という言葉では足りない。

  昨日、学校が終わった後に孝太さんの家へ急いだのは、早く孝太さん達に会って心を落ち着かせたかったからでもあった。

「あぁ…あの娘か」

  一度話しかけられただけなのに、ちゃんと覚えていたみたいだ。

  孝太さんの疑問が解決されたことで、私は話を再開した。

「話が少しそれましたね……私が引っ越すって話した後、偶然光が他の子と話しているのを聞いちゃったんです。光はこう言ってました。『正直、葵と中学一緒じゃなくて助かったわ。あの子友達が私しかいないからいつも話しかけられて鬱陶しかったんだよね』と……」

  この話をしていて、怒りと悲しみが込み上げてくるのが嫌というほどわかった。

  震える手を孝太さんが握ってくれているおかげか、冷静さは保っていられた。

  また取り乱さないように、一度息を大きく吐いてから、続きを話し出した。

「その言葉を聞いた後反射的に彼女に問いかけました。さっきの話は本当なのかと」

「それで彼女は?」

  徐々に顔を上げていられずになり、孝太さんに見られないよう下を向き、何粒か涙を落とした。

  それでも声は平然を装い、話続けた。

「一瞬驚いたような顔もしましたが、すぐにその目は冷酷になり『あなたみたいな子を構ってあげれば私への評価があがるから、付き合ってたのよ?でもこれで清々した』とそれだけを言い残され、彼女との関係は終わりました。これが私が孝太さんに知っていてほしい過去です」

  私の話が終わり、俯いていま顔を上げると、辛そうな表情をしている孝太さんが見えた。

  本心から同情してくれている彼の姿を見て、私はこの人に話せて良かったと心から思えた。


  話終えると下校時間の二十分前にだった。

  既に孝太さんの握ってくれていた手は放されていたが、温もりは残っている。

「このことは孝太さんしか知りません……ですから……」

「わかってる。誰にも言わない……」

  念のため口止めをしておこうとしたが、孝太さんには必要なかった。

  孝太さんの性格を考えたら、誰かに言いふらすなんてことはあり得ない。

「ありがとうございます」

「こちらこそ、ありがとう。辛いのに話してくれて」

  お礼を言うと、逆に孝太さんからお礼を言われた。

  聞いてほしいと頼んだのは私からだったが、孝太さんも私の話を聞いておきたかったのだと受け取り、感謝の言葉を受け入れた。

「いえ……それで私のお願いなんですけど」

「ちょっと待って。時間無いなか悪いけど、俺の話聞いてほしい」

  話終えた安堵のせいで先に進もうとし、孝太さんの話を聞けなくなるところだった。

「すみません。そういう約束でしたね」

「この話を聞いた上で、今後俺と関わっていくか決めてほしい」

「……はい」

  『孝太さんは一体何を抱えているのか』という疑問もあるが、孝太さんの言い方だと、まるで孝太さんを嫌いになる要素があるということになる。

  一瞬、聞くことを不安に思ったが、すぐにその考えを打ち消した。

「時間も無いし極力手短に話すよ。俺が小学四年生になった年に、初めて雪と同じクラスになった。それまでは家が近くだったものの、近づきがたい感じで関わりはなかったんだ。家が家だからさ」

  隣同士で幼馴染みと言っていたので、もっと前からの付き合いだと思っていた。

  でも雪さんの家柄を考えると、関わっていた方が珍しいのかもしれない。

「じゃあ、雪さんとはその頃から?」

  孝太さんは私の問いに首を横に振った。

「正確に言えば、もうちょっと先。雪は可愛いうえにお嬢様だから、男子は俺と同じように近づき難く、女子はあいつのことをイジメていたんだ。子供の頃の男子って無駄に正義感強かったりするだろ?俺も例外じゃなくてな」

  孝太さんの話を聞いて、なんとなくだが先を予想できた。

「それでイジメを止めさせたんですか?」

「結果的にはそうなった。俺が雪にしたことは、友達として一緒に居てあげようとしただけだった。遊びに誘ったり、グループ作るときも一緒にしたりしてたくらい」

  それでも私は凄いと思う。

  いくら正義感が強くても、関わったら自分もイジメの標的にされる可能性があると、わかっていたはずだ。

「でもおかげか雪に対するイメージが大分変わって、男子も普通に話しかけるようになって、次第に女子もイジメることを止めたんだよ」

  でもここで一つの疑問が浮かんだ。

  『ここのどこに、トラウマになるようなことがあるのか』と。

  ここまでは、むしろ雪さんにとっての辛い過去の話だ。

  そして孝太さんとの出会いの話。

「あの……」

  私が疑問になっていることを訊こうとしたが、話す前に孝太さんがそれを制止した。

「言おうとしてることは分かるよ。これはあくまで前置きなんだよね」

「そうなんですか…」

  孝太さんの言い方は一見穏やかだったが、表情は何処か悲しそうに感じた。

  孝太さんは長いプロローグを話終え、再び口を開いた。

「それじゃあ続き話すよ。それから雪は友達にも困らなくなったわけだが、俺に恩を感じてるのか知らないけど俺にずっと付き纏っていてね。だけど俺は雪との関係は、小学校卒業までだと思ってたんだ」

  おそらく、雪さんが付き纏っていたのは、孝太さんのことが好きだったからだろう。

  それに気づかないのは、流石孝太さんだ。

  だが今はそこよりも、他に気になることがある。

「仲良かったのになんでですか?」

「てっきり私立の女子校行くと思ってたからね。けど雪は俺に合わせて、近くの公立を選んだんだよ。それで中学上がったときは、当然違う小学校の人もいて、その人達から俺と雪の組み合わせは、かなり目立った」

「美男美女が一緒だったらそうでしょうね」

  孝太さんだけでも目立つのに、雪さんもいたら目立って当たり前だ。

  私の指摘で孝太さんの顔が、少し照れているように見えた。

「まぁ中一、中三とクラスも同じだったしな。でも当時は今ほどあいつもベタベタしてなかったんだよ」

  それは話を聞いていて、一番意外に思えた。

  てっきり、あの愛情表現は当時からなのだとずっと思っていた。

「中学二年生の時は違ったんですか?」

「そうだよ。だから気づくのに時間がかかった」

「どういうことですか?」

  これ以上聞かなくてもわかったが、真相を知るためにも訊いた。

  孝太さんの悔しそうな顔を見ていれば、きっとここからが孝太さんにとっての辛い過去だ。

「中一の時はクラスが同じで俺の目があったから起きなかったんだが、中二になってすぐ雪はまたイジメられた。しかも俺のせいで」

「……孝太さんの?」

  孝太さんがついに私から視線を外した。

  俯きはしなかったものの、視線は外へと向けられていた。

「あぁ。当時俺は何人かに告白されることがあった。けどあまり関わったことのない人ばかりで断り続けてたんだ。それをフラれた子達は雪がいるからと勘違いして、雪に矛先が向いて、また雪はイジメられた……」

「でもそれって孝太さんのせいじゃ!」

  咄嗟に私は声を荒らげて否定した。

  孝太さんは悪くない。

  それは誰が聞いても明白だ。

  「ありがとう……でも俺が誤解させたのが原因だ。小学生の時に比べて、中学生の時のはかなり酷いもので、雪も心が折れて不登校気味になった。俺が気付いたのは雪が何日も体調不良で休んでるって聞いたのが切っ掛けだった。仲が良かったとはいえ、避けられていたのかその頃は、一緒に登下校はしてなく、それにクラスも違うってこともあって気づけなくて……」

  今の明るい雪さんからは、とても考えられないような雪さんの過去だ。

「それからどうしたんですか?」

「毎日雪の家に通った。ちゃんと俺には顔を合わせて話してくれて、次第に誰にやられているのかも答えてくれて、俺はその子達の中のリーダー格の子と話すことにしたんだ。その後、その子にアポをとって二人だけで話せる様に取り繕ってもらった。場所はその子の家だった……ここからが俺のトラウマだ」

  いよいよ孝太さんのトラウマを聞くのかと思うと、緊張して心臓がドキドキしている。

  私は孝太さんの過去を受け止める決意を、改めてした。

「お願いします」

  孝太さんは頷き、口を開いた。

「その子の家に上げられた後、その子は俺にお茶を出し俺と向かい合うように座った後、すぐに本題を切り出した、『雪へのイジメをやめてくれ』と。そしたらその子はうっすらと笑みを浮かべたと思った瞬間、俺は意識がなくなった」

  急に話のテイストが変わった。

  まるで漫画やアニメの話を聞いている様な感じだ。

  けれども、これは真実であって冗談ではない。

「一体何があったんですか?」

「出されたお茶に睡眠薬が入っていて、即効性の物らしくすぐに効果がでて眠ってしまったらしい。目を覚ますとベッドの上で腕を縛られていて、薬のせいで体の自由もきかなかった。そこからは想像つくと思うだろうけど…俺は世間一般でいうレイプされたんだ」

  その言葉を聞いた瞬間、頭が真っ白になった。

  自分が考えているより、とても重いものだったからだ。


  私をおいて、孝太さんの話はもう少し続いた。

「その後一通り終えると俺は解放されて、その子はこう言った『この経験と引き換えに有明さんをイジメるのは止めるね。転校前に良い思い出ができた』と。それから体の自由が戻り、俺はその子の家をすぐに出て雪の下に行き、『イジメられないようにした』と伝えた」

  孝太さんの話が一区切りついて、ようやく私は口を開けれることができた。

「……その……襲われたことは?」

「その時は言わなかった。いや、言えなかった。けど俺の言葉を信じてあいつは学校に来て、イジメもなくなった。そして後日に、雪をイジメてた子は転校した。これが俺のトラウマってところだ。大分簡略化したから、説明足りない部分もあるけど……」

  孝太さんが一通り話終えるとどこか、スッキリしたような顔をしていた。

  だからこそ申し訳なかった。

  私なんかが聞いてしまって。

「何か質問とかある?」

  一つだけ訊きたいことがあった。

「雪さんはいつ知ったんですか?その……孝太さんが犯されたこと」

  言葉を選んではみたが、他に見つからずそのまま訊いた。

  私の質問に孝太さんは、嫌な顔も私の様に取り乱すこともなく答えた。

「雪をイジメてた子が転校する前だよ。多分その子が雪に教えたんだろう。そこから雪に問い詰められ、ちゃんとした事情を話した。でもそのへんは雪に直接聞いた方がいいかもしれない」

「……わかりました」

  一瞬沈黙があったものの、すぐに孝太さんが話し出した。

「これを聞いた上で、俺にお願いするか決めてくれ」

  聞いても考えは何一つとして変わらなかった。

  それどころか、『孝太さんだからお願いする』という考えの方が強くなった。

「はい。改めてお願いがあります」

「そっか……そのお願いって?」

  夕陽の射す教室で優しく微笑む孝太さんの顔を見ると、照れている自分がいた。

 まるで神を相手にしてるような緊張だ。

「あ、あの……私と部活つくってください!」

  意を決してその言葉を口にし、孝太さんを見ると何故かポカーンとしていた。

  私の視線に気づいたのか、孝太さんは慌てて言葉を返してくれた。

「ご、こめん。お願いが予想の斜め上を言ったから正直驚いてた……部活か…別に構わないけど、どうして部活?」

「自分を変えたいから、今までやってなかったことをやろうと思って……」

  部活を通せば人見知りを直すことも、人を信じることもできるようになるんじゃないかと、思っている。

「なるほど……それで、何かやりたいこととかあるの?」

「そうですね……ざっくりですけど多くの人とコミュニケーションとれるような部活がいいです」

「うーん……コミュニケーションかぁ…」

  孝太さんは腕を組んで、頭を悩ませ始めた。

  提案者である私ですら、明確なビジョンが見えていない。

「難しいですよね…私もそこで悩んでいたんです」

「もうこの際、コミュニケーション部でいいんじゃないかな?変な部活が多い以上大丈夫そうな気がする」

「確かにシンプルなのはいいかもしれないですね」

  私では絶対に出ない大胆な考えだ。

  もしかしたら、孝太さんはネーミングセンスが無いのかもしれなが、黙っておくことにした。

「活動はちょっと思い立ったものがあるから、取り敢えず今日は帰ろうか。時間も遅いし」

  話が少しまとまったところで、孝太さんが時計を見ながら言った。

  私も時計を見てみると下校時刻の五分前になっていた。

「そうですね」

  普通に一緒に帰っていいけど、何故か今日に限っては一人で帰りたい気分だった。

  それに雪さんとも話しておきたかった。

「ちょっと用事あるから先に帰ってて。夜道を一人で歩かせるのは抵抗あるけど」

  私の気持ちを察したのか、孝太さんが提案してくれた。

「わかりました。心配してくれてありがとうございます」

  私は孝太さんの気遣いに、迷いなく頷いた。

「それと一つ頼みがあるんだけど…雪に少し遅くなるって伝えて欲しいんだ。携帯の充電切れちゃって」

  雪さんと話したかったことも、気づいていたらしく、孝太さんからの頼みを引き受けることにした。

「わかりました。それでは、お先に失礼します」

  孝太さんを教室に残し、私は学校を出た。


  孝太さんの家に着く頃には、辺りは大分暗くなっていた。

  『ピンポーン』と孝太さんの家のベルが鳴ると、すぐに雪さんがでてきた。

「どうしたの?葵ちゃん。あれ?こうちゃんは?」

  辺りをキョロキョロして訊ねてくる雪さんに対し、孝太さんの伝言を伝えた。

「用事があって遅くなるらしいです」

「え!そうなの?!明日実力テストあるから勉強、教えて貰おうと思ったのに」

  そういえば明日そんなものがあったことを、今思い出した。

  けれどそれよりも、今は他に大事なことがあった。

「あの雪さん」

「何か訊きたいことがあったんだよね?」

  どうやら雪さんも孝太さんに似て、相手の考えを当てるのが上手いようだ。

「はい。知ってると思いますが、先程孝太さんの過去を聞きました……」

「うん。多分だけど葵ちゃんが聞きたいのは、その時の私の心情じゃない?」

  完璧に言い当てられてしまった。

  けれどもこれで、無駄な会話も無く先へ進める。

  「そうです……雪さんにとって、言い難いことだと思います……ですけど孝太さんとそして雪さんともこれから仲良くしていく上で、知っておきたいんです」

「そうだね……でも私も葵ちゃんの過去話聞きたいな。隠し事はお互いなしってことで」

  一瞬戸惑ったけど、断る理由が見つからなかった。

  私は雪さんに孝太さんと同じように、全てを話した。


「そっか……葵ちゃんも辛いものをそれも一人で抱えてたんだね……」

  話終えた後、雪さんは過去の自分と照らし会わしているかのように呟いた。

  二度目ということもあり、今度は取り乱さずに話終えた。

「その……このことは」

「わかってるよ。誰にも言わない。それで私の心情だよね?」

  やはり口止めは必要なかった。

  というよりも、孝太さんと全く同じタイミングで同じことを言われたことに、驚いた。

  そして私は雪さんの言葉に返事をし、雪さんは心情を話し出した。

「はい」

「一言で言ったら、その子を殺したいほど憎かったかな。いや、今もそう」

「……」

  何の迷いもなくその言葉を言った雪さんに、少し恐怖を覚えた。

  対して私は言葉が出なかった。

  雪さんは当時の頃を思い出すかのように、語りだした。

「小学生の時、友達になってくれたこうちゃんに対して、私は友達以上に異性として見ていてね。それは中学上がっても変わらなくて…むしろ強くなってたかな。こうちゃんと話している女の子とかにも嫉妬とかしてさ」

  それは、孝太さんの話を聞いていて思ったことだ。

  今と違って、雪さんは孝太さんに想いを伝えられなかったことも明らかになった。

  全くの別人という印象だ。

「でもまたイジメられて…だけど心のどこかで、またこうちゃんが助けてくれるって思っちゃったの。私にとってはヒーローだったから。そしたら本当に助けてくれて、凄く嬉しくて……けどその後、あの子が転校する間際に教えてくれたの」

「それって孝太さんが……」

「お願い!葵ちゃん、言わないで……」

  私の言葉を雪さんは全力で制した。

  雪さんにとってはイジメられていた時と同じか、それ以上に辛い出来事だったはずだ。

  少し、無神経すぎた。

「ごめんなさい。雪さん」

「こっちこそ。自分から話しといて、乱してごめん……」

  雪さんは謝ると間をいれずに、続きを話した。

「それから私はこうちゃんに問い詰めた。嘘であることを望んで。だけど事実だった…私はイジメられていた頃よりも大分辛かったけど、こうちゃんの方が心に傷を負っていたのは普段の生活でよくわかった。だから恩返しってわけじゃないけど、こうちゃんの側にずっていてあげるって決めたの。こうちゃんが前に一緒にいてやるって言ってくれたから、今度は私の番ってね」

  話している雪さんの瞳が潤んでいくのが、わかった。

  今の雪さんを作り上げたのも、きっとこの出来事が切っ掛けなのは間違いない。

「雪さん……だから孝太さんについてきたんですね」

「それもあるけど、私自身が依存してるってのが一番かな。こうちゃんの身体はいつか私が上書きするって決めてるから」

  雪さんの話を聞いて、雪さんは強い人だと分かった。

「お話聞けてよかったです…ありがとうございました」

「いいって。私も改めてこうちゃんへの愛を確かめられたし」

  雪さんは涙を拭い、いつもの明るい雪さんで締め括った。

「えっと、それじゃあ私はここで失礼しますね」

「じゃあ、また明日ね」

  最後に軽く挨拶をし隣にある我が家へと帰宅した。


「ただいまー」

「おかえりー。っていうかお姉遅いよ」

  私が帰るなり開口一番に薫が出迎えた。

  すっかり話し込んだせいでいつもより、大分遅い帰りになった。

「ちょっと用事で……それと夕食はいらないって伝えといて」

  色々と思うことがありすぎて、食事が喉を通りそうになかった。

「え?……ちょっとお姉!」

  呼び止めようとする薫の声を背に、二階にある自室へと向かった。


  部屋へ入り制服から部屋着に着替えると、そのままベッドへダイブした。

  それにしても今日は色々あった。

(孝太さん今頃何してるんだろう…ていうか、何で孝太さんのこと考えてるんだろう)

  今思えば、孝太さんの心情をほとんど聞いていない。

  まるで、他人の話をしているように淡々と話していた。

  きっと辛いはずなのに、感情的になって私に迷惑かけないようにしていんだ。

  だが、私がいくら考えたところで確かな答えはでない。

  それに孝太さんの力になれるかも、不安だった。

  その不安を消すために、明日のテストのための勉強をして気を紛らわせようとした。

  孝太さんや雪さんのことを考えながら勉強ていると、トントンと部屋のドアをノックする音が聞こえた。

「はーい」

「葵ちゃん、少しいいかしら~?」

  返事をすると、部屋に入ってきたのはお姉ちゃんだった。

「お姉ちゃん、どうしたの?」

「皆心配してたわよ~。帰ってくるなり元気ないって~」

  どうやら心配して来てくれた様だ。

  でも今日のことはとても話す気になれない。

  そもそも家族にだからこそ、言いづらいものがある。

「別に大丈夫だよ。心配かけちゃったならごめん。考え事してただけだから」

「そっか~。吹っ切れた様な顔をしているから大丈夫そうだね~」

  その言葉を聞いた瞬間、私は気づいた。

  おっとりとした見た目のお姉ちゃんだが、人を見る目は侮れない。

  だからこそ私のことを、前々から察していたのかもしれない。

  それに吹っ切れたのは、私のことを話せたからだ。

「お姉ちゃん、ありがとう…」

  そのことに気付き、思わず感謝の言葉がもれた。

「私は何もしてないよ~?」

「何か言いたくなっただけ」

  突発的に照れを隠してしまった。

「ふふ……それじゃあ大丈夫そうだから、もう行くね~」

「うん……」

  お姉ちゃんはいつも笑顔だ。

  だけど部屋から出る時、一瞬その笑顔が曇って見えた気がした。

  頭を切り替え明日のテスト勉強を再開しようとしたとき、一通のメールが届いた。

  孝太さんからでメールの内容は部活のことだった。

『部活のことだけど、コミュニケーションをとりたいなら多くの生徒と会話できた方がいいって考えたんだ。だから相談のったりヘルプをする部活ってどうかな?それと顧問は見つけといたから、明日の昼休み屋上で詳しい話をしたいんだけど大丈夫?』

  メールを見終わった私は、申し訳なさはもちろんあったが何より嬉しかった。

  私のお願いをこんなにも真剣に取り組んでくれていることに対してだ。

  部活動内容も私の要望を考えてくれている。

  それに顧問まで見つけてくれているのは、大きく前進したことになる。

  そして孝太さんのメールを読み終えると同時に、一つの答えに至った。

  孝太さんが必死に私のことで動いてくれているなら、私はそれに答えて、なるべく早く自分を変えればいい。

  そのかわり、私も孝太さんが克服できるように私なりに手伝えばいい。

  色々と考えたわりに、単純な結論だった。

  悩んでいたことがスッキリして、私はすぐにメールを返した。

『そこまでしてくれてありがとう。昼休みの件は問題ないです!明日楽しみにしています』

  メールを返した後、ふと思った。

(屋上って立ち入り禁止だったはずだ。もしかして転校したばかりだから、わからなかったのかな?)

  取り敢えず明日の朝にでも伝えておくことにした。

  そんなことを考えつつ、私はテスト勉強へと戻った。

  そして二時間後こうして私の人生で一番長く感じた日は、終わった。

  ご機嫌だったのか、お姉ちゃんは自室で鼻唄を奏でていた。

  表情が曇って見えたのは、私の気のせいだったみたいだ。

  それが子守唄になり、私は眠りについた。

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