三話 第十一章~忠告~
雫さんに手を引かれ、移動した先は意外なことに学食だった。
そして雫さんは向かい合って座っている俺の前で、美味しそうに定食を食べている。
俺もただ黙ってその光景を見ているのも気が引けるので、適当にパンを一つ買い口にした。
人気者の生徒会長と同席してるだけあって、学食に居る他の生徒がこちらを注目していたが、俺達は構わずに黙々と食べ続けた。
量を考えたら当然俺の方が早く食べ終わり、結局暇を持て余しそうだったのだが、俺が食べ終わったのを見て雫さんは一度箸を置いた。
「さて。それじゃあ、始めようか。作戦会議」
「作戦会議?」
雫さんの言葉に疑問を浮かべ訊き返すと、雫さんはそれに答える前に置いていた箸と茶碗を持ち、食事の体勢に戻った。
「うん。だからさっきまでの甘い空気は、一旦さよならだよ」
「え!今頃ですか?」
屋上を出たあたりで、既に俺は頭を切り替えている。
雫さんが生徒会長の顔に戻ったからだ。
だがそれも一瞬だけで、それ以降は締りのない顔を浮かべながら移動し、食事をしていた。
ここにきてようやく、雫さんも頭を切り替えてくれたようだ。
「えー……柏木くんは、私との食事を楽しんでなかったんだ……」
不服そうにしながら雫さんは一口分、ご飯を口に運んだ。
俺としては食べてないで、早く本題に入ってほしい。
「そう言われても、『時間がない』って雫さんが言ってたんですよ?だから気構えていたんです」
雫さんからの文句に言い返したが、雫さんがご飯を飲み込むまで数秒の間を要した。
定食が無くなるまで、このぎこちない会話が続くのだろう。
「……まぁ、私のせいならしょうがないか」
自分の事を棚に上げると、雫さんはまた口に料理を運んだ。
ポジティブに捉えているというよりは、自分の都合が良いように捉えているだけだが、それに対し何か言うのは無駄だろう。
「それで雫さん。ただ、ご飯を食べに来たわけでは、ないですよね?」
もしこれで『食べに来ただけ』と言われたら、どう反応すればいいのだろうか。
雫さんに限って、そんなことはないと思いたい。
「……昼食はついで。本当は作戦会議なんて、柏木くんがいれば必要ないと思ってたんだけど。そうもいかなくなったのよねぇ」
「作戦会議ってのは、今からの会議の作戦会議ってことですよね?」
最初は『作戦会議』と言われても訳が分からなかったが、タイミングや雫さんと一緒に行動することが今のところ、美嶺学園との会議しかない。
会議のための会議なんて初めてだ。
しかし人数は二人だけなので、会議と呼んでいいのかは疑問だが。
「そうそう。場所が向こうに変えられたからね。絶対何か企んでいるよ……」
「雫さん。さっきから一人でなんの話してるんですか?」
さらには話の概要が全然伝わってこなかった。
注意深く聞いていても、さすがに情報が少なすぎる。
「……ごめんね。容量が悪い話し方で。せっかくの柏木くんとのイチャラブを潰されただけでなく、会議の事で切羽詰まってて」
確か、イチャラブではなく一方的に襲われそうになっていたはずだ。それに『切羽詰まっている』と言うわりには、美味しそうにご飯を食べている。
謝られたのはいいが、早いところ詳しく話してほしい。
「気にしないでください。それよりまずは、会議にどうして作戦会議が必要なのか、教えてください」
一旦、俺が質問をして話の流れと、雫さんが言いたいことを訊き出すことにした。
「それはね。これから行われる美嶺学園との会議は、いうなれば戦争だからだよ」
数日前に生徒会のみんなが、向こうの生徒会長を嫌っていて仲が悪いのは知っていた。
その結果、起こりうるのが口喧嘩という生半可なものではなかったらしい。
「つまり相手をバカにしたり、揚げ足とったりする言い争いじゃ、わざわざ場所を変えないってことですか?でも向こうにも都合が……」
「甘い!甘いよ柏木くん。柏木くんは、あの人達のことを知らないから、そんなことを言えるんだよ」
雫さんは声を大にして説教し、俺を箸で差してきた。
周りの生徒は何事かと騒めき始めたが、雫さんは全く気にしていない様子だ。
それに雫さんが以前に言っていたのは、向こうの生徒会長のことだけだった。
今回雫さんは『達』と言っていた。
その点も気になるところではある。
「頭の回転の速さや、適応能力において柏木くんを十としたら、私が八くらい。それで華鳳院会長が悔しいけど九で、向こうの他の生徒会役員が七とかなの」
「なんか、俺の事過大評価しすぎなんじゃ?」
「注目してほしいのは、そこじゃなくて。向こうが優秀だってところ」
もちろん、向こうの生徒会が優秀なことに注目はしているが、自分の事を褒められたら気にしてしまうものだと思う。
ただここでその事を言って、言い合うつもりはなかった。
時間の無駄にもなるし、雫さんが話し続けていたからだ。
「そんな頭が良い集団のうえ、向こうもこちらを嫌っている。そうなると自然に欠点を探っては、潰し合いが始まるんだよ」
「それで戦争……何が体育祭や文化祭の会議ですか。裏コンセプトがえげつないですね」
俺は呆れながら、雫さんに言い返した。
多少喧嘩になることは覚悟していたが、説明をされて、事の面倒さが理解できた。
「で、どうして今頃になって、教えてくれたんです?前もって言ってくれれば……」
前もって言われていても何か出来たとは思わないが、せめて事前情報はほしかった。
「だって、前もって教えてたら柏木くん、協力してくれなかったでしょ?」
「……確かにあまり気は乗りませんけど、雫さんのお願いですからね。聞いたと思いますよ?」
知り合いからの頼み事を断れないのが、俺だ。
それを知っているはずの雫さんが、その質問をするのはおかしい。
「本当?そう言ってくれるってことは、柏木くんも私のこと好きなんだね」
「あー……なるほど。そう捉えますか……」
雫さんらしいことを言ってきたが、それに対し思わず細目で見つめた。
当然理由としては呆れていたからだが、そう考えたのは軽率だった。
「と、まぁ。こんな感じで、あの人達も自分達が都合の良いように物事を運ぶからね。今のは私の願望でしかないけど」
結局雫さんの願望には変わりないが、美嶺学園生徒会の手強さを知れる良い機会だった。
これにより分かったのは、雫さんも向こうの生徒会も俺なんかより、断然頭が良いということだ。
質問され、その答えを見透かされ、更にそれに対する言葉まで想定されていると、掌の上で踊らされていることになる。
俺には人を操作することは、到底できない。
「それは厄介ですね。そういう人達なら、場所を変えたのは納得はいきますけど。どうして場所を変えたりなんか……」
「それが分からないから、作戦会議してるんだよ。柏木くんはどうして場所を変えてきたと思う?」
この雫さんの質問で、ようやく本題に入れた気がした。
取り敢えず質問に答えようとしたが、何せ会ったことのない人達の心理や考えなんて分からないので、答えは絞れなかった。
「うーん……相手が何かを準備していると警戒してか。もしくは、今みたいに俺達をただ困惑させるためか……」
「ま、そんなところだよね。私も同意見。だけどもう一つ……」
俺が二つ意見を発言すると、雫さんは何かを言いかけて、いつの間にか無くなりかけていた料理をまた一口ほおばった。
察するに、俺が最後に残していた可能性を提示しろとのご命令だ。
「えぇ。誰かをはめる罠でも用意しているか」
最後の可能性を提示すると、雫さんは咀嚼しながら頷いた。
一番あってほしくない可能性だったが、マイナスな印象しか聞いていなかったので、一番あり得る可能性だ。
雫さんもこの可能性が、一番だと思っている様だ。
「……多分、その誰かってのは生徒会長である私だね」
「俺も向こうの立場なら、雫さんを狙いますね。一番厄介ですし……」
だが美嶺学園の生徒会長は、渋々ながらも雫さんが自分よりも上だと認識している相手だ。
俺達の考えが単純すぎる気もする。
「私からしたら、一番厄介なのは柏木くんだよ。でも向こうは会議に参加する人数しか知らないはずだし、柏木くんの人間性も知らないだろうから」
やはり雫さんは俺の事を高く評価しすぎだし、向こうも見知らぬ男子学生など眼中にはないだろう。
ただ場所を変えられて一番困るのは、発作持ちの俺だ。
「ということで、柏木くん。ばっちり私を守ってね。期待してるよ。王子様」
「は?」
俺のことを『王子様』と言ったことに、小首を傾げた。
(これじゃあ、まるで……)
「会長。なに寝ぼけたこと言ってるんですか?柏木くんは私の、王子様ですよ」
丁度萌さんのことを思い浮かべると、俺の背中から怒りを纏った本人の声が聞こえてきた。
からかうのは雫さんの悪い癖だ。
「萌ちゃん。こわーい。柏木くん、早速守って~」
「いや、今のは雫さんが悪いでしょ……」
雫さんの我が儘を適当に流し、萌さんに向き直った。
「それで西口さんは、どうしてここにいるの?昼飯を食べに来たにしては、遅いよね」
「そうそう。二人を探してたの。もう迎えの小型バスがきてるから」
その言葉を聞くと、雫さんは残り少ない定食を口へ入れた。
俺も席を立ち、握り締めていたパンの入っていた袋をごみ箱に捨てに行き、席に戻ると入れ違いに雫さんは、食べ終わった後の食器を戻しに行っていた。
戻ってくるまでの間、取り敢えず萌さんと話していることにした。
「萌さん。他のメンバーは、もう準備できてるの?」
「最初は湖上と二人でコミケ部の部室に行ったんだけど、なんかお取込み中なうえ、柏木くんもいないし、有明さんは寝てたのよ」
俺が雫さんと二人きりで会っているのに、雪が大人しくしていたことに納得がいった。
二日も寝てないので、起きている限界を迎えたのだろう。
「それで湖上に有明さんを起こしてもらって、私は二人を探してたってこと。後、山吹先輩は一文字先輩を連れて向かってるんじゃないかな?」
「だったら、私達も向かおうか」
戻ってきた雫さんの指示で、俺達三人も送迎バスが待っている場所へ、萌さんの案内で向かった。
校舎の外に出ると、萌さんが言っていたように小型バスが待機していた。
そしてバスの前には、先に来ていた他の生徒会メンバーと、山吹先輩にもたれかかっている雪に、生徒会の顧問でもある小田切先生の姿もある。
乗らずに俺達の到着を待っていてくれていたので、待たせて申し訳なかった。
「すみません。遅くなって」
「はっ!こうちゃん!寂しかったよぉ……」
遅れてきたことを謝りながら俺達が近寄ると、立ったまま意識がなかったはずの雪が覚醒し、俺に抱き着いてきた。
だが次の瞬間には、俺に抱き着いたまま再び眠っていた。
「ったく……しょうがないな」
雪が寝不足なのは、俺のせいでもある。
嘆息吐きつつも、軽い雪の体を抱き抱えた。
「さてと、乗りますか……って、あれ?みなさん?」
全員が準備万端なのを見透かしての発言だったが、誰も動こうとせず、俺達二人を一点に見つめてきていた。
この反応は、俺が何かをやらかした時のものだ。
「ねぇ。柏木くん。さらっとお姫様抱っこしてるけど。その事にはノータッチなわけ?」
雫さんが怒っているのは明確だった。
だがそれが雪を抱えていることに対する怒りなら、理不尽な気がする。
「だって、寝てる人を運ぶ方法なんてこれくらいですよ?」
「そうだそうだー」
俺以外にもちゃんと事を理解してくれる声はあった。
「それにリビングで寝ちゃった雪を、部屋まで運ぶこともたまにあるんで、慣れっこですし」
「そうだそうだー」
我ながら、今頃になって気が付いたのは情けない。
さっきから俺の意見に同意していた声は、俺に抱えられ眠っているはずの雪のもだ。
「……雪……起きてるだろ?」
「寝てるよー」
寝てる人はそもそも返答なんてしない。
雫さんの怒りは理不尽なものではなかった。
「起きてるんだったら、自分で歩いてくれ」
「はーい」
寝ていないとバレると、雪は文句を言わずに俺の腕からおりた。
てっきり雪なら、何か言ってくると思ったが、何も言わないなんて雪にしては珍しい。
「……まぁ柏木くんが、有明さんに甘いのは今に始まったことじゃないけど。たまにはビシッと言わなきゃだよ」
俺の腕からおりて雪は、今朝の様にもたれかかった。
その光景を見て雫さんは嫉妬しているのか、普通に説教された。
「でも雪にはお世話になってるし、これくらいの我が儘は……それに嫌でもないですし」
「私が嫌なの。ちょっとは自覚してよ……」
視線を斜め下に外し、恥ずかしそうに控えめな態度で雫さんは言った。
(何これ?可愛い……)
雫さんに告白されたことで、今日はやけに雫さんを可愛く思えてしまう。
「会長。可愛い子ぶってないで、行きますよ」
俺まで恥ずかしくなりかけたが、萌さんが雫さんの制服の襟を摘み、引きずりながらバスへ連れて行ってくれたおかげで、顔を赤くせずにすんだ。
「さ、こうちゃん。私達も乗り込もうか」
気が付けば残されていたのは、俺と雪だけだった。
萌さんと引きずられる雫さんに続いて、既にみんな乗り込んでいた。
そのことを雪が言ってくれるまで気づけなかったのには、わけがある。
ずっと雪を見ていたからだ。
「そうだな……それより雪。なんだか様子が変じゃないか?さっきの場面だって、いつもなら怒ってるのに」
雪が俺の異変を見逃さないように、俺も雪の異変は見逃さない。
「え?だってさっきのって、私を挑発しようとした雫さんの演技でしょ?さっき寝たから頭の中スッキリして、冴えてるから、それくらいの判断はつくよ」
自信満々に笑顔を浮かべる雪には悪いが、その判断は間違っている。
だがそれを言って、一から説明する時間はなかった。
「そ、そっか」
「今日の私はひと味違うよ~。それじゃあ、行こう」
俺が雪に感じた異変というのが、雫さんに怒らなかった事だけではない。
他にも雪を抱えた後におろした時の聞き分けの良さや、いつもは俺の一歩後ろを歩く雪が、今は俺の前を歩いていることもだ。
それらを異変ではなく、雪は『ひと味違う』と表していた。
ということは、今までの行動は何かしら意味があることになるのだが、それが何かまでは分からなかった。
雪が何を考えているか気にしつつ、雪に続いて、俺が最後にバスへ入った。
(へー……ドライバー、女性なんだ)
バスに入って最初に目に入ったのは、運転手だった。
女性ドライバーは珍しくはないのだが、俺が車内に入った瞬間、彼女は俺を一瞥し、視線を逸らすと同時ににやけた気がした。
見た角度が悪かったのかもしれない。
そのせいで運転手が女性であるというどうでもいい事も気になってしまい、彼女とは違い俺は乗車しながら、彼女のことを目で追い続けた。
「こうちゃん。こっち、こっちー」
既に座席に着いていた雪に呼ばれたことで、運転手を見るのをやめた。
車内に視線を戻すと雫さんと萌さん、湖上さんと山吹先輩、一文字先輩と小田切先生の組み合わせで座っているのが分かり、俺を呼んだ雪の隣は空いている様だ。
人数が少ない分、空いている席はいくつもあったが、取り敢えず空いている雪の隣に座った。
「全員揃ったんで、出してくださーい」
俺が座るのを確認し、小田切先生が運転手にお願いすると、バスが動き出した。
美嶺学園まで行ったことはなかったが、事前に地図で大体の場所は把握している。
ここからだと大体二十分で、目的地に到着できる。
その移動時間を有意義にするためには、先程雫さんとしていた作戦会議をもう少ししておくべだと思った。
雫さんと萌さんが座っているのは、俺と雪の席から二つ後ろだったので多少声を張って話しかけた。
「雫さん。さっきの続き、話しませんかー?」
席から通路に身を乗り出し後ろを向くと、雫さんも同じようにして身を乗り出していた。
「残念だけど、それは無理ー。既にここは敵陣だよー?どこから監視や盗聴をされてるか」
「え……カメラとかあるってことですか?」
さすがに信じられず、車内をキョロキョロ見渡したが、それらしいものは見つからなかった。
(考えすぎなんじゃ……)
「柏木。その顔は信じてねぇだろ?だが前に実際あったんだよ」
一つ後ろの席に座る山吹先輩が、深刻な顔で言った。
監視カメラや盗聴器の有無は分からないが、会話が聞かれていたのは事実だったらしい。
そうなると映像のみのカメラは無いにせよ、盗聴器があった可能性は高いはずだ。
「盗聴器を使われてたってことですか?」
「それは分からないが、会話の内容は筒抜けだったんだ」
「だったら、盗聴器で決まりじゃない?お金持ちのお嬢様なんだし、それくらい設置できるだろうし」
山吹先輩の答えに、意見を述べたのは雪だった。
雪もお嬢様なので意見は参考になるのだが、裏を返せば雪も簡単に入手し取り付けることが可能ということだ。
一瞬、前に雪が言いかけた『スピーカーから聞こえ……』という嫌な記憶を思い出した。
(大丈夫……雪はあの時、何もしてないって言ってたし)
今話している内容とは違うことだったので、無理矢理頭の中から振り払った。
それより今は雪の言葉に返すべき言葉がある。
「いや盗聴器って決めつけるのは、早いんじゃないか?」
「じゃあ、例えば?」
不思議そうに首を捻り訊ねてくる雪に、一つの可能性を提示した。
「人だよ。その場にいた一見関係無いと思う他人。今回の場合……運転手さんとか?」
気にも留めない日常的な風景と化した人の中に、相手の知り合いが潜んでいることも想定できる。
無意識のうちに、運転手を例として挙げたのは、にやけられたことをまだ気にしていたからのようだ。
言った後に運転手の方を見たが、死角になり当然顔も見えず、運転に異常も見られなかった。
『ぷっ……アハハハ』
「ちょっと、こうちゃん。面白い冗談言わないでよ」
「柏木。さすがにそれはないだろ」
雪と山吹先輩だけでなく、他の人達も俺の意見に笑い異を唱えた。
それも小田切先生まで笑っている。
俺からしても笑い飛ばしたくなるような発言だったが、雫さんと一文字先輩だけは笑っていなかった。
一文字先輩は読書をしていただけだが、雫さんは感心してくれているようだ。
「まぁまぁ。何にせよ、会議のことは話せないから。話すとしたら会議とは関係ないことでね」
唯一俺の意見を真面目に聞いてくれた雫さんが、みんなを宥めてこの話題は終わった。
その後しばらくは、会話を聞かれることを恐れ、誰も口を開かずに、ただバスに体を揺らされていた。
到着間近になり、突然後ろの座席から俺を呼ぶ声が聞こえてきた。
「あの。柏木くん。少しいいです?」
俺に声をかけてきたのは湖上さんだ。
確か湖上さんの席は、俺の斜め後ろだったので、顔を見ることはできなかったが、その方向に顔を向けた。
「大丈夫だけど。どうしたの?」
「ちょっと気になったことがあるです。有明さんを呼びにコミケ部に行った時、私が部室内に入っても誰一人気づいてくれなかったです」
そういえば萌さんが俺と雫さんの下に来た時、お取込み中だったと言っていた。
湖上さんの気になったことというのは、そのことだろう。
「そういえば、葵ちゃん達。私と湖上さんが出ていく時も、全く声が届いていなかったよ」
雪の証言からも、よほど切羽詰まった状況だったらしい。
「それに、探し人がどうとか柏木くんがどうとか言ってたです。柏木くん、何かやったんです?」
「そうそう。それも宮本さんや『くろえさん』もいたし」
薫ちゃんの友達二人がいたのなら、葵さん達が今やっている依頼のことだと思うが、俺の事は一切関係ないはずだ。
考えても俺の名前が出たのは、たまたまではないだろうか。
「何もやってないよ……多分。それに『探し人』ってのは、今葵さん達がやっている『黒江さん』の人探しのことかな」
「そうなんです?ちょっと、気になっただけなんで、これ以上は訊かないです」
それ以降、湖上さんは黙ってしまったが、代わりに雪が話しかけてきた。
「ずっと気になってたんだけどさ。こうちゃんが言う『くろえさん』の発音って、変じゃない?」
先程の話の流れで、小首を傾げながら雪に謎な指摘をされた。
言われてみれば、俺と雪の発音は確かに違っている。
俺は普通に『黒江さん』と言っているが、雪の方は『クロエさん』とカタカナ表記がしっくりくる発音だ。
いうなれば、俺のは名前の後半のイントネーションが下がり、雪のは上がっている。
「……いや、雪の方が変だろ」
どう考えても変なのは雪の方だと思う。
「そうかなぁ?だってこうちゃんの言い方だと、日本人の苗字みたいじゃん」
「ん?日本人の苗字だろ?」
雪が首を傾けたのに対し、俺も雪の発言に首を傾けた。
不思議そうそうな顔で見つめあう俺達に、通路を挿んで隣にいる小田切先生が口を挟んできた。
「あの、柏木くん。有明さんが言っているのって、一年生のクロエさんというハーフの女生徒のことだと思いますよ」
「え?この学校にハーフの娘っていたんですか?……だったら発音は俺の方が間違ってるな。すまん。雪」
小田切先生のおかげで間違いに気づくことができ、雪に頭を下げた。
些細なことだが、雪を疑った事に心が痛い。
「気にしないでよ。こうちゃん、クロエさんの存在自体知らなかったんだから」
雪に許してもらい、俺は下げていた頭を上げた。
そのタイミングで、また小田切先生が話しかけてきた。
「でも知らなかったのは意外ですね。柏木くん程じゃないですけど、クロエさんも目立ちますから」
俺ほどじゃないというのは聞き捨てならないが、ハーフの娘だったら目立つのは分かる。
ただ小田切先生の言い方だと、ハーフの娘だから目立つのではなく、クロエさん本人が目立つような言い方だ。
(何か特徴があるのか?)
それこそ、前に道案内をしてあげたあの娘の様に、ハーフでいてドジっ娘だったら尚更目立つ。
何にせよ薫ちゃんの友達なので、いずれ会うこともあるだろうし、その時に知れると思い、それ以上深くは考えなかった。
正確に言えば、考える事を諦めた。
この話を終えたあたりで、学校を出てから丁度二十分くらい経ち、そろそろ美嶺学園に着く時間になったことで、みんなの顔が引き締まり空気が一変したからだ。
作戦会議の内容を聞いていないはずの雪や読書を止めた一文字先輩、更には小田切先生も例外ではない。
一番気合が入っていないのは、俺のようだ。
今も手持無沙汰な俺は、雪越しに窓の外のずっと続いている山の自然を見ていた。
みんなと違って俺は、今から会う相手と会ったことがないので緊張をしない理由はそこにあるのだろう。
「……全然景色変わんねぇなぁ」
窓の外の景色を眺めながら、俺は独り言を漏らすとそれに雪が反応した。
「こうちゃん。ここ、もう敷地だから、そろそろ校舎に着くんじゃないかな」
「広すぎるだろ……」
敷地面積が凄く広いのは理解していたが、数分間も変わらない景色を見続けさせられるとは、思っていなかった。
そして雪の言葉に引き寄せられるようにして、無駄に広い校舎が見えた。
おまけに。二人一組で通路を挟んで俺達を出迎えるように、頭を下げ整列している十数人のメイドもだ。
「しかも、メイドまでいるし」
「相手はお嬢様なんだし、お付きのメイドがいるのは普通だよ」
そう言う雪に、俺は違和感を覚えつつ見つめた。
雪はお嬢様なのに、普段お付きのメイドとは無縁に近いからだ。
一応、引っ越してくる前は雪の専属メイドはいたが、メイドというよりはお姉さんという感覚だった気がする。
そんなことを思い出しながら雪を見ていると間もなくして、先頭に控える二人のメイドの前にドアがくるようバスが停まった。
ドアが開くと一番後ろに座っていた雫さんと萌さんが初めに降り、それに続いて山吹先輩と湖上さんが降り、その次は小田切先生と一文字先輩が降りた。
最後に俺と雪が残り、通路側にいる俺が雪よりも先に降りようとしたら、雪に制服の裾を引っ張られた。
「こうちゃん。私が先に降りるよ。何があるか分からないし」
「あ、あぁ。わかった」
雪に真剣な眼差しで見つめられたので、俺は呆気ないほどすぐに引き下がった。
どうやら雪は、相手側が俺に対して何か仕掛けてくると思っている様だ。
もしかしたら雪は、向こうに会議に出席するメンバーが誰か知られていないことを知らないのだろう。
そうだとしてもここは雪の意見を尊重し、俺は席を立つと一歩下がり、雪を先に通した。
雪の後ろを歩き、雪に続いてドアから出ようとした瞬間、『プシュー』と音を立てて、俺の目の前でバスの扉が閉まった。
「……え?」
「しまった!こうちゃ……」
雪が気づいて振り向いた時には、雪の言葉を遮るようにして、既にバスは再発進してしまっていた。
異変に気づき、他のみんなも振り向いていたのが遠目から見えたが、誰もこの状況に対応しきれていない。
「うわっ」
一方で俺は急に発信したバスに、バランスを崩し転びそうになっていた。
「あの。運転手さん!まだ乗ってるんですけど!しかも手すりの無いこのバスに、立った状態で!」
声を荒らげ訴えかけたが、バスは停まらず、代わりに言葉が返ってきた。
「すみません。少し辛抱してください」
謝られたからには、俺がいるのを知っていたうえで悪気もあって、俺を乗せているようだ。
この状態ではバランスを保つのに精一杯だったので、言われた通り辛抱することにした。
揺れに耐えること二分弱、バスはようやく停まってくれた。
その場所は、多分車庫だった。
車が多く駐車してあるから、そう判断したが、広いしシャンデリアも有るので、俺の知っている車庫とは大分かけ離れたものだ。
内装に目を奪われていると、目の前のドアが開いた。
「お降りくださいませ」
(この人、本業ドライバーじゃないな)
言葉遣いからこの人もメイドなのだと分かり、このメイドの主人が俺をここに連れてきたことになる。
主人の顔を拝むためにも、一先ずは指示に従ってバスから降りた。
「お待ちしておりました。柏木様」
降りると同時に声が聞こえ、その方向に視線を向けると、ウェーブがかかった金髪で小柄な見覚えのある少女が一人立っていた。
俺を呼んだのは、この娘で間違いないだろう。
「聖ちゃん?」
そこに居たのは、以前雪の招待されたクリスマスパーティーにパートナー役として出席した際、その会場で出会い、その会場にあったエレベーターを通して仲良くなった西園寺聖ちゃんという、一つ学年が下の女の子だった。
彼女もまたお嬢様なので、この学園に入学していてもおかしくはない。
思わぬ再会に胸が高鳴った。
「はい。お久しぶりです。柏木様。それとこの様な乱暴な手段でお連れして、申し訳ございません」
「去年のクリスマス以来だから、四か月ぶりか。久しぶり。まぁ、手段はともかく、どうして俺を連れてきたの?」
久しぶりに会えたので話したいことはいくつもあったが、悠長な話をしている余裕はない。
早速俺は、連行された理由を訊ねた。
「それは、聖お嬢様たっての希望で、柏木様と二人きりに……むぐっ」
いつの間にか先程の運転手だったメイドさんが俺の背後に現れて、説明をしてくれかけたが、どういうわけか聖ちゃんはもの凄い速さでメイドさんの背後をとり、その口を塞いだ。
それによく見たら、メイドさんは運転していた時のスーツ姿からメイド服に着替えている。
「本当に余計なことを言うんですから……まったく……柏木様。颯馬の言った事は、気にしないでくださいね」
「わ、わかった。それから手、放してあげたら?」
聖ちゃんのメイドさんこと颯馬さんが、何を言おうとしたのかは不明だが、息を止められどんどん顔色が悪くなっていた。
「いいのです。いつも一言多いですから、これくらいが丁度良いんです」
可哀想だが、家庭の問題ならこれ以上俺が口出しはできない。
颯馬さんの解放を諦め、本題に戻った。
「そっか。それで結局、俺はどうしてここにいるわけ?」
「そうでした。柏木様に忠告したいことがあったんです。実は今日の会議で柏木様が標的にされている可能性があります」
「え?どうして俺が?てか、どうして聖ちゃんが会議の事知ってるの?」
気づけば、聖ちゃんに質問ばかりしていた。
雪や雫さんが懸念していたことを言われ、聖ちゃんが俺達がここにいる理由をしていたことに驚きを隠せなかったからだ。
「私も会議に参加するからです。詳しい話は、他のみなさんの所まで移動しながら、話しましょう」
歩きながらというのは、みんなに心配をかけないための配慮なのだろう。
「わかった……」
全然質問に答えてもらえなかったが、取り敢えず言われるがまま、やっと解放された颯馬さんの案内でその場から動き始めた。
「それで続きですけど。もう一つの質問の、柏木様が標的にされているという方ですが、これは可能性の話です。ですがその可能性は高いです」
聖ちゃんが真面目に話しているのを聞いて、ようやく危機を感じ、意味はないが姿勢を正し話を聞いた。
「理由としては二つ。一つは、生徒会のみなさんが柏木様のプロフィールを見て、一目置いていたこと。そしてもう一つはその後、急に場所を変更なされたからです」
みんな俺のことを過大評価しすぎだと思う。
いったい、そのプロフィールにどんなことが書かれていたのだろうか。
俺が標的にされている理由という点では納得のいく理由だが、俺が過大評価されているというのは別の話だ。
そもそも聖ちゃんの話している事には、謎が多すぎる。
「仮にそれが本当だとしても、どうして会議に参加するはずの聖ちゃんに、その作戦らしきものが伝えられてないの?」
「それはあくまで私が、見学者扱いだからです。主に会議をするのは、生徒会に所属している先輩方五人で、私ともう一人の一年生の娘は次期生徒会候補としての、見学になってます」
これで聖ちゃんが、曖昧に話していたことを理解できた。
「ちなみに聖お嬢様がその様な立ち位置なので、私がドライバーを務めることになりました。その際、華鳳院様から車内の様子を報告するよう命令されてました」
「颯馬。それ、私初耳なんだけど?」
「いつも一言多いと言われておりますので、黙っていました」
今回に限って颯馬さんの一言は、余計なものではなくちゃんとした補足説明になっている。
淡々と説明する颯馬さんに、聖ちゃんは無言で怒っていたが、本人にその怒りが届いているのかは定かではなかった。
「それに、柏木様は言わずともこの事に気づいていらっしゃいました」
「流石、柏木様です!」
一転して、並んで歩いている聖ちゃんがキラキラと輝かせた眼差しで俺を見つめてきた。
尊敬する眼差しを向けているところ悪いが、俺はただ聖さんと同じように可能性の話をしただけだった。
「そ、それはともかく。まだ一番大事なこと訊いてないんだけど。いいかな?」
「はい。もちろんです」
一方的に気まずくなって話題を変えたのだが、聖ちゃんは変わらない瞳のまま、頷いてくれた。
だが話題を変えるためにでもあるが、俺の訊きたい大事な質問は、この聖ちゃんとの会話での根本的な疑問だ。
「あのさ、なんで聖ちゃん達は、こっちの学校の代表者が誰か分かってたの?おまけにプロフィールまであったらしいし。俺なんか、さっき聖ちゃんに言われて、初めてそちらの人数を知ったんだけど」
「え!そうだったのですか?プロフィールの入手経路は不明ですが、人数や名前なら電話をかけた際、山之神高校の校長先生に教えていただいたそうです」
聖ちゃんからは恍けたり嘘をついたりしている様子はなく、素直に驚いている様子だ。
そうなると作戦会議の時に雫さんと話していた内容で『向こうが俺のことを知らない』ということが、間違いになる。
今頃になって気がついたが、雪が財閥の力で急な転校を可能にしたように、俺の情報を入手することなど造作もないはずだ。
それに戦争などと勝手に粋がっているのは、俺達だけで、校長先生からしてみれば、ただ会議に出席するメンバーを訊かれただけだ。
校長先生を恨んでもなんの意味もない。
後、気になったのは仮に俺のことを標的にしているとして、どんな攻撃をしてくるかだが、こればかりは不確定要素が多く考えても仕方なかった。
「そっか。これでいろいろわかったよ。ありがとう」
「い、いえ!お役に立てて嬉しいです」
笑顔でお礼を言うと、何故か聖ちゃんは俺から視線を外した。
「聖お嬢様。まるで恋する乙女ですね……あの、本気で蹴らないでいただけますか?」
聖ちゃんの反応を見て颯馬さんが発言すると、容赦のない蹴りが聖ちゃんから颯馬さんへ繰り出された。
今回、颯馬さんが何か余計なことを言ったようには思えなかった。
「颯馬が悪いんじゃない。からかったりするから」
このままだと颯馬さんが理不尽に思えたので、フォロー代わりに俺からは褒めることにした。
「でも、颯馬さん。聖ちゃんのこと、よく見てますよね。恋する乙女の顔って、俺的には可愛くなった顔のことだと思っているんで、普段から可愛い聖ちゃんとの違いが分かるのって凄いですよ」
「よかったですね。聖お嬢様」
俺が褒めたのは颯馬さんのはずなのに、颯馬さんは聖ちゃんが褒められたと勘違いしているようだ。
「そ、それよりも柏木様!ほ、ほら、皆様があそこにいますよ!」
明らかに動揺して話題を変えた聖ちゃんの指差す方は、みんながバスから降りた場所だった。
それも聖ちゃんの言うように、その場にみんなと加えてメイドさん方がまだいた。
「本当だ。ところで、なんでさっきから、俺の方を見てくれないの?」
「柏木様の女癖の悪さは、天然なのですね」
(え?俺って女癖悪いの?)
颯馬さんは優しい笑顔で俺のことを、突然バカにしてきた。
それも颯馬さんに言われたことは、事実無根だ。
「か、柏木様の気のせいです」
「そっか……」
さらに聖ちゃんは、答えてくれたものの目を合わせてくれないままで、この場に居づらい雰囲気だった。
そのため俺は打開策として、まだ距離があり俺達の存在に気づいていない雪達に、声を張って呼びかけた。
「すみませーん!お待たせしましたー!」
「こうちゃん!」
『柏木くん!』
「柏木!」
俺の声に反応しみんなが各々の呼び方で、俺の名前を大声で呼び返してきた。
一文字先輩の声は聞こえなかったが、みんなと一緒に俺の方は見ている。
ただ一人雪だけは彼女なりの全速力で、俺の方へ駆け寄ってきた。
「はぁ……やはり、雪さんは怒っている様ですね」
隣で聖ちゃんがため息を吐くのが聞こえた。
お嬢様同士で繋がりがある雪と聖ちゃんの二人の仲があまり良くないのは、二人に挟まれて一晩過ごした俺が一番分かっている。
おそらく聖ちゃんが俺だけを拉致したのも、雪がいたらまともに用件を伝えられないと考えたからだろう。
「雪を宥めるのは、俺の使命みたいなものだから。ここは任せてよ」
「お願いしますね。聖お嬢様や私では、逆効果でしょうし」
颯馬さんは頼みながら、俺の背中を押した。
この人任せにしているあたり、初対面のはずなのに、彼女から一方的に慣れ親しまれている気がする。
だが言っていることは無駄に正しい。
颯馬さんに気を取られていると、いつの間にか雪が目の前に迫っていた。
「こうちゃん!大丈夫?!何もされなかった?」
てっきり聖ちゃんに掴みかかると思っていたが、まったく眼中に入っている様子はなく、真っ直ぐ俺に抱き着いてきた。
「大丈夫だよ。大袈裟だなぁ」
「いいや。柏木くんが重大さを理解してないだけだよ……なんで有明さんとだけ、抱き合ってるの!」
雪に対応していると、他のみんなも既に俺の前に移動していた。
その中で雫さんが俺の言葉に反応して、意味の分からない事で俺を怒った。
この人にも、聖ちゃん達が見えていないようだ。
「そうです!理不尽です!私達だって心配してたんです!」
「会長や湖上の言う通りだよ。自分の王子様が他の娘とベタベタしてるのは、複雑なんだよね」
二人どころか湖上さんや萌さんまで、聖ちゃん達のことは気になっていないらしい。
この人達は、本当に心配してくれていたのだろうか。
今も俺の制服を引っ張ったり、雪を俺から離そうとしたりしている。
「ところで柏木。さっきからお前の後ろにいる、いかにもお嬢様って感じの娘とメイドは誰だ?」
ここにきてようやく、山吹先輩の口から聖ちゃん達の存在に触れられた。
「後ろの二人?……あー!聖さん!こんな所で何してるの?!」
大分時間が経っていたが、雪の眼中には本当に二人が入っていなかったようで、山吹先輩の言葉で気づかされて大袈裟なほどに驚いている。
「相変わらず柏木様のことしか、目に映ってないようですね。周りに注意をむけないから、みすみす柏木様を攫われるのですよ。やはり雪さんは、柏木様に相応しくないですね」
喧嘩になるであろう火種を聖ちゃんがばら撒いたが、それに言葉を返したのは雫さんだった。
「その制服を着てるってことは、ここの生徒なんでしょうが。さっきから偉そうにペラペラ喋ってるけど、要するにあなたが柏木くんを攫ったのよね?それに対して、謝罪の言葉や説明はないのかな?……まぁ、有明さんが相応しくないのは、同感だけど」
俺が言うのも変な話だが、やっとまともな意見が雫さんの口から出た。
ただ雫さんまで一言多く、雪は眉を顰め、雫さんと聖ちゃんを交互に睨んだ。
そんな雪の視線に気づいているはずの二人は、無視して会話を続けていた。
ところが唐突に聖ちゃんは、俺に話をふってきた。
「謝罪も何も、私は柏木様のことを想ってしたまでです。そうですよね?柏木様」
「あ、あぁ。うん。心配させるようなことは、なかったよ。ただ二人だけで話しただけだからさ」
『ふ~ん……二人だけでねぇ』
事実を述べただけなのに、みんなは俺を白い目で見た。
実際は颯馬さんもその場に居合わせたのだが、口をほとんど挿まなかったので数に入れなかった。
そのせいで雪や雫さんだけでなく、何故か他のみんなも不快にさせたらしい。
「皆様。ご安心を。その場には私も居りましたし、聖お嬢様には柏木様に手を出す勇気すらございませんから」
「颯馬。あなたは数時間、黙っててくださいます?」
「かしこまりました」
また聖さんの気に障ることを言ったらしく、颯馬さんはこっ酷く叱られていた。
だが颯馬さんの余計な一言のおかげで、みんなの怒りは治まりつつあった。
(それにしても、何時間も黙れるのか?)
口を挿むのが大好きな颯馬さんが黙っていられるのか、疑問に思う。
「それでは、皆様。メイドを代表して私が案内しますので、柏木様誘拐の件は、後程柏木様に追求してください」
俺が懸念した通り数時間どころか、五秒も黙っていられないでいた。
おまけにさっきまでの会話の全責任を、遠くない未来の俺に全て押し付けてもきた。
きっと聖ちゃんが説明するよりも効率が良いと、考えたのだろう。
これから会議があるのに、いつまでもこの話題だけで時間を費やすのは、確かによくないので、俺は仕方なく颯馬さんの言葉を受け入れた。
それは俺だけでなく、雫さんやみんなもだ。
「……わかりました。移動するのも、柏木くんに訊くのもいいですけど。結局、あなた方は誰ですか?」
「それも後程、説明がありますので、取り敢えず会議室までついてきてください」
最後にした雫さんの質問くらいには、移動しながらでも答えればいいのに、雫さん達に名前を名乗らないまま、聖ちゃんと颯馬さんは俺達を置いて、数メートル前を歩き出した。
それに倣って整列していたメイドさん達も移動を始めた。
この広大な敷地で遅れて迷子にならないように、俺達も数メートルの距離を保ったまま、俺達も続いた。
程無くして、聖ちゃん達の案内で校舎の中に入った。
まだ昇降口しか目の当たりにしていないが、初めて美嶺学園の内装を見た俺の感想としては、まるで何処かのお城だ。
無駄に広く学校なのかと疑ってしまう。
「相変わらず、無駄を凝縮したような学校だね。柏木くんもそう思うでしょ?」
雫さんには俺の考えていたことが筒抜けだった。
「まぁ……正直、お金をかけすぎだとは思うよ」
広い校舎の中を歩きながら、先を行く聖ちゃんやメイドさん達に聞かれないようなるべく声を潜めて答えた。
「それは私からしても同感だよ。誰が得するんだか……」
お嬢様の雪から同意する声が聞こえたが、メイドさん達を刺激しないよう静かに話していた俺や雫さんとは違い、雪は遠慮なしに大声で言った。
自分と同じ立場の人間を相手しているだけあって、雪は随分と強気だ。
だが俺と雫さんは、会話を聞かれて弱みを探られるのを警戒しすぎて、なおも小声で会話をした。
「ま。この事で私達が文句を言っても仕方ないだんけどね。それで、柏木くん。あの人達に攫われた時、何か言われたの?」
時間に余裕ができたことで、雫さん以外にも全員が気になっていたであろう質問を、雫さんの口から問われると、全員が俺の方へ視線を向けた。
雫さん以外は興味本位だったが、雫さんは俺のことをいまだに心配している様だ。
普通なら『何があったか』を訊くだろうが、雫さんは『何か言われたか』と訊いてきた。
おそらく雫さんは、警戒しすぎて俺が脅され口止めされているとでも考えているのだろう。
安心させるためにも、素直に雫さんの問いに答えた。
「さっきも言いましたけど。心配するようなことはなかったですよ。それどころか、俺が危ないかもしれないって忠告をしてくれました」
「待って、柏木くん。それが本当だとして、どうしてここの学校の生徒が、柏木くんに味方するの?」
「それにだ。忠告なら、お前一人だけを連れて行く意味がわからない」
雫さんと山吹先輩に指摘されたこともあり、聖ちゃんについても話さなければならないらしい。
口を開こうとした時、頭に颯馬さんが言っていた『自分達のことも、後程説明がある』というセリフが過った。
あの時は、会議の前に他の役員と一緒に紹介される意味だと考えていたが、どうやら俺が会議前に聖ちゃんの事を話すのを予測してのセリフだったのかもしれない。
余計な一言ばかり言うダメなメイドの印象だったが、ここまで先読みしていたのなら、侮れない人だ。
「ねぇ。こうちゃん。会長さん達の話、聞いてる?」
質問に答えず、前を歩いている颯馬さんを見つめていたことで、黙ってしまっていた俺を雪は不審に思ったようだ。
元々、雪にとっては仲が良くないとはいえ、聖ちゃんのことを知っている雪からしてみれば、きっと颯馬さんのことも知っていて、俺が颯馬さんを見ていた理由など知らないのだろう。
それに雪からしてみれば、俺が連れ去られた理由さえ分かった時点で、疑問は解消されていたはずだ。
なので聖ちゃんのことは俺からではなく、俺より詳しい雪から話すべきだと思った。
「聞いてるよ。けど、聖ちゃん達のことは雪から話してくれ。今日を含めて、俺は聖ちゃんにまだ二回しか会ったことないからな」
「えー。私からあの娘のこと話すの?……あまり気乗りしないけど、しょうがないか」
顔に出やすい雪が、ここ最近よく見せる嫌そうな顔をしつつも、渋々承諾をはしくれた。
「彼女は西園寺聖。年商で、うちと華鳳院に続く西園寺グループの一人娘で、年齢は私より一つ下。私とは昔から何度か会ったことのある知り合いだけど。こうちゃんとは去年に一回だけ会った顔見知りってところです」
「たった一回しか会ってないのに、味方なんかするです?」
雪の言い方だと、湖上さんが口にした疑問通りなのだが、その一回がとても濃い時間だったので、ただの顔見知りと表現するのでは足りない気がする。
説明を増やさないための雪なりの、気遣いだと思いたい。
「そりゃ味方するよ。彼女も、みんなと同じ感情をこうちゃんに抱いてるんだからね。本当、生意気な小娘だよ」
『ふ~ん』
(同じ感情?)
全員が共通して抱く俺への感情は、考えても思いつかなかった。
しかし、みんなは納得したうえで、鋭い視線を聖ちゃんの背中に向けていた。
味方だと分かっているのに、どうしてだろうか。
「なるほどね。これで柏木くんだけを攫った理由も分かったよ」
雪の『生意気な小娘』という発言で、雫さんは二つ目の疑問も解消できたに違いない。
よく見たら他のみんなも雫さんの言葉に同意し、何度も首を縦に振っていた。
何がともあれ、雪がおもむろに不仲を証明する発言をしてくれたおかげで、早々にみんなの疑問は片付いてくれた。
後はみんながすっかり忘れている颯馬さんが何者なのかだ。
「なぁ。雪。あの颯馬さんってメイドだけど。聖ちゃんに昔から仕えてるのか?」
「……そっか。こうちゃんは、あの人に会ったことなかったっけ。確か、仕えてるのは四年くらい前からかな。聖さんによく叱られているのに、くびにならないのが不思議だよ……って、もしかして、こうちゃん。一目惚れしたんじゃ?!」
たかが初対面の相手のことを訊いただけなのに、雪は相変わらず変な疑いをかけてきた。
だがおかげで颯馬さんがただ者ではないことは、わかった。
一人であらぬ誤解をして驚いた反応をしている雪をみんなが放置し、歩き続けた。
「ちょっと無視しないでよ!……疑った私が悪かったから、無視しないでー!」
雪は自分の非を素直に認めると、俺に泣きついてきた。
こうなったら、俺は何もできないし、何も言えない。
「有明様。もうじき着きますので、柏木様からお離れください。威厳が感じられませんよ」
「……はーい。はぁ……せっかく甘えられていたのに」
なるべく声を抑えて話していたのに、颯馬さんは俺達の異変に気付いて、俺の代わりに雪を引き離してくれた。
実際にもうそろそろ着くという口実が取り繕ったものでないのは、他のみんなの改めて引き締めた顔を見れば分かった。
「ねぇ。こうちゃん。私、浮いてる?」
「気づいてないだろうが、雪も真面目な顔になってんぞ。多分だが浮いてるのは、これから会う人達のことを全く知らない俺だけだろうな」
気をつける必要があるのは理解してはいるが、その時々で対応するしかない以上、いつも通りのままで対応するしかないと諦めていた。
この状況で口角が上がっているのは、俺と先を歩く颯馬さんを始めとしたメイドの方々だけだ。
そのメイドさん方と聖ちゃんは一つのドアの前で、ようやく歩みを止めた。
数メートル離れた俺達が追いつく前に、聖ちゃんだけがドアを開け中に入っていった。
どうやらその場所が会議場のようだ。
俺達が追いつくと、一旦颯馬さんに止められた。
「既にお嬢様方は中でお待ちになっておりますので、私に続いて入りましたら、用意されている適当な席にお座りください」
それだけ言って、颯馬さんはドアを開け中に入ると、部屋の中からドアが閉まらないよう押さえつけてくれていた。
部屋の外からでは、一番端に座っている聖ちゃんの姿しか見えなかったが、聖ちゃんしか見えないこともあり、部屋が十分な広さであることがわかる。
颯馬さんが押さえてくれている脇を小田切先生を先頭に、雫さん、一文字先輩、山吹先輩、萌さん、湖上さん、雪の順番で入室していった。
自然と順番の最後を選択した俺は、背後から口を塞がれてまた誘拐されないことを祈りつつ、入室した。
「柏木様。お気をつけて」
颯馬さんとのすれ違いざまに、俺にだけ聞こえる大きさで耳元に囁かれた。
視線こそ合わせなかったものの、その言葉を頭に刻んだ。
そして教室二つ分ほどの室内を見渡すと、窓側にはずらっと聖ちゃんを含めた美嶺学園の面々が七人と教師らしい人物が一人座っており、生徒七人の後ろには一人ずつメイドさんが立っていた。
それと向かい合う形でテーブルを挟み、先に入っていたみんなは奥から入った順に各々の座席の前で座らずに立っている。
最後に入った俺は、出入り口から一番手前の座席の前にみんなと同じようにして立ったまま待機した。
幸いにも俺の席は一番端だったので、警戒しながら全体を見渡せる。
ちなみに俺の正面に座っているのは、聖ちゃんだ。
俺が定位置につくと、雫さんと向かい合っている茶髪でロングヘアーで鋭い目つきの女子生徒が口を開いた。
「みなさん。ご足労いただき、ありがとうございます。まずは遠慮せずに座ってください」
「えぇ。あなたに言われなくても、そうします。ただ礼儀として立っていただけなんで」
女子生徒の気遣う言葉に対し、雫さんは棘のある言葉を返した。
それが相手に対して失礼だと思いもしたが、小田切先生を含め他のみんなが雫さんを注意することもなく座った。
おそらく雫さんが見せた態度といい、代表して話したことから、この人が生徒会長の華鳳院さんなのだろう。
取り敢えず俺もみんなと同じように席に着いたが、今の段階ではみんなが言っていたような悪い人には思えない。
彼女は座るのも最後だった俺が席に着いたのを確認すると、俺から視線を外さずに言った。
「さて。会議に入る前に、こちらのメンバーの紹介をしてあげますわ。初対面の方もいるようですし」
どうやら俺に対して言っているらしい。
その提案に答えようとしたが、俺よりも先に雫さんが声を発した。
「あれ?今日はやけに親切ですね。そんな面倒な事を自ら提案するなんて」
「褒め言葉として受け取っておきますわ。一応私達が初めて顔を会わせる彼に言ったのですが、あなたも向こうに座る一年生二人のことは知らないんじゃなくて?」
華鳳院さんと思われる彼女が差したのは、出入り口付近にいる俺の正面に座る聖ちゃんと、雪の正面に座る唯一制服の袖を捲ったり、ブレザーのボタンを留めていなかったりと制服を着崩している活発そうな少女だった。
タイプでいえば、山吹先輩に近い。
聖ちゃんが言っていた次期生徒会候補のもう一人は彼女のようだ。
今年初めての会議なので、雫さんだけでなく、他のみんなも知らない人物なのだろう。
みんなが彼女を一瞥したが、雪だけは彼女を知っているらしく、気にも留めていなかった。
「それにこの自己紹介は向こうに座る彼……柏木孝太さんのためのものですわ。これから仲良くやっていこうというのに、名前を知らなければ不便ですから」
「何が『仲良く』よ。あなたと仲良くしようなんて、柏木くんは思わないと思うけど?……でも、自己紹介はしてほしいかな。柏木くんのために」
雫さんと華鳳院さんと思われる女生徒は、さっきから俺の話をしているが、俺の入る隙が全くない。
本当なら俺も会話に参加して、『仲良く』の部分ではなく『これから』という部分について訊きたかった。
確かに行事を通して関わることもこれからあるだろうが、何か引っかかる言い方だ。
それだけの意味だったら、別に『これから』と付け加える必要がないと思う。
だが確証もないので発言は控えておいた。
「仲良くするかどうかは、彼が決めることだと思いますわ。まぁ、言い合っているのも時間の無駄ですし、早速私のことから紹介しますわ……」
「時間が無いなら、あなたのことはいいです。華鳳院さん。あなたのことは柏木くんにしっかり伝わっているので」
意気揚々と自己紹介しようとした華鳳院さんを、雫さんが制止した。
前に生徒会の面々と初対面時に、雫さんも意気揚々と自己紹介しようとして制止されたこともあった。
その時の事を思い出してか、隣に座っている雪が笑うの我慢していた。
ともあれ彼女が華鳳院さんとわかれば、雫さんの言う通り大体のことは事前に聞いている。
今のところは、事前情報とは大分違う印象だと思っていたら、彼女は急に酔いしれ始めた。
「それは手間が省けて助かるわ。やはり私の様な美しい令嬢は、有名になる運命のようね」
「ふっ……有名ねぇ。自信満々なところ悪いですけど、有名なのは静さんの親の会社だけであって、静さん自身は特に有名ではないですよ」
雪は華鳳院さんの言葉を鼻で笑い、前にどこかで聞いたことのあるようなセリフで一蹴した。
雪が発言したことで、華鳳院さんの視線及び攻撃対象は雪へと向いた。
「あら?雪さんいましたの?すかっり庶民に馴染んでいて、気づくのに時間がかかりましたわ」
「なら、私もそれを褒め言葉として捉えますね。こうちゃんとお似合いってことですもん。おっと、話が逸れましたね。すみません」
挑発されたが、珍しく雪は冷静を保ったまま、わざとらしく言葉を返した。
「雪さんがそう言うなら、紹介に戻りますわ。私の左隣にいるのが三年副会長の名執諒」
「どうも、名執です。一つだけ言っておきますが、私は静さんと違って、一般人と仲良くするつもりはありませんから」
華鳳院さんに紹介された名執さんという女生徒は腕を組み、高圧的な態度で俺に言ってきた。
本人がそのつもりなら、俺からは何も言えない。
「あ。そうですか」
「え?そ、それだけ……?」
一応、妥当な返事はしてみたが、その返事に名執さんは目を丸くした。
言葉からして、もしかしたら彼女は俺が怒るのを期待していたのだろうか。
だったらなおさら、素っ気なくしていた方がいいだろう。
「はい。それだけです。そっちが言ったんじゃないですか。『仲良くする気はない』って。一般人の俺と話すのは嫌だと思いまして」
「そ、そうね。確かに虫酸が走るわ。静さん。早く紹介に戻ってください」
頷いてはいたが、平静を装っている気がした。
動揺し逃げるように話題を変えていたこともあり、やはり俺を挑発していたのは間違いなさそうだ。
「……そうしますわ。今話した彼女の隣にいるのが、同じく三年で書記の柳楽莉ですわ」
そのまま名執さんに言われた通りに、華鳳院さんは紹介の続きをした。
「よろしくお願い申し上げます」
次に紹介された柳楽さんという、一見お淑やかな三年生だった。
見た目通り彼女は、俺に対して前の二人とは違い深々と頭を下げてきたので、俺も軽くだが頭を下げ返した。
それ以上何も言わなかったので、彼女の紹介はここまでのようだ。
「その隣からは二年生になり、手前から二年副会長の羽風雛と会計の松嶋寿ですわ」
順番通り二年生のゾーンになると、二人まとめて紹介された。
羽風さんの方は前髪が目にかかって表情が見えなくて、暗そうな印象で、どことなく初めて会った時の雪や葵さんの様に友達がいなそうな感じだ。
もう一人、松嶋さんの方は常に眠そうな顔で、俺達が入室してからずっとお菓子を食べている。
それぞれ個性的な二人だったが、それぞれ名前を呼ばれてペコリと少しだけ頭を下げただけで、声は一切発しなかった。
「最後は向こうにいる二人。会議に参加しないですが、見学ということで次期生徒会候補の一年生、高垣凛と西園寺聖になりますわ」
聖ちゃんのことは今更紹介されるまでもなく、前の二人と同じように黙って一礼しただけだった。
だが、もう一人の一年生である凛ちゃんの方は、俺に対してたった一つだけ質問をしてきた。
「アナタ。強いんすか?」
彼女の口から出たのはお嬢様としては意外なもので、驚きもしたが見た目通りと言えば見た目通りだ。
山吹先輩と雰囲気が似ていたこともあり、体を動かすのは得意そうな印象だった。
質問の内容からしておそらく凛ちゃんは、武道や格闘技が好きなのだろう。
もし俺が『強い』と答えたら、物理的攻撃を仕掛けてくるかもしれないが、俺の答えは最初から決まっていた。
「……いや、弱いよ。きっと、この中で一番」
俺がそう口にした瞬間、空気が変わった。
美嶺学園側の一年生二人を除く五人が、一瞬だけ俺を見ていた目を細めた。
まるで疑惑の目を向けている様だ。
「ふーん。弱いなら興味ないっすわ」
逆に質問をした当人は、俺が弱いと知るとすぐに興味をなくし俺から視線を背けた。
戦闘力はともかく、俺が精神面で弱いのは隠しようもない事実だ。
本来の質問の意図にはそぐわなかったろうが、『強い』と言うほど俺はおこがましくない。
俺と凛ちゃんの会話が終わると、先程俺に疑惑の眼差しを向けたのが無かったかのように、華鳳院さんは変わらぬ態度で紹介を再会した。
本当の最後は、彼女の右隣りにいた二十代前半くらいの女性教諭らしき人物だった。
「そして、私の右隣りにおりますのは、同じように会議には口出ししないですが、教員の涌井先生です」
涌井さんはあくまでただの付き添いらしく、彼女も口を開かずに頭を下げた。
「これで紹介は終わりですわ。それでは会議に入りましょうか。小西。皆様にお紅茶でもお出ししなさい」
「はい。かしこまりました」
紹介が終わり華鳳院さんは会議の開始を宣言するのと同時に、後ろに控えていたメイドさんに命令し、そのメイドさんは一礼すると部屋から出ていった。
今のところみんんが危惧していた様なこともなく、拍子抜けだ。
しかし雫さんは何気ない華鳳院さんの言葉ですら疑っていた。
「紅茶まで出してくれるなんて、やはり何かしようとしているようだね?」
「お客様にお茶くらい出しますわよ。そんなことよりも、早く会議を始めましょう?」
華鳳院さんは雫さんの睨みにもっともらしい言葉を返すと、不適ともとれる笑みを薄っすらと浮かべた。




