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三話 第八章~ドジっ娘と鈍感男の出逢い~ クロエvision

 今週、ワタシの放課後の日課は、約二週間前に道に迷い困っていたワタシに声をかけ、助けてくれた恩人を探すことだった。

 元々休日にワタシ一人でやっていたことだったが、正直どこの誰かもわからない相手を探すのは無理を前提としていた。

 しかし出来る事はやっておきたく、友達の薫ちゃんが所属しているコミュニケーション部ことコミケ部に依頼したところ、予想外の進展を見せた。

 それは捜索初日の火曜日に当人を見かけることができ、次の日も引き続き捜索をしたが、何も進展はなく行き詰ってしまった。

 そして現在、木曜日の放課後。

 本日は駅前での捜索には赴かず、薫ちゃんのお姉さんである葵先輩の提案で、もう一度詳しくあの時のことを話すことになっている。

 なので授業が終わり、コミケ部の部室に行ったが、何故か葵先輩と坂田先輩はソワソワとしていた。

「薫ちゃん。何かあったの?」

 ワタシは気になって、薫ちゃんに耳打ちをし訊ねた。

「実は孝太さん。今日熱出して、学校休んだの」

「え!大丈夫なの?」

 隣でワタシたちの会話を聞いていためぐちゃんが、心配そうにしている。

 惚れている相手だけあって、めぐちゃんだけでなく先輩たちも不安なのだろう。

「今朝に雪さんが話してた感じでは、大丈夫そうだよ。それでも心配になるのは、しょうがないよね」

「だったら、ワタシのお願いよりも、お見舞いに行った方が」

 みんなには隠しているが、ワタシは探している男の子に惚れている。

 だからこそ、好きな人を心配する気持ちもわかるので、自分の事よりもそちらを優先してほしく提案した。

 だが、薫ちゃんはその提案に対し、首を横に振った。

「お見舞いは雪さんだけで十分だよ。お姉たちもクゥちゃんの件に責任感も持ってるからこそ、ここにいるんだし。何より孝太さんって『自分は弱い』って言うくせに、人前では弱さ見せないから」

 会ったことのない柏木先輩は弱さを見せないようにする人なのはわかったが、それでもワタシだったらお見舞いに行っていただろう。

 先輩たちの心の強さを目の当たりにした。

「だからクゥちゃんは気にしないで。それより座って」

 薫ちゃんに誘導され、ワタシとめぐちゃんはテーブルを囲む五つの椅子のうち、先輩たちが座っていない残り三つの椅子にそれぞれ椅子に座った。

 ちなみに部室内には、他にソファーに座ってノートパソコンを使っている小林先生の姿がある。

「お姉たち。待たせちゃった?」

「いや、私たちもさっき来たばかりだから」

 まるでデートの待ち合わせのようなやりとりだったが、言葉通り先輩たちも来て間もないのだろう。

 薫ちゃん相手に、葵先輩が気を遣う必要はないからだ。

「それで早速だけど、クロエさん。彼の事を一から話してもらえないかな?」

 ワタシたちが席に着いてすぐに光先輩が頼むと、ノートパソコンを使用していた小林先生作業する手を止め、ワタシたちの方へ視線を移し耳を傾けた。

 小林先生も捜索こそ手伝えていなかったが、事情を知っているいじょう、気になるのだろう。

 それに様子からして進行状況が分かっていそうなので、鋭い指摘をしてくれる小林先生に話して損はないはずだ。

「はい。それなら家を出たところから話しますね……」

 光先輩の言葉に応じると、ワタシはあの日の事を鮮明に思い出しながら、語り始めた。


 ◇


 ワタシが高校生になり初めての休日。

 そのうえ、日本に来てから初めてできた友達二人と遊園地で遊ぶという予定だ。

 引っ越してきたばかりで遊園地の場所はわからなかったが、途中にある駅までの道のりはわかっているので、取り敢えずその駅までは迷わずに行けた。

 駅からは携帯電話の地図アプリのナビを使いながら行こうと考えており、カバンの中から携帯を取り出した。

 しかしワタシが携帯だと思い取り出したのは、自宅のリビングのエアコンのリモコンだった。

 形状は確かに似ているが、どうしてこんな物がカバンの中に入っていたのだろうか。

「……あれ?」

 慌てて再度、カバンの中を漁ったがそれらしき物は無かった。

 考えられるのは携帯とリモコンを間違えたということだ。

 思い返してみれば家を出る前、ワタシはリビングでテレビを観ていた。

 その際携帯をテーブルに置いていたが、確かその隣に常備されているエアコンのリモコンがあった。

 それを携帯と間違えてカバンに入れたなら、今のこの状況にも納得だ。

「って、納得してる場合じゃないよ」

 誰にでもなく自分にツッコむみ、時計を見ると時刻は九時を指していた。

 今日遊ぶ予定の薫ちゃんやめぐちゃんと待ち合わせの時間まで、残り一時間だ。

 しかし今から家に戻って携帯を取ってくるとなると、往復で四十分近く費やしてしまい待ち合わせに遅れてしまう。

 タクシーを使う余裕もないので、手詰まり状態だ。

 こんなことになるなら、薫ちゃんの言った『クゥちゃん。迷子になりそうだから、駅から案内してあげる』という言葉を素直に受け入れ、変な意地を張らず現地集合にしなければよかった。

「あの、大丈夫ですか?」

「……?」

 ワタシが頭を抱え俯いていると、男の人に声をかけられた。

 顔を上げると、目の前に年が近そうな少年の姿があった。

(うわ……カッコいい)

 その少年はいわゆるイケメンで、思わず見惚れてしまい、話しかけられたのに黙ってしまっていた。

「って、日本語で話しかけてどうすんだ……えっと。こういう時の英語は確か……」

 ワタシが黙っていたことで、彼はワタシが日本語が通じないと思いこんでいる。

 むしろワタシは日本とフランスのハーフなので、英語で話しかけられても少々困ってしまう。

「あ、あの!日本語で大丈夫です……」

 慌てて彼の言葉に返すと、彼は安堵の息を吐き胸を撫で下ろした。

「そ、そうなんだ……なんか、一人で慌ててバカみたいでしたね。すみません」

「いえ、こちらこそ。黙ってしまって」

 どちらかが悪いというわけでもないのに、お互い頭を下げておかしな画になっている。

 彼もそのことに気づいたのか、気まずくなる前に話を戻してくれた。

「あ!それより、何かお困りではなかったですか?」

「その、遊園地に行きたいんですけど……道に迷っちゃって」

 正確には道がわからないので、道に迷う以前の問題だ。

「そうだったんですか……携帯は持ってないんですか?」

「えっと……そのぉ……」

 やはり携帯があれば解決できる問題だと、彼も考えているようで、携帯の有無を訊いてきたが、リモコンと間違えたなど恥ずかしくて言えず言葉に詰まってしまった。

「あの。失礼を承知で訊くんですけど……その手に持ってるのって、エアコンのリモコンですよね?もしかして携帯と間違えて持ってきたんですか?」

「っ!」

 彼の鋭い指摘に図星をつかれ、一瞬にして顔が熱くなった。

 きっと顔が真っ赤になっていて、彼にも肯定していると捉えられているだろう。

「ちょっと待っててください」

 だが彼はワタシが恥ずかしい思いをしていると知ってか、それ以上話を掘り下げなかった。

 その代わりに、彼は自分のポケットから携帯を取り出し、何かしらの操作を始めた。

「……あのぉ……何してるんですか?」

「決まってるじゃないですか。遊園地の場所を探してるんですよ。情けないですけど、俺もまだこの街に不慣れで……あった」

 恥ずかしさが残っていて小声で話しかけると、彼は携帯を操作しながらも答えてくれ、検索が終わるとワタシに携帯を見せてくれた。

「行きたいのは、この『天凱ファンタジーパーク』でいいの?」

「そうですけど……結構距離あるんですね」

「山の中ですからね。歩いて三十分くらいかな」

 尚更、家に戻っている余裕はない。

 かといって、携帯を借りるわけにもいかない。

 すると突然、彼はワタシに背を向けて歩きだした。

(……え?見捨てられた?)

 衝撃のあまり、ワタシはただ立ち尽くすしかできなかった。

 だがワタシがその場に立ち止まったままでいると、彼は進めていた足を止め、こちらへと振り向いた。

「何してるんです?行きますよ」

 彼の口から発せられた言葉は予想外のものであったが、凄く嬉しかった。

「は、はい!」

 慌てて返事をし、彼に続こうとしたら、カッコいい彼に目を奪われよそ見して歩いていた女性にぶつかりかけた。

「わっ……はうっ!」

 そして終いにはバランスを崩して転んだ。

「大丈夫ですか?!ほら」

「ありがとうございます……」

 彼は私の下へ駆けつけて来てくれ、手まで差し出してくれたのでワタシは申し訳なそうに、その手を握り立ち上がった。

「もしかて……ドジっ娘?」

「断じて違います!友達にもよく言われますけど、たまたまです!」

 ワタシは即座に彼の言葉を否定した。

 たまたま人がいる前でこういう場面が多発するだけだ。

「でもよくってことは、やっぱり偶然というわけでは……」

「たまたまです!それより早く行きましょう」

 彼が言いかけた言葉を認めたくなかったので、先程よりも強く否定すると、わかってくれたのかそれ以上は何も言わなかった。

 更には案内されるのはワタシの方だったが、つい強引に話を押し進めてしまっていた。

「わ、わかった」

 ワタシの勢いに、彼は少しひいてしまっている様だ。

 それでもワタシのために、彼は案内を始めてくれた。


 五分ほど、ワタシたちはほとんど無言のまま歩いていた。

 初対面ということで、何を話していいのかわからないからだ。

 ところが沈黙はそれ以上は続かなかった。

 ワタシは一歩引いて彼の斜め後ろを歩いていたのだが、その後ろ姿に見惚れていた。

 理由は『カッコいいから』ではなく、『どうしてここまでしてくれるのか?』という疑問からだ。

 何か下心があってなら納得はいくが、それはこの世界の常識から考えて、女性が男性に優しくしている場合での話だ。

 そんなことを考えていいれば、周りへの注意も怠ってしまう。

「……あう!」

 突然『ゴン』という鈍い音が聞こえたと思ったら、ワタシの側頭部に激痛が走った。

 痛さのあまり反射的にしゃがみ、前を向くと目の前に電柱が立っていた。

 どうやらよそ見をして歩いていたせいで、ぶつけてしまったらしい。

「すごい音がしたけど、大丈夫?!」

 先程とは違って、彼は明らかに動揺している。

 大したことはないので、無駄に心配をかけたくはなかった。

「大丈夫です。慣れてますから」

「慣れてるって……ってやっぱりドジっ娘じゃないですか」

 ワタシの言葉に最初は呆れていたが、後半は心配ではなくただのツッコミになっていた。

 無意識のうちに発した言葉だったが、『慣れている』なんて言ったらドジっ娘であることを認めているようなものだ。

「ち、違います!さっきのは言葉の綾ってやつで。慣れてるのは頭をぶつけることにじゃなくて、人前で恥を掻くことにで……って、あれ?」

 慌てて訂正を試みたが、焦りすぎたあまり自滅していった。

「ぷっ……ハハ」

 そんなワタシを見て、彼は我慢せずに吹き出し笑い始めた。

「わ、笑うことないじゃないですか!」

「ごめん。面白い人だなぁって思っちゃって」

 言い返しはしたが、彼は謝ってるくせにまだ笑っていた。

 ワタシの言葉は届いていないようだ。

 そう思った矢先、彼は言葉を続けた。

「でも、一緒にいて楽しい人だなっても思えましたよ。友達とか多そうですね」

 そんなこと言われたのは初めてだった。

 嬉しかったのだが、事実と異なることだったので、どう反応していいか分からず、顔を俯かせた。

「……もしかして、何か余計なこと言っちゃったかな?」

 ワタシの反応が不審に思ったのか、彼はワタシの顔を覗き込むようにして訊いてきた。

 その顔は申し訳なさそうにしている。

「いえ……ただそんな風に言われたことなくて」

 ワタシはそれだけ答えると、立ち上がり歩き始めた。

「あの……そっち反対ですけど」

 反応に困ってこの場から逃げたいという思いがあったせいで、気づかぬうちに彼がいる反対の方向に歩いてしまっていたらしい。

 何事もなかったかのようにワタシは振り返り、彼がいる方向へと歩きだした。

 おそらく赤くなっている顔を見られたくなく、速足で彼を追い抜いたはずが、あっという間に追いつかれた。

「さっきは、すみません。無神経でした」

 ワタシの隣を歩く彼は、まるでワタシの心を見透かしてるように謝ってきた。

 彼の言葉に驚いて、ワタシはさっきまで見られなかった彼の顔をじっと見ている。

 次の瞬間には、無意識に口を開いていた。

「……ワタシ、日本とフランスのハーフなんですけど。先月までフランスに住んでたんです」

「……」

 急に始まったにも関わらず、ワタシの話を彼は黙って聞いてくれた。

「でもハーフってだけで、みんなから距離を置かれて。日本に来てからは来てからで、日も浅いし、何より見た目がフランス人よりだから、最初は声をかけてくれる人もいなくて」

「だけど、遊園地に行くってことは、友達や恋人がいるわけですよね?それに『最初は』っても言ってましたし」

 この人は頭がいいのだろう。

 初対面でそれも少ない情報だけで、ワタシの現状を言い当てた。

「はい。今日遊ぶ予定のかお……じゃなくて友達は、ワタシが教室で一人きりでいると、彼女たちが普通に日本語で話しかけてきたんですよ。なので一応友達はいますけど、少ないです」

 薫ちゃんたちに話しかけられた時のことを思いだし、途中で思わず笑ってしまった。

 もしかしたら、薫ちゃんが日本語で話しかけてくれたからこそ、同じように話しかけてくれたこの人を薫ちゃんと重ねて見ているから、この様なことを話してしまったのだろう。

「……ワタシの余談に、付き合ってもらってすみません」

「別にいいよ。初対面で、今後会えるかも分からない相手だからこそ、話せることもあると思いますし」

 ワタシの謝罪に対して、彼は常に見せている穏やかな表情で返したその言葉は、印象に残った。

 そしてワタシはまたしても口走っていた。

「だったら一つだけ、訊いていいですか?」

「はい。いいですよ」

 彼は嫌な顔一つせずに、応えてくれたのでワタシはそれに甘えた。

「ワタシの家族って複雑で、今のお母さんもフランス人ではあるんですけど、日本人のお父さんと再婚した母親なんです」

「つまり、お父さんはフランス人と二回結婚したってことか……それにお父さんといた時間も長いだろうし、日本語が難なく話せるのも当然か」

 彼の呟きにワタシは小さく頷き、続きを話した。

「はい。ですがその父親は去年亡くなって……」

 父親の死は乗り越えたと思っていたが、いざ話してみると当時の事を思い出して、暗くなってしまう。

 彼はワタシの気持ちを察してか、ワタシの頭の上に手をのせた。

 普通なら抵抗するところだが、まるで人を慰めるのに慣れているような温かなその手は不思議と心地よかった。

「……それで、今の母親の転勤で日本に来たんですけど。元々日本に行きたがってたのはワタシで。お母さんとは血も繋がっていないですし、転勤も断ることがきたのに、ワタシの要望をお母さんは叶えてくれて」

「いいお母さんですね。それで訊きたいことって?」

 前置きがすっかり長くなってしまったが、彼も察したようにいよいよ次からが本題だ。

 悩みを打ち明けるのに少々照れも生じ、再度顔を俯かせた。

「恥ずかしい話ですけど。まだお母さんに、謝れてないんです。ワタシを育てるだけでなく願望まで聞いてもらって……お母さんに、なんて言えばいいんですかね?」

 薫ちゃんやめぐちゃんにも相談できていないことだった。

 彼の言うように、お互いよく知らない相手だからこそ、恥ずかしさも軽減されている。

 そして彼はワタシの悩みに、考える間もなくほぼ即答をした。

「なんて言うかは決まってますよ。『ありがとう』もしくは『メルシー』です」

「え?」

 彼が口した答えは、ワタシが求めていた答えとは違い、謝罪の言葉ではなく感謝の言葉だった。

 それも意味が全く同じ二つの単語だったが、彼はワタシのお母さんがフランス人だが日本語をワタシと同じで、普通に話せるのを知らないためか気遣ってそれぞれの言語で言ってくれたのだろう。

 だけど、どうしてそう答えたのかは分からず、ワタシは聞き返した。

「多分ですけど、お母さんは迷惑だなんて思ってないですよ。だから謝る必要はないと思いますけどね」

「……どうしてそう思うんですか?」

 いくらでも反論することはできたが、ワタシは彼の言い分が聞きたくなった。

「そもそも血が繋がってないって時点で、お父さんが亡くなった時に君のことを大切と思ってなかったら、親戚に預けるなりしてると思うんです」

「それはそうだけど……」

 ワタシは理由がそれだけでは納得いかず、そのことを知った彼は他の理由も述べた。

「それに転勤を断れたなら、無理に日本に来る必要もないですし。君の気持ちもあっただろうけど、お母さんも日本に来てみたかったんじゃないかな」

 彼の言葉で、転勤を決めたお母さんがワタシに言ったことを思い出した。

 あの時、お母さんは『ワタシも日本に行ってみたかった』と彼の言葉と同じように言っていた。

 当初はワタシに気を遣わせないための、嘘かと思っていたが、どうやらその考えは間違いだったのかもしれない。

 彼はワタシを慰めることだけが目的で言ったのなら、ここまで信じれなかっただろう。

 だが論理的かつ、お母さんと同じことを言っていたので、信じようと思えた。

「アドバイスまでしてもらって、すみません」

 彼に対しては謝ってばかりだ。

 きっと彼に相談できたことは、ワタシにとってプラスになっただろう。

「だから気にしないでください。それに君の気持ちはよくわかりますし」

「どういうことですか?」

 ワタシは彼の言葉の意味をよく考えもせず、ただ興味があったから聞き返した。

 彼もワタシと同じでハーフなのか、それとも親に関して同じ境遇なのか。

 だが彼が口にしたのは、ワタシが考えていたどちらでもなかった。

「実は昔いろいろとあって、一部を除いて同い年の女の子と関わると発作が起きる体質なんです。半年くらい前までは年齢関係無しに女性ってだけで、発作が起きてたんですけどね」

 彼が話しだしたのは自分の傷だった。

 何があったのかはわからなかったが、それでもワタシの悩みよりも大きなものだと思えた。

「そのことでいろんな人に迷惑かけて、今もかけてます……だから謝りたいという君の気持ちはよくわかるんですよ」

 きっと彼は悩みは全然違うものの、誰かに迷惑をかけていると思っているからこそ、あそこまで説得力のある事が言えたのだろう。

 しかしワタシから訊いたとはいえ、彼が自分の過去を思い出しながら話していたのなら辛かったはずだ。

 それでも彼はワタシと違って表情は曇らせることなはかった。

 それに彼の話が本当なら、見た目からして年齢が近そうなワタシといるのも辛いのではないだろうか。

「あの、大丈夫なんですか?ワタシと一緒にいて」

「それなら心配ないです。君の年齢もわからないですし、今後会う可能性も低いですしね」

 彼の言う通りならそれでいいが、今後会えないという彼の言葉に寂しさを感じた。

 初対面の相手なのに、この短時間でワタシは彼の魅力に釘付けになってしまっている。

 カッコいいのは勿論だが、それよりも常に余裕を持ち、優しく、それでいてワタシの悩みを聞いてくれたなどの理由からだ。

 せめて目的地に着くまで、話しておきたかった。

「なら安心ですね……でも、同い年の子が苦手なら、どうして年の近そうなワタシに声をかけてくれたんですか?」

「その……目の前で困ってる人を放っておけない性分なんですよ。言うなれば、ただのお節介です」

 彼が初めて見せた恥ずかしそうに照れる姿で、それが嘘でないと判断できた。

 こんなお人好しは、今時珍しい。

 だけど、彼の言葉で気になることが他にできた。

「でも、発作を持ってるのに、そんな性格で大丈夫なんですか?」

「一概に大丈夫とは言えないですかね。だから幼馴染に心配されて、注意されるんですよ。不用意に他の女の子には近づくなって」

 まさかさっきの質問で彼の欠点を知るとは思わなかった。

 彼の幼馴染はきっと彼のことを好きで、もちろん心配してでもあるだろうが嫉妬をして言った言葉なのだろう。

 しかし彼は口振りからして、そのことには気づいていない様だ。

「もしかして、鈍感なんですか?」

 ワタシが思い切って訊いてみると、彼は肩をビクつかせた。

「べ、別に鈍感じゃないですよ!たまに言われますけど、違います!」

 必死になって否定する彼の姿は、数十分前彼に『ドジっ娘』と言われて否定した自分の姿と瓜二つだった。

 ワタシなんかよりも大人で遠い存在だと思っていた彼が、ワタシと似ている点があり、嬉しくなって先程の仕返しをすることにした。

「意外と分かりやすいんですね。鈍感なこと認めればいいじゃないですか」

「だから、鈍感じゃないですって!そっちこそドジなこと認めればいいと思いますけど」

「こっちだってドジじゃないです!」

 彼に言い返されたが、不思議とイラつきはしなかった。

 彼はどう思っているか分からないが、ワタシはこの状況が楽しいとさえ思えている。

 しかしそんな時間は長くは続かなかった。

「いやいや十分ドジだと……あ、もしかしてあそこかな?」

「え?」

 会話の途中で彼は前方を指差し、ワタシもそれにつられて目を向けると、目的地であった遊園地が広がっていた。

 大きな施設だったが彼との会話に夢中で、言われるまで気づけなかった。

「うん。間違いないな……って予定より十分だけ長くかかっちゃったか」

 彼は携帯で今一度確認をとると、遊園地とは反対方向つまり今歩いてきた道の方に体を向けた。

 一応首から上だけはこちらを向けている。

「ここからは一人で行けますよね?用事があるんで、俺はこれで失礼します」

「あ……ちょっと……」

 そして彼は一方的に別れを告げると、走り去ってしまった。

 咄嗟に引き留めようとしたが、ワタシの声は届かなかったようだ。

 名前を訊くどころか、お礼を言うことさえ叶わなかった。

 彼の足は速く、ワタシの足では追いつくのはまず無理で、早々に彼を追いかけるのは諦め、遊園地へと足を進めた。

「おーい!クゥちゃーん!こっちこっち」

 入場ゲートまで近づくと、薫ちゃんとめぐちゃんの姿が既にあり、薫ちゃんが大きく手を振って、ワタシを呼んでいた。

「ごめん。待たせちゃった……うわ!」

 急いで薫ちゃんたちの下へ向かったが、不注意のせいでつまずき、転んでしまった。

 薫ちゃんたちが駆け寄って来たのが見えたので、これ以上注目を集める前に立ち上がり薫ちゃんたちの下へ、こちらから赴いた。

 それは恥ずかしさを誤魔化すためだ。

「いや、クゥちゃん。何事もなかったかのようにしても、無理があるよ」

 めぐちゃんからの冷静なツッコミで、恥ずかしさが増した。

「まぁ、いつものことだから。あまり気にはならないけどね。それじゃ、行こうか」

 そう言って薫ちゃんはワタシとめぐちゃんの手を引き、チケット売り場の方へと歩きだした。

 薫ちゃんは『いつものこと』とさらっとバカにしていたが、上手くまとめられて反論の隙を与えられなかった。

 それでも先程の彼とのやりとりと同じで、二人との会話は楽しい。

 だけど親友二人と彼とでは、会話をしている時の胸の高鳴りが異なった。

 きっとワタシは見ず知らずの彼に、一目惚れしたのだろう。

 チケット売り場へと薫ちゃんに手を引かれ向かうワタシは、彼を想って一度だけ来た道を振り返って見たが当然彼の姿はなく、少しだけ寂しい気持ちが残りもしたが、今は薫ちゃんたちと楽しむことにした。


 ◇


 ワタシがあの日のことをほとんど話し終えると、先輩たちや小林先生は難しい顔になった。

 何か思うことがあるのだろう。

 薫ちゃんたちにも、初めて話すことがいくつかあったので、薫ちゃんたちも同様に何か考えているような顔だ。

 ただそれでも、ワタシが彼に相談したことと彼が抱えている過去の傷は話さなかった。

 デリケートな問題であり、捜索の手掛かりにはならなそうだったので、今回もそのことは黙っておいた。

「……あのぉ……話し終えましたけど、何かわかりましたか?」

 すっかり黙り込んでしまっていたので、ワタシの方から話を切り出した。

 するとそれに答えてくれたのは、光先輩だった。

「うーん……よりわからなくなったかなぁ……」

「へ?」

 頭を抱える光先輩の言葉に続いて、他のみんなも同意するように頷いた。

 ワタシは『よりわからなくなった』ということに意味がわからず、間抜けな声を出して首を傾げた。

 普通なら『わからない』で済むのだが、『より』をつけるということは、ワタシが攪乱させたことになる。

 けれども、そのような情報はなかったはずだ。

 困惑するワタシに、小林先生が話しかけてくれた。

「多分だが、みんな同じ事を考えてる。聞けば聞くほど、ビュテーユの恩人が柏木に思えてくるんだ」

「クロエさんは孝太さんのこと、知らないから仕方ないけど。『ただのお節介』とか、まさしく孝太さんのセリフだし」

 葵先輩の言葉もあり、ようやくみんなが『よりわからなくなった』理由がわかった。

 ワタシの恩人である彼が、柏木先輩である可能性は初めにみんなで話し合って無くしたのに、その可能性がまた浮上したことになる。

「でも、柏木先輩は光先輩とデートしてたんですよね?」

「デートじゃなくて、買い物……」

 みなさんに確認をとると、めぐちゃんが珍しく横やりを入れてきた。

 確かに買い物と言っていたが、男女が二人きりで出掛けたら、デートになるんじゃないだろうか。

 ただ、めぐちゃんは柏木先輩に惚れているので、横やりを入れた気持ちは分からなくもない。

「ごめん。めぐちゃん」

 一旦、めぐちゃんに謝り、仕切り直した。

「それで話を戻しますけど、柏木先輩にはアリバイがあるんですよね?」

「なんかその言い方だと、柏木のやつ容疑者みたいになってるな。まぁ、あいつは無意識のうちに異性を落とす常習犯ではあるけど」

 ワタシは真面目に言ってるのだが、小林先生はこの状況を楽しんでいるように思える。

 けれど無意識のうちということは、本人に自覚がないまま優しさを振りまいているってことだ。

 こういうところも、二人が似ているところなのだろう。

「小林先生。その通りですけど、話が逸れてます」

 葵先輩のおかげで、話を戻すことはできたが、その表情はさっきのめぐちゃんと同じで嫉妬に満ちていた。

「すまんすまん。それでアリバイだけどさ。考えてみれば、ビュテーユが例の恩人といた時間に、坂田は柏木のこと見てないんだよな?」

 小林先生は笑いながら謝ると、光先輩に確認をとった。

「そうですけど……三十分かかる道のりを十五分で移動するのは、やっぱり無理だと思いますよ?」

「待って、光。私たちなら確かに無理だけど。相手はあの孝太さんだよ」

「そういえば……あの日、柏木くんは待ち合わせ場所に走ってきた……」

 途中から葵先輩と光先輩だけの会話になっていたが、話を聞く限りではますます柏木先輩の可能性が高くなったことをほのめかしていた。

 ただ葵先輩の言い方からして、柏木先輩は人間じゃないみたいだ。

「あの……柏木先輩って、走るの速いんですか?」

 二人の先輩方の会話を聞いて、めぐちゃんが恐る恐る手を挙げ訊ねた。

 今日も柏木先輩のことに関してのみだけ、めぐちゃんははっきりと話している。

「この学校で一番運動神経がいいって言われている生徒会の山吹先輩よりも、全般的に運動神経がいいんだよ」

 どういうわけか、薫ちゃんが自分のことのように、柏木先輩を自慢していた。

 逆にセリフを奪われた先輩たちは、悔しそうだ。

「それに毎日ランニングを日課にしてるから、体力だってあるだろうし」

「なるほどな……そうなると柏木の可能性も十分にあり得るが、いろいろと疑問は残るぞ」

 小林先生の言うように、確かに疑問は残る。

 柏木先輩があの人だとしたら、光先輩との待ち合わせ時間の一時間も前に待ち合わせ場所にいたことになり、何よりも同じ学校に通っていてお互いに気づかなかったことになる。

「だったら、孝太さんに聞いてみませんか?その方が手っ取り早いですし」

 面倒くさがりの薫ちゃんらしい提案だったが、悪い提案ではない。

 案の定、誰も反対はしなかった。

 薫ちゃんは言い終えるとすぐに、カバンから携帯電話を取り出し、早速電話をかけていた。

 ワタシたちは、ただ黙ってそれを見守った。

「…………あれ?電源切れてる」

 どうやら電話は繋がらなかったみたいだ。

「熱で学校を休んだんだから、寝てるのかもな。有明にかけてみたらどうだ?」

「それもそうですね。わかりました」

 小林先生の機転で、柏木先輩の幼馴染である有明先輩の方に、薫ちゃんは電話をかけなおした。

 確か二人は一緒に住んでいたので、有明先輩がでてくれれば何か聞けるかもしれない。

 だが数十秒待っても、薫ちゃんは黙ったままだ。

「はぁ……電話は繋がってるんだけど。出てくれない」

 そして一分近く経つと、薫ちゃんは諦めて電話を切った。

 有明先輩は何かお取込み中だったのだろう。

「こうなったら、明日会わせるしかないか」

「それじゃあ、お姉が言うように、昼休みにクゥちゃん連れてくるよ。クゥちゃんもそれでいい?」

「ワタシは構わないけど」

 葵先輩や薫ちゃんが勝手に話を進めていることに関しては問題ないが、柏木先輩の予定を聞かなくてもいいのだろうか。

「なら決定だね!いやぁ……明日が楽しみだよ」

「だったら明日の昼休みは、私も部室に来ようかな」

「私も来ます……」

 小林先生とめぐちゃんまで、やる気とテンションが高まっている。

 今まで実感が湧かなかったが、もし柏木先輩が彼なら明日再開することになると思った途端、緊張してきた。

 ワタシがやりたいことは、ちゃんとお礼を伝えて、告白はできなくても連絡先くらいは聞きたい。

 でもその場合、めぐちゃんや先輩方と恋敵になってしまう。

 頭の中で確認を重ねれば重ねるほど、緊張が増していく。

「……ちゃん。クゥちゃんってば!」

「え?な、なに?薫ちゃん」

 緊張しすぎて、名前を呼ばれて反応するのが、一瞬遅れた。

「ちゃんと、話聞いてた?今日はもう解散だから帰るよ」

 てっきり反応が遅れたのは一瞬だけだと思っていたが、大分前から話を聞いていなかったらしい。

「う、うん。そうだね。先輩方、明日はお願いします」

 薫ちゃんに返事をし、慌てて立ち上がって、改めてお願いをした。

『任せて』

 先輩たちは息を揃えて承諾してくれたので、ワタシはもう一度頭を下げた。

 そしてめぐちゃんとワタシは、先輩方や薫ちゃんより一足早く、部室を後にさせてもらった。



 いつものように帰り道をめぐちゃんと二人で歩いていたが、頭の中は明日の事でいっぱいで、まともに会話もしていない。

 めぐちゃんもワタシに気を遣って、声をかけないでいてくれた。

 結局ワタシたちは、一切の会話がないまま分かれ道へ到達した。

「……じゃあ、クゥちゃん気を付けてね。今日はまだ三回しか転んでないんだから」

 ワタシにしては三回というのは、少ない方なので、運はワタシに味方しているのかもしれない。

「うん。また明日」

「あ……それとね……」

 ワタシがめぐちゃんとは別方向に歩きだそうとしたら、いつもより小さな声で呼び止められた。

「もしクゥちゃんの探してる人が、柏木先輩だったら、クゥちゃんにも負けないから!」

 めぐちゃんは顔を赤くして恥ずかしそうにしつつも、笑顔でワタシに宣戦布告すると、走り去っていった。

 あくまで可能性の話ではあったが、めぐちゃんはワタシのことを親友兼ライバルとみなすらしい。

 懸念が一つ減り、軽くなった足取りで家へと向かった。


 一人で数分歩き家に着いたが、いつもは鍵をかけてあるはずの家のドアが、今日は開いていた。

 おそらくお母さんがいるのだろう。

「ただいま」

「おかえりー」

 ワタシが家に入り一声かけると、すぐにお母さんの声が返ってきた。

 取り敢えずワタシはリビングに赴くと、お母さんがキッチンで料理を作っていた。

「今日は、帰りが早かったんだね」

「ノルマが思いのほか、すぐに終わったから。それとね。今日良い事あったの」

 お母さんは料理をしていた手を止めて、ワタシの下へと駆け寄ってきた。

 まるで子供の様に楽しそうにだ。

 そこまで無邪気でいられると、気になってしまう。

「良い事って?」

 ワタシが訊ねると、お母さんは嬉しそうに穿いていたジーンズのポケットから携帯を取り出した。

「前に親切にしてくれた少年の話したでしょ?なんとその子にまた会えたのよ!」

 そういえばお母さんも以前に、ワタシが彼に助けられたように、困っているところを助けてもらったという話をしていた。

 携帯を操作しているところから、写真も撮れたみたいだ。

 ワタシとは何の関係もないだろうが、ワタシに見せたくなるほど嬉しかったのだろう。

 ワタシの意見を聞かずにお母さんは、ワタシの前に携帯を出した。

「この子なんだけど……どう?カッコいいよね」

「……あー!」

 写真を見てワタシは思わず、声を荒らげた。

 何故ならそこに写っていたのは、ワタシが探している彼だったからだ。

 あんなに苦労して探していたのに、まさかこんな簡単に情報が手に入るとは思ってもいなかった。

「急にどうしたの?!」

 お母さんは突然大声を出したワタシに驚いているが、ワタシの方もお母さんに見せられた写真に驚いている。

 なんとか平常心を保ち、ワタシは震える声でお母さんに問いかけた。

「こ、この人と何処で会ったの?!」

「会社でだけど……同僚の息子さんで、たまたま届け物を届けに来て会えたの」

 お母さん質問を無視して、一方的にワタシの方から話しかけていたのでお母さんは少々戸惑っている。

 それでも興奮を抑えられないワタシは、お母さんに更に詰め寄った。

「ねぇ。この写真ちょうだい!」

 写真さえあれば、捜索も楽になるだろうし、薫ちゃんたちにも顔を教えることもできるので、強引にお願いをした。

 何より彼の顔を眺められると思うと、お願いせずにはいられなかった。

「別にいいけど……どうしたのいったい?」

「なんでもないよ~」

 お母さんは承諾してくれると、早速ワタシの携帯に写真を送ってくれた。

 送られてきた写真を見ると、ワタシは上機嫌になり、お母さんの言葉が全く耳に入らなかった。

 ワタシはそのまま、自室へと向かい一人で彼の写真を眺め続けた。


 そして次の日になってから、ワタシは二つ失敗したことに気づいた。

 一つは、昨日の段階で写真を薫ちゃんたちに送って、柏木先輩か確認をとってもらうこと。

 もう一つは、彼の名前をお母さんから聞くことだった。

 だが過ぎてしまったことはしょうがなかったので、ワタシは胸を弾ませながら、学校へ登校した。


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