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三話 第三章~捜索、一日目~ 葵vision

 現在、クロエさんからの依頼を受けてから丸一日が経ち、火曜日の放課後。

 授業終了後に一度部室に集合し、そこから駅へと向かった。

 メンバーは私と光と薫の三人に加え、依頼者のクロエさんと薫たちと友達の宮本さんの計五人。

 駅前に着いてからは、二階があり窓から駅前の様子が伺えるファーストフード店に入った。

 適当に飲み物等を各々が注文し、それを持って二階にある窓ガラスに接した横長のテーブル席に、五人並んで座り窓の外へ目を向けた。

 部員でいないのは孝太さんと雪さんだが、二人は生徒会役員の山吹先輩から受けた依頼のため、私たちとは別行動をとっている。

 せっかくの初依頼なのに、孝太さんと一緒にできないのは残念だが、別々に行動するのを提案したのは私自身だ。

 理由としては、自分を変えるのに、いつまでも孝太さんに頼りきるのはダメだと感じ、何もできない自分に苛ついたからだった。

 そんな私の言葉に孝太さんは『任せる』と微笑んで言ってくれたのだが、それだけで満足してしまい、今になって私たちの依頼内容を孝太さんたちに言っていないことに気がついた。

 今後、孝太さんたちの方が片付いたら手伝ってもらえるので、メールや明日の朝にでも言っておこうと思う。

 だが孝太さんたちの依頼も何かと複雑らしく、今日行っている山吹からの依頼は、孝太さんたちも詳しいことを知らないらしく、どのくらいの時間がかかるかも分からない。

 更に金曜日は、何故か孝太さんたちが美嶺学園との会議に出席することになり、現状二日間は二人の手は借りれない。

 再確認することで、改めて気合いを入れ直し、私も他の四人のように人で溢れる駅前を集中して観察を始めた。

「これで本当に見つけられるのかなぁ?」

 光が私の隣でため息混じりに、不安な気持ちを呟いた。

 実際顔を見ているのはクロエさんだけなので、私たちは戦力にはならなそうだが、私たちはイケメンを探して見つけたらクロエさんに報告するという薫の案を実行している。

 正直私も光と同じ意見で、やる気には満ち溢れているが不安はあった。

 カッコいいと思える人なんて、人それぞれ基準が違うからだ。

「大丈夫だよ。光ちゃん。何もしないよりはマシだよ」

 不安を口にした光に薫が言った通り、何もしないよりはいい。

 昨日『駅前に行こう』と提案したのは光だったが、案など無かったらしく、ただ待つよりもこちらから探すという薫の意見が採用された。

 なので光も強くは言えずに、それ以上何も言わなかった。

「……あ!クゥちゃん。あの人は?」

 光を言いくるめた薫が早速発見し指差し、全員がつられてその方向を見ると、この近くの高校の制服を着た男子が歩いていた。

 だが、イケメンかと言われれば、そうとは思えない普通の顔立ちだ。

 断然孝太さんの方がカッコいい。

 クロエさんも苦笑いを浮かべている。

「残念ながら違うよ。あの人には悪いけど、もっとカッコいいかな」

「そっか」

 薫は短く返事をすると、再び捜索に戻った。

 私も窓の外に目を向けているが、男子生徒はいてもイケメンとは言えない。


 そこから三十分が経ち、その間に報告したのは薫だけだった。

「なんでみんな報告しないの?」

 業を煮やした薫は、少し強く私たち二人と宮本さんに訊いてきた。

 薫はほとんど手当たり次第だったが、私たちは慎重に探していたので、報告できないのは仕方無い。

「だって、イケメンなんて、なかなかいないよ?」

「それに、いれば目立つし」

 二人の言い分は納得できるものだった。

 孝太さんが街を歩くと多くの女性は振り向いたり、見惚れたりし、中には声をかける人もいる。

 今まで見ていた限り、そんなことは起きていない。

「お姉は何か言い分ある?」

 二人の意見の正しさにいじけた薫が、私にも訊いてきたのだが、二人と同じ考えなので特に意見はなかったので、思っていることをそのまま口にした。

「二人と同じだよ。孝太さんみたいな人なんて、なかなかいないよ」

 私の言葉を聞いた薫が、驚いたように目を見開いき、更に訊ねてきた。

「もしかして孝太さんを基準に探していたの?」

『うん』

 私を始め光と宮本さんも首を縦に振り、肯定した。

 すると薫は肩を落として、頭を抱え、本日数度目のため息を吐いた。

「そりゃ見つからないはずだよ…私も孝太さんと並ぶイケメンなんて見たことないし、お姉たちが孝太さんを好きなのもわかるけどさ……」

「ちょ、ちょっと薫」

 好きなことを口に出されると私は顔が熱くなり、薫を止めにかかった。

『たち』ということなので光も顔を赤くしていたが、宮本さんまでも赤くしていた。

 生徒会との料理対決の時から薄々感づいていたが、この娘も孝太さんに惚れているようだ。

 そんな私たちに構わず、薫は言葉を続けた。

「こうなったら、お姉たち三人は制服の男子を見かけ次第クゥちゃんに報告して。私は私服の十代くらいのイケメンがいたらクゥちゃんに言うから」

『わ、わかった』

 薫に呆れられ、珍しくまともに仕切る薫に私たちは返事をすることしかできなかった。

 その様子を見ていたクロエさんが突然私たちに訊ねてきた。

「あの、柏木先輩って、そんなにカッコいいんですか?」

「うん!凄くカッコいいよ!」

 おそらくクロエさんは私か光に訊いたのだろうが、勢いよく答えたのは宮本さんだった。

 大人しい印象で、私よりも普段の声が小さい彼女が出した声の大きさに私や光だけでなく、薫やクロエさんも驚いて身体を跳ねさせた。

 薫たちも初めて見る彼女の姿だったのだろう。

 そして宮本さんの新たな一面はそれだけでは、終わらなかった。

「見た目だけでもイケメンでカッコいいのに、笑顔も素敵で。それに性格も優しくて、気遣いもできるんだよ!それから……」

 宮本さんは周りが見えなくなったのか、饒舌になり孝太さんの良さを語りだした。

 その姿は孝太さんの魅力を語っている雪さんを彷彿させるものがあった。

「めぐちゃん。分かったから、落ち着いて」

「え?……あ、ごめん……」

 あまりのギャップの激しさに、質問したクロエさんもさすがに引いていた。

 クロエさんが慌てて制止すると、雪さんとは違って宮本さんはすぐ正気に戻り、よほど恥ずかしかったのか顔を俯かせてしまった。

 彼女が孝太さんと会った回数は少ないはずなのに、『よくここまで語れるものだ』と同じく孝太さんに惚れている私は、素直に感心した。

「なんだか、孝太くんを好きになる人が日に日に増えてるような…」

 一方で光はげんなりとしている。

 光の呟きで孝太さんを好きな人を思い出してみると、今隣にいる巨乳の光、ヤンデレ気味な幼馴染みの雪さん、マイペースなお姉ちゃん、妄想癖がある西口さん、小さい湖上さん、そして好きな人のことになると性格が豹変する宮本さん、私を除いて六人もいた。

 私が知らないだけで他にもいることも考えられ、荒っぽい性格の小林先生やミステリアスな雫さん、しっかり者の小田切先生も確定はしてないが、怪しい。

 こんなにも個性が強い人たちが集まっていると思うと、他人の恋を応援している暇なんてないことがわかったが、一度受けた依頼を投げ出すわけにはいかない。

 それこそ孝太さんから嫌われてしまう。

 今はクロエさんのためにも早く依頼を終わらせなくてはいけないので、光には元気を取り戻してもらい、戦力になってもらわなくては困る。

「光。元気出して。光には最大の武器があるんだから」

「言葉と表情が合ってないよ、葵。顔、怖いって!」

 どうやら無意識のうちに怒りが顔に出てしまっていたらしく、私の視線も光の顔ではなく胸を捕らえていた。

「もう、二人とも。いつまでもふざけてないで、真面目に探してよ」

 そんな私たちのやり取りを見て、薫がまた説教をしてきた。

 私はいたって真面目なのだが、薫の目には写らなかったようだ。

 孝太さんの話も、ここで強制終了され捜索に戻ることになった。


 孝太さんを基準にしていて使い物にならない私たちだったが、薫の発案で先程よりも忙しくなった。

 男性の人口が少ないと言っても、放課後の時間でそれも駅前なので、男子高校生は何人も歩いている。

 そのため通る度、クロエさんに声をかけなければならなく大変なのだが、逆に薫は大分楽をしているようにも見えた。

 しかし待てど暮らせど、探し人は現れない。

 このまま無闇に探していても埒があかないと思い、私はもう一度特徴を訊くことにした。

「クロエさん。あの……その人の特徴を、もう少し詳しく教えてくれないかな?」

「私もお姉と同じで、特に顔や背丈を聞きたいんだけど」

 私だけでなく薫も限界を感じ始めていたらしく、私の言葉に続けて要求すると、クロエさんは腕を組んで目を瞑り、必死に思い出そうとしていた。

「う~ん……顔は優しそうでいて爽やかで、身長は一七五センチくらいだったかな」

「まるで、柏木くんじゃん?!」

 光が声を荒らげて言ったように、特徴は孝太さんと一致していた。

 孝太さんのそっくりさんではないだろうが、系統としては全く同じだ。

「きっと、孝太さん同様に、その人もモテるんだろうなぁ……」

「ふえぇぇ!」

 薫が何となく呟いた言葉にクロエさんは、可愛らしい声を発して驚いていた。

 眉を八の字にして表情からして、困っているのは明らかだ。

 当然、薫はそれを見逃さず、意地悪な顔でクロエさんを肘で突つきながら訊ねた。

「おや?クゥちゃん。もしかしてモテてたら困る理由でも?」

「べ、別に!見つけた時に彼女さんが一緒だったら、迷惑かなって思っただけだよ!」

 クロエさんは相変わらず、頑なに惚れていることを認めない。

 今更隠す必要もないと思うが、この様子から本人は私たちに好きだと感づかれていないと、思っているのではないだろうか。

 そして薫はその様子を見て、楽しんでいるのだろう。

 素直にならないクロエさんもクロエさんだが、薫も薫だ。

「薫。あんまり友達、いじめちゃダメだよ」

「はーい」

 返事はしてくれたものの、またやるのは明白だったが、クロエさんは『ふぅ』と安心しきって息を吐いている。

「でも、薫ちゃんが言ったことは、もっともなんじゃないかな?」

 光が小さく呟いた声をクロエさんは聞いてしまったらしく、先程までの安堵の表情は消え、オロオロと体を震わせて動揺してしまっている。

「せ、先輩も、そう思いますか?」

 その質問をする時点で、好きと言っているのだが、何を言っても認めないことは承知していたので、光もそこには触れず質問に答えた。

「そうだね。だからはっきり言うけど、一度しか会わずに名前も知らない現段階では、クロエさんがその人に告白してもフラれるだけだよ」

「そ、そんな!」

 光の言葉でついに好きだと認めたのだが、本人は気づいていないだろうし、それどころではないくらいに慌てている。

「で、でも、私に秘密を話してくれましたし、一緒にいて楽しいって言ってくれました!」

『秘密?』

「っ!」

 全員が首を捻ると、クロエさんは自分の口を塞ぎ、『しまった』いう表情をした。

「な、何でもないです!」

「訊こうとは思ってないから、大丈夫だよ」

 秘密を聞いたところで、捜索の手がかりになるとは思えなかった。

 クロエさんは訊かれると思って隠していたみたいだが、そんな野暮なことはしない。

 今度こそ、クロエさんは気が休まったはずだ。

「でも秘密を教えてもらったなら、クロエさんにも可能性はあるかも…それに、一緒にいて楽しいってのもポイントが大きいし」

「本当ですか?!」

 困惑していた姿からうってかわって、光の言葉に異常なまで食いついた。

「うん。これなら告白したら、ワンチャンあるかもね」

 光がそう言うと、クロエさんの表情は晴れ、満面の笑顔を浮かべかけたところで、我に返ったのか首を横に振り、その表情を打ち消した。

「ですから、お礼を言いたいだけです!」

「あー。そうだったね 」

 案の定な答えが返ってきたので、光はそれ以上話を膨らませると面倒だと思ったのだろう。

 クロエさんの言葉を流していたが、その事に対して本人は無反応だった。

「そのためにも、早く見つけないとね。そろそろ捜索に戻ろうか」

 私たちがクロエさんの気持ちに気づいていることを、クロエさんが気づかぬうちに薫は自然に話を変え、捜索を再会したが、クロエさんの鈍感さは孝太さんの恋愛関係に対する鈍感さ並みだったので、そうそう気づかれないと思った。



 捜索を開始してから約二時間が経ち、時刻は午後六時に差し掛かろうとしていた。

 この時間になれば日も暮れて外が暗くなるので、捜索も困難になる。

 なので予め、六時になったら今日の捜索を終了すると決めていた。

 孝太さんから誕生日に貰った時計でもう一度時間を確認し、話を切り出した。

「そろそろ時間だし、今日は諦めようか?」

「え?!もうそんな時間?」

「やっぱり、簡単には見つかりませんね」

 私が声をかけ特に反応したのは、薫とクロエさんの二人だった。

 二人は途中から時間を気にせず、ずっと窓の外を眺めていたので、時間が短く感じていたのだろう。

 集中しっぱなしだった二人は、疲れたのかその場で項垂れてしまった。

 私や光や宮本さんは合間に飲み物を買い足すなどして、気分転換を入れていたので、二人ほど疲れてはおらず、二人が出したゴミは私たちが代わりに片付けた。

 二人の下へ戻ると、二人はまだ項垂れたままだった。

「二人とも、大丈夫?」

「ごめん。もう少し休ませて」

「しょうがないな……じゃあ、明日はどうするか話し合おうか」

 それでもなお、二人は回復していなかったので、その間に明日に向けての作戦会議を練ることにした。

「その前に一つあるんだけど……」

「ん?何?光」

 活動停止中の二人をよそに、私と宮本さんは口を開いた光へと向いた。

「そもそも、クロエさんの探してる人って、ここの駅利用してるのかな?」

「……この街って都会だから、休日にたまたま遊びに来てただけってこと?」

 恐る恐る私は光の言いたいことを確認すると、光はコクりと頷いた。

 もしそうだとしたら、私たちが今日やったことは無駄になる。

 だが、私たちの不安は思い過ごしに終わった。

「それなら心配ないです。あの人は『俺もまだこの街になれてなくて』って言ってたので、この街の人でしょうし、『家も駅からそう遠くない』とも言ってましたから」

 今まで俯いていたクロエさんがムクりと顔をあげ、説明してくれると、また俯いてしまった。

 前日に予想していた『学生なら駅を利用する』という考えこそ違っていたが、私たちの二時間は無駄にならずに済んだ。

 そもそもクロエさんはそのことを分かっていたから、薫の提案に異を唱えず賛同してくれたのだろう。

「だったら、どうしようか?今日の方法は効率的とは、言えないだろうし」

「あの……でしたらこの際、他の人から意見をもらえばいいんじゃないですか?例えば……柏木先輩とか」

 先輩である私たちに自信無さげで言った宮本さんの意見だったが、良い案であると同時に、私としては心苦しかった。

 啖呵をきっておきながら、早速孝太さんの力を借りることになるからだ。

 それでもクロエさんのことを考えたら、そうするのが得策で、孝太さんもこんなことで私が期待を裏切ったなんて思わないはずだ。

「分かった。それじゃあ今から孝太さんに電話かけて、聞いてみるね」

 そう言って私はカバンから携帯を取り出し、登録者が少ない私のアドレス帳から孝太さんを選択し、すぐに電話をかけた。

 昨夜、充電を忘れて残りのバッテリーが五パーセントしかなかったが、用件を短く伝えれば問題ない。

 光は携帯の裏に耳をつけ会話が聞こえる状態になり、宮本さんも本来はそうして孝太さんの声を聞きたいずだが、さすがに自重している。

 そして二回コールが鳴ると、電話は繋がった。

「もしもし。孝太さん?」

『ごめんねー。孝太さんじゃないよ』

 電話の向こうから聞こえてきたのは、聞き覚えのある女性のものだった。

『え?!』

 店内であることを忘れ、私と光は二人揃って大きな声を上げてしまった。

 電話の向こうは賑やかなうえ、電話越しということもあり誰の声かは分からなかったが、確実に雪さんではない。

 雪さんならば電話に出ずに孝太さんに携帯を渡すか、携帯にでずに切るはずだからだ。

 すると、電話の向こうから笑い声が聞こえてきた。

『あはは……ごめんね。孝太さんじゃなくて、雫さんだよ』

「会長さん?!」

 山吹先輩からの依頼と聞いていたため、まさか孝太さんと一緒に会長さんがいるとは思ってもおらず、驚きを隠せなかった。

 隣で光も困惑している。

『そうだよ。柏木雫です』

 その単語を聞いた瞬間、心の底から煮えきる様な苛立ちを感じた。

 光も私と同じ気持ちのようで、血管が浮かび上がっている。

 そんなタイミングで私たちが望んでいた声が聞こえた。

『雫さん。こっち手伝ってくださいよ……っていうか、人の携帯で何やってるんですか?』

『電話きてたからつい』

『ついって……何、可愛く言ってるんですか。それより早く代わって、向こうを手伝ってください』

 ただでさえ会長さんの発言で苛立っているのに、電話から聞こえてくる二人のやり取りは、仲が良さそうで更に苛立たせた。

『はーい。それじゃあ、旦那に代わるね』

 会長さんは最後にそう言い残すと声は聞こえなくなった。

 言うまでもなく、私は今不機嫌だ。

『もしもし。どちら様?』

(前言撤回)

 耳元で孝太さんの声を聞いた途端に、不快な気持ちは無くなった。

「葵です」

『あ、葵さんか。ゴメンね。雫さんが』

 孝太さんが会長さんの代わりに謝るのを聞くと、清々しかった気持ちはまた嫉妬へ変わった。

「いえ、別に。それで今大丈夫ですか?」

『うん。大丈夫だけど…葵さん。怒ってる?』

「怒ってませんよ。時間もないんで早速本題に入りますね」

 怒ってないというのは嘘で、本当は私も光も怒っているが、嫉妬してるとは本人に言えるわけがなく、淡々と話を続けた。

「今、私たちは人探ししてるんですけど、孝太さんならどうやって探しますか?」

『うーん……そうだなぁ…』

 孝太さんが考えて数秒黙っている間、電話の向こうの遠くからは何人もの女の子の声が聞こえてきた。

 それも、幼い女の子の声もだ。

 一体孝太さんは何処で何をしているのだろうか。

 私が気をとられ始めると同時に、孝太さんが話し出した。

『俺だったら、その人を目撃した辺りの店とかで、聞き込むかな』

「それだ!」

『え?光さん?』

 孝太さんの意見で何か閃いたらしく、急に声を出したせいで、こちらの状況を知らない孝太さんが驚いてしまっている。

 光も慌てて自分の口を手で覆った。

「気にしないでください。それより、ありがとうございました。そっちも忙しかったんじゃ?」

『まぁそこそこね。でも、葵さんたちの力になれて嬉しいよ…』

 孝太さんにその言葉を言われて、嫉妬していた自分がバカらしくなった。

 孝太さんが目の前にいれば迷わず抱きついていたが、その反面そんな恥ずかしいことをしないで済んだため電話で良かったとも思っている。

 私が浮かれてるなか、孝太さんは続けて何かを言おうとしていた。

『それと実は言い難いんだけど……』

『湖上?!』

 電話の向こうで孝太さんの言葉を遮ったのは、おそらく山吹先輩の叫び声だ。

『湖上』と叫んでいたので、きっと生徒会が全員集合しているのだろう。

 何があったのか分からないが、ただ事ではなさそうだった。

『ごめん。葵さん。ちょっと待ってて……どうしたんですか?!』

 孝太さんも口調からして慌てていて、携帯を置く音と共に孝太さんの声が遠くなっていった。

 電話を保留にしていなかったので、遠かったが向こうの会話を聞くことができた。

『湖上が急に泡を噴いて倒れたんだ!』

 山吹先輩の報告に私たちまで気が気でなかった。

『え?!……息はあるんで、気を失ってるだけみたいですけど……』

 孝太さんの言葉に取り敢えず胸を撫で下ろしたが、気になって仕方ない。

 すると突然、今度は何かが倒れる音が聞こえた。

『西口!』

 倒れたのは西口さんらしく、山吹先輩の声が聞こえると共に、私の携帯を握る手は震え始めた。

『湖上さんみたいに、気を失ってますね…』

『って、静かだったから気づかなかったが、一文字も倒れてるじゃねぇか!』

『……雫さんも、笑顔のまま、気を失ってますよ!』

 電話越しで声が遠いせいか、会話が途切れ途切れだったが、それでも何かしら事件が起こっているのは分かった。

 そして、極めつけが今まで登場してなかった雪さんだった。

『この様子からするに失敗しちゃったか……』

 言葉を聞いた瞬間、背筋にゾクッと寒気が走った。

(え?『失敗した』って何?!)

 倒れたのは孝太さんに気がある人ばかりで、雪さんのあの台詞を考慮すると、雪さんのヤンデレが覚醒してしまったと考えが至り、恐怖のあまり私も光も涙目になっていた。

 更には幸か不幸か、そこで通話が切れた。

 原因はバッテリー切れだったが、雪さんが何らかの力で切ったのだと錯覚してしまう。

「先輩方、大丈夫ですか?」

 宮本さんが心配して私たちの顔を覗き込み、それに反応して項垂れていた薫やクロエさんも私たちへ視線を向けた。

「二人とも顔が青いけど、どうしたの?」

 光と一度目配せをし、このことは黙っておく方向になった。

「ナ、ナンデモナイヨ」

 とても『雪さんが遂に殺ってしまった』とは言えなかった。

 何かの間違いであることを祈り、無駄に恐怖を煽らないよう三人には隠しておくことにした。

「なんでもないようには、見えないけど……まぁいいや。それで孝太さんから何かお告げはあったの?」

 薫が興味を示さなかったので、話題は本題へと変わった。

 正直な話、孝太さんたちの方が気になってしまい全く集中できないうえ、いまだ恐怖が抜けない私たちであったが、光はなんとかいつもの明るい自分を演じて三人に話し出した。

 私も見倣って、なるべく孝太さんたちのことを考えないようにしようと思った。

「う、うん。明日は二手に別れて駅前のお店とかに聞き込みをするってのはどう?」

 何か閃いたのかと思っていたが、孝太さんが言ったままの答えだった。

(その孝太さんは大丈夫かな……)

 一瞬、孝太さんを連想してしまったが、頑張って頭から消した。

「なるほど……私はいいと思うな。クゥちゃんはどう?」

 私たちの気持ちを知りもしない薫は、クロエさんのことに真剣だったが、そのクロエさんは窓の外に釘付けになっていた。

「クゥちゃん?」

 薫がクロエさんを呼ぶと、クロエさんは即座に立ち上がった。

「……いた……いました!」

『え?!』

 全員が窓の外を見たとき、道行く女性が立ち止まり振り返っている光景が見えた。

 まさかこのタイミングで登場とは空気を読まないにも程があるが、喜ばしい出来事だ。

 だが、振り返る女性の姿があるだけで肝心のその人がいない。

 方角からするに死角になって私たちからは見えず、クロエさんが偶然見かけられたのだろう。

「早く、行かなきゃ!……うわっ」

 クロエさんが急いでその場を後にしようと振り向き、走りだそうとした瞬間、自分で自分の足を踏み、前のめりにバランスを崩し傾くとそのまま転んでしまった。

(こんな大事な時に……)

 彼女は何事も無かったかのように素早く立ち上がり、駆け抜けて行ったが、私たちはしばらく呆然と彼女の後ろ姿を見守ることしかできなかった。


 クロエさんから数十秒、勢いよく走り去ったせいで忘れていった彼女のカバンを持ち、店から少し離れた場所で辺りを見回しているクロエさんと合流できた。

「クゥちゃん、見つけられそう?」

 薫が訊ねると、ガッカリした表情で首を横に振った。

 周りも既に誰一人として立ち止まっている人はおらず、この近くにいないことを証明していた。

「走ってたから、もう追いつけそうにはないかも……」

 クロエさんの言う通り、走っていたのなら大きく出遅れた私たちが追いつくのは不可能だ。

 だがそれでも、落ち込む必要はないと私は思った。

「クロエさん。元気だして。これで希望が見えたんだから、明日頑張ればいいよ」

「葵先輩……ありがとうございます」

 クロエさんは顔をあげ、笑って私にお礼を言った。

 運が良ければ今日中に終わらせられたが、高望みせず今日はこれで良しとした。

 家の方向が違う、クロエさんと宮本さんとはここで別れ、私たち三人は家へと帰った。


 我が家がある住宅地へ着いた時、目の前から聞き慣れた声を発した見慣れたシルエットが、こちらに迫ってきた。

「葵ちゃ~ん」

 そこそこ大きな声で私の名前を呼ぶお姉ちゃんだ。

 近所迷惑になるので今すぐ止めてほしい。

「大変だよ~。孝太くんからメールの返事が来ないの~」

 私たちの下へ辿り着く前に用件を伝えてしまっていたが、おかげでとても重要なことを思い出せた。

 この時間にいつもなら点いているはずの、柏木家のリビングの電気も点いておらず、まだ誰も帰宅していなかった。

 お姉ちゃんにメールが届かない以上、私たちが連絡しても意味がない。

 取り込み中なだけだといいが、雪さんの最後の言葉から最悪なケースも考えられる。

 結局真実を知るすべは、明日の朝か孝太さんが帰ってきた時、直接本人に訊くしかないことが証明された。

 私はお姉ちゃんに『忙しいんだよ』と答えると、不安を抱える光と別れ、私たちは帰宅した。

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