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三話 第二章~依頼の先の依頼~

 俺と雪は、雫さんと一文字先輩に連れられて生徒会室へ向かっていた。

 連れられと言っても、先導しているのは俺の片手を引いている雫さんだけで、一文字先輩は俺の背後で僅かに俺の制服を摘まんでいる。

 もう片手はいつも通り雪が支配しており、雫さんに対して睨みつけながら殺気を放っていた。

 だが雫さんはそれを全く気にしておらず、スキップまでとはいかないが、軽快な足取りで廊下を進んでいる。

 雪と雫さん、二人の『けいかい』は読みが同じでも漢字に直すと『警戒』と『軽快』で、この近い距離で真逆の状態であるのは、ある意味凄い。

 そしていつものように、二人は笑顔で口喧嘩を開始した。

「会長さーん。いつまで握ってるんですか?」

「生徒会室に着くまでかな?でも、このままずっと握ってるのも悪くないな~」

 先に口を出すのは、被害妄想の強い雪であり、それを雫さんが受け流す形だが、今日の雫さんは人が悪く、ちょくちょくと雪をからかっている。

「無理しなくてもいいんですよ?本当は恥ずかしくて、今すぐにでも放したいのに」

「そんなことないわ。そっちこそ自分に自信がないから、そういう都合のいい想像をするんじゃないの? 」

 会話がどんどんエスカレートするにつれ思ったが、雫さんはからかっているというよりも、本気で雪と言い争っているみたいだ。

 俺の勘違いかもしれないが、雫さんからいつもの余裕が感じられない。

 ただ二人に挟まれている俺としては、この居心地の悪さをなんとかしたかった。

 そんな俺の気持ちを察してか、一文字先輩は摘まんでいた俺の制服を引っ張って呼んでくれたので、振り返ると一文字先輩は口を開いた。

「孝太、何でそんな疲れた顔をしてるの?」

 その疑問を聞いた瞬間、一文字先輩は俺の気持ちを察していないと考えを改めた。

 あわよくば助けてもらおうとも思いもしたが、相手は他人との付き合い方を知らない一文字先輩なので無理な話だった。

 そのまま一文字先輩を無視するのは可哀想なので、一応は彼女の疑問に答えた。

「この、二人がいがみ合っている状況に対してですよ」

「なるほど。孝太はモテるのが嫌なの?」

 思わず躓きそうになった。

 一文字先輩の考えは極端で、自分が感じていた気まずさとは異なっている。

「別にそういうわけじゃ…そもそも、雫さんは俺のことなんて好きじゃないですよ」

「何でそう思うの?」

 一文字先輩には、相手の言葉を純粋に受け入れているためか、先程からずっと質問攻めをしてきている。

「雫さんが雪をからかっているだけだからですよ」

 俺達の会話とは別に、いがみ合い続けている二人を見ながら言うと、一文字先輩も二人を見ると、首を傾げた。

「私には、孝太を取り合ってるように見える。それに会長は孝太のこと凄く好きだよ」

『え?』

 一文字先輩の言葉が聞こえ、雫さんといがみ合っていた雪も、俺と同じ様に聞き返した。

 雫さんも声は出していなかったが、珍しく驚きを露にして一文字先輩へと視線を移している。

「恋愛とかよくわからないけど、孝太達との対決が終わった次の日から……」

「……え!」

 一文字先輩が何かを言いかけていたが、その言葉を最後まで聞けなかった。

 何故なら雫さんが俺の手を握ったまま、駆け出したからだ。

 その勢いのあまり雪の腕は俺から離れ、その事態に短い驚きの声をあげるだけで、その場に立ち尽くしてしまっていた。


 二人の姿が見えなくなってもなお、雫さんは風のように廊下を全力で走っている。

 行き違う生徒や、追い抜いた生徒は何事かと立ち止まっているが、お構いなしに走り続けている。

「雫さん!止まってください!」

「無理ー!」

 このまま走り続けていたら、転んだり、誰かにぶつかったりなど危険でもあったので、止まるよう声を張って呼び掛けたが、あっさりと断られた。

 止まらない理由は分からなかったが、急に走り出したのは明らかに、一文字先輩が言おうとしていたことが原因だ。

 それに俺まで走らさせられているのも謎だ。

「生徒会長が、廊下走っていいんですか?!」

「しょうがないでしょ!もう少しで止まるから我慢して!」

 当たり前に『しょうがない』と言われても、走っている理由が不明なので、俺からしたらその言葉では片付けられない。

 それにもう少しで止まるのは、もうすぐ生徒会室に着くからだろう。

 そして案の定、生徒会室の前に着くと走るのを止めた。

「ハァ……ハァ……柏木くん、平気なの?」

「えぇ。まぁ」

 息を整えながら質問する雫さんの様子はとても辛そうだが、普段から走っている俺はその横で平然と立っていた。

 事情を知らない人からすれば、俺が雫さんをいじめているようにも見えるだろう。

 雫さんの呼吸が整ったところで、被害者の俺としては色々と聞いておきたいことがあったが、一つの質問の答えで全ては片付く。

「それで雫さんは、俺のこと好きなんですか?」

「……」

 俺の質問で雫さんは答えるでもなく、目を大きく開いてしまって、特に反応がない。

 質問が質問のため、驚くのは無理もなく、質問した当人である俺自身がこんな質問をしたことに驚いている。

 さすがに黙られたままというのも気まずいので、慌てて補足説明をした。

「その、さっき一文字先輩が言っていたから、どうなのかなって。返答次第で急に走り出した理由も分かりますし、それに……」

「柏木くん?」

 自ら話しておきながら、途中で言葉に詰まってしまい、更には小刻みに手が震え、雫さんはそんな俺の顔を心配そうに見つめてきた。

『それに』に続く言葉は『俺のことを話さなくてはいけない』というもので、それを話すと思うと怖くなってしまった。

 話すのは可能性の低い『Yes』の場合だが、もし話して嫌われたり避けられたりすることに恐れを感じていた。

 本当は『Yes』なら本気で照れてその場から離れ、『No』なら雪をからかうために照れたフリをしたという、急に走り出した質問を訊くだけだと思っていたが、言葉にして自分の弱さを突きつけられた。

 それに、訊いてしまった以上は後戻りは出来ない。

「大丈夫です。それで、どっちですか?」

「……柏木くん……」

 俺が強く問うと、いつになく雫さんの表情は艶やかで弱々しく俺の名前を呟き、徐々に顔の距離を近づけてきた。

 まるでキスをするかのように、俺へと近づいてくる。

(まさか、雫さん。本気で?!)

 唇が触れるまで残り数センチのところで一度止まり、雫さんは静かに目を閉じ、再び近づき始めた。

 だがその時、背中から廊下を走る足音と、すっかり耳に馴染んでいる声が聞こえた。

「やっと、追い付いた!さぁ、こうちゃんを返してください!」

 そしてキス寸前のところで、雪は俺の腰に背中から腕を回し、雫さんから引き離した。

「ちぇっ。もう少しでキスできたのに~」

 雫さんはわざとらしく唇を尖らせ、手を後ろでくんで如何にも拗ねているような態度をとった。

 あの時本当にキスをしようとしたのか、それとも駆け寄ってくる雪を単にからかっただけなのかは、俺には分からない。

 このままだと雪と雫さんの口喧嘩第二ラウンドが始まりそうだったので、その前に改めて雫さんに訊いた。

「雫さん。結局どっちなんですか?」

 すると雫さんは『ふふ』と短く笑い、言った。

「そういうのは二人きりの時にね。でも、愛してるよ。柏木くん」

 いつもの雫さんと同じで、本音かどうか分からない言い方だった。

 結局全ての真相は謎のまま、雫さんはそれだけ言って生徒会室のドアを開いた。

 俺の中では、やはり雫さんは雪をからかって楽しんでいるという結論に至り、『雫さんが俺のことを好き』というのは一文字先輩の勘違いとなった。


 生徒会室の中は、以前に生徒会室に来たときと比べ殺伐とした重い空気が漂っている。

 雫さんと一文字先輩を覗く生徒会メンバーが各々、ノートパソコンや書類と向き合っていた。

 それだけで忙しいというのは十分に伝わってきた。

「やっほー。みんな、ただいまぁ」

 空気を読まずにハイテンションで室内に突入する雫さんに、他の生徒会メンバーは冷たい視線を送ったり、睨み付けたりなど無言で怒りを表していた。

「ったく……こんな忙しい時に何処行ってたんだよ?」

 そんな中で、唯一雫さんと同学年の山吹先輩は雫さんへの苛立ちを口にしていた。

 雫さんが何も言わずに俺達の部室に来ていた事実に、俺と先程まで怒っていた雪も呆れた。

「そんな怖い顔しないで。助っ人連れてきたんだから」

「助っ人?」

 山吹先輩だけでなく他の二人も首を傾げると、雫さんは部屋の外にいた俺達に『入ってこい』と手招きしてきたので、それに従って入室した。

「どうも。久しぶりです」

 俺が挨拶すると、三人の注目を集めるとともに、作業中の三人の手も止まった。

「柏木?!……それと、ストーカー娘」

「『それと』って私はおまけですか。てか、ストーカーじゃないですし!」

 相変わらず山吹先輩の雪に対するイメージは、変わっていないようだ。

 そして、雪の口から意外な言葉を耳にした。

「そもそもストーカーというなら、そこにいる湖上さんの方だと私は思いますけど」

「ふぇ?」

 名指しで指を差された湖上さんは、キョトンと首を捻っていた。

 急に名前を出され、なおかつストーカー容疑をかけられたら、誰だってこうなるだろう。

「惚けても無駄よ。私が毎回休み時間になると、こうちゃんに会いに行くように……」

「最早、呆れを通り越して、すげぇよ」

 話の途中で山吹先輩は腕を組みながら頷き感心しているが、雪は構わず続けた。

「湖上さん、あなたも休み時間の度に、こうちゃんのクラスに行ってるでしょ」

 得意気に顔まで決めている雪だが、一度も湖上さんが休み時間に俺の下へ訪ねてきたことはない。

「まさか、そんなわけ……」

『そんなわけない』と雪の言葉を否定しようとしたが、その前に挙動不審でだらだらと汗をかいている湖上さんの姿を見てしまった。

 俺だけではなく雪以外の全員が、湖上さんのそんな姿に何も言えないでいた。

「ご、誤解です!私はただ、ハンカチを返そうと思ってタイミングを計っていただけです」

『ハンカチ?』

 湖上さんの弁解に雪を含めた全員が首を捻ったが、俺はすぐに湖上さんと初めて会った時、泣いている彼女にハンカチを差し出したことを思い出せた。

 俺としてはあげなつもりで、返してもらうつもりはなかったのだが、湖上さんは律儀に返そうとしてくれていたようだ。

「別に返してくれなくても良かったのに…というより、どうして声をかけてくれなかったの?」

「その……いつも周りに誰かしらいたからです」

 確かに休み時間の度に訪れる雪をはじめ、隣の席の光さんや葵さんともよく一緒にいる。

 もしかしたら、取り込み中だと思って声をかけなかったのだろうか。

「でもその言い方だと、まるでこうちゃんと二人きりになりたいみたいだね」

「なんで二人きりなんだ?」

 雪が言った通り、湖上さんの言葉はそう捉えられる。

 ただ、二人きりになる必要性が分からず、雪に訊くと答えてくれたのは、違う人物だった。


「それは彼女が、孝太を好きだから」

 入り口を通りながらそう言ったのは、俺達から遅れて今到着したばかりの一文字先輩だった。

「一文字先輩、さっきも同じこと言ってましたけど、結局根拠ってなんですか?」

 雫さんの時と全く同じことを言っていおり、正直今回もまた的外れだと思っている。

 そして今回は雫さんに何かされる前に、一文字先輩は透かさず答えた。

「孝太達との対決が終わった次の日から、会長も彼女もそれから彼女も孝太の話しかしてないから」

 一文字先輩は雫さん、湖上さん、そして萌さんを順番に指差し、最後は俺に指を差した。

 一文字先輩が言い終えると、雫さんは落ち着いていて一見いつもと変わらない笑顔を見せていたが、雪が怒った時に見せる笑顔を何故か連想させるものだった。

 更に湖上さんは『はわわ~』と可愛い声を出しながら、小動物のような細かい動きで慌てていた。

「私が何時、柏木くんの話をしたかな?」

「わ、私もしてないです!」

 二人は即座に否定をすると、俺を見つめる雪の瞳孔が開いた。

(怖っ!)

 雪の怒りがどんどん強くなってる証拠で、雪のそんな性質を知らないはずの雫さん達だが、何かを感じ俺達から距離をおいた。

「さてと、早く終わらせないとな」

 山吹先輩にいたっては、『自分は関係ない』と言わんばかりに作業中だったノートパソコンに視線を戻し、仕事を再開した。

 だが萌さんだけは他の二人と違って異変はなく、距離もとらずに話に参加した。

「私は否定しないよ。運命の王子様の話をして何が悪いの?」

 萌さんに関しては、昔に会っていたり、その時が萌さんにとって大きな意味をもったりなど、諸々の事情があるので俺の話をするというのは仕方ない。

 しかし、雪はやはりそれを許さなかった。

「こうちゃんのこと、ほとんど知らない人が何をそんなに話すことがあるのかしら?」

 雪が挑発したところで、また口喧嘩になるのは確定事項だ。

 そうさせないために間に割って入ろうとしたが、それよりも早く雫さんが止めに入った。

「ほらほら二人とも。その辺にして。今は他にやることがあるでしょ?」

 そう言って、雫さんは自分の席に置いてあった数冊のファイルと大量の書類を持ち上げ、それを雪へと渡した。

「はい。これが二人の分ね。書類を種類別にファリングして」

「あ、はい」

 強引ではあったが、二人の言い争いを事前に止めることができた。

 何だかんだ言っても雫さんは生徒会長だけあって、頼りになる。

 その後も書類などを渡し終えた雫さんは、一文字先輩の席の近くにパイプ椅子を置いてくれた。

「じゃあ、二人はここに座ってね。分からないことがあったら、訊いてちょうだい」

「わかりました」

 俺と少し不機嫌な雪は言われた通りに座り、一文字先輩も自分の席に着いたところで作業を開始した。


 雫さんが真面目に仕切ったこともあり、各々が自分の仕事を黙々とこなしている。

 室内で聞こえるのは俺と雪と一文字先輩の声だけだった。

 他の人の作業の邪魔になることも考えられたが、何も苦情もないので俺達が作業を始めてからずっと、話続けている。

 一方的に一文字先輩の質問に答えるだけだったが、その点は大して気にならなかった。

 訊かれるのは基本的に本のことで、『今までに何冊読んだか』や俺達二人が共通して好きな本についてだった。

 人との付き合い方を知らないと言っていたが、俺と話している時は口数も多く会話も成り立っていた。

 だがそのことで気になることができ、タイミングを見計らって、今度は俺から一文字先輩に質問をした。

「一つ訊きたいんですけど。一文字先輩って今までにこんな感じで、誰かと会話したこと本当にないんですか?本という共通点なら何人かいそうな気もしますが」

「残念ながらいない。確かに本という共通点で、何人かと少しだけ話したことはあるけど、私の感受性や価値観を理解してくれたのは孝太が初めて……」

 つまりは話が合わなかったということだ。

 だが彼女の寂しさが感じられ、嫉妬していた雪も一文字先輩に同情の目を向けていた。

 そして攻守交代のように、次は一文字先輩が質問をしてきた。

「孝太は、私と話してて楽しい?」

「もちろんですよ」

「……そう」

 俺が迷わず即答すると、俯いて短く言葉を呟いた一文字先輩の口元が一瞬、綻んだのが見えた。

 もしかすると、一文字先輩が俯いたのはその表情を見られたくなかったからなのだろう。

 実際に他の人が見ていたかは分からないが、その表情を見た俺の口元も綻んだ。

 一文字先輩のためにも俺が見たことを気づかれないよう、視線を手元のファイルに移すと、突然一文字先輩は今までと違った声柄で話しかけてきた。

「ねぇ、孝太。恋って何?」

「え?」

 一文字先輩からの予想外な言葉に、室内にいた全員が作業を止め彼女へ注目した。

 呆気にとられていて答えないでいると、一文字先輩は顔を上げ、またしても予想外の一言を発した。

「孝太と話していると何故かドキドキする。本で読んだけど、恋をすると同じように胸がドキドキするって……」

「え、えっと……それは……」

 正直、何とも言えなかった。

 俺自身が『恋』というものが何かを分かっておらず、そのため一文字先輩の気持ちを『恋』と断言できる自信も根拠もなかった。

 答えに困っていると、隣に座っている雪が代わりに口を開いた。

「先輩。楽しい時でも、ドキドキするものですよ」

 雪はにっこりと笑い、躊躇なくそれを否定した。

 雪が嫉妬で言っていることも考えられたが、雪が言ったことは間違ってはいないので、誰も雪に対して何も言えなかった。

「なるほど。じゃあ、恋って何?」

 雪の答えに納得すると、一文字先輩は俺ではなく雪に最初の質問をした。

「そうですね…私の場合は、四六時中こうちゃんのことしか考えられなくなりました。そしてずっと一緒に居たいって思ってます」

 一文字先輩に言っている言葉だが、隣にいる俺が一番恥ずかしい思いをしていた。

 今度は俺が顔をう俯く番だ。

「なんだかよく分からない。でも、参考になった」

「どういたしまして」

 俺をよそに二人の会話はあっさりと終わっていた。

 結局一文字先輩は『恋ではない』と結論付けたらしいが、何だか雪の策に填められている気もする。

 恥ずかしさを隠そうと作業をしようとすると、いつの間にか全て終わっており、雫さんからの依頼を無事に成し遂げていた。

 隠すことができず、身体中が火照っていたが、取り敢えずは雫さんに報告をすることにした。

「雫さん。終わりました」

「ご苦労様。哉ちゃんも満足してるし、有明さんは帰っていいわよ」

 一文字先輩を一瞥すると表情はいつもと変わらなかったが、付き合いが俺より長い雫さんにはわかるらしい。

 そして雪は立ち上がり、叫んだ。

「って何で私だけ?!」

 雫さんと一文字先輩の依頼は二つとも終えたはずなので、俺が残される理由が分からなかった。

「その、柏木くんにもう一つ頼みがあるんだよね」

「頼みですか?」

 俺への頼みと聞くと雪は大人しく座り、受ける受けないは別にして、話だけでも聞いておこうと、俺は雫さんへ言葉を返した。

「柏木くんは、この学校の体育祭や文化祭などの一部行事は、兄弟校である『美嶺学園』と合同でやるのは知ってる?」

「まぁ、一応は。転校する時に説明は受けましたよ」

 俺にとっては発作のこともあり、一番注意しなくてはいけない日だ。

「なら話は早いかな。その行事をどういった感じに行うか、毎年この時期に各校から何人か代表の生徒が会議を行うんだけど、柏木くんにも出てほしいの」

「え?俺がですか?」

 雫さんのお願いに対し、咄嗟に聞き返した。

 冗談で言っている様ではなく、雫さんはコクりと頷いた。

「ちょっと待ってください。代表が何人か知りませんけど、生徒会役員が代表になるべきでは?」

「生徒会からは全員出るうえで、柏木くんにも参加してほしいの。ちなみに代表の人数は五~七人くらいかな」

 俺の意見は簡単に論破されてしまった。

 俺を数に入れても、六人にしかならないので、人数的には問題ないが、まだ俺には提示すべき問題が残っていた。

「でも俺、転校してきたばかりなんで、学校のことよく知りませんし、そんな俺が代表になったら他の生徒が不満に思うんじゃないですか?」

「そこも問題はないよ。話し合うのは行事の方向性だから、むしろ前の学校の経験が役立つだろうし、そもそも他の生徒のほとんどが会議の存在自体知らないから」

 最初は納得のできる答えだったが、後半は俺がどうこう以前の問題だった。

 存在を知る人がいなければ、当然文句を言う人すらいないので、実質俺の提示した問題は、全て論破された。

 後、残っているのは一つの疑問だけだ。

「そもそも、何で俺なんですか?」

「決まってるじゃない。容姿端麗、成績優秀、運動もできて、頭の回転も速い……」

 一つや二つ、褒められることは覚悟していたが、それよりも多く雫さんは褒め、この褒め殺しに思わず手で顔を覆った。

 しかし、雫さんはそれだけでは止まらなかった。

「何より優しいし、他人に気遣いもできて、それから料理も得意だし……」

 俺が了承するまで、この拷問は続くと見てとれた。

 そのことに気づくとすぐに、俺は抵抗を諦めた。

「分かりました。やりますよ……」

「やったー!これであの女にも、ぎゃふんと言わせられるわ!」

 俺と雫さんのテンションは天と地程の差がある。

 それに加え『あの女』という謎の人物まで登場してしまった。

「その、『あの女』って誰ですか?」

「向こうの生徒会長の、華凰院静よ」

華凰院さんと名前を出されても、見たことがないので誰だか全く分からないが、一つだけ分かることは雫さんにとって嫌いな相手ということだ。

「確かに、柏木がいたらあいつも黙るだろうな」

「そうです。今から楽しみです」

「いつもは散々言ってくれますからね。今回こそ反撃ができそうですね」

 どうやら雫さんだけでなく、他人に興味ない一文字先輩以外、全員にとっての共通の敵のようだ。

「一体、どんな人なんですか?」

「華凰院グループのご令嬢で、他人を見下す性悪女だよ」

 回答は意外にも、隣に座っている雪からもらえた。

「有明さん、知ってるの?」

「パーティで何度も顔を会わせてますから」

『パーティ(です)?』

 雪がこんな性格だから時々忘れるが、雪もお嬢様なのでお嬢様学校である美嶺学園の生徒で知っている人がいてもおかしくない。

 俺は雪が知っていた理由について理解できたが、一文字先輩以外の生徒会メンバーは声を合わせて、子首をかしげた。

 そういえば、雪がお嬢様であることを生徒会メンバーには言っていなかった。

「実は私、有明財閥の令嬢なんです」

『えー?!』

 一文字先輩を除く、生徒会四人の声は大きく響き渡り、廊下にまで聞こえたことだろう。

 凄く驚いているが、これで雪の言葉の意味も理解できただろう。

「有明さんが、ご令嬢?」

「はい!」

 雫さんが確認をとったのは、普段の雪の素行から信じられなかったのだろう。

 出会った当初は今よりもお嬢様感はあり、おしとやかで近づき難さがあったが、俺と関わるようになってからは、良い意味で日に日にそれらが無くなっていった。

 原因としては俺の生活に合わせるようになっていったこともあるが、やはり一番はあの事のせいだ。

 自分の本音を隠さずに言うようになったのも、丁度その頃からでもある。

 そんな昔と照らし合わせていた俺の横で、雪は話を勝手に進めていた。

「そういうことなんで、私も会議に参加しますね。令嬢同士なら何かしら対等ですし。何よりこうちゃんの居る所に私在りなんで」

「えぇ。ならお願いするわ」

 多少強引ではあったが、雫さんからのお許しは獲れた。

 最後のに関しては理由ではなく、最早雪のキャッチコピーと化している。

「それじゃあ日程だけど、今週の金曜日の放課後だから忘れないでね。取り敢えずはここに集合で」

「分かりました」

 俺が返事をし、二人揃って立ち上がり、ドアの前へと移動した。

 話も終わり、今度こそ帰れるからだ。

「それじゃ、また。金曜日に」

「二人とも、よろしくね~」

 簡単に挨拶を済ませ、俺達はようやく生徒会室を後にした。


 だが生徒会室を後にして程なく、背後から俺を呼ぶ声が聞こえた。

「おーい。柏木!ちょっと待ってくれ!」

 俺達は足を止め振り返ると、走って山吹先輩が近づいてきた。

 運動神経抜群ということもあり、すぐに俺達の下へ追い付いた。

「どうしたんですか?」

 雫さんと違って息も上がっていなかったので、スムーズに会話に入ることができた。

「アタシからもお前達に頼みがあるんだが、明日の放課後は空いてるか?」

 スケジュール帳を見るまでもなく、今日同様に明日も特に予定は入っていない。

 明日というのは急だが、常識人である山吹先輩の頼みなので、断る理由の方が無かった。

「空いてますよ。それで頼みって何です?」

「仕事が溜まってて説明している暇がないから、悪いがその事については明日話す。授業が終わったら、昇降口に来てくれ」

 有無を言わさず、一方的に会話を打ち切られ、山吹先輩は生徒会室の方へ走って行った。

「取り敢えず、戻って葵さん達に報告するか」

「そうだね」

 俺達がお互いに一言ずつ交わして確認をとり終わる前には、山吹先輩の姿は見えなくなっていた。


 それからは何事もなく、俺達は部室へ戻ってくることができた。

 部室のドアを開けると室内に居た葵さん、光さん、薫ちゃん、小林先生の注目を集め、その中で小林先生以外は『おかえりなさい』と声をかけてくれたので、『ただいま』と返し、空いていた椅子に雪と隣り合わせで座った。

 そして小林先生は俺と目が合うなり、そっぽを向いてしまった。

 何か小林先生に悪いことをしてしまったのだろうかと思ったが、心当たりは無かったので、山吹先輩から頼まれたことの報告を済ませることにした。

「さっきもう一つ依頼、貰ってきたんだけど」

『え?!』

 俺がそう発言すると、三人は過剰なまでの反応をした。

「いくらなんでも、驚きすぎだよ」

「実はその、私達も依頼を受けたんです」

『え?!』

 光さんの言葉に今度は俺達が驚かされ、三人とほぼ同じ様に驚いた。

 誰にも宣伝すらしていないので依頼なんて当分はないものばかりだと、ここにいる誰もが思っていたのだろう。

 それなのに二つも依頼が入るのは、誰も想像すらしていなかったようだ。

 そこで俺が考えたのは、どちらかの依頼を断るか先伸ばしにすることだった。

 だが葵さん達の受けた依頼が何なのか分からないので、どれ程の時間が掛かるかも分からなず、それに雫さんからの依頼は流石に断ることも先伸ばしにすることもできないので、この案は没だ。

 全員がどうするかと頭を悩ませるなかで、葵さんが口を開いた。

「あの、孝太さん。ここは二手に別れて、孝太さん達は孝太さん達が受けた依頼をするのはどうですか?」

 葵さんの提案は最もな意見で、俺も一番始めに考えたものだった。

「でも……」

 正直、俺は葵さんのことが心配でこの案を一度自分の中で却下している。

 葵さんの提案を呑めないでいると、葵さんはいつになく真剣な眼差しで俺を見つめてきた。

「孝太さん。信じてください」

 俺達がいない間に何があったかは知らないが、決意はしっかりと伝わってきた。

 葵さんと過ごしてまだ短いが、彼女は昔の雪の様に日々成長し変わっている。

 去年の夏から何も変われない俺の物差で、はかってはいけないのだろう。

「……分かった。なら、そっちは任せるよ」

「はい。任せてください」

 俺は葵さんを信じて、その提案を呑むことにした。

 そして簡単にだが俺は、今日あった出来事を話すと、雫さんの言っていたように、三人は美嶺学園との会議があることを知らなかった。



 こうして俺達は別々の依頼を受けることになり、俺と雪にとっては怒濤の週が始まった。

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