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三話 プロローグ

 葵さん達の誕生日パーティーから二日後の月曜日。

 ついに今日から部活動が始まる。

 既に放課後になっており、俺は一人、旧校舎にある部室へと向かっていた。

 葵さんと光さん、それに隣のクラスの雪まで掃除当番のため、取り敢えず先に行って、待っていることにした。

 ちなみに薫ちゃんは学年が違うので、部室に行く際は別々だ。

 旧校舎のほとんどの部屋が、今は文化部系の部室として使われている。

 そのため、普段使っているさ新舎と違って人通りは格段に少ない。

 しかし少ないといっても、全くいないわけではないので、多少はこそこそと何か言われることもある。

 なおかつ、俺達に割り当てられた部室が二階の奥の空き教室だったので、新校舎からだと距離があるほうだ。

 普通、割り当てられるのは順番に空いている部屋を埋めるようにするはずだ。

 だが俺達の部室の隣は、空き教室のままで、それどころか、近くにある数部屋全てが空いていた。

 言うなれば、隔離されている。

 これは別に部屋を割り当てた雫さんの嫌がらせなどではなく、むしろ親切や厚意だ。

 それに『部屋を離してくれ』と、俺から頼もうともしていた。

 俺達の部活の活動内容が悩み相談や、何かしらのヘルプといった、人のプライベート等を取り扱う。

 他の人に聞かれたくないこともあると思うので、部屋を離しておきたかった。

 雫さんも俺の考えが分かっていたようで、部室の鍵を渡される際に『出来る限りのサポートをする』と言ってくれていた。

 そして最初のサポートが、部室の場所ということだ。

 その部室が見えてきた頃には、周りから人の姿が消え、辺りが静かなせいか遠くで話している人の声が、大きく聞こえてくる。

 部室のドアの前につき、ポケットに入れておいた鍵を出して部室に入った。

 部屋全体を見渡し、改めて大分変わったと思った。

 部室をもらったばかりの時は、数年間使われていなかったこともあり、埃が溜まっていたうえに、物置状態だった。

 対決があった次の日と、更に次の日の二日間は、部室の掃除を小林先生も巻き込んで総動員で行った。

 二日とも放課後の下校時間ギリギリまでやったことで、見違える程に過ごしやすい空間になっている。

 まず入り口は二つあるが、片方は封鎖されたままだ。

 その入り口から入り、始めに見えるのは円卓とそれを囲む五つの椅子。

 これは相談に来た生徒と、話をするためのものだ。

 その横には、ホワイトボードを設備している。

 他にも何処から持ってきたのかソファーも二つあり、小さめのテーブルを囲んで談笑できるようになっている。

 部屋の隅の方には、畳も六畳分敷かれている。

 まるで部室ではなく、休憩室のようだ。

 俺はその中から、なんとなく片方のソファーを選び、カバンを置いてから腰を下ろした。

 一人では特にすることがなかったので、みんなが来るまで暦さんが送ってきたメールに返信をすることにした。


 送られていたメールを全て読み終わり、一回のメールで返そうとメールを入力していると、コンコンと誰かが部屋のドアをノックした。

 この部屋に来ると考えられるのは、部員である俺以外の四人だけだ。

 まだ宣伝などもしていなかったので、依頼人という可能性は、ほぼなかった。

 だが部員だったら、ノックする必要はない。

 俺は小首を傾げながら立ち上がり、ドアの方へと向かった。

「はーい。どちら様ですか?」

 ドアを開けながら言った。

 目の前にはなんと、一文字先輩が立っていた。

 それも今日は本を持っていなかった。

「孝太。久しぶり」

「ど、どうも」

 一文字先輩はいつものように、淡々と話している。

 逆に俺は返事をしたものの、予想外の出来事に動揺していた。

 一文字先輩とは、対決した日以来だったので、約一週間ぶりになる。

「……」

 しかし、会話はここで途切れた。

 他人と会話することの少ない一文字先輩のことだから、言葉に詰まってしまったのかもしれない。

 一文字先輩のためにも、俺の方から話を切り出すことにした。

「えっと……どうしたんですか?」

「孝太に用があった」

 そのことは薄々勘づいていた。

 一文字先輩と話をしているのは基本的に、俺と雫さんくらいだ。

 なので、俺以外の人に用があったとは思わなかった。

「用ってなんです?」

「暇だったから丁度いい機会だし、孝太と話したいと思った」

 俺としても、急いでメールを返す必要はないので、みんなが来るまで暇なのに変わりはない。

 それに、一文字先輩とゆっくり話したこともなかったので、断る理由がなかった。

「構いませんよ。それじゃあ、中に入って……」

「ちょっと、待ったぁ!」

 俺が部室に通そうとすると、遠くから大声を発しながら誰かが走ってきた。

 正直、声で誰かは分かっていた。

 瞬く間に声の主は、俺達の目の前に駆けつけてきた。

「ハァ……ハァ……こうちゃんと、二人きりにはさせません!」

 やはり走ってきたのは、何かを察知した雪だった。

 というより、距離があったのにも関わらず、俺達の声が聞こえていたことに驚いた。

 俺は雪に見入っていたが、一文字先輩は一瞥するだけで、俺の方をずっと向いていた。

「孝太。早く行こう」

「ちょっと!無視しないでください!」

 一文字先輩は、まるで雪の存在に気づいていないかのように、俺の制服を引っ張り、部室に入ろうとした。

 それを雪は俺達の前へ回り込み、阻止した。

「そこ。どいて」

 面倒そうな顔をして、一文字先輩が言った。

 雪も雪で、相手にされないのを承知の上で食い下がる。

「ここ、私達の部室ですよ。というよりも、こうちゃんと二人きりはズルいです!羨ましいです!」

 後半は本音が駄々漏れだった。

 両親が基本いないので、家に居る時は基本二人きりだが、『余計なこと言わないで』と一蹴されるに違いないので、黙っておいた。

「なら、部室にいたらいい。私は孝太と話すのが目的だから、気にしない」

「そ、それは……」

 雪は涙目になりながら、俺に助けを求めるように見つめてきた。

 完全に雪の敗北だ。

 むしろ、勝負にすらなっていなかった。

 一文字先輩は純粋に俺と話したいだけなので、根本的に雪の考えているようなことは、起こらない。

「話もまとまったし、とっとと入ろう……」

「ちょっと、待ってもらえるかな?」

 今度こそ部室に入ろうとしたが、またしても止められた。

 声は背後から聞こえたので、振り向くと何処から現れたのか雫さんが立っていた。

 タイミングが良すぎるので、見つからないよう隠れて様子を伺っていたのだろう。

「雫さん。何か用でも?」

「もちろん!柏木くんに依頼があって来たのよ」

 俺が雫さんに用件を訊くと、雫さんはここぞとばかりに、胸を張って答えた。

 その答えに、雪と一文字先輩はムッと顔をしかめた。

「会長。私が先」

 一文字先輩は俺の腕を引き寄せ、アピールした。

 順番的には一文字先輩が先なので、言い分としては正論だ。

「哉ちゃんのはお願いで、私のは依頼だよ。部活中の優先順位としては、私の方が上になるはず」

 今度は雫さんが正論を言って返した。

「なら私も依頼に変える」

 一文字先輩がそう言った瞬間、雫さんはニヤリと笑った。

 なんとなくだが、雫さんが次に何を言おうとしているのか、わかった。

「私の方が先に依頼にしたということで、どっちみち私が先ね」

「うぅ……」

 やはり雫さんは、俺の思っていた通りのことを言った。

 雫さんに口で勝てる人は少ない気がする。

 言い負かされた一文字先輩は、悔しそうに雫さんを見ている。

 感情を表に出さない方の彼女が、そんな顔をするとは意外だ。

 ただ内容にもよったが、最初から一文字先輩のお願いを優先するつもりでいた。

「でも、私も鬼じゃないからね。できれば私の依頼をしながら、哉ちゃんと話しててほしいかな」

 その言葉で、一文字先輩はいつもの無表情に戻った。

 ひと安心した、というところだろう。

 だが雪は眉間にシワを寄せ、納得いっていない様子だ。

「勝手に話進めてますけど、会長さんはこうちゃんに何するか分からないので、こうちゃんを近づけたくないんですけど」

「まるで、保護者ね」

 雫さんは雪の意見を笑って流した。

 何をしでかすか分からない点については、俺も同意だ。

「でも保護者なら、柏木くんと恋愛関係に発展することは、まずないか」

「い、言ってくれますね」

 雪も顔は笑っていたが、確実に怒りを堪えている。

 強く握り、震わせている拳がそれを物語っていた。

 雪の怒りが爆発して、収拾できなくなる前に止めておくことにした。

「雫さん。もうその辺にしてあげてください」

「うん。あなたが言うならそうする」

 この瞬間、雪の怒りが大爆発した。

 雫さんの言った『あなた』は、俺のことを指しているが、この場合の『あなた』という単語には、以前俺がナンパされた時に雪と夫婦のフリをした際、雪が俺をそう呼んでいた時と同じ意味があった。要約すると、雫さんは俺を自分の夫として扱ったということだ。

 最後にとんでもない爆弾を放り込んできた。

「会長さんは、こうちゃんのこと半分も分かってないのに、妻気取りですか?!こうちゃんが普段、どんなに辛い思いして……むぐっ」

「雪。いい子だから、落ち着くんだ」

「ひょっ!ほうちゃん?!」

 勢い余って過去のことを言いそうだったので、雪の口を手で塞いだ。

 雪は目を丸くしながら、背後から口を塞いでいる俺を振り返って見てきた。

「辛い思い?」

 雫さんは聞き逃すはずもなく、首を捻りながら俺達に訊ねてきた。

「気にしないでください。雪が勝手に話を大きくしただけなんで」

「……そう」

 俺が笑顔で言うと、雫さんは追求は止めてくれたが、確実に何か隠していることがバレたようだ。

 近いうちに雫さんにも話すことになるかもしれない。

 俺が不安に駆られるなか、原因である雪は既に怒りを静めていた。

 それどころか、緩みきった笑顔を晒している。

「えへへ~……ほうひゃんひ、はひひへはへへふぅ」

 訳すと、『えへへ~……こうちゃんに、抱きしめられてる』となるのは、雪の顔からよく伝わった。

 これは抱きしめているうちに、入らないと思うが、本人が喜んでいるのなら、それでいいのだろう。

 雪も落ち着いたこともわかったので、手を離してあげた。

 すると、雪は恥ずかしそうにもじもじとしながら、一言発した。

「もしかして、こうちゃん。キスしたかったの?」

「……は?」

 雪の突然の言葉は、意味がわからなかった。

「人前で恥ずかしいけど、こうちゃんが望むなら……」

「ちょ、ちょっと待て!どうしてそうなった?!」

 雪は今にでも押し寄せて来そうだったので、そうなる前に片手で雪を制止した。

 そしてどう考えても、俺の頭ではそう捉えられた意図が分からなかった。

「え?だって私の唇を押さえつけた手を、後で自分の唇をつけて、間接キスしようとしてたんでしょ?」

 雪はあたかも当然のように言っているが、そんなことしたら間違いなく変態だ。

 第一男である俺がやったら、周りは女性だらけなのでますます肩身が狭くなる。

 そうなると男でそんなことやるやつは、まずいないだろう。

 というよりも立場的にも優位で、恋愛に積極的な女性でもさすがにいないはずだ。

「そんなはずないよ…てか、そんなことする人いないだろ」

 俺が否定すると、雪は残念そうな顔をした。

 これは雪がしたかっただけみたいだ。

「私だったら、こうちゃんの口を塞いだらそうするよ」

 案の定、雪はやるらしい。

 そして何故か、やることが当たり前かのように唱えている。

「私も柏木くんにしたら、確実にやるかな」

 それに同意したのは、雫さんだった。

(もしかして、俺が世間とズレてるのか?)

 そう思い、ショックで頭を抱えていると、俺の肩を一文字先輩が叩いた。

「孝太。あの二人が変なだけだから、気にすることない」

「一文字先輩……」

 一文字先輩の慰めが、胸にジーンときた。

 やはり俺は間違ってなかったと、自信が持てた。


「それで、雫さん。用ってなんですか?」

 気を取り直して、俺は改めて雫さんに問いかけた。

「あ、そうだった。柏木くんに生徒会の仕事を手伝ってほしかったの」

「待ってください。この間の対決で、こうちゃんの所有権はこちらにあるんですけど」

「だから依頼として、お願いしてるのよ」

 雫さんのお願いに、またしても雪が噛みついた。

 さらっと俺のことを物扱いしている気もしたが、本人にそんなつもりはないのは理解している。

 問題はそこではなく、生徒会の仕事という点だ。

 俺は隣に居る一文字先輩を一度見てから、雫さんに話しかけた。

「あの、一文字先輩がさっき『暇だ』って言ってたんですけど」

「哉ちゃんは自分の仕事は終わってるからね。手伝ってほしいのは、私を含めた他のメンバーの分だよ」

 一つ目の問題はこれで解消された。

 聞いた話、一文字先輩が生徒会に入る際『自分の仕事をやれば後は何をしててもいい』との条件で入ったらしい。

 今までは読書をしていたが、今回は俺の下へ訪ねてきたということだ。

 だが俺にはもう一つ、気になることがあった。

「その、仕事内容って何ですか?」

「それは追々説明するよ」

 もう一つの疑問の、具体的な内容について聞けなかったので、先行きが少し不安だ。

 変なことさせられなければ、いいのだが。

「分かりました。その依頼受けますよ」

「ありがとう。柏木くん」

「なら、私も一緒にやります!」

 俺が引き受けると雪が手を挙げ、自分もやると出てきた。

 話の流れからして、雪が出てくることは安易に予想がついた。

 俺としても、生徒会室に行くので同学年の萌さんや湖上さんとも、関わることになるので、雪がいてくれるのは助かる。

「人手が多いに越したことはないし、私を柏木くんに近づけたくなければ、一緒に来ても構わないわ」

「なら、そうさせてもらいます」

 雫さんも雪が同伴することを、承諾してくれた。

 だが、これによって新しい問題が生じた。

「でも雪まで来ると、部室に誰もいないことになって、葵さん達に迷惑かけないか?」

「その心配なら、いらないぞ」

 声を聞こえた方を向くと、数メートル先からノートパソコンを片手に持った小林先生が歩いて、こちらへ向かって来ていた。

 そしてもう片手には、学校の自動販売機で買ったであろう缶コーヒーを持ち、脇にはピンク色のクッションを挟んでいる。

 部室でくつろぐ気、満々なのが丸分かりだ。

「えっと、小林先生が三人に伝えてくれるってことですか?」

「おう。私が部室で仕事しながら三人を待って伝えるよ」

 仕事という単語を強調していたのは、誤解されないようになのか、自分の立場を守るためなのかは、定かではない。

 何にせよ、小林先生が伝令役を引き受けてくれたのは、有り難かった。

「わかりました。小林先生、お願いしますね」

「任せとけ」

 わざとらしく自分の胸を、缶を持った手で叩いて見せた。

 その衝撃で光さん並に大きな胸が揺れると、雪と雫さんが自分の胸に手を当て、顔を曇らせた。

「そうませるな。たまに例外はいるが、これは大人の魅力だ」

 二人に対し、笑いながら小林先生が言った。

 小林先生が言う例外というのは、光さんのことだろう。

 思わず想像してしまったが、雪に悟られないうちに頭から消した。

 だが小林先生には、バレてしまっていたみたいで、今度は俺に対して言ってきた。

「どうだ?柏木。揉んでみるか?」

 ニヤニヤと俺に近づいてきて、冗談を述べた。

 ただ俺は年上や年下には、普通に会話したり、からかったりもできるので、小林先生の悪ふざけに付き合ってみた。

「え?いいんですか?なら、遠慮なく」

 俺がそう言って腕を少し動かすと、小林先生は素早く俺から距離をとった。

「遠慮しろよ!冗談だ。冗談!」

 顔を真っ赤にして必死に訴えかける小林先生の様子は、なんとも可愛いものだった。

「わかってますよ。俺のも冗談です。それにしても小林先生って、たまに可愛いですよね。そのクッションだって可愛らしいものですし」

「じょ、冗談も程々にしろ!前にも言ったが、教師をからかうな」

 確かに最初はからかったが、後半は別にからかったつもりはない。

 誤解させてしまった様なので、一応訂正はしておく。

「最後のはからかってませんって。本音ですよ。可愛らしいって思ってるのは」

「ばか……それより、早く生徒会室に行け」

 何故か俺から目を背け、なおかつ声が小さくなったのは気にはなるが、仕事がどのくらいの量あるのかもわからないので、小林先生が言う通りに早く言った方がよさそうだ。

「孝太。凄い……」

「まさか、小林先生まで……?」

 一方で今まで黙っていた生徒会の二人が、それぞれ呟いた。

 凄いこともしてなければ、何が小林先生までなのかも分からなかったので、意味は不明だった。

「こうちゃん。そんなに揉みたいなら、私の……」

「雪。さっきのは冗談だから」

 最後にまたしても雪が、数分前に聞いたのと同じ様なことを言い出したので、言い終える前に終了させた。

 次は何を言われるか想像はついていたが、これ以上言わせたら大変なことになる。

「さぁ、早く行きましょう。小林先生、後はお願いしますね」

 急かすように、三人の背中を押す形でその場を後にした。


 この瞬間から、長い依頼の幕が開けた。

 そして同時に、この依頼を受けたことにより、別の依頼に支障をきたすことになる。

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