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二話 エピローグ『表』

『二人とも、おめでとう!』

 俺と雪、暦さん、薫ちゃん四人のかけ声と共に各々が持っていた紙コップで乾杯した。

 中身は昨日買ったジュースやお茶だったが、祝う際のコップを触れ合わせる表現としては乾杯でいいのだろう。

 本日、四月十九日は葵さんの誕生日当日だ。

 そして翌日の二十日には光さんが誕生日を迎える。

 現在、午後一時近くになり二人の誕生日パーティーが始まった。

 その主役二人は、少し照れながら『ありがとう』と言い、コップを触れ合わせた。

 誕生日パーティーといっても、場所は俺の家のリビングで飾り付けも特にはしておらず、内容も食事しながら会話をしたり、プレゼントを渡したりするくらいだが、それでも二人は喜んでくれている。

「せっかくだし、二人から一言ずつお願いしたいな」

『え!』

 コップの中身を飲み干すと、薫ちゃんは二人に話をふった。

 なにも聞かされていなかった二人は当然驚きもしていたが、ゆっくりと立ち上がり、まず口を開いたのは葵さんだった。

「えっと…今日はみんなで祝ってくれてありがとう。こんなに大勢に祝ってもらえたのは初めてだから、その…凄く嬉しいです…」

 恥ずかしくなってきたのか、段々と声が小さくなっていき、最後は俯いてしまった。

「葵、可愛い~」

 光さんが葵さんを抱きしめるという、もはやお約束と化したその光景をもがいている葵さん以外、温かい目で見守っている。

「孝太さん、助けて……」

 微かにだが、俺に助けを求める葵さんの声が聞こえた。

 いつもなら自力で抜け出すまで見守っているが、お願いされた以上助けるしかないが手段がわからない。

 光さんが大人しくなった事例で思いつくのが、俺が光さんを抱きしめた時のことだ。

 しかし、そんなことしたら雪やもしかしたら暦さんからも、何かしらの仕打ちをされること間違いない。

 悩んでいると、薫ちゃんが近づいてきて手招きしてきた。

 耳を貸せとのことみたいなので、従って薫ちゃんの顔に耳元を寄せた。

 料理対決の時と同じように、何かを企んでいるような笑顔で嫌な予感はしていたが、今はそれしか頼りにならなそうだ。

「今から言うことを、光ちゃんに言ってください……」

 薫ちゃんの言葉に耳をかたむけると、やはり嫌な予感は当たっていたことが証明された。

「そんなこと言ったら、俺も光さんもどうなるか」

「大丈夫です。その時は私がなんとかしますから!」

 今までも、薫ちゃんは確かになんとかしている。

 不安だが薫ちゃんを信じて、言ってみることにした。

「光さん。早く葵さんを解放してくれないと、光さんをギュッとできないじゃん……」

 俺が発言すると、室内は一瞬で静寂した。

 言ってて、後から雪に怒られる恐怖よりも、恥ずかしさの方が圧倒的に大きかった。

「きゃー!」

 俺が言った台詞に薫ちゃんだけが、歓喜の声をあげた。

 その薫ちゃんはほんのりと頬を赤く染め、身を捩っている。

 俺にただ言わせてみたかっただけの気がする。

 話がややこしくなる前に、事情を説明しておくことにした。

「あの、さっきのは……」

「分かってるよ。薫ちゃんだよね?」

 意外にも雪が言った。

 雪がそう言うと、葵さんも暦さんも『なんだ』と安心し、胸を撫で下ろしていた。

 ただ、光さんだけには届いていなかった。

 顔を真っ赤にし、口をパクパクと動かすので精一杯のようだ。

 葵さんは、ちゃっかり光さんのハグから抜け出していた。

 だがそのことにすら、光さんは気づいていない。

「光さん?」

「ひゃ、ひゃい!」

 心配になって声をかけてみたが、まともに返事すらできていなかった。

 俺が声をかけたのは、逆効果だったようだ。

「えい!」

 その時、薫ちゃんの元気な声と共に、光さんの体が揺れた。

 揺れた原因は、光さんの背後から薫ちゃんが抱きついたからだった。

「か、薫ちゃん?!」

 急な出来事で、光さんもわけがからないようで、反射的に薫ちゃんの名前を呼んでいた。

「孝太さんじゃなくて、ごめんね」

 薫ちゃんは笑いながら光さんに謝った。

 その光景を見て、あの時の俺の発言は、薫ちゃんの気持ちを代弁していただけということに気づいた。

「え?あ…そういうこと」

 確かに『俺が抱きしめる』とは言っていない。

 そのことに光さんも気づき、納得したみたいだ。

「むしろ柏木くんじゃなくて、よかったよ」

「?!」

 安心しきった顔で光さんに言われ、人知れず俺は傷ついた。

(俺って、光さんから嫌われているのか……)

 それなのに、前に抱きしめたこともある。

「どうしたの?こうちゃん」

 俺の様子がおかしいことを、雪だけが気づき訊ねてきた。

「反省してたんだよ…前に光さんを抱きしめたことを」

「ようやく、こうちゃんも事の重大さを自覚したのね」

 口ぶりから雪が俺に説教した時には、俺が暦さんから嫌われていることを、既に雪は知っていたのだろう。

 今更ながら、自覚した以上は謝らなければいけない。

「光さん」

「ん?なに?」

 俺が呼ぶと、落ち着きを取り戻していた光さんは、いつもと変わらない態度で返事をしてくれた。

「ごめん!」

「え!どうしたの、急に」

 俺が急に謝ったことで、光さんを驚かせてしまった。

「光さんから嫌われてるのに、前に抱きしめてしまったから。そのことを謝りたくて」

「え!私が柏木くんを?!」

 事情を説明すると、光さんは更に驚いた。

 そして、光さんだけでなく、何故か俺を覗く全員が驚いている。

 だがそのことは気に留めず続けた。

「さっきの発言でやっと気づけたよ。それに前、雫さんが二人は俺を好きか訊いた時に、薫ちゃんが俺の耳を塞いだのは、俺を傷つけないためだったんだよね」

「違うよ柏木くん!私が柏木くんを嫌いなわけないよ!さっきのも、抱きしめられたら嬉しくて気が狂いそうって意味で」

「え?」

 光さんの言葉で、俯かせていた顔を上げた。

 光さんの言っていることと、俺の捉え方は真逆だ。

「そうですよ。あの時、耳を塞いだのは二人が恥ずかしくないようにするためです」

 薫ちゃんの付け加えた説明を、雪と暦さんは頷いて聞いていた。

 この状況が示すのは、俺が勘違いしているということだ。

「えっと、もしかして俺、勘違いしてた?」

 念のため訊いてみると、今度は全員が頷いた。

「なんか、ごめん」

 恥ずかしくて逃げだしたい気分だ。

「いいよ。私の言い方が悪かったんだから」

 光さんは許してくれているみたいだが、誕生日を祝っている身として、申し訳なかった。

「いや、俺が勝手に変に解釈したのが悪い。何かお詫びしないと……」

「別にいいって」

 俺の提案を光さんは遠慮して断っているが、それでは俺の気が済まなかった。

「いや、遠慮しないで何でも言ってほしい」

「何でも?……その、で、デートとかでも?」

 少し恥ずかしそうに光さんは言った。

 光さんが俺の提案に乗ってくれたのはいいが、『デート』という言葉を口にした瞬間、背筋に寒気がはしった。

「もちろん。構わない……よ」

 言ってて気づいたが、俺は何かしらの地雷をまたしても踏んだらしい。

 雪や暦さんが、にこやかに殺気を放っている。

「こうちゃんは、よく坂田さんとデートするね」

「へぇ~。これが初めてじゃないんだ~」

 言い方は穏やかだが、怒りはひしひしと伝わってきた。

 暦さんに関しては、先週にあったことを知らないので、雪よりも怒っている気がする。

「光ばかりズルい」

 ボソッと葵さんが呟いた。

 怒っているのは、二人だけではなかった。

「みんなは、俺にどうしてほしいんだよ?」

『私ともデートして(~)!』

 俺の問いかけに、雪と暦さんは息を揃えて即答した。

「わ、私もしてほしいです……」

 それから一歩遅れて、葵さんも口にした。

 まさか葵さんからも言われるとは、思わなかった。

「だったら、私もしてほしいなぁ」

 そして最後はいつものように、薫ちゃんがノリで混ざってきた。

 光さんに迷惑をかけたお詫びのはずが、こんなことになるとは思ってもいなかった。

 光さんを見ると、光さんは諦めた様子で首を横に振っていた。

「……わかったよ……なら、そのうちね」

 はたして、その日が来るのかは定かでないが、一応約束をしておいた。

「それじゃあ、パーティー再開しようか」

 上機嫌になった雪の発言で、仕切り直され全員の注目が光さんへと向いた。

 葵さんから一言もらったが、光さんからはまだだったからだ。

「なんか、改めて注目されると照れるね……」

 頬を掻きながら、誰にでもなく光さんが言った。

 少し話しやすく、場を和ませようとしての発言なのだろう。

 そして光さんは一点を見つめて、口を開いた。

「その、私が言いたいことは一つで、またこうして葵と一緒に誕生日を祝えるとは思ってなかった。だから、ありがとうございます」

 葵さんとの件を知らない暦さんと薫ちゃんにとっては、この会を開いてくれてのお礼としてだけ聞こえるはずだ。

 だが、俺や雪、葵さんには『仲直りさせてくれて』という意味もあるのだと、思えた。

 それに、光さんの見つめている先に居た俺には分かったが、うっすらと光さんの瞳が潤んでいた。

 その瞳もお礼を言う光さんの笑顔で、すぐに消された。

 見えた時間はほんの少しだったが、それでも十分に光さんの気持ちは伝わった。

「二人からの言葉も貰えたし、早速、料理食べよう」

 既に薫ちゃんの視線は、並べられた料理へ移っていた。

 薫ちゃんの言葉を口切りに、それぞれの取り皿に料理を取り始めた。

「ほら、こうちゃんも早く」

「あ、あぁ」

 雪は俺の分の取り皿と箸を渡してくれた。

 楽しそうにしている葵さんと光さんに見惚れていたため、みんなより料理に手をつけるのが遅くなった。

「孝太さん。相変わらず美味しいです」

 誰よりも早く料理を口にしていた薫ちゃんが、早速感想を言ってくれた。

 好評のようで良かった。

「でも……」

 薫ちゃんは再び料理に目を向けると、渋い顔をした。

 薫ちゃんが何を言いたいのかは、わかっている。

「うん。反省してる。流石に作りすぎた」

 並べられた料理の量は、人数分の倍近くあった。

 光さんから多目に作ってくれと頼まれてはいたが、気合いが入りすぎてこの量になってしまった。

 無理をすれば食べきれなくもないが、夜には牧瀬家でも誕生日を祝うと思うので、ここでは昼食程度で済ませてほしい。

 そうなると、雪には悪いが夕食にもこれらが出されることになる。

「まぁ、余ったらこっちでなんとかするよ」

 俺が薫ちゃんに向けて言うと、その会話に光さんが入ってきた。

「フッフッフ……その必要はないよ」

 そう言うなり、光さんは持ってきていた紙袋を漁り出した。

 そして出てきたのは、タッパーだった。

「それ、タッパーだよね?」

「うん。多目に作ってもらったのは、持ち帰ってお母さんと食べたかったからなんだ」

 誰が見ても余るのは確実だったので、自分の取り皿に取った料理を食べる前に、タッパーに料理を入れ始めた。

 本来なら、余ったものを持ち帰る予定だったのだろうが、こんなにあれば満足いく量を持って帰ってもらえそうだ。

 これで心配事もなくなり、俺もようやく料理を口にできた。


 何気ない談笑をしながら食べ始めて三十分程が経ち、頃合いを見てか暦さんが言った。

「そろそろ二人に、プレゼント渡そうかしら~」

 その言葉を合図に俺は席を立ち、昨日買って俺が預かっていたプレゼントを自室に取りに行った。

 俺が個人的に買ったのもあったが、今はみんなで買ったものだけを手にし、戻った。

 みんなの下へ戻り、プレゼントをそれぞれ暦さんと薫ちゃんに渡した。

 暦さんには葵さんへのものを、薫ちゃんには光さんへのものだ。

 俺から受け取ると、二人はそれぞれ葵さんと光さんの前へ移動した。

「改めて、二人とも誕生日おめでとう。これからもよろしくね」

「ありがとう。こちらこそ」

 まず、薫ちゃんが一言述べて光さんへプレゼントを贈った。

「二人ともおめでと~。私からはそうだねぇ……雪ちゃんにもだけど、もちろん二人にも負けないよ~」

 暦さんがプレゼントと一緒に二人に贈ったのは、宣戦布告だった。それも二人だけでなく雪にもだ。

「お姉ちゃん、ありがとう。私も負けないよ」

 プレゼントを受け取りながら、葵さんが言った。

(何のことを言ってるんだ?)

 どうやら、俺にだけ伝わっていないみたいだった。

 女の子同士で何かあったのだろうが、殺伐としているわけでもなく、俺とも関係なさそうだったので、あまり気にしないことにした。

「実は二人のためにケーキも用意してるんだ。ちょっと待っててね」

 そういえば、薫ちゃん達が作ったはずのケーキが、テーブルに置かれていなかった。

 薫ちゃんの言い方からして、失敗していないみたいだ。

「それじゃあ、暦姉、雪さん。取りに行きましょう」

 薫ちゃんに言われると、二人は立ち上がり、リビングから出ていった。

 料理を作るスペースを考えて、ケーキは牧瀬家で作っていたので、作った三人はそれを取りに牧瀬家に行ったのだろう。

 そして、俺達三人だけとなった。

「ねぇ、柏木くん。渡すなら今じゃない?」

 なった途端に光さんが、話しかけてきた。

 光さんが言っているのは、二人で買いに行った時計のことだと、すぐわかった。

 俺も丁度、同じことを考えていたからだ。

「そうだね」

 俺は光さんに返事をし、再び席を立ち、自室へ向かった。

 去り際に葵さんが『何の話?』と光さんに訊ねている声が聞こえたが、光さんは『楽しみにしてて』と答え無駄にハードルを上げていた。

 あまり期待はされたくなかったので、急いで取り、二人の下へ戻った。

 そのまま自分の席には着かず、葵さんの前に立った。

「孝太さん?」

 不思議そうにしている葵さんに、時計の入った紙袋を差し出した。

「これは、俺個人からのプレゼント」

 葵さんはソッと受け取った。

「中身ってなんです?」

「開けていいよ」

 贈った相手の前で開けるのを遠慮したのだろうが、そういった気遣いは不要だ。

 葵さんは袋から箱を取りだし、ゆっくりと箱を開けた。

「時計……ですか?」

「うん。葵さんって普段時計着けてないから。でもこれって光さんが教えてくれたんだけどね」

「光が?」

 葵さんは訊きながら、視線を光さんへ移した。

 光さんは照れたように、頭を掻いている。

「先週、二人が仲直りする前に、一緒に買いに行ったんだ。だから個人というよりも、俺達二人からって感じだな」

「二人からの……」

 葵さんは手元にある時計へ視線を落とした。

「でも、お金払ったのは柏木くんだけだし、個人でいいと思うよ?」

「ううん。光さんも一緒に選んでくれたんだから、二人からでいいんだよ」

 二人でそんなやり取りをしているなか、葵さんは時計に見入っていた。

「気に入ってくれた?」

「はい!ありがとうございます!」

 どうやら光さんの読み通り、好みのものだったらしい。

 葵さんに喜んでもらえて良かった。

 すっかり葵さんの表情は緩んでいる。

「あれ?どうしてもう一つ、袋を持ってるの?」

 光さんが俺の手元にある袋に気づき、訊いてきた。

「これは、光さんの分だよ。はい」

「え?」

 光さんは目を丸くして驚いている。

 そんな光さんの手に、プレゼントの入った袋を渡した。

「光さんの分が、無いわけないよ」

「柏木くん……開けていい?」

 俺は黙って頷いた。

 葵さんと袋が同じなので、時計であることは分かっているはずだ。

 葵さん同様に、丁寧に箱を開け、中身を取り出した。

「これって……」

「光さん、前に欲しいって言ってたよね?」

 光さんに渡したのは、昨日買ったものだ。

 俺の記憶違いではなかったようで、嬉しそうな表情をしていたが、すぐにその表情は曇った。

「こ、こんな高いの受け取れないよ!」

 光さんはそう言うと、俺にプレゼントを返そうとしてきた。

 葵さんと違って値段を知っているため、素直に受け取ってもらえないようだ。

 俺も光さんの立場なら、同じことを言っているだろうが、返されても困る。

「いや、受け取ってほしい。女物だから俺が持ってても仕方ないし、何より光さんに似合うと思うから」

「そうだよ。光」

 葵さんが俺の意見を後押ししてくれた。

 その効果もあって、俺に返そうとする手の力が弱まった。

「う、うん……二人がそう言うなら……」

 光さんはいつしかプレゼントを俺に返そうとするのを止め、大事そうに胸の前で抱えた。

「柏木くん、ありがとう。大事にするね」

「どういたしまして」

 これで無事、プレゼントを渡すことができた。

 二人とも喜んでくれて、ひと安心だ。

『ただいまー』

 プレゼントを渡し終えると、タイミングよく雪達が帰ってきた。

 雪の声が聞こえると、俺は自分の席へ戻り、二人はプレゼントを仕舞い、みんなで贈った服と一緒に椅子の下へ置いた。

「お待たせ」

 一番初めに入ってきた雪はドアを開ける係りらしく、ケーキは持っていなかった。

 ケーキを持っていたのは、その後ろにいた暦さんだった。

 ちなみに薫ちゃんは、雪の開けたドアを閉めている。

 暦さんは持ってきたケーキをテーブルの真ん中へ置き、三人は自分の席へ座った。

「どう?こうちゃん。私達もやろうと思えば、これくらいできるのよ!」

「ほとんど私が作ったんですけどね……」

 胸を張る雪に、薫ちゃんは苦笑しながらツッコんでいた。

 料理が苦手な二人のことを考えると、薫ちゃんが大体の作業を行うのは当然ではある。

 ただ、雪達も作ったことには変わらないので、俺は雪を褒めた。

「凄いよ、雪。美味しそうだ」

 ケーキは、よく見るような生クリームとイチゴのホールケーキだ。

 お店の物と比べると、手作り感は大分あったが、出来栄えとしては上出来だ。

「孝太くんに美味しく食べてもらえるように、頑張ったんだよ~」

 暦さんも俺と雪の会話に交ざってきたが、俺ではなく主役の二人のために頑張ってほしかった。

「暦姉、ブレないねぇ……」

 薫ちゃんに関しては、完全に呆れている。

 葵さん達まで苦笑いしていた。

 薫ちゃんは呆れつつもケーキを切り分け、まずは葵さんと光さんに渡した。

「はい。二人とも食べてみて」

 薫ちゃんから受け取り、二人はケーキを口に運んだ。

「うん。美味しいよ。薫」

「美味しいケーキまで作ってくれて、ありがとう」

 二人の感想を聞き、薫ちゃんは満足そうだった。

「こうちゃん」

「孝太くん」

 一方で俺の方は、雪と暦さんに同時に呼ばれたかと思えば、目の前に一口サイズにされたケーキを刺しているフォークが二本現れた。

『あーん』

 二人揃って同じことを考えていたようで、お互い睨み合い始めた。

「暦さん。生徒会と対決したときも、ちゃっかりやってましたよね?」

「雪ちゃんこそ、一緒に住んでるんだから、いつもやっているんじゃないの~?」

 要約すると、二人とも自分に譲れと言っている。

 ただ、今回はさすがに自分で食べようと思っていた。

「はぁ……ん?!」

 二人の言い合いに、ため息をもらすと、口にフォークを突っ込まれた。

『あ~!』

 その出来事に二人とも言い合いを止め、悲鳴を上げた。

 意外にも二人を止めたのは、葵さんだった。

 葵さんがこんなことするとは、思わなかった。

「お姉、やる~」

 薫ちゃんは称賛していたが、当の本人は自分からやっておきながら、凄く恥ずかしそうだ。

「お、美味しいですか?」

「う、うん」

 俺が返事をすると、葵さんは俺の口からフォークを抜き取った。

 よっぽど恥ずかしかったのか、俯いて残りのケーキを食べ始めた。

「あ、柏木くん。クリームついてるよ」

「え?」

 無理に入れられたために、ついたものだろう。

 光さんは指で、俺の口元についたクリームを取り、それを自分の口へもっていた。

 これは、やられた俺の方が恥ずかしい。

「なんだか、今日は二人とも積極的なような……」

「もしかして宣戦布告したせいかな~?」

 雪と暦さんは怒るでもなく、首を捻っているだけだった。

「今日は二人が主役ですから、たまにはいいじゃないですか」

 最後に薫ちゃんがまとめたが、然り気無く俺の気持ちを無視していることに、誰も気づいていなかった。


 ケーキを食べ終えると、パーティーはお開きとなった。

 そして、俺と雪以外は帰り支度を始めている。

 念のため作っていたティラミスの出番が無かったので、帰りにみんなに持って帰ってもらうことにした。

「はい、これ」

「なんですか?」

 葵さんは、俺が渡した大きめの箱を見ながら訊いてきた。

 光さんには小さめの箱を渡した。

「ティラミスだよ。光さんの好物だって聞いたから、作ってみたんだ。よかったら後で家族と食べて」

 箱の大きさが違う理由は、家族の人数が違うからだ。

「わかりました」

「柏木くん、ありがとう」

 荷物を増やしてしまったが、嫌な顔せず受け取ってくれた。

「それじゃあ、そろそろ」

 二人が受け取ると、四人はリビングから出て玄関へ向かった。

 俺達も見送るために玄関までついていった。

「今日は何から何まで、ありがとうございます」

「いいって。気にしないで」

「それでは、お邪魔しました」

 葵さんが挨拶をし、四人は俺の家を後にした。

 先程までの賑わいが嘘かのように、静けさに包まれている。

「葵ちゃん、変わったね」

「そうだな」

 見送った後、玄関で雪と一言だけ交わし、雪は俺の手を握ってくれた。

 何も変われていない俺が、もどかしいと感じているのを雪は知っている。

 だから手を握ってくれ、それがまた俺の励みになった。

「さてと、片付けるか」

「手伝うよ」

 そう言って頭を切り替え、リビングに戻った俺達は二人で後片付けを始めた。



 時間が経つのは速いもので、葵さん達の誕生日パーティーから数時間経ち、日付を跨ごうとしていた。

 雪は既に自室で寝ており、俺もベッドの上にいる状態だ。

 ただ、寝ているわけではなく、胡座をかいて座っている。

 理由としては、これから電話をするためだ。

 アドレスからお目当ての相手を探し、早速電話をかけた。

 数回コールし、電話が繋がった。

『もしもし。どちら様ですか?』

 俺が電話をかけたのは、霧山桜さん。

 俺にとって大事な人の一人だ。

「孝太です」

『孝太さま?!』

 俺が名乗ると電話の向こうの桜さんの声は、嬉々としたものに変わった。

「お久しぶりです。一段落つけたんで、電話かけれました」

『新しい環境でお忙しかったのは、承知していますので、お気になさらないでください』

 相変わらず丁寧な口調で話してくれている。

 雪ほどではないが、彼女もまたお嬢様育ちということもあり、言葉遣いが丁寧だ。

「そう言ってもらえると、助かります。ところで今、大丈夫ですか?」

『はい。こちらは休日の午前九時で、特に予定も御座いませんので』

 俺が住んでいる日本との時差は、十五時間。

 彼女が住んでいるのは、アメリカのテキサス州だ。

 時差があるので、電話をかけるタイミングが合わないこともあるが、今回は大丈夫だったようだ。

「それは良かったです。久しぶりですし話したいこともいっぱいあって」

『ふふ……それは楽しみです』

 そして俺は、この街に来てから起こった出来事を、大まかに桜さんに話した。

 また、彼女の話も聞いているとあっという間に朝になってしまった。


 こうして俺の怒濤の二週間は終わった。

 そして、新たな出会いが再び訪れる。

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