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一話 第一章 ~出会いが呼ぶ出会い~

  話が一段落つき、俺から別れを切り出した。

「それじゃあ、俺はこのへんで。荷物の整理もあるんで」

  牧瀬家の前での滞在時間は約三十分経っていた。

  初対面でここまで打ち解けられるとは思わなかった。

  主に薫ちゃんが話を膨らませてくれたおかげでもある。

  そんな薫ちゃんが、帰ろうとする俺に訊いてきた。

「それってすぐ終わるんですか?」

「ん~……量が量だからね。二、三日はかかるんじゃないかな」

  両親は仕事でいないので、俺一人で作業をしなくてはいけない。

  他にも買い出しなど、やらなくてはいけないこともあるので、それくらいの時間は要する。

  それを聞いた葵さんが、俺に声をかけてきた。

「あの……」

「えっと……どうしたんです?」

  やはり葵さんと話すのだけはまだ緊張する。

  同い年という概念が邪魔をしているからだ。

「もしよろしかったらなんですけど……手伝いましょうか?」

「……え?」

  これは予想外だった。

  手伝ってもらえれば効率よく終わるが、今日会ったばかりの人に頼むのは気がひける。

  ただ、葵さんは顔を赤くしている様子から勇気を振り絞って、提案してくれたことがわかる。

「ダメ……ですか?」

  反則的な上目遣いをされ、こっちまで顔が赤くなってしまいそうになった。

  せっかくの提案を、断る方が失礼だろう。

「ダメじゃないけど……その忙しくないの?」

「友達いないから、予定とかないんです」

  またも地雷を踏んでしまった。

  なんとかフォローしないといけない。

「えっと、ならお願いしようかな。俺達友達だし助け合わないと……ね」

  言っていて恥ずかしかった。

  少し無理矢理感はあったが、一方の葵さんは目をキラキラとさせ、こちらを見ている。

  どうやらフォローは成功したらしい。

「友達……フフフ」

  とても嬉しそうだ。

  見ていて思ったが、葵さんも俺と同じで変わろうとしてるのかもしれない。

「でも明日からでいいよ?本格的なのは明日からの予定だし。今日は、移動の疲れとかもあるんで、親と俺のベッド整えるくらいにしようと思うから」

  加えて、時間帯も昼過ぎだったので今から始めたら、夜遅くに付き合わせる可能性もあった。

「わかりました。ならまた明日」

「うん」

(よく考えたら隣の家だから、いつでも会えるんだよな?)

  別れの挨拶をされたが、家の近さからかあまり実感が湧かない。

  そんなことを考えつつ、幼馴染のことを思い出していた。

  隣に同い年の女の子が住んでいる。

  その事実しか共通点は見つからなかったが、幼馴染の女の子と重ねてしまってるいることに、俺はようやく気づいた。

  それに何処と無く、雰囲気が似ている気もする。

(だから普通に話せるのか……そういえば、誰かから着信があったな。家に帰ったら、掛け直すか)

  マナーモードにしていたので、音はならなかったがポケットで振動していたのはわかっており、葵さん達の前だったので、出るのは自粛しておいた。

  暦さんや薫ちゃんにも別れを告げ、俺は新居へと帰った。


「ただいまー……って誰もいないんだったな」

  新居に入ると廊下には荷物が積み上げられていた。

「家具とかは既に設置されているからいいけど、この量は多いよなぁ……」

  まだ荷物の整理をしていないのに見ただけで疲労が溜まりそうだ。

  そのようなことを考えていると、携帯に着信が入った。

  画面を見てみると、『有明雪』という、幼馴染の名前が表示されていた。

  それも連続して二件。

  二回もかけてくるなんて、何か急ぎの用でもあるのだろうか。

「もしもし?孝太だけど。どう……した……?」

  電話の先では雪が嗚咽を漏らし泣いていた。

『こう……ちゃん……?』

「あぁ、俺だ!一体どうしたんだ?何かあったのか?!」

  急な電話でしかも泣いている。

  普通に考えられるのはやはり知り合いに何かあったってところだろう。

  それか俺にとって一番最悪な展開は、雪の身に何かあったということだ。

  こういう時こそ落ち着かないといけない。

  何を言われても第一に冷静であることだ。

『あの……ね……こうちゃん』

  向こうも落ち着きを取り戻してきた様で、涙をすする音も聞こえなくなってきた。

「なんだ?」

『もう……無理!こうちゃんのいない生活なんて!』

  先程まで声が震えていたのに、急にはっきりとした大声で、それも俺が考えていたこととは全く違うことを言われた。

「…………は?」

  数秒間、言葉を失ってしまった。

  雪は構わずに続きをはなしている。

『朝起きてもこうちゃんのご飯食べられないし、一緒に学校も行けない。学校帰りや休日に遊ぶこともできないなんて……私、耐えられないよ』

  心配して損をした。

  むしろ、雪の俺へ対する依存が酷くなったことを考えると心配事が増えたと言うべきだ。

  思い返せば、小中高校と俺と同じ学校に通い、食事も一緒に食べるのが日常だったからこそ、雪が寂しがっているのも十分に伝わった。

  俺が引っ越すのが分かってから、ずっと泣きっぱなしでもあった。

「ごめん……雪。俺、小学生の頃に『お前を守る』とか、中学では『悲しませない』とか言ってたのに……約束破っちまってたんだよな……本当にごめん!」

『……』

  雪の声が途切れた。

  雪も俺の言葉で昔のことなど、何か思うことがあるのだろう。

  雪は家が大財閥のお嬢様で周りの男子からしたら、お高いイメージで近づきがたい。それに容姿もよく、勉強もできる。

  運動が少し苦手なところが魅力を引き出し、小学生の頃に女子からは嫉妬やイジメの標的として見られていた。

  雪がイジメられていた頃、家が近かっただけで数度しか会話したことなかったのに、何故か俺はあいつを放っておけずに雪を助け、それが切っ掛けで仲良くもなった。

  俺が雪に謝ったのは、その時に交わした約束を守れなかったからだ。

  自分が変わりたいからこっちに来たが、あいつのことを考えたら向こうに残るべきだったのかもしれない。

  だが俺の決心は変わらず、もう一度雪に分かってもらえるよう、説得を試みた。

「……雪……あのさ……」

『決めた!』

「え?」

  俺の声を遮り突如黙っていた雪が声をあげた。

『私もそっちに行く!』

「……は?」

  一瞬、突拍子もない発言で理解できなかった。

『だから私もそっちに行く!』

 もう一度言ってほしくて聞き返したわけではない。

「……ちょっと待て!それは色々とまずいだろ!親とかの許可はもちろんだが、手続きとかも大変だろうし」

『ちょっと待ってね…』

「え?もしもし?おーい」

  通話中になったまま、携帯を置いて雪が何処かへ行ってしまった。

  一分近く経ち、雪が戻ってきた。

『お待たせー。お父さん達、オッケーだって。それに大財閥の権力を利用すれば後者も解決するよ』

  雪の両親は、俺と雪を結婚さそようとしている節があるので、許可して当たり前なのかもしれない。

「明らかに合法ではなさそうだが……じゃなくて!本当に来るのか?」

『うん。一度決めたからには行くよ。絶対!』

  再度確認をとったが、本人の意思は固いようだ。

  その言葉を聞いた瞬間、情けない話だが凄い嬉しかった。

「いや、だとしても、住む家はどうするんだ?」

『それなら、こうちゃんの家に住まわせてもらうね』

(そこは、財閥の力でどうにかしろよ!)

  俺の予想を斜め上の方向に行くようなことを言われた。

  色々と問題があるが、中でも一番の問題は若い男女が一つ屋根の下で一緒に暮らすということだ。

  家族が仕事であまり帰ってこられないうちの場合、二人きりの生活がほとんどになってしまう。

  流石に雪の両親もそれを許すはずがない。

「それはまずいだろ!」

『なんで?私達の仲なんだから、今更問題ないでしょ』

  今のところ、俺達を表す言葉は幼馴染みだ。

  問題はあるように思える。

「問題大有りだって!少なくとも俺は雪を女の子として見てるし……だから……可愛い女の子と四六時中一緒だと、こっちが緊張するんだよ!」

  真っ先に思い付いた理由がこれだった。

  自分でも半ば自棄になっているのがわかる。

『可愛い……女の子……はううぅぅ……』

(どこから声を出しているのだろう?)

  いつも俺にベタベタしてくる雪が、たまにこんな仕草をするとより可愛く思えてしまう。

「その、今のは!」

  自分が言ったことを誤魔化そうとするも、舞い上がってしまった今の雪には届かなかった。

『嬉しい……明日の昼にそっちに着く予定で行くから!ますます、こうちゃんが恋しくなっちゃった。それじゃあ!』

「あ、おい!」

  時既に遅く、電話は切れていた。

  呆けながらも、頭の中で一旦整理した。

(とりあえず、今するべきことは……)

  すぐさま、再び携帯をとりだし、電話をかける。

  今度の相手は父親だ。

「もしもし父さん?」

『どうしたんだ?もしかして母さんの言ってた様に既にモテモテになった報告か?何人か父さんにも紹介……』

  父さんとのやり取りは大事な要件がある時でも、大抵冗談から入るので少し面倒だ。

「んなことしたら、母さんに殺されるぞ」

(ご近所さんと父さんが……)

  俺が他の女の子と話していると、雪は鬼気迫る眼差しを向けてくる。

  それと同じで母さんも、父さんに言い寄る女性を見過ごせないのだろう。

『ハハ、冗談だよ。それで、本題は?』

  父さんの笑顔が引き攣っているのが、電話越しでも伝わった。

  そんなことしたら自分の身が危ないことは、自覚があるらしい。

  そんな父さんに急かされるまま、本題へ移った。

「その……雪が、うちに来るって……」

『なんだその話か』

「父さん、知ってたの?!」

  今さっき話していたことが、既に父さんの耳に入っていたことに驚いた。

『先程、親御さんから連絡あってね。父さんとしてはもちろんオッケーを出しといた』

(手回し、早すぎるだろ!)

「なんで、簡単にオッケーだしてるんだよ!」

  きっと電話の向こうでは、満面の笑みを浮かべているに違いない。

『そりゃあ、お前の父親としてお前にとって一番の選択をしただけだ。あの娘と一緒にいた方がお前も楽しそうだからな』

「父さん……」

  普段とのギャップに少し感動しそうになる。

  父さんの言う通り、俺は雪といる時間が楽しいのに違いはない。

『それに家に帰ったときに可愛い娘が出迎えてくれれば疲れなんて飛ぶだろ。母さんも逆玉とか喜んじゃって』

  前言撤回だ。

  父親共々良い親なんだけど、一言多い。

  それに、俺と雪が結婚した体になっている。

「わかった。仕事中にごめん」

『別に構わないさ。それより、近所奥様方には結局モテてるのか……』

  『ピッ……』と反射的に切ってしまった。

  父さんのことは一旦忘れることにする。

  結局、雪が来ることは決定事項のようだ。

  だったら尚更、早く片付けないといない。

  俺は携帯をポケットに仕舞い、近くにあった段ボールを部屋へ運び入れ始めた。


  どれくらい時間が経ったか分からないがあの後、俺の部屋、親の寝室に加えキッチンも整理した。

  キッチンに関しては明日から来る雪のために、ご飯を作るためだ。

  片付くまではコンビニの弁当で済ませようと思っていたが、そうもいかなくなった。

  時間が気になり、携帯をつけてみると電話してから四時間ほど経っていた。

  携帯にはいくつかメールが入っており、それぞれ葵さん、薫ちゃん、そして暦さんからだ。

  まずは、葵さんからのメールを開いた。

『今日はありがとうございました。孝太さんと出会えて変われそうな気がします。明日は朝から行っていいでしょうか?今からドキドキしています!』

  友達の家に行った経験が少ないのか分からないが、荷物の片付けを手伝ってもらうのに、そこまで楽しみにされているとは思わなかった。

(待てよ……明日から雪がくる。もしかしたら雪となら……)

  思い至ったことを踏まえ取り敢えず、返信をした。

『こちこそ、出会えて良かったです。急な話だけど明日から俺の幼馴染が来ることになりました。葵さんとも友達になれる娘だと思うので、期待しといてください』

(これでいいか……返信と)

  次は薫ちゃんに返信をしようと思ったが、何十件も届いていた。

  適当に何件か開いてみることにした。

『明日私も手伝いに行っていいですか?』

『趣味はなんですか?特技は?』

『彼女いるんですか?……いい加減返事ください』

  などなど質問に次ぐ質問がきていた。

  そして最後のメールでようやく、俺の状況を理解してくれたらしい。

『今何してます?もしかして片付けの最中でした?』

  最後のメールだけに返信することにした。

『メール返事できなくてごめん。荷物の整理してて気づけなかった。とりあえず今日の分は終わったから、これから食材買いに出かけようとしていたところ』

  薫ちゃんにも送信し、最後は暦さんに返そうとしたとき着信が入った。

  相手は薫ちゃんで、俺の知るなかでは最速の返信だ。

『なら私も一緒に行っていいですか?お姉も連れていくんで』

  よっぽど暇なのか、買い物に付き合ってくれるみたいだ。

  街のことがよくわからないので、丁度良かった。

『別に構わないよ。けどもう夕方だし暦さんとか親の許可下りるの?』

  確認のメールを送って、たった十数秒で返事がきた。

『大丈夫です!もう子供じゃないんですし!もちろん許可も下りてますよ。それとお姉も来てくれるそうです』

『わかった。なら十分後に俺の家の前に居て』

 話もまとまったので、俺から時間など指定させてもらった。

『了解です!』

  それにしても引っ越し一日目にしてイベントが多すぎだ。

  薫ちゃんからのメールを閉じ、今度こそ暦さんからのを開いた。

『今日は本当にありがとうございます。あの二人があんなに楽しそうなのは久しぶりに見たので、孝太くんのおかげてす。今後ともよろしくお願いしますね』

  やはりお姉さんだなと改めて思った。

  でも二人ってことは、やはり薫ちゃんも何か抱えているのだろうか。

  気になる事もあったが、一応返信はしておいた。

『いえ、こちらこそ楽しかったです。今後ともよろしくお願いしますね』

「送信っと……そろそろ時間かな」

  携帯で時間を一度確認し、財布と携帯、そして鍵を持ち家を出た。


  外に出ると既に二人はいた。

「ごめん。待たせちゃったかな?」

「いえ、私たちも今来たところなんで」

  葵さんが照れながら答えてくれた。

  まだ俺との会話に葵さんも慣れていないみたいだ。

「そっか、良かった。それでこの辺で品揃えがいいのって、近くのデパートかな?」

「そうですよ。大手のチェーン店ですから」

  確認もできたので、二人には家の近くに何があるかも訊いておきたかった

「二人はよく買い物とか行くの?」

「そうですね。私は人並みに。さっきは暦姉と行ってきましたし」

  最初に出会ったときは、そこでの買い帰りだったらしい。

  思い出してみると、あの時二人が落としたのは買い物袋だった。

  薫ちゃんが頼りになると分かった一方で、葵さんは薫ちゃんとは正反対だった。

「私は友達いないんで外に出る機会少ないですし、お姉ちゃん達に基本任せてますね」

  何気ない質問で、毎回葵さんを傷つけてしまっている気がする。

  だが、今回はフォローの必要はなかった。

「だったら今度俺と出掛けないか?」

「え?!それって!」

「へぇ~やりますねぇ」

(え?なんか俺、変なこと言ったか?)

  薫ちゃんはニヤニヤし、肘でつついてきた。

  よくわからなかったが、一応訂正をしておいた。

「異性と接するのが苦手なのは、俺も痛いほどわかるんだ。俺も同い年の女の子苦手だから。いきなりハードル高かったよね。今日会ったばかりなのに」

「いえ……嬉しかったんです。初めてできた友達に誘ってもらえて」

  どうやら、俺の思い違いだったみたいだ。

  葵さんの気持ちも分かるが、一応葵さんのためにも言っておきたいことができた。

「そのさ。俺が言うのも変だけど、会ったばかりの相手を、簡単に信じちゃいけないと思うんだ」

「孝太さん、お気遣い感謝します。でも直感で孝太さんは大丈夫な気がするんです。今だって心配してくださいますし……」

  葵さんにそう言われて嬉しかった。

  俺も初対面の人を直感で判断するこもも、しばしあるのでこれ以上は何も言えない。

  でもこれなら人見知りを直せば友達もいっぱいできそうだ。

「あの~、私のこと忘れてません?」

  薫ちゃんが俺たちをジトーという効果音が当てはまるような目で見てきていた。

「い、いや、忘れてないよ。それより早く行こうか」

  正直、忘れていた。

  それを誤魔化すように、歩き始めた。


「それにしても、大きい街だなぁ」

  田舎者に思われてしまうかもしれないが、周りを見渡しながら呟いた。

  引っ越してきて、初めてゆっくり街中を見たがかなりの都会だと思った。

  通行量、店数、会社、どれをとっても俺にとって新鮮なものが多い。

「孝太さんの地元ってどんな所だったんですか?」

  ふと、俺の呟きに反応して薫ちゃんが興味有り気に訊いてきた。

「そうだなぁ…ここに住んでいる人からしたら、田舎って感じだな。ここまで発展はしてないし……有明財閥って知ってる?」

  これといって紹介できるような特徴がなく、少し考えてみると雪の家を思い出した。

  訊いてみると葵さんは頷き、薫ちゃんは確認するように会話を続けた。

「もちろんですよ。ブランドとかも多くだしている大財閥ですよね?でも何の関係が?」

「財閥の本社が前いた街にあってね。本社周辺は結構賑わってたんだよ」

  有明財閥の傘下の店が中心となって田舎のわりに、多くの店が有り不自由なく生活ができる環境ではあった。

「へぇ~、案外凄いところだったんですね」

  この街に比べたら街事態は凄くはないが、雪の家が凄いのには変わりないので、薫ちゃんの言葉に同意した。

「まぁ確かにあいつの家は凄いよ」

「あいつ?」

  二人揃って首を傾げていた。

  そういえば、まだ説明してなかったことに気づいた。

「取締役の有明さんとうちは、お隣さんだったんだよ。それで俺の幼馴染みがそこの家の一人娘なんだ」

「え!そうなんですか!?」

  今になってみると、雪の家の凄さは十分に理解できているので、薫ちゃんが驚くのもわかる。

  俺は一度頷いてから、説明の続きをした。

「うん。幼馴染みと言っても小学校の四年生くらいからの付き合いなんだけど、中学高校も俺と同じだったから付き合いは長いんだよ」

「じゃあ、こっちに来て寂しがってるんじゃないんですか?」

  薫ちゃんが言うように、雪の性格を考えたら寂しがらないわけがない。

  そういえば、薫ちゃんは雪が来ることを知らないので、そのことも説明しなくてはいけない。

「さっき電話したとき寂しがってたよ…けどとんでもないこと言い出して……」

「とんでもないこと?」

  聞き返してきたのは薫ちゃんだったが、事前に知らせておいた葵さんに一回、目を向けた。

  葵さんは基本的には俺と薫ちゃんの話を聞いている感じだが、幼馴染みの話になってからは、少し元気がないように思えた。

  原因は分からなかったが、俺が見ているのに気づくと俺を見つめて首を捻っていたので、俺の気のせいだったのだろう。

「それで、とんでもないことって何ですか?」

  葵さんに気をとられて、薫ちゃんの質問に答えられていなかったので、業を煮やしていた。

「実はあいつも明日からこっちに来るって言い出したんだよ」

「え!……って流石に冗談ですよね」

  一瞬驚きもしたが、すぐに冷静に指摘された。

  だがここで嘘をつく理由がない。

「冗談だったら買い物なんてしないよ。本来ならコンビニ弁当で済ませても良かったんだけど、あいつがくる以上あいつが好きなの作ってやらないと」

「ちょっと待ってください!色々驚くというか、ツッコむところ多くないですか?」

  信じてはもらえたようだが、薫ちゃんはテンパっている。

「え?」

  薫ちゃんの発言に対し、今度は俺が首を捻った。

  俺からしたら、ツッコまれるようなところはなかったと思う。

「お姉もそう思わない?」

  次に薫ちゃんは葵さんに同意を求めた。

「そうだね。私もツッコミどころはあると思う」

「葵さんまで?!…例えば?」

  冷静な葵さんにまで、そう言われて少しショックを受けた。

「まず、こっちに来るっていう状況を受け入れすぎですよね!さっき言われたんでしょ?それに料理作るって何故?!」

「今日一番のテンションだね…受け入れざるえない状況だったんだよ……親もオッケーしてるし」

  軽く落ち込んでいる俺は薫ちゃんのテンションの高さを、愛想笑いで流しつつ質問に答えた。

  答えれば答えるほど質問が出てくる。

「親もオッケーってどういうことですか?」

「明日から一緒に住むことになったんだよ……正直その点だけは俺もツッコミたいよ」

  現在の俺からしたら、唯一おかしいと思えるポイントだ。

「孝太さんが普通の感性持ってて良かったです」

  薫ちゃん達にとってもそこが一番引っ掛かっていたらしい。

  自分が変じゃないと認識できると、徐々に元気を取り戻してきた。

  ついでにまだ答えていなかった質問も答えた。

「後、料理に関してだけど何故かあいつ俺の料理好きなんだよ。最初は両親が忙しいから自炊のために作ってたんだけど、あいつの両親も忙しいから俺の家にきて一緒に食べるようになって、それからかな」

  一般の幼馴染みとしては結構特殊ではある。

  特に雪の家だと、家政婦を雇っているので食事に関しては困ることはないはずなのに、この事が恒例化していた。

「なるほど……幼馴染みの間だけに存在する空気ってのがあるんですね」

「……そうかもね」

  同意したものの、俺達は幼馴染みという関係以上の繋がりがあるのは確かだ。

「やっぱりいいなぁ……そういうの」

  葵さんが隣で何か呟いていたが上手く聞き取れなかった。

(大事なことじゃなきゃいいんだが)

  多分独り言だったので、それ以上は気にならなかった。

  「もうすぐ着きますよ」

  話し込んでいるうちに目的地のすぐ側までやって来ていた。


  目的地に近づくにつれ、人が増えてきた。

  それと同時に多くの女性が黄色い歓声を上げているのに気づいた。

『ねぇあの人カッコよくない?』

『マジ、イケメンじゃん』

『声かけてきなよ』

  どうやらイケメンが近くにいるらしい。

  男からしたら嫉妬の対象だが、実際そんな立場になったら対応に困るのだろう。

「それにしても孝太さん凄いですね」

「え?何が?」

  歩きながら関心していると、葵さんが話しかけてきた。

  『凄い』と言われたが何もしていない。

「さっきから注目の的じゃないですか」

  理由を訊いたが、何のことを言っているのかさっぱりだ。

「さっきはモデルにスカウトされてましたし……今だって女の子達が歓声あげてるじゃないですか」

  話が掴めなかったが葵さんからの指摘で、ようやく葵さんの言っていることが伝わった。

  どうやらあの歓声は俺に対してだったようだ。

  顔立ちが悪くないにせよ、ここまで周りが盛り上がるとは思わなかった。

  前居た場所では、昔から住んでいたのでここまで大袈裟ではなかった。

  ただ、中学や高校に入った頃に同じようなことがあり、結局誰が言われていたのか分からなかったが、もしかしたら俺が言われていたのだろうか。

(いや、そんなわけ……)

「孝太さんってもしかして鈍感ですか?」

  一人で悩んでいると今度は薫ちゃんからの指摘された。

  俺が気づかなかったから質問されたのだろうが、今回はたまたまで、普段から相手の考えや気持ちを察するのは得意な方だ。

「そんなことはないと思うけど……」

「そうですか?」

  俺の答えに対して、薫ちゃんは納得いっていないみたいだ。

  葵さんも苦笑いを浮かべていた。

(俺って鈍感なの……?)

  現実から逃げるように、俺は話題をすり替えた。

「えっと、食品売り場って何処かな?」

  話ながら歩いているうちに、既にデパートの中に着いていたので、目的地の食品売り場の場所を薫ちゃんに訊ねた。

  タイミングよく着いたおかげで、自然と話題を変えられた。

「地下ですよ」

  薫ちゃんはエスカレーターを指しながら言った。

  俺達は薫ちゃんに道案内を頼み、食品売り場へとやってきた。

  デパートの内装がショッピングモールに近く、それでいて広いので、薫ちゃんがいなかったら迷っていただろう。

  入り口にあったカートに籠を置き、店内を歩き出した。

  買う食材を選んでいると、薫ちゃんがその光景を見てか、話しかけてきた。

「それにしても孝太さん料理もできるし、モテるんでしょうね」

  薫ちゃんにとって俺は、モテるイメージみたいたが、その期待を裏切ることになる。

「残念ながら全然だよ。彼女どころか中学の初め以降、告白もされたことないよ」

「え!意外ですね」

  リアクションが大きいようにも感じたが、素直にそう思ってくれるなら有り難い。

「ありがと…っとこっちの挽き肉の方量があるな」

  お礼を言いながらも、視線は食材の方へ向いていた。

  そんな俺を見て薫ちゃんが言った。

「まるで主婦ですね」

「それは褒めていないよね?」

  高校生男子が言われても、あまり嬉しい台詞ではない。

  心境としては、少し複雑だ。

「褒めてますよ。でも食べてみたいなぁ……孝太さんの料理」

  どうやら薫ちゃんなりに褒めてくれていたらしい。

  素直に喜べなかったものの、薫ちゃんの望みなら聞いてあげられそうだった。

「なら、今度作ってあげようか?」

「本当ですか?!」

  俺の提案を嬉しそうにし、聞き返してきた。

  予想以上に喜んでもらっている。

「別に構わないよ。でも味は保証できないけど」

 保険としてハードルを低くしておこうとしたが、薫ちゃんは全く話を聞いていない。

「お姉も食べたいよね?」

「はい、是非」

  葵さんまで、そう思っていたみたいだ。

  雪や両親以外に料理を振る舞うのは初めてだった。

  そんな話の最中、葵さんの携帯が鳴った。

  緊急の用件かもしれないので、この場で電話に出た。

「もしもし、お姉ちゃん?……え?……わかった」

「暦姉なんだって?」

  相手は暦さんらしく、電話はすぐに終わった。

  家族としては当然気になるようで、電話が終わると薫ちゃんは内容を訊いていた。

「料理失敗しちゃったから、弁当か何か買ってきてだって」

  俺がここには居ない暦さんへ同情の目を向けていると、薫ちゃんが事の成行を教えてくれた。

「暦姉、普段作んないのにお父さん達が旅行に行っていないから張り切っちゃって……案の定弁当かぁ……あ!そうだ!」

  何かを思い付いた薫ちゃんは、悪い顔をしていた。

  そしてそれは俺へ向けられている。

  何を言おうしてるかは、それだけで伝わった。

  そして葵さんもまた、キラキラした目で俺を見ている。

「……わかったよ……三人分でいいの?」

「え!いいんですか?!」

  俺が折れると、わざとらしく薫ちゃんが訊いてきた。

  まだ短い付き合いなのに、俺が頼まれると断れない性格なのを把握されているようだ。

「手間とかは二人分作るのとあまり変わらないし。何かリクエストとかあるかな?」

「私、オムライスがいいです!ふわトロのやつ」

  試しにリクエストを訊くと、遠慮なく薫ちゃんが言った。

  何故か薫ちゃんのこういった部分を憎めず、むしろ可愛いとさえ思う。

「了解。デミグラスとトマトどっちがいい?」

「デミグラスで」

  結局薫ちゃんからのリクエストは、手間のかかる組み合わせだった。

  薫ちゃんだけでなく、葵さんや暦さんからのリクエストも聞いておきたいと思い、次に葵さんに訊いた。

「葵さんは何かある?」

「えっと……唐揚げかな」

「お姉、大好物だもんね」

  葵さんが一度考えてから出したリクエストは、彼女の大好物らしい。

「そうなんだ。後は、暦さんの好物とかわかる?」

「お姉ちゃんはパスタが好物です」

  炭水化物が多くなったしまうので、他のにしようともしたが、量を減らす方向にして続けて訊いた。

「パスタか……種類は?」

「カルボナーラです……あの……こんなにお願いしちゃっていいんですか?」

  葵さん、気を遣ってくれている。

  二人の視線に負けたとはいえ、実際には俺が口にしたことなので、心配は無用だった。

「大丈夫だよ。それに明日手伝って貰うからそのお礼も兼ねて」

「ありがとうございます。ほら薫も」

「孝太さん、ありがとう」

  葵さんに続いて、葵さんに促された薫ちゃんからも礼を言われた。

  少し背中がこそばゆくなり、話を変えた。

「別にいいって、それより暦さんに連絡しといた方いいんじゃない?」

「確かにそうですね。私、外で連絡してくるんでお姉と孝太さんは買い物していていいですよ」

  そう言うなり、薫ちゃんは店外へ出ていった。

  「えっと……待ってるのもなんだし、買い物続けようか?」

「そ、そうですね……」

  薫ちゃんがいなくなった途端、急に緊張しだした。

  口ぶりから、葵さんも緊張しているのが分かった。

  そのせいか何を話すでもなく、ただ買い物が続行された。

  その後必要な食材が揃い、会計のためレジへ来たが大分列が長かった。

「混んでますね……」

「そうだね。今日って特売日か何かなの?」

「でも値段は普通でしたよね」

  長蛇の列を眺めながら、緊張が解れつつあった俺と葵さんは何気ない会話を始めた。

「うわぁ……混んでますね」

  そこに電話を終えた薫ちゃんが戻ってきた。

  関心は薫ちゃんへと変わった。

「お姉ちゃん、何て言ってた?」

「孝太さんに凄いお礼言ってましたよ」

  二人の会話を聞いて、俺の脳内ではペコペコと電話越しに何度も頭を下げる暦さんの姿が想像されていた。

「なんか……プレッシャーが」

  その姿を思い浮かべると、勝手にプレッシャーがのしかかった。

  俺の様子を見て葵さんが、話を戻してくれた。

「それにしても、なかなか進まないですね」

  夕方ということもあり人が多いのは確かだが、進むペースが遅い。

「多分、あれじゃない?」

  薫ちゃんの視線の先では同い年くらいのアルバイトの女の子がレジ打ちに苦戦していた。

  ちらほらと周りから苦情の声も聞こえている。

「確かここって特に指導とかないらしいですよ。見て覚えろ的な感じで」

「あの状況からして、初日なんだろうね」

  二人の話を聞いて原因も分かった。

  店側が研修段階で、しっかり教えればこんな事態にはならなかったと思うので、あの娘は悪くない。

  ただ、周りの人達はそう思わないだろうし、何より可哀想に思えた。

(混んでるし、放っておけないよな)

「孝太さん、どこ行くんですか?」

  カートをその場に手放し、突然歩き出した俺に葵さんが訊いてきた。

「ちょっと助けてくる。とりあえず並んでて」

「……わかりました」

  笑顔で答える俺とは反対に、少し不安げな表情をする二人を後にして、レジにいる女の子の許へ向かった。

  正直同い年くらいの女の子に自分から話しかけるのは苦手分野だが、放っておけないという気持ちが勝ってしまっていた。

「あの……大丈夫ですか?」

「すみません!まだレジの使い方に慣れていなくて……」

  話しかけるといきなり謝られた。

  クレームだと勘違いしている様子だ。

「別に怒ってるわけでは、ないんですけど」

「え?」

  謝った時に下げていた頭を上げて、俺が笑顔なのを確認すると、少し安心していた。

「もしかしてバイト自体初めてですか?」

「そうなんです……」

  今にも消えそうな声で答えてくれた。

  初めてなのにずっと怒られたり、クレームを言われたりで大変だったのだろう。

  「ちょっと急いでるんだから悠長に話なんてしないでくれるかしら」

  俺達が少し話していると並んでいるおばさま方からのクレームがきた。

  俺はすぐに並んでいるおばさま方へ向き直った。

「すみません!一分だけでいいんで待ってくれないですか?少しだけレジの使い方教えるんで……お願いします」

  頭を下げると、尻目で女の子も頭を下げているのが分かった。

「えっと……それで早くなるんなら」

  列の先頭にいたおばさまが、代表して答えてくれた。

  頼みを聞いてもらえて嬉しくなり、頭を上げ笑顔で礼を言った。

「ありがとうございます!」

  ちらほらと『イケメンに頭まで下げられたら』などと呟くおばさま方の声が聞こえてきた。

  悔しいが、母さんの言っていた通りになりそうだった。

  だが今はそのことを気にしている余裕はなく、改めて女の子の方を向いた。

  同い年の女の子かもしれないが、これっきり会うことがおそらくないので、四の五の言わずに説明を始めた。

「時間ないから手っ取り早く説明しますね。一通りはできてる様なんで、スピーディーにするために同じ製品の場合一つスキャンしたらレジにある『×』を売ったあと個数を入力すると手間が省けます。それと接客が礼儀正しいのはいいことですけど、こういう混む時間に限っては一つ一つを丁寧にじゃなく、二つの行動を丁寧にを心がければ問題ないと思います。要するに同時進行ってことです」

「わかりました。そのあたり心掛けてみます」

  早口の説明になったが、ちゃんと伝わったみたいだ。

  これ以上話す余裕もなかったので、早々に謝って別れを済ませた。

「少し上からになっちゃってすみません。それでは」

「あ……」

  それだけ言った後、軽くおばさま方に会釈をし二人の許へ戻った。

  女の子が何か言いかけていた様にも思えたが、気のせいだろう。

「ごめん。並んでてもらって」

「いえ、大丈夫です。それにさっきのレジも少しスムーズに進んでいる様ですし」

  葵さんに言われ、振り返るとあの娘も頑張って接客していた。

  ひと安心して胸を撫で下ろすと、薫ちゃんに声をかけられた。

「なんだか、孝太さんってなんか掴めない人ですよね」

「どういうこと?」

「私も同じこと思ってました」

  薫ちゃんに言われた言葉の意味が分からず首を傾げたが、葵さんも薫ちゃんと同意見のようだ。

「え?葵さんまで」

「はい。でも悪い意味じゃないですよ。自分の苦手よりも優しさが勝るっていうのが意外で…私は自分の苦手が勝って声をかけることすらできないですし」

  葵さんの言葉で、二人が言っていることが理解できた。

  葵さん達からしても、俺のような人間は珍しかったみたいだ。

  雪とかも優しいと言うが、俺からしたらただのお節介だ。

  このままだと俺が凄い人だと思われかねないので、弱いところもあることを言っておいた。

「あくまで苦手なのは同い年の女の子だから、今回みたいに年齢聞かなかったり、その場だけっていう場合は大丈夫なんだ…だけど学校のクラスでとか凄い自信ないんだよね」

「大丈夫だと思いますけどね」

  薫ちゃんは俺が葵さん以外の同い年の娘と関わっているのを、見ていないからそう思えるのだろう。

  だが、過去にあったことや発作が起きることは言えなかった。

  「もう順番、回ってきましたよ」

  昔のことを少し思い出して呆然としていると、肩を叩いて葵さんが教えてくれた。

「そうだ……ね?」

「どうしました?」

  返事をし一度買い物籠の中を見ると、入れた覚えのない物が入っていた。

  俺につられて葵さんも覗き込んだ。

「……なんでお菓子入ってるんだ?」

  俺が気づかぬ間に籠の中にお菓子が入っていた。

「入れちゃいました」

  薫ちゃんが舌をだし、可愛らしく自首した。

「薫、何やってるの!」

  葵さんが薫ちゃんを叱ったが、声が小さいせいか迫力はほとんどなかった。

  逆に当の俺は、そこまで気にてはいなかった。

「まぁまぁ。別にお菓子くらい構わないよ」

「でも……」

「今日は特別ってことで」

  言っていて俺はかなり甘いと思った。

  申し訳なさそうに、俺と薫ちゃんを交互に見ながら言った。

「孝太さんがそう言うなら私は何も言えませんけど……」

「孝太さん、ありがとう」

  薫ちゃんからお礼を言われた後、会計も済ませ何事もなく家へ帰った。

  強いていうなら、帰りは二回ほどスカウトされた。


  現在、時刻は夜の七時。

  買い物から帰って二時間ほど経った。

「これで……よし!さて、そろそろ呼ぶか」

  料理を作り終え、皿に盛り付けたところで三人を招待するメールを送った。

  待つこと一分程でチャイムが鳴った。

「はーい」

  玄関を開けるとほぼ同時に薫ちゃんが一言。

「お腹すきすぎて死にそうです」

「ごめんね。時間かかっちゃって」

  料理を作る以外にも、食器を段ボール箱から出したり、掃除したりで時間を費やしてしまった。

  薫ちゃんが家へ上がると、次は暦さんが入ってきた。

「むしろ謝るのはこちらですよぉ。晩御飯お世話して頂いて本当にありがとう~」

  入ってきて頭を下げながら、礼を言った。

  こうなった原因というより、切っ掛けは暦さんにあるので責任を感じているのだろう。

「お隣さんですから。それより中入ってください。外だと冷えますし、何より料理冷めちゃいますから」

「じゃあ……お言葉に甘えますね~」

  変に気遣わないでほしくて言った言葉だったが、それを察してか遠慮なく上がってくれた。

  最後に葵さんが会釈をし入ってきたのを確認し、ドアを閉めた。


「うわっ!すごっ」

  リビングに通すなり薫ちゃんの一言が、部屋中に響いた。

「うん……お姉ちゃんとは大違い…」

  さらっと酷いことを言う葵さんに対し、暦さんは分かりやすく落ち込んでいた。

「そんなに落ち込まないでくださいよ……暦さんの料理今度食べてみたいです」

『?!』

  俺が暦さんを慰めると葵さんと薫ちゃんの動きが止まった。

「え!本当に~?」

「はい」

  暦さんは復活したが、一方で二人はまるで小動物の様に怯えて見てしまっていた。

「さぁ、早く食べましょ~」

『……はい』

  暦さんが上機嫌で二人を促したが、二人とも元気がないように思えた。

  まるで、俺が雪の料理を食べる前みたいだ。

  三人が適当な席に着いたところで、簡単に料理の説明をした。

「二人からリクエスト聞いて、それプラス暦さんの好物とサラダを作りました。お口にあえばいいのですが」

  俺が話終えると、三人は息ピッタリに『いただきます』と言い、各々好物の料理を口に運んだ。

  一口食べた瞬間、三人とも固まった。

  もしかして不味かったのだろうか。

「えっと……お口にあわなかった?」

  俺が心配になって聞いてみると、初めに葵さんが口を開いた。

「逆です……美味しすぎます!」

  葵さんのテンションが上がったように思えた。

「孝太くん……いえ!孝太さん。先生と呼んでいいですか~?!」

  次いで暦さんはおかしなテンションになった。

  俺のは自炊レベルなので、二人とも大袈裟な気がする。

  最後に薫ちゃんは、一度食べるのを止め片手を挙げた。

「孝太さん、質問です!おかわりはありますか?」

「材料余ってるから作ろうと思えば作れるよ」

「ありがとうございます」

  どうやら薫ちゃんはおかわりするようだ。

  確認が済むと、食事を再開した。

  ここまで喜んで貰えると作ったかいがあった。

「お口にあって良かったです」

  嬉しくて三人が食べているのを見ていると、テーブルに置いていた俺の携帯を、葵さんが渡してくれた。

「孝太さん、携帯鳴ってますよ?」

  受け取って画面を見ると、雪の名前が表示されていた。

「え?……雪からか。ごめん。ちょっと電話してくるね」

「はい」

  一応葵さんに言い残し、席を立った。

  俺が部屋を後にするとき、まともに会話できるのは葵さんくらいだった。


  廊下に移動し、すぐ電話に出た。

「もしもし?どうした?何かトラブルか?」

『もしかして心配してくれてるの?』

「当たり前だろ…まぁその調子じゃトラブルではないだろうな」

  嬉しそうな声の調子でそうでないことは、すぐにわかった。

『実は今、こうちゃんの家の前に居ます』

「またまた冗談を……」

  急に電話をかけてきたのは、どうやら寂しかったからみたいだ。

  ここは雪の悪ふざけに乗って、ドアを開けてみた。

  ドアを開けると雪が満面の笑みを浮かべ手をふっている。

  そして反射的にドアを閉めてしまった。

『なんで閉めるの?!』

  家の外と数秒遅れた電話越しから、雪の声がダブって聞こえてきた。

「変なこと言うから幻覚見ちまっただろうが!」

『なんか微妙に会話になってないけど……でも幻覚じゃなくて本物だよ』

  電話を耳にあてていなくても、声が聞こえる以上認めるしかない。

  葵さん達のことを考えたらタイミングが悪かったが、いつまでも外に居させるわけにはいかない。

  もう一度ドアを開けた瞬間、抱き付いてきた。

「ちょっ!雪?!」

  突然のことで多少驚いたが、抱きつかれるのはいつものことなので、特に抵抗はしなかった。

「会いたかったよ~…こうちゃんの匂いだ……私だけのこうちゃん……」

  雪の発言に身の危険を感じた。

  ここまで独占欲の強い発言は久しぶりに聞いた。

「お前、ヤンデレみたいになってんぞ!一旦落ち着け!第一、俺がいなくなってまだ一日も経ってないぞ」

  なんとか離れようとするも、思いの外力が強く、すぐに諦めて、再会を喜ぶことにした。

「その一日は私にとって地獄だった……だからずっと一緒にいたい……」

  後半はよく聞き取れなかったが、雪とまた居られることが何より嬉しい。

「俺も雪が居てくれると心強いっていうか……その……」

「ねぇ……こうちゃん……」

  俺の言葉を雪が途中で遮った。

  いつしか雪の視線は俺から、俺の背後へと変わっていた。

「さっきからあそこに居る女……誰?」

「え?」

  降る向くと、廊下には気になって見にきたのか葵さんがいた。

  雪が葵さんへ向ける視線は、冷酷なものだった。

「えっと……お邪魔してます」

  暗くて雪の表情が見えない葵さんは、呑気に挨拶をしている。

  「どういうことか……説明してね。こうちゃん」

  雪の視線の先が俺に戻ると、雪の表情も笑顔に戻っていたが、その笑顔に俺は恐怖した。


  雪をリビングに通してから数十分経った。

「こうちゃん……誤解してごめんね」

  三人が横で食事をする中、一通り説明したところで雪への誤解は解けた。

  リビングに入った時点で、他に二人居ることに気づき雪の大分怒りは静められていたが、完璧に誤解を解くのには時間がかかった。

「いいって分かってくれたなら」

「それにしても相変わらずお人好しなんだから……」

  言葉とは逆に雪は頬を膨らませ、不機嫌そうだ。

  雪なりの嫉妬を表している仕草だ。

「それは褒めてる?それとも貶してる?」

「その訊き方はズルいよ……」

  からかい半分で俺が訊くと、雪の頬はますます膨れた。

  そんな俺達の様子をチラチラと見てきていた葵さんが、声をかけてきた。

「あの……イチャついているところすみません」

  もっといい会話への入り方があるだろうに、よりにもよってその入り方をされるとは思わなかった。

「そ、そ、そ、そう見えた?」

  今の今まで不機嫌そうにしていた雪だったが、その言葉を聞いた瞬間に、テンパりながらも機嫌がよくなった。

  普段は自分から抱きついたりしときながら、この様に人から指摘されたり、俺が褒めたりするとすぐ顔を赤くする。

  声に出しては言えないが、そこが雪の可愛いところでもある。

  「イチャついてないが……どうしたの?」

  正直、俺達からしたらいつもと変わらないやりとりだったので、葵さんに言われて恥ずかしかった。

  それを隠すように、雪の発言に葵さんが答える前に訊いた。

「そちらが雪さんですか?」

「そうだよ。この娘が幼馴染みの雪」

  葵さんは確認をしたかったみたいだ。

  話を聞いていれば、分かっただろうが俺からも紹介した。

「有明雪です。さっきは誤解してすみません。それとこれからよろしくお願いしますね」

  雪自身も一応名乗った後に謝っていたが、玄関で見せた雪の冷たいを通り越した冷酷な視線に、葵さんは気づいていなかったので、そこまで気にしてはいないみたいだった。

  言い終え雪が手を差し出すと、恐る恐るであったが葵さんはその手を握った。

「えっと……こちらこそ」

  葵さんは人見知り発動中だ。

  本来ならこれが葵さんの普通なのだろうが、俺の時とはかなり違った。

  緊張している葵さんの顔を眺めながら、雪が言った。

「葵ちゃんって言ったよね?なんか私に似てるね」

「え?そんな!全然ですよ!有明さん美人じゃないですか」

  葵さんは慌てて首を全力で横に振りながら否定したが、おそらく雪が言いたいのは顔の話ではないのだろう。

「葵ちゃんこそ可愛いよ。でも見た目じゃなくて、抱えているものっていうのかな?」

「抱えているもの?」

  抽象的な例えに葵さんは首を捻っているが、言い方からして雪自身も確信しているわけではない。

  だが雪も葵さんが俺達と同類で、過去に何かあったのだと直感でだが、感じたのだろう。

「ごめんね、気にしないで。こうちゃんが話せる数少ない同い年の女の子だから親近感わいちゃって……それと雪って名前で呼んで」

「わかりました……」

  話を続ければ、触れられたくない過去の話をすることになるので、雪は自ら話の流れを切った。

  葵さんは不思議そうに雪の顔を見ていたが、特にそれ以上は言わなかった。

  俺が二人の話に聞き入っていると、誰かに服の袖を引っ張られた。

「あの……ちょっといいですか?」

  背後には薫ちゃんが立っていた。

「どうしたの?薫ちゃん」

「おかわりお願いします!」

  わざわざ空いた皿まで持ってきて、お願いしてきた。

  まさかのこのタイミングで言われるとは思わなかったので、思わず笑ってしまった。

  本人以外全員が驚いている。

「了解。雪も食べるよな?」

「もちろん。お腹空いちゃったよ」

  俺の笑顔につられてか、雪も笑顔で答えた。

  その後は俺が料理を作っている間に、他の四人は自己紹介などで盛り上がっていた。

  ただ盛り上がっている中で、葵さんは少し元気がないように見えた。


  すっかり話し込んでしまい、三人が帰る頃には時刻が九時を過ぎていた。

  鍵を閉める必要もあったので、三人を玄関先で見送ることにした。

「今日は本当にありがとうございました~」

 三人を代表して暦さんから礼を言われた。

「何かあったらいつでも」

「はい。それではまた明日」

  最後に葵さんが一礼して帰っていった。

  三人の背中を見ながら、この数時間で距離は縮まったと感じる。

  三人が敷地内から出ると、ドアを閉めて鍵をかけた。

  俺はリビングに戻り、先に片付けを始めていた雪と一緒に夕食の片付けを始めた。

「ねぇ、こうちゃん」

「なんだ?」

  始めてから少し経ち、食器を洗っていると雪の方から声をかけられた。

  作業をしながらだったので、お互いに顔は見ていなかった。

「あの葵ちゃんって何か過去にあったのかな?」

  雪の言葉に一瞬手が止まったが、すぐに作業を再開した。

  やはり雪も何かあったと思ったみたいだ。

「そこは本人に聞かないとわからないけど……俺も雪と同意見だ」

  時折見せる寂しそうな顔が、頭の中に刻み込まれていた。

  特に俺と雪が話している時が多かった。

「だから、こうちゃんは助けようとしてるんだね」

「それは大袈裟だよ。ただ放っておけないだけ。雪の時と同じだよ」

  『助ける』というのは大袈裟だが、何か力になれればと思っている。

  それに葵さんとなら、俺も変われる切っ掛けを得られるかもしれいとも思っていた。

「優しすぎるよ……」

  言葉と同じで、雪は優しく言った。

  今日会ったばかりの相手にここまで肩入れするのは、久しぶりだった。

「今度は褒め言葉だな」

  俺が呟くとそこで会話は途切れた。

  けれどもそれは心地の良い沈黙だった。


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