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二話 第七章~真意~

 雪達が無事勝利できたのはよかったが、俺は現在身体が限界を迎えつつあった。

 元々、部活と生徒会で俺を取り合っていたはずなのに、違う理由で俺を取り合い始めていた。

 きっかけは雪の『誰にも渡さない』という発言から、焚き付けられた暦さん、そして萌さんが俺の腕を引っ張たり、抱きついたりで身体が悲鳴をあげている。

 萌さんに関しては発作のこともあり、精神的にも大分辛い。

 一人で脱するのは困難なので、料理対決の時同様に誰かの力を借りようと思った矢先、聞き覚えのない声が背後から聞こえた。

「あの、これって……」

 声が聞こえると共に、三人の手は止まり声の主へと振り向いた。

 これを機に然り気無く、三人の包囲から抜け出し数歩距離を置いた所で俺もその声がした方へと向いた。

 そこには初めて見る女子生徒が居た。

 声に聞き覚えがなければ、見覚えのないのも当然だ。

 ましてや転校して来たばかりの俺や雪が、自分のクラス以外の生徒を覚えている方が珍しい。

 どうしたらいいか分からない俺達の横を通り、雫さんがその生徒へ歩み寄っていった。

「茜ちゃん、時間通りだね。来てもらってゴメンね」

「いえ、お願いしたのは私の方だし」

 二人の短いやり取りで、ここにいる全員が女子生徒が理由は分かっただろう。

 時刻は五時半。

 時間としては結構遅い。

 そして勝負中に雫さんが呼びだしたとなれば、この人が来た理由は、三戦目の悩み相談のためということになる。

 おそらく、この人の悩みを解決することになるはずだ。

「それで、さっきのあの状況はいったい……」

「二年に転校してきた柏木くんを、物理的に取り合っていただけだよ」

「あ、なるほど」

 何故そんな簡単に納得できるのか謎だ。

 二人はその流れで、勝負とは関係ない現状把握のための雑談を開始した。

 だが、全員の関心は二人に向いたままだった。

 この隙に俺はゆっくりと壁側に移動した。

 誰にもバレないように、制服の内ポケットに常時忍ばせているピルケースを取り出し、その中に入っていた精神安定剤を二錠出して飲んだ。

 できれば使いたくなかったが、致し方無い。

 むしろ飲めていなかった方がリスクがあった。

 これでひと安心かと思いきや、いつの間にか薫ちゃんが俺の隣に来ていて、ジーっと見つめていた。

「孝太さん、今の何ですか?」

 よりによって、薫ちゃんに見られた。

 部活メンバーで唯一、薫ちゃんだけが俺の過去のことや発作のことを知らない。

 変に同情されたり、心配されたりしたくなかったが、何よりも話すのが辛いから話していなかった。

 なんとしても誤魔化しきらないといかない。

「何ってラムネ菓子だよ」

 俺の中でこの白い錠剤に一番、形状が近いものがそれだった。

「へぇ~。私にも一つください」

 納得はしてくれたが、今度は要求してきた。

 それも片手を出し、子どもの様な純粋な笑顔でだ。

 心が痛んだが、言うわけにはいかなかった。

「ごめん。さっきので無くなっちゃって、だから今度買い物に行った時に、また何かお菓子買ってあげるよ」

「やった。約束ですよ」

 出会った日も薫ちゃんにお菓子を買ってあげたことを思い出した。

 自分がやっといてなんだが、物に釣られるあたりが将来心配になる。

 取り敢えず、薫ちゃんを騙し通せた。

「ん?なんか薫、機嫌良くない?」

 しかしそのせいで、今度は葵さんに感づかれそうになった。

「だって、今度孝太さんがお菓子買ってくれるって」

 嬉しそうに話す薫ちゃんの姿は、まるで幼い子どもみたいだ。

「え?孝太さんが?って、いつの間に居たんですか?!」

「ハハ……さっき、こっそりとね」

 薫ちゃんの横に居た俺に、ずっと気づいていなかったようだ。

 葵さんの驚きの声で、注目がイッキにこちらへと集まった。

「あー!こうちゃん!」

「逃げられた……」

「もしかして、薫ちゃんを選んだの~?」

 主に反応していたのは取り合ってた三人だった。

 面倒なことになるのは嫌なのか、誰もが三人の発言をスルーした。

「それで、薫。薫が孝太さんに集ったんじゃないでしょうね?」

「そんなことしないよ!まぁ……孝太さんが隠れて食べてたラムネ菓子を『ちょうだい』とは言ったけど……」

「ラムネ菓子?」

 まずいことに、葵さんが不審に思い始めた。

 それは葵さんだけでなく、雪や光さんも何かを感づきかけている。

 この三人だけが俺の発作のことに加え、薬を飲んでいることも知っている。

 ここで止めたらますます怪しまれる可能性もあるので、出来るだけ成り行きを見守ることにした。

「うん。でももう無いらしいからお姉も貰えないよ」

 葵さんは『本当にラムネ菓子なのか』と訊いているのだろうが、何も知らない薫ちゃんは完全に勘違いしている。

 薫ちゃんの方はこのままでいいが、三人は未だに疑いの眼差しを俺に向けていた。

 きっと『隠れて食べてた』ということが原因のはずだ。

 正しくは『飲んでいた』だが、薫ちゃんのおかげで葵さんや光さんは確信には至っていない。

 ただ、雪だけはそろそろ気づいているだろう。

 これ以上、心配等されたくなかったので、俺から話を切り上げることにした。

「ゴメンね、葵さん。薫ちゃんの言う通りもう空で……それより雫さん。早く始めましょうよ」

 葵さんの反応も見ずに早口で事を進めた。

「そうだね。茜ちゃんも来てるし始めようか」

 始まる前に一応、確認をとっておいた。

「その人の悩みを聞くってことですか?」

「うん。三年の初瀬川茜ちゃんだよ」

 雫さんに紹介されるとともに、初瀬川先輩は一礼したので、俺も反射的に頭を下げた。

「柏木くんが訊いたように、そちらの代表には彼女の悩みを聞いて、アドバイスしてほしいの」

 雫さんの口ぶりは、ルール説明というよりはお願いしているようだった。

 そんな雫さんの言葉に、代表である俺は応えた。

「わかりました……」

「代表はやっぱり柏木くんか。でも自信なさそうな言い方だね」

 みんなが心配そうに見つめているのが分かった。

 発作のことではなく、別のことで心配をかけてしまっている。

「まぁ……今後の人生に関わることかもしれないですし、それに先輩とは初対面ですし」

「気持ちは分かるよ。下手なこと言えないもんね…でも表情はそうでもないみたいだね」

「え?」

 俺は慌てて自分の顔を触ったが、その行為事態には何の意味もない。

 桜さんなら別なのだろうが。

 でも、俺の顔つきについては心当たりはある。

「例えるなら、放っておけないって感じかな」

 まさしくその通りだ。

 雫さんの言葉を素直に認め、自分の正直な気持ちを晒すことにした。

「そうですね。俺、お節介ですから。相手が誰でも放っておけないんですよ」

「私と初めて会った時もそうだったよね。だからそんな柏木くんにも意見聞きたかったんだ」

(もしかして、雫さん……)

 三戦目にして、ようやく雫さんの真意がわかった気がした。

 それに雫さんの中では最初から三戦目には、俺が出ることが決まっていたらしい。

 雫さんの真意に気づけた俺の顔は笑っていた。

 俺の今の笑顔は雫さんと同じ様な余裕のある笑みだ。

「……分かりました。先輩の役に立てるか分かりませんが」

「柏木くんなら、そう言ってくれると思ってたよ。それで勝負内容の方だけど、柏木くんが茜ちゃんの相談にアドバイスをする。それだけだよ」

 雫さんが最後に言ったように、複雑なルールはなかった。

 ただ、このルールに葵さんは何かしらの疑問があったらしく、小さく手を挙げて発言した。

「あの、『柏木くんが』って言ってますけど、生徒会の方は誰が出るんですか?」

「実は私なんだけど、既に相談にはのってアドバイスもしてるんだよね」

 雫さんの言い回しからして、そうであることは予想できていた。

 葵さん達は驚いているが、俺にとっては答え合わせみたいなものだ。

 そして、葵さん達にもまた一つ疑問が生まれた。

「でも、それってどうやって対決するんですか?」

「だから勝利条件は、茜ちゃんにとって私がしたアドバイスと同等以上のアドバイスができたら、柏木くんの勝ちってことで」

 二人のやり取りを聞いていて改めて思ったが、雫さんは質問に対していつも即答する。

 それはまるで、次に何を言われるか分かっているかのようにだ。

 いや、雫さんには分かっている。

 何故なら、ここまで雫さんの思惑通りだからだ。

 真意に気づけた俺としては、嬉しくもあり、掌の上で踊らされていたと思うと気分が悪い。

 俺がそんなことを想っている間も、二人のやり取りは続いた。

「ちなみに、ハンデはなんですか?」

「今回は無しってことでどうかな?」

「それじゃあ、こっちには不利なんじゃ!」

 葵さんが熱くなりかけていたので、俺は落ち着かせるように葵さんの前に片手を伸ばした。

 ただし、視線は雫さんにむ向けたままでだ。

「確かに不利だ。初瀬川先輩は雫さんを頼って相談した。いうなれば信頼関係があったからこそ、相談したんだと思う。だから初対面の俺なんかの言葉を聞いてくれるか分からないしね」

「だったら、なんで止めるんですか?」

 葵さんの言い分はもっともだ。

 それにここまで俺が言ってることは、行動と矛盾している。

 俺は葵さんの疑問に答えるように続きを話した。

「俺は勝負って思ってないからかな。誰かの悩みを通して勝負するってのは失礼だしね。つまり勝負じゃないからハンデも必要ないってこと」

「葵ちゃん、こうなったら何を言っても無駄だよ」

 雪が俺の気持ちを後押ししてくれた。

 と言っても、半ば呆れているかのような言い方だった。

「雪さん……分かりました。なら私からももう何も言いません」

 葵さんの表情を見ていなかったが、俺のことを信じてくれての発言だと認識することにした。

 それと同時に葵さんの前に出していた手を下ろした。

 その様子を見ていた雫さんが、口を開いた。

「話がまとまったようだし、早速茜ちゃんの話聞いてくれるかな?」

「わかりました」

 頷き、視線を雫さんから初瀬川先輩へと変えた。

「それじゃあ、茜ちゃん。柏木くんに話してくれる?」

「うん。悪い人じゃないのは分かったし、心置き無く話せるよ」

(そんな風に思えるポイント、あっただろうか?)

 俺は多少首を捻ったが、警戒心等が無くなってくれたのなら好都合だ。

 そして、いよいよ初瀬川先輩は悩みを話し出した。

「私の相談は進路のことなの。後輩に相談するってのは変なんだけどね……」

 三年生なら進路のことを悩んでいるのは珍しいことではない。

 だが初瀬川先輩が言うように、自分の進路を年下に相談するのは珍しいことだ。

 人生経験からしても、どうしても年下だと頼りない。

 けれども、初瀬川先輩は続きを話してくれた。

「それで結構単純なんだけど、進学と就職で迷ってるのが悩み。専門学校で学びたいこともあるけど、母子家庭だから母親の負担を考えると就職の方がいいのかなって」

 世界的に男性の人口が少ない分、発達した人工受精や体外受精等の技術で子どもを授かり、父親がいないという家庭は結構ある。

 そういった家庭は国からの補助金も出るが、専門学校にかかる費用を考えると厳しいはずだ。

 だとしても、俺の答えは決まりかけている。

 決定するには最後に一つ訊いておく必要があった。

「先輩のお母さんはなんて言ってるんですか?」

「『気にしないで』って。でもそれが迷惑になっちゃうって考えると……」

 笑顔を作って話しているがぎこちがなく、大分気にしているのが分かる。

「あれ?この会話」

 声に出したのは光さんだったが、部活メンバーは全員気づいているはずだ。

 料理対決の前に俺達が話した内容と瓜二つということを。

 そして、俺が昨日母さんと話した内容とも同じだ。

 同じだったせいか、その時の記憶が甦ってきた。


  ◇


 母さんを背負い、萌さんの家を出て五分ほどが経った。

 肉体的には大丈夫なのだが、周りからの視線のせいで精神的に辛い。

 だが、歩いていると段々と人通りが少なくなってきた。

 駅前等の人が賑わう場所から離れたおかげだろう。

 街灯はあるものの星がよく見え、月明かりも眩しいくらいに感じられる。

「ねぇ、孝太」

 何の前触れもなく、突然背中で眠っていたと思っていた母さんから声をかけられた。

 強いて言うなら、人通りが少なくなったから声をかけたのだろう。

「なに?」

 俺は振り返らずに、前を見たまま返事をした。

「萌ちゃん可愛くなってたね~」

「突然なんだよ?!」

 内容が意外過ぎて、思わず振り返ってしまった。

 母さんは目を閉じたまま、ぐったりと寄り添いながら喋っていた。

 俺が驚いていることなど気づかずに、話を続けた。

「昔はあんなに小さかったのにねー?」

 酔っ払い特有の昔話だと思い、流しつつあったが話は意外な方向に変わった。

「昔一度だけ会った女の子との運命の再開ってところかなー」

 雫さんや萌さんに続いて、母さんまで言うとは予想外だ。

 だけど、俺には運命とは思えなかった。

「萌さんにとっては、そうだけど。俺からしたら、薬の実験のために母さん達が意図的に再会させたって思ってるけど」

「女の子はね~ロマンチストなの」

(『女の子』って、自分は該当しないだろ)

 声に出したら、何をされるか分からなかったので黙っておくことにした。

 それに、俺の考えを母さんは否定しないということは、真実なのだろう。

「孝太にとっての運命の相手は誰なんだろうねー?雪ちゃん?それとも他の娘?」

「なっ!」

 運命の相手というものが、そのまま好きな人になるのかは分からないが、運命の出会いというのは俺にも確かにある。

 だが母親とそういった話をしたくなかったので、話題を変えるために、普段言えてなかったことを口にした。

「う、運命かどうかはともかく、薬のことで迷惑かけてごめん」

 口にしてみると案外照れくさく、俺の顔はきっと赤くなってるだろう。

「それはお互い様だから言い合うのは、なしだよ~」

 母さんはそんな俺の気持ちをあっさりと一蹴した。

「でも……」

「孝太はもっと自分に自信持ちなさい。その調子だと雪ちゃん達にも同じこと思ってるんじゃない?」

「それは……」

 さっきまでの酔いが嘘みたいに、説教までとは言わないが真面目なことを口にしだした。

 そんな母さんの言葉を否定することはできなかった。

「私だってこうして孝太に運ばれて迷惑かけてるんだから、きっと雪ちゃん達も同じ様に迷惑かけてるって思ってるはずだよ」

「そうなのかな?」

 あくまで人の気持ちなので自覚はないが、それでも心持ちは軽くなった気がした。

「そうだよ。それに私や雅とか親の立場からしたら、子どもの我が儘やお願いは可愛いものなんだよ」

 親の立場というものに実感は湧かないが、母さんは嬉しそうに話す。

「だから、遠慮とかはしないでね。孝太の場合はもっと素直になっての方が正しいかな」

「……わかった」

 母さんが言ってたように、今までなるべく迷惑をかけないようにとしていたのは事実だ。

 それがバレていたのは、カッコ悪すぎる。

 でも流石母親だ。

 少し嬉しくなり、もう一度母さんを見ようと振り向くと、スヤスヤと寝息を立てていた。

「はぁ……まったく」

 言葉とは裏腹に表情は笑っていた。

 前を向いて歩き出そうとした時、肩にのっていたはずの母さんの腕が俺の首を絞めた。

「ちょっ!……緩めて!」

 苦しみながらも力ずくで、母さんの腕をほどいた。

 咳き込んでいる俺に母さんはお構い無しに言い放ってきた。

「お姫様抱っこ!」

 話に夢中で気がつかなかったが、いつの間にか『お姫様抱っこする』ことを母さんと約束していた場所に着いていた。

 あわよくば忘れていてほしかったが、しっかり覚えていた。

 それに加え、寝ていたはずなのに、このことのためだけに目を覚ました。

「はいはい」

 渋々返事をし、背負っていた母さんを一度降ろし、持ち上げた。

 母さんは満足そうな笑み浮かべ、俺の首に腕を回した。

 家に着くまで解放してはくれなそうだ。

 俺は諦めて、止まっていた足を前に運んだ。

「それにしても、首を絞める必要はなかったんじゃ……」

「ああでもしなきゃ、背負ったまま帰ったでしょ」

 笑顔のまま答える母さんに、恐怖のあまり目を逸らすことしかできなかった。

 母さんには俺の考えることは、完全に読まれているみたいだ。

 実際、俺でなても同じことを考えたはずだ。

 人通りが少ないとはいえ、他に人がいないわけではない。

 またしても注目が集まり始めた。

「…母さん、やっぱりやめないか?」

「これくらいの我が儘、聞いてくれなきゃ!息子なんだから」

  『遠慮するな』っていうのを、俺は子どもの権利だとばかり、思っていた。

 母さんが都合よく変えたのかもしれないが。

  棄てて帰ろうかとも思ったが、やったらやったで後が怖いので諦めて、なるべく急いで帰ることにした。

 俺が諦めたのが分かると、母さんはまた安らかな寝息を立て始めた。

 泣きそうになりながらも、空を見上げ誤魔化しながら家路を進んだ。


  ◇


 最後は余計な記憶まで甦ってきたが、立場こそ違うが初瀬川先輩の悩みと一致した。

 それに家族仲も悪くないみたいだし、答えは決まった。

 昨日の母さんの言葉に加えて、俺個人の考えを述べることにした。

「初瀬川先輩。先輩は迷わず進学するべきです」

「君も、雫と同じ答えなんだね」

 雫さんを見ると、雫さんは俺に対し頷いてくれた。

「雫さんはなんて?」

 俺の問いに対して、口を開いたのは初瀬川先輩の方だった。

「『親が許してくれてるんだったら、やりたいことをやった方が絶体にいい』って。君も理由は同じ?」

「似てはいますけど、全く同じではないですかね」

 初瀬川先輩の質問に対して、考えることなく返答した。

 横目で見えた感じだと、俺の答えに雫さんは期待の眼差しを送っているのが分かった。

 相談内容が『進路について』と言っていたので、雫さんのアドバイスは百点だ。

 だが俺には初瀬川先輩が求めているのは、それだけではないと分かっている。

 きっと雫さんも分かってはいるはずだ。

 ただ、それが何かは分かっていないのだろう。

「それじゃあ、君はなんで進学を勧めてくれるの?」

「初瀬川先輩がやりたいことをやった方がいいってのは、雫さんと変わりません」

「他にも理由はあるんだよね?」

 訊いていたのは雫さんだった。

 初瀬川先輩も俺から目を離さずに聞いてくれている。

「実は昨日母さんに『親からしたら、子どもの我が儘やお願いは可愛いものだから、遠慮するな』って言われたんです。それに加えて『迷惑かけてるのはお互い様だから、気にするな』っても」

「……」

 声を発しはしなかったが、初瀬川先輩が本当に聞きたかったことだということは、真剣な目を見たら一目瞭然だ。

「初瀬川先輩のお母さんは『気にしないでやりたいことをやっていい』って言うような、娘想いの母親ですから。きっと同じ様に、そう思ってるはずですよ」

「本当に?」

 不安そうに訊ねてくる初瀬川先輩に、俺は自信を持って応えた。

「はい。だって大切な人に頼られることを……」

「迷惑だって思うわけない……でしょ?」

 雫さんは言葉の最後を奪い、俺に同意を求めてきた。

 目を丸くしている俺に対し、雫さんはさらに続けた。

「料理対決の時も同じこと言ってたから、すぐに分かったよ。それに、茜ちゃんが求めていたアドバイスも……」

 雫さんは清々しい笑顔を見せてくれた。

 だがそれは一瞬のことで、雫さんは隣にいる初瀬川先輩の方を向いたときには、その顔は先ほどとは正反対に曇っていた。

「茜ちゃん、ごめん!茜ちゃんの本当の悩みに気がつけなくて」

「え?いや、気にしないで、雫……むしろ気づける方が凄いんだよ」

 雫さんの突然の謝罪にたじろぐ初瀬川先輩だったが、慌てながらも雫さんを慰めている。

 今まで雫さんの表情は笑顔しか見ていなかったので、初めて本当の顔が見れた気がした。

「それに、雫はちゃんと向き合って相談のってくれたんだから、私としては感謝してるよ。それから……」

 そう言って、初瀬川先輩は体ごと俺へと向いた。

「君にも感謝してる。おかげで私も答えがでそうだよ」

「力になれたなら、幸いです」

 真っ直ぐに礼を言われ、照れてしまい視線を逸らしてしまった。

「照れちゃって、可愛いね」

 気がつくと、俺は初瀬川先輩に頭を撫でられていた。

『あー!』

 背後で雪達が絶叫する声が聞こえたが、構わず初瀬川先輩は撫で続ける。

 俺自身、何年も頭を撫でられるということが無かったうえ、年齢的にも凄く恥ずかしくなった。

「せ、先輩!やめてください!」

 慌ててその手をどかしたが、恥ずかしすぎてまともに前を見れない。

「雫、この子可愛すぎ」

「もう、そのへんにしてあげてちょうだい」

「雫が言うなら……」

 また勢いよく襲いかかって来そうだったが、雫さんの制止で阻止された。

 雫さんが、助けてくれるのは少し意外だ。

 当の本人は物足りなさそうな様子だった。

 光さんに抱きしめられている葵さんの気持ちが、よくわかった気がする。

「雫さん、ありがとうございます……」

「茜ちゃんに気に入られちゃったみたいだね。でも変なことはされないから大丈夫だよ」

 つまり、今後俺はまた変な可愛がられ方をされる、ということだろう。

 少し耐性をつけたり、雪達を宥めたりしなくてはいけなさそうだ。

「そうそう。友達にも君の可愛さを宣伝しとくよ」

 賛同する初瀬川先輩の言葉を聞いて、事態はより深刻になりそうだと悟った。

 そのことを諦め、一つ初瀬川先輩に言っておきたいたいことがあった。

「その……初瀬川先輩。俺の名前は柏木孝太です。自己紹介まだでしたし、俺のこと『君』って呼んでるのが気になって」

 本人がその方が呼びやすいのなら、それでいいが、初対面なので名前を知らない可能性が大きかったため、一応名乗っておいた。

 まだ照れが残っていて、視線をまともに合わせられなかったが、なんとか伝えられた。

「柏木くんって、天然なのかな」

「え?」

 雫さんは苦笑いで俺を見ていて、周りのみんなも呆れてしまっているといった表情だ。

 みんながそんな顔をしてしまっている理由はすぐに分かった。

「お姉さん、キュン死にしそうだよ!男の子なのに、柏木くんは可愛いなぁ!我慢するのが辛いよぉ……」

 名前を呼んでくれたことに関してはよかったが、手を胸の前で合わせ、くねくねと体を左右に動かし身悶えている。

 別に変な発言はしてなかったので、みんなが見ていたのは俺ではなく初瀬川先輩だったのだろう。

 さすがにここまで好意を持たれるとは、思っていなかった。

「決めた!我慢するのも辛いし、早く帰ってお母さんと話し合いたいから、私はこれで失礼するね」

 なんとか難を逃れられそうだ。

 雫さんは『もう帰っちゃうの?』と名残惜しそうにしていたが、肯定してそのままドアの方へと向かった。

「今日は、ありがとう。柏木くん、また可愛がってあげるね!バイバーイ」

 そう言い残し、初瀬川先輩は手を振りながら軽やかな足取りで、生徒会室を後にした。


 最初はそれほどではなかったが、後半キャラの濃さを発揮した初瀬川先輩が居なくなったことで、室内は静かになった。

 誰も口を開こうとしないのは、次に話す内容が創部できるかできないかの結果発表だからだ。

 誰も話さないのならと思い、俺が口を開いた。

「雫さん。俺のアドバイスは同等以上だったんですかね?」

 本来ならこの質問は初瀬川先輩に訊くべきことだ。

 だが、質問する前に帰ってしまったので、同じく相談にのった雫さんにしか訊けなかった。

 雫さんは俺の質問に目を瞑り、答えた。

「……うん。でなきゃ、茜ちゃんがあんなに嬉しそうにして帰っていかないよ」

「それじゃ……」

「創部を認めるよ」

 実際、言葉にして言われると胸が高鳴った。

 雫さんはそれだけ言うと、自分の席にしまっていた俺達の申請書を取りだし、承認の印を押した。

 その行為が何よりも自分達にとって、部活ができたと実感させた。

 一方で生徒会メンバーは明らかに落ち込んでいる。

 その瞬間、俺の胸に誰かが飛びついてきた。

 顔を見るとそれは意外にも葵さんだった。

「葵ちゃん?!」

 雪も完全に抱きついてくる気満々の体制だったが、それよりも速く葵さんが俺に抱きついていた。

 葵さんは目尻の方から涙を浮かべながら、葵さんなりに強く抱きしめている。

「孝太さん……ありがとうございます」

 一言お礼を言うと、葵さんは俺の体に顔を埋めてしまった。

 だが、それも長くは続かない。

「葵ちゃん。そろそら放れようか?」

「葵ばかり、ズルいもんね」

 雪と光さんが、強引に葵さんを俺から引き離した。

 葵さんは力が無い方なので、いとも簡単に引き離された。

  『孝太さぁん』と悲しそうな声を出していたが、俺も異性に抱きつかれるのは照れるので、助けには行けなかった。

「じゃあ、代わりに私が~」

「暦姉が抱きつく意味が分からないよ」

 隙を見て暦さんまで抱きつこうとしていたが、薫ちゃんはそれを阻止してくれていた。

 雪が抱きついて身動きがとれなくなる前に、やりたいことがあった。

「雫さん」

「ん?なに?」

 俺は遠くから様子を見守っていた雫さんを呼んだ。

「二人だけで話したいことがあるんです。少しいいですか?」

 雫さんは一度目を見張ったが、すぐに返事をしてくれた。

「うん。いいよ」

 当然、葵さん達や他の生徒会のメンバーも驚いている。

「孝太さん?」

「対した用事じゃないから、心配しないで。なんなら先に帰っててもいいから」

「え?」

 あくまで、個人的なことだったのでみんなを付き合わせるのは申し訳なかった。

 喜ぶのは後からでもできるので、最初にこちらの用事を片付けておきたかった。

「雫さん。ついてきてください」

「うん」

 みんなは疑問を抱えたままだが、後から説明すればいいと思い、雫さんと二人で生徒会室を出た。

「何処に行くの?」

「屋上です」

 ポケットに入ってた屋上の鍵を雫さんに見せながら、答えた。

 確実に二人きりになれる場所が、転校してきたばかりの俺には屋上しか思い付かなかった。

 それ以降、雫さんは特に質問はしなかった。

 生徒会室から、屋上までは距離も離れてなくすぐにたどり着いた。


 屋上からは小林先生と見た夕暮れの景色が、同じ様に見えていた。

 俺がドアを開けると、雫さんが先に入った。

「それで、用事って何?まさか告白してくれるの?」

 屋上へ着くなり、落下防止の柵へ向かって走りながら言った。

 俺は歩いて雫さんの後を追いながら答えた。

「残念ながら、違いますよ。雫さんの本意について確かめたかったんです」

「本意?」

 告白じゃないと分かると、残念そうな表情で聞き返してきた。

「はい。初めから雫さんは、創部を認めてたんですよね?というより今回の勝負自体、初瀬川先輩の悩みを解決するためのものだったんじゃ、ないんですか?」

「なんで、そう思うの?」

 白々しく根拠となる理由を求めてきたが、半ば認めているようなものだ。

「三本勝負なのに時間指定して初瀬川先輩を呼んでいたからですかね。それに俺のアドバイスを初瀬川先輩と同じくらい真剣に聞いてましたし」

「……はぁ」

 俺が言い終えると、雫さんは嘆息をつきながら半回転した。

 屋上に来てからようやく、雫さんと正面から向き合う形になった。

「やっぱり、柏木くんには気づかれてたか……」

 落ち込んでいるわけではなさそうだが、夕焼けのせいかそう見えなくもない。

「この案を思い付いたのは、昨日柏木くんが生徒会のメンバーと会話している時なんだ。『相手の気持ちが良く分かるんだなぁ』って思ったのがきっかけ」

 認めた雫さんは、頼まずとも経緯を話してくれた。

「気持ちがわかるって言われても……女心とかは全然」

「それも見てて思ったよ」

 持ち上げといて、落とされた気分だ。

 自分から言った以上、文句は言えない。

「でも、料理対決の時の柏木くんを見た時は、私の目に狂いはなかったって思えた」

 そういえばあの時、俺がみんなと話した後に雫さんの反応が遅れる場面があったが、この事を考えていたらしい。

「そして案の定、的確なアドバイスをした……改めてお礼を言うよ。ありがとう」

「役に立てたなら良かったです」

 利用されたことに怒ってもいなかったので、俺は笑顔で応えた。

 一区切りつき、何個か訊きたいことも残っていたのでそれらのことを訊ねた。

「でも、もし途中で俺らが負けたらどうしたんです?」

「柏木くん、分かってて訊くのはなしだよ」

 確かに答え合わせのために訊いたので、それ以上は言えなかった。

 ルール変更なんて雫さんからしたら、簡単にできるので、負けても『最後に勝てばオッケー』等と言えば、初瀬川先輩の相談まで持っていける。

 おそらく、これが正解なのだろう。

「なら、別な質問にします。どうして初瀬川先輩の悩みに対して、そこまで真剣だったんです?」

 一瞬躊躇ったが、素直に答えてくれた。

「……数日前に相談受けたんだけど、茜ちゃんの満足するアドバイスをできなかったのをずっと悩んでたの……頼ってくれたのに力になれなかったことが申し訳なくて」

 雫さんの気持ちは痛いほど分かる。

 自分のことのように、雫さんの話に聞き入っていた。

「結局は柏木くんと同じでお節介なんだよ」

「結構、似てますね俺達」

 俺がここまで雫さんの気持ちや考えが分かったのは、似ていたからかもしれない。

「付き合ったら上手くいくんじゃない?」

 真面目な話をしていたのに、ここにきて雫さんが冗談を言い始めた。

 仕方なく、俺も悪ノリで返した。

「そうですね。きっといいカップルになるんじゃないですか」

「っ!……え、えっと……」

 みるみるうちに雫さんの顔は赤くなり、終いには俯いてしまった。

 雪と同じく不意打ちに弱いみたいたが、そういった反応されるとこちらも戸惑ってしまう。

 空気を変えるために、最後に訊きたかったことを訊いた。

「そういえば、他の生徒会のメンバーは、今回のこと知ってるんですか?」

「……実はね、私が個人的にやったことだから、みんな本気で柏木くんを狙ってたの……もちろん、私も柏木くんのこと本気だよ?」

「は、はぁ」

 見る人が見れば誤解される会話になってしまった。

 念のため辺りを確認してみると、閉めたはずの屋上のドアが僅かに開いているのが確認できた。

 それにその隙間から覗く、何人かの顔も確認できる。

「みんなには悪いことしたなぁ……後で謝らないと」

 雫さんが気を落とすなか、慰めを込みで覗き見されていることを報告した。

「もしかしたら伝わってるかもしれませんよ。雫さんの気持ち」

「え?」

 俺は半笑いで目線で、ドアの方を指した。

 つられて雫さんもドアを見て、見られていたことに気づいた。

「あ……もしかして聞かれてたのかな?」

 雫さんは恥ずかしそうに言った。

「どうでしょうね?」

 少し距離もあったので、聞かれているという確証はなかった。

 俺も曖昧な返事をすることしかできない。

 俺がもう一度ドアの方を振り向いた瞬間、雫さんが初めて抱きついてきた。

「雫さん?」

 突然のことで困惑していると、雫さんが大きく息を吸った。

「嬉しい!!柏木くん、私も大好き!!」

 溜め込んだ空気を大声と共に吐き出した。

 雫さんがこんなことした理由は、すぐにピント来た。

 隠れているみんなを、誘き出すためだ。

『私も?!』

 予想通り、簡単に姿を現した。

 部活メンバーに暦さん、生徒会メンバー全員が出てきた。

 気になってついてきていたみたいだ。

 しかし雪を始め、不機嫌な人が明らかに多い。

「雫さん、そろそろ放れてください。殺されます」

「私だって柏木くんを独り占めしたいもん」

 顔を赤くしながらも、俺から離れようとはしなかった。

 覗き見されてたのが、よっぽど嫌だったのだろう。

 対抗心剥き出しなのがよくわかる。

 どうこうしている間に俺達の元にみんなが到着した。

「孝太さん、ど、どういうことですか?!」

「酷いよ!柏木くん」

 葵さんと光さんは二人揃って、泣きそうになっている。

「こうちゃん、そんな女に取り憑かれて可哀想……今助けてあげるからね」

「私の孝太くんを、後輩の雫ちゃんには渡さないよ~」

 そして雪だけでなく暦さんまでもがヤンデレモードになっていた。

「会長、私の運命の相手に手を出さないでください」

「会長さんでもやってダメなこともあるです」

 生徒会メンバーも負けず劣らず、炸裂している。

 萌さんの気持ちは分かるが、湖上さんまでムキになるとは思わなかった。

「孝太さん、頑張ってください」

「ま、自業自得だな」

 薫ちゃんと山吹先輩は笑いながら傍観している。

 頑張ってどうにかなる状況かも危ういし、自業自得では絶対にないと思う。

「……それより孝太。本の話しよ?」

 俺の制服の二の腕部分を引っ張りながら、一文字先輩はお願いしてきた。

 いくらなんでもマイペースすぎる。

 もう少し現状を把握してほしい。

 そして、全員の誤解を解いたり、怒りを鎮めたりするのに一時間以上要した。


 こうして、無事とは言わないが、夕陽が射し込む教室でした一人の少女との約束は、沈む夕日と共に果たした。

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