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二話 第六章~運命~ 雪vision

 一戦目の料理対決を終えた私たちは、次の対決のため再び生徒会へ戻ってきていた。

 室内にいるのは、私たち五人と生徒会役員の五人に加えて暦さんがいる。

 当初は料理対決が終わり帰る予定だったのだが、『続きが気になる~』ということで残っている。

 私としては、こうちゃんに『あーん』するという、罪を犯している人間を放置していることに異を唱えたいところだ。

 しかし、問題は他にも色々とあり、その件を後回しにしなければならない。

 一つ目は先程の勝負の後に起こったことだ。


 ◇


「ちょっと、みんな離れて!」

 勝負に勝てた嬉しさから、私はこうちゃんに抱きついた。

 それに続き、暦さんと何故か薫ちゃんまでもがこうちゃんに抱きつている状態だ。

 こうちゃんの声は勿論聞こえているが、『もう少しだけ』という気持ちが勝り、なかなか離れられない。

 実際に勝負した、こうちゃんよりも私の方が喜んでいるのは変な話かもしれないが、それは審査した暦さんも同様だ。

 特に今日は先程の『あーん』といい、近づきすぎだ。

 その反面、薫ちゃんはノリでやっているので、嫉妬などはしない。

 だけど、こうちゃんを抱きしめる力は強くなっていく。

「小田切先生!助けて……」

 私たちが離れないと判断し、こうちゃんは小田切先生に助けを求めた。

 この中で一番まともなのは、確かに小田切先生で違いない。

「は、はい」

 小田切先生はこうちゃんの助けに慌てて返事をし、こうちゃんの必死に伸ばす手を引っ張った。

 意外にも力が強く、思わず放してしまった。

「うおっ」

「きゃっ!」

 勢いのあまり、こうちゃんが吹っ飛び、小田切先生は倒れた。

 その体勢はまるで、こうちゃんが小田切先生を押し倒している様だった。

 それに加え、覆い被さる二人を上から見たらキスしていると錯覚してしまいそうになる。

 二人の距離が近い原因は、こうちゃんが倒れる瞬間に小田切先生の後頭部を守るように片手でカバーしたからだ。

 そのせいで小田切先生の顔はみるみる赤くなっていく。

「か、柏木くん……その……私、初めてで……だから、その……」

(先生?!)

 完全に小田切先生の乙女の部分を引き出すスイッチが、入ってしまった。

 というより、一線を越えようとしているように見える。

 それに言い方からして、事故ではなく、こうちゃんが押し倒してきたと勘違いしている。

 このご時世、教師と生徒がそういう関係になるのは珍しくないし、法的にも認められている。

 とはいえ、私は認めない。

 急いでこうちゃんを救出しようとすると、こうちゃんが起き上がった。

「あ、すみません。すぐ離れます」

「……え」

 目を瞑って、キスされるのを待ち望んでいた小田切先生は、こうちゃんの言葉で呆気にとられている。

 ここにきて、こうちゃんの鈍感が発動した。

 私は思わず親指を立て、グッドサインを送っていた。

 よく見れば、暦さんも私と同じようにしている。

 そんな私たちには気づかず、こうちゃんは何食わぬ顔で立ち上がりながら小田切先生のことも優しく起こしてあげていた。

「助けてくれて、ありがとうございます。怪我とかはないですか?」

「え、えぇ大丈夫よ」

 必死に誤魔化そうとしているが、誰も騙されていない。

「よかったです」

 いや、こうちゃんは騙されている。

 正確にいえば、その前の言葉の意図が分かっていないので仕方がない。

「そ、それじゃあ、仕事が残ってるから、私は失礼します」

 そして逃げるように、小田切先生は去っていった。

 しかし、あの小田切先生があそこまで取り乱してしまうとは思わなかった。

 今までのイメージからして、教師と生徒という一線をしっかり引いている人だと思っていた。

 もしかしたら、私の知らない所でこうちゃんと何かあったのではないだろうか。

「雪さん、どうしました?難しい顔して」

「え?いや、何でもないよ」

 近くに居た薫ちゃんが心配して、訊ねてくれた。

 よく顔に出やすいと言われるが、その通りだと思う。

 今だって無意識のうちにでていた。

「そうですか」

 これ以上、特に話題も広がらず、ふと聞こえてきた生徒会の会話に耳を傾けた。

 それはこうちゃんも含め、部活メンバー全員がだ。


「会長さん、ごめんなさいです。負けちゃったです」

「気にしないで、空ちゃん。まだ勝負は残ってるんだから……」

 湖上さんの間宮会長に謝る表情は、やはり浮かないものだった。

 申し訳ない気持ちもあるのだろうが、得意分野で負けて落ち込んでいる方が強く感じられる。

「気にするなよ。アタシだって、上手くできなかったところもあるんだ」

「そうだよ。別に湖上だけのせいじゃないって」

「……はい」

 一緒に料理対決に出た、山吹先輩と西口さんも慰めているが、まるで耳に届いてない。

 他の生徒会役員もどうやって慰めようか、困っている。

 さっきまで勝てて喜んでいたが、あんな顔されると喜びづらい。

 そんな中、動いたのはやはりこうちゃんだった。

 こうちゃんは湖上さんに近づいて、声をかけた。

「湖上さん……気休めになるかも、分からないけどさ……勝負に勝ったのは俺達だけど、純粋な料理の上手さだったら湖上さんの圧勝だよ」

「でも、負けは負けです」

 こうちゃんにあそこまで気を遣わせているのに、湖上さんは俯いて落ち込んだままだ。

 私としては、こうちゃんの発作のこともあるので今すぐに止めさせたい。

 自分では気づいてないだろうが、こうちゃんは同い年の娘と話していて発作が起こりそうになると、確認のためにか片手で胸を押さえる癖がある。

 そしてそれを今、こうちゃんはしている。

 それでもこうちゃんは続けていた。

「……ごめん。変に慰めようとして。湖上さんには自信を持ってほしかったんだよ」

 こうちゃんが謝ったのは予想外だったのだろう。

 湖上さんは俯かせていた顔を上げた。

 こういう時、自分の本音を言うこうちゃんだからこそ、こうやって惹かれるのかもしれない。

「湖上さん達の料理食べたとき、凄い美味くてビックリしたし、毎日食べたいって思った」

「毎日です?」

 湖上さんがこうちゃんの言葉に食いついたが、嫌な予感しかしなかった。

「うん。きっと将来、いいお嫁さんになると思うよ?」

 嫌な予感というのは、いつも当たるものだ。

 このタイミングでのその言葉は、湖上さんにプロポーズしていると、受け取られる。

 案の定、湖上さんは暗かった表情を一変させ、目を輝かせながらこうちゃんを見つめている。

 そのこうちゃんは、湖上さんの視線に気づくとホッと胸を撫で下ろして微笑んだ。

「少しは、元気出してくれたみたいで良かったよ」

「はいです!良いお嫁さんになれるように、頑張るです」

「え?あ、うん」

 二人の会話は噛み合ってそうで、噛み合ってなかった。

 この場合、反応として正しいのは私から見ても、湖上さんだと思う。

 昨晩の説教がほとんど役に立っていなくて残念だ。

 葵さんたちも、何とも言えない顔で見ている。

 一方で生徒会とのやり取りは続いていた。

「柏木、あんた凄いな」

「何がですか?」

「まさか、自分を餌に湖上の機嫌とるなんて」

「え?」

 山吹先輩との会話で、改めてこうちゃんがずれていることが証明された。

「空ちゃん。柏木くんは、私の運命の人だよ!」

「会長、違います。私のです」

 そして今度は間宮会長と西口さんが、こうちゃん争奪戦を勝手に始めた。

 それに気づき、こうちゃんも止めにかかった。

「ちょっと、二人とも喧嘩しないでください」

『はーい』

 二人ともこうちゃんの言うことを素直に聞いている。

 そんな光景に私は少なからず嫉妬していた。

 まるでこうちゃんが、生徒会に入った時の光景を見せつけられている様だったからだ。

 自分の居場所を取られたと錯覚してしまいそうになる。

 拳を強く握ってしまっているのが、よく分かる。

 耐えきれずに、私は割って入った。

「あの!早く次やりませんか?」

「……雪?」

 口調が少し強くなってしまったが、長年一緒にいるこうちゃん以外は特に気づいていない。

「そうだったね。それじゃあ、生徒会室に移動しようか」

 間宮会長が楽しそうに話を進めていることに対しても、苛立ちが積み重なる。

 挑発に見えて仕方ない。

 間宮会長は移動前に榊先輩の元へと向かった。

「結ちゃん、ありがとね」

「いえいえ」

 礼を言い終えると、次は私の近くにいる暦さんの元へ来た。

「牧瀬元会長も今日はありがとうございました」

「もしかして、私ってこれで終わり~?」

 お礼を言う間宮会長に対して、暦さんもどこか不満そうだ。

「そうですけど」

「え~!続きが気になるよ~」

 一見、子どもが甘えている様だが、暦さんのこの発言はもしかしたら、建前なのかもしれない。

 こうちゃんのことをしっかりと見ておくための。

「なら、最後まで見ていきます?」

「そうするよ~」

 私としては、先程の『あーん』の件があるので帰ってほしかった。

 だが、それよりも生徒会の方が気になる。

 注意深く見ていたが、それ以降は礼を言っていただけで『お邪魔しました』と雫さんが言い、その後に続いて他の役員も退室していった。

 それを確認すると、葵ちゃんが口を開いた。

「私たちも行きますか」

 葵ちゃんの言葉に従い、部屋から出ようとした時に後ろからこうちゃんに話しかけられた。

「みんな、先に行っててくれ。ちょっとトイレに行ってくるから」

「わかりました」

 葵ちゃんたちは疑いもしないまま、こうちゃんを置いて先に行った。

 湖上さんとの会話中の異変に気づいていた私は、心配になりこうちゃんに訊ねた。

「ねぇ、こうちゃん。もしかして、さっき……」

「気にしすぎだよ。雪も先に行ってていいから 」

 私が心配しているのに気づき、こうちゃんは笑顔で言ってくれたが、私はこうちゃんの些細な異変も見逃さない。

 呼吸がいつもより早く、汗が一滴頬を伝って垂れたのが見えた。

「こうちゃん、来て!」

「え?雪?」

 我慢できずに私はこうちゃんの腕を引き、家庭科室から出た。


 真っ直ぐ生徒会室には向かわずに、一度途中にあるこうちゃんの教室へと入った。

 私のクラスでもよかったが人が残っていたので、無人のこうちゃん達のクラスにした。

 発作のことを隠しているからこそ、人目に触れられたくなかった。

「……雪……ごめん。迷惑かけて」

 教室に入ってすぐ、こうちゃんが言った。

 説明しないで連れてきたが、私が連れてきた理由には気づいていたみたいだ。

 私は振り返り、こうちゃんと向き合った。

「さっきこうちゃん、それは言い合うの無しだって言ってたよね?」

「そうだったな……」

 互いに重い空気にはしたくなかったので、声の調子はいつもと変わらない。

「なら言い直すよ。雪、ありがとう」

「うん!」

 嬉しさのあまり力強い返事をした。

 面と向かってこうちゃんにお礼を言われると、やはり嬉しい。

「それにしても、よく気づいたな。バレない自信あったんだけど」

「私にはお見通しだよ」

「ハハ……そっか」

 これは私の決まり文句みたいなものだ。

 こうちゃんも、笑って納得してくれている。

「さてと、そろそろ行きますか」

「え?もう大丈夫なの?」

 ここに来てまだ一分ほどしか、時間が経っていなかった。

 そのため、こうちゃんの発言には驚いた。

「みんなを待たせるわけにもいかないし。それに、雪と話してたら大分楽になったから」

「うぅ……」

 笑顔で言うこうちゃんに、私は照れることしかできなかった。

 そんなこと言われたら、私が何も言えなくなるのはこうちゃんだって知っているはずだ。

 私としては、もう少し二人きりで居たかったが、こうちゃんの体調が回復したとなるとそうもいかない。

「ほら、行くぞ」

 今度はこうちゃんが私の手を引いてくれた。

 本当はまだ発作が治まっていないのは、何となくだが気づいてはいた。

 それでもこうちゃんと手を繋いでいる嬉しさが顔に出て、にやけてしまっているだろう。

 先を急ぎ、前しか見ていないこうちゃんは私の表情に気づくことなく、そのまま生徒会室へと向かった。


 ◇


 そして、今に至る。

 問題の一つ目は、こうちゃんの発作だ。

 そんな簡単に治まったらこうちゃんだって苦労しない。

 だけど、こうちゃんは笑顔を振り撒いている。

 それは葵ちゃんたちに対してもだが、生徒会に対してもだ。

 問題の二つ目は個人的なものになってしまうが、こうちゃんに好意を寄せている娘が多いことだ。

 料理対決が終わって改めて感じたが、うかうかしてると取られてしまいそうな勢いになっている。

 今もこうちゃんを囲んで、こうちゃんの取り合いが勃発していた。

 私としても、その光景をただ黙って見ているわけにはいかない。

「いい加減にしてください。こうちゃんから離れてください」

 少し強引にま間宮会長たちから、こうちゃんを引き離した。

 発作のこともあるが、嫉妬もある。

「なら、早く決着つけて生徒会に入れないとね」

 間宮会長はわざとらしくこうちゃんにウインクしながら言った。

 今度のは間違いなく挑発だと分かった。

「ということで、早速二戦目始めるよ」

 それが合図だったかのように、間宮会長以外の生徒会メンバーが生徒会室の机と椅子を移動し始めた。

 机を横に三つ並べ、それに向かい合う形で同じように三つ並べられた。

 そして並べ終えると間宮会長が話し出した。

「二戦目は、私たちがよくやるゲームの『禁止ワード』だよ。牧瀬元会長からルールは聞いてる?」

「大体は聞いてます」

 代表して答えたのは葵ちゃんだった。

 人見知りなのに、今回の件では頑張って強気にでている。

 それほど葵ちゃんもこうちゃんを取られたくないなのだろう。

「そう。だったら今回の特別ルールを説明するね」

 そう言って間宮会長は棚の中から、小さめのホワイトボードとペンのセットを六つ取り出した。

「はい。これ」

 間宮会長は半分の三セットを葵ちゃんに渡した。

 葵ちゃんは受け取ったものの、首を捻っている。

「いつもは個人戦だけど今回は三対三のチーム戦ということで、さっき渡したホワイトボードには、それぞれ禁止にしたい単語を相談して書いてちょうだい」

(だから三枚か……)

 最初渡された時は意味が分からなかったが、理由を聞けば当たり前のものだった。

 ただ『いつもは』と言われても、こちら側からしたらピンとはこない。

「あ、でも相談するのは出場する三人でね」

 そこは、説明されなくても承知していた。

 でなければ、三人でやる意味がなくなる。

「書き終えたら、出場しない二人に預けて。その二人には判定もしてもらうから」

 ここまで聞いて特に疑問に思うことはなかったが、こうちゃんが目を瞑って何か考えているのを横目で確認できた。

「どうしたの?こうちゃん」

「昨日暦さんからのメールで教えられたルールと照らし合わせて、確認していただけだよ」

「それで、何か不審な点はあったかな?」

 私たちの話をちゃっかり聞いていた間宮会長が、こうちゃんへ訊いてきた。

 小声で話していたつもりだったのに、聞こえているとは思わなかった。

「そうですね……俺が聞いたのだと、自分の禁止されている単語は自分だけ知らないっていうルールでしたけど、今回も同じなんですか?」

「いいところに気づいたね。実はそれこそハンデに関係してるんだよ」

 こうちゃんの目付きが変わった。

 まだ発作を抑えるので大変なはずなのに、聞き漏らさないようにしている。

 せめて私もこうちゃんの助けにならくてはいけない。

「自分の禁止されている単語を知らないという点には変わりないけど、そちらのチームは他の二人の単語は知れるっていうのだよ」

「それって逆の言い方だと、そちらは自分達の禁止されている単語が全く分からないってことですよね?」

 間宮会長の説明はイマイチ分からなかったが、こうちゃんが言い直してくれたおかげで、理解できた。

「そうだよ。だからそちらはお互いに助け合えるってこと」

 かなり大きなハンデにも関わらず、間宮会長からは相変わらずの余裕が感じられた。

「それで、他に何か質問はある?」

「二つあります」

 こうちゃんも何か言おうとしていたが、それよりも早く私が言った。

 多分こうちゃんと同じ質問だ。

「禁止にできる単語というのは、名詞のみですか?それと人名の場合は愛称で呼んでもアウトですか?」

 この質問は昨日、こうちゃんを説教した後に話し合って出た疑問だった。

 こうちゃんが口を閉じたことから、同じだったことが証明された。

「まさか、柏木くんじゃなくて有明さんの口から質問されるとは思わなかったな」

 なんだか、バカにされている気がした。

 昨日、挑発に乗った反省をいかし、平常心ではいれた。

「有明さんの言うように指定できるのは、名詞だけ。名前の場合の愛称もアウトになるよ」

 こうちゃんが予想していた通りだった。

 これなら、少しは対処できる。

 他に質問がないのを確認すると、間宮会長はルール説明を続けた。

「最後に、ゲームの進め方を説明するね。交互に相手チームの個人、もしくは全員に対して質問をして、された方は答える。それを繰り返して先に全滅した方の負け。質問は誰がしてもオッケー。ルール説明は以上だよ」

 一見、答える側が不利だが、質問する側もそれなりにリスクはある。

 そしてこういったルールを作らないと、会話が止まってゲームにならないことも考えられる。

 作戦など各々考えておきたいこともあったが、間宮会長というより時間がそれを許してくれなかった。

「それじゃ、早く出場する三人を決めて。決まったらその三人は用意した席に座ってね」

 間宮会長はそう言い残し、私たちに指定した席の反対側の真ん中の席に座った。

 それを挟む形で一文字先輩と西口さんが座る。

 生徒会チームからは、その三人が出るみたいだ。

 それを確認すると私たちは誰からでもなく、料理対決の時同様に円になった。

 そして仕切るのも同様にこうちゃんだ。

「今回は薫ちゃん以外の誰が出るかだけど……」

「それなら、私と有明さんは確定だよ。ね?」

 こうちゃんの発言に間髪入れず、坂田さんが言った。

 最後に坂田さんは私に同意を求めてきたので、私はそれに頷き自分の意見を述べた。

「うん。それと、後一人は葵ちゃんがいいと思う」

「はい。私もそのつもりでした。最後は孝太さんしかいないと思ってます」

 葵さんの考えも私と同じだった。

 最後の『悩み相談』において、過去に私や葵さん、坂田さんはこうちゃんに救われている。

 多分、暦さんもだ。

 それを踏まえると、こうちゃんしかいないのは明確だ。

 ただ、今回の対決や前回の料理対決もこうちゃんは適性である。

 本音としては全対決にでてほしいが、ルール的にもこうちゃんの状態的にもそれはできない。

 だからせめて、この対決だけでもこうちゃん抜きで勝たなくてはいけない。

 私がこうちゃんを真剣な眼差しで見つめると、こうちゃんも黙ったまま私のことを見つめてきた。

 数秒間見つめ合うと、私に微笑みかけた。

「……わかった。任せる」

「任せて」

 私はこうちゃんに、微笑み返し二人と一緒に指定された席へ向かった。


 私が座ったのは一番右で、正面には西口さんがいる。

 隣の葵ちゃんは緊張しているのが見てとれた。

「柏木くんは出ないんだね」

 間宮会長は私たちの顔ぶれを見て、つまらなそうに言った。

 この人たちの、こうちゃんへの執着は私並みかもしれない。

「はい。こうちゃんが出るまでもないかと思ったんです」

「なるほどね……与太話もこれくらいにして、禁止ワード決めようか」

 自分で切り出しておいて、その間宮会長から話を終わらせるとは思わなかった。

 私たちをよそに生徒会は相談を始めていた。

「私たちも始めましょう」

 葵ちゃんの一言で私たちもすぐに相談を始めた。

 真ん中にある葵ちゃんの席に私と坂田さんがなるべく身を寄せて、相手側に聞こえないよう小声での会話になった。

「まずは、会長さんからですけど……何かあります?」

 こうちゃんがいないので、仕切りは葵ちゃんが引き受けている。

「でも、葵のお姉ちゃんは会長には口癖がないって」

 光さんが言う通りだが、その点に関してはこうちゃんが昨日教えてくれたことがあったので、それを二人にも話すことにした。

「昨晩、こうちゃんが言ってたんだけど、『その人のイメージを設定すればいい』って」

『イメージ?』

 二人、息を揃えて訊いてきた。

 私も最初に聞いた時は分からなかったので、こういう反応されるのは分かっていた。

「例えば間宮会長だと『生徒会長』。一文字先輩だと『本』ってことらしいよ」

 これはあくまで私の中のイメージだ。

 こうちゃんが昨日、例としてあげてくれたのは坂田さんのことだったので、今回は伏せておく。

「だったら、二人のは決定ですね」

「ちょっと待って、葵。会長のは『生徒会』にした方がいいんじゃない?」

「確かに短い方がいいかも」

 坂田さんの意見に賛成し、スムーズに二人のは決まった。

 葵ちゃんはすぐに、ホワイトボードにその二つの単語を書いた。

 後は西口さんのものだ。

 ただ、出会って二日目なのに昨日と今日とでは印象が違いすぎて、私には西口さんを連想させるイメージがなかった。

 なので、二人に一任することにした。

「残る西口さんだけど、難しいね」

「クラスも同じになったことないし、人間性もよく分からないからね」

 私だけではなく、二人も頭を悩まさせていた。

 私からしても他の生徒会役員と比べて、一番個性が無い。

 だが、こうちゃんとの一件で衝撃は一番大きかった。

「雪さん。顔、怖いです」

「え?そうかな?」

 思い出しただけでも腹が立つ。

 笑顔でいるつもりだが、毎度のごとく顔に出てしまっているらしい。

「もしかして、柏木くんとのこと?」

 筒抜けみたいだったので、隠さずに本音を語った。

「そうだよ。だってあの娘、『運命の相手』だの『王子様』だの、好き勝手言って……ムカつかないわかないよね」

「運命……それです。雪さん」

「それ?」

 私の愚痴て葵ちゃんは何かを閃いた様子だ。

「『運命』です。西口さんの禁止する単語」

(……なるほど。確かにいいかもしれない)

「わかった。それでいこう」

 私は当然異論はなく、坂田さんも頷いて賛同した。

 決定すると、葵ちゃんは最後のホワイトボードにそれを記した。

 顔を上げると、向こうもほぼ同じタイミングで書き終えていた。

「そっちも終わったみたいね。なら、それを二人に渡して、そちらは自分の以外を確認してね」

 間宮会長に言われた通りに、取りに来た薫ちゃんにホワイトボードを渡した。

 薫ちゃんは私たちに口ぱくで『頑張って』と言い残し、受け取ったホワイトボードをこうちゃんと暦さんの元へ持っていった。

 三人が確認しているなか、私たちの下へは生徒会の山吹先輩と湖上さんが三枚のホワイトボードを持ってきた。

「それじゃ、最初は巨乳ちゃんからだな」

「違います!坂田光です」

 坂田さんはすっかり巨乳で定着してしまったらしい。

 私や葵ちゃんよりも大きいし、納得はしている。

「ハハハ……すまんすまん。それよりも、アンタ以外の二人のワードだ」

 私と葵ちゃんには上手く見えないように、二枚のホワイトボードを見せた。

 それを見た坂田さんは目を剥いて驚いている。

「これって……」

「おっと。しゃべるのはダメだ」

 山吹先輩に注意され、寸前のところで坂田さんは口を塞いだ。

 かなり驚いてしまったのだろう。

 見終えると、坂田さんは真剣な顔つきになり口元に軽く握った拳をおき、見るからに何かを思考し始めた。

 山吹先輩たちは数歩ずれて、次は葵ちゃんの前に移動した。

「次は元会長の妹さんか。はい」

 今度は葵ちゃんにホワイトボードを見せた。

 表情からして、坂田さんと比較しても普通だ。

 大して驚いている様子もない。

「もう大丈夫です」

「そうか。なら次が最後だな」

 そして、ついに私の番だ。

「最後はストーカーちゃんか」

「それ、酷くないですか?それにストーカーでもないですし」

「さすがに私も酷いと思うな」

 なら、言わなきゃいいと思う。

 私も含め、どれも間宮会長に挑発された時に言われたものだった。

 試されているとも受け取れた。

「はい。これが他の二人のだ」

 見せられたホワイトボードには、二つの単語と二人の名前ではなく、三人の名前が書かれていた。

 一枚目のホワイトボードには『牧瀬葵』と右上に小さく書かれている。

 これは区別するためのもので、私たちも同じ様にして書いている。

 問題は単語の方だ。

 葵ちゃんの禁止されたのは『柏木孝太』、つまりはこうちゃんの名前だ。

 そして、もう一枚のホワイトボードは坂田さんのものが書かれていたが、禁止された単語が『坂田光』だった。

 まさか他の二人とも人名で、それも坂田さんにおいては自分自身の名前なのは、予想外だった。

 私が見終わるのを確認すると、山吹先輩たちもこうちゃんたちの下へ移動した。

 お互い交換して確かめ合っていたが、私たちが禁止された単語を見たとき、こうちゃんの顔が渋いものに変わった。

 坂田さんの表情といい、もしかしたら思っているよりもまずいのかもしれない。

 私は改めて気合いを入れ直した。

「準備も整ったし、始めましょうか」

 間宮会長の笑顔でゲームが始まった。


「じゃあ、最初は私たちから質問していいかな?」

「はい。ハンデももらってますし」

 開始早々の間宮会長の口調はいつもと変わらなかった。

 提案からしても攻めの姿勢だ。

 初めてやる私たちからしたら、ゲーム性を知るためにも葵ちゃんの発言に異はない。

「なら私から有明さんに訊きたいんだけど……」

 指名されたのは私だ。

 思わず身構えてしまう。

「さっき、生徒会室に来るのが遅かったけど、柏木くんと何してたの?」

 質問内容はただの興味からくる内容にしか聞こえなかった。

 ただ、発作のことを言うわけにもいかないので本当のことを隠さなければいけない。

「少し、二人で話したいことがあっただけです」

「ふーん……そっか」

 アウト判定はなかったので、一安心だ。

 葵ちゃんたちも溜まっていた息を吐き出していた。

 もしかしたら偽ったことで回避できたのかもしれない。

「私も間宮会長に訊きたいことが……」

 すぐに頭を切り替え、今度は私から間宮会長に質問しようとしたら、それを坂田さんが遮った。

「あ、あの、会長の好きな食べ物ってなんですか?!」

 私が訊きたかった質問と全く違った。

 むしろどうでもいい質問に変わっている。

 私は『どうして、そこまでこうちゃんを欲しがるのか』その理由が聞きたかった。

 でもあくまで個人的に知りたかったことなので、黙って坂田さんに譲った。

「そうだね……甘いもの全般かな」

「そういえば、バイトした理由もそうでしたね」

 間宮会長の答えに、坂田さんは愛想笑いで応じた。

 坂田さん自身、聞きたい質問ではなかったらしい。

 そうなると考えられるのは私を守ったということだ。

「では、次は私が」

 二人のやり取りが終わると、西口さんがスッと手を挙げた。

「有明さん以外の二人は、柏木くんを好きなんですか?」

『っ!』

 一瞬、時間が止まったと錯覚した。

 私は慌てて薫ちゃんに目配せすると、その意味を察した薫ちゃんがすぐにこうちゃんの耳を塞いだ。

「薫ちゃん?!」

「孝太さん、すみません」

「え?なんて?!」

 どうやら完全に聞こえていないみたいだ。

 これは味方である私も聞いておきたかった。

「えっと……その……」

 葵ちゃんは顔を真っ赤にし、俯いてしまっている。

 ある意味、肯定しているのと同じだ。

 一方の坂田さんは堂々と言った。

「はい。好きです」

 逆にここまで言われると清々しい。

 いつもならキレてそうだが、今回は成り行きを見守っていた。

「そう。牧瀬さんは?」

「大好きだよ~」

「なんで、暦姉が答えてるの?!」

 葵ちゃんではなく、離れた所に居る暦さんが答えていた。

 こうちゃんから聞いた話だと、葵ちゃんたちを下の名前で呼ぶのは、『名字だと他の人も反応してしまう』と言っていた。

 その現象がまさに今起きた。

 この状況での天然はやめてほしい。

 薫ちゃんは器用にこうちゃんの耳を塞いだまま、暦さんを叱っている。

「それで、牧瀬葵さんはどうなの?」

 西口さんは言い直して、改めて聞き返した。

 葵ちゃんは私とこうちゃんをそれぞれ一瞥すると、小声で呟いた。

「……好き……です……」

「葵、可愛い!」

「光、放して!」

 葵ちゃんが答えると、坂田さんが透かさず葵ちゃんを抱きしめた。

 さすがに今回は追い詰める気にはなれなかった。

 薫ちゃんも様子を見て、こうちゃんの耳から手を離した。

 その光景を間宮会長は微笑ましく、西口さんは複雑そうに、一文字先輩は興味無さそうに見ていた。

「あ、ごめん、葵。今は勝負中だもんね……なら今度は一文字先輩にお訊きします。今日は何故読んでないんですか?」

 葵ちゃんにデレデレしていた時とは紅一点して、笑顔を絶やさぬまま勝負に出た。

 質問内容からして、一文字先輩を倒しにいったのは明白だ。

「……TPOは弁えてる…いくら、本が好きと言っても四六時中は読まない」

 一文字先輩は思いの外、あっさり『本』と口にした。

「一文字先輩、アウトです」

「……そう」

 薫ちゃんの判定を簡単に受け入れ、席を立った。

 相変わらずのポーカーフェイスだ。

 一文字先輩はそのままゲームに参加していない五人が居る場所へ向かった。

「まぁ、哉ちゃんはいつも本読んでて、ゲームに参加してなかったからしょうがないと言っても…巨乳ちゃん、やるね」

「何度も言いますが、坂田光です!覚えてください!」

「うん。覚えたよ」

 自然な流れすぎて、全く分からなかった。

 間宮会長が最後に笑顔で告げて、ようやく理解できた。

 坂田さんがアウトになったことを。

「坂田さん、アウトです」

「え!……二人とも、後はお願い」

 湖上さんの声に戸惑ってはいたものの、理解すると私たちに後を託し、一文字先輩同様に他のみんなの所へ向かった。


 お互い一人ずついなくなったが、五分五分というわけでもない。

 実力差は明らかになったからだ。

 このままだと流れ的にもまずい。

 次は向こうが質問できる番だからだ。

「さてと……有明さんはどうして柏木くんにくっついてるのかな?」

「……そんなの決まってるじゃないですか」

 先程のことが衝撃的で間宮会長の質問に対して反応が遅れた。

 そしてそのせいで反射的に答えようとしかけていた。

「それは、雪さんが孝太さんを好きだからです」

「……葵ちゃん」

 私の答えの続きを言ったのは葵さんだった。

 でもこれで、葵ちゃんもアウトになった。

「牧瀬さん、アウトです」

「うそ?!」

 葵ちゃんに、とったら予想外だったのだろう。

 驚きを露にしていた。

「雪さん、ごめんなさい!全部任せちゃうことになって」

「気にしないで……何とかするから」

 葵ちゃんがアウトになったのは、私が呆けていたことに原因がある。

 単純な攻撃にまんまと引っかかるような隙があった。

 だからせめて残った私が何とかするしかない。

 こうちゃんたちの下へ行った葵ちゃんは、初めてそこで自分の禁止されていた単語を知ることになった。

 それを知った葵ちゃんの表情は、こうちゃんが私たちが禁止された単語を知った時の渋い表情と似ていた。

 まずい状況なのは、まず間違いない。

(こんなとき、こうちゃんなら……)

 そう考えたとき、私は昨日こうちゃんと話した時のことを、無意識のうちに目を瞑り思い出していた。


 ◇


 こうちゃんが自分の母親をお姫様抱っこして帰ってくるという、衝撃的な帰宅後、すぐにお義母さんを寝室へ寝かしつけた。

 それからみんなが帰った後は夕飯を一緒に食べ、お風呂などを各々終えると説教タイムに入った。

 説教は深夜三時まで続く長丁場となった。

 原因としては深夜のテンションで、私が説教しつつもこうちゃんにデレデレしていたことだ。

 説教終了後は寝ると起きれなくなりそうだったので、他の話をして起きていることになった。

 その他の話が当たり前のように、明日、正確には今日の勝負の話になっていった。

「勝負のことに、ついて俺達は何も聞かされてないからなぁ……」

「もしかして、暦さんからのメール見てないの?」

「え?」

 こうちゃんは、自分の携帯を取り出すと急いでメールを確認し始めた。

 考えてみれば、お義母さんを迎えに行ったり、説明されたりで見る暇が無かったのかもしれない。

「あ、暦さんから確かに来てるよ…『私と孝太くんって誕生日同じなんだって~。これってきっと運命だよ~』」

 こうちゃんが読み上げたメールは全く勝負とは関係なかった。

「これ……じゃないよな?」

「うん……他に来てない?」

 あの人のマイペースぶりに頭を抱えた。

 嬉しかった気持ちは分かるが、その情報を伝えるのは後日でもよかったと思う。

「……あった。結構長いな」

 長文だったため、こうちゃんは黙って読み込んでいる。

 いつもなら構ってほしくなるが、今日はこうちゃんの正面ではなく隣に座り、こうちゃんに密着していたので満足だった。

「なるほどな…俺が知らないところで、結構話進んでたんだな」

 少し時間をかけて読み終えたこうちゃんは、何か考えているみたいだった。

「どうしたの?」

「雫さんって、かなりの策士かも」

「?どういうこと?」

 こうちゃんは笑っているが、それは強がりだと分かった。

 もしかしたら、私たちはかなり楽観的に考えていたのかもしれない。

「そこは、みんながいる時に話すよ。確証はないし保険程度に聞いてほしいから」

 こうちゃんが、あの情報量で何を読み取ったのかは分からなかったが、話してくれるというならそれでいい。

 私はその事についてはそれ以上は訊かなかった。

「それよりも俺たちに今できることは、『禁止ワード』っていうゲームの策を練ることだ」

「他の二つは?」

「当日にならないとお題が発表されないから、何もできないな」

 私たちが夕方に話した時と、同じ結論だ。

 だけど『禁止ワード』については、暦さん以外やったことがなく、その暦さんは浮かれていたので、何も話せないでいた。

 そうなると純粋な疑問が浮かんだ。

「こうちゃん、やったことあるの?」

「勿論ない。ただ、暦さんの説明でゲームの鍵となるポイントが分かった気がする」

「本当?!」

 驚く私にこうちゃんは、優しく微笑んで首を縦に振った。

 今更だが、私とこうちゃんの顔は近く、こんな話をしていなかったら理性が危なかったかもしれない。

 私はその感情をなんとか押し殺し、こうちゃんの話に耳を傾けた。

「まず、設定する単語だけど、知り合ったばかりの俺たちが生徒会メンバーの口癖とかは当然わからない」

「暦さんにも聞いたけど手詰まりだったよ」

 大事なことはこうちゃんにも伝えていくことにした。

「だから相手のイメージや個性や特徴を設定する」

 イマイチ分からず首を捻ると、こうちゃんが続きを説明してくれた。

「例えば光さんの場合、『巨乳』って設定すると、生徒会とのやり取りを見てる限り、大分言わせやすそうだろ?」

「確かに……でも、こうちゃん。なんで例えが坂田さんなのかな?そんなに大きい胸が好きなの?」

 納得した反面、心に嫉妬という闇が芽生え始めていた。

「誤解だ!一番、分かりやすいと思ったからであって。大きい胸が好きとかそういうことじゃ」

「そうだよね……こうちゃんはそんなんじゃないもんね」

 こうちゃんに邪な気持ちがないのは、初めから分かっていたので、念のために釘を刺しておいた。

 こうちゃんが少し怖がっているようにも見えたが気のせいだろう。

「ま、まぁとにかくこれが一つ目なんだけど」

「だけど?」

「疑問が二つあってさ。設定できるのは名詞のみなのかということと、人名とかの名前の場合は愛称でもアウトになるのかってこと」

 いつしかお互いに声のトーンも少し低くなり、真剣な話し合いに戻っていた。

 こうちゃんに言われるまで気にも留めなかったが、言われてみると大事なことを見落としていることに気づく。

 流石こうちゃんだ。

「俺の予想ではどちらもそうでないと、ゲームが成り立たないと思うんだ……まぁ、明日訊いてみるよ」

 前者は動詞などの基準が曖昧になってしまうから、後者は言い方を変えればいつまでと決着が着かない可能性があるからだろう。

 取り敢えずは話を先に進めることにした。

「逆に自分のを言わないようにするコツってあるの?」

「推理して、見つけるのがいいだろうな。ただ、固定概念に縛られたり思い込んだりしたらダメだ」

 こうちゃんの言い回しはピンと来ないことがたまにある。

 でも、その言い回しこそが正しい表現方法でもあるので、単に私の頭が追い付いていないだけだ。

 自分から訊いておきながら、面目ない。

「特に雫さん相手だと、ルールの隙とかついてきそうだし」

 最後のは何となく分かる。

 こうちゃんも『策士』と言っていたので、警戒はしておこう。

 そしてこうちゃんは『さて』と一段落つけると、再び話し出した。

「最後に勝ち方についてだな」

「他にもポイントってあるの?」

 てっきり、もう無いものだと思っていたので気が緩んでいた。

 私の中では、こうちゃんにベタベタする気でいたが、これを聞かなければ、明日以降その機会が減ってしまう。

 そう思い、自然と気合いを入れ直した。

「あぁ。てっとり早いのは相手に言わせることなんだけど。俺たちはやったことがないから……」

「難しい……よね」

 多分、こうちゃんなら可能だろうが、それでも必ず成功するとは限らない。

 そうなると、こうちゃん抜きの場合はかなり厳しくなる。

「だから、いざって時に勝つためのポイントが二つある」


 ◇


 現実の時間にしたら、思い出していた時間は数秒しか経っていなかった。

(ありがとう。こうちゃん)

 私は心の中でお礼を言った。

 今まさにこうちゃんが言っていた『いざって時』だ。

 私は目をゆっくりと目を開け、正面に座っている二人を見据えた。

 こうちゃんに教えてもらった策を実行するために。

 昨夜のことを思い出しているうちに、私の中では自分に設定された単語は予想ついていた。

 今ならこうちゃんが言った『固定概念に縛られたり、思い込んだりしたらダメ』というのがよく分かる。

 ここで思い込んでしまったら、他の言葉には注意を向けなくなってしまうからだ。

 そして、固定概念の方は、私なりに推理した時に役に立った。

 坂田さんが私と葵ちゃんの禁止された単語を知った時の驚きは、それこそ自分の中の固定概念を壊されたからだろう。

 それを踏まえると、坂田さんが考え込んで私たちを庇うような積極的に前に出ていた姿勢も納得いく。

 自分が出ないと私たち二人が一回でアウトになる恐れがあったからだ。

 そして葵ちゃんも同様に私を庇ってアウトになった時、驚いたのは固定概念に縛られていたせいだ。

 こうちゃんの言葉を思い出すまでは、私もそうだった。

 つまりは私が禁止されているであろう単語は、葵ちゃんと同じで『柏木孝太』だ。

 二人とも同じ単語のはずがないと、無意識に思ってしまっていた。

 でも分かった以上、後は言わせるだけだ。

 まずは間宮会長から、言わせにかかった。

 私が自分に設定された単語を知ったのを感づかれたないよう、慎重に動いた。

「負けたくない…取られたくないよ……」

 間宮会長を油断させるために、私はなれない演技をした。

「有明さん。悪いけど、柏木くんはもらうよ」

(きた!)

 ここまでくれば、後はこうちゃんが言った、勝ち方のうちにの一つが成立する。


『一つ目は相手の自爆を誘うことだ。勝利を確信すると油断が生じる。そうすれば、自ずとしゃべってくれるはずだ。特に頭のいい人に限って』


 私の頭の中でこうちゃんの言葉が再生された。

 そして、目論み通りに事が運んだ。

「私たち、生徒会が」

「会長さん、アウトです」

 間宮会長が言い終えるのと、ほぼ同時に薫ちゃんのジャッジが入った。

「あちゃ~。私としたことが、自滅しちゃうなんて」

 間宮会長が席を離れるなか、私は既に勝機を見いだしていた。

 ゲームが続行しているので、私の演技もまだ続いている。

「フフ……残ったのが妄想が取り柄の女の子で良かった」

 先ほどは悲しむ演技だったが、今度は真逆だ。

「どういうこと?」

 言い方で、西口さんが少しムキになっているのが分かる。

 演技ではなく素でにやけてしまったが、気にせず畳み掛けにいった。

「言葉通りだけど?たかが昔に一回会って再開しただけで、運命の王子様って……」

「たかがって、偉そうに!」

 私の挑発は途中だったが、それでも餌に食いついてくれた。

 これがこうちゃんの二つ目の策はだ。


『もう一つは、挑発して理性を失わせて考える前に喋らせること。やり方は汚いが、有効な手だと思う。生徒会室で雪たちが挑発に乗せられた時みたいに、過去の大事な思い出をバカにされると乗ってくれると思う』


 偶然知ることのできた西口さんの過去を利用させてもらった。

「その一回が有ったから、今の私が居るの!他の人から見たらそう思えるかもしれないけど、私にとっては運命の相手なの!」

『……』

 室内の空気が凍りついた。

 挑発した私でも声をかけられないでいる。

「萌さん、アウトだよ。それから、ありがとう」

「……柏木くん」

 いつの間にかこうちゃんは西口さんの背後まで移動していた。

 こうちゃんが肩に手を置いて語りかけると、西口さんは冷静になりこうちゃんがいる方へと振り向いた。

「素直に萌さんの気持ちは嬉しかった。後、雪のことは許してやってくれ。俺が挑発しろって言ったから、雪はそれをしただけなんだ。だから恨むなら俺を……」

 こうちゃんが言い切る前に、西口さんは首を横に振った。

「元々、私たちが同じやり方で勝負することになったんだからお互い様だよ。本当はそんなこと思ってないことくらいわかってるし…それに私の気持ちに『ありがとう』って言ってくれたもん」

「萌さん……」

(何これ……)

 私が勝ったはずなのに、負けた西口さんがこうちゃんとラブコメ展開をむかえていた。

 当然、我慢できずに私は割り込んだ。

「西口さんの気持ちは分かったけど、こうちゃんは渡さないから!」

 そう言って、無理矢理こうちゃんと腕を組みながら引っ張り距離をとった。

「ゆ、雪?」

 突然のことでこうちゃんも戸惑っていた。

「昨日言ったよね?女の子に無闇やたらと話しかけないでって」

「いや、でも今回は……」

 こうちゃんが言おうとしていることの方が正しいが、独占欲が勝った。

「言い訳はだめだよ。というか……」

 昨日のこうちゃんみたいに、私もこの場で宣戦布告することにした。勿論相手は生徒会だけでない。

「西口さんだけじゃなく、こうちゃんは誰にも渡さないよ!」

 私の宣戦布告にいち早く反応したのは、やはり暦さんだった。

「なら、奪うだけだよ~」

 暦さんは駆け寄ってきて、こうちゃんの開いている腕にしがみつき、強く引っ張り出した。

 私もそれに対抗した。

「柏木くん、今助けるよ!」

 仕舞いには、西口さんまで参戦し始めた。

 こうちゃん争奪戦は日に日に勢いを増していた。


『あの、これって……』


 ふと声が聞こえ、こうちゃんを取り合う手がピタリと止まった。

 振り向くと、そこには見知らぬ女子生徒が一人立っていた。

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