二話 第五章~料理対決~
俺達は会話のないまま、廊下を歩き続けようやく目的地へと着いた。
場所は家庭科室。
料理をするのには最適な場所だ。
「お邪魔しまーす」
雫さんが入ると、後に続いて全員が入った。
中には二十名に満たないほどのエプロン姿の女子生徒が居た。
ようは部活中だったのだろう。
雫さんの言った『お邪魔します』は、リアルに邪魔をすることを表していた。
『え?なんで生徒会が?』
『いつ見ても風格あるなぁ』
人によってリアクションは異なっていたが、ほとんどが憧れからなるものだった。
「やっぱ、凄い人気だね」
「去年を思い出すわ~」
雪達もすっかり、生徒会の人気ぶりに目を奪われている様子だ。
注目が生徒会役員に集まっているなか、一人の女子生徒の視線は生徒会役員の後ろに居る俺達を捉えていた。
その娘の存在に気づき、俺もその女子生徒へと視線を送ると偶然なのか目が合った。
するとその女子生徒は顔を赤くし、すぐに目を背けた。
「どうしたんですか?孝太さん」
たまたま隣にいた薫ちゃんが、俺だけ違う方向を見ていることに気づき、声をかけてきた。
「あぁ、いや…あの娘なんだけど……」
俺が見つめる先を追うようにして、薫ちゃんも視線を向けた。
誰かに見られることは、決して珍しいことではなかい。
普段ならなるべく、気にしないようにしているところだが、俺はあの娘に見覚えがあったため気になってしまっている。
「って、めぐちゃーん!」
突如、隣にいる薫ちゃんが大声を出し、大きく手を振った。
当然、注目の対象は薫ちゃんへと変わり、その流れで俺達も注目され始めた。
『あれって…もしかして二年の柏木くん?!』
『もしかしなくても、そうだよ!』
『初めてこんなに近くで見た』
俺達というよりも、俺のみだった。
正直に言うと、歓声の数は生徒会より多い。
こういったものは、全く慣れない。
「柏木くんの人気が凄いです」
「私もここまでとは思っていなかったわ……」
今度は生徒会が驚く番だった。
葵さん達は苦笑いし、雪はムスッとした顔をしている。
そんな中、薫ちゃんは先程の娘の手を引き、俺達の元へと連れてきていた。
薫ちゃんと並んでいるとしっくりくる。
「孝太さん、連れてきたよー」
「別に連れてきてとは、頼んでないんだけど……」
「いやいや、ただの厚意ですよ」
(厚意?)
何か薫ちゃんは勘違いしているのだろうか。
薫ちゃんの心理が分からないまま、話が進んでいく。
「それで、孝太さんはめぐちゃんのこと覚えてますか?」
この娘が『めぐちゃん』と呼ばれているのは初めて知った。
「か、薫ちゃん!?……覚えてるわけないよ……」
本人が慌てていることからして、薫ちゃんは何も言わずに連れてきたらしい。
最初に会った時も慌てていた印象だった。
この娘の特徴としては、聞き取れない程ではないが元々声が小さい。
そのため最後に呟いた消え入りそうな声は、俺と薫ちゃんにしか聞こえていなかったのだろう。
「いや、覚えてるよ。あの時は薫ちゃんを呼んできてくれて、ありがとう。おかげで助かったよ」
一週間ほど前のことだ、流石に忘れはしない。
俺が薫ちゃんの教室に行った時に、俺が声をかけて薫ちゃんを呼んできてくれた娘だ。
「えっと、その……どういたしまして……」
俺が覚えていたのが予想外だったのだろう。
一人でまた慌てて、最終的に俯きながら返してくれた。
「ねぇ、こうちゃん……その娘、誰?」
質問した雪の目は漆黒に染まっていた。
答えによっては、何か仕出かすかもしれない。
あくまで平常を装って答えた。
「前に薫ちゃんを部活動に勧誘する時に、薫ちゃんの教室に入ろうとしていたこの娘に、薫ちゃんを呼んできてもらっただけだよ」
「なんだ……そうだったんだ」
雪はいつもの優しい表情に戻ってくれた。
だが一方で雫さんが不満そうに言った。
「私の時は覚えてなかったのに……」
この娘と出会ったのが、つい最近ということも勿論あるが、俺がこの娘を覚えていたのはそれだけが理由ではない。
困っていた俺を助けてくれたという、恩があるからだった。
昨日は『気にしてないと』言っていたが、さすがに可哀想だ。
「雫さん、その件については全面的に俺が悪かったです。何か俺にできることがあったら……」
「本当?!」
俺が言い終わる前なのに、雫さんが反応してきた。
まるで、この言葉を待っていたみたいだ。
「だったら、生徒会に入るってことで」
「あ、それはダメです」
なんとなく、言われる気はしていた。
「そうですよ。孝太さんもこれから対決するんですから、そういうことを言わないでください」
珍しく、葵さんに怒られてしまった。
部長としての自覚がでてきたのだろう。
「あら?嫉妬?」
「違いますよ!」
俺を放置し、二人の言い合いが始まってしまった。
雪や光さんは葵さんを宥め、他の生徒会役員も会長を宥めだした。
だが隣にいる薫ちゃん達は、相変わらずマイペースだ。
「薫ちゃん、対決って?」
この場にいるほとんどの人が対決のことを知らないので、この『めぐちゃん』と呼ばれている娘も知らないのは当たり前だ。
「簡単に言うと、孝太さんを生徒会と私たちで争奪するんだよ」
「争奪?」
「私たちと部活を創るか、生徒会に入るかってことだよ」
「そうなんだ……でもなんで料理部に?」
やはりこの集団は料理部だったのか。
エプロンも着けていたので、そう考えざるを得ない。
「料理対決することになったからだよ……そういえば、クゥちゃんは?」
「クゥちゃん?」
二人の話を聞いていた俺が口を出してしまった。
話に水を差す様で悪い。
それなのに、薫ちゃんはちゃんと答えてくれた。
「私の友達ですよ。私とめぐちゃんとクゥちゃんの三人でよく一緒にいるんです」
「そうなんだ。ゴメンね、話の腰を折って」
「孝太さん、気にしすぎだよ」
薫ちゃんの学校や休日に何をしているか、薫ちゃんのプライベートについて、詳しくは知らなかったので意外なところで知ることになった。
そして、二人が同じ部活なのに一人だけ違うのは俺達のせいではないかと思った。
薫ちゃんは再び向き直り、話を再開した。
「それで、クゥちゃんは?」
「今日、用事あるみたいで。週二回しか部活がないから、残念がってたよ」
「そういえば、そんなこと言ってたような」
(薫ちゃん、人の話はちゃんと聞いとこうね……)
また二人の間に入るのは悪いと思ったので、声には出さなかった。
二人の話を聞いていて、またしても罪悪感に責められた。
希少な部活の活動を潰すことになってしまうからだ。
ガラッ。
そんななか、ドアが開き一人の女子生徒が入ってきた。
「一体、なんの騒ぎ……ってもう来てたの」
「あ、結ちゃん」
その女子生徒に対して、葵さんといがみ合っていた雫さんが応じた。
口ぶりからして二人は知り合いみたいだ。
「雫さん、その人は?」
「知らないのは柏木くんと有明さんだけかな。三年で料理部の部長の榊結ちゃんだよ」
この場に居る人達からしたら、知ってて当たり前なのだろうから、質問した身としては凄く恥ずかしい。
「はじめまして。話は会長から聞いてるから思う存分やり合ってね」
「えっと……はい」
挨拶してくれたことに好感を持てたが、『やり合って』という言葉でイッキに不安になった。
「あの部長、何を聞いてるんです?」
一人の女子部員が榊先輩に訊ねた。
どうやら、聞いておいて部員に何も言ってなかったみたいだ。
考えてもみれば、知ってたら対決のことも知っていたはずだ。
「なんと、これから生徒会とそちらの五人で料理対決するから、ここを提供してあげたの。だから今日の部活は見学ってことで」
「……まぁ、そういうことなら」
意外と飲み込みが早い。
訊いた娘だけでなく、他の部員も納得している様子だ。
「なんで、みんな納得しちゃってるの?!」
どうやら光さんも俺と同じ様にこの状況を不思議に感じているようだ。
不満の一つも無いのがおかしい。
「それはね、湖上ちゃんの家が料理屋だからだよ。料理部で知らない人はいないからね」
『はぁ?!』
答えてくれた榊先輩の言葉に驚きを隠せなかった。
このことを知らなかったのは、暦さんを含めた俺達六人だけらしい。
その事実を知ると、各々黙り込んでしまった。
「あの、家がってだけで、私自身はそこまで上手くないです」
湖上さんは謙遜しているが、苦手だったら勝負に持ち出すはずかない。
むしろ、得意な分野なのだろう。
そして、料理対決にした真の理由がこれだ。
かといって、全く勝機がないわけではなかった。
だから今はそのことよりも、部活を潰してしまったことに対する謝罪をしなければならない。
と、思ってもみたが完全に楽しそうにしている。
あながち、迷惑ではないのだろう。
近くにいた『めぐちゃん』という娘を見ると、たまたま目が合い俯いてしまった。
これで二度目だ。
気になって、隣にいる薫ちゃんに訊ねた。
「薫ちゃん……もしかして、俺嫌われてる?」
「そ、そんなことないです!」
本人が否定してくれた。
すると、薫ちゃんが俺の制服の袖を引き体勢を崩させ、俺の耳元に薫ちゃんの口がくるようにしてきた。
何か聞かれちゃまずい話でもあるのだろうか。
俺と薫ちゃんの身長差からだと、この体勢がベストだ。
「そうですよ。孝太さんは嫌われてません。それに孝太さん、めぐちゃんのこと好きなんですよね?」
「ちょっと待って、薫ちゃん。どうしてそうなった」
「だって、ずっと見つめていたじゃないですか」
それで、誤解してしまったわけか。
加えて以前に母さんが言った、俺が年下好きという冗談も原因の一つだろう。
これで薫ちゃんが言っていた『厚意』という言葉の意味が分かった。
「薫ちゃん。それは誤解だ」
「なーんだ……そうですか」
何故か薫ちゃんがガッカリしていた。
「あの……」
「あ、ごめん。めぐちゃん」
俺達が二人で話していたので放置してしまっていた。
(俺もこの娘に謝らないとな)
「色々とゴメンね。えっと……」
今更気づいたが、俺はこの娘の名前を知らなかった。
『めぐちゃん』という愛称で呼ぶわけにもいかない。
その事に本人も気づいたらしく、このタイミングになってしまったが、自己紹介してくれた。
「宮本恵です」
「恵ちゃんね。それと薫ちゃんのこと、これからもよろしくね」
「はい……」
名前で呼ばれたのが恥ずかしかったのか、顔が赤くなっている。
顔が赤くなりやすい体質なのかもしれない。
「孝太さん、また女の子口説いているんですか?!」
「こんな時に何やってるの!」
「浮気はダメだよ~」
葵さん、光さん、暦さんの三人は有らぬ罪を背負わせてきた。
しかも葵さんに限っては『また』と言っている。
俺に前科はない。
どこから話を聞いていたなかは知らないが、そんな素振りはなかったと思う。
それに、そんなことをしたら雪が黙っていないと思う。
「みんな、ダメだよ。こうちゃん、困らせたら」
案の定、雪は全く怒っていない。
「雪さん、どうしたんです?!」
葵さんだけでなく、二人も驚いている。
「別にどうもしない。こうちゃんが年下の娘を下の名前で呼ぶのは普通だしね」
「そうだったんですか……」
葵さん達は納得しているが、俺は全く納得できていない。
「俺はそんなことで責められてたのか……」
「柏木くん、可哀想……生徒会に来たらそんなことないのに」
落胆する俺をさらっとアピールしてくるのが雫さんらしい。
「孝太さん、本当にごめんなさい」
会長の言葉を聞くと、すぐに葵さんが謝った。
「いや、勘違いさせた俺も悪い」
「孝太さん……」
「勘違いねぇ」
隣で何故か薫ちゃんが笑いを堪えている。
嫌な予感がしたので触れないでおこう。
「さて、一段落ついたところで、そろそろ始めたいんだけどいいかな?」
ついたというよりは、雫さんが強引につけたというべきだろう。
時間の都合を考えたら、正しい判断だ。
それに大事な勝負前に他のことで、時間を割くべきでない。
「……そうですね。そろそろ始めましょうか」
「柏木くんは、ヤル気満々みたいだね」
葵さん達四人が少し自信を無くしているのは、薄々気づいていた。
先程の、湖上さんに関する情報のせいでだ。
「それじゃあ、牧瀬元会長と小田切先生、それから結ちゃんにはこちらの席に座ってください」
いつの間にか、テーブルと三人分の椅子が用意されていた。
俺が薫ちゃん達と話している間にでもしていたのだろう。
暦さんは『頑張ってね~』といつもの調子で言うと、指定された席へとついた。
三人が座るのを確認すると、暦さんは俺達の方に向き直り、ルール説明を始めた。
「まずは、ルール説明ね。審査員はこちらの三人。それぞれ料理を食べてもらい、美味しかった方の札をあげてもらいます」
(用意周到だなぁ)
三人の手元には確かに札が用意されていた。
遠くからでよくは見えなかったが札には、『生徒会』と『コミケ部(仮)』と書いてある。
略したらそうなるが、同人誌を描く部活と間違われそうだ。
「そして、票が多かったチームの勝利だよ」
ここまでのルールは対決としてはセオリーだ。
問題は作るものと、ハンデ。
暦さんがいるため、一票は獲得できるのは確かだ。
(そうなるとハンデは……って、まさか)
「作る料理は公平にするために、部長の結ちゃんに今から発表してもらうね。ちなみに材料は結ちゃんが買ってきた物のみで、調味料は家庭科室に備わっている物なら何を使ってもオッケーだよ」
「今から発表ってことは雫さん達も知らせてないんですよね?」
「そうだよ」
念のための確認だった。
『知らない』とは言っていなかったので、万が一ということで訊いた。
神経質になりすぎているのかもしれない。
「それじゃあ、代表三人決めてね」
どうやらルールは一通りこれだけらしい。
逆にこれ以上は無いだろうが。
雫さんのルール説明中は、眉間にシワを寄せて顔が強張ってしまっていた。
ようやく、気が緩めそうだ。
「あの、ハンデはなんですか?」
「それなら、もうあげてるよ」
「え?」
質問をした光さんだけでなく、他のメンバーもましてや暦さんも分かっていないようだ。
雫さんは俺を見つめ、まるで『説明してあげて』とアイコンタクトを送っているようだった。
「暦さんですよね?三票中一票は大きなハンデになりますからね」
説明というよりは、雫さんへの確認になっていた。
「その通り。この対決では牧瀬元会長がハンデだよ」
「そんなぁ……」
少しハンデに頼りすぎていたのだろう。
落ち込んでいるのは訊いた光さんだけでなく、他のメンバーも落胆しているように見える。
俺は見ていられず、気がつけば発言していた。
「大丈夫。俺がなんとかするから」
「孝太さん……ごんめなさい。気を遣わせちゃって」
「昨日、こうちゃんに頼りすぎてるって反省したはがりなのに……これじゃあダメだね」
俺が萌さんと話していたことを、別視点から葵さん達も話していたことに驚いた。
本来なら知るはずのない事だったのかもしれないが、知れてよかった。
勘違いさせて置くのは申し訳ないからだ。
少し照れもあったので、頭を掻き気を紛らわしながら四人に向かって言った。
「俺に『女心』分かってないって言ってるくせに、みんなは俺の気持ちを全然分かってないんだな」
「そんなことないよ!こうちゃんのことは……」
雪が俺の言葉を訂正しようとしてきたが、それを遮り俺も雪の言葉を訂正した。
「いや、そんなことある……」
一度目を瞑り、自分が冷静であることを確認し雫さんへと視線を変えた。
「ふぅ……すみません。雫さん、少し時間ください」
「手短にね」
雫さんは許可してくれたが、心配そうにしている。
別に喧嘩するわけでもないので、そんな目で見ないでほしい。
俺は視線を葵さん達へと戻した。
「俺がいつ、迷惑って言った?むしろ、俺は嬉しいんだよ。俺みたいな弱いやつを頼ってくれて」
「でも……」
言いたいことは分かる。
立場が違えば俺も同じだからだ。
昨日、萌さんと話していた時に思ったのは、『俺の方が頼ってしまっている』ということだった。
だけどみんなの気持ちを知れたから、俺も思い直した。
「それに頼ってるのは俺も同じだ。迷惑をかけてるのも……」
「そんなことないです!ましてや迷惑なんて……あっ」
雪よりも先に葵さんが反応した。
葵さんは言葉にしてみて気づいたらしい。
お互い様だということを。
「今、葵さんが言ったのが俺の気持ちだ。だから気にする必要ないんだよ。同じことを思ってるんだから」
「孝太さん。ありがとうございます。なんか吹っ切れました」
葵さんはようやく笑顔を見せてくれた。
「そっか。みんなは?」
「葵ちゃんと同じだよ」
「そうだね。いつまでもグダグタしてるわけにはいかないよね」
「流石孝太さんです。私まで惚れちゃいそうですよ」
どうやら、みんな納得してくれたようだ。
最後に薫ちゃんが冗談を言ってくれたおかげで、大分場は和んだ。
「お待たせてして、すみません」
「……」
全体を見渡すようにして俺は謝ったが、主に雫さんに謝る形だ。
しかし、雫さんは俺達をじっと見ているだけで、応えてくれない。
「あの、雫さん?」
「……え?あ、ごめんね」
何か考え事をしていたのか、上の空だったみたいだ。
もしかしたら、待たせ過ぎてたのかもしれない。
「いえ、待たせたのはこちらですし……それより、そろそろ始めませんか?」
室内にあった時計を一瞥すると、生徒会室を出てから三十分近く時間が経っていた。
さすがにこれ以上は長引かせられないと思い、俺から切り出させてもらった。
「そうだね……って言いたいけど、まだ誰が出るか決まってないんじゃない?」
「あ、そういえば」
「それだったら、早く決めてね」
雫さんに促されつつ、俺達は円の形になるよう集まった。
全員の顔が見え、小声で話せるのはこの形だった。
昨日はみんなで話し合いをしていたようだが、俺を含めた作戦会議は実質始めてだ。
「孝太さん、早速頼らせてもらっていいですか?」
開口一番に葵さんが言った。
「それはこの勝負のこと?それとも別のこと?」
「両方です。もう一つの方は話し合いを仕切ってほしいんです」
葵さんの意見にみんなが頷いた。
当然、俺も異存はなかった。
『頼ってほしい』と言った矢先に頼られるのは、素直に嬉しい。
「わかった。まず、最初に誰と誰が二つの勝負に出るかを決めたい」
「確かにそこからじゃないと、作戦も立てられないかも……」
雪が口にしたように、先の対決のことを考えないと大事な場面で適した人が使えなくなる。
「柏木くんは、誰がいいと思う?」
光さんの問いに、迷うことなく答えた。
「一人目は葵さんがいいと思う」
「え!私ですか?」
葵さんが不安そうな顔をする。
その不安を取り除くために、話を進めた。
「うん。一番の理由は昨日も言った『状況の分析する速さ』だ。相手の一手を読み取るのが重要になりそうだからね」
「私、そんなことできないです!」
葵さんは俺の言葉に全力で否定した。
本人には自覚がないようだが、俺が見てきた限りでは十分にその能力はある。
「大丈夫」
「……あ」
俺は葵さんの頭に掌を乗せた。
急なことで驚いてはいたものの、葵さんの表情は嫌そうなものではなかった。
昨晩、雪に説教で『女性にむやみやたらと触るな』と光さんを抱きしめた一件で注意されていたが、今回は雪も見逃してくれた。
「いつも通りの葵さんでいいんだよ。変に気負わなくても、不安に思わなくてもいいから」
「……わかりました。孝太さんが言うなら……」
葵さんの承諾は下りた。
すると、雪が小さく手を挙げ質問してきた。
「こうちゃん、ちなみに一番じゃない理由って?」
「部長だからだよ。部の創部をかけてからね」
「なるほど」
雪の質問に対する答えは半分は冗談みたいなものだ。
雪もそのことを理解し笑っていた。
「それで二人目だけど……」
俺が話を先に進めようとすると、光さんが割って入ってきた。
「それなら、二人目は柏木くんだよ」
「え?俺?」
俺は二人目は光さんがいいと考えていたので、その光さんに推されるとは思っていなかった。
よく見れば、他のメンバーも俺に対して期待の眼差しを送っている。
「そうだよ。というより、一人目が柏木くんで決定してたんだよ」
「はい。だから私も孝太さんは他は誰がいいか訊いたんです」
四人だけで話している素振りはなかったので、全員が同じことを考え、そのことを確信していたことになる。
このままで、信頼されたら断ることもできない。
「わかった。俺のための対決なら俺も頑張らないとな」
「それじゃあ、二回出るのは私と孝太さんになりましたけど、料理対決に出る後の二人はどうします?」
俺が話の軸になっているので、葵さんをはじめ基本的には俺に話しかける形式だ。
さっき、葵さんに頼まれ出ることが決定している俺に、意見を求めているのだろう。
「そうだな……料理ができる人ってのが最低条件だな」
「それなら、私はダメだね」
雪は自ら進んで辞退した。
練習しているとはいえ、まだ出せる程上達はしていない。
そうなると、残る三人から選ぶことになる。
「私と薫は上手いわけではないですけど、人並みには」
「私もそんな感じかな」
みんな同じくらいと分かったので、次の勝負を考えて人選する必要がある。
だったら、答えはもうでている。
「なら、今回は俺と葵さんと薫ちゃんでやるよ」
「わかりました」
「了解です」
二人からも了承がとれたので、これで決定だ。
光さんには次の勝負に出てもらいたかったので、今回は選ばなかった。
光さんの立ち回りの器用さが必要になると予想したからだ。
「雫さん、今度こそ準備万端です」
雫さんに報告しつつ、俺と葵さんと薫ちゃんは一歩前に出た。
「柏木くん、出るんだね。なんか意外だよ」
料理ができると公言していたわけでもないので、意外と言われても致し方ない。
雫さんの中では、男性はあまり家事をやらないというイメージがあるのだろう。
『うそ!柏木くんが料理するの?!』
『湖上さんもだけど、見処が増えたね』
雫さんにつられるように、料理部の面々も俺が料理をできるとは思っていなかったらしい。
そのことで注目を集めてしまったが、それは期待ではなくあくまで好奇のものだ。
そしてその好奇こそが、俺達にとって初めての好機だった。
「その、あまり期待しないでくださいね。できるってだけで得意とかではないんで…でも精一杯頑張ります」
『柏木くん、頑張ってー!』
『応援してるよ』
少し芝居掛っていたが、俺は料理部の方々、暦さん以外の審査員二人に対して言った。
こうしてハードルを下げておけば、評価基準が多少甘くなるはずだ。
ついでにギャラリーも味方についた。
ただ、俺を挟む形で隣に居た葵さんと薫ちゃんは、突然の俺の行動に目を見開いて言葉を失っている。
「これは、まずいわね……」
唯一、俺の意図に気づいたであろう雫さんは苦虫を噛み潰したような顔をしている。
だがすぐに、いつもの余裕のある笑みを見せた。
「でもこっちは、実力重視で人材を集めたから問題はないかな」
「会長。何一人で言ってるんですか?」
「なんでもないよ」
質問したのは萌さんだったが、近くにいる他の生徒会メンバーも気味悪そうな顔をしていた。
実際のところは萌さんの言った通りなのだが、俺と雫さんの間では会話が成立している。
しかしこのままでは、雫さんが変人扱いされそうだったので助け船をだした。
対決を進行する形で。
「それで、雫さん。そちらは誰が?」
「こっちは、空ちゃんと叶ちゃんと萌ちゃんだよ」
「湖上さん以外の二人が出る理由とかは、教えてもらえますか?」
これはただの興味本意な質問だ。
湖上さんが選ばれるのは当然ではある。
腕は勿論だが、料亭の物を毎日食べていたら舌もそれなりに肥えているはずだ。
となると、二人の理由も気になってしまう。
「いいよ。ズバリ、私と哉ちゃんがほとんど料理ができないからよ!ちなみに私は、スイーツしか作れない」
「えっと……それはつまり?」
雫さんは誇らしげに宣言しているが、理由が普通すぎて思わず聞き返してしまった。
「……私は包丁を握ったことないから……でも二人は自炊程度ならできるらしいから」
「うそ!哉ちゃんがこんな長文を?!」
意外にも一文字先輩が答えてくれたが、雫さんだけでなく彼女を知る全員が驚いていた。
その一文字先輩は注目されると明らかに嫌そうな顔をして、黙った。
彼女がいかに人と話さないのか、よく分かった。
そして、一文字先輩の説明で飛び抜けているのが湖上さんだけであることも分かった。
「盛り上がってるところ悪いですが、そろそろ始めませんか?」
「失礼しました。それじゃあ、早速始めましょう」
痺れを切らした小田切先生の言葉に対し、雫さんはすぐに冷静になりあっさりと開始を宣言した。
開始宣言の後に、俺を含めたお互いの代表六人はチーム毎に指定された調理台へ移動した。
調理台の真ん中に、食材が入っているだろうスーパーの袋が置いてある。
『中身はまだ見るな』と言われていたので、中身は分からない。
それ以外には変わった所はない。
流しには蛇口が二つあり、ガスコンロも二つと、どの学校にもあるような造りだ。
雫さんは俺達が持ち場に着くのを確認すると、榊先輩に話を振った。
「てことで、結ちゃん。お題の料理を発表して!」
盛り上げようとしているのか、 進行役の雫さんのテンションは無駄に高い。
雫さん自身は手持ち無沙汰で暇だったから、司会進行を買って出たのだろう。
そんな雫さんに話を振られた榊先輩は立ち上がり、『コホン』とわざとらしい咳払いをした。
(案外この人もノリノリなんだな)
「それじゃあ、発表するね。お題は家庭料理の定番、『肉じゃが』」
「ちなみに理由は?」
「今日作ろうと思って昨日買っておいた材料がもったいないから」
その理由からすると、俺達はついていない。
自宅が料亭である湖上さんからすれば、和食は得意中の得意だろう。
普通に作っても勝ち目は薄い。
だからこそ、お題を聞いたときに確かめたいことができていた。
「あの、一ついいですか?」
「どうしたの?柏木くん」
俺が挙手すると雫さんが応えてくれた。
「榊先輩に訊きたいんですけど、評価するポイントはなんですか?」
「そうだねぇ…美味しさとかアイデアかな」
「ありがとうございます」
質問に対し嫌な顔せず答えてくれたが、首を傾げている様子から質問の意図が分かっていないのだろう。
他の人達も特に気にかけている様子もない。
「それでは調理開始!出来次第報告してね」
雫さんの掛け声で生徒会チームは一斉に動き出した。
一方の俺達は役割分担をするところから、始めなければならないので話し合うところから始まった。
「向こうはもう動き出していますけど、どうします?」
少し葵さんは焦りを感じているようだが、俺達は俺達でやれば問題ないので、先に話しておきたいことを優先した。
「その前に二人にお願いしたいことがあるんだ」
「なんですか?」
「この勝負は俺に任せてほしい。ようするに俺の指示通りに行動してほしいんだ」
向こうが湖上さんを中心に動いているように、チーム戦であるいじょうはまとめ役が必要だ。
それを珍しく自ら望んだ。
「わかりました。何か策があるんですよね?」
「まぁ、最初からそのつもりでしたし」
「ありがとう」
二人は笑顔ですんなりと受け入れてくれた。
葵さんに関しては、俺のことを大部理解してくれている。
「それでその策なんだけど、普通に作っても勝てないのはわかってるよね?」
「なんとなくは」
「料亭って日本料理なんですよね?だったら明らかに不利ですね」
二人とも理解している様だが、気を落としているということは無さそうで安心した。
「だから、俺達はアイデアで勝負する」
「アイデアですか?」
葵さんの聞き返しに強く頷いた。
薫ちゃんもイマイチ、ピンときていないようだ。
「榊先輩は、美味しさとアイデアを評価ポイントにしているって言ってたから、そこを狙う」
「もしかして、さっきの質問ってその確認のためだったんですか?」
「そうだよ。正攻法じゃダメなら、オリジナルでってこと。料理部の部長だけあって、読み通りアイデアを見てくれるタイプで良かったよ」
実質、俺達は小田切先生もしくは榊先輩どちらかの一票を獲得すればいい。
そうなると、榊先輩の方が料理に関しては固定概念がないので、このやり方だと榊先輩に対しての方が有効だ。
葵さんは俺の言ったことに感心しているようだったが、薫ちゃんは目を輝かせながら俺に訊ねてきた。
「それで、孝太さん。オリジナルってなんですか?」
「それは後で作りながら教えるよ。今言っちゃうと相手にも作戦がバレちゃうから」
「そうですか。なら、楽しみにしてますね」
薫ちゃんは笑顔でそう言うと、制服の袖を捲り気合いを入れていた。
薫ちゃんのその様子に感化されたこともあり、話のきりもよかったので、俺達も作り出すことにした。
まずは食材の確認からだ。
袋から取り出すと、中には豚肉、じゃがいも、ニンジン、玉ねぎという定番の具材が入っていた。
確認も済んだので、今度は二人に役割を振る。
「まず、俺と薫ちゃんは必要な用具を持ってくるから、その間に葵さんは野菜を洗っておいて。最初はじゃがいもから」
『わかりました』
葵さんは早速取りかかってくれたので、俺達も食器や用具、調味料などが並べられている別の調理台へ向かった。
「薫ちゃんは底が深めの鍋と大きめのボウル。それと適当な皿を数枚お願い」
「はーい」
一回では無理な量なので何回かに分けて、運んでいる。
俺はまな板と包丁の組み合わせを二セットと、菜箸、皮を剥くためのピーラーを二つ持っていった。
運び終わると、葵さんも洗い終わっていた。
「それじゃあ、次はじゃがいもの皮を剥くから、そこにあるピーラーを使ってくれ」
じゃがいもは五つあったので、分担して作業した。
俺は包丁の方がやりなれていたので、ピーラーは使っていない。
二人が一つ剥き終わる頃には俺は二つ目を終えていた。
「葵さんは、じゃがいもを一口大に切って。薫ちゃん、さっき持ってきたボウルにたっぷり水を入れて、それが終わったらニンジンの皮剥きお願い」
『はい』
つい早口になってしまっているが、二人ともちゃんと聞き取ってくれている。
二人が頑張ってくれているおかげで、最後の一つもすぐに終わり、俺もじゃがいもを切り始めた。
作業効率が上がったので、この分だとすぐに終わりそうだ。
「孝太さん、終わりました」
薫ちゃんからの報告は予想よりも早かった。
だが、早いに越したことはない。
薫ちゃんに頼みたい仕事はもう決まっている。
「なら次は、今から言う調味料を持ってきてほしい。砂糖、醤油、料理酒。それから油と計量スプーンと計量カップ」
「わ、わかりました」
少し、覚えるのが大変だったかもしれない。
薫ちゃんが取りに行くのと同時にこちらも切り終えたが、まだ一息つけない。
「葵さん。引き続き、ニンジンも切って」
「はい」
葵さんからはさっきから『はい』という返事しか聞いていない。
手一杯で返事をするのがやっとなのだろう。
でも、葵さんなりに頑張ってくれているからこそ、スムーズに進んでいる。
俺は二人に感謝を目で伝え、自分の仕事に戻った。
先程の切ったじゃがいもを、水の張ったボウルに投入した。
水にさらす時間は十分程必要なので、ここからは少しペースを落とせる。
玉ねぎの下ごしらえに取りかかろうとした時、雫さんが実況していることに余裕ができて初めて気づいた。
『ここまでの作業は両チーム、全く同じ』
『まぁ、下ごしらえだしね』
榊先輩もちゃっかり解説役をしている。
今までに変なことを言われてないか、気になってしまう。
「ふぅ……孝太さん、全部持ってきました」
「お疲れ様。少し休んでいいよ」
葵さんももうじき終わりそうだ。
「葵さんも、終わったら休んでね」
「はい」
雫さん達の声を気にしつつも、着実に下ごしらえを続けた。
結局俺が一番、時間がかかってしまったが取り敢えず一息つけた。
向こうは俺達よりも先に始めていたので、かなり先の工程までいっている。
『ここでコミケ部の手が止まっている!一体何が?』
『水にさりして、アクやでんぷん質が抜けるのを待ってるんだよ……あんた、そんなことも分かんないの?』
『お菓子作りに、そういう作業がないから』
雫さんの不甲斐なさに、榊先輩は呆れていた。
他の料理部の部員も苦笑いしている。
そんな雫さん達のやり取りを聞きながら、もう使わない道具の片付けをしていると、あっという間に時間が経った。
「薫ちゃん。鍋に少量の油をひいて火をかけておいて」
「えっと……このくらいかな」
その間に俺はボウルの中の水を棄てておいた。
そして、ボウルの中にあるじゃがいもを鍋の中へ入れた。
頃合いを見て、他の野菜と豚肉、そして酒を投入していった。
ここで水を入れて沸騰するまで待たなくてはいけない。
手が空いている二人には計量や片付けを任せていたので、やることは特に無い。
『ここで空ちゃん達は、煮込むだけに』
雫さんの声は意外と邪魔にならない。
早さを競っているわけではないが、相手の進行状況をしれるのは、ありがたい。
確認の意味を込め、生徒会チームの方へ視線を向けた。
役割分担は俺達と似ていて、湖上さんが鍋を見て、山吹先輩と萌さんが片付けや食器の準備をしている。
ただ、手際の良さは流石というべきだろう。
つい、料理している湖上さんの姿に思わず見惚れそうになった。
実際には見てしまっていたのかもしれないが、自分達の料理もあるのですぐに視線を鍋へと戻した。
「孝太さん。今、湖上さんのこと見つめてましたよね?」
「え?あぁ、手際が良かったから」
何故か葵さんが不機嫌そうだ。
困ってしまい、薫ちゃんに目で助けを求めると、オッケーサインをくれた。
楽しそうに笑っているのが少し気になるが、いつも葵さんをからかうときも同じ顔をしているので、深くは考えなかった。
「お姉は自分のことを見てほしいんだよね?」
「べ、別にそんなこと!」
顔を赤くして必死に否定している様子からして、図星をつかれたのだろうか。
「ごめん、葵さん。気づけなくて」
「ち、違います!」
「まぁ、そうだよね。俺が葵さんのことを見つめても、迷惑だもんね」
ここまで、否定しているのなら薫ちゃんの言ってることは出任せなのだろう。
葵さんは『なんでこうなるの…』と落ち込んでしまった。
「孝太さん。お湯が沸騰してますよ」
さっきまで、あんなに楽しそうに葵さんのことをからかっていたのに、いつの間にか頭を切り換えていた。
薫ちゃんが教えてくれなければ、少し遅れてしまっていたかもしれない。
けれども葵さんが落ち込んでいるのを放置されているのを楽しんでいる様にも見えた。
葵さんを慰めるのは後回しにして、薫ちゃんに砂糖の分量を量ってもらい、それを鍋へ入れた。
蓋をして六分程待つ必要があるので、ここで葵さんのフォローをしておく。
「葵さん、なんかごめんね」
「……いえ、私が勝手に落ち込んでるだけなんで……」
少し照れ臭かったが、ここは素直に言っておこうと思った。
「実はさ、授業中とかたまに葵さんを見てることあるんだよ」
「え?」
葵さんが驚くのも無理はない。
俺なんかに見られて恥ずかしかったり、嫌だったりするはずだ。
俺としてもこのことは恥ずかしいので、手短に話した。
「その、最初は色々と心配して見ていたんだけど、気づいたら何故か見惚れちゃってて」
「そ、そうなんですか?!……その、ありがとうございます」
葵さんの顔の赤さが増した。
やっぱり恥ずかしいのだろう。
『いいな~。葵ちゃん』
暦さんの声が聞こえてきたが、あまり大きな声で話していたわけではないので、何故聞こえていたのかは謎だ。
雪に聞かれていたら、葵さんはどうなるか。
不安になり、雪達を見ると雪は笑顔で手を振ってくれている。
表情からは全く分からず、恐怖を覚えた。
さすがに六分も経てば、葵さんも落ち着きを取り戻していた。
一旦、雪のことは置いて料理の方に意識をもっていった。
時間も丁度良かったので、蓋を開け状態を一度確認し醤油を入れた。
後は五分煮込めば、完成する。
ただ、完成するのはあくまで一般的な肉じゃがだ。
「完成です!」
俺達が最終工程に入ってすぐに、向こうは盛り付けも終えていた。
「それじゃあ、空ちゃん達はこちらに持ってきてちょうだい」
雫さんの指示に従い、三人は一人一皿ずつ持ち審査員三人の元へ料理を運んだ。
少し離れていたが、盛り付けは食材のバランスがいいのが分かった。
三人の前に並べお終わると、雫さんが言った。
「それでは、食べてください」
『いただきます』
雫さんの合図で三人はほぼ同時に口へ運んだ。
「……美味しいです。味のバランスも絶妙です」
最初に感想を述べた小田切先生の評価はとても良いのだった。
むしろ、当たり前の評価なのかもしれない。
「確かにそうですね。でも、いつも食べているのと少し違うような…」
何か隠し味があるのだろう。
榊先輩は箸を置いて、隠し味の正体を考え始めてしまっている。
「孝太くーん。こっち来て~」
俺が様子を見ていると、それに気づいた暦さんが大きく手を挙げ、手招いている。
呼ばれている理由がわからず、葵さんと薫ちゃんを見たが二人も俺同様に首を傾げるだけだった。
取り敢えず、鍋を見ておいてくれるよう二人にお願いし、暦さんの元へ向かった。
「何ですか?」
「孝太くん、ずっと眺めてたから食べたいのかな~って~」
確かに暦さんの言ってるように、味は気になっていた。
物欲しそうにしているのが顔に出てしまっていたみたいだ。
「だから、私の分けてあげるね~」
「ありがとうございます」
暦さんの厚意に素直に甘えることにした。
雫さんも止めたりしないので問題ないはずだ。
「は~い、孝太くん。あ~ん」
じゃがいもを箸で摘まみ、もう片方の手は手皿をし、俺の方へと延びてくる。
自分で食べれたが、俺に渡すのが面倒だったのだろう。
暦さんの手に合わせて腰を低くし、言われた通り口を開けた。
『あー!!』
俺の口に入るのと同じタイミングで、大勢が絶叫するのが聞こえた。
いったいどうしたのだろうか。
別にルール違反をしたわけでもないので、理由が分からない。
暦さんが嬉しそうにしているも同じく分からなかった。
考えても答えは出てこなさそうなので、早々に考えるのを諦め、料理を味わうことにした。
(……この甘さってもしてかしたら……)
「あの、湖上さん」
「は、はい。なんです?」
呼ばれたことに慌ている様子からするに、先程声を上げた内の一人なのだろう。
「もしかして、砂糖の代わりに蜂蜜使ってる?」
「はい!そうです!」
予想は当たっていたみたいだ。
「言われてみれば……でもよく分かったね」
「特有の甘さと香りを感じましたから」
「なるほどねぇ」
榊先輩は俺に対して関心しているが、俺は湖上さんに関心していた。
蜂蜜を使うというのは聞いたことあったが、それをここまで美味しさを引き出せるのは凄いと思った。
「柏木くん、降参する?」
俺の心を読んでいるかのように、雫さんは訊ねてきたが答えは勿論ノーだ。
「いいえ。暦さんを、信じてますから」
「任せて~」
そう言ってくれるが、最低限暦さんが納得してくれるものを作ろうと思う。
「それから、榊先輩のことも」
「え?私?」
「はい」
本人はなんのことだが分かっていない様子だが、時機に分かることなので返事だけをした。
そろそろ時間的にも仕上げなければいけないので、すぐにその場を後にした。
俺が真っ直ぐ向かったのは、恵ちゃんの元へだった。
仕上げに必要な物が、調味料置き場に用意されていなかったので、出してもらうためにだ。
「柏木先輩どうしたんですか?」
「恵ちゃん、バターってどこにある?」
「え?!なんでそんなもの」
これこそが、俺の秘策だった。
といっても、そこまで大したものでもない。
ただ、与えるインパクトが大きいのは恵ちゃんの驚く様子から分かる。
たまたま周りに誰もいなかったので、他の人には聞こえていないようだ。
「勿論、使うからだよ。それでどこにあるの?」
「……来てください。確か冷蔵庫の中に」
ルールでは、調味料はここに備わっているものなら問題ないと言っていた。
バターは使わないと思い、用意されていなかったらしい。
恵ちゃんは親切にも、冷蔵庫の中から探してもくれた。
「はい、これです」
「ありがとう。いつかお礼はするよ」
恵ちゃんには色々と世話になっていたので、恩返しくらいはしておきたかった。
今すぐには無理だったので、バターを受け取り約束だけして葵さん達が待っている調理台へ戻った。
「ごめん。お待たせして」
「いえ、それよりお姉ちゃん…じゃなくて何を持ってきたんですか?」
何か言いかけていた気がしたが、気のせいだと結論付け、葵さんの質問に答えるように見せた。
「バター……ですか?」
「オリジナルってそのことだったんですね!できたら味見してもいいですか?」
「お願いするよ」
葵さんが不安そうにしているが、薫ちゃんは興味津々だ。
二人に場所を変わってもらい、鍋蓋をとるとちゃんとできているのが確認できた。
そこにブロック状のバターを三つ投入し、溶ければ完成だ。
溶けるのに時間はほぼかからず、あっという間に完成した。
それを三人で手分けして、皿に盛り付けた。
「よし、できた」
「じゃあ、柏木くん達も持ってきて」
俺の声が聞こえ、雫さんは指示を出してくれた。
生徒会チーム同様、そらに従い料理を運んだ。
置かれてすぐに、榊先輩が反応した。
「この匂い……バターね。なるほど。さっきの『信じてる』ってのは、私がアイデアを評価するってことだったのね」
「はい。でもアイデアだけではないです」
「私達もさっき味見で食べたんですけど、美味しかったですよ」
幸いにも二人には好評だった。
盛り付け中に二人に話したが、雪や母さんにも好評で女性が好む傾向にある。
「それでは、食べてください」
『いただきます(ま~す!)』
暦さんのテンションがかなり、高くなっている。
そんなに食べたかったのだろうか。
「……美味しい……バターの香りがいいアクセントになってます」
小田切先生の口にも合ったようで一安心だ。
「美味しいよ~」
暦さんもどんどん食べ進めてくれるので、作った側からしたら嬉しい。
残るは一番大事な榊先輩の評価だ。
何口か食べると箸を置いた。
「……柏木くん。料理部に入る気はないかな?」
「え?」
「腕も申し分ないし、アイデアもセンスも良い…文句のつけようがないわね」
つまりそれは、好評ということだろうか。
最初、何を言っているか分からなかったが、かなり褒められているのは段々理解してきた。
「誘いは有り難いんですけど、他にやりたい部活あるんで」
「そういえば、そうだったね」
榊先輩にそのことを忘れさせる程の高い評価に胸が高鳴った。
三人が一通り食べ終わるのを見届けると、雫さんが言った。
「では、お三方は判定してください」
その瞬間、今日一番に緊張した。
一戦も落とせないプレッシャーが緊張となって、押し寄せてくる。
葵さん達も祈るようにしている。
「それでは、どうぞ!」
雫さんの掛け声で審査員の三人は一斉に札をあげた。
目の錯覚や幻でなければ、全員が『コミケ部(仮)』と書かれている札をあげている。
「おめでとう。初戦は柏木くん達の勝利だね」
(勝てた……)
嬉しさは勿論あるが、まだ一回勝っただけで素直に喜べない。
「こうちゃーん!」
離れた場所に居た雪が抱きついてきた。
俺とは違って素直に喜んでいるようだ。
「私も~」
雪に続いて暦さんまでも抱きついてきた。
「えいっ」
そして、薫ちゃんもノリで抱きついてきた。
葵さんと光さんは遠慮しているように見えた。
こうして、まずは一勝することができた。




