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二話 第四章~王子様~

 萌さんの発言に俺は思わず頭を抱えてしまった。

 やはり萌さんは誤解したままだったからだ。

 思い込みの激しさだったら、雪といい勝負ができる。

 だが今考えるべきのはそんなことではない。

 萌さんの誤解を解くことだ。

「萌さん、何度も言ってるがそれは誤解だ。俺は別に……」

「柏木くん、そう言えと脅されてるの?」

(まさかそう捉えられるとは)

 第一、言葉を最後まで言わせてもらえてもいないので、誤解を解ける段階まで行っていない。

「いや、脅されてもないんだが……」

「大丈夫。すぐに辛くなくなるから」

 俺の声が届いてないのだろうか。

 昨日からこんな調子だ。

「どうしちゃったの?!萌ちゃん」

 昨日とはまるで違う萌さんの様子に雫さんだけでなく、俺達を除く全員が驚いている。

「柏木くんを救うためには、あの娘達から少しでも遠ざけないといけないんです。会長には悪いですが柏木くんは私の運命の王子様ですから」

『……』

 全員、目を剥いて言葉を失った。

 俺も例外ではない。

 運命という単語をこの二日で何人から聞いただろう。

 昨日の雫さんといい、何をきっかけで知ったか分からないが俺の誕生日を知った暦さんからのメール。

 そして家では、母さんに雪。

 そして現在、萌さんからだ。

「ちょ、ちょっと!それどういう意味?」

 沈黙の中、一番始めに声を出したのは雪だった。

 雪の質問には二重の意味が秘められている。

 一つは『運命の人』の意味。

 二つ目は、俺がみんなに縛られているという言葉の意味だ。

「言葉通りの意味ですけど」

「そういうことじゃないのよ!」

 素っ気なく返した萌さんの返事は答えにはなっていなかった。

 雪やみんなが聞きたいのは、そうなった経緯なのだろう。

「あの、孝太さんは何か知ってるんですよね?」

「え!そうなの?!」

 葵さんの言葉に雪が反応し、注目は萌さんから俺へと変わった。

 葵さんが俺に訊いてくるのは、なんとなくだが分かっていた。

 西口さんの最初の発言の時、全員萌さんに目を奪われていたが、葵さんは頭を抱えている俺のことも見ていたことに気づいていた。

「まぁ、一応は……」

「でしたら教えてくれますよね?」

 大した問題にはならなそうだったので、昨日からずっと黙っていたことがいくつかある。

 こうなったら当然話すつもりでいた。

「あぁ、実は……」

 俺は昨日、母さんを迎えに行きみんなと別れた後のことを、思い出しつつ話しだした。


 ◇


 みんなに別れを告げ、俺は自宅とは逆方向に向かって携帯を片手に走っている。

 方向としては学校へ向かう道だ。

 だが、母さんから送られてきた住所を入力した地図アプリは、学校よりも先を指していた。

 少し距離があったので、時間短縮のために全力で走っているので多少は注目を集めるが、制服姿『学校に忘れ物した』程度の認識で見られているはずだ。

 まさかこの街に来て二度目の全力で走る機会が、こんな短期間でやって来るとは思わなかった。

 二日前に光さんとの約束に遅れそうになり、走ったばかりだった。

 学校も通りすぎ、未だに通ったことがなかった道に差し掛かったので一度、携帯を確かめた。

「まだ少しあるか……もう一踏ん張りだな」

 気合いを入れ再び走り出した。


 そこから五分ほど走り、俺はとあるマンションの前で立ち止まっていた。

 つまりここが目的地だ。

「はぁ……はぁ……よしっ」

 息を整え終わり、中へは入ると広めのエントランスが出迎えてくれた。

 仕様としては、専用のカードキーをスキャンするとドアのロックが解除されエレベーターホールへ入れるといったものだ。

 このてのマンションは大抵、中にある自室からも開けることができる。

 カードは住人のみしか貰えないので、俺のような部外者はドア横にあるインターホンから部屋番号を入力し、住人に開けてもらう必要がある。

 セキュリティもしっかりしており、監視カメラも備わっている。

「さて、電話するか」

 造りを理解し、すぐに母さんに電話をかけた。

『もしも~し』

 幸いにもすぐ出てくれた。

 しかし、既に酔ってはいた。

「母さん、俺だけど」

『だーれー?』

 いつもなら、声で判断してくれるのに酔っぱらうと面倒くささが増す。

「孝太だよ」

『なんだ、孝太かー。もしかしてもう着いたの?』

「あぁ、オートロックだから部屋まで迎えに行けないけど、自力で来れるよな?」

『無理ぃ』

 酔うと子供のように我儘になったり、可愛い子ぶるのは息子としては、物凄く恥ずかしい。

「じゃあ、どうしろと?」

『部屋番号教えるよー。二〇四号室だよ』

「はぁ……了解」

 電話を切る前にエントランスのドアが開き、足取りは重かったが俺は母さんに指定された部屋へと向かった。

 二階だったので着くまで時間はかからなかったが、各部屋の前に設置してあるインターホンを押すのに手間取っている。

 理由は単純で表札に『西口』と書かれていたからだ。

 頭ではここが生徒会の西口さんの家である確率の低さは分かっている。

 なのに本能的に押せずにいた。

「大丈夫だ……そんな偶然あるはずがない」

 自分に言い聞かせる様に呟くと、それが功を奏したのか段々と嫌な予感も無くなっていった。

 そしてようやく、インターホンを押せた。

『今開けるね』

 帰ってきた声は当然聞き慣れない女性のものだった。

 ドアが開くと、初対面の女性が現れた。

 向こうは俺のことを知っている様だった。

 根拠はインターホンに備わっているカメラを確認し、俺だと分かり開けたからだ。

「孝太くん、久し振り……って覚えてないか」

「えっと、すみません」

「まぁ、六歳の頃だもんね。それにしても大きくなったね」

「はぁ」

 過去に面識があり初対面ではないらしいが、全く覚えていないので曖昧な返事しかできない。

 それにしても綺麗な人だ。

 母さんと同い年なのに、この人も見た目は二十代後半といったところだ。

 俺の知っている大人は歳をとらないのだろうか。

「うん?どうしたの?」

「あ、いえ、何でもないです」

 さすがに 『見とれてました』とは言わなかった。

 先日、光さんに言った時に誤解させてしまったこともあり、使い処には気をつけている。

「それより、母さん呼んできてもらっていいですか?」

「それが、一ノ瀬のやつ眠っちゃって」

 この人は母さんのことを旧姓で呼んでいるようだ。

 昔の名残なのだろう。

 それにしても、さっき電話かけたばかりなのに、あの短期間で寝れるとは呆れを通り越して凄いな。

「迷惑かけてすみません。でしたら起こしてきてもらっていいですか?それか俺が起こしますけど」

「別に迷惑ではないわ。一ノ瀬は仕事熱心だから、たまの休みくらい息抜きが必要だと思うのよね」

 確かにその通りではある。

 俺の両親が忙しいのは俺が一番分かっている。

 特に母さんが忙しくなったのは半分は俺のせいでもある。

 発作を抑える精神安定剤の開発や改良を自分の仕事に加えているからだ。

 だからこそ俺は母さんを嫌いになれずに、こうして文句を言いつつも迎えに来ているのだろう。

「分かりました。何かあったら連絡ください。それじゃあ、俺はこれで」

「なんで帰ろうとしてるの?」

 帰ろうとした矢先、肩に手を置かれた。

 何か言い残したことでもあるのだろうか。

「まだ何か?」

「ちゃんと一ノ瀬を持って帰ってほしいんだけど」

(母さんの扱い酷いなぁ……)

 そんなことよりも、話の流れ的には泊めてくれるものだと思っていた。

「え?泊めてくれるんですよね?」

「うちには娘がいるから、泊められないのよ」

 そうなると泊まらせる訳にもいかない。

 娘さんに迷惑がかかる可能性が大分高い。

「それじゃあ、俺はどうすれば?」

 先程、『起こすな』と言われているので寝ている状態で運んでいけと言っているのだろうか。

 だが帰ってきた答えは俺が予想していたものとは、異なるものだった。

「上がって起きるのを待っていればいいのよ。起きなければ頃合いを見て起こしてくれればいいし」

「でしたら、一旦帰ってまた来ますけど」

 おじゃましたところで、俺としては気まずい。

 母さんがすぐに起きる保証もないし、この場合帰るのが先決だろう。

「実は孝太くんに話したいこともあるの。だから上がっていってくれると助かるんだけど」

「はぁ」

 話があると言われては上がるしかない。

 俺は言われるがまま上がらせてもらうことにした。

『おじゃまします』と一応断りを入れ、先を歩く彼女の後に続いた。

 廊下の先にあるリビングで母さんはだらしなく寝ていた。

 大の字でお腹までだしている。

「ったく……」

 風邪を引かれても困るので、羽織っていた制服のブレザーを毛布代わりに、母さんに掛けた。

「ふふ……」

「何ですか?」

「なんだか恋人同士みたいだなって」

「やめてください」

 不意に笑われたと思ったら、とんでもないことを言われた。

 俺はすぐに異を唱えた。

 親子に言う台詞ではない。

 ただ、中学三年辺りから母さんと歩いていると恋人に間違われることは、少なからずある。

 原因としては母さんの見た目が若すぎるのが原因なのだろうが、今回は該当しない。

「上着を掛ける仕草が様になってて、ついね」

 理由が微妙だったが、とにかくこれ以上は精神的にきつい。

「それで話ってなんですか?」

「そうだったね。取り敢えず座って」

 促されるまま、母さんの寝ている横に座った。

 向こうは俺の正面に座り向かい合う形になった。

「まずは自己紹介かな。一ノ瀬から聞いてると思うけど、高校の時の同級生で今は同僚の西口雅よ」

「えっと、柏木孝太です」

 必要ないと思いつつも、名前だけは名乗っておいた。

 他に何か言おうとも思ったが、俺が話す前に雅さんが話し出した。

「一ノ瀬から色々聞いてるよぉ。モテモテなんだって?まぁ見た目も良いから当然か」

「もしかして、話したかったことってそんなことじゃ、ないですよね?」

「もしかして怒っちゃった?ゴメンね」

 年上は何かと俺をからかう傾倒があるらしい。

 雅さんも母さんや小林先生同類ということだ。

「でも、本題も案外この事とは無関係ではないのよね」

「どういうことです?」

 急に雅さんの声のトーンが落ちたということは、真面目な話になったことを察した。

 そうなると話したいことが何なのか、ますます分からなくなる。

 雅さんは俺の質問には答えるのではなく、テーブルに置いてあった小瓶を手にすると、中から白い錠剤を取り出した。

「はい。これ」

「なんですか?」

 その錠剤を俺へと渡すように差し出してきたので、反射的に受け取った。

「精神安定剤の新作だよ」

「っ!」

 俺は雅さんの言葉に対して何も言えず、ただ驚くだけだった。

 雅さんが俺の発作のことを知っていても不思議ではないので、その点には驚かなかったが、今渡されたということへの驚きだった。

 つまりそれは、今すぐ試せと言われている様なものだ。

 俺の頭の中での連想はまだ続き、一つの結論に行き着いた。

 だがそのことよりも、確かめたいことが別にもう一つあった。

「確認ですけど、雅さんは俺の発作のこと何処まで知ってるんですか?」

「一部を除いて、同い年の女の子と接すると起きるのは知ってるけど、理由までは一ノ瀬が知らないんだから私も当然知らないよ」

「そうですか……すみません。変なこと聞いて」

「別にいいわ」

 一応ということもあったが、母さんが知っている以上のことは知らない様で良かった。

 話が脱線してしまったが、疑問も解消できたので本題に戻ろう。

「それで、俺はこれを飲めばいいんですよね?」

「話が早くて助かるわ。けど新薬だから気分が悪くなったり具合が悪くなったら、すぐに言ってね……本当はこういうのは未成年にはしたくないんだけど」

「分かってますよ。でも俺のための薬ですし、バイト代という名目でお金入りますし」

 雅さんが懸念する気持ちは分かっている。

 早い話しは人体実験というものだからだ。

 けれども、今回が初めてというわけでもない。

 今までにも改良なされる度に、こういうったことは多々あり、同時に危険も伴う。

 だが、俺は発作の引き金が特殊なため俺でしか試せないのも事実だ。

 それ故に国からも許可が下り、尚且つ俺が述べたように決して少なくはないお金も入る。

 高校生なのに財布が潤っているのは、このことと関係している。

 俺としては決して迷惑という訳ではない。

「ですから、雅さんは気にしないでください」

「……そう。ちょっと待っててね」

 雅さんはキッチンへと行き、俺が薬を飲みやすいように水を持ってきてくれた。

 俺はその水を受け取り、すぐに薬を飲んだ。

「どう?身体に異変とかない?」

「……特にはないですかね」

「よかった……」

 飲んで間もないが、今のところは平気だ。

 むしろ、飲み過ぎ以外で異常があった試しがない。

 雅さんの態度からすると、即効性のある薬なのだろう。

「なら実際に抑えられているかも確かめないとね……ちょっと失礼するわ」

 そう言って携帯電話を持ち、雅さんは部屋から退出した。

 さっきまであんなに心配してくれていたのに、今は実験に積極的になっていた。


 しばらくすると雅さんはリビングへ戻ってきた。

「もうすぐ着くみたいだよ」

「娘さんがですか?」

「凄い!よく分かったね」

 電話をしていたのは明らかだったが、あの言葉の後に言ったということは俺が接する相手、つまりは同い年の娘を呼んだことになる。

 それに加え、娘さんの姿を見かけていなかったので、その相手が娘さんである可能性は十分に考えられた。

 そして確信はなかったが連想していった結果、行き着いた結論があった。

「もしかして、娘さんの名前って萌ですか?」

「学校が同じだから、知っててもおかしくないか。それとも、萌のことは覚えていたのかな?」

 家に入る前に考えていたことが、現実になるとは思いもしなかった。

 それに『萌のことは覚えていたのかな』とはどういうことなのだろうか。

「覚えてるも何も今日会ったばかりですけど」

「この様子じゃ覚えてないか。私と初めて会ったときに萌とも会ってるんだよ」

「そうだったんですか」

 そういうことだったのか。

 しかし、六歳の頃のことを鮮明に覚えている人の方が少ないと思う。

 それにあの様子からしたら、西口さんも多分忘れているだろう。

『ただいまー』

 そんな雑談をしていると西口さんが帰ってきたようだ。

 明日勝負するのに会ってしまっていいのだろうか。

『お母さん、私に会わせたい人って誰?』

 廊下を歩きながら雅さんに問いかけているのを聞き思ったが、雅さんは相手が俺だと言っていないのだろうか。

 そうなると俺としても気まずく、段々と緊張してきた。

 そしてリビングのドアが開かれた。

「ねぇ、お母さ…ん」

「えっと……おじゃましてます」

 入ってきた西口さんと早速目が合い、西口さんが驚いているのはすぐ分かった。

 一方の俺も改めて事実を目の当たりにし、気まずさのあまり気の利いたことを言えなかった。

「な、な、な、なんで、柏木くんがうちに居るの?!」

 混乱して完全にテンパってしまっている。

「萌、落ち着いて。孝太くんはそこで寝ている私の高校の時の同級生の息子なの。酔い潰れちゃったから迎えに来たついでに上がってもらったのよ」

「そ、そうなんだ」

 雅さんは簡単に説明したが、西口さんの耳に届いていたかは定かではない。

 ただ、発作のことを黙ってくれているのは有り難い。

「で、起きるまで私が話し相手になってたんだけど…私よりも萌の方が適役だと思うのよね。だから萌の部屋でゆっくり話しててね」

『え?!』

 西口さんだけでなく、聞かされていなかった俺も驚いた。

 薬の効果を確かめるには最適な環境ではあるが。

「さぁ、早く早く」

 雅さんは西口さんを片手で押し、もう一方の手で俺の手を引き、半ば強引に西口さんの部屋へと連れていった。


「ごゆっくり~」

 部屋に入れられ座らさせられた後、軽やかな言葉を残し、雅さんは去っていった。

「そ、そのゴメンね…うちのお母さんが」

「気にしてないから大丈夫ですよ。それより話し方普通になったんですね」

「色々自爆しちゃったら、開き直っちゃって」

 あの時は俺も恥ずかしかった。

 でも俺としては、普通に話してくれた方が接しやすい。

「だから柏木くんも敬語じゃなくていいよ。それと出来ればでいいんだけど、下の名前で呼んでくれないかな……」

「分かった。そうするよ。萌さん」

「うん……」

 断る理由はなかった。

 さっきまで萌さんに合わせて話していたので、やはり普通に話せるのは楽だ。

 それに『西口さん』だと雅さんのことも指してしまうので、ややこしくなる。

 以前に牧瀬姉妹で経験済みだ。

 だが、俺が応じた後の萌さんは返事をしただけで、顔を赤くし俯いてしまった。

 萌さんにとっても、男子と二人きりなのは気まずいのだろう。

 何か話題がないかと考えていると、本棚に収納されている大量の漫画本が目に留まった。

 生徒会室で雫さんが萌さんは少女漫画が好きと言っていたのを思い出した。

「それにしても本当に漫画が好きなんだね」

「うん。私にはこれしかないから……他の生徒会メンバーと比べると分かりやすいと思うけど、私って特徴なくて地味だから」

「そんなことないと思うけどな。一番常識人だし、雫さんを止めたりとかで生徒会をまとめてるように思えるけど」

「ありがとう。やっぱり会長も言ってたように柏木くんって優しいんだね」

「そんなことないよ」

 俺自身としては、そんなことないと思う。

 優しいとよく言われるが、落ち込んでいたり困っていたりするのを放っておけないだけだ。

 言うなれば、自己満足なのだろう。

 まさか、漫画の話をしたはずなのに、こんな話になるとは思ってもいなかった。

「それでさっきの、『これしかない』ってどういうこと?」

「個性のことかな。他の生徒会メンバーって個性も強いから」

 言われてみれば確かにそうだ。

 何でも人並み以上にできる雫さん、読書家で知識が豊富な一文字先輩、運動神経抜群で男勝りだが乙女な山吹先輩、努力家でマスコット的存在の湖上さん。

 個性という点ではそうなのかもしれない。

「じゃあ、萌さんの個性が漫画好きってこと?」

「そうなるかな。でもただ好きってだけじゃなくて、実は将来漫画家になりたいんだ」

 そこまで好きだったら、個性としては負けず劣らずだと思う。

 それに先程とは違って嬉々として萌さんは話している。

 段々と興味が湧いてきた。

「へぇ~なら描いた物とかあるの?」

「恥ずかしいけど……はい」

 萌さんは照れながら一つの封筒を机の引き出しから取りだし、照れながら渡してくれた。

 中身を出してみると、数十枚の漫画の原稿が入っていた。

「今度、漫画雑誌の新人賞に初めて応募しようと思って描いたの」

 萌さんの話は勿論聞いていたが、表紙絵に目を奪われていた。

(上手いな……)

 下手な漫画家の絵なんか比べ物にならない。

 これは期待できる。

「それじゃ、読ませてもらうよ」

 二枚目からの絵も文句のないものだった。

 内容としては、よくある恋愛ものだ。

 幼馴染みの男の子になかなか想いを伝えられない女の子の話。

 主人公の女の子は、雪とは全くもって正反対で葵さんに近い印象だった。

 俺は黙々と読み進め、一通り読み終えると萌さんが話しかけてきた。

「……どうだったかな?」

 萌さんがモジモジとしながら感想を訊ねてきた。

 こういった姿は、学校での生徒会役員としての彼女とのギャップで可愛く見えてしまう。

 薬も効いてるせいか、いつもは異性として意識する余裕はないが、今に限っては雪や葵さんを相手にする様な感覚に近い。

 俺の思考は完全に漫画の感想どころではなかった。

「柏木くん?」

「え?あぁ、ごめん。漫画の感想だったよね」

「うん」

 しばらく反応しなかったので、萌さんは心配して俺の顔を覗き込んできた。

 夕方の葵さん程ではなかったが、萌さんの顔が近く動揺してしまった。

(あれ?)

 萌さんの顔を初めて近くで見たが、懐かしく思えてしまった。

 前に会ったことがあるらしいから、そのせいだろう。

 けれども思い出せそうにもなかったので、漫画の感想へと意識を戻した。

「漫画のことはそこまで詳しくはないんだけど、俺の感想としては絵も上手だし、面白いけど…インパクトというか、自己主張がない感じかな」

 俺は思ったことを素直に告げた。

 変に隠しても仕方のないことだからだ。

「それはなんとなく、私も感じてたことなんだよね。ありがとう。取り敢えず応募はしてみるよ」

 俺の感想に落ち込むということもなく、原稿を回収すると机に大事そうにしまった。

「あ、柏木くん。このことは誰にも言わないで」

「どうして?」

「誇れる結果が出るまでは黙ってたいから」

「……そっか。分かった」

 その言葉でどれ程本気なのかは十分に伝わった。

 だったら、彼女の意思を尊重するのが筋だろう。


「でも、どうして俺には見せてくれたの?」

 当然、この疑問が浮かんだ。

 萌さんは『うーん』と唸りながら少し考えてから話し出した。

「私、幼稚園の頃からこの夢もってたんだけど、その頃に初めて私の絵を褒めてくれた同い年くらいの男の子と面影がなんとなく似てたからかな」

「そうなんだ」

 萌さんの話す顔の表情はとても優しいものだった。

 もしかしたらそれが萌さんにとっての初恋だったのかもしれない。

 その時の様子が頭の中でイメージできた。

 最終的には『お嫁さんにして』とか言ってそうだ。

「顔とかは曖昧にしか覚えてないけど、素直で優しかったのはちゃんと覚えてるんだよね。それっきり会えてはいないんだけど」

「だから俺のこと王子様みたいって言ったんだ」

「え?」

 不思議そうに首をかしげる萌さんは自覚してないのだろう。

 自分の気持ちに。

「萌さんにとってその子が正真正銘の王子様なんだよ。面影が似ている俺に重ねてしまったから、俺のことをそう感じたんじゃない?」

「……そっか。そうかもしれない」

 直接『好きだったんだよ』とは言えなかった。

 そのことは本人が自覚すべきことだからだ。

 とはいっても、ほとんど答えは言っている様なものだが。

 俺は萌さんにその気持ちを大事にしてほしく、俺とその子の重なっている面影を切り離すことにした。

「それに、俺は王子様って柄じゃないよ」

「そんなこと、ないと思う」

 開き直ったとはいえ、やはりあの一件は恥ずかしかったのか少し顔が赤くなっている。

 あまり『王子様』とは言わない方が良さそうだ。

 そんなことを考えつつ俺は萌さんの言葉に首を横に振った。

「実はさ。俺って発作持ちなんだよね」

「え?」

 あまり大袈裟にしてほしくなかったので、微笑むような顔で話したが、萌さんは驚いてしまって言葉を失ってしまっている。

 深刻に捉えてほしくなかったので、構わず続けた。

「発症するってことは、俺の心が弱いからなんだよ。王子様はもっと強くなきゃ」

 物理的にではなく、精神的にだ。

 言葉に出すと情けなさを痛感する。

 もっとも、経緯や発症する条件はふせておく。

「柏木くん……」

 萌さんは俺の気持ちを察してか、それ以上は言わなかった。

 なんとなくだが、空気が重くなってきた気がした。

「まぁ、萌さんにとってその男の子が王子様だから関係ないんだけど、訂正しておきたかっただけだから。それと発作のことは他言無用で」

「うん……」

 返事はしてくれたが、再び黙ってしまった。

 こんな空気にするつもりはなかったが、なってしまった以上なんとかしなくてはいけない。

「そういえば、その男の子との出合いってどんな感じだったの?」

 テンションは低いままだったが、ちゃんと答えてくれた。

「……確かお母さんが仕事で出張になったとき、私を家に一人で留守番させるわけにもいかないから、出張先の近くに住んでいたお母さんの知り合いの家に半日預けられた時に知り合ったの」

 それだったら、一回だけしか会ったことがないのも当然か。

 さっきと同じ様になんとなくイメージして聞いていたが、不自然なことに気づいてしまった。

(……あれ?雅さんはともかく、どうして幼い頃の萌さんまで鮮明にイメージできるだ?)

 昔会った時期というのが、ちょうどこの年齢くらいの時らしいから、思い出したということなのだろうか。

 だとしたら理由としては納得できるが、腑に落ちない。

 俺が一人思い悩む中、萌さんの話は続いている。

「最初は初対面ってこともあるし男の子だったから、緊張して話すこともできなくて。だから、一人で絵を描いていたんだけど、その子が私の絵を見て『上手だね』って褒めてくれたんだ」

 自分から訊いておきながら、話に全く集中できなかった。

 内容はちゃんと聞いて理解はしているが、話が進む度にイメージの鮮明さが増す。

「私、それが凄く嬉しくていっぱい描いてもっと褒めてもらおうとしたんだけど、ふと『私ばかり描いてこの子はつまらないんじゃないか』って思ってね。それで私、『一緒に描かない?』って提案したの。そしたらその子……」

「僕はいいよ。描いているのを見るだけで楽しいし。それに僕が描いたら、萌ちゃんが描くスペースもなくなっちゃうから……」

「……え?」

 萌さんの手が小刻みに震えている。

 俺は無意識に発したのはイメージの中で男の子が発した言葉だった。

 萌さん同様に俺も驚きのあまり言葉を失った。

(これは、イメージなんかじゃない……俺の記憶だ……)

 そう結論した理由はいくつかある。

 明確に言葉が出たこと、萌さんを『萌ちゃん』と呼んでいること。

 何よりイメージの中で男の子の姿が一切登場しなかったことだ。

 正確には男の子の目線で話が進んでいた。

 こんなにも情報があるのに、今まで気がつかなかったのが不思議なくらいだ。

 それを実感すると共に、頭の中で一斉にその時の記憶が溢れだした。

 間違いなく、萌さんが言っている男の子は俺だ。

「……どうして、柏木くんが……?」

 何も知らない萌さんは、どうにか声を絞り出せたという状態だ。

 萌さんにとっては俺が知っているのはあり得ないこと。

 ここで誤魔化すのも不自然なため、俺は真相を話すことにした。


「信じられないかもしれないけど、萌さんの言っている男の子は俺なんだ……」

「……」

 発作の話をしたときよりも、驚いているのは萌さんの表情を見れば一目瞭然だ。

「萌さんが帰ってくる前に雅さんと話したんだけど、俺が六歳の頃に萌さんや雅さんと会ったことがあるってことを聞かされた。俺もすっかり忘れてたんだけど、萌さんの話を聞いているうちに思い出した」

「そういえば、お母さん達が友達だって……まさか!」

 萌さんも気づいたらしい。

 でも、『会ったことがある』イコール『萌さんのいう男の子』という式は成立しない。

 あくまでも、まだ仮定だ。

「うん。年齢も切っ掛けも一致はしてるんだよ」

「……でもそれは証拠には……」

 萌さんも俺と同じ考えらしい。

 萌さんの切なそうな顔の意味を俺は読み取れることはできなかった。

 だから自分なりに考え、萌さんが証拠を欲していると受け取った。

 物的証拠はなかったが、証拠を作ることはできる。

「なら、さっきの話の続きを俺がするってのは?」

「……そこまでされたら、信じるしかない……かな」

 昔の記憶なうえ、今まで忘れていたことを考えると精密には語れないだろうが、思い出した記憶を頼りに続きを話し出した。

「それじゃ、話すね。その後、萌さんが絵を描く姿を俺は眺めていた。動物やアニメのキャラクターとか描いてたかな」

「……そうだったね」

「それで最後に萌さんは俺の似顔絵を描いてくれたんだ。そして別れ際に俺の頬に口づけして『今度会えたから、お嫁さんにして』と言い、雅さんと一緒に帰っていった……これが俺の記憶だ」

 萌さんの顔が近くなった時に感じた懐かしい感じ、『お嫁さんにして』という言葉。

 全部が思い過ごしではなく、微かに残っていた俺の記憶だったんだ。

「……ずっと……ずっと会いたかった!」

 話終えた俺に萌さんは勢いよく抱きついてきた。

 あまりの勢いに『うっ』と声がもれたが、本人には聞こえていないらしく抱き締める力はどんどん強くなっていく。

「本当に柏木くんが、王子様だった!」

 確かにそうなるのか。

 となると、俺は今の自分を否定して過去の自分を肯定したことになるのだろうが、その辺は考えないようにしよう。

 それよりも、過去最高に苦しい。

「私、お礼が言いたくて…今の自分があるのは、あなたのおかげだって」

 萌さんは嬉しさのあまりか我を忘れてしまっている。

 このままだと色々とまずい。

「も、萌さん。その……」

「え?あ、ご、ごめん。柏木くん」

 ひとまずは開放してくれた。


 開放されたはいいが、俺としては凄く気まずい。

 萌さんはというと、俺のことをずっと笑顔で見つめている。

 何か話さないといけないのは分かっているが、話題を考えられる余裕がない。

「ねぇ、柏木くん。一つ訊いていいかな?」

「う、うん」

 頭を悩まさせていると、萌さんの方から話しかけてくれた。

 訊きたいことがあって当然だ。

 俺が応じると頬赤くし、少し恥ずかしそうにしだした。

「そ、その、柏木くんって付き合ってる人とかいるの?」

「……へ?どうして?」

 てっきり、昔のことを訊かれると思っていた。

 というか、このての質問をされるのは、はたして人生で何回目だろうか。

 そんなに興味を持てる内容ではないと思う。

「なんだか、部活を創ろうとしている人達との関係がそう見えたから……」

 雪に関してはよく言われるが、葵さん達もというのは初めてだ。

「付き合ってはないよ。まぁ雪はアプローチ凄いからな」

「本当?!」

「え?……まぁ」

 いないと分かった瞬間、嬉しそうな反応を見せた気がした。

「そうなると、有明さんとはどういう関係なの?」

「そうだなぁ。いつもは幼馴染みって言うけど、それ以上の存在なのは間違いないな……まぁ、朝まで説教されるのは勘弁だが」

「そっか……」

 一つの質問がここまで話が膨らむとは思わなかった。

 女の子はこういった恋愛話は好きだが、萌さんが訊く理由は興味本意というわけではないと感じた。

 考えられる理由は一つだ。

「もしかして『お嫁さんにして』ってやつを気にしてる?」

「そ、そんなことないよ!」

 正解みたいだ。

 だけど、子供の頃の他愛もない約束なので、そこまで気にする必要はないと思う。

「それより、牧瀬さんや坂田さんとは?」

 あまり、いじめるのも可哀想なので大人しく萌さんの質問に答えることにした。

「友達かな。雪も含めて、みんなお互いに頼れる関係だと思ってる」

「そうかな。こう言っちゃ嫌みに聞こえるかもしれないけど、私からしたら女の子達が一方的に柏木くんを頼ってるように見えたよ」

「それって俺がみんなを頼ってないってこと?」

「ごめん。言い方が悪かったね。女の子達が頼りすぎてるって言いたかったの」

 萌さんはそう言うが、俺はそうは思わない。

 むしろ俺が頼りすぎているふしがある。

 誤解は解いた方が良い。

「萌さん、それは逆だよ。発作を持ってる俺が日常を過ごせてるのは、みんなの存在があってこそだし……」

「柏木くんは優しすぎよ。だからみんな頼っちゃうんだよ」

「そうは思わないけどな……」

 最後は笑いながら自嘲さした。

「そんなことないよ…ねぇ、部活創るのって牧瀬さんとの約束って言ってたよね?」

「?……まぁ、実際そうだけど」

 最初は質問の意図が分からなかったが、考えてみるとちゃんと話は繋がっていた。

 部活の件は葵さんが俺を頼ってのお願いであり約束だ。

 実際、俺は頼られているのかもしれないな。

「……そっか。これではっきりしたよ。柏木くんはあの娘達に縛られてるって」

「え?」

 どうやって、その結論に至ったのかはさっぱり分からなかった。

 ただ、一つ言えるのはヤンデレ化した雪に近いものを感じる。

「考えてもみたんだけど、柏木くんの将来にとって生徒会に入る方が良いのに、誰も生徒会に入ることを勧めないのって変じゃない?みんなに付きまとわれて辛いんじゃ?」

「考えすぎだって!一緒にいるのも辛くないし、何より俺が自分の意思で決めたことだから」

「……うん」

 頷いてはくれたが、納得してくれたかは定かではない。

 心配してくれているのは伝わったが、しすぎだ。

 少し不安が押し寄せる中、部屋のドアをノックする音が聞こえた。

『開けていい?』

「いいよ」

 声は雅さんのものだった。

 萌さんが返事をするとゆっくりとドアが開いた。

「なーんだ。やってなかったんのね」

「ちょ、ちょっとお母さん!」

 萌さんは顔を赤くしながら抗議していた。

 流石母さんの友達ってだけはある。

 あの薬が本当に安定剤なのか、疑問に思ってくる。

「それより、孝太くん。一ノ瀬が起きたよ」

「あ、そうですか」

 すっかり忘れていたが俺は母さんを迎えに来ていたんだ。

 時間的にもそろそろ帰って、晩飯を作る必要もある。

「ということだから、萌さん。色々話足りないかもしれないけど、それはまた今度ね」

「……うん」

「じゃあ……また明日」

「……うん。また明日ね」

 挨拶を済ませ俺は立ち上がり、萌さんを残し部屋を出た。

 別れ際に名残惜しそうにしていたのは十分に伝わった。

 俺ももう少しちゃんと話したかったことに、変わりはない。


 部屋を出ると廊下には雅さんと、壁に背中を預け座っている母さんがいた。

「ここまで運んでくるのに一苦労だったけど……孝太くん、大丈夫そう?」

「孝太ならぁ、らいじょうぶよぉ」

 何故か俺の代わりに母さんが答えたが、呂律が回ってないない。

 電話したときよりも酔いが酷くなっている。

「はぁ……ほら母さん、立てるか?」

「たーてーなーい」

 まるで駄々をこねる子供だ。

 ここまで酷いのは久しぶりかもしれない。

 歩いて帰るのは本格的に無理そうなので、母さんを背負うために、母さんの前にしゃがんだ。

「ほら、乗って」

「やーだー」

「は?!」

 予想外の返事に慌てて、母さんの方へ振り向いた。

 一体どうやって連れて帰れと言っているんだ。

「わたひも雪ちゃんみたいにぃ、お姫さまらっこがいい!」

「なっ!」

 先日、雪にお姫さま抱っこで部屋まで運んだのは記憶に新しい。

 もしかして、あの時母さんは見ていたのか。

 それとも、雪から聞いたのかはこの際どうでもいい。

 問題は酔っぱらった母さんは一度言い出すと、お願いを聞くまでずっと我が儘を言い続けるということだ。

 母さんは体重は軽い方なので、する分には大丈夫だ。

 ただ、運ぶとなる夜道とはいえ都会の街を歩くことになる。

 そうなると三十分近くかかってしまう。

「母さん、頼むからそれは勘弁してくれ」

「らーめ」

 お願いは即答でしかも可愛い声で断られた。

 いい歳なのでやめてもらいたい。

 どっちにせよ、俺が折れるしか先に進めなそうだ。

「なら、途中から…そうだな。俺の通ってる学校からなら、お姫さま抱っこでいい」

 学校からなら、この時間人通りも少ないので最大限の譲歩だ。

「うーん……しょうがないなぁ」

 それはこっちの台詞だ。

 ともあれ、母さんは俺の背中にようやく乗ってくれた。

 そのまま立ち上がり、玄関で母さんにどうにか靴を履かせ、俺自信も母さんを靴を履いた。

 一度礼を言うために、玄関まで来てくれた雅さんに向き直った。

「いろいろとありがとうございました」

「どういたしまして。孝太くん、最悪一ノ瀬を途中で捨てていいと思うから」

「ひどーい。雅ちゃん」

「ハハ……最悪そうします。それでは」

 俺の代わりに雅さんがドアを開けてくれ、もう一度軽く頭を下げその場を後にした。


 ◇


「……ということがあったんだ」

 俺は昨日、西口家で起こった出来事を所々掻い摘みながら話した。

 萌さんの将来の夢や、俺の発作のことはバレてはいけないのでその辺りは巧く誤魔化した。

「それってつまり、西口さんと孝太さんは昔からの知り合いだったってことですよね?」

「そうです。ここにいる誰よりも早く出会って、運命の再開を果たしたの」

 葵さんの俺への質問のはずが萌さんが答えた。

 捉えようによってはそうなるのかもしれない。

 俺としては、そういった感覚はあまりなかった。

 新薬のテストで呼ばれたという、事実もあるからだ。

「あの……一ついいですか?」

 多くの質問をされることは覚悟していたが、次に手を挙げ声を発したのは、意外にも小田切先生だった。

「いったい何の話をしているんですか?というよりも私は何で呼ばれたんです?」

 最初の質問は昨日生徒会室に居なかった小田切先生が、理解していないのは分かる。

 ここにいるほとんどの人が未だにピンと来てはいないだろう。

 二つ目の質問はさっきの話とは全く関係ないが、俺としても気になってたことだ。

 そして、本題へと戻すきっかけにもなった。

「あ、そうでしたね。先程話の方は気にしないでください。それで小田切先生に来てもらった理由ですけど、実は今から私達生徒会五人とそちらの五人で対決をするので、その審査を牧瀬会長としてほしいんです」

「前会長だよ~」

「あ、すみません。去年の癖で」

 雫さんの説明で小田切先生が居る理由は大体理解できた。

 おそらく、教師という立場なので公平に審査してくれるといった理由での人選なのだろう。

 二人があまり関係のないやり取りをしている中で、小田切先生が次の質問をした。

「審査することはいいんですど…何を審査するの?」

「お二人には一回戦の料理対決を審査してほしいんです」

「料理ですか?」

 小田切先生は雫さんに眉をしかめて聞き返した。

 俺も料理対決をする意味が分からないでいた。

「はい。白黒はっきりしやすいと思いまして」

「それは、まぁ」

 小田切先生は納得しかけているが、理由としては成り立っているかは微妙だ。

 何かあるのは間違いない。

 小田切先生はそれ以降、何も言わなかった。


 小田切先生が同意したのを見届けると、雫さんは『さて』と一声入れ仕切り直した。

「勝負全体の詳しい説明するね」

 雫さんの一言で俺達の周りの空気が一変した。

 全員の眼差しが真剣なものになった。

「勝負は全部で三つ。競技は聞いていると思うから。詳しいルールはその都度言うね」

 雫さんの口振りからすると、やはり暦さんに情報を教えたのは意図的だったことになる。

 だが事前に二つほど、俺はみんなに忠告とは言わないが可能性の提示をしていた。

 その一つがまさしくこのことだ。

「全体のルールとして、一つ目と二つ目の対決は代表三人ずつ。最後は代表一人ずつで戦ってもらうよ。追加で一人一回は必ず参加。一人につき最大二勝負のみ。だから二回戦う人が二人の計算になるね」

「了解です」

 一通り説明が済んだとみて、返事をしておいた。

 このルールだと得意不得意で選べるので、こちらが不利ということはなさそうだ。

「それと最後にそちらの勝利条件だけど、全勝すること。ハンデはあげるけど、無いと考えた方が良いと思うよ。つまり勝ち目は…って何で誰も驚いてすらいないの?」

 雫さんも理不尽だと承知した上での発案らしい。

 普通ならこの厳しい条件に文句の一つでも言っているだろう。

 だがそれは無駄なことだと、俺達は分かっていた。

 それこそ俺がみんなに忠告した二つ目なのだから。

「孝太さんが言ってたんです。会長さんなら、その勝利条件を提示するって」

「へぇ……ちなみにどうしてそう思ったの?柏木くん」

 葵さんの答えに対し、雫さんは当事者の俺へ訊いてきた。

 思考までは話していなかったので、どちらにせよ俺が答えるしかない。

「まず暦さんへのメールで、間接的に勝負内容を俺達に伝えようとしたのはすぐに分かりました。それは余裕の表れであり、雫さんは隙をつくようなやり方をする可能性が浮上したんです」

「それから?」

 追求する雫さんはどこか嬉しそうだった。

「その後、三番勝負って聞かされた時、真っ先に二勝すれば勝てると思いました。けど俺が生徒会室に出る前に見せた余裕ある顔が、考え直す切っ掛けになったってだけです」

 説明が終わったところで、光さんを始めとして各々補足をしてくれた。

「二本先取ならラッキーだって聞かされた時は驚いたよ」

「それにルールを一任している以上、文句は言えないってのも、今となっては結構応えるね」

「作戦会議もほとんど意味無くなっちゃったしね」

 最後は雪が悲しそうに呟いた。

 俺のために頑張ると意気込んでいた雪にとっては、いきなり躓く結果になってショックを受けているのだろう。

「やっぱり、一番手強いのは柏木くんか……でも、ますます柏木くんの魅力に気づいちゃったよ」

「会長、絶対柏木くんを助けましょう」

 俺の考えはほぼ正解のようだ。

 だが、同時に生徒会側に火を着けてしまったようだ。

「まぁ、助けるのとは違うけど……とにかく、時間も限られているし移動しましょうか」

 雫さんの言う移動とは料理対決をするためのものだ。

 先に生徒会役員、次に小田切先生も後に続き生徒会室を退出した。

 最後は暦さんを含めた俺達が生徒会室を後にした。

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