二話 第三章~作戦会議?~葵vision
『はぁ……』
帰り道、私と光それに薫に雪さんの四人はお通夜のようなムードになっていた。
その理由は生徒会と勝負することになった件で、私たちが会長さんの安い挑発に乗ったことが原因で対決することになったからだ。
でもあんな分かりやすい挑発に乗ったのってしまったのは、私たちが孝太さんに頼りきっていたからかもしれない。
つまりは図星をつかれての八つ当たりだ。
「その、みんなゴメンな。俺のせいでこんなことになって」
孝太さんは落ち込む私たちのことを励ましてくれた。
だが逆にその優しさは今の私にとっては酷だ。
「こうちゃんが悪いわけじゃないよ!悪いのは暴走した私のせいで……」
「はぁ……そうじゃないだろ。俺が生徒会にスカウトされなければ、ここまで話が複雑になることはなかったんだ」
雪さんも私同様に自責の念に駆られていたが、孝太さんは一蹴し自分のせいだと言い張っている。
雪さんが何かを察してかそれ以上は何も言わなかった。
だけど、孝太さんに落ち度がないことくらいここにいる誰もが思っていた。
「孝太さんは、どうして自分だけが責任を被ろうとするんですか?」
私が訊けなかったことを薫が訊いてくれた。
孝太さんがいつも自分が損な役割を担うように、周りを動かしている。
特に先日の光との一件を終えてから、頻繁にそのことを考えるようになっていた。
付き合いの長い雪さんならその答えを知っているのだろうが、まだ出会ってから一ヶ月も経っていない私たちには答えが見つけ出せていなかった。
「いや、別にそんなことはないだろ。理由が分からないが西口さん以外のメンバーを焚き付けたのも俺が原因らしいし、根本的なことは全部俺が原因だろ?」
「それは……」
孝太さんの薫への返事は正しいことを言っている。
「でも、勝負することになったのは私たちが挑発に乗せられたことです」
私は孝太さんの答えに理解はしていたが納得はできず、口を出させてもらった。
「え?勝負?」
「へ?」
孝太さんの聞き返しに私も更に聞き返してしまった。
雪さんは『やっぱり』と呟き、苦笑いを浮かべていた。
もしかしたら、私の気持ちと孝太さんの発言はすれ違っているのかもしれないとも考えたが、さすがにこの状況でそれはいくらなんでもあり得ない。
「もしかして、勝負することになったことを落ち込んでいたの?」
『当たり前です!(じゃない!)』
もしかした。
まさか、フラグになっていたとは思わなかった。
私と光と薫はつい大きな声で言い返してしまった。
孝太さんは驚いて仰け反っている。
「というか他に何があると言うんですか?」
私は孝太さんに問い詰めた。
「葵さん……顔が近い」
無意識のうちに私は問い詰めると同時に詰め寄ってもいた。
後、数センチ近づけば孝太さんの唇に私の唇が触れる距離だ。
その事実に気づくと私は顔が熱くなり、すぐに孝太さんから離れた。
「ご、こめんなさい」
「いや、うん……」
孝太さんなら『大丈夫だよ』と言うと思っていたが、この反応からするに孝太さんは照れている。
(もしかして、孝太さんも私のこと意識して……)
そう考えると顔だけではなく身体中が熱くなった。
前にも一回同じ様なことがあったが、その時はここまで孝太さんのことを意識していなかった。
「葵、大丈夫?!凄く顔赤いよ!」
光が心配して私の顔を覗き込んできた。
どうやら自分が思っている以上に赤くなっていた様だ。
「大丈夫だよ、光ちゃん。どうせ照れてるだけだから」
「どうせって……それなら薫は孝太さんに顔を近づけられても照れないっていうの?」
身体の熱を開放かのように、薫に対してムキになり逆ギレしていた。
「まぁ私は大丈夫かな?」
「それならやってみなさいよ」
「フフフ……やらせると思う?」
「有明さん怖い……」
「ハハハ……なんだよ。みんなすげぇ元気じゃん」
『え?』
孝太さんの笑い声で我に返ると、毎日の帰り道と同じ風景が目に飛び込んだ。
薫が茶々を入れ、それに私や雪さんが振り回せれ、それを孝太さんが一歩後ろから見守っている。
それに今日からは光が加わっている。
せっかく光と一緒に帰れるようにもなったのに、いきなり落ち込んでしまっいるのは嫌だと感じた。
「あー良かった。いつもの調子になってくれて。さっき四人に怒られた時はどうしたもんかと思ったよ」
「それで、こうちゃんは私たちが落ち込んでた理由が何だと思っていたの?」
(そうだ!その疑問が残っていた)
すっかり薫とのやり取りで忘れてしまっていたが、まだこの答えを聞いていなかった。
「それは決まってるだろ。部活の活動開始日が先延ばしになったことだよ」
孝太さんが平然と述べた答えは私の期待を良い意味で裏切ってくれた。
更に孝太さんは続けた。
「だってみんな明日から活動できると思っていたのに、まさかの俺なんかを巡る争いのせいで延期になってしまったから、申し訳ない気持ちでいっぱいだったよ」
孝太さんの言っていることは、勝負に勝てた前提のもの。
まるで勝つことが当然と主張している。
私は孝太さんの言葉に少しだけ気が楽になった。
「柏木くんは勝てると思うの?あんな、優秀な人達に」
「そうですよ……勝負だって避けれたと思いますし」
だが、光も薫も負い目と生徒会という存在からか弱きなっていた。
正直、私も生徒会に勝てるかは気掛かりだ。
「確かに勝負は避けれた。それでみんなが落ち込んでいたのも何となくだが分かった。だけど決まってしまったならやるしかないでしょ。それで勝てば問題はないんだし」
「確かにそうですけど」
「それに宣戦布告も済ませてきたしね」
『……は?!』
孝太さんのとんでもない発言に雪さんまでもが驚いていた。
要するに、孝太さんも挑発してきたということだ。
一度気が楽になっていたが、落ち込んでいた時と同じように気が滅入ってしまった。
「孝太さん、何でそんなことしちゃったんですか?!」
「何でって……雰囲気的に?」
「雰囲気でそんなことしないでください!ただでさえ生徒会は凄い人たちの集まりなんですよ!」
「それはそうだけど…なんでそんなに熱くなってるの?」
孝太さんに私の言っていることの意味が伝わっていなかった。
これは光が先程訊いて、まだ孝太さんが答えていなかった質問でもある。
「こうちゃん……さすがに今回ばかりは葵ちゃんに同意だよ。葵ちゃんが言ってるのは煽って本気にさせたら勝ち目が無くなるって言いたいんだよ」
雪さんが孝太さんに説明しているのを私たちは頷きながら聞いていた。
「うーん……これは光さんの質問の答えになるけど、俺は勝てると思っているから、問題ないとも思っている」
「柏木くんならともかく、私たちは足を引っ張ると思うし……それに勝てる根拠も……えっ」
弱気に拍車が掛かっている光を孝太さんが言葉を遮る様に優しく抱きしめた。
『何やってるんですか?!』
突然のことだったが、私と薫は反応ができた。
果たして今日だけで孝太さんは、どれほどのとんでもない行動をしているのだろうか。
雪さんに関しては、呆然としてしまっている。
「え?……あ!ごめん!」
「あ……」
孝太さんが慌てて離れると光は物寂しそうな声をもらした。
けれども離れた後の光の表情は緩みきっている。
羨ましい。
「こうちゃん!何であんなことしたの?!」
いつのまにか復活していた雪さんが孝太さんへと詰め寄った。
「いや、無意識のうちに……」
だから離れるときに驚いていたのか。
だが雪さんは納得していないといった表情だ。
「他には?」
「他って……強いて言うなら、俺が落ち込んでいる時に抱きしめられたら気が楽になったから。それに光さんは明るい方が似合ってるし」
私が前に取り乱した時も、手を握ってくれたことを思い出した。
あの時も自分がされて良かったことをやったということだろう。
でも光だけ特別扱いされている気がする。
「もう、お二人とも!痴話喧嘩はそのくらいにしてください!話が大分ズレてます」
薫が果敢にも雪さんを止めにいった。
確かに話が進んでいない。
「痴話!薫ちゃん、本当にそう見える?!」
「は、はい」
「私とこうちゃんが、愛し合う仲……」
薫は無事雪さんを止められホットしているが、五人中二人の表情が緩んでいるのはどうかと思う。
「二人とも現実に戻ってきてください」
「はっ!なんかさっきまで幸せだったような…」
「そうだ……こうちゃん、夜の説教が増えたね」
せめて雪さんはそのままにしておくべきだった。
でも、これで落ち着いて話の続きができる。
孝太さんが光を抱きしめたせいで、途中になってしまっていたが、勝てる秘策とかはあるのだろうか。
「それで、孝太さんが勝てると言い張る根拠は?」
「実はさっきまで何となく勝てると思ってたんだけど、根拠なら見つかった。まず、雪は潜在能力が高い。葵さんは状況を分析するのが速い。薫ちゃんは視野が広く第三の立場から意見を言える。そして光さんは状況に合わせた立ち回りが上手い」
孝太さんはそれぞれの顔を見て長所を語った。
雪さんはともかく私たち三人とはまだ付き合いが短いのに、自分でさえ知らないことを孝太さんにはわかっていた。
それに孝太さんが私たちのことを頼ってくれているのが何よりも嬉しかった。
私たちは孝太さんの言葉をただ黙って聞いていた。
「そんな四人が集まったら足を引っ張るどころか、生徒会にも負けないだろ」
そして最後の締めで孝太さんらしい言い間違えもあった。
「孝太さん、四人じゃなくて五人です」
自分を数に入れないのは孝太さんの悪い癖だ。
そのことを分かっている私たちは思わず笑顔になってしまった。
ここまで孝太さんに言わせたからには、くよくよしていてはいけない。
「四人でもこうちゃんに勝てないなんてね」
「一番の敵は柏木くんってことか」
「同時に心強い味方だけどね」
他のみんなも私と同じらしい。
あんなに悩んでいたのが嘘みたいだ。
今度こそ、完璧にいつもの私たちに戻れた。
そして孝太さんも一歩下がった場所から見ていてくれた。
「孝太く~ん」
その矢先、まるでタイミングを見計らったかのようにお姉ちゃんが孝太さんの名前を呼びながら登場した。
すっかり会話に気を取られすぎて、いつの間にか家の近所まで来ていた。
当然、お姉ちゃんが居てもおかしくないのだがタイミングが良すぎて疑ってしまう。
お姉ちゃんはそのまま孝太さんと腕を組んだ。
「暦さん、放れてください……」
「いや~」
お姉ちゃんの返事に孝太さんは何も言わず、この状態を受け入れている。
(もしかして私がやっても……)
そう考えたが、すぐに頭から消した。
何故なら、雪さんがもの凄い形相で睨んでいるからだ。
「暦さん、毎度毎度いい加減にしてください!」
私はてっきり孝太さんとお姉ちゃんを引き離すと思っていたのだが、雪さんはお姉ちゃんとは反対の腕に自分の腕を組ませていた。
説得力がイッキに無くなったと思う。
「孝太くんは私に甘えていいって言ってくれんだよ~。だからこうしてるのぉ」
仕舞いには孝太さんの肩に頭を預けだした。
孝太さんのことを気になっている私としても、雪さん同様に腹が立つ。
「ねぇ、葵。あの人誰?」
そういえば光がお姉ちゃんに会うのは初めてだった。
そんな光も表情はキレかけていた。
「お姉と光ちゃんまで怖い……」
どうやら私もお姉ちゃんに対して表情を強ばらせているようだ。
「それでお姉ちゃん、何しに来たの?」
正直、全くお呼びじゃなかったが、仕方なく訊ねることにした。
この場を少しでも緩和するためにもだ。
「あ、そうだった~。孝太さんに目を奪われてすっかり忘れてたよ~。実は……」
今度はタイミング悪く携帯が鳴った。
これは間違いなくお姉ちゃんの携帯の着信音だ。
だが携帯を取り出したのはお姉ちゃん以外にも二人いた。
雪さんと孝太さんだった。
孝太さんは凄く取りづらそうにしていた。
「私じゃないよ~」
「私も違うよ」
「……俺だ……二人とも放してくれないか?」
『うん』
二人は仕方なく孝太さんを解放したというのは、二人の顔を見てすぐに分かった。
だがそれよりも何故三人は同じ着信音だったのだろうか。
それと平行して孝太さんの電話の方も気になった。
『もしもし、何?母さん』
少し離れた所で電話しているが、声は聞こえる。
相手はお母さんらしい。
気づけば、他の誰も話してはおらず全員孝太さんの電話を聞いていた。
考えることは皆同じらしい。
『ちょっと待て!今日と明日休みなのを俺は初めて聞いたんだが…』
察するに、休みであることを言っておらず孝太さんが困ってしまったということだろう。
『は?!昼間から?!迷惑かけてないだろうな……』
何があったのかはよく分からないが、孝太さんの方がしっかりしているのは電話を聞いていてよく理解した。
『分かった……すぐに行くよ……』
一分も電話をしていないのに、かなり孝太さんは疲れていた。
電話の内容がほとんど分からなかったので、孝太さんが頭を抱えている理由も分からない。
「用事できたから、先に帰っててくれ」
孝太さんは戻ってくるなり、単刀直入にそう言った。
「こうちゃん、用事って?」
「母さんが勤めてる会社の同僚が高校の同級生で、その人の家で飲んでいるらいんだが、『一人じゃ帰れないから迎えにきてくれ』だと。それでその人の家まで行ってくる」
「家は分かるの?」
「メールで住所が送られてきたから、なんとか」
「孝太さんも大変ですね」
これが二度目や三度目だったら、ここまで嫌な顔はしないだろう。
同情の余地は十分にある。
「もう、慣れたよ……」
孝太さんはどこか遠い目をしていた。
「それより暦さん、すみません。何か話があったんですよね?」
「大丈夫だよ~。お義母さんの頼みだからねぇ。後でメールするよぉ」
「ありがとうございます」
孝太さんは普通に礼を述べていたが、お姉ちゃんが『おかあさん』と言った時の漢字の違いに孝太さん以外全員が気づいていた。
だがそのことについて誰も指摘をしないのは、孝太さんさえ気づかなければ、孝太さんは意識することもないので、なんの問題もないからだ。
「それから雪」
「…ん?何?」
雪さんの反応が遅れたのは、お姉ちゃんが変な行動をしないかの監視のためだった。
こうしていると、孝太さん争奪戦は油断も隙もないことが見てとれる。
「鍵、渡しておこうと思って」
「あぁ、うん……」
おそらく雪さんは何か別のことを期待していたのだろう。
その為、雪さんは落ち込みながら鍵を受け取っていた。
「本当は作戦とかも考えたかったんだけど……まぁなんとかなるだろうし!それじゃあ、また明日」
孝太さんは手短に挨拶を済ませるとすぐに走りだし、その背中が見えなくなるまで時間はかからなかった。
孝太さんが最後に言った、作戦を考えるというのは生徒会を相手にするのに必要なことだ。
みんなの意識も切り替わり、孝太さん争奪戦のムードはなくなっていた。
一人を除いて。
「孝太くん、足速いね~」
お姉ちゃんには早くご退場してもらわなくては。
未だに孝太さんが走っていった方向を眺めている。
「それで、お姉ちゃん。結局何しに来たの?」
取り敢えず、お姉ちゃんの用事を片付けようと思った。
「え!お姉ちゃん?!」
光の異様な反応を見て思い出したが、まだ紹介すらできていなかった。
そんな光の反応に構わず、お姉ちゃんは私の質問に答えた。
「そうだったね~。葵ちゃん達、生徒会と勝負するんだてねぇ」
「なんでお姉ちゃんが知ってるの?!」
「さっき雫ちゃんからメールが来て、明日勝負の審査をしてほしいって頼まれたの~」
驚いている私たちにお姉ちゃんは自分の携帯を見せてきた。
確かに、お姉ちゃんが言っていたことが書かれていた。
「本当だ……それでお姉ちゃんは引き受けたの?」
「引き受けたよ~。でも詳しい話は場所を変えようか~?こんな道中じゃ目立つからぁ」
五人もたむろしていたら、目立つというよりも邪魔になる。
「なら、うちに来る?」
そう提案したのは雪さんだった。
完全に柏木家を自宅扱いしている。
だが問題はそこではない。
「いいんですか?家の主不在なのに」
「大丈夫だよ。こうちゃんの両親も優しいし」
「はぁ……」
無理矢理納得させられた感があるが、結局私たちは柏木家へ向かった。
「上がっていいよー」
『おじゃまします』
家に着くと、雪さんが着替えたいとの理由で外で数分待たされ、ようやく入ることができた。
雪さんの声はリビングから聞こえたので、私たちは真っ直ぐリビングへと向かった。
先に居た雪さんは冷蔵庫から全員分のジュースを出していた。
「雪さん、気を遣わなくても……」
「遠慮しなくていいよ」
雪さんの厚意に素直に甘えることにした。
他人の家の冷蔵庫ということに目を瞑って。
「適当に座っていいからね」
お姉ちゃんと薫はソファに座り、私と光と雪さんはソファの前にあるテーブルを囲むように座った。
座る頃には私の頭は明日の勝負のことに切り替わっていた。
「お姉ちゃん、詳しく話して」
私の一言で他のみんなもお姉ちゃんへ注目した。
「そうだね~。でもその前にぃ……」
お姉ちゃんの視線の先には光が居た。
その視線に光も気づき、慌てて自己紹介を始めた。
「はじめまして。坂田光です。葵の友達で、部活のメンバーです」
「友達~?」
お姉ちゃんは首を傾げながら、視線を私へともってきた。
お姉ちゃんは孝太さんが来るまで私が学校で一人だったのを知っているので、確認をとっているのだろう。
「うん。親友だよ。小学生からの」
「……そっか」
お姉ちゃんは私の答えに満足そうに微笑んでくれた。
そして再び光へと視線を戻した。
「葵ちゃんをよろしくね~」
「は、はい!」
光も認めてもらえて嬉しそうだ。
「私の疑問も解決したから本題に入るね~。みんなは私が生徒会長だったこと知ってるんだよね~?」
「うん」
お姉ちゃんとのやり取りは私が中心となって受け答えする形になっていた。
「なら簡単にまとめると、元生徒会長と二人のお姉ちゃんという両方の立場の私が審査員に適任って言われたんだ~」
「審査員って?」
お姉ちゃんの言葉の唯一の疑問を訊いた。
「文字通り、勝負を審査するんだよぉ。だから勝負することも知ってたんだよ~」
これで疑問がイッキに解決した。
だが会長さんは一つ誤算がある。
お姉ちゃんは平等じゃない。
「ちなみに審査員を受けたのは、葵ちゃん達や何より孝太くんを勝たせるためだったり~」
お姉ちゃんの補足説明は案の定といったものだ。
お姉ちゃんは孝太さんと似ていて、大切な人のためには自分ができることを極力しようとする傾向がある。
そんなお姉ちゃんの気持ちは素直に嬉しい。
「あの、一ついいですか?」
手を挙げたのは雪さんだった。
「いいよ~」
「暦さんは何をするのか知らせれてるんですか?」
「そうだよ~」
雪さんがこの質問をしたとき、お姉ちゃんの答えも予想できていた。
私と考えが同じなら、雪さんがこの質問をした理由は単純に勝負内容を知りたいからだろう。
そして、審査を頼まれたということは勝負内容をお姉ちゃんが聞かされている可能性は高い。
「あの、実は私たち、何をするのか聞かされてないんで教えてくれませんか?」
「勿論だよ~」
雪さんのお願いをお姉ちゃんは快くきいてくれた。
気がつけば流れはこちらに来ていた。
勝負内容を知ることは作戦を立てることが可能ということになる。
「確かぁ……禁止ワードと料理対決と悩み相談だったかな~」
「え!三つですか?」
「三本勝負らしいよぉ。私が関わるのは料理対決だよ~」
三本勝負にしたのは生徒会の慈悲なのかもしれない。
普通に考えたら二本先取だが、競技毎に違ったポイントを振り分けられる、ポイント制の可能性もある。
だがそのことよりも気になることがあった。
「お姉ちゃん、禁止ワードって?」
料理対決や悩み相談というのは、ある程度予想はつくが初めて聞く言葉に、困惑しているのが見てとれる。
「生徒会で暇なときによくやっていたゲームでね~。ルールは人それぞれ別の単語を禁止ワードとして設定し、それを言った人が負け、最後に残った一人が勝ちというルールだよ~。ちなみに禁止ワードを決めるのは本人以外の人で、本人には何が禁止ワードかは知らない状態なんだよね~」
単純なルールだけに奥が深そうだ。
勝負のときに、どんなルールになるかはわからないが、ポイントは設定する禁止ワードになるはずだ。
そうなると相手の口癖を知っている方が有利になる。
「お姉ちゃん、会長さんや他の生徒会メンバーの口癖とか分からない?」
「その質問はくると思ってたよ~。でも私が知ってるのって雫ちゃんと一文字さんだけなんだよねぇ。他の娘は名前くらいしか知らないしぃ……それに雫ちゃんって口癖が無いし、一文字さんに至ってはしゃべらないからぁ」
他のメンバーはお姉ちゃんと入れ替わりで入った人たちなので、知らないのも無理はない。
私も会長さんと話してみて掴めない人だと感じた時もあったので、お姉ちゃんが言ってることは理解できた。
「そっか……ありがとう。お姉ちゃん」
「ゴメンねぇ……役に立てなくてぇ」
「気にしないで」
お姉ちゃんは謝っているが落ち度は全くない。
むしろ感謝すべきなのは誰もが分かっている。
「でもそうなると、この勝負についてこれ以上は話せることがないか……」
光が考えるように呟いた。
「それに料理対決も明日にならないと何を作るのか分からないと思うし」
雪さんの言葉にお姉ちゃんは首を横に振った。
自分も聞いていないという意思表示だ。
「きっと悩み相談も同じですね」
さっきまで流れが来ていると思っていたが、思いの外得られた情報は少なかった。
「ちょっといいですか?」
みんなが沈黙してしまった中、薫が発言し全員薫に注目すると薫は続きを話し出した。
「一つ提案なんですけど、西口先輩を懐柔するのってどうですか?」
『なるほど!』
お姉ちゃん以外、全員が納得する案だった。
「えっとぉ……どういうこと~?」
西口さんとのやり取りを知らないお姉ちゃんを置いて話を進めかけた。
お姉ちゃんが口を挟まなかったら、確実に話は進んでいた。
「生徒会の西口さんという人だけは創部に協力的にしてくれたの」
「そういうことね~。なら良い案だと思うけど、説得されてるかもしれないよぉ?」
確かにその可能性がないわけではない。
「取り敢えず、明日の勝負前に話しておくよ」
「そうだね~」
本当は今からしたいところだが、連絡先を知っている人がいないため、明日ということになった。
一段落着くと、みんな肩の荷が下りたのか各々寛ぎだした。
それと同時に話は、明日の勝負から雑談へと変わった。
一番始めに話題を変えたのは薫だった。
「雪さんの部屋着可愛いですね」
明日のことに気をとられ、ちゃんと見れていなかったが、改めて見ると薫の言う通り可愛く、似合っている。
何回も孝太さんの家へは出入りしているが、部屋着姿を見るのは初めてだった。
「ありがとう。実はこれ、こうちゃんが選んで誕生日に買ってくれたんだー!」
雪さんが嬉しそうに自慢をする。
今日に限って羨ましく思うことが多い。
「誕生日といえば、お姉の誕生日ももうすぐだね」
ここ数日のごたごたで、すっかり自分の誕生日のことを忘れていた。
さらに思い出したことがもう一つあった。
「光も誕生日すぐだよね?」
「そうなんですか?!」
「うん。そうだよ。葵とは一日違いなんだよね」
私の誕生日の話になった時は、まだ光と仲直りできていなかったので言わなかったが、私の次の日が光の誕生日でよく一緒に誕生日を祝っていた。
「ならお姉の誕生日パーティーと一緒にやりません?」
「多い方が楽しいだろうから私はいいよ」
「同じく~」
私は言葉に出すまでもなく、賛成だ。
雪さんとの面識もまだほとんどないうえ、お姉ちゃんとも今日が初対面だっが二人とも光のことを仲間として受け入れてくれている様だ。
「その、ありがとうございます!」
「まぁ、料理作るのはこうちゃんなんだけどね」
言われてみれば、一人で料理を作るのは大変ではないだろうか。
「それって柏木くんに大分負担がかかるんじゃ?」
光も同じことを懸念していた。
祝ってもらう側からしたら気になってしまう。
「それなら大丈夫だと思うよ。去年の私の誕生日会でもこうちゃん一人で作ってたから」
「確かにそれなら…」
孝太さんへの負担は昔からということが、よくわかった。
申し訳ないという気持ちは残ったままではある。
そんな気持ちを解消しきれぬまま、薫は次の質問をしていた。
「ところで、雪さんの誕生日はいつなんですか?」
「私は六月二十四日だよ」
「結構近いですね。ちなみに私は十一月です」
誕生日の話をしていたので自然な流れだが、考えてみれば雪さんの誕生日を私も初めて知った。
今まで聞かなかったのが不思議なくらいだ。
そして同様に孝太さんの誕生日も知らない。
「あの、孝太さんの誕生日は?」
「私も知らないんだよね~。訊いたことなかったなぁ」
あれだけメールしているので、お姉ちゃんは知っていると思っていた。
となると知っているのは雪さんだけだ。
「こうちゃん、自分からは言わないからね。こうちゃんの誕生日は八月十一日だよ」
『え!』
「二人ともどうしたの?!」
私と薫はつい大きな声を出してしまった。
雪さんだけでなく光も不思議そうに私たちを見ている。
だが驚くのも無理はない。
「雪ちゃん、それ本当~?」
「?……本当ですよ」
雪さんが肯定すると、お姉ちゃんの目はキラキラと輝きだした。
よっぽど嬉しかったのだろう。
「暦さんまでどうしたんですか?」
雪さんの質問には私が答えることにした。
「実は孝太さんの誕生日とお姉ちゃんの誕生日が全く同じなんです」
「凄い偶然ですよね」
「そ、そうだね」
頷く雪さんの表情は複雑そうなものだった。
恋敵の相手が好きな人と誕生日というのは、私の心境からしても複雑なものがあるので、雪さんの気持ちはよくわかる。
その相手がお姉ちゃんだった、尚更だ。
私たちの気持ちなど知らないお姉ちゃんは、自分の世界に入ってしまっていた。
「偶然?……違う!これこそ運命~!」
会長さんと同じようなことを言っている。
もしかしたら会長さんはお姉ちゃんの影響を受けてしまっているのかもしれない。
「それで、お姉や光ちゃんは欲しい物とかある?」
薫が空気を一変させるために、話題をふった。
妹に気を遣わせて申し訳ない。
「欲しい物かぁ…貰えるなら何でもいいかな。葵は何かある?」
光は考えたが出てこないといった様子だ。
私も考えてみると、雪さんが孝太さんに買ってもらったと言って、服を自慢している様子が浮かんだ。
「……服かぁ……」
「お姉は服が欲しいんだ」
「え?」
どうやら無意識に声が出てしまったらしい。
最近までお洒落に興味はなかったが、気になる人ができたためか感性が少し変わってしまったのかもしれない。
以前の私なら思いもしなかったはずだ。
薫もニヤニヤと私を見ている。
「そっか葵ちゃんは服が欲しいんだね。なら私に任せて!可愛い服、選んでくるから」
雪さんが立ち上がり自信満々に宣言した。
あまり派手なのは選ばないでほしい。
基本的には常識人ではあるので心配はなさそうだが、もしもという場合がある。
結局この後は、雪さんに服の好みの系統や素材などを訊かれるなど、明日の勝負の話を忘れたかの様に本格的に女の子同士の会話になっていった。
孝太さんが帰ってくるまで雑談は続き、帰ってきてすぐにお開きになった。
すっかり時間を忘れてしまっていたが、二時間近く話していた。
孝太さんは私たちが居ることに驚いていたが、私たちは私たちで孝太さんが酔い潰れているお母さんをお姫様抱っこしていることに驚くといった事もあった。
そして全員がリラックスした状態のまま、勝負当日の放課後を迎えた。
多少の緊張はあったものの、精神的な面では気になることはなかった。
ただ休み時間に一度も西口さんと話せなかったのは心残りだ。
既に生徒会室の前に居るので、後は入るだけだ。
昨日よりも入るのはすんなりいきそうだ。
「失礼します」
今回はノックの後に返事を待たずに入室した。
「待ってたよー」
応えた会長さんからは昨日と同じ様に余裕が感じ取れた。
生徒会室には昨日のメンバーに加え、お姉ちゃんと小田切先生がいる。
小田切先生は生徒会の顧問でもあるので居ても私は不思議には思わないが、私の後に入ってきた雪さんや薫、最後に入った孝太さんは小田切先生が居ることに疑問を感じている。
そんな私たちの様子を会長さんは眺めていた。
「あれ?柏木くん、目の下に隈がない?」
「実は少し寝不足で」
会長さんが離れているのに孝太さんの異常に気がついていた。
実は雪さんが昨晩、本当に説教したらしく寝不足になってしまったらしい。
だが二人とも 、いつも通りでなんの問題もない。
「もしかして、有明さんが説教してたから?」
質問したのは会長さんではなく、西口さんだった。
昨日、雪さんが言っていたことをよく覚えていたと思う。
「まぁ、確かにそうですけど……」
(あれ?昨日はあんなに緊張していのに)
西口さんの質問には孝太さんが答えた。
だが、それは当たり前だ。
西口さんが孝太さんに質問をしたのだから。
変に感じたのは西口さんが孝太さん相手に普通に話していたことにだ。
そして変に感じたのが気のせいではなかったことが、すぐに証明された。
「やっぱり、柏木くんはその娘達に縛られてるんだね…私達が勝ってすぐに開放してあげるから!」
『は?!』
西口さんが何を言っているのか理解できなかったのは、私だけではなかった。
光と薫、雪さんに加えお姉ちゃんや小田切先生。
更には他の生徒会メンバーもだ。
西口さんの発言の意味を知るのは頭を抱えている孝太さんだけなのだろう。




