野球?いいえ、別の何かです。
時は西暦2999年。
マンネリに頭を抱えていた国際野球連盟は、とある重大な決断を行った。
今までの常識をひっくり返すその暴挙とも言える決断に、世界中のメディアが大騒ぎとなる。
国際野球連盟の下した決断、それは――――ピッチャー、バッター、いや、全てのポジションの選手達の動きにかかる制限の「大幅撤廃」であった。
ボークの廃止、様々な人外選手、人外行動の認可。
どんな奇妙奇天烈な投球フォームであろうと、頭を360度自由自在に回転させながらバットを振ろうと、飛んできた打球をフィギュアスケートのトリプルアクセルでキャッチしようと、一切咎められることが無くなったのだ。
人はこの国際野球連盟の決定を「野球混沌革命」と呼んで受け入れた。
無論、この状態であろうと人として最低限のルールは守らなければならない、という制限はつけられたがこれにより、野球界は魔境へと変わる……。
……これでいいでしょうか。堅苦しい台本の解説は疲れますね。
「という事で、やって参りました、2999年プロ野球、日本大会予選! 今回からなんと、全ポジションの選手がフリーダムな行動を行っても問題ないとのことです! この記念すべき第一回大会の実況を務めさせていただきますのは、以前の萌え村特集で大反響を得た私上坂レポーターと、現日本プロ野球協会会長の鐵工さんです!」
「只今ご紹介頂きました、日本プロ野球協会会長の鐵工です。本日は、上坂レポーターと共に、詳しく解説していきたいと思います」
「本日はよろしくお願いします、鐵工さん」
「ええ、こちらこそ、よろしくお願いします。上坂レポーター」
まあ、これからはいつも通りやっていきますよ! なんせ、今日の対戦カードは……。
「鐵工さん、今日の対戦カードは確か『大阪超人会』と『神戸虎ドール』でしたよね?」
「ええ。その通りです。大阪超人会は今回のルール変更によって参戦してきたチームで、新参チームですが圧倒的な力で今まで行った非公式試合全部で『一回完封勝利』というとんでもない結果を叩き出していると聞いております」
なんと! 全試合『一回完封勝利』とは圧倒的過ぎるじゃないですか。
「ええ。ですので、我々も期待しております。プロ野球に新しい風を吹き込んでほしいですね」
「と話している間に、選手が入場してきましたね!」
両チームの選手団が甲子園の球場に入ります。
片方は全員が今までの旧式野球をイメージしたような……というか、実際に旧式野球のプロでしたね。
こっちが『神戸虎ドール』ですか。
虎ドールのロゴの入ったユニフォームですし。
「ええ。『神戸虎ドール』は旧式野球の代表です。異次元野球と称される大阪超人会にどこまで戦えるのか楽しみですよ」
なるほど~。
それは楽しみですね!
そしてもう片方……背中に黒い文字で「自由と混沌の超人会」と大きく書かれた七色のユニフォームを着ているのが……言うまでも無く超人会ですね。
ユニフォームも自由です。まさかの背番号がありません。
鐵工さん、選手がバッターボックスに立った時、一体どうやって呼ぶんでしょうか?
「その辺は心配いらないですよ。事前にあちらから選手の名前とポジションを教えられているので、この試合のナレーションはその紙を読み上げるだけです」
「なるほど~。それなら安心ですね!」
我々にとって一番困るのは選手の顔と名前と背番号ですから。
それが分からないとインタビューも出来ません。
……っと、考え事をしている間に選手たちが礼を済ませたようですね。
最初は大阪超人会が守備……。
神戸虎ドールの先攻ですか。
「さあ、プレイボールですね! ……おや、超人会のピッチャーの様子が……?」
試合の合図を聞き、早速球場の方に目を向けます。
すると、そこには今まで見たことのない光景が。
超人会のピッチャーの首が360度ぐるぐると右回転しています。
ついでに下半身――――腰から下だけが左方向に回転しています。こちらも360度自由自在に回転しており、未知の光景を視聴者さんにお届けしています。
……超人会の投手の関節は一体どうなっているんでしょうか、鐵工さん。
「あれは『回転投法一之型』ですね。超人会の先発投手『驚他 人超』選手の基本投法です。首を360度自在に回転させることにより進塁しているランナーを牽制し、更に自身の体の柔らかさをアピールする狙いがあるようです」
「おお……確かに、360度自在に首を回せるピッチャーに睨まれながら盗塁は出来ませんねえ」
そんな根性のある選手は滅多に居ないでしょう。
……っと、驚他選手、今顔からボールを発射したような気がします。
よく見たら腕を全く動かしていないようですねえ。
虎ドールの選手陣は驚きのあまり固まっています。
バッターはバットを振る事すら出来なかったようですね。
「鐵工さん、今、驚他選手が口からボールを発射したように見えるのですが……」
「ええ、その通りです。驚他選手は口からボールを発射して投球することも出来るんですよ。しかもカーブやスライダーの投げ分けも自由自在です」
「なんと! まさに超人会の代表選手ですね。私も、そんな投手は初めて見ます」
虎ドールの選手は目の前の光景が信じられないといった様子です。
これは――――
「超人会の選手は常にプレッシャーを放っていますからね。このプレッシャーを克服できない選手ではまず太刀打ちできません」
「なるほど……」
カメラマンさんが見たら泡を噴き出しそうですよね。
正気度が瞬く間に無くなってしまいそうです。
この前の萌え村特集でもすでに正気を失っていましたし。
「おっと、二球目の投球行くようですね……って、ピッチャーの身体が……」
ピッチャーの驚他選手、今度は足を自在に回転させながら更に上半身と下半身を別々の方向に回転させています。
時計回りに回転する上半身と、反時計回りに回転する下半身。
そして、左足と右足もそれぞれ時計回り、反時計回りに回っています。
驚他選手の身体は一体どんな構造をしているのでしょうか。
「さすが超人会ですね。あの動きを見たバッターの目が死にかけています。鐵工さん、凄まじいプレッシャーですね」
「ええ。超人会の投手のあの動きに圧倒され、これまで相対した全ての選手が戦闘不能に陥っています」
「なんと! 全ての選手が戦闘不能に! それは凄まじいですね!」
戦意喪失してそのままフルボッコにされる、という流れでしょうか。
よく見ると、虎ドールのベンチの選手達も怪しい雰囲気です。
「大阪超人会のあの投手……彼を崩せる人間が居るのかどうかで、勝負は決まると言っても良いでしょう」
「うーむ……強豪です」
超人会……。
今のプロ野球球団よりも明らかに強いですよ、これは……。
「ふぉおおおおおおおおおおおっ――――!!」
「っ!?」
「投げ……って、何でしょうかこれは!」
今度は驚他選手の雄叫びと共に、彼の右手から球が投げられました。
なんとこの球が上下左右に自在に移動しながら飛んでいます。
急降下したと思った球が突然浮き上がったり、左右自在に移動しており、テニスラケットでも持ってこなければクリーンヒットは不可能でしょう。
重力は一体どこに行ってしまったのでしょうか。
「あれは……驚他選手の全力頭球奥義第一の技『超級飛翔弾』ですね。自由自在に軌道を変化させながら突き進む魔球を捉える事は熟練のバッターでも不可能とされています」
「確かに、あれを捉えるのは不可能でしょうねえ……」
まるで空を飛ぶ鳥のような自由自在の軌道で進む投球。
虎ドールの選手は必死に捉えようとしますが突然浮き上がったり左右に動く球を細いバットで捉えるのはどう考えても不可能です。
案の定ストライク。
これでツーストライクです。
「……」
「あっと! 虎ドールのバッターが……!」
「プレッシャーに負けてしまいましたね……」
虎ドールのバッター、プレッシャーに屈してしまったようです。
まだ一回チャンスがあるにも関わらず、下がってしまいました。
次のバッターは……。
「おや? 誰も出てこないですね……?」
虎ドールの選手が誰も打席に立ちません。
「すいません! 虎ドールの選手達が全員戦意喪失してしまいました! この試合、棄権するとの事です!」
打席にいつまで経っても人が来ないことを不思議がっていたら、突然伝言メモを持ったドーム関係者が入ってきました。
しかし……。
「ええ!? まだ一回表ですよ!?」
「ああ、やっぱり……」
まさかの降伏ですか……早すぎます。
鐵工さん、どういう事でしょう?
「あの超人会の凄まじいプレッシャーに圧倒されると、後続のバッターや監督まで戦意喪失してしまいます。その結果、戦えなくなって棄権負け。そして、超人会の攻撃の有る無しに関わらず試合が終わるので『一回完封勝利』となっているのです」
「むむむ……超人会、凄まじいですね!」
一回表だけで決まってしまうとは!
強すぎますよ超人会!
これは今後のプロ野球が楽しみになってきますね! 鐵工さん!
「ええ。世界全体で超人会のような強豪達が野球界に新しい風を吹き込むでしょう。楽しみですね」
「はい! それでは、ここで解説を終了したいと思います! 本日の解説は鐵工さんです。鐵工さん、本日はありがとうございました!」
「ありがとうございます」
こういうプロ野球、出ないかなあ……。