プロローグ 慟哭
「ガハッ」
その仕打ちを見ていられずに、彼から瞳を逸らす。
「答えなさい。なぜ天使を拐った」
拐ったのではない。
私は彼に拐われてなんかいない。
自分の意思で彼の元にいた。
悪いのは私。
だから……………。
けれど、私は彼と約束をした。
天界の尋問場で尋問を受ける前に、何も喋ってはいけないと。
「答えよと申すに!」
刹那、尋問する天使の手から見えない力が飛び、彼の腹部に当たる。
「っぐ」
もう何時間もやっているこの尋問。
私は約束のせいで何も言えない。
そのため、見えない力で、天使だけが持つ霊力そのもので攻撃される彼の体は、もう血塗れで。
やめてと叫ぶことも、彼の無実を示すことも出来ない。
大切な彼さえも守れない。
助けたい。
でも、言えない。
私は彼と共に生き、彼と共に死にたい。
彼だけが本当の私を見つけてくれた。
本当の自分を気づかせてくれた。
悪魔でありながら、私を喰らわなかった彼。
護りたいの。
天使で有りたいの。
たとえ護るべきものが違っていても、護りたいの。
刹那、私の体は動いていた。
純白の翼を羽ばたかせ、彼の前に立ち塞がる。
「何をしている!悪魔を庇うと言うか!」
尋問する天使は怒り、私を見て怒鳴る。
「やめろ………っ」
後ろからも、彼の驚いた、けれど私の行動を否定するような声が聞こえる。
「私は、拐われてなどおりません。私は、自分の意思で、この者の傍に居りました」
「なら、お前も同罪か」
「ですが、私は何も喰われていません。翼も、体も、心も。すべて私の意思でしたこと。彼にはなんの罪もありません」
私は一言一言、彼女の心に少しでも響くように。
でも、それは逆効果だった。
「ならばお前の罪は、なお重い!」
怒りを先程よりも露わにした天使は、私に向かって霊力を放つ。
避けられないと思った刹那、背後から膨大な魔力が飛んでくる。
悪魔特有の、魔力が。
「何をする!」
「アンタにコイツを傷つけさせねぇよ」
「このっ」
天使は霊力を放ち、拘束具を自力で解除した彼の後ろに隠れる。
「お前、何も言うなってあれほどっ」
「解ってる。解ってるけど……………」
見ていられなかったから。
最後の気持ちは、言葉にならなかった。
彼の体の傷が、壮絶過ぎて。
「癒せ」
私は魔力で霊力に応戦している彼の傷を癒していく。
致命傷のような傷も、小さな傷も、すべて。
でも。
それは突然終わりを告げる。
刹那、背後で天使の翼が羽ばたく音が聞こえた。
けれど時既に遅し。
後ろから飛んで来た霊力に反応できず、私は死ぬことを覚悟した。
なんせ背後に羽ばたく天使は、私と同等かそれ以上の霊力を持っているのだから。
瞳をギュッと閉じた私に聞こえて来たのは。
ドゴッという音。
ひとつ聞こえれば、もう一度聞こえた音。
そして、ドサッという音。
三度目の音に心が折れかけつつも、嫌な光景を否定しながら、瞳を開けた。
すると、私を護ってくれていた彼の姿はなくて、尋問場の床に視線を移す。
そこには、無残にも霊力に体を二箇所も貫かれ、血溜まりを作っている愛しい彼の姿があって。
「え……………?」
無力だった。
私は、無力だった。
そしてこの事実は、変わることはない。
私は血溜まりの中に膝をついて、彼の体を掻き抱く。
「や、ぃや………」
頬に涙を伝わらせ、溢れる涙は彼の頬に落ちていく。
「まだ、やりたいこと、たくさんっ」
心にはたくさんの思い出が溢れる。
そんな時。
頬に彼の手が触れる。
驚いて目を見開けば。
「泣く、な………」
「ぁ、ぅっ……………」
「俺、幸せ……………………だった………お前は………まだ………………やりなおせるから……………頑張れ、リューエル」
その言葉を最後に、私の頬に添えられた手は、彼の腹部に落ちた。
「ぁ、やだっ………一人にしないでっ………」
私の慟哭は。
「嫌ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!」
誰にも、汲み取られることは、なかった。