世界創造 #01
「くそ!何でアンタがこんな目に遭わなきゃなんねぇんだよ!」
満月が丁度 真南に昇った頃、隼人は気絶した結乃を抱いて道路を走っていた。
辺りに人は消え去り、彼の足音と呼吸音だけが響いていた。
隼人は走ることには自身があるが、さすがに女の子を一人抱いて走るとなれば大量の消耗もスピードも低下するのも当然だった。実際問題、今にも固まって動かなくなりそうなほど疲労が溜まっていた。しかし、彼はその足を止めることはできない。もし足を止めれば、彼の足が一本や二本 無くなることは容易く想像することができた。
何故なら、隼人の走る後ろには足音も無しに同じくらいの速度で走り寄る、一人の女がいるからである。彼女の身体は赤いオーラで覆われ、その両手には日本刀が握られていた。
赤いオーラ―――、それは能力者を四つに分けた最高のレベルに達している者であることを示している。
幸い、女の目的は結乃の確保で、傷つけることはできないはずだ。しかし、捕まった後に彼女が酷い扱いを受けることくらい予想できた。
平央区は「超能力者も無能力者も平等に扱う」という条例を定め、その為 多くの能力者が集まっている。しかし それは口だけで、実際は珍しい能力者を見つけ次第 確保し、実験台として一週間ほど麻酔で眠らせて脳内の研究を行ったりするのである。そして、あの女もその一人だろう。
人間の興味心というのは、実に恐ろしい者である。謎を解明するためには人を斬ることすらためらわないのである。
隼人は結乃の能力を知らないが、その能力を持つ者は世界中を探しても結乃しかおらず、彼女曰く 珍しいのはそれだけで無いらしい。
しかし、そんなことは考えられている暇は隼人にはない。とにかく、今はあの女から逃げきることだけを考えなければ―――。
隼人は駄目だとわかりつつも、距離を確かめるために後ろを向く。
すると、女は右手に持つ刀を満月へ向けると、半円を描くように地面に刃の部分を叩きつけた。しかし、はじかれるはずの刀身は、コッというわずかな音と立てたと同時に 逆に地面の中に吸い込まれるように入っていった。
隼人はこの現象をさっきも見た。
あの女の能力によって生成された日本刀は、そこに立つ電柱柱を一本切断した。そのせいで そこらの人間どもは逃げ、一人も居なくなったのである。
刀は地を削り、女は地を走って隼人に迫る。さすがに隼人の体力も速さも低下していき、女の足音が迫ってきているのを感じた。
女の能力は恐らく『切断』の能力だ。あの刀はその空間に触れただけで そこを切断する。
「くっ、もう一か八か……」
隼人は呟くと、青いオーラを発した。青いオーラは能力者で最も低いレベルであることを示す。しかし、今は逃げ切ることさえできればいい。
隼人は出せる限りの力をこめて、思いきり地を蹴った。瞬間、発生したエネルギーと同じ力量がその場に複製された。結果、隼人の一蹴りによる歩幅が伸びた。
続けて左足でも地を蹴って、そこに発生した力量を複製する。
隼人はこれを実行する前と比べて、あの女との距離が伸びたのを感じた。しかし―――。
「!?―――しまった」
隼人は疲労によって力量を複製する位置を間違え、バランスを崩してしまう。
なんとか転倒を免れられたのが不幸中の幸いかと思ったが、すぐに女との距離が縮まった。隼人は後ろを向く。今から走りだして、体力的にも距離的にも逃げられそうになかった。
瞬間、地から抜き取られた右手の刀が楕円を描き神谷の足に触れ、そのまま真っ二つに切断した―――と思った瞬間。
「……?」
隼人の腕の中で眠っていた結乃が目を覚まし、肉の斬る音が聞こえる間もなく女の持つ右手の刀が音もなく砕け散った。
そして結乃は周りの状況を確認するためか隼人の後ろに立つ女へ視線を映した。しかし、結乃の視界に左手の刀と女のオーラが視界に入る寸前、刀は砕けてオーラは瞬間的に消滅した。
隼人にも何が起きたかは理解できなかった。しかし、少し遅れて気がついた。
これが、結乃の能力だと。
隼人が何故、二刀流の女に追いかけられてまで彼女を守るのか、それに理由などない。ただ、隼人はそこに組織から逃げる彼女がいたから。ただ、それだけのこと。
あえて言うとしたら、この汚れた世界が嫌いだったから、か。約束というのは口だけで、最終的には皆を裏切る。隼人はそんな社会が嫌だった。だから、それから逃げる彼女を守りたかった。
隼人は逃げる。彼女と共に。
組織から結乃を守るため。汚れた世界から逃げるため。