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「巫女と護衛」本編および後日談に入らなかった話です。少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。

 歓声が高い空に吸い込まれる。

 撒かれた花の向こう側。微笑むあの人の姿が見えた。



 あのひとに初めて会った日の事は、今でもはっきり覚えている。



 友達の所へ遊びに行った帰りだった。いつも通る道べりには食堂があった。

 その店先のベンチに、初めて見かける女の子が座っていたのだ。

 ローランドよりも年上に見えるその子は、旅人が着るような地味な色合いの、フードの付いたマントを羽織っている。

 その子にはかなり大きいのだろう、マントの袖口からは指先しか見えない。普通に座っていたのでは裾を地面に擦りそうだからか、裾をたくしあげて座っていた。

 裾からは細い白い足首が覗いている。小さい子がするみたいに、女の子は退屈そうに足をぶらぶらと揺らしていた……その、足は。

 なぜか裸足だった。すぐ近くに靴は見当たらない。

 どうやってここまで歩いて来たんだろうか。

不思議に思って、じいっとその子を見ていると、ばっちり目が合ってしまった。

 あら、と女の子の口が動く。どうしようかと考えたのはほんの一瞬。

 それよりも好奇心が勝って女の子の傍に近寄り、にこにこと笑いかけた。

「こんにちは。お姉ちゃん靴はどうしたの?」

 女の子ははいこんにちはと挨拶を返してくれたあとに、ああこれですかと細い指先で足をさす。

「ちょっとね、治りかけの足でふらふら歩くんじゃないって言われて、靴は取り上げられてしまったんです」

「え、じゃあどこにも行けないじゃないか」

「ううん、移動するときは運んでくれるから、そこまで困らないですけど……うんでも一人でふらふらは出来ませんね……まあそれはよくなってからのお楽しみにしようかしら」

 最後の方はやけに残念そうな顔で呟いていたのでローランドは首を傾げてしまった。よくなってから、と言う事は。

「この街にしばらく居るの?」

 すると女の子はにこりと笑った。とくん、と胸のどこかが音をたてた気がする。

 笑う顔は確かに可愛い。でももっと可愛い子をローランドは知っている。 その子に笑いかけられても、こんなふうにはならなかった。 

 心の中で慌てているローランドに気付いた様子もなく、女の子は実はですねと楽しそうに笑った。

「わたし、これからこの街に住むんです。きみはこの街の子?」

 うんとローランドが頷けば、女の子はじゃあこれからよろしくねと言う。

 ローランドは慌てて頷きながら、そうだと声をあげた。

「そうだ、この街、俺が案内してあげるよ!」

「ほんと?ええと、この土地の食べ物とか美味しいお菓子あるお店とか、詳しいですかっ」

「お姉ちゃん食べ物ばっかりなのな……」

 勢い込んで尋ねられ、ローランドは少し引いてしまった。

 何だか自分が言い出した“案内”とは少し違う方面に食いつかれたみたいだけど、美味しい食べ物、は母親にでも聞けば詳しく教えてくれるだろうし。

 女の子はこほんとわざとらしく咳払いをして、澄ました顔をしてそっぽを向いている。

 こちらに見える頬が薄赤く染まっていた。

「いいじゃないですか、知らない土地に来たら、その土地のものをまず食べなきゃ!」

「はいはい、別にお姉ちゃんが食い意地はってるとか思ってないから」

 握りこぶしを作って言い訳しなくてもいいよとローランドは笑った。

 うううと女の子は唇を尖らせて俯いて、何やらぶつぶつと呟いている。

「うう、年下の子にからかわれた……いいじゃない、まずは食べ歩きでも……」

 その様子がますます可愛らしくてローランドは笑いだしそうだったが、ここで笑えばますます拗ねられることは確実だった。吹き出しそうになるのを堪えて、ローランドは約束を取り付けるべく、女の子の名前と居場所を尋ねようとした。

 足が治っていないという女の子を連れまわすわけにはいかないから、だ。

 しかし、ローランドが口を開く前に、女の子はあ、と目を見開いてローランドの背後に視線を投げたのだった。

 ついでローランドの耳に入って来たのは、地の底から響くような、声。

「……何だお前は」


 それが、この地の領主さま、もとい魔王サマと、その奥方様との出会いだった。



 それから起こったあれこれは、きゅっと丸めて小箱に押しこんで、遠くの海に投げ捨ててしまいたい。

 今でこそご領主さまを“魔王サマ”だのと言って軽口もたたけるけど、いたいけな幼子だった自分にとって、泣く子もさらに泣きだすご領主さまとの初対面はそれなりに衝撃的だったのだ。

 女の子を軽々と抱き上げた魔王は、ローランドに鋭い視線をなげたあと、後ろを振り向きもせずに歩き出した。女の子が何やら抗議しても後ろで束ねただけの長い髪の毛を引っ張っても、全く気にもしなかった。そうして見る間にローランドの目の前から消えてしまった。

 どれくらい茫然としていたのだろうか、ローランドの耳に街の人が噂する声が聞こえてきた。

「あれって……もしかして、ひとさらいじゃないのかい」

 ひとさらい。そういえば、この近くの関所にひとさらいが出たとか父親が言っていた気がする。もしかして、あの魔王みたいな男がそうだったのかもしれない。

 それなら助けなきゃ。ローランドは自分の家へと猛然と走り出した。ローランドの祖父はこの地の領主代理をしていて、父親もその手伝いをしていた。きっとあの子を助けてくれる。

 そう、思っていたのに。

 知らされた事実は自分を打ちのめすに十分だった。

 まさかあの子が領主さまの奥方さまで、あの魔王がご領主さまだなんて、誰が思うのだろう。

 胸にともった淡い何かが、はかなくも砕けた瞬間だった。



 それでも、ローランドはそれからも奥方さまに何かと纏わりついたり、ご領主さまを魔王サマと呼んだりするのをやめなかった。

彼女のそばは居心地がよかったし、魔王サマと呼ばれて心底嫌な顔をするご領主さまの顔を見るのが楽しかったからだ。あの時感じた淡い何かの欠片だろうか、傍に居ると温かい気持ちになった。

彼女の実際の年を聞いて驚いたものの、もし彼女がご領主さまと結婚していなければ、それくらいの歳の差は気にならないのにとこっそり思ったこともある。

 勿論彼女を困らせる気はないので、無邪気な“弟”の立ち位置を貫き通すつもりだった。

 ローランドの父親は、よくもあの怖い顔見ながら魔王サマなどとからかえるもんだと呆れ交じりに感心していたが、だって、とローランドは思う。

 魔王サマは怖いけど、実際に何かするわけじゃない。たとえば敵に回るとか彼女を傷つけたりとかすれば、それはもう容赦なく叩き潰してくれるのだろうけど、そうじゃないなら、多少何を言っても煩そうに顔をしかめるだけだった。

 それをいいことに、ローランドはまるで肝試しのつもりでご領主さまを今日も魔王サマと呼んでいる。



「今日も綺麗に結ってもらってるなあ」

「キレイ?かわいい?」

「ああ可愛い可愛い」

「とうさんとおそろいなの~!」

「……そこだけが微妙だな……」

 ローランドの前ではしゃぐ女の子は、魔王サマ、もといご領主さまの長女にして末っ子だ。大きな目が印象的なとても可愛らしい子だったが、あまり……というか、彼女には全く似ていない。

 ご領主さまと彼女の間にはこの子を含めて三人の子どもがいるが、彼女に似ているのは長男だけで、次男とこの子はご領主さまの……正確に言うならご領主さまの両親に似ているとの事だった。

 下の二人がくっきりしたどちらかというと派手な顔立ちなのに対し、長男の方は彼女に似て穏やかで優しい顔立ちをしている。

 ご領主さまと彼女を並べ、そこへ子どもたちがくれば、ああ、と納得するのだろうが(ご領主さまもよくみれば整った顔立ちをしている。そこに何とも言えない“迫力”が強面に見せているんだなあと思うが、これはもう本人でもどうしようもないらしい。昔からああだったぞと、ご領主さまとは幼馴染だった父親が言うのだから、年季が入っている)子どもたちだけで居ると本当に兄妹かと不思議がられるくらい、似ていなかった。

 長男は性格も彼女に似ていて、普段は穏やかだけど時々とんでもなく頑固になる。ただ、下の兄妹が突拍子もないことをよく仕出かすせいか、はたまたどこか浮世離れした両親を持つせいか、何だか要らぬ気苦労を背負いこむ性分のようだった。

 時々空回りしては落ち込んでいる様子が可愛いと言ったら、顔を赤くして怒られた。その時、もしお前が女の子だったらよかったのになあと思わず言ってしまったのだが、はあ?と思いきり胡散臭そうな目で見られてしまい密かに落ち込んだのは内緒だ。

 彼女によく似た顔で言われたら衝撃も倍増というものだ。

 ああいう顔と性格が自分の好みなんだろうかと思って、似たような顔立ちや性格の子と付き合ってはみたものの、どうにもしっくりこなくてすぐに別れてしまった。それ以来、軽い付き合いを繰り返し今に至っている。

「ロー?」

 舌足らずな口調で呼ばれ、ローランドは視線を下に落とす。まだ幼い彼女の娘が、両手をのばしてこちらを見上げていた。抱っこしろという要求にこたえるべく、ローランドは腕を伸ばして抱き上げてやる。高くなった視界に歓声をあげながら、短い腕を伸ばして首にしがみついて、大好きと言っては笑うのだ。

「ローは?」

「はいはい、俺も好きだよ~」

「じゃあ、じゃあね、大きくなったらおよめさんにしてくれる?」

「大きくなった時に、それ覚えていたらしてやるよ」

「おぼえてるもん!」

 ぷんとむくれた子どもの頭をひと撫でして、わかったわかったとローランドは答えた。

 それは何度も繰り返される他愛ない約束だった。ローランドはそう思っていた。



 

 ローランドは瞬きを繰り返した後、俺の耳が可笑しくなったのかなと呟いた。

 すると目の前にいる美しい少女は、紅を引かずともあかい唇を笑いの形に歪め、訊き間違いじゃないわよと腰に手をあてて憤慨したように言う。

「はっきり聞こえなかったのなら、もう一度言いましょうか?ねえローランド、わたしと結婚して」

 約束したわよね?わたしは大きくなっても忘れてなんかいなかったわと言われて、ローランドは凍りついたように動かなかった体を無理やり動かした。カラクリが動くような、なんともぎこちない動きになってしまったけれど。

 そうして十数年前何度も言われていた事を思い出し、思わず頭を抱えてしまった。他愛ない子どもの口約束だとばかり思っていたのだ。そう、大きくなったらお父さんと結婚するの、などと同列だと。

 少女とローランドとでは、下手をすると親子ほども年が違う。

 今の今まで、ローランドは“約束”の事など綺麗さっぱり忘れていた。

 密かに動揺するローランドに構わず、少女はにこやかに笑いながらじりじり近づいてくる。

「ねえ、今日わたしは十六になったのよ?」

「ああ、さっきも皆でおめでとうと言ったばかりだからな」

 今日は少女の誕生日で、家族でお祝いをしていた。そこに隣人で付き合いの長いローランドやローランドの両親も招かれていた。少女はここ数年王都の学校に通っていたから、会うのはしばらくぶりだった。

確かに少女だとわかるが、見覚えていた頃より更に匂い立つように美しくなった少女を見て、少し寂しいような不思議な気持ちを覚えた。

 幼いころからうつくしくなるだろうとわかっていた。大輪の鮮やかな花が、今まさに咲こうとしているような様子に、微かに感じるものは何だろうと首を傾げる。少女はローランドの妹みたいなものだったから、その子が大きくなりやがてはどこかへ行くのが寂しいのだろうかとも思う。

 ローランドの視線に気づくと、少女は傍にやって来て、ドレスの裾をつまんでくるりとその場で一回転した。

「ねえ、どうかしら?綺麗?」

「ああ、綺麗綺麗。ほんと綺麗になったなあ」

 そう言って前の癖で頭を撫でてやろうとして、ローランドは手をひっこめた。ドレスに合わせて髪の毛も綺麗に結いあげている。おそらく少女の母の力作だ。それを台無しにするわけにはいかなかった。

 そうして少女の誕生日を祝って、飲んだり食べたり話したり……贈り物をしたりして、賑やかで楽しい時間は過ぎて行った。

 祝いの席が、しまいには酒宴に突入するのはいずこも同じらしい。

父親は早々に酔いつぶれ、母とご領主さまの次男に連れられて部屋の奥に引っ込んだ。この家の客間で寝かせてもらうのだろう。母は戻って来なかったので父に付き添って休むらしい。

 ご領主さま、もとい魔王サマは強い酒を水でも飲むかのようにぱかぱか開けている。呑んでばっかりいないでちゃんと食べて下さいよと彼女は色々なつまみをすすめ、魔王サマは無言で口に入れていた。長男はあまり呑めないが酒は好きなようで、テーブルの反対側で機嫌よさそうに笑っている。その隣には次男が居て飼い主に懐く犬のようにべたりとはりついていた。

 少女は、みんな相変らずねえと苦笑しながら、軽くて呑みやすい酒を呑んでいる。

 それはローランドがここ十数年見てきた光景だったが、これもそう遠くない先で失われるものなのだ。長男は神殿の神官となっているから、いずれ次男がこの家を継いで妻を迎えればここを離れるだろう。少女もいずれは誰かに嫁いで、ここからいなくなる。

 それは特段悲しい事ではないはずなのに、不意に息苦しさを覚えてローランドは立ちあがった。

「ローランド?」

 呼んだのは誰の声だったのだろう。

 ローランドはちょっと風に当たって来ると言い置いて、席を立った。

 勝手知ったる他人の家の、庭先でローランドはため息をついていた。先程感じたものは何だったんだろうか。心の底を浚っても答えは見つかりそうにない。あ~あと気の抜けた声をあげながら夜空を見上げた。

 あんな奇妙な寂しさを感じるくらいなら、傍にいる誰かを見つければあんな思いはしないのだろうか。

 ローランドはいまだ独り身だった。今まで縁がなかったわけじゃないが、結婚までには至らなかった。両親もお前の好きにすればいいと言ってくれていた。

 しかし三十を越えた事でもあるし、そろそろ両親を安心させたい気もあるのだ。

「……どうしようかなあ……」

「何が?」

 そこへ少女の声が聞こえてきて、ローランドは驚いて振り返る。いつの間にか家から出てきていた少女は、ランプを片手にこちらへと近づいていた。

「何でもない。ああ、まだ夜は冷えるんだからそんな薄着で出てきちゃ駄目だろう」

 少女はドレス姿のままだ。肩が露わになったそれは室内ならともかく外に出るには向かない格好だ。

「ローランドがなかなか戻って来ないから呼びに来たのよ。あなたこそ風邪ひくわ」

「大丈夫だよ」

「そう?……ねえ、ちょっと話があるんだけど、いいかしら」

 いいよと答えると、少女はローランドの手を引いて歩きだした。小さい頃は手を繋ぐどころか抱き上げもしていた少女だ。その少女が成長して、昔はローランドがしゃがみこまなければ合わなかった目線も、今では少し下を向くだけで合わせる事が出来る。

 小さな頃はふくふくとしていた手のひらも、今ではすっと伸びた細い指先になっている。あの小さかった子が大きくなっただけだと思おうとしても、繋いだ手のひらから伝わる熱に、ローランドは動揺していた。

 少女がローランドを連れてきた先は、この家の居間だった。

領主の屋敷らしく一応の設えはあるものの、あまり他人を立ち入らせるのが好きでないご領主さまは、ごくわずかな手伝いの人間をいれるだけで、ほぼ家族だけで暮らしていたのだ。

勿論、大きな屋敷を維持するのに人手は足りず、普段使わない部屋は閉めているという状況だった。

 とはいえ、不意の来客もあるかもしれないため、客間や居間のいくつかは常に使える状態になっている。少女がローランドを連れてきたのはそのうちの一つだった。

 灯りをともしたあと、少女はローランドに向き直り、きゅっと唇を噛んでいた。おや、とローランドは首を傾げる。その表情はどこかで見た気がしたからだ。

 それがいつどこでだったかを思い出す前に、少女は口を開き、ローランドを仰天させたのだった。


「ねえローランド、わたしと結婚して?」



「……あ~……あの、な」

 何と言っていいかわからず、ローランドは困り果てて意味のない声をあげる。確かに幼い少女とそんな約束を交わしたのは事実だ。しかし今の今まで自分は忘れていて、でも少女はおぼえていた。その差が何とも言えず居たたまれない。

 少女はじいっとローランドを見上げている。ローランドは小さくため息をついて、口を開いた。

「お前がそう言ってくれるのは、嬉しいけどな。よく考えてみろ俺はお前より何歳年上だと思ってる?下手すりゃ親子ほど離れてるだろ?お前なら他にもっといい奴が見つかるだろう?」

 だから、ごめんなと続ける筈だった言葉は、喉の奥に引っ込んでしまった。何故なら目の前の少女が声もなくほろほろと泣きだしたからだ。

 小さいころでさえ、転んでも叱られても滅多に泣かなかった少女が、ローランドの目の前で泣いている。生まれた時から知っている少女の、滅多にない泣き顔にローランドはどうしていいかわからずに意味もなく手を上げ下げした。

 小さい頃なら抱いてあやしてやれた。しかし成長して……大人の入り口に立つ少女をこれまでのように抱きしめていいか、迷ったのだ。

 少女は泣き濡れた目のまま、ローランドを睨みあげる。

「わたしが聞きたいのは、そんなことじゃないわ。答えてよ、わたしが嫌い?」

「まさか、そんなはずはないだろう」

「それでも、結婚相手としては、対象外なのね?」

「それは……」

 ローランドは言葉に詰まった。対象外というか、今まで考えてもみなかったのだ。自分にとっては突然言われたにも等しく、詰め寄られてもしどろもどろになるばかりだった。

 うまい言葉も言えず情けないと自嘲するローランドだったが、次の瞬間今度こそ凍りついてしまった。

「わかってるわ、ローランドが好きなのは、母さんなんでしょ?」

「え、ちょっとそれなに」

「知ってるもの。家に来てる時は母さんの方よく見てたし、兄さんに女だったらよかったのにって言ったじゃない。知ってたわよ」

 震える声で少女は言葉を紡いでいた。そして、でもねと小さく呟いた後、堰を切ったように泣き声まじりに叫んだのだ。

「でも、わたしは母さんにちっとも似てないわよ!こんな派手な顔だし、性格だって母さんと違ってキツイわよ。似てた方が好きになってくれるなら、その方がよかったわ。でも、これがわたしなんだから仕様がないじゃないっ」

 そうしてますます激しく泣き出した。しゃくりあげるたびに細い肩が震えていて、痛々しかった。

 ローランドは腕を伸ばし、少女の細い肩を抱き寄せ、腕の中に囲い込む。少女は一瞬体を強張らせたが、すぐにローランドに体を預けた。ローランドは少女を宥めるように背中を撫で、髪の毛を撫でた。

「ごめんな」

「……それは、何にたいして謝ってるの?」

「俺が約束を忘れてた事に対してさ」

「……本当は、子どもの頃に言った事なんて、忘れてるかもしれないって思ってたわ。年だって違うから、いつかこれが奥さんだよって紹介されるかもしれないって思ってた」

「じゃあ、何で今言うつもりになったんだよ」

「あなたがずっと独り身だったから……もしかしてまだチャンスはあるのかもって思ったの」

 チャンスどころか、全然対象外だったわけだけどねと少女はローランドの胸に顔を埋めて呟いた。胸元は少女の流した涙でしっとりと濡れている。ローランドは思い出していた。何かを決心したように唇をかみしめ、こちらを見ていた少女の事を。あれは王都の学校に行くため、この地を離れる少し前の事で。そして最後に少女が、お嫁さんにしてくれるかとローランドに尋ねた時の事だった。

 こんな事を言ってくれるのも、これが最後なのだろうとローランドは思っていたのだけど。

 何だかなあ、ローランドは天を仰ぎたい気分だった。何かに捕まった気分だった。

 巻き起こるであろう騒動が頭の隅をかすめたけれど、今はそれに蓋をしておくことにする。それより大事なのは、少女の涙を止めることだったから。

 少女の頬に手をやり、顔をあげるよう促す。初めは嫌がっていたが、やがて諦めて渋々と顔をあげた。しかし目は逸らされたままだ。

「泣きやんでくれるか。どうもお前に泣かれると、どうしていいかわからない」

「っ、じゃあこの手を離してよっ。こんなみっともない顔、見られたくないのっ」

 目も鼻も赤くしているが、ローランドはちっともみっともないとは思わなかった。

「可愛いよ?うん、可愛い可愛い」

 そう言うと、ぱあっと刷毛で刷いたように少女の頬が赤くなった。それを見てローランドはまた可愛いと呟いた。

 少女は再び顔を伏せて、何やら悔しそうに唸っている。

「これ、計算でやってないんだから、性質が悪いわ……」

 首を傾げながらも、ローランドは囁いた。

「なあ、俺に少し時間をくれないかな」

 時間、と少女は繰り返した。

「そう、きみをもっと知る時間。それを俺に頂戴」




 そうして今、ローランドと少女は、皆から祝福され振り撒かれる花の下に立っている。

 ご領主さま、もとい魔王サマ、そして今日から義父になる人は、花が降る向こうで相変わらずの強面で、まるで自分を睨むようにこちらを見ていた。 その隣に寄り添う彼女……義母は、いつものおだやかな笑みを浮かべていた。

 その笑みを見ても、ただ慕わしさしか感じなくなったのは、いつからだっただろうか。

 思いかえせば、今日から妻になる少女が、何度も何度も“お嫁さんにして”と言ってきた頃からだった気がする。

 本当に随分前から捕まえられていたのだと……ローランドは苦笑して花嫁を抱き上げる。

 そうして妻になる少女の頬に口づけを落とした後、花降る中を歩きだしたのだった。




                              END


       



お読みいただき、ありがとうございました。

ローランドと末っ子の年の差は15才。(本文中では全く触れておりませんが)小さいころから押しまくっていた末っ子の勝利?でした。


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