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この地方に伝わる昔話 ~人間side~

人間サイドから見たお話です。

 その人間は、森を散歩していました。とても天気が良く、気分も晴れやかです。

 鼻歌を歌いながら歩く人間の頬に、ふいに一粒の雫が落ちてきました。それから、見る見るうちにどしゃ降りの雨が降ってきました。

 人間は慌てて木陰に入り、雨宿りをすることにしました。晴れやかな気分も、だんだんしぼんでいきます。

 こうして雨が止むのを待っていると、突然目の前が真っ暗になりました。何も見えません。

 何が起きたのか分からず混乱している人間の耳――というよりは頭の中に、声が響いてきました。

「私は、君たち人間を創った神だ」

 声――神はそう言いました。不思議と、「ああ、そうなのか」と思いました。

「君には、人間たちがどのようにして滅ぶかを私に教えてもらおう。君は今この瞬間から、君以外の全ての人間の最後の一人が死ぬまでは、決して死ぬことはない。君が死んだら、その魂は私の所へ来るようになっている。しっかりと、人間の最後を見届けるのだ」

 言い終えた瞬間、景色が元に戻りました。雨もすっかり上がっています。

 今のは何だったのだろうと考えましたが、よく分かりません。なので、幻だったと思うことにして、そのまま家に帰りました。


 それからしばらくは、特に何もありませんでした。いつも通りの生活を続けていました。

 しかし、何年かたつ内に違和感を感じ始めました。自分の姿が、ある時から変わっていないように思えるのです。髪も爪も伸びるのに、身長や外見は変わりませんでした。

 家族や周りの人間も同じように感じたらしく、だんだん離れていきました。それでも、気のせいだと自分に言い聞かせて、あまり考えないようにしていました。


 ついに、家族は皆死んでしまいました。なのにその人間は、あの時のように若いままでした。

 何故だ、と人間は叫びました。どうして自分だけ歳をとらないのか、と。

 そして、唐突に思い出しました。あの日、雨宿りの最中に起こった出来事を。あれは幻などではなく、本当に神の仕業だったのだと。

 それと同時に、激しい怒りが込み上げてきました。神の身勝手な都合で、自分は歳もとらず、誰からも不気味がられてしまうのですから。

 神に対する怒りを燃やす人間の前に、ある日悪魔が現れました。

 怒りに満ちたその表情かおを眺め、赤毛の悪魔は囁きました。

「熱く重い、神への憤怒……。なかなかに興味深い」


 何とか怒りが治まった後は、周りの人間――普通に生き、普通に死ぬ人間たちへの羨望が押し寄せてきました。周りはどんどん歳をとっていくのに、自分だけ何故……という思いが、日に日に強くなっていきました。

 そうして周りを妬む人間の前に、悪魔が現れました。

 羨望が渦巻くその瞳を覗き、青い悪魔は囁きました。

「ああ、分かるぞその気持ち。自分と違う周りの者が羨ましいという暗き嫉妬じゃ……」


 羨望は大きくなり、痛いほどに強くなっていきました。自分も歳をとって死にたい、一緒に歳をとる友人や恋人が欲しい。けれど決して叶わない欲望に、どうにかなってしまいそうでした。

 必死に欲望と闘う人間の前に、二人の悪魔が現れました。

 どの願いにも届かないその手を取り、少年と少女の悪魔は囁きました。

「大丈夫。君はその永遠の身体で、どんな強欲だって叶えられるよ」

「恋人どころか、ありとあらゆる性欲も満たされるわ」


 満たされない欲望に絶望した人間は、食べることでその隙間を埋めようとしました。しかし、何を食べても味がしなく、満たされた気持ちにはなりませんでした。

 食糧の残骸の中に座り込む人間の前に、悪魔が現れました。

 惨めに汚れたその口元を拭い、大柄な悪魔は囁きました。

「いくら大食いをしたところで、満たされるのは心じゃない」


 何をしても無意味なのだと悟ると、何もする気が起きなくなってしまいました。何をしてもしなくても、何を考えても考えなくても、自分が周りと相容れないということに変わりはないのですから。

 何もかもを放棄した人間の前に、悪魔が現れました。

 無関心なその態度を見て、長い髪の悪魔は囁きました。

「……怠惰に………何もせず、ただ、生きるだけ……」


 もういっそ狂ってしまいたい。ぼんやりとした頭でそう考えた人間のもとに、最後の悪魔が現れました。

 壊れてしまいそうな人間に妖艶に嗤いかけ、美しい悪魔は囁きました。

「確かに君は何も持っていない。でも同時に、周りの人間共にはないモノを持っているじゃないか。君には不死の身体と永久の命があり、悪魔()たちもいる。何だってできるじゃないか。もっと傲慢になればいいんだよ。人間共が滅ぶまで死ねないのなら、滅ぼせばいい。俺たちが手伝ってあげよう」

 歌うような声に顔を上げると、七人の悪魔たちが嗤っていました。それはそれは、愉しそうに。

「俺たちが、君の傍にいよう。家族にも友人にも恋人にもなってあげよう」

 人間は、悪魔の手を縋るように取りました。

「よろしく。愉しませてくれよ? 哀れな―――」


 

 そして。


 その人間は、いつしか〝魔王〟とよばれるようになったのです。




 





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