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かつての来訪者《エトランジェ》達

ホトロゼナン山城の執務室にペタン、ペタンと判を押す音が不規則に響きわたる。

判を押しては書類を脇に寄せたと思えば次の瞬間には次の書類が机の上に置かれており、隼人は溜め息を吐きたくなるのを抑えて書類に目を通す。


「ん、なんだこりゃ?」


書類を読んでいた彼の眉がしかめられ、幾度か繰り返し読んだ上でそれには判を押さず溜息と共に脇に控える侍女にそれを渡した。


「これ三番の籠に」


侍女は静かに頭を下げてその書類を言われた籠へしまい、隼人はそれを見ることなく別の侍女が差し出す書類を手に取り目を通す。

朝から何度繰り返されたかもわからぬこのやりとり、これがここ数週間の隼人の日課だった。文武ともに少しずつではあるが整ってきた今日このごろ。それに伴い隼人の書類仕事も日に日に増加の一途を辿っていた。


「人手が足りないな………」


兵士の休暇申請や村単位での祭の予算の申請など仮にも王である隼人の判断が必要なものとは正直思えなかった。


「仕方あるまい。例え広大な国土を持とうともその七割以上が山なのだ。国土の広さに反して人を養え住まえる場所はとても少ない」


リリィの言葉に隼人の視線は壁に張られた国の地図へと向けられる。

空を舞うことのできる翼人族シュラミュケーア鳥獣族ハルフォルクと言った種族の住まうスカイル王国の地図作製能力は非常に高く、この執務室に掛けられた地図と同等の質を誇る地図を作成できる国はスカイルを除けば後一、二国あるかどうか。


そして彼が見るその地図の大半が山であり、所々に村や集落を示すピンが刺さっている。しかしその村の規模もそれぞれ千人に満たず、先の戦いであれだけの数が揃ったのは殆ど奇跡に近いことだったのがよくわかる。


「まぁ特にひどかった食料の問題も、そなたが見つけ出した例の芋等のおかげである程度解決するし人口も少しずつ増えていくだろう。住む場所にしても山を切り開けば良いことだしな」


あの芋を見つけた後、隼人は少数を率いて白龍連峰を探索した。その結果芋の他にも人参や大根、牛蒡、果ては竹などこの世界には無かった野菜や植物が大量に自生しているのを発見し、それを調べた結果案の定先の芋と同様の異能力《環境適合》を持った来訪者エトランジェであることが判明した。

どんな環境にも適応して実を付けるこれらの栽培を始めた結果、僅か二月で収穫可能なまでに成長し現在では国の倉庫を凄いスピードで満たし新しい倉庫を準備している最中である。


「そうなんだけどな、あんな早さで成長して収穫を繰り返したら土の栄養分が枯渇するんじゃないか不安なんだよ。それに山を切り開くにしてもあまり切りすぎると地滑りだっけ?そういのが起こり易くなったはずだし………」


「……どういうことだ?」


「何年も前に学校で習ったことだからうろ覚えなんだけど、植物は土の中にある養分、つまり栄養を吸い取って成長するんだけど当然その養分は無限じゃない。たしかその養分を回復させるための期間が必要なはずなんだ」


記憶を掘り起こそうと腕を組みながら説明するが、なにぶん大半の授業を寝てすごしてきただけにその記憶も曖昧なのだ。


「木の方はたしか木の根が土の中に張り巡らされることで、それが土をがっしりと掴んで水に流され辛くするんじゃなかったかな?

昔無計画に伐採をしたせいで土砂崩れが起こりやすくなったとか………」


「ふむ、しかしこれからのことを考えるとどちらも必要なことだ。栽培も伐採も止める訳にはいくまい」


うんうんと唸りながら説明をする隼人ろ対照的に、リリィもその内容について腕を組みながら真剣に思考し始める。


「そうなんだよな。とりあえずミニストル達にこのことを話して何か対策を考えさせよう」


「それがいいだろうな。とりあえずこの話はこれで終わりにしよう。このまま話しを続けていたらいつまで立っても仕事が終わらないからな」


そうして二人は仕事を再開させるが、それはすぐに中断されることとなる。慌てた様子で執務室に駆け込んできた兵士によって。











スカイル王国東部サライナラス港。スカイル王国東海岸全体を占めるこの巨大な港に三頭もの大型海竜が牽引する巨大な船が寄港した。帆も櫂も無くさらには木造ですらなく、その全体を鉄で覆われた楕円形のそれは既に船と呼んでいいのか疑問が残るが、それでも甲板らしきものがありその側面にはでかでかと鎖で作られた輪の中にに三頭将を示す剣に騎乗槍、杖を交差させたスカイル王国の国旗が描かれていることから、これがスカイル王国の船であることが伺える。


その奇怪な形状と海竜に船を牽かせるという今までにないそれに港の民達は好奇心も露わに港に押し寄せ大きな人集りができあがり、人が集まれば当然喧騒も大きくなる。

そしてその喧噪がひときわ大きくなったのが、寄港した船から降りてくる人物に気付いた時だった。

海竜の鱗を加工して造られたスケイルメイルに身を包んだ魚人族シーラカーラの青年、スカイル王国建国と同時に三頭九将の一将である水兵将に任じられたジャウラが、任命の際に授与された翠晶のトライデントを手に船から降りてきたのだ。

さらに彼の後ろにはさらに人々を驚かせる人物が続く。

赤黒い紋様の入った漆黒の鎧に鋼鉄よりもなお堅いと言われる黒水晶の大剣を背負った豹人族と人間のハーフの女性、剣頭将グリミナが船から現れたのだ。スカイル王国における軍部の最高位の二人の姿に港に集まった民達が歓声を上げた。


「何かをしたわけでもないというのに、すごい歓声だな………」


「先の戦の大勝利のことがまだ忘れられないんでしょう。とくに勝利を決定的な物のしたマグガディアの首都占領戦にはグリミナ殿も参加してた上に先王時代の活躍もある。普段姿を見ることのできない彼等にとっては生きた伝説にも似た扱いですよ」


憮然とした表情をしたグリミナの呟きに苦笑しながら答え、集まった人々に片手を挙げて応えるジャウラ。

伝説扱いをされたグリミナは一瞬嫌そうに顔を歪めかけるも、観衆の前であることを思い出し無理矢理表情を整える。


「それで出来の方はどうなんだ?

私は船については門外漢だから乗っていてもそこのところはわからないんだが………」


「最高の出来ですね。船に精度もそうですが、何より陛下の発想が凄い。普通手懐けた海竜に船を牽かせようなんて考えつきませんよ。あまつさえあんな使用法なんてね」


渡し板を渡りながら表情を変えることなく正面を向いたまま横を歩くシャウラに問いかけると、シャウラは不適な笑みを浮かべながら絶賛する。


「………そうか。

たしか二番艦と三番艦がドッグで最終点検、四番艦から六番艦が西の造船所で建造中か……」


「正直こいつが一隻でもあればすべての海域を手中に納めたもののような気もしますがね。

海竜も二十頭が調教済み。船が完成すればいつでも出航可能ですね」


船を降りた二人はどちらからともなく今降りた船を振り返った。黒金色に光るその楕円形船体はちょっとやそっとの攻撃ではびくともしないだろう。海竜種もそもそも全ドラゴンの中でも非常に高い防御力を持つ種である。

海を自在に進み並みの攻撃ではびくともしない船。たしかにこれだけでも十分に海の覇者足り得る性能持っているが、この船の真価はさらに別のところにあると言うのだからこれを造らせた隼人の発想には空恐ろしいもの感じる二人だった。


「グリミナ様、ジャウラ様!」


そこへ二人へ一人の兵士が野次馬を掻き分け二人の傍へと駆け寄ってきた。

どうやら近くの詰め所から駆けてきたらしく、完全に肩で息をしてしまっている。


「どうした、何かあったのか?」


膝に手を付き乱れた呼吸を立て直そうとする兵士の背を撫でてやりながらジャウラが訊ねる。


「はぁ、はぁ、は、はい!先ほど城の方から剣頭将及び水兵将の両名に直ちに出頭するようにと連絡がありました!」


よっぽど慌てて来たのか叫ぶように連絡事項を伝える兵士をなだめつつ、ジャウラとグリミナは互いの顔を見合わせた。


「出頭、か。

他に何か言っていなかったか?」


「いえ、至急出頭するようにとしか………。連絡自体も鏡面転送による物で詰め所からでは詳しい確認の取りようもなく………!」


「そうか、わざわざすまなかったな」


伝令の兵士はグリミナの問いにいっそう慌てた様子で返答するが、彼女はそれをなだめてホトロゼナン山脈のある方角を一瞥した。

この鏡面転送というのは魔導師が遠距離間で連絡を取り合うのに使う光属性の系統に属する魔法で、専用の鏡に特殊な塗料で書いた字をそのまま指定した遠くの鏡に

写すというものであり、魔法としては下位に属する魔法であるため魔導師ならばよほどのことがない限り会得している反面、下位とはいえそれなりに複雑な魔法でもあり魔法に多少の覚えがあったとしても詰め所に派遣される兵士ていどに扱える魔法ではないのだ。


兵士を労い詰め所に戻した二人は、同じように船から降りてきた兵士に指示を出して港を後にした。


二人が向かったのは街の外れにある大きな井戸だった。

井戸にたどり着いた二人はそのすぐ傍にある小屋へと入ると、床板もない晒された地面のど真ん中に空いた穴へと梯子を伝って降りていった。


「お待ちしておりましたわ」


二人を出迎えたのは艶あるの女性の声だった。

梯子を降りきったそこは人が4,5人は動けるようなそれなりに拓けた空間だった。

声のした方へと振り返れば底には池ほどの広さの水溜まりがあり、先の井戸と繋がっているらしくその水面には日の光が反射して輝いていた。

そしてその水辺にはウェーブのかかった水銀色の髪を背まで伸ばした女性が腰掛けていた。

胸元を大きな貝殻で隠しただけのその女性は静かにほほえみながら頭を下げると腕を振るい、その動きに従うように井戸の水が蠢き二つの球体を作り上げた。


「すまないなアントワヌ。世話になる」


頷くように軽く頭を下げて礼を言うグリミナに、アントワヌはこれが役目だからと頭を振ると身を翻して井戸の中へと飛び込んだ。その際水の中に入れられていた彼女の下半身が飛沫を飛ばし、その飛沫と彼女の下半身を覆う鱗に日の光が反射しどこか幻想的な光景を作り出した。


下半身を覆う鱗。人の姿に鱗を持つ種族。さらに下半身に脚は無く、代わりに存在するのは魚類の下半身でもある尾鰭、それは水の上位精霊族であるマーメイドの証であった。


マーメイドは女性単一の種族でレンドリシア大陸のごく一部に集落があるだけでその絶対数は多くないが、その数少ない集落の一つがあるのがホトロゼナン山脈の地底湖なのだ。


水面から上半身を出したアントワヌに誘われ、二人は水の上に浮かぶ水球の中へと入った。精霊そのものであるアントワヌによって唱えられた精霊魔法で造られた水球の中は水の中だというのに普通に呼吸が可能な空間だった。水が固まって座る場所を形成し、二人がそれぞれの球体の中でそれに腰掛けると、それを確認したアントワヌが呪文の詠唱を始める。

詠唱する彼女の声は水の幕によって二人には届かなかったが、詠唱が終わりにアントワヌが会釈をすることでそれが始まることを理解した。


最初に起こった異変は彼女たちが入った球体の表面だった。球の表面が回転を始め、次いで球体が水の中へと沈んでゆく。そして球体が完全に沈むと同時にそれはものすごい勢いで水の中を移動し始めたのだ。


これは水の精霊魔法の一つである《ウォーターロード》という。水源を同じとする

水脈を高速で移動する魔法で、二人はスカイル王国の地下を高速で移動しているのだ。


向かう先はホトロゼナン山脈の地底湖。スカイル王国で使用される井戸の大半がこの地底湖を水源としており、先王であるネスフィアムの時代から各地の井戸にはマーメイドが常駐するようになっているのだ。


地下水路を球体は程なくして地底湖へと到着し、球体から降りると城へ上るための階段を目指すのだった。











執務室に飛び込んできた兵士の報告は二つあった。

そして隼人は今その片方の報告への対処のために元はネスフィアムの物だという正装に着替え、同じく正装に着替えたリリィ、ダロスとともに場内の一室の前に来ていた。


扉の両脇に立つ見張りの兵士にリリィが目配せをすると、兵士は緊張した面もちでドアをノックし一拍おいてから扉を開いた。

兵士が扉を開ききったのを確認し、隼人は室内へと脚を踏み入れた。


その部屋はホトロゼナン城内でも尤も飾られた部屋で、細部に至るまで事細かな彫刻が彫られた調度品のどれもが芸術の民とも呼ばれるドワーフ製の最上級品(ドワーフの集落の長であるフィオルラが無償で造ったもの)である。


隼人が室内に入ったそこにいたのは、赤い髪をまるで鬣のように立てた大柄な男だった。

隼人では椅子に座ってなお見上げる位置にある顔には隼人のことを値踏みするかのような表情を浮かべられており、隼人に次いで中に入ったリリィはそれに眉をしかめた。


「……貴様がこの白龍連峰の、スカイル王国の王ハヤト・マツリか」


筋肉の盛り上がった丸太のような腕を金糸で装飾された革鎧を着ただけの胸の前で組んだ巨躯の男は、隼人が目の前の席についたのを見ると静かに口を開いた。

どこか隼人を見下しているかのような節のあるその台詞に隼人の隣に座ったリリィが反応しかけるも、隼人は軽く首を振ってそれを諫めて相手に向き直った。



「あぁ、俺がスカイル王国国王の隼人・祭だ。

あんたの方はアレクサンドニアの王リェフグリーバだな?」


「いかにも、俺がヴォラス平野の雄、アレクサンドニア王国国王リェフグリーバだ」


問い返した隼人の言葉にリェフグリーバはこちらを威圧するかのように胸を張り見下ろしながら答えた。

リェフグリーバが胸を張ったそのとき、鬣の合間から小さいながらも天へと突き出された一対の角が垣間見えた。それは彼に鬼族の血が流れている証拠であり、それを思えばその巨躯も納得がいく。


リェフグリーバ。白龍連峰の北方の魔族が住まう地においてその中央に広がる大平原ヴォラス平野全域を支配するアレクサンドニア王国の国王だ。鬼族と獅人族レヴェチェレヴェクのハーフで先に鬣のようなと表したそれはまさしく鬣だったのだ。


「それでその国王殿が直々にこんな新興国になんのご用件で?」


普段のそれとは違う、いや元の世界において口調でけして友好的とは言えない気配を発する異国の王へと挑発混じりに問いかけると、リェフグリーバは一瞬目を細めるもすぐに不適な笑みを浮かべて頷いた。


「その新興国の王となったどこぞの馬の骨を見定めに来たのよ」


挑発に挑発で返すリェフグリーバに再度リリィが反応を示すが、テーブルの陰で膝をたたいてそれを止める。

この世界に来てから浮かべることの無かったどこか懐かしげに楽しそうな笑みを一瞬浮かべるが、すぐに表情を改めて相手を見る。


「さて、このまま言葉を交えるのも楽しそうではあるがそちらもなにやら忙しそうだからな。単刀直入にいかせてもらおう。

貴様はがいかなる王であり何を求める者かを……」


一転して不適な笑みを真剣な者へと変えた彼の言葉の意味を計りかね、隼人は眉をしかめた。リリィも同様の様で訝しげにリェフグリーバを見るばかりだった、しかし隼人の背後に立つダロスにはその質問の真意が通じたのか静かに目を閉じて一つ、小さく頷いた。


「昔の話だ………」


首を傾げて言葉の意味を計ろうとする隼人に痺れをきたしたというわけではないだろうが、リェフグリーバは静かに口を開く。隼人とリリィがはっと顔を上げ、二人の視線が自分に向いたから、というわけはないだろうがリェフグリーバは続く言葉を紡いでゆく。


「いつのころからか召還される幾人もの来訪者エトランジェたちの中、四人

来訪者エトランジェ達が自らの国を建てたことがあった」


その言葉に隼人は驚き、リリィもそれを知らなかったのか同じように驚きに表情を変えていたが、リェフグリーバはそんな二人の様子を気にすること無く話を続けていった。


「その内の二国はすでに滅びたが残る二国は未だ健在だ。

今から千年ほど昔、白龍連峰より南の地において迫害されていた獣人族を連れて大陸の北部へと白龍連峰を来訪者エトランジェがいた。彼女はその後その獣人族の者達に祭り上げられその国の女王となり、ひいてはこの大陸において初の人間の魔族達の王となった。

そして呼ばれた彼女の名は処女王ジャンヌ・ダルク」


「え?」


リェフグリーバの口から飛び出してきたまさかの名前に隼人は思わず間の抜けた声を上げていた。しかしリェフグリーバはそんなことを気にも止めず、隼人に疑問を口にする暇を与えることなく静かに言葉を続けていく。


「もう一国は今から四百年前、自身を召喚した国を乗っ取り天下布武を掲げ自らを大六天魔王と称した来訪者エトランジェノブナガ・オダ。大陸南部の大半をその手に納めついには白龍連峰にまで手を伸ばそうとしたと聞く」


「懐かしいのぉ、あの男の下には人間も魔族も関係なく集まったものじゃ。

わしにも配下にと誘いもあったしのぉ。無論蹴ったがのぉ」


背後に立つダロスの楽しそうな笑い声を聞きながら、隼人はいつか彼がぽろりとそんなことをこぼしていたことを思い出す。そのときは聞き流してしまっていたが、よくよく考えてみれば衝撃的な事実である。


「存続する残る片方はノブナガ・オダと同じ四百年前に召喚されたヨシツネという来訪者エトランジェが建国したイズモという島国で、建国当時から今まで人と魔族が共に手を取り合い共存してきた希有な国だ」


「信長に義経……、日本の英雄かよ………」


ジャンヌダルクに織田信長、源義経。どれも炎の中に消えた歴史上の英雄達。もしかしたら死ぬ直前に召喚されていたのかもしれない、と思いつつリェフグリーバの言葉の中に何かおかしな物が含まれていることに気づき眉をしかめた。どの言葉がおかしかったのか、彼の言葉を思い返そうとするよりも早く次の言葉がそれに気付かせた。


「そして最後に、500年前に召喚され我がアレクサンドニア王国を建国した我らが祖、征服王イスカンダルだ」


「!?」


出された名前に隼人は息を呑んだ。先の言葉の中にあった違和感。それが何か分かったからだ。


(時代が合わない!?イスカンダルは2000以上前の人間のはずじゃ、それに信長と義経もだ。あの二人が活躍した時代は500年ぐらい離れてたはずだ)


昼寝ですごした歴史の授業の内容を思い出そうとするが、もとよりまともに受けていない上にすでに二年前いや実際にその授業をしたのはさらに前のことだ。そんなものをしっかりと思い出せるはずもなく、それ以前に今は目の前の男との話の最中である。今知った事について考えるのは後回しにするべきだと思考を切り替え、表情を引き締めた。


「イスカンダルは自らを征服王と名乗り一時は大陸の北半分を統一しついには南大陸にまで手を伸ばそうとしたが、白龍連峰をその手に納めたところで命を落とした。理由は暗殺とも病とも聞くが定かではない。その後アレクサンドニア帝国は内覧により分裂し、最終的には今の形に落ち着くに至った」


リェフグリーバはそこで言葉を切ると一端目を閉じて呼吸を整え、改めて隼人へと視線をやる。


「今の話通り、過去に現れた来訪者エトランジェの王達は、二人は無辜の民を平穏へと導こうとしたが、征服王たるイスカンダルを祖先に持つ俺がこういうのもどうかとも思うが、残る二人はこの大陸に争乱をもたらした。

隼人よ、貴様はどちらだ?

先の二人の様にこの地にて平穏を望む者か、それとも後の二人のように争乱を呼ぶ

者か………」


巨大な岩を思わせる巨躯の上から隼人を見下ろす双眸の奥には、虚偽は許さぬとばかりに静かなしかし強い力を感じさせる光を宿し、対峙する隼人に返答を迫る。

ここで返答を間違えればアレクサンドニアとは間違いなく戦争となる。そう感じさせるには十分すぎるほどのプレッシャーを加えられながら、隼人は小さく深呼吸をすると正面から相手へ睨み返した


考えることはない。隼人にとって自分が王になる理由はたったの一つ。これで戦争となるのならば正面から迎え撃つだけだ。と心に決めて隼人は答えを口にした。


「俺はリリィ達に求められて王になった。

勿論その決断を下したのは俺自身だ。だけどそれは俺が王位につかないことでこの地に次の王位を巡っての争いが起きないようにするためだ」


嘘は言っていない。無論言っていないことはあるが少なくとも嘘は付いていない。

静かに目を閉じホトロゼナン砦の前で王になった時のことを思い出しながら隼人の言葉は続く。


「俺は先王であるネスフィアムを打倒した身として、俺はその責任を果たす。新たな王としてこのスカイル王国の人々を守るという責任を………」


それが自分の償いの形だと内心で付け加え、隼人はまっすぐにリェフグリーバの目を見返した。


「それは、民を守るために周りから敵を排除する。そう受け取っても?

お前達がマグガディア王国を攻め滅ぼしたという事実は未だ記憶に新しい事実だ」


隼人の返答に表情を変えることなく、しかし僅かに身を乗り出すようにしながらリェフグリーバは訪ねる。対する隼人もその目をしっかりと見返しながら静かに首を振った。


「あのとき先に仕掛けてきたのはマグガディア王国だ。俺があそこの《勇者》だったときから白龍連峰への侵略は計画されていたこと、俺たちは降りかかる火の粉を払っただけだ」


その答えにリェフグリーバは沈黙し、真偽を推し量ろうとするかのように隼人の目を見、対する隼人もその視線を真っ正面から受け止める。

互いに目をそらすことなく数分が過ぎたころその沈黙はやぶられた。それはリェフグリーバの溜息だった。


「………他国を侵略する意志はなく、しかし手を出すならば滅ぼしてでも守るか。

その意、確かに受け取った」


先ほどまでと打って変わってリェフグリーバは岩が実はスポンジか何かで出来ていたかのように気迫を緩め、静かにほほえみながらそう告げた。


「それで、俺は合格なのか?」


どことなく懐かしい雰囲気すら醸し出すリェフグリーバに、隼人もまた知らずにしていた緊張を解いて訪ねる。少なくとも悪い結果ではないだろうと思いつつ、どこか人なつこい笑みを浮かべる目の前の大男を見る隼人はその変わり身の早さに苦笑をもらした。


「平穏を望むというのならそれにとやかく言うつもりはないわい。

ご先祖様はともかく、俺は今の国が気に入っているんでな。もし出来るならお前の国と友好を持って末永く平穏の時を過ごしたいとも思っておる」


「それはうれしい限りだが、今俺たちにはある問題が起きている。その問題が片付き次第、改めて友好を交わすための使者を送りたいと思う」


笑みの表情から一転、友好的な表情を崩すことなくしかしまじめな表情で告げる彼に対し、隼人もまた同様の表情で頷きそう返す。

隣に座っていたリリィが席を立ち、特に何をするでもなくこの会談が終わったことに、自分は何しにここに来たのだろうか?とどことなく寂しそうに小さな溜息を付くが、知らない話を聞けたのだからまぁいいか、と自分を納得させていた。


「問題、東のカトアナトリか………。あの魔族至上主義者共め………」


リェフグリーバが吐き捨てるように呟き、心底煩わしそう顔をしかめた。


カトアナトリ。レントシア北部最南の国。

白龍連峰が北東を構成するアミラドゼ山脈に隣接する魔族の国。人間を下等と劣等種であると断言し、人間との混血を唾棄すべきとする魔族至上主義者が国のトップを占めており、隙あらば大陸南部へと矛を向けんとする好戦敵な国である。


先にもたらされた二つの報告。片方は今隼人の目の前にいるアレクサンドニア王国の王リェフグリーバの突然の来訪であり、もう一つがそのカトアナトリ軍の進軍開始の報。向かう先は南、つまりスカイル王国への進軍の報であった。


「奴らのことだ、人間である隼人が自分たちと肩を並べると言うことがよっぽどお気に召さないのであろうよ」


こちらもうんざりとしたように溜息を付き、リリィは隼人に目配せをする。


「なんなら俺の方で横槍を入れてやろうか?

奴らにとってスカイル王国は人間に率いられた国と甘く見ている面もある。俺の軍が轡を並べたとあれば此度の戦いは回避できるやもしれんぞ」


国境付近に精鋭を一万待機させているからと言う混血の王に、隼人は驚いたように目を丸くした。


「いいのか?俺としてはとてもうれしい提案だが………」


たとえ戦闘を行わなかったとしても軍を動かすということは、それだけでも相応の費用がかかる。軍の数が多ければなおさらだ。

戦闘を行うよりはかからないとはいえ、一万の軍となればその費用は馬鹿に出来ないのだ。


「俺としてもこの地が奴らに渡るのはうまくないからな」


隼人の驚きに渋い顔を作りそう答えるが、すぐに自分の言葉を思い返し慌てたように言葉を続ける。


「いや、お前達の力を低く見ているわけではないぞ。だが戦争などいつ何が起こるか分からんし、戦争となれば確実に消費することとなる。そこを他の国に攻められればどうなるか………。

俺個人として、ネスフィアムの忘れ形見のいる国が滅びるのは見たくないのだ」


奴とは盟友だったからな、とどこか寂しそうにしかし同時に子を慈しむような目でリリィに顔を向け、それを受けたリリィもそう言えばとと小さく呟いた。それを見た隼人の胸の奥にチクリと小さな痛みが走り、それが顔に出ていたのかリェフグリーバはお前が気にすることではないと苦笑した。


「それでどうする。まだ猶予はあろうがこう言うのは迅速に動くに限るからな」


リェフグリーバは話を戻して隼人に訪ね、隼人は少し考えた後それに答えようとするが、それは思わぬ声に遮られた。


「たしかにありがたい申し出ではありますが、此度の戦いにおいてはやめておいた方がいいでしょうな」


「じい、なぜだ?」


ダロスの言葉に全員が驚く中、リリィが三人を代表するかのようにダロスに尋ねると彼はうむ、と一つ頷き説明を始めた。


「たしかにリェフグリーバ王の提案を受け入れれば此度の戦いにおいて血が流れる可能性は大きく減るでしょうな。

しかし同時に周りの諸国の目にはこう映るでしょう。

スカイル王国はアレクサンドニアの庇護の下にある国であると」


そこで一度言葉を切って皆を見回すと、全員がここまでの言葉を解するだけの時間をおいて説明を続行する。


「国と国との力関係は時に子供の喧嘩にも似た側面を持つことがありまし。

つまり、あれは強いから手を出すべきではない、あれは弱いから手を出しても大丈夫だと、そのような風に」


ダロスの説明に全員が聞き入り、一度は席を立ったリリィも真剣な表情で再び席につく。


「この国がそうなったとき確かに周囲から攻め込まれる可能性は減りますが、それはバックにアレクサンドニアという強国があるからこそとなります。もしもアレクサンドニアがこの地に介入できない状況、例えば他国侵攻をうけそちらに戦力を集中せざるを得なくなったとき。そのときカトアナトリは勿論、南のメダクトリやその他の国から侵攻を受けることとなるでしょう」


隼人はダロスの言葉を静かに聞きながら、自分の表情が徐々に堅くなっていくのを自覚していた。


「では、今回俺たちだけで撃退した場合は?」


「勝ち方にもよりましょうが、その武力が他国と何ら差がないことを示すことが出来るかと。

そしてその上でアレクサンドニアと同盟を結ぶことが出来れば、それは我がスカイルのみではなくアレクサンドニアへの武力侵攻に対しての牽制にもなりますしょう」


三者三様にダロスの言葉について考える三人に、彼は最後にこう言って締めくくった。


「確かに血が流れぬにこしたことはありませんが、時には血を流す必要がある場合もあるということを覚えておいてくだされ」









・クガーザ

50才

鬼族


鬼族としては小柄な200cmの体躯に、大雑把な性格の多い鬼族の中で几帳面な性格、巨大な両手武器による力に頼る戦い方を好む鬼族にあって片手剣に盾を用い慎重な戦い方を好むと、他の鬼族とはまた違う物の取り方をする鬼族の青年。

彼がまだ赤子のころ両親と死別し、人間の老夫婦に育てられたという過去を持つ。


物理属性資質:リクルアンフィス(ふつうややはやい)

魔力量:E

魔法属性資質:風


・鬼族の耐魔力

鬼族特有の種族スキル。鬼族の者は突然変異のようなことでもない限り、総じて魔力量は最低のEとなる。その代わりに絶対的な耐魔力を得ておりこの耐魔力を貫通させる場合、最高位魔法に属する魔法でもない限りダメージを与えることは出来ないとされている。


・保持スキル《テイム》

ランクC

自身と相性のいい魔物を手懐けることの出来るスキル。ランクCでは1種の魔物を手懐けることが可能。

クガーザと相性のいい魔物は竜種(小型種限定)の3種。





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