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閑話

ダロスの深夜の報告から二ヶ月。


元マグガディア王国水の将リゼルダの副将であったギリング、ホトロゼナン城の建設(採掘)指揮をとっていたドワーフのデランをそれぞれ重兵将、工兵将に据えてようやく軍の体裁が整った。

文官達の方もそこそこ有能な人材を登用し、戦後及び建国後の多忙期が過ぎてようやく落ち着いてきた。


「ハヤト、そなた何をしておるのだ?」


ホトロゼナン砦からようやく最低限の機能を持つに至ったホトロゼナン城のハヤトの部屋。光石という光を放つ魔石を明かりに、テーブルの上でなにやら造っている部屋の主を見つけたリリィは首を傾げ問いかけた。


「ん、ちょっとな」


断りもなく室内に入ってくる彼女に特に何も言うことなく、隼人は手元のそれに意識を集中させている。


隼人の座る向かい側の席に腰を下ろして彼の手元を覗いてみると、そこには少々いびつな形をした同じくらいの長さをした数本の小さな棒があった。


大きさは二十センチから二十五センチ程だろうか?

不揃いなそれらを幾つか手に取ってみるが、太さもまちまちで一体何に使う物なのか全くわからない。


「武器、というわけでもなさそうだな。片側は細くなっているが先が尖っているわけでもない。ん?」


一本一本手に取りながら眺めるが、やはり用途のわからない棒に再度首を傾げる。

作っている本人に尋ねようにも集中していて今声をかけるのは戸惑われた。仕方なく今作っている分が終わるのを待つことにして手にしていた棒を元の場所に戻した。


「これ、で………」


今度もやはりテーブルの上に転がっている物と同じくらいの長さをした、しかし二本分横に繋げたような棒の先にナイフを当て、隼人は棒を二つに割始める。慎重にナイフを進め左右対称になるように割られていく棒だが、途中で力みすぎたのかナイフが逸れて左右非対称になる。


「ち、またか。昔から図画の成績は良くなかったしなぁ」


テーブルの上をもう一度見てみると同じような状態の棒が幾本も見られこれらはきっと失敗作なのだろう思いつつ、今彼が造ったばかりのそれを拾い上げる。


「それで、何を造っておるのだ?」


「ん、あぁ。ちょっと箸をな」


「ハシ?」


聞き慣れぬ名前に復唱するリリィに、隼人は苦笑しながら説明を始めた。


「箸ってのは俺の故郷で使われている伝統的な食器だよ。こうやって二本の棒を使って………」


失敗作の中からなるべく出来のいい物を二本取り上げ、実演を始める。


「まぁ、慣れないと使い辛い代物ではあるけど、こうやって物をつまんだりフォークのようにも刺してもいいし、そこそこ柔らかいものなら挟み込むことで切ることもできる」


他の失敗作をつまみあげ、右から左へと移動させる。それを見ていたリリィは感心したように頷いていた。


「ふむ、これは便利そうだな。

しかしなぜ今頃このような物を?」


「こっちに召喚されてからは他に気を回す余裕もなかったし、建国直後はいろいろとどたばたしてたしな。

最近が初めてなんだよ、周りやなんかを気にする余裕ができたのは」


そう言って視線を窓の外へと移すのは何を思ってか、打倒ネスフィアムに奔走していた二年間のことか、あるいは建国後からこれまでの忙しさか……。おそらくはその両方なのだろうか……。


「元の世界にもナイフやフォークはあったし、食事の時もそう不便ではなかったんだけど、やっぱり箸があったら便利だなと思ってな。思いたったら吉日ってことで作り始めてみたんだけだ。

けどこれが単純なようでなかなか難しくてな」


失敗作の山に肩を竦め、それらを纏めて暖炉のそばにある木屑入れへと投げ入れ苦笑する。


「ふむ、ならばドワーフ達に頼んでみたらどうだ?」


「いや、最近落ち着いてきたって言ったって、まだまだ仕事は沢山あるんだ。そこにこんなどうでもいいような事を頼むのは………」


リリィの提案に困ったように頭を掻く隼人だが、彼女は小さく笑うと首を軽く振った。


「ふ、そなたはこの国の王なのだ。そんな細かいことを気にする必要はあるまい。だいいち彼らならば喜んで作ってくれると思うぞ。こういう新しいことは大好きな連中だからな」


そうと決まればいくぞと席を立ったリリィは、どうも王という地位について理解していない隼人に苦笑しつつその手を取って歩き始めた。

向かう先は勿論、最近になって城との通路が完成したドワーフの集落だ。






「へぇ、ハシねぇ。おもしろそうじゃないですか」


場所はドワーフの集落にあるとある家。隼人とリリィの説明を聞いたドワーフは楽しそうに脇から引っ張り出した羊皮紙に図面を引き始める。


ドワーフ-フィオルラと言う見た目幼い少女のような彼女は歴とした成人したドワーフの女性である。というよりも土の上位精霊であるドワーフは下位精霊であるノームからドワーフへと昇華した時点で完結されており、技術の向上などの内面的な物など幾つかの例外を覗けば老い等の外見的な変化は見られない。これはドワーフだけでなくイフリート/イフリーティア、マーメイド、フェアリー、マスクウェル、レプラコーン達全ての上位精霊に言えることだが。


そしてそんなドワーフ族の彼女は最近工兵将の地位についたデランの妻であり、この集落の長兼工房長なのである。


「しかしいいのか?

こっちはまだまだ忙しいと思っていたんだが、こんな些事を頼んでしまって」


「何を仰ってるんですか陛下。陛下はただ黙ってやれって言ってくれればいいんですよ」


にこやかにそう告げるフィオルラに、しかし隼人は“黙って”と言いつつ“言え”とはこれいかに。などとアホなことを考えつつそうなのか、と気の抜けた返事を返していた。


「それじゃこれをもとに幾つか試作して明日には城の方に持って行きます。それでいいですか?」


「ん、それじゃぁ頼む」


「はい、任せてください」


元気よく、それこそ新しい玩具を手にした少女のような笑顔で返事をするフィオルラだが、これでも彼女は妖将シャナンクルよりも年上であるマル






「しかし、こうもすんなり引き受けてくれるとは………」


「やりすぎるのは良くないが、そなたの場合はもっと人を使うことを覚えた方がいいな。

そなたは仕事にしても、自分にできないことに関しては簡単に人に任せることができるが、自分にできることであれば全て自分でやろうとする癖がある。

もう少し自身でやるべきことが少なくなるよう努めるべきではないか?」


ドワーフの集落からの帰り道。長々と続く螺旋階段を登る隼人に、そのすぐ後を登るリリィが苦笑混じりにそう告げた。対する隼人はわかってはいる、と頭を掻きながらこちらも苦笑して返す。


「ただ俺だけ仕事を少なくするってのはどうも気分的にな。

一人だけ楽をしているようで罪悪感が………」


「そんなもの感じずによい。何度も言うがそなたは王なのだ。

父は文武両方に長け、デスクワークなども一人でやってしまうようなところもあったが、それでも常にある雑事のような物に関しては下の者に丸投げしていたのだぞ?だというのにそなたは下の者に任せておけばいい物まで自分でやろうとする」


そうやって始まるリリィの説教タイム。ちゃんと仕事をして説教されるというのはどういうことなのだろうかと思いながら、隼人は階段を登り続けるのだった。






ドワーフの集落から戻ってきた二人はそのままホトロゼナン砦へと足をのばした。石造りの階段を登り地下室から砦へと入るとそのまま中庭へと向かう。

中庭では騎頭将ヴェルベリオンと人熊族ハイブケアの男、騎乗将ゴルスゴダがそれぞれ兵を率いて演習を行っているところだった。

演習と言っても場所が中庭のため、それぞれ少数の兵を率いての小規模なもの。ヴェルベリオンの指揮で騎兵が鏃型の陣形を取って突貫すれば、ゴルスゴダはその大柄な体躯に似合わぬ繊細な動きで己の配下にそれを受け止め包囲させてみせる。

ヴェルベリオンの方も大人しく捕まるつもりがあるわけもなく、山竜イクルロドンを跳躍させ、次々と相手の頭上を飛び越え包囲を突破し、互いに背を向けたまま中庭の反対側へと駆け抜け今度は互いに隊を方向転換させ正面から激突……………ではなく互いの脇を駆け抜け模擬刀で斬り合いながら反対側へと駆け抜けた。


ゴルスゴダの命令に従い配下の瞬く間に兵が三列に並び、山竜イクルロドンがその間を駆けられるかという隙間を開けた彼らは、そのままヴェルベリオンへと突撃する。


「動きに乱れがないな」


その一連の動きを見ながら隼人が呟きリリィもそれに同意して頷く。しばらく演習の様子を眺めていた二人だが、このままここにいても邪魔になるとその場を離れることにした。

そして次に訪れたのは竜舎だった。竜舎では演習に参加していない兵士達が掃除や寝床となっている藁の交換を行っているところだった。

二人が来たことに気付いた兵士達が慌てて敬礼しようとするのを気にしなくていい、と仕事の続きを促し竜舎の外に放された山竜イクルロドンを眺める。

ここにいる兵士達は全て竜種と相性のいい《テイム》のスキルを持った者達のため、勝手に離れるなと命令しておけばわざわざどこかに繋いでおく必要もない。


山竜イクルロドン達の方も近づいて来る二人に気づき、甘えるように近寄ってくる。これはリリィが竜種と相性のいい《テイム》を持っているからであるが、実は隼人もランクBの《テイム》を所持していたのだ。先日ダロスに調べてもらった際に分かったことなのだが、隼人と相性のいい種はリリィと同じ『竜種』に『虎種』『狼種』の三種類。狼種は犬などもそこに分類されるため、トモエが彼に懐いたのも同じ来訪者エトランジェであることの他にもこれが関係していたのかもしれない。

目を細めて喜ぶ彼らの喉を掻いてやっていると、山竜イクルロドン達が左右に分かれて道を作り、その奥から山竜イクルロドン達よりも一回り大きな竜が威風堂々と近寄ってくる。

その竜の頭部には首を守るように大きく広がる鎧のようなヒレを持ち、さらにそのヒレからは前方に向けて太く波打つ巨大な角。体を支える後ろ足は周りの山竜イクルロドンよりも太く、その巨体を揺らすことなくしっかりと支え、それでいて鈍重そうなイメージを与えずすらりとした印象すら覚える。

鎧角竜イクルブロス。種類の多い山竜イクルロドンの亜種の一種であり、山竜種の中でも最も強力な種とされる種でもあり、人によっては鎧角竜イクルブロス火山竜イクルボルク氷雪竜イクルカムルの三種を山竜三大王種と呼ぶほどである。

そしてこの三種の山竜は個体数が少ないことでも知られており、これらの竜種を手にすることは山竜に騎乗する者達にとって一つのステータスとなっている。


そんな三種の一種である鎧角竜イクルブロスは出来た道を歩んで隼人の下へと来ると、目を細めて角を擦り付けてくる。鎧角竜イクルブロスにとっての親愛を現す行動だ。

実はこの竜、騎頭将ヴェルベリオンを召し抱えた際、隼人の即位を祝い彼のいた部落から献上された物でありつまり隼人の持ち竜なのだ。


「元気そうだな黒風。

騎乗隊の皆もよく世話をしてくれてるな」


黒風というのは鎧角竜イクルブロスの全身を覆う黒い鱗と、風のように岩山を駆けめぐる姿から隼人のつけた名前だ。名前を呼ばれて嬉しいのか、さらに強く角を押し付けてくる竜に応え、隼人もその角をひっかくように撫でてやる。鎧角竜イクルブロスの角は敵と戦うための武器であるが、こうやって角を擦られる感覚がお気に入りらしい。

ちなみにこの鎧角竜イクルブロスに名前をつけた後に雌だという事を知り、雌にこの名前を付けたと言うことに軽く後悔してしまったのは隼人だけの秘密である。しかしこの鎧角竜イクルブロスという種は雄よりも雌の方が強く、騎乗竜としても贈り物としても雌の方が適しているのだという。


「ふ、黒風は主にべったりだな」


その様子を見ていたリリィは微笑ましい物を見るように笑みを浮かべているが、隼人を黒風に独占された山竜イクルロドン達が皆彼女の方へと群がってきていて身動きが取れず、その笑みも少々ひきつっている。


存分に撫でられた山竜イクルロドン達が解散した跡には疲れたように肩を落とした彼女の姿。いつもは美しさと力強さを秘めた彼女の黒翼もこの時ばかりは萎れて見えたとか。


二人が竜舎を後にしようとしたその時、丁度竜達の餌の時間となったらしく餌を積んだ荷車を引いた兵士がやってきた。山竜種の竜は総じて雑食であり、主な主食は地に落ちた枯れ葉や木の根である。虫や動物の肉を食べることもあるが、虫を食べるのは冬場に落ち葉が少なくなった時期に貴重な栄養源としてであり、他の動物を自分から襲うこともなく、野垂れ死にした動物がいたらそれを食べる程度である。

そのため荷車に乗っているのも畑から駆除した雑草や、穂を採った稲の茎を干した物である。

そしてそんな荷台を覗き込んだ隼人がそれを見つけたのは本当に偶然のことだった。


「へ、これって………」


それは土に汚れたいびつな形の実であった。実から生えた根の先に根の先にといびつな実が連なるそれは、地球で見たあるものを思い出させた。


「ハヤト、どうしたのだ?」


「いや、ちょっとな。

なぁ、これについて聞きたいんだけど」


餌入れに餌を運ぼうとしていた兵士は、作業の邪魔をされたことに迷惑そうに振り返り、その相手が隼人だと分かるや慌てて姿勢を正して敬礼をする。

兵士の様子に苦笑しつつ自分が見つけた身について聞いてみると、それは農家で雑草の一つとして駆除している物だとか。山の高い部位で群生しているらしいそれは、いつからか白龍連峰にある村々の畑に入り込むようになり、勝手に実を作るらしく土の養分を持っていかれることから忌み嫌われているという。

隼人は少し考えた後に手にした実を洗ってくるようその兵に頼み、訝しげにそれを見ていたリリィに火の用意を頼む。


「いったい何をするつもりだ?」


リリィが用意した火、焚き火の中に実を放り込む隼人に首を傾げるが、当の本人は気にした風もなく焚き火の調子を見続ける。それからしばらくして辺りにいい匂いがが立ちこめてきたことに気づき、彼女は空を見上げた。日はまだ中天には達しておらず、昼食の準備を始める頃合いではあるものの、料理が出来上がってくる時間にはまだ早い。


「そろそろいいか」


隼人がたき火の中から実を取り出すと、辺りでしていた匂いが強くなり、その発生源に気付く。


「似てると思ったけど、やっぱり芋の一種みたいだの」


地球のジャガイモに似たその実を割れば強くなった匂いが一段と濃くなる。それを見ながら隼人はこの世界。少なくともこの大陸には芋だけではなく人参や大根のような根菜を食べる習慣が無いことを思い出していた。

匂いにつられて集まってくる兵士をよそに、味はどうかと口に入れようとする隼人を兵士達が慌てて止める。


「へ、陛下何をしてるんですか!」


「そんなものを食べては………!」


「いや、そんな物って。俺の故郷では割と普通の食べ物なんだけど………」


芋らしきそれを取り上げられて不満そうにする隼人だが、これは兵士達に分があるだろう。なぜなら今まで誰も食べようとしてこなかったもの、毒でもあった日には目も当てられない。

結局毒味として兵士が一つ食べ、何ともなければ隼人も食べていい事になったが、当の隼人は不満そうであった。仕方のないことではあるが。


「で、では………!」


緊張した様子の人猿族ビグティの兵士が、仲間に見守られる中芋モドキにかぶりつく。ギュッと目を閉じて芋モドキをかじった兵士はその熱さに口から出しそうになったものの、それを我慢して口の中の物を飲み込んだ。


「熱っつぅ、あち、あちちちっ!」


芋モドキに息を吹きかけ冷ましながら二口三口と、そして完食した兵士は一言こう言った。


「うまかった………」


と。


その後賢将配下の魔導師班と医師が呼び出されて芋モドキを食べた兵士を診察。

身体に異常なしとのお墨付きを貰ったところでようやく隼人にも食べる許可がでた。


昼食の時間はとっくの昔に過ぎ、焼いた残りの芋モドキも当然冷め切った後だった。


その後白龍連峰に群生しているらしい芋(隼人が正式に命名)の捜索が行われた。

元マグガディア王国では白龍連邦への遠征のために二年前から増税を行い、各地の食料はこの冬をぎりぎり越えられるかどうかといった量しか蓄えられていなかったが、この捜索で得られたら野芋やさらに見つかった大量の人参、大根、蕪といった新しい(この大陸にとって)食料のお陰で餓死者が出ることは防がれることとなった。















深夜のホトロゼナン城。シャナンクルに与えられたら部屋に紅茶と焼き芋の匂いが漂う。

一口大に切りそろえられ、乗せられたバターが食欲をそそる匂いをさせているが、それに対するシャナンクルはお茶請けとしては失敗だったかもしれないと思いつつ来客者であるリリィに向き直った。

心得たもので紅茶の用意をしたデックアルヴのメイドが一礼をして退出してゆく。

それを見送った二人は用意された紅茶を一口喉に通す。そして最初に口を開いたのは部屋の主であるシャナンクルであった。


「それで、本日はどのようなご相談でしょうか。姫様?」


「シャナンクル、毎回言っているが私は………」


「私にとって貴女様が姫様であることには代わりありません。なにが起こりどのような立場になろうとも。

それで、本日はいかがなさったのですか?

姫様がこのような時間にお一人でいらっしゃる時は、いつも何かしら相談事がおありでしたわね」


リリィの言葉を遮り昔を思い出すように口元を隠しながら静かに笑う彼女に、リリィは一つため息をついて芋バターを口に入れる。

隼人が教えた食べ方だがこれは確かに美味しい。


「うむ、実はハヤトのことなのじゃが………」


「陛下が何か?」


口では陛下と呼びつつも、その実ハヤトのことを敬っていないのは言葉の端に見え隠れする鋭さで明らかだった。

これは彼女だけでなく、剣頭将の地位についたグリミナや、騎乗将であるゴルスゴダも同様であり、スカイル王国の魔族の約半数はまだ彼のことを王と認めてはいないのだろう。それは前魔王が死して一年も経っていないのだから当然といえば当然のことだ。こればかりは時間をかけて認められていくしかないことなのだから。


「うむ、まだ私に手を出してこないのだ」


隼人の名が出たときに予想したことの正反対の言葉に、シャナンクルは紅茶のカップを落としそうになった。


血族の長を一対一で倒したとき、その血族の命運は勝者の手に委ねられるのが魔族達の掟の一つのようなものである。それを利用して隼人がリリィに手を出したのかと怒りを覚え、制裁方法を考えようとしていたシャナンクルは目をぱちくりとさせながらリリィを見る。


「ドレスなどもなるべく露出の多い物にし、風呂上がりなどにもそれとなく誘っているのだがな………。

私の容姿が好みと違うのかとも思ったが、かといって他の女に目を向けるわけでもなく、もしや男色の気があるのかと思えば露出度が一番多いドレスを着て報告に行ったときの反応からその線も薄い。

シャナンクル、どうしたらいいと思う?」


「そ、そうおっしゃられても………」


まさかの相談事にシャナンクルは動揺する。

昔から何かと相談事にはのってきたがこのような事は初めてだった。しかもシャナンクルは独身、どころか男に興味が無く何人ものメイドを囲っている身だ。彼女にとって男など勝手に寄ってくる存在以外の何者でもなく、この件の相談相手として彼女は完全にミスチョイスだ。


とはいえ先達として頼られるのは嬉しいことであり、しかしその相手はあの隼人。

幼い頃に母を失った彼女を姉のように見守ってきた身としてはその成長を喜ぶべきか、それとも相手方隼人であることを嘆くべきか、それ以前にどう答えるべきかと頭を抱えたくなった。


「やはりも、もう少しきわどいドレスを用意するべきか………、いやいっそ魅惑の呪いの込められた品を用意して………」


「ストップ!ストップですわ姫様!そこで暴走しないでくださいまし!!」


思考が危ない方向に走り始めたリリィを制止し、肩で息をしたくなるのを我慢しながら彼女を見る。


「先に、一つ聞いてもよろしいですか?」


「なんだ?」


呼吸を整えるために紅茶を飲むと、再び正面から彼女を見つめて問いかける。


「なぜ、陛下ですの?」


隼人は前王たる彼女の父親を殺した相手だ。なぜ彼女は憎むどころかあのように親身になり、あまつさえこのようなことを想うことになったのだろうか。

男を好きになったことの無い自分には理解できない類の理由だろうかと思いつつそう訪ねる。


「む、なぜと言われてもな………」


質問されたリリィは腕を組み、言葉を探しながら答える。


「シャナンクルの言いたいことは分かる。ハヤトが父を殺したことに恨みがないのかと問われれば無論あるのだからな。

しかしハヤトはそれを悔い償おうとしている」


思い出されるのは隼人と出会ったあの夜、彼女の胸の中で泣きじゃくる彼の姿。

魔王ネスフィアムだけでなく、今まで殺してきた魔族達のことを悔い、自らの罪悪感に焼かれたあの姿は忘れようにも簡単に忘れられるものではない。


「ハヤトはこの世界で一人ぼっちだ。同郷という意味ではトモエがいるが、あの娘は彼の世界では所詮獣の一匹。隼人と故郷の思い出を共にできる存在ではない。

それは彼に助けられた晩に知ったことだ。

そのとき私は、ハヤトを助けてやりたい、とそう思ったよ。

あの者は落とされた暗闇で助けを求めて悶えているだけの存在なのだと。

最初はそう思ってそばにいただけだったのだがな。気付いたらハヤトに惹かれておった。

それだけだ。

始まりはハヤトを助けてやりたいという気持ちだったかもしれんが、今では支えになりたい、自分を見てほしいと思うように、いつの間にかにそうなっておった。

質問の答えはこれで十分か?」


まっすぐ目を合わせるリリィアネイラにシャナンクルは頭を下げた。


「不躾な質問をして申し訳ありませんでした。

姫様の御気持ちよくわかりましたわ。

しかし男と付き合ったこともない私ではこの件の相談相手としては不適格。

私よりももっと別の相手にご相談した方がよろしいでしょう」


顔を上げてそう返すシャナンクルに、リリィは少し不満そうに笑みをこぼす。


(色気で男を誘って扱き下ろすのが趣味だと聞いていたのだがな)


なんてことを内心で思いつつ、紅茶を飲み干し立ち上がるシャナンクルに続いて彼女も席を立つ。


「こういう相談は既婚者のほうが適任でしょう。

知り合いにちょうどいい者がいますのでご紹介いたしますわ」


「あぁ、頼む」


ベルを鳴らしてメイドを呼び、片付けを任せた二人は部屋を後にした。
















芋騒動のあったとある日。隼人の手元にあがってきた報告書の中に、その芋について書かれた物が存在した。

そしてそれにはこう書かれていたという。


異能力《環境適合》

周囲の環境に併せて種の存続率を上げる異能力。


確かに隼人とトモエ以外にも来訪者がいることの証明だった…………………。

・パルディア

38才

人豹族レパドゥオの青年。ライオックスと共にマグガディア王国で奴隷闘士をしているところを隼人に助けられる。カトラスの二刀流使いであり、部族にいたときは一番の狩人であった。他の元奴隷闘士と同様に隼人を王と認め忠誠を誓っている。


・固有スキル《隠密》

闇に潜み気配を周囲に同化させるスキル。後天的なスキルであり、得手不手はあれど鍛錬すれば誰でも手にすることのできるスキル。

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