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スカイル王国軍

マグガディア王国滅亡から半月。

隼人はホトロゼナン砦のテラスで一人月を眺めていた。

季節は地球で言うところの夏。遠くから聞こえてくる狼系の魔獣の遠吠えを聞きながらこの二週間のことを思い返していた。


この二週間は忙しくこの二年間でも最も時の流れが早く感じられた。


元マグガディア王国領土各地の制圧、領土の再分配、捕虜の処遇、近隣諸国、といってもメダクトリ帝国とその属国とも言える小国達にスカイル王国建国の宣言等々。戦後処理のやることの多さに西東。この砦に戻ってきたのも出撃以来だ。


元マグガディア王国領土の制圧は僅か二日ほどで終わった。これは国の護りである軍がすでにハヤト達に下っていたからだ。その後の再分配に関しても、こちらから監査役を送ることで今まで通り領地運営をさせることに決定したのだが、各地に送る人材を決めるのに相当時間がかかってしまった。

その理由の一つは白龍連峰に文官等の仕事ができる者が少なかったことが挙げられる。もともと前魔王ネスフィアムがそういった仕事にも長けていたため補佐数人を側に置くだけで一人でこなしてしまい、そういった人材が育たなかったのだ。そのため数少ない文官達にはそういった知識の無い隼人の補佐または代わりを勤めてもらわなければならず各地に送るわけにもいかず、白龍連峰に住まう魔族達の各集落に募集をかけ、さらにそこから信の置ける能有る者を選別しなければいけなかったのだ。

取り敢えず苦労した分はで有意義な結果となったが、それでも時間がかかったのは事実だ。

そして捕虜の処遇だ。これも決定するまでにそれなりに時間がかかってしまった。

何せ今まで敵同士だったのだ。あまり被害の出ていない魔族側はともかく、元マグガディア軍側には恨みを持つ者が少なからずいるはずなのだ。

敗軍の将となったリゼルダとサリュアナを交えて話し合った結果、取り敢えず兵役を解いた上で故郷に戻し、望む者はそのままスカイル王国軍に組み込むことに決定した。細かな条件などもあるが大ざっぱにはこのような感じであった。


その後メダクトリ帝国等近隣諸国に建国を宣言したのが四日前。昨日にはメダクトリ帝国から祝の品などが届きはしたが、使者からにじみ出ていた嫌悪感などを見るといつ敵に回ってもおかしくはなさそうだ。恐らくしばらくは様子見するつもりだろうと言うのがダロス達の意見であり、隼人もそれに同意していた。


と、そんな忙しい日々を送り終えて彼はこの砦にようやく戻ってこれたのだった。


「二年前まではただの高校生だったはずなんだけどな」


空手とかムエタイとかやっていたが、まぁ普通の範囲だろうと自己完結して部屋へと戻る。

現在寝室には彼以外にはいない。隼人よりも一足先に戻ってきているリリィにはリゼルダの方から連絡がいっているはずだが。あの子ぎつねの少女も今はリリィの下にいる。彼が聞いた話では隼人とリリィがいない間あの子ぎつねの少女は相当不安定だったらしく、何度も砦を抜け出そうとしていたらしい。


隼人はテーブルに近づくと、そこに乗せられた生徒手帳を手にとった。エルメティア城から回収してきた元の世界からの持ち物だ。開いたページに挟まれていた写真は彼と悪友とその彼女、そして幼なじみの四人でとった物だ。

隼人はその写真を生徒手帳から抜き出し脇に寄せると、生徒手帳とその他幾つかの持ち物を手に暖炉へと向かい、それらを放り込み火をつける。

テーブルの上に残されたのは何かの役に立つかもしれない教科書と、生徒手帳から抜き取った写真が一枚。


隼人は静かにかつての持ち物が燃え尽きて行くのを見届けるのだった。






暖炉の中に入れた物が灰になってしばらく。火も自然と消えてゆき、夜も更けたため床に入るかと思ったところで背後で扉が開く音が聞こえ振り返った。


「三日ぶりだの」


いつも通り過激なドレス姿のリリィが扉をくぐると、彼女の脚の合間をすり抜けて子ぎつねが駆け寄ってきた。途中でコマ送りのような唐突さで子ぎつねからあの巫女装束へと変わった少女は、駆け寄る勢いそのままに隼人に飛びついてきた。

少女を受け止めた彼の服の裾を握りしめ、少女は服の上からでも鍛え上げられているのがわかるぐらい堅い腹筋に顔を埋める。


「ようやくしばしは落ち着けるといったところか。

この娘もそなたの帰りを今か今かと待ち望んでいたぞ」


「そうか、そうだな。すまないな待たせてしまって」


少女の頭を撫でてやり、部屋の真ん中に並べられたソファに腰を降ろす。


「それで決めたのか?

考える時間ならそれなりにあったと思うが?」


その問いかけに一瞬首を傾げかけるも、彼の身体にしがみつく少女の存在がその意味に気付かせる。


名前を付けると言ってすでに三週間近くが経っていることに気付き、頭を抱えたくなった。


「あぁ、トモエ。俺の世界の、たぶんこの娘にとっても故郷である国にいた武将の名前だ」


「む、そなた。この娘に男の名を付けるつもりか?」


武将という単語に食い付く彼女に、言葉が足りなかったかと苦笑しつつ問いを否定しつつ、昔教科書に載っていた巴御前の人物評について思い出しながら説明する。


「いや、その武将は男じゃない。巴御前って言って、たしか5、600年前に活躍した女傑だよ。

別に巴御前のみたいに強くなれって意味じゃないんだけど、巴御前のように強く生きれればと思ってさ」


「そうか。

まぁなんにしてもそなたが決めたのならばな」


きょとんとした表情で隼人を見上げる少女-トモエに笑みを浮かべ、リリィはそっと暖炉に目を向ける。


暖炉の中にある季節外れの灰。隼人が何をしたのかは分からないが、それには触れずに視線を戻す。


隼人に名を付けられた少女が与えられた名前を小さく呟いた。


この二人の来訪者にどのような未来が待っているのか。


それが幸在るものであればと静かに祈った。











隼人が砦に戻った翌日。砦のある一室に隼人を含め六人の人物があった。


赤黒い鎧に身を纏う、人豹族レパドゥオと人間のハーフである剣将グリミナ。


腰の辺りまで大胆なスリットの入った蒼いカクテルドレス姿のリョースアルヴ、妖将シャナンクル。


いつも変わらぬローブ姿の水魔族フィシャールの老人、賢将ダロス。


グリミナの異母兄である人豹族レパドゥオの密偵ブルフグス。


竜魔族ドラグクリフ翼人族シュラミュケーアのハーフで前魔王ネスフィアムの娘リリィアネイラ。


そして隼人を含め建国したばかりのスカイル王国の首脳陣とも言える存在が一同に参じたことになる。


「……………問題だらけだな」


「なんだと………!」


室内にそろった顔ぶれを見回し、ついこぼれてしまった隼人の言葉にグリミナが眦を上げる。

しかしその横に座るダロスは彼の言うところの意味を正しく理解し、ため息を吐きながら確かにと同意する。


「政治に疎く武に偏る王に、軍務に関わる将が三人。俺とて暗部の人間であり、リリィアネイラ様もどちらかといえば武力の側の方。見事なまでに文に関わる者がおらんな」


ダロスと同じく隼人の言葉の意味を察したブルフグスは、言葉の表面しか捉えていない妹に長いため息を吐く。


片親が違うとはいえ、どちらの親もグリミナの幼き日に没してから、魔王ネスフィアムの兵士となるまで幼少の彼女を育ててきたブルフグスは情けなさでもう一度溜め息を、今度は隠すことなく盛大についてから隼人に頭を下げる。


「陛下申し訳ありません。この愚妹はあとで教育しておきますので今はご容赦を」


「な、兄上!?」


「別に気にするな。

ダロス、どうにかならないか?」


どこかコントじみた二人のやりとりに苦笑しながらも、隼人はダロスへと顔を向けて問いかけた。


「さて、わしはいままで文武を兼業してきましたからな。有る程度のことはわかりますが………。やはり各部族の長にもう一度人材について打診するしか無いでしょうな」


「それまでは私達のほうでできる限りするしかないのぉ」


「ダロス、すまないがしばらくは丸投げしちまってもかまわないか?」


「しかたありますまい。ただし、陛下にも一刻も早く政治について学んでもらいますので覚悟してくだされよ」


今後のことに頭を痛めながら承諾するダロスに礼を言い、隼人は表情を切り替えて一同を見回して会議を始めた。











隼人が砦に戻ってから二ヶ月が過ぎた。


ホトロゼナン砦内に造られた竜舎の前で一人の竜魔族ドラグクリフの男が鞍を付けられた山竜さんりゅう《イクルロドン》の世話をしていた。


山竜イクルロドンというのはこの世界の山岳地帯に生息する小型の竜で、羽を持たないため空を飛ぶことは出来ないが、強靭な後ろ足で二足歩行を行い、跳躍力と走行力に優れた竜である。


緑色の鱗を持つ軍用の山竜イクルロドンの小さな前足を掴み、伸びすぎた爪を切りそろえてやる。男はそれが終わると甘えてくる山竜イクルロドンの顎下を軽く掻いてやって竜舎へ戻るよう促した。

名残惜しみながら竜舎へと戻る山竜イクルロドンに苦笑しつつ、竜舎に戻ったのを確認して扉を占める。


竜魔族ドラグクリフの男は近くの柵にかけてあったマントを羽織りながら、半年前ならば想像すらできなかったに違いない自らの境遇に苦笑を漏らした。


「ヴェルベリオン様!」


「どうした?」


砦からかけてくる己の部下に、竜魔族ドラグクリフの男-スカイル王国軍三頭九将の一頭、騎頭将ヴェルベリオンはいつもと変わらぬあまり感情のこもらぬ声応え振り返る。


三頭九将というのはスカイル王国軍の最上部である十二の位のことで、王である隼人の下に三頭将と呼ばれる三人。さらにそのそれぞれの下に合計九人の将を置くという形を取っている。


彼、ヴェルベリオンはこの三頭九将を決めるにあたり魔頭将となったリリィの推薦で竜魔族ドラグクリフの村からスカウトされるという異色の経歴をを持つ。

今ではその実力を知り誰もが頭将と認めているが、登用当初の彼はリリィの従姉弟にあたりその腕を見込まれての徴兵であり、つまり軍の外より突如現れた存在であったため、騎頭将の地位についた当初は当然のように不平の声があがっていた。


「はっ、陛下がお呼びです。すぐに参上するようにとのことです」


「場所は軍議の間か?」


「はい、その通りです」


部下にこの場の片付けを任せ、ヴェルベリオンは軍議の間へと向かうことにした。

途中呼び出される理由を考えてみるが、王に呼び出されるような失態を犯した覚えはないのでおそらくはその類の話では無いはずだ。例え知らず知らずの内にそういったことをしてしまっていたり、パッと出の自分のことであらぬことを告げ口されていたとしても隼人は公正な方だ。弁明することも可能である。

それよりも未だ席の空いている飛空将や重兵将などの地位に就く者が決まったのかもしれない、と足を急がせる。


三頭九将の九将の内二将はヴェルベリオンの配下であり、騎乗将の地位には元狼将ハルトシアンの配下にいた人熊族ハイブケアの男が就いている。そしてもう一方の飛空将は未だ空席のままであった。これは飛空将を含めその配下には飛行能力または竜種をテイムできる者で構成されており、その中から選出するのに手間取っているのだ。

ヴェルベリオン自身もランクCながら《テイム》のスキルは持っており、竜種と馬種を手懐けることができる。騎頭将に彼が選ばれたのも実力はもちろんのこと、その点も考慮されてのことである。


他に三頭の中でも最も大きな規模を誇るのが剣頭将グリミナであり、彼女の下には実に五人もの将が就けられていた。その中でも最も兵数が多いのが歩兵将ライオックスの部隊である。それに次いで弓兵将の部隊であるが、この地位には元マグガディア軍将軍である風のサリュアナが監視付きで就いている。これは元マグガディア軍兵士に対する人質的な配属であり、スカイル王国軍に組み込まれたり、故郷に戻されたマグガディア軍兵士が反乱等を起こした場合彼女がその全ての責をとることになっているのだ。

そして彼女の補佐兼監視役の任に就いているのはリシア、アレフという双子のデックアルヴである。

そして水兵将の地位には先の戦いで水中からの奇襲部隊を指揮した魚人族シーラカーラの男ジャウラが就いていた。


残る二将である重兵将、工兵将はまだ空席なのだが先の飛空将と含め今回の呼び出しはそれが決まった可能性もある。

そして最後に魔頭将リリィアネイラの配下に妖将と賢将が配され、それらは前魔王のころから変わらずシャナンクルとダロスがその任に就いている。

これがスカイル王国軍の現在の枠組みである。


現在空席となっている三将の席を埋めることは軍部に置いて急務となっている。それを考えればこれが呼び出しの理由であるだろう。そうこう考えている内に軍議の間へと辿り着き、ヴェルベリオンは少し強めに扉をノックした。


中から入室するよう返事があり、ヴェルベリオンはそれに従い入室する。


「騎頭将ヴェルベリオン。お呼びと聞いて参上いたしました」


頭を軽く下げて一礼し、面を上げるとそこには他の二頭将に妖賢の二将。そして見知らぬ竜魔族ドラグクリフの姿があった。


胸の膨らみから女性らしいその竜魔族ドラグクリフの、頭部を囲うように前方へと向けられたら巻角は竜魔族ドラグクリフ共通の物。そしてその彼女と彼の最大の相違点がその背に生える翼だろう。

竜を思わせる皮膜が張られた翼は純血の証であり、対するヴェルベリオンの背にあるのは水でできた布を纏めたかのような昆虫の薄羽を思わせる物。これは彼がこの世界でも珍しい水の下位精霊であるウンディーネの特異個体を母に持つ竜魔族ドラグクリフだからである。


「仕事中にすまなかったな。空席だった飛空将の選別が終わったんでな」


ヴェルベリオンの予想していた通り話であった。

隼人の目配せを受けて竜魔族ドラグクリフの女性が前にでる。

身長は竜魔族ドラグクリフの女性としては少々小柄な体躯であり、やや童顔な気がするものの纏った気配に隙はなく見た目に油断できる相手では無いことが容易に想像できた。


「この度、飛空将の任に就いたクリョーシカです。今後よろしくお願いします」


「騎頭将ヴェルベリオンだ。活躍を期待させてもらう」


差し出された右手を力強く握り返した。


「これで残るは重兵将と工兵将の二席か……」


「どちらも今までの我々では聞かぬ兵種だからな」


隼人の言葉にリリィ考え込むように腕を組みながら答える。

戦争といえば人間に勝る肉体的ポテンシャルに任せた力押しが基本である魔族達にとって、確かに鎧で身を固めた重歩兵や陣地の作成から罠の設置などを主任務とする工兵という兵種は確かに未知の分野なのだろう。


「うむ。工兵将についてはドワーフ達に打診して、後は選考を行う段階まで来ておるのじゃがのう。

重歩兵に関してはノウハウがない。いっそ元マグガディア軍の者から選ぶ事も視野に入れるべきじゃろう」


顎髭をいじりながら述べるダロスに隼人は静かに頷く。


「それか、ドワーフの者を使うのもよいのでは?

彼らの戦い方は全身を鎧で固め、それで敵の攻撃を弾き反撃を行うというもの。陛下から聞く重歩兵の戦い方とそう違いはないかと」


妖艶に微笑みながら提案するシャナンクルに対し、隼人は溜め息を吐きながら頷いた。


「最悪そうするしかないかもしれないか………。

確かに聞くだけではドワーフの戦い方は重歩兵のそれに通じる物がある。だけどドワーフ達のそれは敵の攻撃を弾きつつも前進し続けるという蹂躙戦法がメインなんだろう?

そういう攻め方が有効なのも確かだけど、俺が求めてるのは重歩兵による陣地の守備力だ。同じ重歩兵でも攻めと守りではまるで違うと俺は思うんだけど」


ドワーフのそれは現代で言うところの戦車の戦い方であろう。敵の攻撃を弾く装甲を盾に敵陣へと進行し、圧倒的な火力で敵歩兵を蹂躙してゆく。

しかし隼人が求めるのはそうではなく、後衛を守るための盾としての重歩兵なのだ。


「それは失礼を………」


「いや、どちらにしてもドワーフ達の協力は必要だろう。そういう戦い方もあるんだし両方の戦法をとれるようにしておけば戦い方に幅が広がる。少なくとも重兵将の補佐にはドワーフをつけるようにしよう」


その言葉にグリミナが頷き、この話はここで終了した。

ヴェルベリオンとクリョーシカは諸々の手続き(文官の育成もかねて隼人が提案した)のために部屋を辞し、室内にはブルフグスを除く先日の会議のメンバーが残されることとなった。


「そういえば、例の計画の進み具合はどうなのだ?」


リリィがふと思い出したようにダロスに問いかける。


「ハヤト様立案の『エリ○88計画』のことですかな」


『エリ○88計画』。半壊した魔王ネスフィアムの居城をどうするかという話の際に隼人が立案した計画である。

計画名からその内容を推し量ることは不可能だが、内容はまさに言うは易し行うは難しを地で行く代物であった。なにせその内容は、ホトロゼナン山脈をくり抜きそのまま城へと改造する計画である。


元々ホトロゼナン山脈の地下には魚人族シーラカーラ水魔族フィシャールの住まう地底湖や、土の上位精霊であるドワーフ達の地下集落があり、特にドワーフ達の地下集落は必要に応じて拡大を行っているためその技術を応用しようという計画で、一見無謀そうではあるものの時間をかければ十分に実現可能な計画なのである。


これが可決した理由の一つにこのホトロゼナン山脈が多種多様な金属がとれる鉱山であることが上げられる。城を造るに当たって掘り出される土や石の中には当然鉱石も含まれることになる。その鉱石の中には鉄鉱石の他にも金などのレアメタルがあり、国庫を増やすことにも繋がることになり、他にもホトロゼナン山脈を城に改造し、出入り口を各所に設置する事で城を包囲することが事実上不可能にする事ができるのだ。


そういった諸々の事情で可決したこの計画。なぜ名前が『エリ○88計画』なのかというと、隼人にとってある種の憧れがそこにあったからというリリィ達他の皆には首を傾げる理由だったりする。


「あの計画なら順調じゃよ。このままなら後一月もすれば大半の機能は城に移せるはずじゃ。そうなればこの砦もようやく本来の役目に戻ることになるのぅ」


「そうですか。陛下があんな事を言い出したときはどうなるかと思ったが………」


いくらなんでも無理だろうと半信半疑でいたグリミナは安堵のため息をついた。


「そういえば、近頃ドワーフ達の集落では鎚を振るう音が絶えないそうですね。採掘された鉱石のおかげで質のいい武具や耕具などが連日作られているとか」


「あぁ、私のところの兵達も武具が以前よりも充実している。まさかホトロゼナン山脈がこれほど鉱石が豊富だとは思いもしなかった」


採れた金の一部はダロスの部下の魔法使い達が、魔法儀式を用いて魔金と呼ばれる特殊な金へと精製を行っている。魔金の精製には一定量の金が必要なため、今回のように大量にとれたりしなければ精製する事はできなかっただろう。

その報告を受けていた隼人は計画が軌道に乗っていることと含めて心の底から安堵の溜め息を吐いていた。


とはいえこの計画には、山をくり抜くという性質上落盤等の危険は常につきまとうことになる。ドワーフ達の技術があれば安心だとは思うものの、その点だけは本当に注意してくれとダロスに告げてその場は解散となった。











深夜のホトロゼナン砦。

隼人の寝室に二人の客が訪れていた。

魔頭将リリィアネイラとその配下賢将ダロスの二人だ。


「ー月か、思ってたよりも早かったな」


「わしも以前興味を持って調べたことがあったからのぅ。当時の資料をひっくり返したら案外簡単に出てきたんじゃよ」


そう言ってテーブルに乗せられた資料の中から幾つかを取り出すと、それを順番に並べてゆく。


「………共に来るよう言われて来たのだが、一体なんの話なのだ?」


隼人とダロスの主語の抜けた会話に、ハヤトの隣に腰を降ろすリリィが首を傾げていた。


来訪者エトランジェについての話じゃよ」


懐から取り出した眼鏡をかけたダロスは、並べた資料の中から一枚を拾い上げて目を通す。


「この世界で確認された最古の来訪者エトランジェ。これが如何にして召喚されたのか。それを調べてくれと頼まれての」


「調べるもなにも異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェで呼ばれたのだろう?

一体それがなだというのだ?」


ますますわからないという様子の彼女に苦笑しつつ、ダロスは首を振って資料を差し出してくる。リリィはそれを受け取りながらも次の言葉を待つようにダロスに視線を送る。


「ところがのぉ、異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェが開発されたのは1500年程昔とされておるが、最古の来訪者エトランジェの記録は更に250年も遡るんじゃよ」


「なに?」


「やっぱりあったんだな。『異世界』を知るに至るきっかけが」


「うむ」


隼人の苦々しげな言葉に、ダロスはただ静かに頷いた。






隼人がダロスに来訪者エトランジェについて調べてもらう至った理由は、サモン・エトランジェを開発した存在はどうしてこの魔法を開発したのだろうか、と疑問を抱いたからだ。この世界は魔法など隼人の元の世界には無いものがあるとはいえ、全体の文化レベルは現代の地球と比べて非常に低い。

たとえばこの世界には、貴族ならばともかく下級市民や農民の子共達が通うような学校は存在せず、子供達は毎日を親の手伝いをして過ごす。

そのような文化の中で“物語”という娯楽はどれだけの進歩を遂げられるだろうか?

現代においてならば漫画やアニメなどで普通に取り上げられる異世界という題材。しかし時を少し遡った時代にそのような題材を扱った作品は存在するだろうか?

例えば日本ならば歌舞伎などの劇に使われる物語。西洋ならばシェイクスピアなど。そこに異世界、自分たちの世界と完全に切り離された世界観を持つ物語は存在しているだろうか?

実際には存在しているのかもしれないが、それは全体と比べてもほんの一握り、いやむしろほんの一摘みかもしれない。

現代だからこそ考え、想像する余裕がある異世界という存在。

日々、暮らしの糧を求めるこの世界でそのような発想を自ら導き出せるのだろうか?

隼人はその可能性よりもなにかしらの偶然で異世界の存在を示すものがこの世界に存在したのではないかと考えた。そう、魔法と違う方法で召喚された来訪者エトランジェなどが………。


それゆえにダロスに確認される最古の来訪者エトランジェについて調べてもらっていたのだが、どうやら彼の予想は当たっていたらしい。


ダロスの説明は続く。


記録された最古の来訪者エトランジェの確認から異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェの開発までの約250年の間、更に十五人もの来訪者エトランジェが存在していたという。

彼らが召喚された原因はまだ調べ終えていないものの、これは隼人を召喚した異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェの他にも来訪者エトランジェの召喚方法が存在しているということでもある。それがさらに古い儀式なのか、はたまた自然現象という可能性も存在するが。もしもこれが自然現象だったとした場合、表に出ていないだけで今も複数の来訪者エトランジェが存在する可能性もあるのだ。






「まさか……………。

だがありえるのか、来訪者エトランジェが誰の意志とも関係なく召還されるなど。

台風や地震では無いのだぞ?」


「リリィアネイラ様のおっしゃることもごもっともですが、結論としてはありえますのじゃ。

古くから存在する魔力溜まりでは、満の赤月の魔力が作用し遠方へと不安定なゲートが形成されるのはご存知でしょう。

そのことを踏まえて考えれば、この世界にある五つの大陸に一つずつ存在すると言われておる魔窟のような高濃度の魔力溜まりが、なにかしらの要因と絡まり異世界へのゲートとなりうる可能性もあるじゃろう」


ダロスの説明にリリィは押し黙り、しばし思考を纏めるのに時間を費やした後、ダロスとともに隼人へと視線を向ける。


「それで、このことを知ってそなたはどうするのだ?

私をこの場に呼んだということは知的好奇心だけでじいに調べさせたのではないのであろう?」


「当たり前だ。

ダロス、調べてくれてありがとう。

今後も最古の来訪者エトランジェが召喚された原因を調べてほしい。特に異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェ以外にも召還魔法があるかどうかは徹底的にだ。それと来訪者エトランジェを元の世界に戻すための魔法の開発もお願いしたい。これらに関しては賢将以下魔導師隊の最重要任務として極秘裏に進めてほしい」


「御意に」


「やはり元の世界へ帰りたいか………」


ハヤトの命令を聞いていたリリィはどこか寂しげに、しかし割り切ったように小さく呟くが、それを聞いた隼人は静かに首を振って否定した。


「そうじゃない。ダロスに帰還方法を調べてもらうのは俺が元の世界に戻る為じゃない。

もしも他に、トモエのようにこの世界に召喚された来訪者エトランジェがいるなら、彼らを元の世界に帰してやりたいと思ったんだよ。

俺が地球に戻るのは、もう諦めたからな。

第一一国の王になっておいて、そう簡単にそれを捨てるなんて無責任な真似できるわけがないだろう?」


どことなく自虐的笑みを浮かべると、隼人は立ち上がり部屋の隅に置かれた机の中から写真を取り出し静かに眺める。


「リリィ、俺に言ったよな。償ってくれって。

俺にはまだどうやって償っていけばいいのかわかっちゃいない。けど、俺にできることをしていくつもりだ。今回のこれもその一歩のつもりでいる。二度と俺みたいな存在を出さないよう、来訪者エトランジェを生み出す原因を探し出しそれを潰す。そしてすでに他にも来訪者エトランジェがいるのなら、彼等を元の世界へと返してやる。

それが俺にできることの一つだと思ってる。

国なんて大きな力を得た俺にできるな 」



・トモエ

三才未満(外見年齢十才弱)

隼人が召喚された儀式魔法の余波で召還されたと思わしき子ぎつね。得た異能力によって獣人の姿に化けることができる。しかしこの世界には狐が存在しないため、周りには何の獣人か理解されず、物珍しげに見られることが多々ある。

奴隷として捕まっていたところを隼人に助けられ、同郷でもある彼に懐く。


物理属性資質:アンフリュクルー(やや柔らかく平均)

魔力量:C

魔法属性資質:特異特化型


・異能力《妖化》

動植物を妖怪化させる異能力。

妖化した者は魔力ではなく妖力を扱うため魔力量は低くなる。

妖怪化した動植物は一に近い姿をとれるようになるが、トモエの場合、妖化することで得られる“変化”の力と相性がよく、より人間の姿に近づいている。また《妖化》を得た者は老いが非常に遅くなる。狐であるトモエが二才を過ぎても精神が幼いのはこれが原因。


・固有スキル《狐火》

狐であるトモエが《妖化》を得たことで習得した固有スキル。青白い炎を生み出し操ることができる。トモエの成長に伴い威力を増す。


・固有スキル《変化》

人や動物、無機物に化ける能力。古来より人を騙すとされる狐であるトモエとは相性がいい。

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