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解放・後話

郊外からかすかに聞こえる虫の声。

都のはずれへと辿り着いた隼人達にかけられる声があった。


「な、なぁあんた達………」


突如の声に全員が身構えるも声の聞こえた方を、いやこの場所が何処なのかに気付いて構えを解いた。そこは野晒しにされた檻が並べられた広い広場。同時に先ほどから感じていた異臭の正体にも気付き、隼人は怒りを覚えながらも声の主へと向き直った。


声の主がいる場所は隼人の近くに設置された檻の中。狼の頭部に灰色の体毛を持つその男は首に《奴隷の証》をはめられている。

この場所は、奴隷市場だった。


「なんだ?」


「あんた達この町から逃げるのかい?みんな《奴隷の証》を着けてるからそうだと思ったんだけど……………。もしそうなら隣の檻の子供を一緒に連れて行ってやってくれ!その子は明日出荷されちまうんだよ!奴隷としてじゃなく、貴族どもの飼ってる魔獣の餌としてだ!!奴隷としてならまだいつかは逃げるチャンスもあるけど、魔獣の餌なんかにされたら…………。頼む、まだ小さい女の子なんだ!」


必死に頼む男の言う檻には、確かに小さな女の子が膝を抱えながら怯えるように身体を震わせていた。埃にまみれた赤茶色の髪の中から飛び出た狐の耳に大きな尻尾も狐のそれ。狐の獣人の子だろう。


「大将………」


ライオックスが心配そうに声をかける。今まで寝ていたのだろう奴隷達が目を覚まし、隼人達の存在に気付いた者達が助けてくれと騒ぎ始める。


「ハヤト、これ以上増えては動きが遅くなる。それに漁船にこれだけの数が乗れんだろう」


苦渋の表情を浮かべながらもリリィがそう囁く。その言葉に市場を見渡すと檻の数は百ほどか………。その全てに奴隷が入っているわけではないが、それでも相当数の奴隷がここにいることになる。


「なぁ、その子だけでも…………!」


必死に懇願する人狼族の男の声に、隼人は決心したように顔を上げる。


「だっ!!」


渾身の肘打ち。


そして鳴り響く破砕音に一瞬で広場は静寂に包まれた。


金属のきしむ音とともに檻の扉が開かれる。


「え、な………」


目の前で開かれた扉に人狼族の男は目を見開いた。


「速く出ろ、時間が無くなる。

手分けして牢を開けるんだ!全員助けるぞ!!」


「へい!」


ライオックスの返事に応じるように解放された奴隷達が市場に散らばってゆく。


隼人は再び肘を振るって隣の檻の鍵を破壊した。


「おい、ハヤト。おまえの気持ちも分かるが、この数を連れて脱出するなど無茶だ!

無事にクァカラナカン湖にたどり着けたとしてもこの人数を乗せられる船があるとは限らないぞ」


檻の中から飛び出してきた少女を抱き止め、しがみついて離れないことにため息をつく。周りを見回せば力の強い鬼族を中心に次々と檻を壊しているのがわかる。


「無茶だろうがやる。魚人族や水魔族の人達には泳いでもらえばいい。そうすれば船が必要な人は少なくなる。それにあの広さの湖に漁船が一隻しかないわけじゃないだろ?以前見たけど二隻もあれば十分に乗せることができるはずだ。別に快適な船旅をしようっていうんじゃないんだからな」


しがみつく少女を抱き上げ、隣の檻に肘を打ちつける。その破砕音に少女がビクリと震えるが、今は時間が惜しいと次々と破壊してゆく。


「はぁ、そなたがそう決めたのならば仕方あるまい」


リリィもまた壊れた檻の格子を引き抜き、鍵を破壊し始める。

助け出した奴隷達も檻の破壊に加わり奴隷達は瞬く間に解放される。


そして全ての奴隷達を解放し、隼人達は再びクァカラナカン湖へ足を進めた。











一向に離れようとしない少女を離れさせるのをあきらめ、隼人は集団の先頭を歩いていた。

彼らが今歩いているのはリティブルからクァカラナカン湖に向かう途中にある名も無い山の裾。左手側の急な斜面の上には木々が立ち並び、右手側の斜面の下には森が広がっている。


ふと見上げて見ればこんな時でなければゆっくりと見上げていたくなるような星空が広がっていた。


「夜明けまではまだある。この調子ならば夜明け前に辿り着けるだろう」


同じように夜空を見上げたリリィ安堵したようにそう呟く。


「ですな、たしかこの山を抜ければ湖へ流れる川があったはず。若い連中に水中を行かせれば船の確保も確実になりましょうな」


水魔族の老人が額の汗を拭いながらそう提案する。一秒でも時間が惜しい現状、湖で船を得るためにかかる時間すらも惜しい。

老人の言葉に頷き、隼人は辺りの気配を探る。クルアカンとの先頭以降、軍は愚か兵士とも接触していないとはいえ油断するわけにはいかないのだ。


「そう警戒する事も無いと思うが?これだけ静まっていれば離れていても音を聞き分けることもできよう。特に獣人の聴覚は我々よりも鋭いからな」


「え?」


リリィの言葉に心臓を鷲掴みにされたかのような錯覚を覚えて足を止めてしまった。それは隼人だけではなかったようで、ライオックスやクガーザ達奴隷闘士立った者達、狩猟を生業としていた者達も同時に足止める。それにつられて全体の歩みが止まり、隼人達の表情が緊張しているのを見て身体を強ばらせる。


「………大将」


「あぁ、静かすぎる」


先ほどまでは確かにしていたはずの虫の声が一切無くなっている。しかも虫だけではない、夜鳥や小動物の気配も無くなっているのだ。

それはつまり彼らがここを離れているということでありそしてここを一斉に離れるにたる理由があるということ。


「ギノイア」


「任せろ」


ライオックスに名前を呼ばれたゴブリンが右手の斜面を駆け上り木々の中へと消えてゆく。もしも予想が当たっていた場合大変なことになる。

隼人達のただならぬ様子に、リリィ達も辺りを警戒する。


五分か十分か、それとももっと短い時間、いやもっと長い時間かもしれない。しんと静まり返った森の中、早くも時間の感覚が歪み始める。そしてようやくギノイアが戻ってきたとき、隼人達の予想が最悪の形で当たっていたことが証明された。


転がるようにして飛び出してきた彼の表情は焦りに歪んでいるのが遠目にも見て取れた。そして林から飛び出し幾ばくも進まぬ内につんのめるように転倒し、斜面の下-隼人達の下へと転がってきた。


「ギノアス!」


クガーザが彼に駆け寄るが、転がり方が悪かったらしく首はあらぬ方向へと曲がり、既に息絶えているのは明白だった。そして肩には彼が転倒した理由である矢が深々と刺さっていたのだ。


突然の出来事に皆は言葉を失い、隼人や元奴隷闘士だった者が斜面を見上げる中、彼らを半円状に取り囲むように、弓を携え水色の鎧に身を纏めた兵士達が現れたのだった。


「水色の鎧、リゼルダか………」


隼人の言葉に誘われた訳ではないだろうが、取り囲む兵士達の後ろから水色のプレートメイルに身を包んだ騎士が現れる。手には巨大なランスと身を隠せるほどに巨大なタワーシールドを持ち、フルフェイスのヘルムの格子の向こうから彼らのことを見下ろしている。


「クルアカンに言われてここで待機していたが、まさか本当にかかるとは思っても見なかったな」


半分呆れ口調でそう言うと、彼は眼下の隼人達を見下ろしため息をつく。


「コロッセオで見た顔もある。ということはコロッセオにも戻ったということか。あっちにはクルアカン本人が向かったのだが、よくもまぁ無事だったものだ」


「無事なもんかよ、こっちは助けた内の何人かがやられてんだからな」


「つまりかの将もお前に敗れたということか。

魔王を倒した実力は伊達ではないか」


リゼルダが片手を挙げると兵士達の弓に矢がつがえられ、ぎりっ、と音を上げて弦が引き絞られる。隼人がざっと確認すると逃げられるのは背後の斜面を下った森の中だけだが、そちらに逃げたとて背後から矢をかけられることに変わりはなく、いったいどれだけの人数が逃げられることか。それにもし森へと駆け込めたとして敵の兵士が今見えているだけの筈はない。それに水を司るリゼルダ将軍は魔法王国の名に恥じぬ魔法の使い手、即座に追いつかれるのは目に見えている。すでにコロッセオで戦ったときよりも戦える者の数は減っており、あの数に囲まれたら全滅するのも時間の問題だ。

もしもここにいるのが隼人だけならば彼一人あの中に突っ込めばいいだけなのだが、今は護るべき存在を抱える身でありそんなことができるはずもなかった。


「だがこの状況をどうにかできる手札はあるまい。そこにいるのは《奴隷の証》で魔法を封じられた奴隷達と奴隷闘士。まともに戦える存在が少ない今、お前達に勝ち目は無い。おとなしく降伏するんだな」


リゼルダの口から告げられる最終通告。ここで降伏したところであのレード王のことだ結果は目に見えている。ここにいる全員待ち受けているのは死刑という結果。ここで死ぬか少し後で死ぬかの違いしかない。いや、死刑決行までの間も拷問を受けることになる可能性すらあるのだ。


(皆を森に逃がして俺が囮になって奴らに突っ込むしかないか………。せめて戦えない人達だけでも助かれば御の字だが……)


抱えている少女をリリィび押しつけるのと同時に飛び出す。そう決めて両の足に力を込める。


「つき合いますぜ」


隼人のしようとしていることが分かったのか、ライオックスが小声でそう告げる。ギノアスのそばに膝をついているクガーザも目それに同意している。


断っても勝手についてきそうな上に、断っている時間もない。決死の覚悟を決める彼らに口に出さずに詫びる。


「答えはn…………!」


合図代わりの返答を轟音と共に降り注ぐ雷光が遮った。

その雷光は途切れることなく隼人達ちリゼルダ達の間に降り注ぎ、光の壁のごとく彼らを分かつ。


「《サンダーレイン》か!!」


リリィの驚愕の叫びが耳に届く。

光属性の系統に分類される上位魔法サンダーレイン。降り続ける雷のベールの向こうでリゼルダの兵士達が騒ぐ声が聞こえてくる。


「後方の森へ走れ………!」


突如耳元で囁かれ、隼人は驚いてそちらに振り返った。普段ならば意識をリゼルダ達に向けていたとはいえ、簡単に背後をとられたりはしない。しかし振り返った先には顔を黒い体毛に覆われた人豹族の男がそこに立っていた。


背後で降り注ぐ《サンダーレイン》は威力を犠牲にする代わりに継続時間を長くしているようだが、それとて永遠というわけにはいかないだろう。人豹族の男は隼人の返事を待たずに森へと走り出し、それを見て意を決した隼人は雷鳴に負けぬ大きな声で指示を出した。


「森だ!あの人豹族に続け!」


走りながらリリィに少女を押し付けて斜面を滑り降りる。森の入り口の木にローキックを放ってへし折ると、すぐ後ろに続いてきたライオックスに目配せをする。その意味を正確に理解した彼はへし折られた木を抱き抱えると斜面の上、駆けてくる奴隷達の後ろへと放り投げた。さらに他の鬼族も同じ様に木をへし折っては上へと放り投げ斜面へと転がしてゆく。


奴隷達が森の中へと駆け込み終わるのと降り続けていた雷が止むのはほぼ同時だった。雷が止むのを見届けて残っていた鬼族達も森の中へと駆け込んでゆく。


「くっ、そうかハヤトは私の戦い方を知っているのだったな」


雷が止み、そして目の前に広がる光景にリゼルダは悔しそうに歯噛みしながら兵士に追うよう命令を下す。


斜面の上に転がる木々さえなければ自身で追いかけたというのに、と舌打ちし忌々しそうに隼人達が逃げていった森を睨みつけた。


「それに今の魔法は…………、どちらにしても私も行かねばならんか」


重い盾と突撃槍を抱えたまま、リゼルダは兵の後を追って斜面を下り出す。目の前で国賊を逃がしたことが王に知れたらと若干顔を青ざめさせながら。










森を走る隼人達の前に現れたのは目を疑うような光景だった。木々の生い茂った森の中でただ一カ所、空間に歪みが生じてその歪んだ空間の先には荒れ果てた岩場が広がっているのだ。さらにその空間の歪みの横には片手を歪んだ空間に向ける見覚えのある水魔族の姿。


「話は向こうで。今は急ぎなされ」


水魔族の老人が皺だらけの顔を向けてそう告げ、背後では隼人達を追って兵士たちが森の中へと入ってくる音が聞こえてくる。

隼人は水魔族に頷き、その空間へと飛び込んだ。

湿り気を帯びた森の柔らかい土の感触が、歪んだ空間へと飛び込み着地した後にはざらりとした砂の感触へと変わる。背後では水魔族の老人が空間の歪みを通り、そして歪みが消えるとそこには森景色はなく、草木の生えぬ岩場が広がっていた。


なにが起きたのか理解できていない奴隷達をよそに、武装した魔族が周囲の岩陰から現れ彼らを取り囲む。正確には隼人一人を………。


「な、なんだてめぇら!」


隼人に向けて武器を向ける魔族に、ライオックスが驚きを露わに声を上げ、隼人を庇って武器を構える。


「止めてくれライオックス。これは当然のことだ………」


「な、大将何を言って……!?」


ライオックスの言葉を遮るように取り囲む魔族達の一角が左右に分かれる。そこに現れるのは全身を至る所に赤黒い炎の文様を入れた漆黒の全身鎧に身を固め、巨大な大剣を背負った騎士の姿だった。そしてその傍らには薄く白金色に輝く髪を地面に付きそうなほどまで伸ばし、その髪合間から尖った耳を覗かせる若草色のドレスを身に纏うリョースアルヴの女性。そして隼人の背後にいた水魔族の老人がその二人の横に並び、隼人はライオックスを脇へ下がらせて三人と対峙する。


「よくも我々の前にその顔を出せたものだな」


黒騎士から発せられた、くぐもった声にライオックス達は驚きの表情を浮かべた。なぜならその声は、くぐもってはいるものの間違いなく女性の物だったのだから。


「彼らを逃がす場所が、ここ以外に思いつかなかったからな」


上へと視線を向ければそこにあるのはこの岩場を睥睨する巨大な砦。それはつい一月ほど前に訪れたばかりの場所なのだ。

白龍連峰が一角、ホトロゼナン山脈中腹に建造された魔族の砦。そしてこの岩場は彼が魔族の将の一人を討ち取った場所でもある。魔王ネスフィアム配下四魔将、狼将ハルトシアンを………。


「まさかこうやって再び見えることになるとは、思いもしませんでしたわ」


リョースアルヴの女性がおかしそうにくすくすと笑うが目だけは一向に笑ってはおらず、敵意の籠もった視線でハヤトのことを睨みつけている。


「まったく、二人は敵意を出しすぎじゃ。さて、久しいな。マグガディアの勇者よ」


水魔族の老人だけは穏やかな表情で挨拶をし、隼人も静かに頭を下げる。


「まさか残る四魔将全員に出迎えられるとは思っても見なかったんですがね」


四魔将。魔王ネスフィアムが白龍連邦を形成する四つの山を任せた魔王ネスフィアム軍の最高位。かつて隼人が倒した狼将の他に、目の前にいる水魔族の老人ことグルハナーン山脈を治める賢将ダラス。リョースアルヴである妖将シャナンクルがアミラドゼ山脈を、そして最後のチェラナクルス山脈に配されし剣将グリミナ。

かつて対峙した三人と再び、今度は同時に会い見えることになるなどといったい誰が予測できるだろうか。


「それと、俺はもう勇者でも何でもない。マグガディアにとっては国始まって以来の大国賊でしょうが」


「ほほほ、勇者の証を砕いたらしいの。まったく、若いのに無茶をするものよ」


ダラスがおかしそうに笑い声をあげるが、ほかの二人はそんなことはどうでもいいらしく、グリミナがダラスの肩を押して前へと踏み出し背負った大剣を隼人に突きつける。


「勇者を止めたから今までのことを水に流せとでも?貴様の罪が本当にそんなに軽いと思っているのならば、この場で今度こそ永遠の眠りに誘ってやるぞ」


剣の刀身に闇が絡みつき、不気味な光を発しはじめる。かつてその一撃で隼人の首から下を消失させた一撃。その前段階。

突きつけられる大剣を前に隼人は静かに前へと踏み出し、その切っ先が心臓の上へと僅かに突き刺さった。


「そんなこと思ってもいないさ。そしてこれが俺を裁く一刀だというならば、俺は喜んでその一撃を受ける」


「なんだと………っ!?」


馬鹿にされたとでも思ったのか、グリミナの声に険が混じるが、隼人はやるならやれとばかりに格子の向こうの相手の目を見る。


「止めよグリミナ!ハヤトも一度離れるのだ」


二人の気配に皆が息を呑む中、リリィが仲裁しに入った。


「姫!ご無事でしたか!?」


グリミナは大剣を地面に置き、兜を脱いで脇に抱えるとリリィの足下に跪く。脱がれた兜の下から現れたのは、短く揃えた髪を切りそろえた人間の顔。しかしその髪を掻き分け姿を見せるのは三角形の黒い豹の耳。それは人と獣人とのハーフに見られる特徴だ。

同じ様にシャナンクルもまたリリィの足下に跪き頭を垂れて臣下の礼をとり、兵士達もそれにならってリリィへと跪いて頭を垂れ恥じねr。ダロスだけは膝を突くことなくリリィのそばに近づき、目を細めて小さく頷く。


「ご無事でなによりですじゃ」


「あぁ、ハヤトが助けてくれたのでな。それより、じい達も無事で良かった。こちらの様子もわからず心配していたのだ」


「姫様………、もったいのうございます」


「ほっほっほっ、リリィアネイラ様は相変わらずですなぁ。わしらの心配などよりご自身の心配を先にするべきではございませんでしたかな?」


ダロスがおかしそうにそう尋ねると、リリィは苦笑して頭を振る。


「捕らわれの身となっていたのだ。自身の心配をしたところでどうこうなるものでもあるまい」


リリィは言われた通り一歩下がっていた隼人を見ると、表情を引き締めて隼人のそばに立つ。


「グリミナ、シャナンクル。父は既に無い。私を姫と呼ぶ理由はもう無いのではないか?」


「何をおっしゃるか!ネスフィアム陛下はたしかにご崩御なされてしまいましたが、それはそこの人間の手に掛かってのもの!我らの忠誠は今も変わらず………」


「父は一対一で戦い敗れた。そうだなダロス」


「その通りですな、リリィアネイラ様」


断固とした響きを持つグリミナの言葉を遮り、リリィは彼女に言い含めるようにダロスに確認する。


「父は一対一で敗れた。その意味が分からぬそなた達ではあるまい?」


リリィの口から成された言葉。それを聞いたときその場にいたほとんどの者が、その言葉に含まれる真の意味に気付くことは無かった。

しかし、あの奴隷市場で助けた人狼族の男が隼人のそばに進み出て跪いた時、その言葉に含まれる意味の可能性に誰もが息を呑んだ。

そしてその青年に続くようにしてライオックスが、クガーザがパルディアが、隼人に助けられマグガディアから脱出してきた魔族達が揃って隼人に対して跪き頭を垂れた。


「お、おい?」


突然のことに隼人は狼狽し、彼等と同じくその言葉の意味に気付いたグリミナや兵士達も驚愕の表情でリリィを見上げる。


「ま、まさか………、姫…………」


「父もまた、いや今王位につく各地の王達、歴代に王達もまた力を証明して王位を得てきたのだ。一対一での戦いで父に勝ち、その力を証明したのだ。隼人が王位に付いたとて問題はあるまい」


リリィの口から明確に言葉にされ、そう予想していた者達を含め驚きの表情でリリィを見上げる。そのようなことを一切想像もしていなかった隼人などは驚きのあまり絶句し、ポカンと口を開けたまま動くことすらできない。


「どうしたハヤト、そんなに驚くことだったか?」


抱き抱えたままだった少女を降ろすと、少女はハヤトの下へと駆け寄り、絶句したままの隼人にしがみつく。リリィは隼人の足下跪き、グリミナ達が彼女に対して行っていたように頭を垂れて臣下の礼をとった。


「「姫(様)」」


グリミナとシャナンクルが悲鳴のような声を上げてリリィの元へと駆け寄ってくる。


「姫様おやめください!!」


「なぜ姫がそのようなことなさねば!」


「二人とも下がれ!!血族の者が一対一での戦いで敗れ命を落としたとき、その者以下の血族の命運は勝者の者となる。

父もそうやって先王の娘であった母を娶り、叔父上を配下に加えたのだ。私もまたそれに習うだけのことだ」


狼狽する二人を睨みつけ、有無を言わせぬ態度で二人を下がらせると、リリィは改めて隼人に頭を垂れる。


「お、おい、まさか俺に………」


「そのまさかだ。ハヤト、この地の王位はそなたの物だ」


再び起こるざわめき。崩御した先王の遺児たるリリィの宣言に、跪いていた兵士達も改めて隼人へと臣下の礼をとる。


「ハヤト、私はあのときにもこう言ったな。『償って下され』と………。少々卑怯な気もするが、これも償いの形として受けてもらえぬか?少なくとも、ここにいるそなたが助けた者達はそれを望んでいると思うが?」


「大将、いや陛下。俺はあまり学とかそういったもんは持ち合わせちゃいねぇからあまり難しいことは言えねぇが、あんたにはその資格があると俺は思う。少なくとも俺はあんたにならこの命を預けることができると思っている」


彼らを代表するようにそう告げるライオックスに脱出してきた魔族達が同意の声を上げる。


「ほっほっほ、これは腹を括って受ける以外にありそうにないの」


いつの間にかに隼人の傍らにはダロスが立ち、のんきに笑いながら彼の肩を叩く。


「ダロス老!あなたはそれでいいのか!ネスフィアム陛下を殺した者がその地位に着くなど!何より人間が王位につくなど聞いたことがない!」


グリミナがすごい剣幕でダロスに詰め寄るが、ダロスは表情を変えることなく肩をすくめてみせる。


「何を言うかと思えば、わしはそのネスフィアム陛下の先代のさらにその前の代から歴代の王に仕えた身。そしてその歴代の王全てが一対一の決闘に敗れて命を失ってきたのじゃ。此度はネスフィアム陛下にその番が回ってきただけじゃよ。

それにの、ここより北には在位は短いが人間が魔族の王となった例が無いわけではない。彼が魔族か否かなど問題では無いのだよ」


「な、くっ………」


ダロスにそう言われてグリミナは勢いを失う。彼女が下がるのを確認したダロスは隼人に向き直ると一礼してから口を開く。


「と、そう言う訳じゃ。

少なくともそこの鬼族の者やその少女、なによりリリィアネイラ様はお主が王位に着かずともお主の後について行くじゃろうな。そしてこの白龍連邦は次の王位を巡って争いの坩堝と化す。

お主の返答を、聞かせてはくれぬか?」


ダロスの言葉は起こるであろう事実を告げただけなのだろう。しかしその言葉が隼人にとっては脅迫にも似た意味を持つことも恐らくは理解してのこと。

隼人は一度その場に跪く魔族を見回すと諦めたように首を縦に振るのだった。


「新しい王の誕生じゃな」


ダロスの言葉に脱出してきた魔族達から歓声が上がる。グリミナとシャナンクルは納得がいかぬといった様子で頭を垂れ、兵士達は戸惑いの表情を浮かべるのだった。










この日、異世界から召喚された少年は勇者の地位を経て王、魔族を統べし王となる。

この新たなる魔王を迎えた魔族達は、この後自分達の未来に待ち受ける物をなにも知らない。己の行いに償いを決意した来訪者エトランジェの魔王。

その物語が今始まったのだ…………。






これは遠い異世界で起きた遥か昔の物語………………。

・ライオックス

50才

鬼族の中でもなお巨体を誇る青年。特徴は額に生えた一本の角。元々は白龍連邦の一つホトロゼナン山脈に住む鬼族の一人だった。物語より10年前、狩りの途中でマグガディア軍に見つかり捕縛され、それ以降コロッセオの奴隷闘士として生きることを強要される。

巨大な鉄棍を得物とし、彼の全膂力を込めた一撃に耐えられる者は少ない。

コロッセオの奴隷闘士のまとめ役的な存在で、竹を割ったようなサッパリとして性格をしていて人望は厚い。村にいたときも昔からガキ大将的な存在で、ある種のカリスマを持っていると思われる。


物理属性資質:ノアピア(硬く強い)

魔力量:E

魔法属性資質:地


・鬼族の耐魔力

鬼族特有の種族スキル。鬼族の者は突然変異のようなことでもない限り、総じて魔力量は最低のEとなる。その代わりに絶対的な耐魔力を得ておりこの耐魔力を貫通させる場合、最高位魔法に属する魔法でもない限りダメージを与えることは出来ないとされている。

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