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開戦前夜

各将への指示を終えた隼人は自室へと向かっていた。将たちへの指示を終えこの件について今彼に出来ることは無くなり、後は各自報告を待つだけである。あえて出来ることを上げれば戦いに向けて自身の準備をすることぐらいなのだ。

そしてそんな彼の後を追うのはリリィだ。魔頭将である彼女もまたすべきことがない一人であった。賢将ダロス、妖将シャナクンクルの二人のおかげで彼女がすべきことは二人の報告を聞くだけであり、準備を終えるまでには後しばらく時間がかかる。そのため彼女は会議室を後にした彼女は自然と隼人の後についてきたのだ。


特に言葉を交わすわけでもなく、ただ静かに歩いている内に目的地である隼人の自室へとたどり着いた。隼人がドアの端に付けられた金属製のプレートに触れると、ドアからカチャリ、と鍵の開く音が静かに鳴り、扉は音もなく横へとスライドして開かれた。

魔頭将配下とドワーフ達の合作による高性能魔術扉である。

登録された魔力を関知すると自動で開くようになっており、術式は常に起動しているため隼人のように魔法を一切使うことが出来なくても作動する優れ物だ。


そう、非常に優れているのだが…………。それでも完全というわけでもなく登録されている以外の者でも場合によって容易く侵入する事が出来る。

無人だったはずの部屋の中から隼人の腰に飛びついてきたトモエのように。


「おっと、トモエか。

また勝手に入ったのか…………」


トモエの小さな身体を抱き留めた隼人は彼女と部屋に交互に視線を巡らせると、苦笑しながら彼女の頭を撫でてやった。


魔術扉に登録できる魔力は現在一つだけであり、当然登録されているのは隼人の魔力だ。それなのにどうしてトモエが部屋の中へ侵入出来たのかというと、彼女の持つ固有スキル【変化】の力である。

【変化】は本来ならば自身を他の姿に変える能力なのだがトモエのように相性が非常によかったりする場合、この能力はさらにもう一ステップ上の力を発揮する。それが魔力など非実体物の変換である。

ただの【変化】では姿形を変えることが出来たとしても魔力や臭い、体温といった物まで変えることは出来なかったのだが、このさらに上の段階へ至るとそれが可能になるのだ。トモエはこの力を使って自分の魔力を隼人の魔力と同質の物へと変えて部屋の中に侵入したのだ。ちなみにトモエはそのような詳しいことは全く理解しておらず感覚だけで完璧に扱って見せていたりする。


「………………パパ」


「………………はい?」


隼人の腹に顔を埋めながら呟かれたトモエの言葉に、隼人は凍り付いたように動きを止めた。そして少し遅れて背後から笑いをこらえるような気配を感じて振り返ると、そこではリリィが顔をニヤケさせながらトモエに向かって良くやったとばかりに親指をたてた拳を突き出している。いわゆるグッドというやつか。


「………………犯人はお前か」


「犯人、とは人聞きが悪いな。私はトモエの相談にのってやっただけだ」


表情を緩めながら隼人を追い越して入室したリリィは、部屋の主に断りを入れることなく部屋の真ん中に置かれたソファに腰掛けた。


「相談?」


その言葉に訝しげに首を傾げる隼人に肩を竦めると、テーブルの上に置かれたティーセットでお茶を煎れ始める。グルハナーン山脈の特産品でもある黄茶独特の甘い匂いが室内に漂い始め、それを一口してからトモエへと視線を向けた。


「うむ、そなたのことをどう呼べばいいかわからない、と相談されたのだ」


自然と隼人の視線が腰にしがみつくトモエへと落とされ、その言葉にふと気づく。トモエと出会ってからこれまで名前で呼ばれることはおろかトモエに『呼ばれる』ということすら無かったということに。

これまでトモエが隼人と会話する場合は、彼がトモエのことを呼ぶか彼女が隼人にしがみつくことから会話が始まっていたのだ。


「だからって、この呼び方はないんじゃないのか」


まさか『パパ』などと呼ばれるとは思っても見なかった隼人は小さくため息を吐きながらリリィへと視線を戻すが、リリィはまとも軽く肩を竦めて黄茶の入ったカップを傾けている。


「たしかにそなたを父と呼ばせることに、その方が面白そうだ、という思いがなかったといえば嘘になるが………………、これにもちゃんと理由はあるのだ」


とりあえず座ったらどうだ?と目配せされ、隼人はテーブルを挟んで向かい側に置かれた二人掛けのソファにトモエと共に腰を下ろした。その間もトモエは手を離そうとはせず、しっかりと彼にしがみついたままだった。


「現在トモエがどのような位置に在るか分かるか?」


隼人とトモエの分の黄茶を煎れながら投げかけられる問い。意味を理解しかねた隼人は目の前に差し出された黄茶に口を付けながら先を促した。その甘い匂いを裏切らず、果物特有の甘みが口の中に広がるが、隼人の腰にしがみついたままのトモエは黄茶に手を伸ばそうともしない。


「文武のいずれかに携わるわけでもなく、縁者がこの地に仕官しているわけでもなくただこの城にいるだけの宙ぶらりんの状態だ。彼女がそなたと同じ来訪者エトランジェであることは上層部の者ならば理解している。しかし下の者も同じというわけではないし来訪者エトランジェであるからといっていつまでもただこの城に居させるというわけにもゆかぬ。

彼女をこの城に置いておくには理由が必要となるのだ。だれも文句を付けることの出来ない確固とした理由が………………」


「俺にその理由になれ…………と?」


空になったカップに黄茶を注ぎ足すリリィに静かに問う。ここまで言われれば問うまでもなくその意図は明らかだが彼はそう問わずにいられなかった。


「国王の娘、この城に居るのには十分すぎる理由であろう?

確かにそなたではなく私やダロス、この城の要職につく誰かでもその役目は十分に果たせるであろうが、トモエはこの城の誰よりもそなたに懐いておるのだ。わざわざ他の者の養子にする理由もあるまい」


不意に服が引っ張られ再びト視線を落とすと、トモエが不安そうな表情で彼を見上げていた。


「パパ………………、いや?」


「う………………」


【嫌】というわけではない、隼人は不安なのだ。彼は未だ20に満たず、故郷では未成年とされる年齢なのだ。そんな彼が一切心の準備もなく一児の親になれと言われて、それを不安に思うのはいたしかたのないことではないだろうか?


しかし不安げに見上げてくるトモエと目があってしまった隼人には、呻くような言葉以上に何かを言うことができなかった。

しかし何も言うことが出来ない、という現状はトモエの不安を煽るには十分な物であり、彼女の瞳は徐々に潤みだし目尻には涙が浮かび始める。


「………………ダメ?」


怯えるような、消え入りそうなその言葉に隼人はそれ以上耐えることは出来なかった。

泣きそうになったトモエを抱き寄せ、淡い光沢を持った彼女の髪を梳くように頭を撫でてやる。


「…………す、好きなように、呼んで、いいぞ」


ビクリとふるえるトモエから視線を逸らし自身の顔が熱くなるのを自覚しながら、いたって何でもないかのようにそう告げる。視界の外、向かいに座っているだろうリリィの笑みをこらえる気配を感じながら、隼人は少し力を込めてトモエを抱きしめた。






それからしばらくして、隼人の返事に安心し一気に眠気に襲われたトモエをベッドに寝かせた二人は寝室に隣接する部屋へと場を移していた。その部屋はかつてネスフィアムが着ていた服がしまわれた衣装部屋で、普段隼人はリリィに押しつけられる形でこの部屋にある衣服を着て生活していた。しかし今回この部屋にきたのはネスフィアムの着ていた服ではなく別の物に用があった、のだが………………。


「あれ?」


衣装部屋の奥に置かれた木製のマネキンを前に隼人は首を傾げる。彼と同じ体格のそのマネキンには本来彼の装備が着せられているはずだった。しかし今彼の目の前にあるマネキンにはネスフィアムとの戦いや先の戦争で着用していた胸宛も手甲も何も無く、素材そのままの木目をただ晒していた。


「どうしたのだハヤト?」


ずらりと並ぶ数々のマントを真剣な表情で見比べていたリリィは思わずといった感じで上げられた声に振り返り、隼人の見ている場所に何があったのかを思い出して苦笑する。


「あぁ、そなたの装備のことか…………」


「戦争になるからな。早めに用意しておこうと思ったんだけど………………」


どこにいった、とため息を突く姿を見ながら手にしていたマントを戻し、リリィはそこにあったはずの装備を思い出した。隼人自身が非常識なまでの回復能力である異能力である【異常再生能力】を持つが故か、彼の装備はどれも軽さと動きを阻害しないことを最優先にされており、その防御力は最低限しかなく、その最低限というのも平均的な人間の一般兵の攻撃を防げる程度であり、そこそこ武に自信がある者ならば突き通せる程度の防御力であり魔族と戦うには心許ない、という言葉ですら足りず最早紙同然の装備であった。


「そなた、またあの装備で戦場に出るつもりだったのか?」


「ん、あぁそうだけど?」


さも当然といった風の答えにリリィは思わず天井を仰ぎ見ていた。ため息を突きたくなるのを頭を振って耐えて不思議そうに自分を見る隼人と向き直る。


「ハヤト、2年も魔族と戦っていたのならあの程度の装備では紙も同然、気休めにもならぬことぐらい理解していると思うのだが?

というか私には軽い分紙の方がまだマシにも思えるぞ」


「いや、さすがに紙のがマシって…………。

でも確かに…………、そうだな。これからは防具無しで出るか、その方が身軽だし」


「なぜそうなる!」


まったく見当違いの方向に納得しようとする隼人に、リリィは思わずつっこみと共に頭を思い切りひっぱたいていた。

頭痛を感じて頭を抱えたくなるが、それを我慢して再び天井を仰ぎ見て、今度は盛大にため息をついた。


「そなたは戦闘の度に身体を傷つけすぎだ。敵の剣を身体に突き刺させて動きを止めるのは当たり前、刃を受けながらも前進するわあまつさえ傷が広がるのも厭わずに攻撃に転ずる。

たしかに肉を切らせて骨を断つという言葉もあるが、切らせすぎなのだ!

もっと身体を労ってくれ」


「だが、魔族と戦うのに手を選んでられないだろ?今回の戦いは特にそうだ。打てる手はすべて打って一秒でも、刹那でも早く決着を付ける必要があるんだし」


「それでもだ。

そなたは私たちの王なのだ、その王が傷だらけになりながら戦う姿を配下の者に見せるつもりか?少しは下の者のことも考えてくれ」


「むぅ…………」


この世界に来る前の彼ならばリリィの言葉に心のそこから同意していただろう。しかし悲しいかな、この世界に召喚されて魔族と戦い続けた2年間は確実に隼人の感性を変質させていた。

そんなに自分の言っていたことはおかしなことだっただろうか?と首をひねり、それを見たリリィは再び盛大にため息を吐いた。


「と・に・か・く・だ。

下のフィオルラにそなたの武具の新調を頼んである。次の戦いはそれを使ってくれ。

頼むからくれぐれも、くれぐれも身体を痛めつけるような戦い方は控えてくれ。見てるこちらの心臓に悪い」


「………………わかった」


どこか釈然としないもの感じつつも隼人はそれに頷き、二人はドワーフの集落へと装備を受け取りに向かった。











国境からスカイル王国内部へといくらか侵攻した場所にていくつもの天幕が張られていた。その天幕の間を巡回の兵士が見回り、夜だというのに真昼のような明るさに包まれているのは各所にて焚かれた大量の篝火によるものだ。


ここはカトアナトリ軍の陣であり、分散して侵攻していた各軍集合地点だった。陣内に張られた天幕の中でいくつもの装飾がなされた最も大きな天幕、それがカトアナトリ国王であるキルリリク・カトアナトリの天幕だった。トカゲが二足歩行をしているかのようなその外見は彼が竜人族オルガナザフである証である。

彼は薄緑色の鱗で天幕内を照らす行灯の灯りを反射させながら、大きな尻尾の邪魔にならぬよう背もたれを廃した肘掛けのみの椅子に座って酒杯を傾けていた。


「全軍が合流を果たしたか」


報告に上がった配下の将にキルリリク自ら酒を注いだ杯を振る舞いながら、静かにほくそ笑む。


「はい、今日夕方に到着した第四軍はすでに休ませ、先に到着していた第一軍が明日からの攻撃の準備に取りかかっています。

予定通り明日の中点より第二軍による攻撃を開始する手はずです」


報告に静かに頷いて視線をアミラドゼ山脈へと向ける。ここからでは天幕の壁布に遮られてその姿を見ることは出来ぬが、人間と魔族との間に境界線のごとく存在する白龍連峰の偉容はたかが布の一枚や二枚に遮られていようと簡単に脳裏に浮かぶほど幾度となく見上げてきたのだ。


大陸全土を見下ろす頂の座。


それを手中に納められるという事実に気分が高揚するのを押さえられそうにはなかった。しかしそれでもそれを表に出さぬよう努めて表情を引き締めると、酒杯を卓に置いて配下の将、壮年の鳥獣族ハルフォルクの男に向き直る。


「それで、白龍連峰の連中はどうしている?」


「は、すでに敵もアミラドゼ山脈の麓に陣を敷いています。ただ森の中に陣を敷いているためその数はまだ不明でございます」


薄茶色の翼を揺らし、空になった杯をキルリリクへと返した男は今しがた偵察の兵からの報告をそのまま王へと告げる。


「数の少なさを地の利で補おうと考えているのだろう。ふん、毛無し猿の考えそうなことだ。それで、猿どもの王は出てきているのか?」


「いえ、不遜にも王を名乗る人間は前線には出てきていないようです。現在山の麓にて兵を率いているのは先王ネスフィアム配下の四魔将が一人、剣将グリミナです。」


「ふん、猿の王に猿の混血か………………。舐めおって…………!」


鼻息をも荒く吐き捨てると、キルリリクは苛立たしげに席を立った。


「攻撃は予定通り明日から始める。徹底的に蹂躙しろ!わざわざ捕虜をとる必要はないが、降伏してくる者は貴様等の好きなようにしろ。ただし敵将は生け捕れ、身の程を弁えぬ奴がどうなるか、見せしめにしてくれる!」


「御意…………!」


立ち上がった王の足下に跪きハルフォルクの男は静かに、しかし力強く返答した………………。











「なぁ、大丈夫なのかな?」


アミラドゼ山脈の麓の森の中に敷かれたスカイル軍の陣。その見張りについていた若い男は怖々と光が殆ど届かぬ森を見回して呟いた。その男は未だ汚れを知らぬような新品の鎧を身につけており、胸元に刻まれた剣と槍で作られた十字の紋は彼が歩兵隊に所属していることを表していた。


そんな彼から呟かれた弱音は共に見張りについていた兵士達の耳にしかりと届き、ある者は苦笑し、ある者は憮然と顔をしかめさせた


「そういやお前はマグガディア軍からの残留組だったけか?」


苦笑した一人、妖魔族を構成する一種族であるゴブリンの男が肩をすくめて見せた。そのゴブリンの胸元にも男と同様の紋が刻まれており、彼もまた歩兵隊に所属していること表している。

彼は男に近づくと背後の山、彼にとっては忘れられないそ山の向こうにある元マグガディア王国へと視線を向けてから男に向き直った。


「俺はジウンてんだ、お前名前は?」


「…………ジュダウスだ」


不安気な表情を隠そうともしないジュダウスに一つ頷くと、ジウンは共に見張りについている同小隊の面々を見回す。マグガディア軍から残留した人間が二人に彼と同じ妖魔の一種族であるデックアルヴ、人虎族ティーグの計5人。彼と同じように苦笑を漏らしたティーグと目を合わせると、彼は苦笑したまま小さく頷き返し、ジウンは頬を掻きながら口を開いた。


「俺とそこで苦笑してる…………、サラウグってんだけどよ。俺らはマグガディアで奴隷闘士をやらされてたんだ」


ジュダウスともう一人の人間の兵士はジウンの突然の告白に驚いた。元マグガディア王国で奴隷闘士がいたのは首都リティブルにあったコロッセオだけ、それはつまり彼らは今では《奴隷解放劇》として知られるあの事件の当事者であり、現在彼らの仕える王を間近に見たことがあるということなのだ。


「お前もよく知ってるとは思うけどよ、あのとき脱走した奴隷はその殆どが過程はどうあれマグガディアを脱出することに成功した。けどもしもよ、お前が俺たちと同じ立場に立ったとして無事脱出できると思うか?」


けして背の高くないジュダウスの胸元までしか無い小柄なジウンが下から覗き込むように彼を見上げ、ジュダウスは思わず上半身を仰け反らせながら首を左右に振った。


「だよな、俺も同じだったよ。とくに俺とサラウグなんてコロッセオで何とか将の隊とやり合ったときにけして軽かねぇ傷を負っちまってたからな」


そんな足手まといがいる状態で脱出を成功させると思えるほど楽天的にはなれなかった、と当時を思い出して笑みを浮かべるジウン。


「だからよ、王に言ったんだ俺たちを置いてけってな。そしたらなんて返したと思うよ」


ジュダウスは目をさまよわせながらあの王が何と言ったのか想像しようとしたが、隼人のことなど人伝での噂でしか知らない彼にそんなこと想像できるはずもなかく、程なくして降参とばかりに両手を上げた。


「その程度で見捨てるくらいなら助けに来たりしない、だとよ」


その時のことを思い出しているのか懐かしそうに頬を緩めたサウラグが答えを口にする。ジウンとサウラグは互いに顔を合わせて再び苦笑する。


「まぁそれはともかく俺が何を言いたいかっていうとだ、過程はどうあれあの人は誰の目から見ても困難な事をやってのけた、って言うことだ」


「そして今俺たちが直面しているこの戦争も誰の目から見ても切り抜けるのは困難だが…………」


「あの人ならそれでも切り抜けると?」


交互に告げられジュダウスは首を傾げながらそう尋ねた。

そして返ってくるのはもちろん肯定の言葉。


「あの人ならやってくれる。だから俺とサウラグはこの戦争に一切不安を持っちゃいねぇ」


誇らしげに笑いながらジウンは両腰に提げた小振りのダガーに触れる。何の変哲もない普通のダガーだが奴隷闘士となる前から愛用しており、何よりも信頼している武器だ。


「なぁ、一口乗らないか?俺たちの王がこの戦いを切り抜けられるかどうか」


「それ、賭にならないよ…………」


おどけた口調のジウンに苦笑してジュダウスは頭上を見上げた。生い茂った木々の合間から僅かに見える夜空に浮かんだ丸い月。


魔王ネスフィアムとの一騎打ち、奴隷を引き連れてのマグガディア王国脱出、マグガディア軍と戦い。隼人が成した端から見れば達成することなど不可能にも思える出来事の数々。二度あることなんとやら。しかし隼人は二度どころか三度もそれを成し遂げているのだ。


その事実にしこうが至りジュダウスは一度大きく深呼吸をする。

まだ完全に不安が払拭された訳では無いが、それでも幾分か気が軽くなった。


とりあえずはジウンに倣おう。


そうと決めた彼は腰に差した剣の柄に手を置き先ほどよりも少しだけ前向きな気持ちで見張りに戻った。











夜が明け、遠く長く続く山の峰から降り注ぐ太陽の光。その光を背にグリミナは前の前に広げられた巨大な鏡を見下ろしていた。賢将配下の魔導師達が作り上げたその魔導具は、半径三十キロ圏内のデフォルメされた地図を写しだしており、その地図上には偵察隊によってもたらされる情報がリアルタイムで更新されている。


「敵が動いたな」


弓や魔法による狙撃を受けないよう高高度を飛行する竜騎士からの情報に静かに呟いた彼女は、部下を呼び寄せるといくつかの指示を出して下がらせた。


大きく深呼吸をしてもう一度鏡を見下ろし、そして同じように鏡を囲む部下たちを見回し、彼らの視線が自分に集まっていることを確認して口を開いた。


「建国宣言を行ってまだ半年と立っていないが、すでに目の前に新たな脅威が迫ってきている。

正直な話し私には現王に対して未だ蟠りが存在する、先王ネスフィアム陛下のことがあるからだ。そしてそれは私だけでなくここにも、兵士たちの中にも少なからず存在する物だと思っている。いや、それどころか完全に認めていない者もいるだろう。それこそ、そんな王の為に戦うことなど出来ないと思っている者も…………。

だが目の前に迫る脅威、カトアナトリがどのような連中かは分かっているはず。本心は如何であれ人間の王に従った我らに容赦する事はないだろう。やつらはがちがちの魔族主義者だからな。

兵として戦場に出た者は皆殺し、戦場に立たない女子供にも暴虐の限りを尽くすことは想像に難くない。だからあえてこう言わせてもらう。今更ハヤト王のために戦えとは言わん、だが家族や友、戦場にて轡を並べる仲間のために全力で戦ってくれ」


返事は無い。しかしこの場にいる者達は皆彼女へと身体を向け、拳を握った右手を左胸の上に置き敬礼の構えをとり、一人二人とその場を去ってゆく。各々の戦場へと。


それを見送ったグリミナは視線を現在彼女が忠誠を捧げる唯一の相手であるリリィアネイラのいる方角へと身体を向け、彼女の部下たちがしたのと同じように敬礼をする。


「姫様はハヤト王にと言うのでしょうが…………。

今我が剣を捧げるはリリィアネイラ様に…………。そして貴方様が望むのであれば、私は迷うことなく王の為に力を振るいましょう。私はリリィアネイラ様の剣です」




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