表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/11

三頭九将

隼人はリリィとダロスの両名を連れて会議室へと向かっていた。現在侵攻してきているカトアナトリ軍をどう退けるか、それを話し合うためだ。

結局リェフグリーバとの会談の後、彼の提案は丁重に断ることとなったのだ。実際この程度の脅威を自国の力だけで退ける力がなければ、今後他国の動きに翻弄されるがままの国になってしまうのではないかと考えたのも断った理由の一つだ。

リェフグリーバにはこの件が片付き次第、今度はこちらから使者を出すことを約束して彼らは部屋を後にした。かの王も他の兵士の案内の下ホトロゼナン城を後にするころだろう。


光石から発せられる魔力の光に照らされた廊下に三人の足音が響く。その足音が止まったのは大理石製の大きな両開きの扉の前だった。

扉の両脇に立った兵士が胸元に右拳を置くという敬礼の動作をする。この敬礼は主に人間の国で使われることが多い敬礼で、この兵士は全身を鎧で包んでいるため分かりづらいが元はマクガディアの兵士だったのかもしれない。


その兵士に小さく頷くと、彼は扉の脇に設置された魔石をたたいてから扉の脇につるされた鎖を手に取った。

この魔石は叩くなりして衝撃を与えると対となる魔石にその音を伝えるという性質を持つ魔石で、完全防音となっている会議室に来室を告げるために取り付けた物だ。そして鎖はこの大きな扉を開けるためのカラクリのスイッチである。

兵士が力を込めて鎖を引くと、大理石の扉がその重さを感じさせずに静かに開かれる。


三人が会議室にはいるのと同時に扉が閉められ、隼人は室内に集まった面々を見回した。

そこには今一緒に入室した二人を含め三頭九将が勢ぞろいしていた。


黒い鎧に身を包み戦と聞いてどことなく機嫌が良さそうに笑みを浮かべる三頭将の筆頭、剣頭将グリミナ。


白銀の全身鎧と円卓の上には白銀の兜。腕を組み静かに卓上の地図から顔を上げる三頭将の一人、騎頭将ヴェルベリオン。


特注の巨大な椅子にそれでも窮屈そうに座る巨体の鬼族。隼人の入室にニガッと笑みを浮かべる九将の一、歩兵将ライオックス。


ライオックスの隣の席につき静かに頭を下げる緑色のライトメイルを着た青髪の若い女性、弓兵将サリュアナ。


いつも通り妖艶な笑みを浮かべながら会釈をする(おそらくはリリィとダロスに対して)若草色のカクテルドレス姿リョースアルヴ、妖将シャナンクル。


竜魔族ドラグクリフの女性と地図を指さし意見を交わし合っていた翠色のスケイルメイルを纏う魚人族シーラカーラの男、水兵将ジャウラ。


隼人に対し敬礼をするジャウラと意見を交わしていた竜魔族ドラグクリフの女性、飛空将クリョーシカ。


腕を組んだまま隼人を一瞥し、不機嫌な表情を隠そうともしないの人熊族ハイブケア、騎乗将ゴルスゴダ。


対してその横で深々と頭を下げる分厚い黄土色の鎧を身に纏う髭面のドワーフ、工兵将デラン。


入室した三人にウインクをする日に焼けつつも光石の光にキラリと光るみごとなスキンヘッドの強面の大男、重兵将ギリング。


一人席につかずに会議室の端に腕を組みながら隼人達が来るのを待っていた密偵、ブルフグス。


そして隼人と共に入室した二人、魔頭将であるリリィことリリィアネイラ。賢将ダロス。


隼人を含めた総勢14人の軍部のトップ達。隼人が上座の席に付きその横にリリィが、反対側には相談役も務めるダロスが座り、こうして会議が始められるのだった。






「遅くなってすまなかった。

ブルフグス、早速で悪いがカトアナトリ軍についての報告を」


「了解した」


一度全員を見回してから、隼人はブルフグスに偵察の成果を求めた。求められたブルフグスは壁際から離れて隼人のいる上座へと移動し、そこに備え付けられた黒板(隼人の知識から似たような物を再現したもの)に描かれた地図に敵軍を表す凸を書き込んでいく。


「現在カトアナトリ軍は軍を四つに分けて進軍している。規模はそれぞれが中連隊規模、つまり敵の総規模は大隊というわけだ」


「対して我が国が今すぐに動かせる数は一万、アミラドゼ山脈の警備についている兵を合わせても一万三千。三中連隊にも届かず今から徴兵するにも時間が足りんな」


説明を聞いてグリミナが苦々しげに表情をゆがめながら呟いた。中連隊が兵数にして五千。敵二万に対して七千の差があることになる。数字だけを見ればマグガディア王国との戦いよりもよっぽど戦力差がないように見えるが、あのときと今ではその内容には決定的な違いがある。

それは種族の違いだ。魔族のそれぞれの力量は種族や個人によって違いが出てくるが、それでも人間と比べればスペックは基本的には上だ。

その魔族が二万。それは人間だけで構成された四万の軍勢よりもはるかに強大な存在となる。

しかも今度の戦い、スカイル王国も一万三千と前の戦いよりも数は多いがその実魔族の数は四千と前回よりも少なく、残る九千は人間で構成されている。これは前回の戦いの際には白龍連峰中から魔族をかき集めたためあれだけの数がそろったが、それは村々の働き手をほぼ根こそぎ戦争に駆り出すに至っており、そういった村の働き手達を返したためだ。さらに政策として元マグガディア領の街にも魔族の兵を派遣していることもこれに影響している。元マグガディア兵の一部を軍の本隊として使用してようやくこの一万三千という数なのである。


「それにしてもカトアナトリの二万、少し多くないか?

前に資料で見た限り、あの国はうちほどでもないにしろ人口の多い国じゃなかったと思うんだけど」


以前見たという資料の内容を思い出そうとしているのか眉をしかめて首を傾げていると、隣の席に座っていたリリィが静かに首を振って訂正した。


「確かにあの国の総人口はあまり多くないが、軍の戦力のほぼ全てをつぎ込めば十分にあり得る数字だ」


「ほぼ全軍、つまりカトアナトリは持てる軍事力の全てを持って侵攻してきているということですか?」


リリィの説明にサリュアナが驚きの声を上げる。同じように先日までは今亡きマグガディア軍の軍人だったギリングも驚きを露わにしている。


「そういうことだ。連中は各都市はおろか首都にいたるまで必要最低限の兵だけを残して侵攻してきている」


「あらあら、魔族が正面からのガチンコ決戦が好きなのは知っていたけれど………、首都にもろくな数を残さないなんて。

お馬鹿さんなのかしら、カトアナトリの上層部は?」


ブルフグスがサリュアナの問いを肯定すると、妙なしなを作った野太い声があきれたように上がる。

隼人が目だけで声のした方を見れば、ギリングが掌を頬に添えて不思議そうに首を傾げている。


重兵将ギリング。元マグガディア軍水の将リゼルダの元配下の将だった男で、リゼルダやサリュアナから優秀であるとのお墨付きを貰った人材なのだが、どこぞの世紀末にいそうな顔に体躯をしているというのにしゃべり方、嗜好は女性そのもので、いわゆるオカマなのだ。


「ふん、これだから南の毛無し猿共は…………」


「ゴルスゴダ………………!」


隼人、サリュアナ、ギリングとこの場にいる魔族以外の者である三人に向けられた侮蔑の言葉。嘲笑と共にそれを吐き捨てたハイブケアの男にリリィは静かにその名を呼ぶ。静かではあるがそれ故に滲み出る怒気と漏れ出た魔力が彼女の髪を巻き上げる風となって辺りを駆ける。


「これは失礼、リリィアネイラ様」


とりあえずとばかりに、隼人やサリュアナ達に向けられずさらには謝意の全くこもらず謝辞の言葉にリリィから溢れる魔力がさらに膨れ上がった。


「それで、連中の意図がどう言うものか説明してくれ。生憎ここにはそれについてよく分からず理解できてない奴もいるからな、俺も含めて」


ゴルスゴダのこの態度は今に始まったことではないし、彼が尊敬してやまない先王ネスフィアムとホトロゼナン砦の主だった狼将ハルトシアンを殺したのだ、彼の反応も仕方がないと諦めている。そういう意味ではあまり表に出さないように気をつけてはいるものの、グリミナやシャナンクルなども彼の心境とあまり大差はないだろうと隼人は思っていた。


故に隼人は周りに気付かれぬように小さくため息をつきながらブルフグスに説明を頼む。同時に抑えろとばかりに卓の陰でリリィの腿に手を置くが、彼はそれを周りに隠しているつもりなのだがシャナンクルやギリングといった目聡い者には丸わかりだった。


(あら、陛下ったらこんな人目の前で…………)


先日のリリィを思い出しこれはいい傾向かと思いつつ、それと同時にリリィに手を出すなとばかりに相反する思いを乗せて視線を強くするシャナンクル。


(あらん、陛下ったらだ・い・た・ん。英雄色を好むって言うし、陛下もおのこ、ってことなのかしら……)


いろいろな意味で勝手で明後日なことを思うのは、見るからにくねくねと気色悪い動きをしているギリング。

そして腿に手を置かれた当の本人は手を置かれた場所にこそ恥ずかしげに頬に朱をさすものの、すぐにその意を汲んで溢れ出ていた魔力を抑える。


実際の話、隼人がゴルスゴダと一対一で戦って下せば彼の態度を改めることは不可能ではないだろう。しかし隼人はすでにスカイル王国の王位についており、臣下を従えさせるためとはいえ今更一対一戦いをしようものなら、同じ三頭九将ならともかくその下にいる兵士達には隼人には一々力を見せなければ配下を従えることができない王という印象を植え付けることになりかねない。

魔族とは総じて力に従う種族ではあるが、けして力のみの種であるわけではないのだ。


国の上層部の状況にため息をつきたくなるのを我慢しつつ、ブルフグスは隼人の言葉に頷いて説明を始める。


「カトアナトリが向後の憂いを一切持たず全軍を動員できる理由。それはかの地の北にある国、ソプラエストが最大の理由です。

我々大陸北部の者はカトアナトリ、ソプラエストの両国を総じて双王国と呼んでいます。これはこの二つの国が代々親戚関係を保ってきたことに由来し、現在の両王の妃も互いの妹姫を正室に迎えています」


「代々?

魔族は力持つ者が王位につくためその王権は一代限りの物だと聞いていたのですが、違うのですか?」


ブルフグスの言葉にサリュアナが疑問を上げるが、それは隼人がリェフグリーバとの階段で感じた違和感の正体だった。彼は自身の国の祖をして己の祖先と言っていた。白龍連峰においてネスフィアムがそうだったように、先代達が後人に敗れることで王位を交代してきたという魔族において代々、祖先という言葉は少々おかしな表現の様に感じていたのだ。


「たしかに魔族は力でもって王位を交代するが、この白龍連峰のように次々と国を統べる血族が変わるというのは我々魔族にとっても非常に珍しいことなのじゃよ。

まぁ南の人間達にとって魔族の王と言えば白龍連峰の王達であるゆえ、そう勘違いしてしまうのもおかしくはないがの」


「強き者の血とは強者の血統。王位につける者の血を引いていればそれだけで強者足り得る資質を得ることとなる。そして王家の子は皆例外なくその資質を伸ばすよう教育を受ける。王となる力を得るために」


ダロスの説明にリリィが補足を加え、隼人達はそれぞれ頷き理解を示す。それを確認したブルフグスは隼人の隣へと立って脱線した話を戻すために卓上の地図の双王国の位置を指さした。


「カトアナトリの首都、レーゲンレムはソプラエストとの国境以外からならば七日ほどの位置にあります。そしてソプラエストの首都ケアクニックの首都との間ならば約二日の距離。往復でも四日の距離です」


「もしかして、双王国は軍事同盟を結んでいると?」


そこまで説明を聞いた隼人は脳裏に思い浮かんだことを訪ね、ブルフグスは静かに頷いた。


「その通りです。もしも軍の留守中に他国の侵攻を受けた場合、もう片方の軍がすぐに救援に向かい、少なくとも侵攻してくる敵軍が首都に差し掛かったときにはすでに双王国の片割れが陣を布いて待ちかまえているというわけです」


「そしてそれがわかっているからこそ、軍が国を留守にしているからといって周りの国は双王国の片割れに攻め込むということはしない。下手をすれば踵を返した軍に背後を突かれ、二国の軍を前後で相手にしなければいけなくなるからな」


ブルフグスの説明にグリミナが言葉を続け、それを聞いた隼人は静かに思考する。理由はどうあれ彼らの前にカトアナトリ軍の二万が迫っていることに変わりはないのだから。


「ありがとう、ブルフグス。話の腰を折っておいて悪いがカトアナトリ軍の報告に戻ってくれ」


「わかりました」






ブルフグスからの報告をあらかた聞き終わった一同は一様に難しい表情で卓上の地図と黒板の情報との間を行き来させている。


(連中がアミラドゼ山脈に到達するのは四日後……………。他からアミラドゼ山脈に兵を送るとしても四日じゃ千人も送れればいい方か。それでも戦力差はいかんともしがたいな)


スカイル王国はその大半を白龍連邦が占める山国である。それ故に田畑を耕し人を住まわせることの出来る場所はすくなく、領土に反して民の数は少ない。さらにその地形故に国内での兵の輸送も迅速に行えないという欠点を持つ。一応その地形故に敵国の侵攻も遅くなると言う点も併せ持つがなんの慰めにもならない。

それ故に迅速な兵の輸送を行うための方法を考えてはいるのだが、今回の戦いにはとうてい間に合うものではない。


「この前みたいに魔法でカトアナトリの首都を攻めたり背後を突くことは出来ないんですかい?」


他の将達と同様に頭を捻っていたライオックスが名案を思いついたとばかりの笑みを浮かべてそう発言する。隣に座るサリュアナやギリング等はそれは自分たちが敗北した戦術なだけに、聞いた直後には複雑そうな表情を浮かべてライオックスを見上げ、そしてその戦術の要である賢将ダロスへと視線を向けた。

しかし笑みを浮かべるライオックスに対してダロスの表情は渋く、小さくため息を突いてから首を振るう。


「すまんが無理じゃな。あの術を使うには相応の環境を必要とする」


「人を一人二人送る分ならば私たちでも環境を整えることが出来るのだが……、軍隊規模となれば我々人の手でそれを整えるのは事実上不可能だ。たった一度の発動のために四,五年もの時間をかけねばな。

一定以上の魔力が籠もった魔力溜まりがあれば話は別だが、スカイル王国にその条件満たす魔力溜まりは二カ所しかない」


ダロスの言葉を継いでリリィが魔頭将らしく説明を始め、一同の視線が彼女に集まる。


「一カ所はノロル貝の産地であるコーラル湖。もう一カ所は前回も魔法を発動させたホトロゼナン砦の前の岩場だ。

だがこのホトロゼナン山脈の魔力溜まりを用いてあの術を発動したとしても、送れるのはアミラドゼ山脈の中程まででそれ以上の距離を伸ばすことは出来ん。前回元マグガディア王国戦の際に開いた門も正直ギリギリのラインだったはずだ」


そうだな、とダロスに確認をとれば彼は静かに頷きその説明を肯定する。


「さいですか…………、ん~いい案だと思ったんだけどなぁ」


見当違いなことを言ってしまったばかりに頭を掻くライオックスだが、背後を突くというのは戦術としては真っ当なものであり別に見当違いでも何でもないのだが、その様子に苦笑しつつ隼人はもう一度地図に目を落とす。


前回の戦いで使用した奇襲や挟撃という案じたいは、寡兵であることや防衛戦であることを考えれば真っ当な手段ではないかというのが隼人の考えだった。しかし魔法が使えない現状それは難しい。

ほかに方法は無いものかと頭を捻り、ふと唐突に思い浮かんだ案に思わず立ち上がっていた。


「そなた、どうしたのだ?」


突如立ち上がった隼人に全員の視線が集中するが、隼人は気にする余裕もなく思い浮かんだそれがどういう効果をもたらすかを必死にシミュレートしジャウラへと顔を向ける。


「例のあれの出来は?」


「あ、あれですか?え、えぇおそらく陛下の説明したとおりの完成度だと思いますが……………」


「わかった、これでいくぞ!」


必要なことだけを確認した隼人は早速作戦を説明し、一同が驚愕する中次々と配置を決定していった。


スカイル王国建国後初の戦闘が始まろうとしていた。





評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ