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始まり

肉を撃つ音が広い室内に鳴り響き、巨大な砲弾と化した人影が部屋を横切って奥に据えられた玉座に叩き込まれる。しかし人影を吹き飛ばした力はそれでさえ止めることは出来ず、直後にはその豪奢な玉座ごと壁に叩きつけられることとなった。人影と壁の間に挟まれる形になった玉座は原型をとどめることが出来ず一瞬で瓦礫へと変貌する。さらにその瓦礫の山の上には吹き飛ばされた人影が力なく仰向けに倒れている。


「はぁ、はぁ、はぁ、これで、最後、だ………………」


息も絶え絶えの様子でそう言うのは瓦礫の上に倒れている男ではなく、脚を引きずり近寄ってくる二十歳ほどの男だった。元はおそらく上等な作りだったろうが現在はただのぼろに成り下がった布切れの下には無数の傷痕を刻み、両腕にバンテージを巻いた格闘家風の男は倒れた男の眼前に拳を突きつける。


「くっ、まさか、人間に負けるとはな………」


倒れた男は自嘲するように笑みを浮かべながら首を動かし、自らに拳を向ける男を見上げる。


「貴様、名は?」


「ハヤト、祭隼人………」


「ハ、ハヤト、か………。その名、魂に刻みて、我らがイルシュメイラの元で祈っているぞ………。

このま、魔王が一人、ネスフィアムを、倒せし人間の、勇者ハヤトよ………。御身に、力の………、力の栄冠有らんことを………」


倒れた男-魔王ネスフィアムは震える手で自身の、この戦闘で折られた角に触れながら力なく笑って見せる。

角を持つ魔族が人前で己の角に触れる、それは相手を称える意味を持つことを知る隼人は、苦虫を噛み潰したかのような表情を浮かべ、絞り出すように叫んだ。


「なんで、なんでだ!なんで俺を恨まない!今こうして城に攻め込まれ、命を奪われようとしていて、なんで俺を恨まない!」


勝者であるはずの隼人から絞り出される苦痛に満ちた叫び。もちろんそれは体の痛みではなく自身の心に負った痛みの叫び。構えられたら拳が僅かに揺れ、その表情は恐怖に怯える子供のようでもあった。


「な、にを、恨め、と?

我ら………、魔族、は、力の世界。力持つ、者が全てを率いる掟。貴様は、ただ、一人………で、我に、挑み………、下したのだ。我らの、中では、よくあること。此度、は。我に、その番が、回って来たに、すぎぬ。

貴様は、我に、勝ったのだ。後は、貴様の、好きにするが、いい…………」


隼人を見上げていた魔王の首が、木から実が落ちるがごとく、力なく瓦礫の上へと落ち、そして永劫に動かなくなる。


遙か遠き異世界、地球から召喚された勇者祭隼人マツリ ハヤト

彼が白龍連峰の魔王ネスフィアムを討伐した。この出来事こそがこの後に続く混沌の時代始まりである。後の世に生きる人々はそう語る。










マグガディア王国。レントリシア大陸を横断し、魔族の土地たる白龍連峰と大陸中央の大半を国土とするメダクトリ帝国に挟まれた小さな国。

発達した魔法技術に、過去に喪われた魔法たる遺失魔法ロストマジックを数種現存させる魔法国家。開発される魔法技術の独占とそれにより創られる数々のマジックアイテムの輸出により存続するこの国が異世界より勇者を召喚したのは、今から二年ほど前のこと。


異界者召喚儀式魔法サモン・エトランジェ

遺失魔法ロストマジックの一つであるこの魔法によって召喚されたのは一人の少年であった。

各国に一人は存在する勇者という名の称号を持つ者達。その存在は所属する国の武力の象徴でもある勇者をマグガディア王国が異世界より召喚したのは、名目上は同盟国でありながら実質的には支配国となんら変わらぬメダクトリ帝国の武力に対抗するため、その武力に劣る自国の武力を高め誇示するためという理由からだろう。

この世界の歴史において、過去存在した異世界からの来訪者エトランジェ達は、この世界の法の外より召喚されるためか、唯人では持ちえぬ力と共に召喚されたと伝えられる。


ある者は膂力において並ぶ者無しとまでうたわれる鬼族オーガが赤子のごとく思えるほどの力を持って召喚され、またある者は莫大なる魔力でもって過去に類を見ることの出来ない魔法を操ったと言う。

総じて《異能力》と呼ばれるその力は、たった一人で万人の軍隊を凌駕し、資源にも人的資産にも乏しいマグガディア王国がサモン・エトランジェに頼ったのもある意味で当然のことだったのかも知れない。


そうして召喚された少年こと祭隼人は、この国に従属する事を強制される。

元の世界においては平和な日本で、喧嘩好きであれども普通の高校生活を送り、自身の意志に関係無く召喚された彼がそれに反発するのはある意味当然の事だった。

故にマグガディア現国王レード王は、隼人に元の世界への帰還方法を教える条件として、白龍連峰を根城とする魔王の討伐を挙げる。隣国に対する武力の誇示する事が目的であるはずが、なぜそのような条件になるのか?疑問に思った隼人の問いにレード王はこう答える。


魔王を滅ぼし白龍連峰の魔族を奴隷とすれば、それだけで強大な軍隊を造ることができ、さらには白龍連峰の豊富な資源によって軍を強化できるのだと。


相手がこの国に何かをしたわけではない。ただこの国の都合で討つ。国とは本来そう言うものなのかもしれない。

けれど彼にそのような条件が呑める筈もなく、隼人はその条件を蹴って一度は城を去ることとなる。

しかし彼が生活してきた日本と言う国とこの世界では価値観を含めあらゆることが違いすぎた。

城を去った彼に何があったのかは分からない。しかし一月後城へと戻ってきた隼人は王の条件を呑むことになった。


その時の彼の表情は苦渋に歪んでいたという。

そして約二年の月日が流れ、彼はついに白龍連峰の魔王ネスフィアムと唯一人で対峙しこれを下した。


ようやく、元の世界へと帰還する方法を得られることに安堵し、そのために数多の生命を奪った罪の重圧に彼の心は悲鳴を上げる。


この手で多くの生命を奪ってしまった。

けれどこれでようやく元の世界に戻れる。


そこまでして戻るべきだったのか?

俺はこの世界に居たくは無い!


命を奪う苦痛を味わってでも?

そう、苦痛を味わってでもだ!


そのような苦痛を味あわずとも生きていくこともできるのに?

無理だ、この世界で俺は独りだ。



本当の意味で分かりあえる者がいないのに、この世界に生きていけと?


この苦しみを理解もされず、孤独に抱かれたこの二年間。しかしそれからもようやく解放される。


俺は、魔王を倒したのだから。










マグガディア王国首都リティブル。


「勇者ハヤト。此度の魔王討伐見事であったな」


王城エルメティアの謁見の間。真紅の絨毯が引かれた先、豪奢な玉座に座る老王が正面に立つ隼人に労いの言葉をかける。

煌びやかな装飾を施された服に赤いマントを羽織い、宝石の散りばめられた王冠をかぶる姿は確かに一国の王の姿そのものだ。しかし玉座の肘掛けに置かれた手は、元から骨と皮だけで作られたかのごとく。首も同様で今にも折れそうなその様は、煌びやかな装飾を身に纏うと言うよりも装飾に纏われているかのようだ。


「………世辞はいい。そんなことよりも、約束を忘れてないだろうな?」


理由が理由とはいえ、一国の主への態度としては礼を欠きすぎる隼人の言葉に謁見の間に並ぶ臣下達の間にどよめきが走る。

王のそばに立つ大臣が顔を赤くして前に出ようとするのを、彼の言葉を気にした風もない王が手で制す。


「そう急くこともあるまいに。

約束は守るとも、お主が元の世界に戻るためのロストマジック《リターン・エトランジェ》。その方法を記した書だ」


レード王のそばに控えていた侍女が古びた本の乗せられたトレイを手に隼人のそばへと跪き、それを掲げるように差し出してくる。

隼人は王と侍女、そして本の間で視線を往復させながらその本を手にとって。


「国に古くから伝わる魔導書じゃ。お主なら読めるじゃろう?

すでにその書の解読は終わっておる故、その書はお主の自由にすると良い」


「………俺は元の世界に戻れればそれでいい。こんな本を貰ったところで意味なんか無い。それよりも俺は魔法が使えないんだ、戻るための協力はしてもらうぞ」


険の籠もった目で王を睨みつけ、それを受ける王は何がおもしろいのか笑みを、いや明らかな嘲笑を浮かべる。


「何がおかしいんだよ」


「いや、それよりもだがな。協力は不可能だ」


「な、ふざけんな!俺がこの二年間どれだけ苦労したと思ってる!何度も死ぬ様な目に会ってその対価が帰還方法を教えるだけ!?いくら何でもそれはおかしいだろ!」


まるで広い謁見の間その物が震えるかのようなその怒声にそばにいた侍女は身体を震わせ、その他の人々も身体を強ばらせる。そんな中でこの怒声を浴びせかけられている当の本人たるレード王は、浮かべた嘲笑をそのままに首を左右に振るう。


「おかしいもなにも当初の約束となんら違いはないはずだが?わしとお主との間で交わされた約束は帰還方法を教えることだけのはずだからな?」


確かにレード王の言うとおりで、約束は「教える」ことのみ。その事実に悔しそうに歯を食いしばる姿に王の表情がいやらしく歪む。


「だがわしも鬼ではない。絶対に協力しないというつもりは勿論無い………、だがな………」


「まだ何か、条件を付けるつもりか?」


王の表情に不快感を覚えながらも、それ以上激情に駆られまいと睨みつける。


「いや、そんなつもりはないとも。だが無理なものはやはり無理なのだよ」


王が頭上へと視線を上げ、隼人もそれにつられて謁見の間の天井を見上げる。そこには太陽と月、星々といった天体が描かれており、魔力が込められているのか描かれた月と太陽が淡く輝き、それがこの部屋の光源となっている。


「《リターン・エトランジェ》を行う条件は《サモン・エトランジェ》とほぼ同じ。百年周期訪れる皆既日食のその瞬間。

もうわかるだろう?次の皆既日食は約百年後だ」











隼人に与えられた王城の一室。そこに備え付けられたベッドに腰掛けた隼人は呆然と目の前に開かれた窓から夜空を見上げていた。この二年間旅の間に幾度となく見上げた星空。東京に住んでいたときには一度たりとも見たことの無かった満天の星空に、しかし何も感じることなくただただ時間だけが過ぎてゆく。


魔王との戦いより五日が過ぎた今、彼に体はあの戦闘で受けた傷はすでに痕も残さず完治している。

謁見の間にて聞かされた帰還方法。それが実質不可能であることを知らされた後、どうやってこの部屋に戻ってきたのかは覚えていない。気付いたときにはベッドに腰掛け呆然と元の世界のことを思い返していた。


互いに、または共に喧嘩や危ないことをしていた級友達。


そんな彼を目くじら立てて追いかけ回してきた幼なじみ。


若い頃の自分にそっくりだと豪快に笑い、幼い頃には空手の手ほどきをしてくれた祖父。


喧嘩でムエタイを振るい、破門された後も自分のことを気にかけてくれた師匠クルー


喧嘩をする度に拳骨を振るいつつ、本気で叱ってくれた両親。


彼らの顔が、思い出が脳裏に浮かぶ度にあふれ出す涙が頬を濡らし、隼人は声を出さずその晩を泣いて過ごした。











朝起きて飯を食べ、部屋で抜け殻のごとく呆然と過ごすことが日常と化してすでに一週間。

何にも関心を持てず、何かをする気力もなく、ただ無気力に一日を過ごす彼に変化が訪れる。

彼が魔王を討伐したことで白龍連峰へと領土を広げることが可能になり、この半月ほどのあいだ無気力に過ごしてきた彼と異なり、王城は蜂の巣をつついたがごとく慌ただしい日々が続いていた。その間彼が呼び出されることは一度として無く、料理を運ぶメイド以外に訪れることの無かった部屋に王の遣いが訪れ彼についてくるよう促された。


案内されるがままに連れてこられた場所は、王城と並ぶように建てられた巨大なコロッセオ。まるで魂を抜かれたかのような目をした隼人は、王がコロッセオを見渡すための特別席へと連れられ、見たくもないレード王の隣へと座らされる。

隼人が姿を現したことに歓声が上がり、王の姿を視界から外す意味も込めて眼下へと視線を移した。


コロッセオは社会の授業の教科書で見た、ローマのそれと同じ様に石で造られた巨大な円形の建物で、ちょうど正面には闘士などが闘うのだろう砂を敷かれただけの舞台がありそれを囲う様に階段状の観客席が設けられている。

そして今その観客席は大量の人で埋め尽くされていた。しかも誰もが皆同様の鎧を身に着けておりその鎧も見覚えのあるもの、つまりこの観客席を埋め尽くす人々は皆この国の兵士だということだ。


「………なんの騒ぎだよ」


煩わしい。と苛立たしげに呟くと、彼をここへと案内した侍従が耳もとで説明する。


ここに集まっているのは明日から白龍連峰へと遠征する兵士であり、その遠征の兵士の士気を高めるための催しを今日この場で行うため、国の武の象徴たる勇者、隼人にも出席してもらったのだと。


「………催し?」


「それは直ぐにおわかりになられますよ」


本人も楽しみで仕方ないと言った様子で背後に下がるのを見送り、再び視線を眼下の舞台へ落とす。


コロッセオ-闘技場なのだからそう言う物なのか?


たしかにそれなら士気も上がるかも知れない。そう思いつつもだからどうしたと、我関せずとばかりに視線を逸らす。


そうしている間に準備が終わったのか、王が立ち上がり兵士達へと激励の言葉が贈られ、あれよあれよといううちに件の催しが始まった。


隼人達がいる特別席から見て右側の格子が音を立てて開かれ、そこから巨大な触手を無数に生やす魔物が闘技場の舞台へと姿を現した。


「………あいつ、は確か」


それは隼人にとっても見覚えのある魔物だった。男は襲わない癖して女と見れば見境なく襲いかかる淫獣に属する魔物だったはずだ。

なぜそんなものが闘技場へと?


その疑問が浮かぶのと左側の格子が上がるのはほぼ同時だった。自然とそちらを見れば開かれた格子の向こうの闇の中から日の下に姿を現したのは、一人の女性だった。


両手を背の後ろにて拘束されたその女性は頭部に一対の角を持ち、着ているボロボロの服の間からは一組の漆黒の翼と一本の尻尾が出されている。


魔族。


その瞬間隼人は理解した。この場で行われる催しその正体は、彼らが敵とする魔族の彼女を兵士達が見ている前で魔獣に凌辱させることなのだと。

しかもそれだけではない。彼女の長く闇のような黒髪の合間から生える角、それもまた隼人にとって見覚えのある物だった。後頭部から頭部を覆うように前へと先端を向けて生えるその角は、彼が殺した魔王ネスフィアムの物と同じ物。つまり彼女はすくなくともかの魔王と同族であるということだ………。いやもしかすると彼女は…………。






彼の予想は最悪の形で的中した。今目の前で晒し者にされようとしている少女は魔王ネスフィアムのたった一人の娘なのだと…………。


王の口から出たその言葉は、隼人の胸を容赦なく貫いた。

この世界の魔族の社会は下克上上等な弱肉強食の世界。それでありながら無闇に争うことを良しとせぬ比較的温厚な世界でもあった。

そのような世界に生きていた彼女を、隼人が元の世界に戻りたいがためにこのような場所に引きずり込んでしまった。

その事実が彼の心を容赦なく傷つける。彼女だけではない。これからここにいる兵士達が白龍連峰へと攻め込めば彼女と同様の目に遭う者、それ以上目に遭うものも大量に出てくるという事実に気づき、隼人は金槌で頭を叩き割られたかのような衝撃に見舞われた。


「…………俺の、俺のせいだ」


自分が元の世界への帰還を望まなければ彼女は、彼女たちはそのようなことにはならなかったのではないか?

一度そのような考えが脳裏に浮かぶと、もう止まらなかった。次から次へと罪の意識から浮かぶ考えに歯を食いしばり、隼人は立ち上がる。


左右の入り口の格子が閉ざされ、王が開始の言葉を口にする。


もう、後戻りは出来ない。


脳裏に浮かぶ言葉に首を振る。もとより戻ることができる道など、自分には存在していなかったのだと。


魔獣が動く。そのおぞましい形をした触手が一斉に彼女へと襲いかかる。

魔族の女はそれを回避しようと動くが、その圧倒的な数の触手を前に、その程度の回避は意味成さず………。


「っあああぁぁぁぁぁぁぁぁぁああああああああっ!!」


絶叫のような雄叫びと共に振り下ろされる手刀が、今まさに彼女を捕まえようとした触手を切り落とし、続け様に放つ蹴撃はその蹴圧だけで魔獣を舞台の端まで吹き飛ばした。


コロッセオ内が目の前の光景呆然となる。それはそうだろう。今まさに始まろうとしていた楽しみを邪魔した存在、王と共に特別席にいたはずの、彼らの勇者であるはずのマツリ・ハヤトがなぜ魔族を助けるのかと………。


「……………どういうことだ、ハヤト?」


特別席から隼人を見下ろすレード王が意味が分からないといった様子で尋ねる。


「もしやその魔族が欲しいのか?まぁたしかに容姿は美しいかもしれんが、そいつは薄汚い魔族なのだぞ?」


一体なにを考えているのかと首を傾げるレード王に、しかし隼人は答えることなく構える。見据えるのは今し方自分が吹き飛ばした触手の魔獣。何事もなかったかのように起き上がる魔獣を前に、左足を後ろへと引き半身の構えをとる。

狙うのは一点。触手の生える本体のちょうど中心。この手の魔獣の弱点は重要な器官が一カ所に集中して存在していることだ。上半身を僅かに前方へと傾け、後ろへと引いた左足に力がこもる。身体を捻り右の拳が腰の辺りに達した瞬間、全身のバネが蓄えた力を爆発させる。

この世界に召喚されて得た異能力によって強化された彼の身体は、たったの一歩大地を蹴っただけで音速に達し、音を置き去りに一直線に魔獣へと跳ぶ。速度と全身の力の全てを込めた拳が魔獣へと振り下ろされる。隼人の持てる力を一点に集中させた必殺の一撃が魔獣の弱点へと突き刺さる。


約二週間ぶりに感じる軟らかい臓器を押しつぶす不快な感触。突き刺した拳を引き抜き、後方へと跳び退ると打ち込まれた力が全方位へと解放されようと魔獣の身体を引きちぎり爆ぜさせ四散させる。


助けられたことが分かっていないのか、目の前で起きたことを、幻でも見ているのかというような信じられないという表情をした女に、隼人は彼女の両手を拘束する枷を破壊する。


「そな、た………なにを…………」


「ハヤトォッ!」


呆然と問いかける彼女の言葉をレード王をの怒声が遮る。


「貴様、一体、なにをしておるのだ!」


特別席から身を乗り出し、怒りのあまり呂律を怪しくしながら顔を真っ赤にして怒鳴り散らす王の姿を見上げながら、隼人はこの世界に来て初めて自らの意志の元、殺気を込めて王を睨みつける。


「黙れ、もう終わりだ。俺はもう、俺の好きにさせてもらう」


「な、貴様はこの国の勇者だろう!?それが好き勝手していいと思っているのか!?」


静かだがこれ以上ない怒りが込められた彼の言葉に、レード王はますます怒り露わにわめき散らす。コロッセオに集まる兵士達も急な展開に騒然としている。


「勇者だ?知るか。そんな称号《代物》溝に捨てちまったよ」


言うやいなや胸元に付けられたバッヂ、所属する国を示す国旗を模したそれを引きちぎり王を嘲笑するように、しかし嘲笑しきれずに歪な笑みを浮かべながら足下に投げ捨てて踏み砕いた。


隼人がそのような行動に出るとは思っても見なかったのか、王を含めコロッセオにいる全員が息を呑み動きを止めた。


その国の威を示す国旗。それを蔑ろにするということは、その国に対する敵対行為と同意。それが国旗そのものではないとはいえ、それを模した物を破壊したのだ。

当然隼人も自分がしたことの意味を理解している。理解した上でのこの行為が一体何を意味するのか。それは誰の目から見ても明らかだった。


「マグガディア?

クソ喰らえだ………」


その一言が決定的だった。


「あ、あの国賊を捕らえろぉぉぉぉぉぉぉっ!!」


恥辱に顔を真っ赤にしたレード王の怒声がコロッセオに響き渡った。










マグガディア国王レードとマグガディアの勇者マツリハヤトの確執を知る者は、僅かな国の上層部の人間だけである。その他の人々、それは城の一般兵であり国の民達は、マツリハヤトとという存在を純粋に勇者として讃えていた。

それ故にコロッセオに集まっていた兵士達は目の前で起きたことを信じられず、王の命令もまた悪い夢でも見ているかのような思いで聞いていた。

すぐに行動に移らぬ兵士達に業を煮やし、二人の確執をしる将軍達の怒声が兵士を襲う。そこでようやくこれが現実であることに気付いたかのように慌てて兵士達が己の武器を手に席を立つが、命令から行動までにかかった時間は隼人に大きな味方と化した。


兵士達同様なにが起きているのか、と呆然としていた魔王の娘を小脇に抱え、隼人は出口に向かって走り出した。魔獣や彼女が入ってきた入り口はすでに格子が降ろされ、それを破壊している時間など無い。故に隼人が向かうのは、舞台を中心に観客席の間を放射線状に走る階段だった。

建物にすれば三階分は上にある観客席へ一足で飛び乗り、動きの鈍い兵士達の間を全力で駆け上ってゆく。


「何をしている!逃がすな!」


剣を手に行く手を阻もうと走る将軍-フォーティスの言葉にようやく兵士達が動き出し割れた海が戻るかのごとく、左右の観客席から階段へと兵士が現れる。

この時点で隼人がいるのは、長い階段のちょうど中間あたり。短い時間でよくここまで駆け上ったと言うべきか、はたまたここまでしか上れなかったと言うべきか………。


「邪魔だ!」


隼人の一括に兵士の動きが鈍りその隙を逃さずに階段を蹴って、大きく跳躍して距離を稼ぐ。


「う、うぁぁあああ!」


突如彼が目の前に現れる形になった兵士が悲鳴を上げながらも普段の訓練の賜物か手にした槍を隼人へと突き出される。抱えた女を庇って身をひねる隼人のわき腹に槍の穂先が深々と突き刺さる、が……………。


「らぁあっ!」


それを意に介した様子もなく振る手刀が槍をへし折り距離を詰めて放つ肘打ちが兵士の胸部を抉るように強打し、兵士はその一撃に容易く意識を手放した。

隼人の激しい動きに槍の穂先が抜け落ち、異物の無くなった傷口がそこだけ時間を縮めてでもいるかのような異常な早さで再生してゆく。


これが異世界から召喚されたエトランジェたる隼人の異能力《異常再生能力》

例え身体が消し炭となろうとも瞬時に再生させる異能力。実際にこの二年の間にある魔族との戦いにおいて隼人は首から下消し飛ばされたことがあったが、その際も身体は瞬時に再生されたほど。


この異能力を知る者は、マグガディア王国の上層部でもさらに一握り。故にそれを知るはずもない兵士達は、瞬時に再生する彼の肉体に驚愕を、次いで恐怖の表情を浮かべて武器を構える。


化け物。


兵士達の誰かがそう叫ぶ。その言葉は水面に立てられたら波紋のごとく瞬く間にコロッセオ中に浸透してゆく。


(化け物、か…………。確かにその通りだな。どれだけ傷を負っても死ぬことのない、正真正銘の化け物だろうさ!)


「ハヤトォッォォォォッッ!!」


階段の上に立ち、隼人の前に立ちふさがるフォーティスが振り上げた剣に炎を纏わせ、怒声とともに唐竹割りに振り下ろす。


自身目掛けて振り下ろされる炎の刃に、隼人は真っ直ぐに己の拳を突き出した。刀身と拳が正面からぶつかり合い、一瞬の拮抗を経て刃は隼人の腕を切り裂き突き進む。


「ぐっがぁぁあああああああああ!」


肉を切り裂かれる痛みと神経を焼かれる痛みに隼人は悲鳴を上げる。

しかし隼人は悲鳴をあげてなお次の行動に出る。肘の近くまで切り裂かれた右腕を振るい、無理やり炎剣の軌道をずらし真っ直ぐに切り裂かれた腕の半分が宙を舞う。隼人は気を失ってもおかしくはない激痛に見舞われる中、残った右肘を振り上げフォーティスの顎へと叩き込んだ。


「ぐぅぉっ!」


顎を打たれたことによって脳を揺さぶられ、片足を引くことで倒れることを防いだフォーティスだったが、片足を引くことで前に残った膝を踏み台に隼人はフォーティスの身体を駆け上る。


「天より振るう雷神の斧…………」


フォーティスの背後へと飛び降りながら振り上げた右肘を脳天へと落とし、着地と同時に再び階段を駆け上り始めた直後、フォーティスは脳天から噴水のごとく血を吹き出しながら膝を折りそのまま自身の血の中へと倒れ伏す。


「フォーティス将軍!」


兵士の悲鳴を背に恐怖に顔を歪めて道を開ける兵士の間を駆け抜け、隼人はついにコロッセオの最上階へとたどり着く。


「何を、何をしている!逃がすなぁーーーーー!」


レード王の喚き声を背に受けながら隼人はコロッセオの外へと身を投げ出し眼下に広がる林へと落ちてゆく。

他の将軍達がその場に駆けつけたときには、隼人の姿はどこにも見当たらなくなっていた………………。

祭隼人マツリハヤト

召喚時十七歳、現在十九歳。

幼い頃には祖父から空手の手ほどきを受け、その祖父が亡くなった後はなぜか古式ムエタイの道場に通っていた。中学の頃喧嘩でムエタイを使ったことから破門され、その後も学生生活を送りながらも喧嘩を楽しむ日々を過ごしていたところを異世界へと召喚される。


物理属性資質:ノアフィス(硬く速い)

魔力量:計測不可

魔法属性資質:特異特化型


・異能力《異常再生能力》

どのような傷でも瞬時に再生させる隼人の持つ唯一の超状能力。名称は再生能力となっているが、実際には治癒能力である。受けた傷を瞬時に回復させ、傷を負う前よりも強靭になるよう回復させるという《超回復》とのような効果を併せ持ち、一度は身体の大半を失うという重傷(首以外の消滅を重傷というならば)を負いながらも回復し、それにより生身でありながら高い防御力を持つに至る。



魔法国家であるマグガディア王国でも測定することのできない膨大な魔力を持つが、隼人には魔法操る資質は無く、この膨大な魔力は彼の異能力を維持するためだけに消費される。



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