生活するって物入りだよね
そうして、何故か行動を共にしている二人。
「じゃあ、行ってきます」
「うむ」
何時の間にか、そんな挨拶が定着するくらい。
あれ?
なんで同居してるんだろう……
自称魔王(候補)の木崎さんとの奇妙な暮らしも数日。
そういえば、しょっぱなから異常事態ばかり続いた所為で、なんで、彼の身の回りの世話をしているんだとか、そもそもなんで此処に彼が住み着いているのとか、そういう疑問を全く忘れていた。
私はこれでも、社会人、である……一応。朝は働きに出て、夜帰ってくる暮らし。残業がないので、割ときっちり同じ時間に帰ってくるのが、この場合いいんだか悪いんだか。
「そういえばさぁ」
「む?」
晩ご飯のフライドチキンとコールスローサラダ、飲み物はコップ出すのも面倒なのでペットボトルのまま。ペットボトルを持つ都合上、彼にも体の大きさを変えてもらって、差し向かい、同じ目線である。
料理はしないのか?
そりゃあ、しない訳ではない。このご時世、外食続きなんて優雅な事は言っていられない。つまり今日は、時間がなかっただけだ。
というのも、木崎さんは割と大食漢というか、量を食べる。しかも、おなかがすくと不機嫌になって、面倒な事になりやすいのだ。
だから今日のこれは、手抜きではなく、互いの精神安定の為、である。
そんな食卓を前に、ようやく思いついた疑問を、口にした。
「なんで住み着いてんの?」
「誑し込む対象の傍にいて何が悪い」
「はいはいはい、だから感情のこもらない声でそういう発言しない」
本当に意味わかってんのか? と突っ込みたくなるから。
「魔王さんって、色々規制はあるみたいだけど、結構色々できるんでしょ?」
「まあな」
「じゃあ、何もこんな部屋で間借りしなくても、その力で家一軒出すとかさ、なんかないの?」
「ない」
「即答かよ!!」
「私が言った事を聞いておらぬのか」
木崎さんが涼しい顔で、フライドチキンを取り上げると、がぶりと形のいい歯で噛み千切る。あっという間に食べてしまうと、紙ナプキンで指先の油を綺麗に拭い、ペットボトルへと手を伸ばした。
ラッパ飲みだというのに、なんという優雅な仕草だか。流石坊ちゃん育ち。
溜息が出てきそうだ。
「言った事って何?」
このままだと彼が食事に没頭しそうなので、話題に引き戻そうと、私は質問する。
木崎さんは煩わしそうに、取り上げていたフライドチキンを自分の前の皿において、口を開いた。そんなに食べたいのか。
「他の世界に干渉はできぬ、よほど事情がある場合でなければな」
「いやあ……試験って事情じゃないの?」
「降りかかる物事を如何に乗り切るかも、要素の一つぞ」
「……」
言葉は悪いですが。
この場合、ヒモとまでは言わなくても、居候? という手段で彼は乗り切ろうとしている、と。
「すごいなぁ……天然でそれか」
「何ぞ?」
この人、そういう、男女の事だとか、コイバナとか、絶対疎いに違いない。それでなきゃ、天性たらしなのか。
わざとそう見せてるんだとしたら、これ以上の役者はないわ。
「問題でもあるのか?」
「問題と言うか……普通此処では、未婚女性の家に、男性が転がり込んでる、っていうのはあまり好ましくないかな、等と」
心情はどうあれ、傍から見たら同棲扱いになる、これ。
「そなたが私がものとなるのも、時間の問題」
「だーかーら!! そういう台詞をそういう顔で言うなっ」
うっかり赤面する。
断じて嬉しいとかじゃない。
恥ずかしすぎて身悶えしたくなる。
その辺に頭打ちつけたくなる。
「ならば、一定の金子を入れれば問題ないという事か?」
「なんか古風な言い回しだな」
それに、別に部屋代出せとかそういう話じゃなかったんだけど、流れがそんな風になって。
「近日中に準備しよう」
「は?」
準備って。魔界の通貨が此処で通用するのかとか、大体どうやって準備する気なんだとか。色々頭の中を巡らせていると。
「私が先ほど言った事を聞いておらぬのか、此処では魔界の力は使わぬ」
ほとほと呆れ果てた、という声がした。
「じゃあどうやって……」
「仕事という手段があるであろう、正社員となるには難しくとも、バイトならば私でも何とかできよう」
そりゃあ、身元をどうするとかあるもんね……ってそっちの問題じゃなくて!
「木崎さんが、バイト!?」
素っ頓狂な声で叫んだから、ひどく迷惑そうに、両耳をふさいで、睨まれた。
(2011/2/22)