人は想定外の事態に弱いものです
うっかり迷いこまなくて済む方法を、相談中。
「……」
「……」
二人して、顔を見合わせている。
木崎さんは多分無表情だから、考えが読めない、という訳で、表情が豊かな勅使河原さんの顔を……、あれ?
二人とも、渋い、何とも言えない顔になってる。
「なんか、方法あるんでしょ?」
ほいほいと魔界に――いや普通はそういう行き来ができるって事がありえないんだけど――行ったりせずにすむ、ごく普通の生活をしたいのですが。
無理なんですか?
「……じゃあやっぱり、この石を木崎さんにお返し」
「それは無理だ」
「やめた方がいいな」
二人して即答。
「だって、持ってるとこっちに来ちゃう可能性があるんでしょ?」
「だけどな」
勅使河原さんが頭をガリガリとかきながら言う。
「そのデメリットより、都が持っているって言うメリットの方がでかい」
あ。
そう。
「メリットの事はわからないけど、私にとってはそのデメリット、決して小さくないんだけど」
「わかっておる」
木崎さんが呟くように言った。
「一番いいのは、そなたの記憶をいじる事だな」
「おいおい」
しれっと、とんでもない事言ってくれる。
「我々の記憶に関する部分を消してしまえばよい、さすれば都が通る道は封鎖され、そなたが魔界に来る事はなくなる」
「って、すっぱり削除かよ」
思わず勅使河原さんが突っ込んだ。
でもその気持ちはよくわかる。
「その方が、都は安全ぞ、我々の部分に、別の内容を植え付ければ済む」
木崎さんの言ってる意味も分かる。
でも、だからって。
「何よそれ」
気が付けば、手は握り拳の形。
「一人で納得して勝手ばかり言うんじゃなーい!!」
久しぶりに、ぐーパンチが、炸裂した。
人差し指をぐいと突き出す。
「あんたねえ」
びしっと突きつけた先は、此方を見上げている木崎さん。涼しい顔で、だけど、顎のあたりを指先で撫でている。怒りに任せただけの素人のものなんて、大した衝撃ではないだろうけど、それでもまともに私の拳は、彼の顎に入った。
そして今、木崎さんは、床に座った形になっている。
ええつまりそうです。
彼は全く、私の手を避けようとはせず、そのまま体勢を崩しました。
「言いたい事はわかるのよ、つまり私がこっちに来ると自分達も困るし、私も困る」
「わかっておるではないか」
「でもだからって、記憶をいじろうなんて解決策は、認められない」
「不安か?」
「そりゃあ、あんたらにいじられた日にゃ、どんな疑似記憶うえつけられるかわかんな……ってそういう事じゃなくて!」
話が脱線しそうになった。
確かにそれは心配材料である。人間の常識がところどころ通用しない相手なので、どんな妙ちくりんな話を持ってくるかわかりゃしない。
でも、問題はそこじゃないんだ。
「そんな、辛そうな顔して、自分の記憶を消すなんて、言わないでよ」
そう。
消してしまえばよい、と言った木崎さんの顔。
懸命に押し隠していたけれど、自分の言った事に酷く傷ついた瞳の色をしていた。見ているだけで痛い。ぱっくり開いた傷口は、絶え間なく血が噴き出ている。
それなのに、自分で気が付いてないというの? 彼は。
そんなの、見ていられない。
そんな顔で言われる案なんて、承認できない。
場の空気が、しんとした。
「俺も、嫌だなあ」
のんびりとした声で、空気を割ったのは勅使河原さんだった。
「俺も、都に「どなたですか?」って顔はされたくねえなあ、テッシー!ってにっこりされたら大歓迎だけどさ」
「勅使河原!」
「それに、本人の同意がなきゃ、記憶操作はお前といえ、手は出せないだろ」
「だが」
「大体」
勅使河原さんの顔が、真面目なものに変わった。声も押し殺した低いものへ変わる。
「てめえの顔、鏡で見てみろ……そんな心境で使う術が、成功する訳がねえ」
(2012/2/11)