(仮)と(候補)ってどっちが上?
迷い込んでしまった先、彼らが何をしているのかやっと説明を聞く機会が出来た。
勅使河原さんはにやにやしたまま。
私は叫びすぎてぜいぜいと息を切らしながら。
そして、木崎さんだけが無表情で。
「……で?」
説明を乞おうと、深呼吸をしてから、私は口を開いた。
「とにかく洗いざらい、吐いてくれない?」
「何処から話したものか」
木崎さんが顎に手を当て、考え込む風になった。
「最初からお願い、でないと訳わかんないんだから」
「最初……となると」
にやにや笑ったままの勅使河原さんが口を挟む。
「そもそもの起こりって奴だろ?」
「ならば、ざっと数万年前の、最初にこの世界が出来た時からとなるが……」
「待て」
慌てて止める。
「その、世界が出来た歴史っての話さないと始まらない訳?」
「……理解したいのであれば」
本当か、というじと目を向ければ、必死で爆笑をこらえようとしている勅使河原さん。こんなところでそれ以上笑いを求めなくていいから。
「……手伝わないと、張り倒す」
ぼそっと耳元で呟いてやる。
木崎さんが不審そうに私達を見ているけど、とりあえず今は無視。
「嘘は言ってねえよ」
「でもさ、限度ってものがあるでしょ、手短にとか、端折ってとか」
其処の生き物にわかりやすく通訳しろと迫れば、俺は木崎の通訳じゃねえとかなんとか、やっぱり笑いをこらえながら勅使河原さんはぶつぶつと言って。
ゆっくり木崎さんに向き直った。
「とりあえず大筋がわかりゃいいっていうから、俺が説明してもいいだろ?」
「……構わぬ」
構わないと言いながら、何処か拗ねてるようにも見える木崎さんは、実は自分が喋りたかったのかもしれない、等と、埒もない事が思い浮かんで。
何だか可哀想?
はっとして、首を振る。
長々と歴史を学ぶ余裕なんて勿論ない訳で。
勅使河原さんが話してくれたのは、ここ最近の、きな臭い噂――例えば、何処其処で武器が買われている、だとか、何処其処の街の警戒が厳しくなった、だとか――を集めているうちに、彼らが掴んでしまった情報だった。
「反乱って事?」
「手っ取り早く言えばそうだ」
魔界は、歴史的にも、色々な種族や家が複雑に絡み合う環境らしい。争いもその過程で幾つもあって、その結果、現在、頂点に立つのが魔王、という訳だけど、だからといって素直に従う者ばかり、ではない、という事だ。何処の世界も一緒だね。
「知ってしまった以上、放置はできぬ」
木崎さんは、溜め息混じりにそう言った。
「俺らは、これでも魔王に忠誠誓ってる身だしな」
勅使河原さんもうんうんと頷く。
「故に、暫定的に魔王としてだな、討伐を指揮しておるところよ」
「は? だって試験終わってないって」
首を傾げた私に、可哀想なものでも見る目で、木崎さんは続けた。
「無論、事が落ち着けば、再開だが、今は悠長にしておれぬ」
別に、試験中止かなんて、一言も言ってない。だけど、ならそのまま、魔王さんになっちゃえば話早いのに……
「魔王(仮)なんだわ」
勅使河原さんが、ぼそっと口を挟んだ。
「(仮)……」
候補と仮、どっちがえらいんだろう。
とはいえ、そもそも候補も木崎さんしかいないらしい。試験で、木崎さん向いてないって判断されたら(そんな事恐ろしくってとてもじゃないけど本人前に口にはできないけど)どうなるんだこの国。
あ、そもそも今、魔王っている状態だからそのまま続けばそれでいいのか。
ん?
ってか、現在の魔王さんはどうしているんだろう?
その疑問には、木崎さんが答えてくれた。
「最後の砦故、現在の魔王には、誰も知らぬ場所で潜んでもらっておるわ」
「隠れてるの?」
「まあな、頭やられちゃ終わりだから」
勅使河原さんは渋い顔。
どうやら、現在の作戦をよく思っていない様子だ。
……作戦?
それって、つまり。
「それってさ、(仮)じゃなくて、影武者とかそういう類じゃない?」
「その解釈でも構わぬ」
つまりは、身代わりだと、そう言ってると言うのに、木崎さん本人は動じた風もない。しれっと肯定した。
まあ当たり前か、そのつもりでやってるんだろうから。
だけど。
「危なく、ないの?」
「多少のリスクはやむを得ん」
「で、でも」
「これが最上だ」
他のどの方法よりも、いいと、そう言われてしまえば。
危険だ、何も自分が表に立たなくても、もう少し何か方法が。
そんな言葉は一切、役に立たない。
そもそも、この場に絡む必要のない私に、彼らのする事に何か言える筈も無くて。
只々、黙って木崎さんを見ているだけ。
彼もまた、黙って此方を見ている。姿は見えないけど、後ろの方にいるらしい勅使河原さんも、何も言わない。
それぞれの呼吸の音だけが、耳障りな、しんとした空間。
すっと、空気が動いた。
慌てて振り向くと、入り口のドアが閉じるところだった。見回すまでもなくわかる。音もなく、勅使河原さんが移動したのだ。ドアを閉める風圧だけが此方にやってきて、気が付けば姿かたちもない。
彼らしい。
気を使った、というところだろうか。
向き直れば、ふっと。
此方を見つめていた木崎さんの目が、和らいだ気がした。
「これしき、乗り越えんで魔王に等なろうと思うものか」
「……自信過剰」
「フン」
少しだけ笑う顔が、珍しく此方の不安を思いやっての事だと思うと、普段気が回るとは思えない木崎さんがそんな事をするなんて、自分はそれほど思いつめた顔をしたかと、此方も笑わなくては、と思う反面、頬の筋肉が強張っていて、今はどんな顔をしても微妙な気がした。
でも、これだけはわかる。
どうしたところで。
木崎さんは、此方の世界の頂点である魔王になろうとしている。
ならば。
彼にとっては、現在の状況は、向き合うべきもので、勝たなくてはならない。危ないからって、逃げようなんて気はさらさらないし、例えば現在回避したところで、彼が進んでいく道を思えば、この先も。
何処かで、起きるであろう事柄、なのだと。
嗚呼。
魔界も人間界も。
生きるっていう事は、大変なんだ。
(2011/9/26)




