陽気に誘われて、はありがちです
寒さが日毎に緩んできて、そう、あと少しで……
「ほら、あそこ見てみて!」
いきなり声を上げた所為か、隣を歩いていた勅使河原さんが、のけぞった。
枝の先に、ちょこんと顔を出した濃いめのピンク。
これはあれでしょう、あれしか考えられない。
桜の蕾。
「桜だよ桜」
「は?」
キョトンとした反応に、驚くのはこっちの番だった。
「知らないの?」
「わかんねえ」
たっぷり3秒は、顔を見合わせて。
「……信じられん」
この国にこの時期にいて、この、なんていうか華やかでうきうきする気分がわからないなんて、そんなつまらない事があるか、という訳で。
その夜。
次の休日は、二人を引っ張り出して、花見、と、私は高らかに宣言したのだった。
「花見?」
木崎さんも同じような反応だった。
「しないもん?」
「……ないな」
「……ないね」
二人の声が重なった。
「それはあまりに人生損してる」
「そこまで言うか」
呆れたように勅使河原さんは頭をかいて。
木崎さんは、付き合いきれぬという顔をして、横を向く。
「せいぜい2週間もあるかどうかなんだよ、花の時期なんて」
援軍なしの状態で、私は一人、花見について力説。
「咲き初めの、いつ開くかな、いつかなって待ち遠しいのと」
指を折って。
「花が咲いて、ああ、何分咲きだ満開だって、眺めて」
またひとつ、指を折って。
「でもって、最後は散るところ! はらはら散っていくのが綺麗だけど寂しいような、だけど潔いようなって味わう」
折った指3本を、空中で振って見せた。
「1粒で3度美味しいってね」
「……ふうん」
気圧されたような、勅使河原さんの声。
「なるほど、そのような和歌だったか……見た覚えがある」
ぼそりと木崎さん。
ってか、古典まで読んでいたのかよ、と突っ込みたくなるのを我慢して、花見についての説明を続けた。
「ぶらぶら散歩するのもいいんだけど、中にはお弁当持って行くとか、宴会だとか」
「その話乗った!」
「は?」
ばしんと大きな掌を打ち合わせて、いきなり頷いた勅使河原さんに、言葉を途中で切られた私は、勢いでつんのめりそうになった。
「つまり酒飲んでいいんだろ?」
「ま、まあ……そういう人もいるっていう意味で、ね」
「じゃあ、何も言う事はない、俺、行くぜ花見」
「……」
つまり酒かよ、と此処でも突っ込みたくなるのを必死で我慢しながら、私は木崎さんの顔を見た。どうする? という目で。
「……フン」
表情は変わらぬまま、だけど、目だけで、木崎さんは笑った。
「まあ、付き合ってやらぬ事もない」
「やったあ!」
「やったな!」
勅使河原さんとハイタッチした後で気が付いた。
なんでこんな事で、しかも一緒に喜んでいるんだ?
まあ、この季節は大好き。一緒に漫ろ歩きして、花を見るのも、きっと悪いものじゃないよね。いや、そう思ってもらえると、いいな。
(2011/3/31)