表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
13/28

病気の時って甘えてみたくなるものです

「都」

低いが、よく通る声が、私を呼んだ。

「あ……」

ゆらりと、水底から浮上するように、意識が戻って。目を開けば、ぼんやりと薄闇に見慣れた天井。

魘されていたらしい。

じわりと湿る額に手をやって、溜め息をついた。首筋が、しっとりとしている。たった今まで、体温と同じはずだったそれが、意識した途端に、どんどんと冷えていき、ぶるっと、背筋に震えが走った。

不快感に耐えかねて、あたりを見回す。

此方を覗きこんでいる目は、何時もの色。

見慣れた光景。

その事に、酷く安堵して。


「ね……」

水が飲みたい、と。

まるで弱っているような事を言ってみた。

「フン」

呆れたように鼻を鳴らして、でも。

木崎さんは、すっと立ち上がる。

「その前に着替えの方が先ではないのか?」

「……かもしれない」

「さっさと済ませておけ」

それだけ言い残して、後姿が、薄暗い部屋の中消える。

もぞもぞと起き上がり、乾いた布地に腕を通せば、肌に張り付かぬそれが、想像以上に気持ちがいい。襟足の髪がしっとりしているのを、弾き飛ばすように外に出せば、やっと人心地ついた。

枕にタオル敷いておいてよかった。

そんな事が頭を巡って。

ぺらりと、枕から、水分を含んでしまったタオルを外して、脱いだものとまとめて、立ち上がろうとすると。

「……全く」

世話の焼ける、と冷たい声がして。

手の中にあったものがばさりと消えた。

「え? 木崎、さ……」

「病人なら病人らしくおとなしくしておけ」

「で、でも」

言い返そうとした私の頭に、乱暴にかぶされたのは、大き目なタオル。もしかして、バスタオルだろうか?

枕にかけるには大きすぎだけど、つまりこれで汗ふけって事?

とはいえ、大きなタオルにすっぽりと視界が塞がれて、じたばたとしていれば。

しばらくして、タオルは取り除かれて、部屋の光景が戻ってきた。

「私の言う事を聞いていなかったと見える」

「いや、その、あのね」


言いかけた言葉を封じたのは。

ひやりと冷たい手、額に当たって。

ぞくり、とした。でも肌が粟立っているのに、それは気持ちのよい温度。思わず目を閉じてしまいたくなるような。


「……まだ熱い」

「うん……そうかも、ちょっとくらっとする」

「ならば、己のすべき事はわかるな?」

ちょっと考えて。

「……寝る?」

「わかっているなら最初からそうすればよかろう」

「……ん」

僅かに不機嫌そうに見える木崎さん。

それでも、持ってきてくれたコップを受け取り、飲み干した水は、ぬるすぎず冷たからず、美味しくて。

「美味し」

「フン」

「……ありがと」

すっと背けられた顔。でも。

あれ?

なんか、白い彼の頬が少しだけ、赤みさしてるようにも思えて。思わず口走っていた。

「……もしかして、照れてる?」

「喧しい、下らぬ事を言っている暇があれば、さっさと寝てしまえ」

冷たく響く声。

可笑しいね。冷たいのに、その声が酷く心地いいなんて。


きっと、熱の所為で、体だけじゃなくて、気持ちが弱っているに違いない。

木崎さんの言う通り、さっさと寝て、治してしまうに限る。


そう思って、目を閉じて。

でも、見慣れた部屋が、あの人が。

見えなくなってしまうのが少しだけ寂しくて。

片手であたりを探ると、自分のものじゃない何かにぶつかった……手。

「何ぞ?」

「……なんでもない」

「……そうか」

口を閉じれば、辺りは静まり返る。

だけど、触れた先。

少しひやりとしたあの手は、まだ其処にあって。用が済んだらさっさと自分の場所に戻ってしまうかと思ったのに。

黙って、其処にいる気配。


もしかして、ばれているのかな。今の、人恋しい気持ち。

それで、こうしていてくれるのだとしたら。

だとしたら。

(……ありがと)

直接伝えてもきっと、照れてしまって受け取ってくれない。

だから。

心の中でそっと、感謝を。

(2011/3/11)

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ