ホラー映画にはお供がいた方が多分いい
三人暮らしの日常風景とは。
「がるる……」
大きめの膝掛をすっぽりかぶった私は、端を握り締める。
「そんなに恐れるのであれば、見なければよい」
さっさと寝てしまえ、と言わんばかりの木崎さん。
「だってえ……」
「まあ、そう言うな木崎」
割って入ったのは勅使河原さん。
「見たくもねえが、一人になるのも嫌ってところだろ?」
間違ってはいない。
間違ってはいないが。
したり顔が、憎らしい。
できる事ならひっかいてやりたいが。
残念ながら、膝掛に守ってもらっている状態で、其処から出る事が出来ない。
だけど、こっそりと様子を窺うと。
目があった木崎さんは、理解できぬ、という表情をして首を振った。
珍しく、積もるくらいの雪に、家にいるしかなくなった私達は、暇をもて余していた。
そこに、バイトから帰ってきた勅使河原さんが(そうそう、勅使河原さんもバイトと称して何やら稼いできている、今日はこの気候だから早く帰れたらしい)、知り合いから借りてきたという、映画のDVDを出してきた。
「これ……」
オカルトとかの範疇。
上映されていた頃のコマーシャルを見た覚えがある。結構、ぞくぞくした。
「へえ」
勅使河原さんが面白そうだと、主張し、三人でそれを見る事になったわけだが。
実は私、オカルト、弱い。
「涙目だな」
「うっさい、欠伸しただけだ」
「だから先に休めと言ったであろう」
「だから、うっさい」
かなり、これは、怖い。
よくできている、思わず自分の後ろを確認してしまいたくなるような、そんなリアリティ。
そんな私を、面白そうにいじる勅使河原さんと、くだらないという顔で見る木崎さん。
二人は怖くないのか?
「いや、まあ、よくできてるとは思うけどな」
「……それだけの事」
木崎さんは、切り捨てるようにそう言い。
勅使河原さんは、困ったように頭をかいた。
「そもそも、俺ら見慣れてるっていうか……」
そうね忘れてたわ。この人達は、そもそも人でない。魔界の住人。
こんなの怖い訳ないんだったわ……
「あー、あの牙、ちょっと違うな」
「仕方あるまい、この世界では本物など見た事無かろう」
「だなあ」
「だが、角はよい」
「何だ木崎も見てたのか、あれはそっくりだな、作り物に思えねえ」
冷静に、品定めをするな!!
ってか、本当にこんなの、魔界にはごろごろいるのかよ!
夜半。
ふっと目が覚める。青白い天井が目に入った。
隣を見ると、小山……もとい、毛布をかぶった勅使河原さんの影。
そして反対隣。
「……木崎さん」
彼は、座った姿勢でそこにいる。
何時もはこんな風に、すぐそばで寝ている訳じゃない。
此処はちょっと駅から距離があり、少々古い物件で。その代わりというか、部屋は、ゆとりがあるつくりになっている。
三人くらい、寝るには、少々狭いかもしれないが、まあやってできない事もない、という感じで。
それに。
そもそも、二人が自分のサイズを小さくしてしまえば、部屋の広さなど何の問題もない。プライバシーだのなんだのと称して、普段は二人とも小さくなって、自分の場所を確保している。その方が私も、のびのびできるしね。
今日は、でも。
そんなのはみんな取っ払ってしまった。
理由は私にある。余りに怯えてびくびくしているのを、見かねた二人が、私を間に挟んで強引に布団を敷いてしまったのだ。
「少々きつくても文句言うなよ」
敷布団の上に、私をどさりと下した勅使河原さんは、開いた手で、厚手の掛け布団を奪い取る。
「とりあえず、これ借りるわ、そこそこ厚さもあって寝袋みたいにできるし」
「構わぬ」
「木崎は……後は、枕くらいか?」
「余計な事をするな、貴様と違って私は何処ででも休める」
そう言うと木崎さんは、敷いた予備の毛布の上に横になり、片手で余った部分を引っ張り体にかけると、横を向いてしまった。
やっぱり、寝辛かったのかな?
此方を振り向いた彼の顔は、暗くて見えない。
「眠れないのか?」
「ううん……なんか目が覚めただけ、木崎さんは寝てないの?」
「いや」
首を振る気配。
あれ?
なんだか元気がない。
まさか、まさかと思うけど……ホームシックとかじゃないよなあ。映画見て何かが恋しくなっただとか。木崎さんがそんな事言いだすのなんて想像つかない。
だけど。
まさか。
「ね、木崎さん」
私は起き上がって、体をずらすと、敷き布団を叩いた。
「体痛くなるよ、それ薄いし……ちょっと狭いけどよければ」
「何を言っている」
少し驚いたらしい、声。相変わらず顔は見えないけれど。
「だってさ、ほら……すぐそばに誰かいた方が、安心するから……駄目?」
溜息の音。
「……甘えるでないわ」
そう言いながらも、毛布ごとごろりと、木崎さんが転がってきた。こちらに背を向けて。
「さっさと寝るがいい」
「うん」
「もう少しこちらに寄っても構わぬ」
「……うん」
毛布越しに、背中合わせ。うっすらと感じる息遣い。
不思議な夜になった。
後日、例の映画に出ていた怪物みたいなのの一つが、木崎さんの可愛がってるペットにそっくりなんだと、勅使河原さんが教えてくれた。
「角もってて、あの目だから結構怖がられるんだけどさ、人懐っこい生き物なんだよ案外」
可愛いんだぜと笑う、勅使河原さん。
可愛いのか……可愛い……うん。
「だから、そんなにビビると木崎、悲しむぜ」
「そっか……って何で?」
「だって、あんた、慣れとかないといずれ木崎と暮ら……ごふぅ!」
勅使河原さんが最後まで言えないように、とりあえず鳩尾にストレートを叩きこんでおいた。
(2011/3/4)