2月と言えば節分です
そんな訳で、三人暮らしが軌道に乗った?
「節分か」
ぱさりと、新聞の音をさせて、木崎さんが言った。
因みに、新聞なんて毎日とっている訳ではなく、たまたま、電車の中の暇つぶしに私が買ってきたものを、彼が丁寧に読んでいただけである。
「豆をまくんであって、この辺じゃ餅はまかないよ」
そういう地域があるって話も聞いているけど、残念ながらこのあたりにはない。
慌ててそう釘を指せば、わかっていると睨まれる。
「そなた、私を何だと思っている?」
「え? だってそういう話じゃないの?」
「……」
てっきり、餅にしか目がないんだと……と、口を滑らせかけ、ぞくっとするような冷たい目で見られた。
「鬼だぁ?」
一方、勅使河原さんは少々不機嫌だった。
「こちとら、そう簡単には退治されねえ鬼だぜ」
「誰も勅使河原さんを退治するなんて言ってない」
節分の話が、いたくお気に召さなかったらしい。
何でも、勅使河原さんの家は、鬼を自称するのだそうで(多分、怖いとかおっかないっていう意味なんだろう)、それは自分の家を敵に回すとも取れるような話に、へえそうですかと、笑う事も出来ないだろう。
「私は、鬼は外なんて言わないよ」
それに、そういう地域もあるんだよと、一応、世間の波に乗るべく買ってきた豆を手渡しながら言う。
「先祖が鬼だって言ってる人達がいるところもあってね、そういうところだと、鬼も内、ってまくんだ」
小さい頃に読んだ、絵本を思い出しちゃう。
鬼の子が、母親が病気で寝ている家の子に、ご飯を差し入れしてあげる話とかさ、友達をかばって自分は旅に出ちゃう鬼の話とかさ。
「うーん、流石に何か悪いものを進んでどうぞって入れたくはないけどさあ、でも、何ていうか……」
何もしていないのに、悪いと決めつけるのも、如何なものか。
と。
勅使河原さんは、こらえきれないというように笑い出した。
「あんた、本当面白いな」
「へ?」
木崎さんの方は、こっちを見ようともしない。
多分私達の会話は聞こえているんだろうに。
無視してまた、新聞を広げた。
「だから俺ら、此処んちにいられるんだなあ、しみじみ思っちゃったわ」
「一人で何勝手に納得してんのよ」
「褒めてんだぜ、一応」
「はあ?」
だから、説明しろと、言いかけた私の頭に。
ぐしゃぐしゃと。
武骨な、でも温かい大きな、掌。
勅使河原さんの手が、私の頭を撫でている。それ以上やられると、髪がくしゃくしゃなんですが……と思いつつ、でも、手の温かさが、なんだか心地よくて。
何を言っていいかわからず、とりあえず、そろそろやめろよという目を向けてみれば。
「いい奴だな」
そう言いながら、にこにこと笑っている、勅使河原さん。
「何それ」
褒められているらしいのはわかった。そのくすぐったさと、やっぱり読めない話の筋に、いらっとする気持ちと。
その上、話に参加しようとしない木崎さんがどうやら、勅使河原さんの言いたい事がわかっているらしい。普段なら何か言ってこそうなものなのに、全く突っ込んでこない事。
そんな二人どちらにもに対する、何とも言えないじれったさ。
何を言っていいかわからなくって。
結局私がしたのは。
「この、鬼!!」
勅使河原さんに向かって、思いっきり豆をぶつける事だった。
(2011/2/28)